⑯水と温泉と
まだ魔将は出ません
「おい、水だ!セラ、とにかく水を出せ!」
「勇者様、出ないわよそんなもん!私は風魔法使い、水が出るのは水魔法使い!」
「は~い、無能セラ先生の代わりに水が出せる方は手を挙げてください!」
どこからも手が挙がる様子は無い。どうしよう、水魔法が欲しい。
洪水を起こせるほどの水魔法を使えば、確実に新たな敵、魔将シオヤネンを葬ることができるであろう。
だがうちのパーティーは水が出ない。砂漠とかでは冒険が出来なさそうだ…
「ご主人様!水といえば水の精霊です。精霊にお願いすれば何とかなるかと…」
あのねルビアさん。今はそんな非現実的な願掛けの話をしている時間ではないのですよ。何ですか水の精霊って、ファンタジーですか?いや、ここ異世界か、ドラゴンだの魔物だの魔族だのといっている時点で精霊のひとつやふたつ…
「水の精霊とは?どこに居られるので?」
「う~ん…そう言われましても、私は話に聞いたことがあるぐらいで、実在するのは確かでしょうが…」
「あ、私見たわよ!あの森で布陣してるときに、ねぇマトン!」
「はい、確かに見ました!下級魔族の方が泉で魚を取っていて、それを置いてけっぇ~て!」
それは精霊ではなく妖怪の類では?
「凄かったんですよ!無視して帰ろうとした下級魔族さんの頭がパァーンって。」
何それ超強い、超怖い…
「とにかく、協力を要請できないだろうか?」
「勇者様、確か精霊の力を借りるにはかなり位の高い者を生贄にする必要があったはず。当てはあるの?」
位の高い者…そして生贄にしても差し支えない者…この国には一人しか居ない。
よし、駄王を生贄にしてしまおう。
臭そうだが食うところは結構ありそうだ。後で酒締めして泉に放り込もう。
「とりあえず一旦王宮に寄ろう、その後はマーサの先導でその泉に向かおう。あと、マトンも返さないとな。」
「あの、もう夜なんですが…明日にしませんか?」
「そうだな、では明日の早朝に行動を開始しよう。」
早朝にしたのは生贄が寝ている間を狙いたかったからだ。ズタ袋に詰めて持って行こう。
翌朝、まだ少し暗い、マトンは縛って研究所の外にある夜間ポストへ入れておけとの事だったが、さすがにかわいそうなので近くに居た衛兵に引き渡した。
また遊びに来てくれるらしい。1日暇かも知れないので本を2冊渡しておいた。
一方は俺の選んだ真面目な本、王軍の偉い人が書いた『よくわかる連隊の運用』だ。
もう一方はルビアが選んだエッチな本、タイトルはとても口に出しては言えない。著者は…シルビアさんだ!何やってるんだあの人は!
まぁ好きな方を使って欲しい。
王宮で総務大臣を呼び出し、泉の精霊の件を伝えた。
生贄にすると告げたところ、快く駄王を貸してくれた。
話のわかるババァである。近い将来、惜しい人を亡くしたという台詞を吐くことになるであろう。
「おいマーサ、泉は近いのか?」
「私達と戦った場所を覚えているでしょう?その近くよ。」
戦った場所とか思い出せないのだが…そもそもあの森はどこを見ても同じ風景だ。仲間が居なかったら俺はとっくに木々の栄養になっているはずだ。
『おぉ、ゆうしゃよ、なんじゃこれは?どういうことじゃ?』
ズタ袋が何やら喚いている。最近のズタ袋には音声機能まで付いているようだ。
口に咥えて運んでいたリリィが突然の発声に驚き、結構な高さから落としてしまった。
ズタ袋は静かになった。おそらく精密機器なのだ、もっと丁寧に扱って欲しい。
「あ、ここよっ!この泉だったわ!」
これまでに見たのとは違う泉。この森には結構な数の泉があるようだ。
以前池サーペントが突然出てきたことを考えると、地下水脈とかで繋がっているのかも知れない。
「ゆうしゃよ、わしがこの泉に入ると何がどうなるのじゃ?というかわしは?」
ズタ袋から出した駄王が聞いてくる。
「ああ、魔将を倒すために精霊の協力が必要でな。生贄になって頂く。お前は死ぬ。」
「・・・・・・・・・・」
「いいからさっさと行けっ!」
駄王を蹴飛ばす。バランスを崩した王が泉に落ちると…
ズドンっと水に吸い込まれれる。
「何も起こらないわね…王様が消えただけよ…供物の持ち逃げ?」
が、しばらくすると泉の中から女性が現れた。金髪で、俺がこの異世界に来る前に見た女神と似たような服装だ。しかも2人のおっさん付き。
『あなたが泉に落としたのは、この綺麗な王ですか?それとも有能な王ですか?』
左の王は面影こそあるものの、シュッとしていて服も着ている。一方、右は見た目こそ駄王そのものだが、有能らしい。
この2つの選択肢になるということは、あの王は汚くて無能であるということになる。
「すまない、勘違いさせてしまったようだ。王は落としたんじゃなくて生贄のつもりだったんだが…」
『え?あれがですか?生贄は位の高い者を捧げる事になっているのですが…』
「あれ、一応この国の王なんだが?それでもダメなのか?」
『私の言っている位とは身分のことではありません。強さ、それも魔力のことです。』
『そうですね…そこの胸の無い女性と逆に大きい女性をセットで納付すれば生贄として足ります。あと魔族はダメです。固くて臭くてまずいので。』
この精霊はセラとルビアを寄越せといっているのである。だがそれは出来ない。
あと、マーサが今にも飛び掛りそうだ。
「なぁ、今は適当な生贄が居ないんだ。一旦出直すからさっきの奴を返してくれないか?」
『それは出来ません。一旦納付した生贄はいかなる理由があっても返還しない旨の規約がありますので。』
生贄に関する規約を俺は読んだことが無い。きっと大昔に、人間と精霊との間で取り決めたものなんだろう。
「ご主人様!あいつ、生意気です!やっちゃいましょう!」
カレンはどこでそんなチンピラみたいな台詞を覚えてきたというのだ。
完全に、次のカットではボコボコにされて土下座しているタイプの輩が吐く台詞である。
とはいえ王を取り戻す必要がある。ここは戦う他無いだろう。
皆一斉に武器を構える。初手はリリィのブレスだった。
一瞬で蒸発する精霊、水で出来ていたようだ。綺麗な王と有能な王も同様だ。
おそらく最初からそんなもの渡すつもりも無かったということであろう。
またその形を作る精霊、水玉のような物を飛ばしてくる。おそらくこれで下級魔族の頭がパァーンしたのであろう。
ミラとカレンが切りかかる、切れるが元に戻る。
マーサが素手で殴る、穴が空いても元に戻る。
聖棒も効かない、魔法も効かない。当たり前だ、アレはただの水で作った偽体なのだから。
「おい、皆聞け!どこかに本体が居るはずだ、そいつを探すぞ!」
一瞬、水で出来た精霊の表情が変わる。正解だな、冷や汗をかいているようだ。
いや、あれは普通に水滴か…
だが、すぐに気を取り直したようで余裕の笑みが戻る。見つかるわけが無いと思ったのであろう。
「リリィ、お前潜水できるだろう?水の中を探してくれ、祠があるかも知れない。」
「他の連中は戦闘を継続しながら、余裕があったら祠か何かが無いか探してくれ。」
ギクッとする精霊、当たり前だ。俺はこの情報量の少ない世界の出身ではない。異世界人だ。
そして精霊とか何とかは大体祠だ。水没しているパターンもあれば、泉の畔に、などというパターンもあるはずだ。
羽をきゅっと畳んで潜って行くリリィ、尻尾を鰭代わりにして器用に泳いでいく。
他の皆は辺りを探す。仮初の体がここに居るってことはそんなに遠くない場所に本体が居るはず。
それがこういう連中の基本だ。
しばらく、祠または類似のものを探しつつ、戦闘する。
といってもこちらから攻撃するのはやめ、防御に徹した。意味無さそうだからな。
一方の精霊側はかなり焦っているように見える。攻撃が雑だ。
「ご主人様、祠は無かったけど底に箱がありました。開けてみたら中から王様が出てきました。」
王はぐったりしているが、生きてはいるようだ。
「よくやったリリィ、だが、その正体不明の箱とかを考えなく開ける癖は直した方が良い。今回は汚い王が出てきただけだったが、魑魅魍魎の類が出たら自分で何とかしろよ。」
「は~い!」
精霊はもうなにがなんだかわからないといった状態である。
本体を隠し、圧倒的優位に立っているはずであったが、気がつけば人質を回収され、本体にもリーチが掛かったような状態なのだ。
そこへ、セラとミラの姉妹が顔を合わせる。何やら2人で頷いている。
直後、セラの魔法が俺達の居たところから程近い木の枝を弾き飛ばす。
祠…というか神棚のような小さな家が木の太い枝の上に置いてあった。巣箱ですか?
「あら、やっぱり。おかしいと思ったのよ!」
「あの木はあんな葉のつけ方をしないものよね、お姉ちゃん!」
この2人は木の葉のつき方が不自然であることから、そこに祠が隠れていると見破ったのである。恐ろしい野生人だ。
森の中であれば現代のスナイパーとかもすぐに見つかってボコボコだろう。
『わー!わー!ちょっと待って、ちょっと待って!破壊してはなりません!誰か木に登っている狼を止めなさい!』
「カレン、戻れ…いや、外せそうなら外してリリィに渡せ。」
「ご主人様、これ乗っかっているだけです。んっ!重いけど、取っ手も付いています。はいリリィちゃん。」
リリィに渡された祠?は地面に置かれる。壊すな、と言われているのでソフトランディングだ。
「おう、結構デカいな…お前の本体はこの中か?開けてもいいか?」
『待って、鍵が掛かってるの。大事な家を壊されると困るの、こちらから出ていくわ。』
というと、水の偽体は崩壊した。祠の扉が開く。
中から出てきたのはさっきの女性…の小さい版であった。
「まったく、人間の分際で祠の存在に気がつくとは、ただ者では…あら、異世界勇者のようね。なるほどなるほど。」
「攻撃して済まなかったな、実は頼みがあって来たんだ。塩で出来た上級魔族を討伐したいんだ。手伝って欲しい。」
「代償は?」
「さっきの王…はダメなんだよな…生贄以外だと何が欲しい?」
「温泉!温泉が欲しいわ!源泉掛け流しのやつ。」
なんだコイツは、要求のスケールがでかすぎる。
異世界不思議生物のうち、リリィは里の解放、マーサに至ってはニンジンで仲間になったのだ。
この精霊は欲が深い…
「おぉ、ゆうしゃよ、温泉なら王都で出るぞよ。勇者ハウスの庭でも掘るが良かろう。」
ルビアの回復魔法で復活してきた王が言う。
待て待て、そんな簡単に温泉が出てたまるか、そんなだったら今頃王都は温泉郷になっているはずだ。
「確か、王都の温泉はかなり深く掘らないと出てこないのよね…ご主人様、掘るのは少し大変かもしれません。ここは私を生贄に…」
「おぉ、巨乳娘よ、知っておったか。左様、王都の温泉は深くての…今ある王都王立温泉館もかなり苦労して掘ったものじゃ。感謝するが良い。」
なるほど、温泉は出るが掘るのは相当大変と言うことか…
どうしようか?温泉をやると言っておいて結局出来ませんでした、となった場合、この強欲な精霊は王都を滅ぼすかも知れない。
「あの~、掘れば出るなら私が精霊の力で何とかすることができるわ。是非そこに案内して欲しいわね。」
「本当か!そしたら一緒に俺達の屋敷に行こう。そこで温泉を探してもらう。」
「決まりね、じゃあその精霊ハウスごと持って言ってちょうだい。私は常に中に居るから、用があったら呼んでね。」
「あぁこの祠か、ハウスだったのかよ。何?人間がここに祀ってくれたのか?」
「違うわ、自分で作ったの。誰も祀ってくれなかったから。人間の町のホムセンで材料と工具を買ってきてDIYしたのよ。」
悲しい過去を聞いてしまったようだ。というかやっぱりホムセンがあるんだな。
「じゃあリリィ、壊さないように慎重に頼む。あ、俺は異世界勇者アタル、よろしく。」
「私は水の精霊、名前は…無いわ。まぁそんなの要らないんですけどっ!気軽に大精霊様とでも呼んでちょうだい!」
人間に祀られず、名前も付けられなかったのはおそらくこの態度が関係しているのであろう。
最初の偽体モードでも相当ウザかったが、中身はもっとだった。
「よし、とにかく屋敷に戻ろう。」
※※※
駄王は王宮に帰した。
王が生きて帰ってきたのを見た大半が舌打ちをしていたが、そのうち俺が殺してやるから今は我慢して欲しい。
屋敷に戻ると、既に精霊は何やら始めていた。
地面に這いつくばって犬のように匂いを嗅ぎ回っている。
カレンが後ろで真似をしていたが、みっともないのでやめさせた。
しばらく見ていると、敷地の隅、壁際のところで止まった。そこを重点的に嗅いでいる。
「ここね、ここから掘るのが最も効率が良いわ。早速始めるわよ。カレン、リリィ!準備なさい!」
「ハイっ!隊長!」
「わかりました隊長!」
ウチの狼とドラゴンが早速手なずけられているのだが。
俺が王宮に行っている間に隊長に就任してるし…
見ていても仕方が無いので、俺は一旦部屋に戻る。
カレンとリリィは温泉の方の手伝い、マーサは畑、ミラは食事の準備を始めた。
俺とルビアは先程の位置から、どこを温泉の湯船にするかを考える。
あと、セラは皆の邪魔ばかりしている。コイツが買い物以外の労働をしているのを見たことが無いかも知れない。
温泉の位置は、屋敷の角付近である。そこからお湯が出て、熱かったら冷まして適温になったところに入る必要がある。しかし、温度はどのぐらいだ?
精霊、いや大精霊様に聞きに行ってみよう。
「お~い、大精霊さまっ…て、うわ!何これ?」
土が山盛り、そしてその横に空いた穴からはロープが出ており、ドラゴン形態のリリィがそれを持っている。
リリィがロープを引っ張り上げると、スコップを持って、ヘルメットを被った精霊が出てきた。人間と同程度の大きさになっている。
ヘルメットには『霊』のマーク、もちろん安全第一の記載もある。
カレンは土の入った桶を受け取り、中身を捨てる役回りだ。
紛ごうことなき人力である。精霊の力どこ行った?
「おい!精霊の力ってその力なのかよ!不思議なアレじゃなくて!」
「当たり前でしょ。何?一瞬でダーッてなって温泉ブワァーだとでも思ったの?そんな不思議なことあるわけ無いでしょ。」
「でもなかなか手強いわね…私の力でもまだ10分の1ぐらいよ。疲れたから続きは明日にするわ。」
期待して損した。
と、そこで頭の中に声が…女神か?
『おう、勇者殿、昨日は取り込んでいて悪かったな。して、俺の大胸筋に何か用か?』
ゴンザレスだ、完全に忘れていた。昨日の水魔法の件はもう解決してしまったが…そうか、コイツ、いやこの連中を使おう。
『すまない、今勇者ハウスで温泉を掘っていてな、できれば力の強い人間に来て欲しいと思っているんだ。頼めるか?』
『わかった。今はギルドにいる。すぐに10名ほど集めてそちらに向かおう。』
…17秒で来やがった。ギルドからここまで3キロぐらいはあるはずだが?あいつら普通に歩いていたのだが?
筋肉達の中に何か特殊な魔法を使う奴が居るのかも知れない。
「おう、勇者殿!ここは俺達に任せておけ!よし始めるぞ、お前ら、まずは筋肉を伸ばせ!怪我を防止するのだ!」
ストレッチを済ませた筋肉達は、次々に作業に取り掛かっていった。
およそ30分後…
「ご主人様!温泉が出ました。浴場も完成しています!」
カレンが飛び込んでくる。浴場も完成?どういうことだ?
外に出る。立派な風呂だ、ごつごつした岩に囲まれた露天風呂である。溢れ出した温泉は、溝を通って十分に冷まされた後、屋敷近くの水路に放水されている。
30分しか経っていないのだが…
「おう、勇者殿!これで良いか?湯温は39度にしておいた。このぐらいの方が筋肉がリフレッシュして良いパフォーマンスが得られるからな!」
いつの間にか、筋肉達は50名ほどに増えていた。無性生殖するタイプの生き物なのかも知れない。
とはいえどんだけ有能なんだ、この短時間で何も無いところに温泉を創造したというのである。
この筋肉達を侮ることは出来ない…
「うん、ありがとう…報酬はこれで良いか?」
この間作った大量のニンジンと、備蓄してあったたんぱく質含有量の高そうな干し肉、それから金貨3枚を入れた袋を渡す。
「おお!ニンジンではないか!これは筋肉に良さそうだ。よし、お前ら!今日はニンジンを皮ごとボリボリいくぞ!栄養が取れて、顎も鍛えられる。一石二鳥だ!」
「では勇者殿、俺達はこれで!よし、帰りは全力で走るぞ、体力の残りを全て使い切るのだ!」
ゴンザレスたち王都筋肉団は、その隆起した筋肉を躍動させながら走っていった。
なんて奴等だ…
「あら、もう出来たようね。人間の分際でやるじゃない!私ほどではないけれども。」
貴様は全力でやって10分の1だったろうに…
「ああ、これで魔将討伐を手伝ってもらえるな?あと、精霊ハウスはどこに置いたら良い?」
「う~ん、ここ!このあっつあつのところに下が浸るぐらいで置いてちょうだい。」
「わかった、ここだな…よし!置けた。ところで大精霊様はどのぐらいの水が扱えるんだ?」
「ああ、水なら…そうね、この城壁に囲まれた王都をプールにするぐらいは出せるわ。今からやる?」
「やめてくれ!王都が海に沈んだ古の都みたいになったらどうするんだ?魔将を倒すときに、指示した量の水だけ出してくれれば良い。」
「わかったわ、期待しておきなさい!」
ともかく、精霊の力は手に入った。後はその物質魔将シオヤネンとやらが攻めてくるのを待つだけだ。被害が出る前に、速攻で片付けよう。
いや待て、そんな魔将などはどうでも良い、温泉が手に入ったのだ!
明日からは狭い風呂も卒業だ!ミラの沸騰風呂芸も、もう見なくて済むな。
まずは…今夜皆で温泉に入ろう…
次もまだ魔将は出ない予定です。




