167 軍との合流と作戦開始
「あ、仲間の旗が見えるわよ、ようやく軍と合流出来るわね」
「ということは俺もここから500人の指揮をしなくちゃならんのか、実に胃が痛い……」
「イヤなら私が代わってあげても良いわよ」
「黙れ、セラだってノーセンスだろうが! 代わるならカレンの方がマシだね」
「ご主人様、軍とかどうでも良いです、お腹が空きました」
軍の方でたらふく食べさせてくれるから我慢しろと説得するが、カレンは愚図り出すともう聞かない。
バッグから肉の缶詰を1つ取り出して食べさせてやった、これでしばらく静かになるであろう。
「ちょっと、捕虜の身分である私もお腹が空いたわ、何か食べ物を提供しなさい」
「うるせぇな、お前なんか捕虜じゃないから、犯罪者でかつ無様な囚人だから」
「ぐっ! なんという言い草、そもそも私を連れて行ってどうするつもりなの? もう知っていることは全て話したのよ」
「そうだな、木から吊るしてあの港町からの避難民に棒で叩いてもらうこととしよう」
「……あの、それだけは許して、お願いっ!」
ではそれ以外、というか類似した方法で屈辱を与えてやろう。
縦ロールは結構可愛いからな、ゆえに命だけは助けるが、それは無罪放免ということではない。
「勇者様、もう着くから降りる準備をしたほうが良いわよ」
「そうか、ルビア、歩きたくないからなるべく中の方まで馬車で突っ込んでくれ」
「わかりました、ではバリケードを突破します!」
「いや、それはやめて欲しい……」
正当な手続を踏んで陣地に入り、中央のテントを目指す。
今回の総大将はインテリノが務めるようだ、テントの中で作戦を立てていた。
「勇者殿、お疲れ様です、無事合流出来て良かったです」
「おう、お疲れ、でさ、敵の指揮官を1人捕まえてあるんだ、どうすれば良い?」
「港町からのの避難民を一箇所にまとめてあります、そこで晒し者にしましょう」
了解し、一度馬車へ戻る。
暴れる縦ロールを無理矢理連れ出し、避難民の収容キャンプに連行した。
「離しなさいよっ! 今度は一体何をするつもり?」
「ここに居る連中はお前らのせいで町を滅茶苦茶にされたんだ、おっと、他は全員死んだんだからもう全部お前のせいだな」
「そんなっ! 別に民間人を狙ったわけじゃ……ヒッ!」
どうやら住民達が凄い目で睨み付けていることに気が着いたようだ。
念のため投石は禁止とし、木に縛り付けて放置しておいた。
後で様子を見に来よう、どんな姿になっているか楽しみだな……
早速縦ロールを取り囲み、木の枝の葉を捥いで鞭を作っている住民達に後のことを任せ、本部のテントへと戻った。
そういえば俺が指揮すべき500人はどこに居るのであろうか?
それと、貸してくれるという補佐官とも会っておきたい……
お、ちょうどインテリノがやって来た、ちょっと聞いてみよう。
「王子、そろそろ俺のところに来る500人を紹介してくれないか?」
「ええ、ではこちらへどうぞ、一般兵は部隊ごとで野営していますから、補佐官もそこに居るはずです」
インテリノに付いて軍の野営地へと向かう。
王都だけでなく、近隣の貴族領からも派兵され、総員2万名の軍勢がここに居るそうだ。
その中で俺の元に来るのは500、指揮官としてはかなり雑魚キャラというわけだな、俺は。
「ここが勇者殿の指揮する兵の野営場所です、テントに補佐官が居ると思いますよ」
「わかった、じゃあ他のメンバーも呼んでもう一度来るよ」
一度馬車へ戻り、周囲で屯していたパーティーメンバーを集める。
さあ、軍の連中と顔合わせをしにいこうか……
※※※
「どうもぉ~、勇者パーティーでぇ~っす」
「お、これはこれは指揮官殿、ようこそおいで下さいました、私、補佐官のガンゼメドと申します、ちなみに平民です」
「異世界勇者アタルです、あ、兜と一緒にズラも取れていますよ」
「これは失礼しました、最近ちょっと外れ易くてですね」
補佐官に選ばれていたのはハゲ散らかしたムキムキのおっさんである。
だがこのぐらいの方が強そうだ、きっと髪の毛も激しい戦いの中で失ってしまったのであろう。
「早速ですが指揮官殿、今回私はストレートな突撃作戦が良いと思っています」
「ほうほう、その心は?」
「どうせ矢に当たるときは当たるし、死ぬときは死ぬんです、どこに居たってもう変わりませんからな」
コイツはダメかも知れない、よく考えたら名前からしてガン攻めしか出来ない男のような気がするぞ。
「え~っと、突っ込ませるのは良いとして、兵にはどんな装備をさせるべきですかね?」
「男たるものノーガードです、装備するよりもむしろ脱いで、褌一丁で敵陣に食い込みましょう!」
無茶苦茶である、食い込むのは褌だけにして頂きたいところだ……
とにかく褌突撃隊はナシとして、ある程度の重装備で敵陣に突き刺さる作戦を取ることとした。
だが、現状俺の指揮する部隊が装備しているのは革の鎧と盾、それから安物の剣である。
敵が攻めて来るのは明日か明後日、それまでに何とか鉄の防具を揃えておきたいところだ。
それと、兵の忠誠心を高めるための酒も振舞っておいた方が良さそうだな。
いきなり素人指揮官の下に入るのだから、ちょっと不安な連中も居るだろうし……
ちょっと本部に行って相談してみよう。
パーティーメンバーはガンゼメドと雑談させておき、本部のテントへ向かった。
中に居るインテリノに話しかけ、どうにか装備と酒が手に入るよう取り計らって欲しいと頼み込んだ。
インテリノめ、渋い顔をしていやがるな……
「う~む、酒はとにかく、盾と鎧はそこまで余りが無いんですよ、自弁している者も多いですしね」
「そうか……じゃあ盾をあるだけ貸してくれないか?」
「100程度しかありませんが、構わないですか?」
「うん、それで良い、あとは酒だな」
「わかりました、では盾を100、酒を500人前、そちらの野営地に届けさせて頂きます」
何とか盾だけ確保出来た、数は足りないが、むしろこの方が補佐官のガンゼメドも納得する作戦が立てられそうだ。
野営地に戻り、兵を集めて作戦を告げる……
『え~、皆さん、俺が今回の指揮官である異世界勇者アタルです、本日は人数分の酒を確保しておきました、お楽しみ下さい!』
『うぇ~い!』
それと同時に酒が運ばれて来る、タイミングはバッチリだ、これで少しは士気も上がったであろう。
『で、作戦なんですが、皆さんの持つ革の盾とは別に、鉄の盾を100用意しました』
ざわざわする、兵の数に対して盾が5分の1しかないのだから当然だ。
『鉄の盾は貴重です、まず一番前の者に渡しますので、その者が死んだら後ろの者がそれを拾い、またその者が死んだら、という感じでいきます!』
「いや、それは素晴らしい、実に男前な作戦ですぞ!」
ガンゼメドが大喜びしている、だと思ったぜ、コイツはそういう無謀すぎる作戦が大好物であろうからな。
最初は動揺していた兵達も、ガンゼメドの放った『男前』という言葉に反応し、その馬鹿げた作戦が良いものであると錯覚し始めたようだ。
これを疑問に思っているのは後ろに控える勇者パーティーのメンバーだけである。
理解し難いといった表情のカレンがこッそり俺に話し掛けてきた……
『ご主人様、あんなショボい盾があっても何も変わらないと思うんですが?』
『良いかカレン、あんなの何の意味もないことはナイショだぞ、気持ちの問題なんだ』
『じゃあ皆死んじゃうんですか、この人達?』
『セラと精霊様を防御に回すから平気だ、それで死者を抑えて、最終的には女神の加護があったと信じて貰うんだ』
『へぇ~、変なの……』
例えここが異世界であったとしても、女神の加護で勝てた、女神の加護で生き残った、などという超越者の加護説は普通に有効である。
無謀な作戦を好む猪補佐官も納得、もうダメだと思いきや意外と生存する一般兵も納得の素晴らしい作戦なのである、上手くいくか知らんけど。
その日はガンゼメドも交えて酒を飲み、親睦を深めた。
翌日は朝から陣形の確認、そして午後は完全に休息である。
到着時には確認しなかったが、ここはかなり開けた街道沿いの平野、総大将のインテリノが一番高くなった位置に布陣し、そこを本部としている。
俺達の持ち場は前の方、というか一番前のようだ。
しかもど真ん中、ガンゼメドが突撃作戦を具申することをわかっての布陣であったに違いない。
そこへゴンザレスがやって来る、指揮官は全員本部テントに集合せよとのことであった。
「おいおい、今から昼寝しようと思っていたのに、セラ、代わりに行ってくれ」
「ダメよ勇者様、今回は他人も指揮するんだから、ちゃんとやりなさい」
「わかったよ、あ~、もうハイパー面倒臭せえな」
「本当に腐り切った異世界人ね……」
渋々本部テントに向かい、作戦会議に参加する。
「今戻った偵察兵からの報告ですと、敵の到来は明日の朝日が出てから、数は1万程度だそうです」
「お、珍しくこっちの方が多いじゃないか、で、敵の兵器は? 火を吹く筒はあったか?」
「……それらしきものが1,000其以上、車輪を付けて運ばれているそうです」
「何だよ、ぬか喜びさせやがって、しかしアレの実態を知らなかったら調子乗って全滅だったかもな」
「そうですね、先に中身を知っていたのはラッキーだったと思いましょう、これが偵察兵の書いて来た絵です」
「超上手いじゃないか、プロの画家並みだぞ!」
「元々売れない画家だったそうで、路頭に迷っているところを軍が拾いました」
鉛筆で丁寧に書かれた絵には、車輪を付けた筒を転がす2人の兵士、そしてその後ろにも、明らかに不自然な箱にこれまた車輪を付け、4人の兵士で押している姿が書かれている。
この後ろの箱が燃料タンクに違いない、これに火を付けてしまえば勝手に大爆発だ。
「でですね、この筒を擁した兵は敵軍の最前列に固まって配置されているそうです」
「つまり、緒戦でこれを使った攻撃をしてくるということだな?」
「ええ、ですのでまずはこれへの対処、その後に普通の戦闘となります」
「よぁし、じゃあ街道の出口に油でも撒いておこうぜ」
敵は俺達の通って来た街道から来るのは間違いない。
そしてこの平野に抜ける以前は両脇が森である、そこに放火してしまえば、戦わずしてかなりの数の火炎兵器を葬り去ることが出来るであろう。
もちろん難を逃れて抜けて来る連中も居るであろうが、それはそれで対処していけば良い。
とにかくその1,000という数を序盤で出来るだけ減らしておくべきだ。
「では油を用意させましょう、街道の脇と周囲の森に撒き散らし、火矢で点火すれば良いですね」
「うむ、それで頼む、それから抜けて来た敵に射掛ける用の火矢も存分に用意しておいてくれ」
「わかりました、では火を吹く筒対策はそんな感じで」
その後は後方の一般的な敵への対処を話し合う。
とはいえ、これはもう正面からぶつかり、前列中央の俺達が敵陣に入り込んで行って大将を討つという極めて普通の作戦である。
特に異議を唱える者は居なかった。
「じゃあこれで会議は終了だな、テントで寝ているから何かあったら起こしてくれ」
「ではまた明日の朝、日の出前にここへ集合となります」
「了解した」
テントに帰る前に、少しだけ避難民、というか縦ロールの様子を見に行く。
避難民達は王国軍の老兵が先導し、更なる退避を開始していた。
一方の縦ロールは俺が縛りつけた状態のまま木の横にへたり込んでいる……
「よう縦ロール、調子はどうだ?」
「何か食べさせなさい、このままだと死んでしまうわ、あと、叩かれた所の治療もしなさい」
「態度が悪いからダメだ」
「……お願いします」
顔や首など、肌の露出した所が裂け、どす黒い血が流れている、きっと枝で作った鞭で打たれ続けたのであろう。
一旦俺達のテントに連れて帰るべきだな、ルビアに治療させないと本当に死にかねない。
無理矢理立たせ、ヨロヨロと歩くのを引っ張りながらテントへ向かった。
「ルビア……お、居た、ちょっとコイツを治療してやってくれないか?」
「ええ、では傷口に塩をすり込んで痛めつけましょう」
「いや、ガチで死にそうなんだ、あとワンパンで昇天する」
ルビアに治療を任せている間、カレンとリリィに頼んで残飯を貰って来させる。
戻って来た2人は大量の野菜クズの他、口にまともな干し肉を咥えさせられていた。
ラッキーなことに2人分のおやつ代が浮いてしまったではないか。
抱えた野菜クズを受け取って地面に置く、囚人の食事はこれで十分だ。
良家のプライドはどこへ行ったのか、まだ全ての治療が終わっていないにも拘らず、野菜クズに飛び掛る縦ロール。
縛られているので手は使えず、まるで動物のように地面の残飯を貪っている。
「人間こうなったらお終いだな、泥にまみれたクマさんパンツが丸見えだぞ」
「ご主人様、この辱めは私もちょっと受けてみたいんですが……」
「帰ったらやってやる、今は我慢しておけ」
無様な縦ロールの姿を羨ましそうに見ているのはルビアだけ……いや、セラもだったか、とにかくコイツの尊厳はだいたい失われた。
「ミラ、食べ終わったら服を脱がせるんだ、精霊様は高圧洗浄してやってくれ」
腹を満たした縦ロール、安心したのかそのまま眠ってしまった。
ミラとジェシカが服を脱がせ、外で精霊様がそれと体を洗い流す。
綺麗になったようだ、これで伝染病を媒介する心配はなさそうだな。
目を覚ましたらもう一度作戦本部に連れて行って引き渡そう。
俺もようやく仮眠を取り、目が覚めたころには辺りが暗くなり始めていた。
外に出ると、既に俺達やマリエルの旗が掲げられている、いつの間に準備したんだ?
縦ロールもどこかに連れて行かれた後のようだし、知らぬ間に色々と戦闘準備が進められているようだ。
やべぇ、俺指揮官だったわ、何かしないといけないのではなかろうか……
「あら勇者様、やっと起きたのね」
「おうセラ、何か寝ている間に色々と進んでいるみたいなんだが」
「さっきガンゼメドのおっさんが来てやっていったわよ、鼻息荒かったし、気合入ってるんじゃないかしら」
「奴か、本当に暑苦しいな、帰ったら筋肉団に推薦しておこうか」
ちなみにガンゼメド、一度王都筋肉団入団テストで不合格になっているらしい。
どうも国への貢献が足りなかったとか、今回勝てばそれもクリア出来るであろう。
そこへ夕食が運ばれて来る、今回もサンドウィッチのようだ。
だが俺達には缶詰がある、ちょっと豪華な食事を楽しんだ後、兵達が沸かしてくれた風呂に入る。
風呂では作戦会議だ……
「主殿、先程縦を持って先頭に立つ100人を選別していたのだが、貴族の次男やその下は67人しか居ないぞ」
「え? そんなの誰だって良いじゃねぇか、あみだくじで決めろよ」
「ダメに決まっているだろう!」
そう言いながら立ち上がるジェシカ、おっぱいプルンプルンである。
で、そのジェシカ曰く、まず貴族は危険な場所に配置されるのが確定であるという。
金持ちでいい思いをしているんだからそのぐらいのことはして当然ということか。
そしてそれ以外の選別に苦労しているというのだが、そういうことであれば金持ちから順に前に出せば良いと伝えておく。
その方が自分で持ち込んだ良い防具とかも着けているはずだし、何かあったときの致死率も下がるであろう。
「じゃあ隊列はそんな感じで、あとは森を焼いた後の行動だな、精霊様、消火は頼むぞ」
「だいたい燃え尽きた後に消せば良いなら簡単よ、でも敵の兵器による火は消えないかもだから、それはわかっておいてね」
なぜ水を掛けても消えないのかは良くわからんが、とにかく消えない火であるということだけは把握しておこう。
燃料にヤバい素材でも入っているのか?
「よし、じゃあ明日は早いぞ、さっさと寝よう!」
風呂から上がり床に就く、昼寝たせいで全然眠くないのだが、目を閉じているうちにいつの間にか寝ていたようだ……
※※※
翌朝、作戦本部テント……
「敵は街道を進み、ここまで残り10㎞未満の地点まで迫っています」
「では森の出口に火を付ける準備をするんだ、一気に焼き尽くすぞ!」
油桶と火種を持った兵士達がテントの外を走って行く。
俺達も解散し、それぞれの陣地へと戻る、まだ寝ているルビアを起こさないとだ。
「おいルビア、早く起きないと敵陣に投げ込むぞ!」
「ん……敵が来てから起こして下さい、どうせ私は救護班なんですから、怪我人が出るまで仕事はな…い…」
「二度寝するな、布団から出ろ、服を着ろ、顔もしっかり洗え!」
酒臭い、コイツ昨日もこっそり飲んでいやがったな……
馬鹿ルビアを布団から引きずり出し、冷水を顔にぶっかける。
どうにか目を覚ましたようだ、俺が作戦会議に行っている間に配られたというサンドウィッチを2人で咥え、森の出口を見張る。
街道の先で土煙が立っているのが確認出来るが、狭い道ゆえ敵はかなり間延びしているようだ。
「指揮官殿、敵が見えたらすぐに突っ込みましょう!」
「ええ、ご主人様、私もそれが良いと思います」
「いえ、その前に火を使った作戦があるんで、それが終わり次第です」
というかカレンめ、いつの間にガンゼメドと意気投合していたんだ?
まぁ似たような行動をするタイプなはずだし、無理はないかも知れんがな。
「勇者様、そろそろ敵が見えるわよ!」
「うむ、そのまま待機だ、全軍突撃の号令があったら俺達が最初に行くからな」
最後の角を曲がった敵の先頭が見えた……いきなり火を吹く筒を転がしているようだ。
次も、その次も同じものを擁している、馬鹿め、かなり密集して運んで来たな。
『火矢を放てぇ~っ!』
どこからともなくインテリノの声、俺達の頭上を通り越した火矢は、森の手前の地面に突き刺さる。
そこから油が撒いてあるようだ、徐々に炎が燃え広がる。
これが森の出口付近に居る敵、火を吹く筒を転がす敵に到達したときが戦いの始まりだ……




