163 麻薬半島
「おぉ、ゆうしゃよ、この度はご苦労であった」
「全くだ、かなり強かったぞ大魔将ってのは、あとハイこれ、お土産な」
「うむ、これは美味そうな酒じゃな」
王都に帰った翌日、俺達は王宮から呼び出しを受け、王の間へ来ていた。
きっと報酬として自分の領地をどうこうして良いということを言われるのであろう。
「で、勇者よ、このたびの活躍により、王宮ではおぬしの城をちょっとだけ拡張して良いという決定を下したのじゃ」
「おいババァ、ちょっとだけって具体的にどのぐらいだよ」
「今は小さなプレハブの城じゃろう?」
「うんうん、確かにそうだ」
「なんと、特別にそれをプレハブ2階建てにして良いのじゃ!」
「ふざけんな、たいして変わらないだろうが!」
「だからちょっとだけと言っておるじゃろうに」
酷い扱いだ、どこの世界にプレハブの城で遣り繰りしている貴族がいるというのか?
そもそもまだ畑としょんぼり兵士5人だけの領地だ、資産価値としては僅かどころかマイナスかも知れない。
「でさ、どうなったらまともな城に出来るんだ俺の領地は?」
「そうじゃな、大魔将を全部倒したらRC建築の凄いやつに建て替えても良いぞ」
「良いぞって、自分でやるのかよ」
「当たり前じゃろう、自分の領地なんじゃからの」
そんな技術がどこにあるというのか? 筋肉団に頼んでも自費だとかなり高いはずだ、領地経営のせいで破産してしまうぞ……
「おぉ、総務大臣よ、今日はゆうしゃにもう1つ伝えねばならぬことがあったのではないか?」
「うむ、そうでしたな、実は勇者よ……」
どうやら王国が最近新しく支配した地域で良からぬことが起こっているらしい。
その処理を俺達勇者パーティー、いや、王国貴族としての俺に依頼したいようだ。
で、問題となっている地域は旧帝国の領土で、その崩壊時に勝手に独立宣言をし、しばらく混乱した後に無政府状態となってしまったところを併合したものだという。
現在は王国自治州として、帝国領を挟んだ飛び地での領土となっているそうだ。
「どうしてそんなややこしい所に手を付けたんだよ?」
「ほれ、この国には元々海が無いじゃろう」
「確かにそうだな」
「での、そこは半島なんじゃ、飛び地でも獲得してさえおけば海路が開けるものと思ってな」
「それで後先考えずに飛び付いたのか、自業自得に他ならないぞ、で、何が起こっているんだそこで?」
「……麻薬じゃよ、海の向こうにあるブリブリ共和国から大量の麻薬が運び込まれておる」
相変わらずとんでもない名前の国だ。
総務大臣曰く、日々運び込まれる麻薬によってその地域の住民は腑抜けとなって真昼間からクスリ漬けの生活。
さらにはその麻薬を購入するために貨幣がどんどん流出してしまっているという。
で、俺達に麻薬の没収と地域の浄化を頼みたいとのことだ。
「良いんだけどさ、たぶんそのブリブリ何とかって国と戦争になるぞ」
「それは承知のうえじゃ、いざとなったら王国軍の総力を挙げて戦おうと決まっておる」
「全く、また人族同士の争いかよ、本当にくだらないな……」
「いや、それがそういう訳でもなさそうなのじゃよ」
「どういうことだ?」
「ブリブリ共和国に輸出用の麻薬を提供しているのが魔族、いや魔王軍かも知れん都の情報が入っておる」
「……なぁ、魔族と組んで悪さする奴、多すぎじゃね?」
「……本当に何なんじゃろうな」
しかしそういうことであれば俺達が黙っているというわけにはいかない。
とりあえず協力すると告げ、当該地域の詳細な情報を聞いておいた。
今回浄化を行う地域はその形状から『バリカン半島』と名付けられ、古くは帝国領として南方にある別の国家との交易で栄えていたそうだ。
それが例の帝国崩壊事件の余波を受けて離反、そして先ほども説明を受けたとおり王国の自治州となった。
だが、ブリブリ共和国よりもたらされた麻薬により再び暗黒の地になり果て、今では『王州の麻薬庫』などとあだ名されているという。
何だかどこかで聞いたことがあるような話や地名の盛り合わせだ……
「で、上手いこと解決したらどんな報酬が待っているんだ?」
「そうじゃな、おぬしらに貿易船を1隻進呈しよう」
「貿易船?」
「うむ、アロー号という名の船じゃ」
「それは絶対に要らねぇぞ! 崩壊の序章だってば!」
「ん? そうなのか、では領地の方をまたちょっとだけ拡張してやろう」
危うくアヘン戦争に続いてアロー戦争まで異世界で再現してしまうところであった。
というか今回は凄く負けフラグが乱立していそうな話だな……
「まぁ、今はまだ偵察兵が入っておる最中じゃからの、明後日には戻るのでその報告を受けてから出発で良いじゃろう」
「わかった、その前にこっちで出来ることを色々とやっておくよ、来週の頭を目途に出発する」
「うむ、ではこちらへ報告が入り次第また呼ぶでの」
おそらく3日後にはまた呼び出されるのであろう。
その前にプレハブ城を2階建てに増築し、畑も拡張しておこうか。
王宮を出て用意されていた馬車に乗り、屋敷へと戻った……
※※※
「ただいまぁ~っ、パーティーメンバーはちょっと集合してくれ」
「あ、おかえりなさい勇者様、ご褒美は貰えましたか? 現金ですか?」
「いや、現物支給だ、トラブルの種を貰って来た」
「・・・・・・・・・・」
金どころか金目のものでもなく、むしろ厄介ごとを持ち帰って来た俺に向けられるミラの目線が痛い。
でも仕方が無いだろう、魔王軍が絡んでいるかも知れないんだからさ。
2階の大部屋にパーティーメンバー全員を集め、王宮で受けた話をそのまま聞かせる。
「ではご主人様、没収した麻薬は燃やしてしまうんですの?」
「当たり前だろ、そんなもん何の役にも立たないからな」
「横領して密売すれば大儲けですのに」
「そうですよ、姉さまの言うとおりです、実にもったいないことですよ」
馬鹿なことを言っているユリナとサリナには、罰として巨大クリップを尻尾に挟む刑を執行しておいた。
どうしてそう許されざる悪事を働こうとするのだこの2人は、悪魔だからか?
「しかし主殿、麻薬の没収をしていたらすぐにブリブリ共和国が攻めて来るのではないか?」
「心配は要らん、現地に居るその国の人間は皆殺しにする、貿易船も破壊するし、本国が異変に気付くまでしばらくかかるはずだ」
帝国貴族の娘であるジェシカはそのあたりの事情にも詳しいようだ。
当地とブリブリ共和国の行き来に船で片道5日という情報を持っていたため、そこに居る共和国人を全て殺害すればすぐに戦争にはならないということを理解してくれた。
「とりあえず出発は来週だ、今週は領地の整備と遠征の準備で忙しいぞ」
「じゃあ私は領地の方の畑を拡張する指揮を取るわね」
「うむ、そっちはマーサに任せた、それとプレハブ城の方だが……」
ちょうどそう言っているところへやって来たゴンザレスが窓の外に見える。
増築するプレハブの2階部分(完成品)を持って来たようだ。
「おう勇者殿、これが大魔将討伐の報酬だそうだな」
「ああ、あれだけ苦労してこれとはな……」
「はっはっは、良いじゃないか、それ以外でかなり儲けたようだとギルドで噂されていたぞ」
「バレていたか、では早速これを領地に持って行きたい、そこまで頼めるか?」
ゴンザレスと付いて来た筋肉団員5名に頼み、領地の方までプレハブを運んで貰う。
ちなみに今回の報酬はモノだけ、増築にかかる費用はこちら持ちだ。
どんどん報酬が劣化しているようだが、もしかしてこの国はそろそろ危ないのか?
「よぉし、ではこの増築部分を既存部分の上にセットするぞ、この作業は俺がやろうではないか」
「いやいや、どうやって1人でこれを上げるんだよ、いくらゴンザレスでも……どうして背中に羽が生えたんだ」
「おう、これか? 実はな、レベルを上げたら進化してこうなったんだ、羽は出し入れ自由なのだぞ」
「あんたは一体どういう生物なんだ?」
突如として背中に天使の羽を生やしたゴンザレス。
そのままプレハブの増築部分を持って空に舞う。
筋肉ムキムキのおっさん天使とか、もう何かに対する冒涜でしかない……
「おう、これで城の増築は完了だ、階段は無いから2階に上がるときはこのロープを使うんだな」
「マジかよ、今度ホムセンで材料を買って来てDIYしないとだな」
「ちなみにそちらの方も筋肉団で承っているぞ、またご利用してくれ」
「そうか、検討しておくよ」
ゴンザレスに金貨3枚とお土産の野菜を渡し、これで城、というかプレハブ増築の件は完了である。
聞くところによると、どうやら筋肉団も今回の麻薬半島浄化作戦に参加するらしい。
次は王宮の会議で会おうということで帰って行った。
「よし、じゃあマーサの方も見に行ってやろうぜ」
城から少し離れた所にある畑エリアへと向かう。
兵士のおっさん達は相変わらず昼間から酒盛りをしていた。
マーサも一緒になって飲んでいやがる……
「うぃ~っす、調子はどうですか?」
「あ、どうも勇者殿、今は畑の拡張エリア設定が終わって休憩しているところですよ」
畑の方を見ると、横を一区画分柵で囲ってあった。
どうやらあそこを新たな野菜畑にするようだ。
耕す作業には人手が必要だろうし、メンバー以外の魔族かデフラ達にでもやって貰うこととしよう。
「ところでそのつまみは何を食べているんですか? 缶詰?」
「ああ、これですか、軍の糧食が古くなると払い下げられるんですよ、これは肉の缶詰ですね」
なるほど、コンビーフみたいで実に美味そうだ。
古くなったといっても缶詰だし、早々腐ってしまうようなものでもないであろう。
興味津々で覗き込んでいたカレンとリリィに、おっさん達がひとつづつその缶詰を渡す……
「あ、ご主人様、これ美味しいですよ!」
「凄いです! 味付きのお肉です!」
「そうか、遠征の食糧にもちょうど良いな……これってどこへ行けば買えるんですかね?」
「今なら門兵の詰所に結構あると思いますよ、憲兵団は来月備品の更新だったと思うんでまたそのとき、それから……」
とりあえず直ちに入手出来そうなのは城門の横にある門兵の詰所のようだ。
そういえば今居る5人のおっさんもそこのOBだったな。
「じゃあセラ、ちょっとカレンとリリィを連れて買出しに行ってくれないか?」
「わかったわ、今日味見してみる分も買っておくわね」
「うん、俺達は屋敷へ戻っているから直帰してくれ、おいマーサ、立て、早く行くぞ!」
昼間からおっさんに混じって酒を飲んでいる馬鹿ウサギの腕を引っ張り、屋敷へ戻る。
「お~い! レーコ、ちょっと良いかぁ~っ!」
「はいはい、何か御用ですか勇者さん?」
「実はですね、ここでご相談がありまして……」
幽霊の癖に日向ぼっこをしていたレーコを捕まえ、領地の畑を耕すよう頼んでおく。
渋々、といった感じで他の魔族を集め、農具を持って畑に向かって行った。
後で飴玉でもくれてやろう……
「さて、今日はセラ達が買って来る缶詰を試食するからな、それを夕飯にしてしまおう」
「ではマーサちゃん用の野菜だけ切っておきますね、アイリスちゃん、準備しましょうか」
ミラとアイリスは厨房へ行き、俺達は2階の大部屋で待機する。
「ご主人様、そろそろ尻尾のクリップを外して欲しいですの、もう十分に反省しましたわ」
「本当だな、次に悪いことを考えたら尻尾で石抱きをさせるからな」
「ひぃぃっ!」
「全くしょうがないわねユリナもサリナも、少しは真面目な私を見習いなさい」
「おいマーサ、それは昼間からおっさんに混じって酒を飲んでいた奴の台詞ではないぞ」
「あら、私もお仕置きかしら? って、それ、いでででっ!」
ユリナの尻尾から外したクリップをマーサの尻尾に付け直してやった。
夕飯までそのまま反省しておけと告げておく。
「主殿、ユリナ様とサリナ様が悪い事をしたときは私も連帯責任ではないのか?」
「そうだったな、じゃあこのサリナから外したクリップを付けてやる、尻を出せ」
「……あぃたぁ~っ! いてっ!」
サリナの尻尾に挟まっていたクリップはジェシカの尻に収まった。
ついでに挟まれていない方の尻たぶを引っ叩いておく。
さて、このままセラ達が帰って来るまで待機しよう……
※※※
「ただいま、缶詰を買って来たわよ、なかなか種類が豊富だったわ」
「結構な量だな、100個以上あるじゃないか」
「まだ相当売れ残っていたわよ、なんたって兵士の全員分だもの」
大きな袋に缶詰を一杯に詰め込んだものを3人で持ち帰って来た。
どうやら肉系だけでなく野菜系のものもあるようだ、尻尾にクリップを付けたマーサが喜んでいる。
「とりあえず全種類1個ずつ開けてみようぜ」
「そうね、でも買って来たのは5種類だし、全員分の夕食には足りないわよ」
ということで急遽、野菜に加えて生ハムの切り落としとパンを食卓に並べる。
缶詰も1つではなく、全種類2つで合計10個開封した。
「やはりおっさん兵達が食べていた肉の缶詰が一番だな」
「それを知っていたから選んで買ったんでしょうね、でも他もなかなかよ」
こんな上等な糧食があるというのに、どうして戦争中はサンドウィッチばかり出てくるんだこの国の軍は。
まぁ良い、残りは馬車に積んでおいて、半島浄化作戦の折に食べることとしよう。
道中の食事も多少は豪華なものになるな。
「ごちそうさま、これは美味しいわね、私も明日買っておこうかしら」
「じゃあシルビアさん、俺達ももう少し買い足ししたいんで、朝のうちに一緒に行きましょう」
翌日、屋敷からすぐ近くである門兵の詰所に行き、またまた結構な量の缶詰を購入しておいた。
今回は良くわかっているのでコンビーフ的なのを中心に、マーサ用の野菜や豆のものを少々だ。
マーサめ、帰り道に早速1缶、素手でこじ開けて食べていやがる、というかどうやったらそれを手で開けることが出来るというのだ。
しかし缶詰のストックも完了したし、あとは王宮から呼び出しが掛かるのを待つだけだな……
※※※
「勇者様、さっき伝令兵が来ていましたよ、1時間後ぐらいに馬車で迎えをよこすそうです」
「わかった、マリエルは付いて来るか?」
「ダルいのでパスしておきます」
「そうか、じゃあセラは?」
「帰りにケーキを買ってくれるなら行くわよ」
「つまリパスということだな、俺1人で行って来るよ」
「あの、ケーキを……」
1時間後、迎えの馬車に乗り込んで王宮を目指す。
結局セラも付いて来た、ケーキは買ってやらない。
王宮へ着くとすぐに王の間に通された……
「おぉ、ゆうしゃよ、呼び出してしまってすまんの」
「良いさ、麻薬半島の件だろ?」
「うむ、その通りじゃ」
既にゴンザレス、それからシールドもその場で待機していた。
なんとモニカの母親も居るではないか、完全に復権したようだ。
「では総務大臣、偵察兵からの報告をざっくり話すのじゃ」
「うむ、今朝方戻った兵の報告によると……」
ババァが麻薬半島についての話を始める。
どうやら現地の住民はそのほとんどが麻薬漬け、『おシャブりハウス』なるアヘン窟のような所に集合して麻薬をキメているそうだ。
麻薬を持ってくる船は毎日朝と夕方に入港しているらしく、その度に新たな大量の麻薬が供給され、その分の金貨を持って後退で帰って行くという。
「なぁ、そこってさ、王国側の総督みたいなのは居ないのか?」
「殺されて広場に吊るされていたそうじゃ、ブリブリ共和国の仕業に違いない」
「何だよ、もうそれだけで開戦ネタじゃないか」
「そうなのじゃ、ゆえに今回はおぬし達が発ったあとすぐに軍を編成し、3日後に追い掛けることと決めたのじゃよ」
3日遅れか、おそらく俺達が着いて現地の共和国関係者を殺したのに本国が気付くころには到着できるであろう。
そこからはガチの戦争だ、また魔族が協力している可能性もあるからそう簡単に勝てるかと言われると疑問だが、とにかく戦うしかない。
「での、遅れて到着した軍の指揮はここに居るメンバーに任せたいと思っておる」
「つまり俺も指揮官をやれと?」
「そういうことじゃ、一応勇者には補佐官を付けるでの、安心するが良い」
軍の指揮経験が無い俺だけは特別らしい、シールドやゴンザレス、それからモニカの母親もそういうのには慣れている、ここで素人さんなのは俺だけだ。
だがここでしっかりやっておかないとまともな勇者軍の創設など認めて貰えないだろうからな、ちょっと気合を入れて頑張らないとだな……
「ところで私達は何人の軍団を指揮すれば良いのかしら?」
「そうじゃの、勇者パーティーに貸し与えるのは500、それ以外のところにはそれぞれ2,000じゃな」
「500……荷が重いわね……」
「セラ、帰ったらちょっとそういう方面の勉強をしないとだぞ」
「そうね、ジェシカちゃんに色々聞いてみましょうか、他の講師は……」
「勇者殿、それなら僕も協力しよう、後でお宅にお邪魔するよ」
「頼むよ、マトンも連れて来てくれ」
シールドとマトンが講師として来てくれるなら非常に助かる。
俺なんかまだ伍長レベルの指揮しか経験したことがないのに、いきなり500人の長というのは残酷すぎる。
「それでババァ、その補佐官というのはどんな奴なんだ?」
「ん? まだ決めておらんが、希望があればある程度は聞こうぞ」
「じゃあインテリノ王子を貸せ」
「……せめて伯爵以下にしてくれんかの」
いい案だと思ったが断られてしまった。
王子の身分で500人の部隊の、しかも補佐などはやらせられないという。
仕方が無いので補佐官の選任については王宮の方に一任しておいた。
出来ることならばなるべくその助けを借りずにまとめ上げたいものだ。
「では出発は3日後の朝とする、先に現着して麻薬の押収と共和国人の抹殺をするのじゃ!」
『うぃ~っ!』
予想外のところではじめての部隊指揮を任されてしまった。
これまでは誰かの傘下に入って戦うことばかりであったが、そろそろ自分で軍を動かすことも覚えておかないとならない。
これはいい機会だと思うべきであろう。
出発までの3日、部隊長としての心構えや実際の動かし方などを勉強しておかなくてはならない……




