161 初めての大魔将討伐
「あいたたっ! おいルビア、大丈夫か、攻撃は当たってないか?」
「ププッ! あ、大丈夫です、あと今の動き、面白かったのでもう1回やって下さい」
「笑ってんじゃねぇよっ!」
伸びて来たアクドスの腕を弾き落とそうと試みた際、誤って自分の膝を聖棒の後ろで打ち付けてしまった。
そしてそれを真後ろで見たルビア、何が面白かったのかは知らないが、どうやら笑いのツボに入ってしまったようだ。
今は戦闘中なんだぞ、というか早く治療してくれ……
「ちょっとキリがないです、まずは武器を破壊しましょう!」
何十本もの腕を持ち、その全てに剣だの槍だのを装備している大魔将アクドス。
当然攻撃回数も多く、危険である。
マリエルの提案で体を狙うのではなく、まずは防御時などに武器を破壊して攻撃力を削ぐ作戦に移行した。
次々に折れ、曲がり、ダメになるアクドスの武器。
得物を失った腕は素手で戦い始め、傷を負って金色の液体を流すことが多くなってきた。
「いけそうだな、武器を全部やればかなり戦力がダウンするぞ」
「ですが根本的に倒せないことを解決出来る訳じゃありません、何とかしないと……」
「そこなんだよな、自動回復するし、魔力は無尽蔵だし、どうしたら良いんだろうな」
未だ打開策が見つからないながらも、武器数の減少により少しは考える余裕が出る。
精霊様は防御から外れ、再び敵の観察を始めたようだ。
その精霊様はすぐに何かに気付いたような顔をし、アクドスに接近して水の刃で斬り付けた。
傷から出た液体が精霊様の服に掛かる。
しかし染みることなく、まるで撥水加工でもしているかのように滴り落ちたではないか。
それを見て自分の予想が確信に変わったのか、ニヤニヤしながらこちらへ来る。
何か手掛かりを見つけたようだ……
「今の見たかしら?」
「見たよ、アイツの体液は布に染み込まなかったな」
「うん、表面張力が高いみたい、でね、どうもあれは液体金属みたいなの」
「液体金属って、水銀みたいな?」
「そうよ、それが何か倒す手掛かりになるかも知れないわよ」
俺は文系だから良くわからないのだが、とにかくそれが現時点で最も有力な攻撃のカギになる情報であるということは何となく理解出来た。
あとはそれをどう利用していくかなのだが、幸いにも敵の攻撃力は極端に低下している。
時間を掛けてゆっくり探っていくことも出来なくはない。
『ふぅ~む、また我の体液が散らばってしまったカネ、集めるのが面倒なのカネ』
「じゃあ集めなければ良いじゃないか、全部こっちで処分しといてやるよ!」
『馬鹿を言うなカネ、我は失うのとか奪われるのが最も嫌いなのカネ!』
なるほど、自分のものを取られてしまうぐらいなら労力を使ってでも回収した方がマシという考えなのか。
おそらくこのアクドス、鉄貨を1枚溝に落としただけでも、側溝の蓋を外してまで拾い上げるタイプの奴だ。
セコいことこの上ない。
『そして君達、破壊した私の武器については後で弁償して貰うことになるカネ』
「ちなみに今の請求額はおいくらぐらいで?」
『金貨300枚は優に超えているカネ! もちろん遅れればその分利息も請求するカネ』
コイツは今ここで殺しておかないと大変なことになる。
金貨300枚なんて今の俺達には到底支払えない金額だ。
しかしどれだけ高い武器を使っているというのだこの大魔将は……
腕先を口に変形させ、飛び散った自分の体液を回収し始めるアクドス。
正確に、余計なものを吸い込まないように注意して回収作業を行っているようだ。
「これでも喰らいなさいっ!」
『あっ! なんということをするカネ!』
回収中の体液に精霊様が水を掛ける、とっさのことにそれを吸い込んでしまったアクドス。
異物が入ったことにより、腕が一部ボコボコと蠢いている。
『おげぇぇっ! ペッペ!』
「口から水を吐き出したわよ、本当に気持ち悪い奴ねぇ」
「全くだ、もう少しビジュアルについて考えた方が良いと思うんだがな」
全ての水を吐き出し、再び金色の液体金属を回収し始めるアクドス。
そこへ、冷徹な笑みを浮かべた精霊様がまたしても水をぶちまける。
完全に遊んでいる、というか小馬鹿にしているようだ。
しかしアクドスも今度は注意していたのか、きっちり水を避けて吸うべきものを吸い込む。
他のメンバーと戦いながらなのに、実に器用であるといえよう。
『やれやれ、困った貧乏人カネ君達は、高価な武器は破壊するし、水は飲ませてくるし、どうしようもないカネ』
「敵なんだから当たり前だろう、悔しかったら武器を再調達してみるんだな!」
「そうよ、お金持ちなんでしょ、武器ぐらいまだあるでしょうに」
「全くだ、本当はローンで買ってるから壊されたくないんじゃないのか?」
隠している武器をいざというときに出して反撃されかねない。
俺と精霊様はここで挑発してストックを全て放出させる作戦に出る。
だが、これは完全に裏目であった……
『ふむ、そんなに武器で戦って欲しいなら新しいのを購入するカネ、えぇ~っと、マッシュボタンはどこカネ?』
そう言いながら何かを探すアクドス。
すぐにどこからともなく変なマッシュルームを取り出した。
徐にそのマッシュルームに付いたボタンを押す。
『これで注文が完了したカネ、あと2分か3分もすれば……もう届いたカネ!』
「あらぁ~、カマゾンをご利用頂いて誠にありがとうっ!」
窓から髭の濃いオカマが入って来た。
しかも何やら巨大なダンボールを持っている。
『ふぉっふぉっ、カマゾンで頼めば武器ごとき即日配達カネ、早速これを使って戦うカネ!』
代金引換で金貨500枚を支払うアクドス。
オカマは金を受け取ると普通に帰って行った。
ダンボールの中からは先程までのものよりさらに強力と思しき武器が大量に出てくる。
自動回復に使う魔力だけでなく、武器を調達するための資金力まで無尽蔵とは、大魔将アクドス、何と恐ろしい敵であるか……
『この剣良い剣高い剣、この槍良い槍高い槍、君達のような貧乏人には到底飼えない逸品カネ!』
その高価な剣や槍で攻撃を再開するアクドス。
先程までのものより軽いのか、スピードが上がっているように感じられる。
「もぉ~っ! 勇者様と精霊様のせいでまた武器破壊からやり直しですよ」
「すんません」
「ごめんなさい」
先頭に立って攻撃を受け止めているミラに文句を言われてしまった。
だがそのミラも、そして他のメンバーも、苦戦してはいるもののかなり健闘しているようだ、時折攻撃がアクドスの体に入っている。
その度に迸る金の液体、どうせまた回収されてしまうのであろうが、少しでもダメージを蓄積させ、自動回復で魔力を消費させておきたい。
まぁ、とにかく今は戦おう。
色々と考えるのはもう一度武器を破壊し尽くしたタイミングだ。
『死になさいカネェッ! おっと、ウサギと悪魔は殺してはならぬと言われていたカネ』
「きゃっ! 地面が割れちゃったわ、足を取られないように気をつけないと」
アクドスはマーサに振り下ろそうとした攻撃を横にズラし、床にぶつける。
タイルが割れ、その下に山吹色に輝く何かが見えた。
あれは奴が脱税目的で隠している金塊だ……
「ふむ、ちょっとあれを使おうかしら」
「あれって、金塊か?」
「そうよ、ちょっと後衛組は集合、リリィちゃんもよ」
「なぁ精霊様、俺は……」
「しょうがないから入れてあげるわ」
俺はパーティーリーダーなのにこの扱いである、無念。
「……じゃあリリィちゃん、上手くやるのよ」
『は~い!』
「サリナちゃんもしっかりね」
「はい、頑張ります!」
「じゃあセラちゃん、ユリナちゃん、私達は今から全開で攻撃するわよ!」
「ねぇ、だから俺は?」
勇者なのにさりげなくハブられてしまった俺、精霊様がこっちを見ながらニヤニヤしている。
もう酒とかあげないぞっ!
とにかく作戦開始だ、セラもユリナも、それからどっかの性悪精霊も全力で攻撃を仕掛ける。
引き続きルビアを守っている俺も、届く範囲でアクドスの伸びる腕にダメージを与えた。
『おやおや君達、もうヤケクソカネ、そんなんじゃ大金持ちにはなれないカネ』
「黙れ、てめぇを殺してこの城の財産を略奪すれば俺達だって大金持ちなんだよ!」
『カネーッ! そうはさせないカネ、我の金はわれのものカネ!』
烈火のごとく怒り、攻撃の勢いを増すアクドス。
それを受け止めているミラとジェシカが俺を見る目は真っ白だ。
また余計なことを口走ってしまったようだな……
そのまましばらく激しい応酬が続く。
アクドスは冷静さを取り戻してきたようだ、周りに飛び散った自分の体液を気にし出した。
だが、未だに後衛組3人の攻撃は衰えない。
サリナが幻術の準備を終えるまではこのまま攻撃し続ける必要があるからな。
アクドスはあんなのでも賢さが高いらしく、相当に高度な幻術でないと効き目が無いらしい。
「どうサリナちゃん、そろそろいけそうかしら?」
「う~ん、あの方を騙すにはもう少し魔力の集中が必要です、あと2分か3分ぐらい待って下さい」
3分程度であればセラ達の攻撃が途切れることはないはずだ。
このまま続けて貰って……いや、これは拙いな。
ジェシカの両手剣で切り飛ばされた腕を別の腕で拾いに行ったアクドスが、偶然集中力を高めている最中のサリナに目をやってしまった。
何かを準備しているらしいということは一目瞭然である。
というかそもそも目に見える程濃い黒のオーラを纏っているのだ、これで何もないと思うことはまず無い。
『君達、また姑息な手を準備しているのカネ、でもこれはさすがにヤバそうカネ、止めさせて貰うカネ』
5本の腕がサリナ目掛けて一気に襲い掛かる。
うち2本は攻撃軌道の近くに居たカレンが弾き落とすものの、残りの3本はそのまま前衛とマリエルの位置を通過してしまった。
ここでサリナが叩かれたら計画がフイになってしまう!
だが、ここから走ってもあの腕に追いつくことは出来ない。
攻撃していた後衛の3人も、それからルビアも反応し切れなかった。
そしてついにその腕がサリナの……横を通過して行った、全部。
『ふぉっふぉっ、そこまでグチャグチャになって生きているとは、君は不死カネ、いや助かったよ魔王様の命令を破らずに済んだカネ』
間一髪、サリナの幻術が発動したのである。
アクドスは今、現実とは少し異なる光景を見ているようだ。
真っ黒に光るサリナの瞳が怖い、尻尾が小刻みに震えているのはいつものことだが……
「さてリリィちゃん、そろそろ準備をしておいた方が良いわよ」
『私はいつでもOKです!』
俺も準備万端なのだが、今回は特に役割を振られていない、悲しい。
『ふ~む、どうやらその子の治療にリソースを割き始めたようカネ、ではこの隙に我も元通りになるカネ』
幻術に掛かり、自分が攻撃されていることすらまともに認識出来なくなったアクドス、飛び散った自分の体液を回収する準備を始めた。
腕の1本がまた口になり、それを床に近づけて金の液体をどんどん吸い込む……
「今よリリィちゃん、前衛は下がりなさいっ!」
『いっきま~す!』
リリィのブレスはアクドス、ではなくその手前の破損した床下にある金塊に浴びせられる。
高熱によって金が溶け出す、そして周囲に溜まっているアクドスの体液と混ざっていく。
『そんなことをしても無駄カネ、我の体液は常温で液体、そしてどれだけ温度を上げても気化しないカネ!』
幻術の効果で溶け出した金が自分の体液に混じっていることに気が付かないようだ。
そしてどうやらこちらの作戦はその体液を沸点まで熱し、吸い込めないようにしてしまうものだと勘違いしているらしい。
煙を噴きながらドロドロに解けた金を吸い込んでいる。
「おい、どうせだからコレも入れておこうぜ!」
「何それ? あ、そうね、ブレスの中に投げ込んでおきなさい」
俺が鞄から取り出したのは魔力を奪う金属で出来た腕輪である。
リリィの吐くブレスの中に放り込まれたそれは、金やアクドスの体液と混じって溶け出す。
馬鹿め、当たり前のように吸い込みやがったぞ!
その途端、高熱で焼けたそばから癒えていたアクドスの腕がジワジワと焦げ出す。
魔力を奪われたことによって自動回復が使えなくなったのである。
徐々に焼け、その形を失っていく腕。
溶けた金を含む床の液体を全て吸い終るかどうかというところで火が付き、ボテッと落下する。
『あれ? 腕がどこかに行ってしまったカネ、いつの間に切り落として……』
黒焦げになって床に落ちている自分の腕を見た瞬間、得体の知れない恐怖に襲われて幻術が解けたようだ。
アクドスはすぐに、その腕を拾うべく別の腕を伸ばそうとする。
だが伸びはしない、体の中で冷えた金が固まり体液の循環を阻んでいるのだ。
『あ、あぁぁっ! 傷が消えていないカネ、体もギクシャクしておかしいカネ!』
「どうだい、脱税してまで溜め込んだ金を取り込んだ感想は?」
『おのれっ! 何をしたというのカネ、どうして魔力が使えないのカネ!』
「別に、お前が勝手に金だの魔力を奪う腕輪だのを吸い取っただけじゃないか」
『そんなまさかっ、我はちゃんと確認しながら……あっ!』
後ろでニコニコしているサリナを目にしたアクドス、全てを悟ったようだ。
大魔将アクドス、きっとこれまで他人を騙すような商売を続けてきたのであろうが、最後の最後で騙されて敗北を喫することになってしまったのである。
『なぁ君達、頼むカネ、ここは見逃して欲しいカネ、その代わり臨みのものは何でもくれてやるカネ!』
「じゃあお前が持っている金塊を全てよこせ」
『それなら床下と洞窟の前に埋めてあるカネ、好きに持って帰ると良いカネ』
「いや、まだそこにもあるだろ、もっともお前の腹を割くか丸ごと灰にするかしないと取り出せないがな」
『ぎょえぇぇっ! それは酷いカネェェッ!』
「ずっと思っていたがカネカネうるさいんだよお前は、リリィ、燃やして差し上げろ!」
『了解でぇ~すっ!』
『あ、待って、ちょっと……カネェェェッ!』
リリィの残った力を全て解き放った全力ブレスを本体に受け、大魔将アクドスは炎上した。
もう自動回復は出来ない、あとはのた打ち回りながら燃え尽きるだけだ。
「なかなか苦戦したけど、最後は結局私達の勝ちね」
「うむ、金目のモノも手に入りそうだし、万々歳だ」
燃えているアクドスを眺めながら他愛のない話をする。
体液や溶けた金が溢れ出し、本体は次第に灰となっていく。
しばらくすると索敵からもその反応が消え、初めての大魔将討伐が確認出来た。
「さて、金はまだ熱いだろうし、回収するのは明日以降にしようか、今日はもうエリナを呼んで帰ろう」
アクドスの部屋に設置されていたインターフォンを使い、エリナを呼び出す……
『あ、すみません、いまちょっと立て込んでまして、10分程お待ち頂けますか?』
「構わんが、10分だけだぞ」
『はい、必ず行きますから、怒らないで待っていて下さい』
9分と36秒後、ようやくエリナが現れる。
10分以内に来たのでお仕置きはナシだ、つまらん奴め。
「おい、仕事放りだしてどこ行ってたんだよ?」
「緊急会議ですよ、残りの大魔将様7名の、私は議事録を取っていました」
ジャジャン、といった感じでメモ帳のようなものを見せつけるエリナ、それを奪い取って中身を確認する。
「あっ! ちょっと、極秘なんだから見ないで下さいよっ!」
「うるせぇな、なになに……」
・緊急会議議事録
『アクドスが殺られたようだな』
『ほう、だが奴は我々大魔将の中でも最弱』
『全く、大魔将の面汚しめ』
(以下略)
「くだらねぇテンプレ会議なんぞするんじゃねぇ! と言っておけ」
「そんな失礼なこと言える訳ないじゃないですか、それよりも帰りはフロア3に寄りますよね?」
「フロア3に? どうしてだ……あ、そういえば捕虜をゲットしたんだったな」
完全に忘れていた、フロア3に立ち寄って黒髪和風美少女の身柄を回収する。
まぁ、魔族だし年齢的には少女ではないはずだが、見た目は少女だ。
そのまま洞窟ダンジョンの入口に戻り、ドレドの船に向かって手を振った。
こちらに気付いたようだ、碇を上げて航行を始める。
「では私はこれで、次の大魔将様にチャレンジする際にまたお会いしましょう」
「待てエリナ、お前の仕事はもう1つ残っている」
「何でしょうか?」
「この辺りにアクドスが隠した金塊が埋まっているそうだ、明後日までに発掘しておけ」
「えぇ~っ!? それはちょっと厳しいですってば! やれるかどうか……」
「やれるかどうかじゃねぇ、やるんだよっ!」
「はいぃぃっ!」
金塊の捜索をエリナに押し付け、俺達は迎えに来たドレドの船に乗り込む。
もちろん捕らえた黒髪美少女も一緒にだ。
「ところでお前、名前は?」
「私ですか? アンズと申します」
「そうか、じゃあアンズ、とりあえずお前は捕虜だ、それなりの待遇は約束するから安心したまえ」
「ええ、ありがとうございます、ですが私ごとき日に3回の食事とお酒と温かい寝床があればそれで十分です」
フルに要求してきやがった、相当に贅沢な暮らしを望んでいるようだ。
とりあえずトンビーオ村の拠点で預かり、アクドスの城での用が済み次第王都に連れて帰ろう。
「勇者様、今日はもう疲れたし、飲んで寝て、明日はお休みにしましょうよ」
「そうだな、で、明後日から頼まれていた魔物の捕獲と城の略奪だ」
大魔将アクドスは倒したし、この後はもう利益を回収するだけだ。
全部終えて王都に帰れば、それなりの報酬と、それから領地の拡張が待っているはずである。
今回は移動も含めてかなり苦労したし、少しでも期待ハズレを感じたら駄王を磔にしてやろう。
「そろそろ村に着きますよ~っ!」
「よっしゃ、降りる準備をしよう、買出しをしてから拠点に戻るんだ」
船を降り、村の市場で食材と酒をたんまり購入しておいた。
とりあえず今日は勝利を祝う宴としよう……




