160 遂に現れた大魔将
「勇者様、ここはさっきも通った所よ、目印があるもの」
「おかしいな、マッピングしながら進んだんだよな?」
「そうよ、でも道が変わっているみたいなの」
「変化する迷路かよ……」
大魔将の城に突入し、最初の6階段エリア、そして次の襲い来る甲冑エリアをクリアした俺達は、3つ目のステージである迷路にて、しっかり道に迷っていた。
もうどこから入って来てどこから出て行くべきなのかもわからない。
このままだと全員ここでミイラになってしまうぞ。
「とにかく何とかしてここをクリアしよう、そしたら今日は一旦帰るぞ」
「そうね、でもどうしたら脱出出来るのかしら? やっぱり壁を壊して……」
「いや、損害賠償請求が来るらしいから極力それは避けたい、最後の手段に取っておくべきだ」
とはいえ、現状有効な手立てが見つからないのも事実だ。
迷路の壁は天井までしっかりある、上に登って全体を見渡すなどということは出来ない。
とにかく全員はぐれないように固まり、闇雲に先へ進んだ。
……また同じ所に出てしまったようだ。
「ねぇ、もしかしてさ、何か仕掛けがあってそれを解かないと先へ進めないパターンじゃないのかしら?」
「精霊様の意見は正しいかも知れんな、ちょっと何か探しながら進んでみようか」
その先は一同、床や壁、天井などに注意を払いながら進む。
どんな小さな変化も見逃さない心構えだ、地面に居た蟻の裏側まで調べる。
「あっ、あそこの壁、少し周りと嵌り方が違いますね、良く見ると色もアレだし」
「どれだよ? というか良くこんなに薄暗いのに色までわかるな」
こういう小さな変化を発見するのはマリエルが一番上手い。
指示された場所に行ってみると、確かに一箇所だけ壁に違和感がある。
レンガというかブロックというか、とにかくおよそ30cm四方で壁を取り外すことが出来た。
中には正体不明のレバーが入っている。
「これを動かせば何かが起こるんですね、では早速ガチャッといってみましょう!」
「おいマリエル、気を付けろって!」
何の躊躇もなくレバーを操作してしまったではないか。
肝が据わっている、いや、無鉄砲とでも言っておこう。
あ、火薬が無いこの世界の言葉には無鉄砲は翻訳出来ないらしい……
「何も起こらないわね……」
「いや、後ろの床が空いているぞ」
パッカリと空いた床から何かがせり出して来る。
ブヨブヨの体に手足が付いた気持ち悪い魔物だ。
動く度に腹付近の肉がタプタプしているではないか。
「何よコレ、キモいわねぇ~、さっさと死になさいっ!」
そう言って放ったマーサの全力パンチ。
しかし腹の肉に埋もれ、効かないどころか抜けなくなってしまったようだ。
あれだ、どんな拳法もやわらかぁ~く系の敵である。
「ちょっとっ、見てないで助けてよぉ、気持ち悪いぃぃっ!」
「マリエル、奴を槍で突いて殺してやれ」
了解し、低く構えたマリエル、そのままブヨブヨの魔物に突進する。
敵の腹にブヨォ~ンとめり込んだマリエルの槍。
だがその皮膚の張力も限界を迎えたようだ、パスッと穴が空き、白い液体が噴出した……
「やぁ~ん、ベトベトになっちゃったわ」
もちろん、一番近くで腕を取られていたマーサに掛かる白い液体。
サリナが自己判断でモザイク処理をしているあたり、子どもには到底見せられない光景なのであろう。
「マーサ、ベトベトついでにコアも回収しておくんだ」
「ウサギ使いが荒い異世界人ね……」
コアを回収し終えたマーサは、そのまま精霊様によって水洗いされる。
帰ったら風呂の前にもう一度良く洗おう。
さて、これで何か変化があったかどうか、先に進んでみようではないか……
しばらく歩いた所でセラが立ち止まる。
「ここは初めて通る場所のようね、さっきまでの無限ループは抜けたみたい」
「ほらっ、私の予想通りだったじゃない!」
「はいはい、精霊様は賢いでちゅね~」
「殺すわよ」
「……どうもすみませんでした」
その後は一度通った場所に戻ってしまうようなことはなく。
スムーズに迷路を踏破していった、そして終点に到着する。
「もう午後も良い時間のはずだわ、ここにインターフォンがあるからエリナちゃんを呼んで帰りましょ」
「そうだな、だがちょっとだけ4つ目のフロアを確認しておこう」
すぐ横には次のフロアに繋がる扉がある。
そっと開けて覗き込む……なんて暑さだ!
そこはかなり狭い部屋、まるで、というか完全にサウナではないか。
で、部屋の中にはおっさん、いやおっさん型の魔物が数十体、汗だくでこちらを見ている。
そのうち1体が立ち上がった、ヤバい、こっち来る……すぐに扉を閉め、事なきを得た。
「何をそんなに焦っているんですか勇者様は、中に何があったんですか?」
「とにかくキモいおっさんの園だったわ、健康ランドで良く見る光景だな」
「確かにちょっと汗臭いような匂いが漂って……いや相当ですね」
カレンとマーサがあまりの臭さに目を回している。
嗅覚が強すぎるというのも困りものだ。
「とりあえず拠点へ帰ろう、だがその前にリリィ、ちょっとドラゴン形態に変身してくれ」
「良いですよ~」
ドラゴンに姿を変えたリリィ、最初の洞窟ダンジョンに入って以来、今回の探索では初めての変身だ。
これから何をしようというのか? というように首を傾げている。
「じゃあリリィ、今からもう一度扉を開ける、その隙間からブレスを吹き込んでやれ、汚物は消毒だ」
『は~い!』
1、2の3で扉を開ける、大きく息を吸ったリリィがその隙間から炎をお届けする。
しばらくすると空いている扉から炎が溢れ出す。
リリィにストップを告げ、蹴りで一気に全閉した。
「よしよし、これで明日少しは楽になるはずだ」
「今ので魔物は全部死んだのかしら?」
「わからんが、このまま密閉しておけば明日には事切れているはずさ」
魔物がちゃんと呼吸をして、体に酸素を取り込んでいればの話だがな……
では帰るとしよう。
インターフォンを押し、エリナを呼び出す。
すぐに洞窟ダンジョン前まで転移させ、今日の探索は終了とした。
トンビーオ村へ帰り着く頃にはもう夕方になってしまうであろう時間帯だ。
迎えに来たドレドの船に乗り込み、村を目指す。
ちなみに3つ目のフロアで縛ってある黒髪和風美少女の世話はエリナに任せておいた。
※※※
翌日は朝早くから拠点を発ち、探索に向かう。
今はのんびりしている暇ではない、さっさと大魔将を倒したいからな。
洞窟ダンジョンの手前でエリナを呼び出し、昨日の到達点まで戻して貰う。
さて、ブレスを吹き込んでおいた4つ目のフロアはどうなっていることやら……
「良いか、今から扉を開けるけど、すぐには入るなよ、ちょっと換気をしてからだ」
扉を開ける、息を止め、念のため袖で口と鼻を覆って中を覗きこむ。
昨日よりさらに暑く、そして臭くなったとも思われる部屋の中には、全ての魔物が変わり果てた姿で転がっていた。
焼け焦げた魔物、一見外傷は無いものの、倒れて死んでいる魔物。
作戦は完全に成功したようだ、扉を全開にしてしばらく待機する。
しばらく待機し、そろそろ良いかな、というところでフロア4に入室。
魔物の死体からコアの回収をしなくてはならないな。
とはいえ魔物であっても人型だ、俺はそういうグロいのが苦手ゆえ、魔物を捌くのはミラと精霊様に任せておいた。
「これで全部ね、コアの回収が終わったわよ、次のフロアに進みましょう」
「おう、だがこれは何て言う魔物なんだろうな、セラ、わかるか?」
「知らないわね、でもなんかちょっと帝国人に近くないかしら」
「言われてみればそうだな、もしかしたら帝国人にもコアがあるのかも知れないな」
「今度殺したときに確かめてみるべきね」
人間という扱いではあるが、実はゴブリンの仲間だという帝国人。
最近見かけないが、またどこかで遭遇することもあるだろうし、次は忘れずにコアを探そう。
そんなことを考えながら狭いフロア4を抜け、階段から次のフロアを目指す。
ここで一般フロアは最後、この次は大魔将アクドスがいる部屋だ。
「敵も居ないしトラップも無さそうだな、壁に絵が飾ってあるぞ」
「木の看板もあるわね、『アクドス様事業資料館』らしいわ」
「何だか自己主張の強い奴みたいだな、せっかく罠を張れるスペースをそんなものに使うか普通?」
大魔将アクドスは魔族領域では有名な企業家らしい。
壁に掛かった絵と事業の説明の内、いくつかはユリナやサリナも知っている、または利用したことがあるそうだ。
ということはつまりだ、この城にはその事業で稼いだ金がたんまり置いてある、ということであろう。
アクドスを殺した後に探してみよう。
いや、本人に聞いてみるのも良いかもしれないな。
そういう奴は自分の成功を見せびらかす傾向にあるし、おだてればすぐに喋るやも知れん。
「勇者様、とりあえずここにあるモノは全然価値がありませんね、盗むのはやめておきましょう」
「だからミラ、俺達は盗賊じゃないんだ」
「でも大魔将を倒したらお宝をゲットするんじゃないんですか?」
「甘いな、それは正当な方法で得た戦利品だ、倒した後は何をしても良いんだよ」
「じゃあ早く殺しましょう」
いい加減な屁理屈に納得してしまったミラ、少しやる気がアップしたようだ。
ともあれ、ここにはもう用が無いはずだ。
次のフロアへ続く階段の所まで行き、一旦停止する。
「ルビア、まだ余裕があるかも知れないが、一応ここで魔力を回復させておくんだ」
「わかりました、では回復薬をグイっと!」
腰に手を当てて魔力回復薬を飲み干すルビア。
ちなみに俺はボス戦の前に全回復していないと気がすまない派だ。
「よぉし、それじゃあ大魔将の部屋に入るぞ!」
階段を上がった先の扉を開け、アクドスの部屋へと歩を進める……
※※※
「また真っ暗かよ、サリナ、後ろの扉はまだ開くか?」
「ん、う~んっ! ダメです、もう閉じ込められていますよ」
「ということはそろそろ……」
と言い掛けたところで前方にいくつもの光。
いや、一箇所から放たれている、ミラーボールだ。
「ご主人様っ! 凄いです、いろんな色の光が出ていますよ!」
「こらカレン、まだ暗いんだからどっか行くなよ」
初めて見るミラーボールに興奮するカレンを宥め、その下にうっすらと見える敵の影を凝視する。
かなりデカい奴みたいだ、全長5mはありそうだな。
『ようこそ我が城へ、資料館はお楽しみいただけたカネ』
「そんなのどうでも良いから明かりを点けろ」
『おっと、これは失礼したカネ』
すぅ~っと明るくなる大魔将の部屋、ようやく敵の姿がはっきり見えた。
体はその辺に居るオークの巨大版、というか食べすぎで太ったのか? 脚はかなり細く小さいため、歩くことは出来そうもない。
おそらく体も本来はもっと小さかったのであろう。
そして、特筆すべきはその腕である。
背中から何十本も生えた腕、その全てに趣味の悪い高そうな武器を持っているではないか。
『ふぉっふぉっ、君が異世界勇者君カネ、なるほどリサーチ通り、顔から貧乏が滲み出ているカネ』
「黙れ、俺が貧乏なのは全て社会のせいだ、俺は悪くない!」
『努力が足りない奴はだいたいそういうことを言うカネ』
「おのれぇっ!」
「勇者様、ちょっとかわいそうになってきたのでそろそろ諦めて下さい」
「マリエルまでそういうことを言うかっ! 金持ち許すまじ!」
「勇者様、ほら、これあげますから、ここは抑えて」
何かを手渡してくるマリエル、銀貨3枚だ!
もう良い、馬鹿にされたことなど忘れてハッピーな気分になってしまったよ。
「やい大魔将アクドス! 貴様この間まで防御魔法を張って隠れていただろう、この臆病者めがっ!」
『何を言うカネ、先週は時期が時期だけに魔族領域に帰って確定申告をしていたカネ』
「何? お前もしかして悪徳商人の癖に税金なんか払ってるの? ダサい奴だな」
『ふぉっふぉっ、我はちゃんと闇色申告しているカネ、金貨65万枚まで控除が付くから算出税額はゼロカネ!』
まさかの金貨65万枚である、どうやら魔族領域の租税体系には大きな欠陥があるようだ。
というかコイツは絶対悪いこともしているだろう、そういう顔だ、顔から脱税が滲み出ている。
税務調査入って首括りやがれこの豚野朗め!
「さて、楽しいお喋りはこれまでだ」
『お、早速戦おうというのカネ、この我と』
「その前に金目のモノの在り処を吐け、壁の中に金塊とか隠してんだろ?」
『我は床下派カネ、あと洞窟の前にも埋めてあったカネ』
「わかった、後で探すわ」
『ならぬ、これを知ってしまった以上生きてここから出られると思わないことカネ!』
突然、いくつもある腕のうち1本が伸びる。
剣を持った腕だ、それが勢いをつけ、こちらに向かって飛び出した。
速い、まったく反応出来なかったではないか。
俺に向かった攻撃は、危うい所でカレンが弾き、その軌道を変える。
「ご主人様、見かけに騙されてはいけません、この敵はステータス以上に強いです」
「ああ、ちょっと油断しただけだ、あと実力も少し足りないらしい……」
「主殿、それはダメなんじゃないのか?」
「静かにしろジェシカ、敵にそんなこと聞かれたら大事だ!」
『ふぉっふぉっ、既に今の動きでわかっているカネ、君はノロマだからいつも誰かに先を越されるカネ』
確かにその通りだ、俺がこの世界に来てやってみたいと思った知識チートなんかは既に魔王の奴がやった後だったしな……
「勇者様、ノロマの人は少し後退気味で戦って下さい、私が前に出ます」
「すまんなマリエル、だがお前言い方酷いな」
ゆっくりと後ずさり、ほぼ後衛組の立ち位置まで退く。
ここは俺がルビアの正面に立って守るのが得策であろう。
背中にルビアのおっぱいが当たるぐらいの所で停止し、聖棒を構えて攻撃が来るのを待つ。
それとほぼ同時に、カレンとマーサがアクドスに飛び掛る。
伸びる腕の攻撃を器用に避け、敵の本体に肉薄した。
爪による斬撃と力の篭ったパンチ、アクドスの首から金の体液が迸り、鳩尾はベッコリと凹む。
『ぐぅぅっ! 君達、何という速さカネ、その素早さは商売に活かした方が得カネ』
「残念だったな、その2人は頭が悪いんだ、掛け算すら出来ないぞ」
『なんと、それは惜しいことカネ』
そう言っている間にアクドスの傷は完治している。
コイツもノーマンのように自動回復するタイプか……
『では我が攻撃する番カネ!』
次はアクドスの攻撃である、ちなみにターン制とかではなく、流れでそうなっているだけだ。
腕が3本伸び、カレン、マーサ、そして俺に襲い掛かった。
攻撃の軌道を良く観察し、冷静に聖棒を振り下ろす。
今度は何とか弾くことが出来た、伸びてきた腕は破裂し、金色の液体が流れ出ている。
あと2つの攻撃もカレンとマーサに回避され、ミラとジェシカが受け止めていた。
この2人の武器も魔族に対して効果が高いものだ、どこか体に当たればかなりのダメージが出るはずだ。
そして後衛組も魔法による攻撃を開始する。
セラの風魔法が切り裂き、ユリナのレーザーが体に穴を空け、徐々にアクドスの肉を削いでいく。
精霊様はまだ傍観しているが、敵の様子を見ているようだ。
何か弱点が無いか探っているのであろう。
「ダメね、すぐに傷が治ってしまうわ、こっちの攻撃ペースより遥かに速いわね」
「けどさ、あの金色の液体が全部出切ったらどうなるんだろうな?」
「う~ん、萎れて死ぬんじゃないかしら」
「じゃあそれに賭けようぜ」
そこからは全力で攻撃を浴びせ続ける。
伸びる腕が千切れ、体に傷が付き、それが癒えるまでの間にどんどん体液を失うアクドス。
部屋の床は金色の液体でベチャベチャになってしまった。
「どうだ、ちょっとは萎れてきたんじゃないか?」
「ええ、最初よりも腕の伸びが悪くなっているみたいね」
どうやらアクドスの腕が伸びる仕組みは、体液を移動させて一部に集中させることに依存したもののようだ。
つまりその体液が減ってしまえばいくら傷が治ろうが攻撃が出来なくなるということだ。
このまま押していけば時間は掛かっても撃破することが出来るはず。
だが、そこは大魔将である、そんなに甘くはないようだ……
『おうっ! また腕が切れてしまったカネ、しかしそろそろ拙いカネ』
千切れて地面に落ちた腕を別の腕を使って回収し、そのまま元通りにくっつけるアクドス。
そこで何を思ったのか、直したばかりの腕で持っていた斧のような武器を置く。
フリーになった腕がウニョウニョと変形を始めたではないか。
そして、手先が口のような形になる、何と気持ちの悪い奴なのだ……
『では、我の体液を回収するカネ』
先が口になった腕が伸びた、地面に向かってである。
そのまま前後左右に移動し、床に溜まった金色の液体を吸い尽くす。
アクドスの肌に張りとツヤが戻ってしまった。
「おいおい、これでまた仕切り直しかよ」
「みたいね、何とかして体液の回収を阻まないとだわ」
「そうだ精霊様、奴の体液を水で薄めてみたらどうだ?」
「いえ、さっき床に溜まっているときに見たんだけど、水と混じるようなものではなかったわね」
前に戦った汚泥の魔物のときみたいな薄める作戦は通用しないようだ。
ここからはしばらく、守りを固めながら打開策を探すしかない。
贅肉の着きすぎた腹と顎をタプタプさせながら、余裕の笑みでこちらを眺める大魔将アクドス。
まるで俺達には弱点を見つけられない、もしくはそもそも弱点など存在しないといったような余裕さである、外見が明らかにキモいことを除いてだがな。
『ではそろそろゲームを再開するカネ!』
アクドスの腕が伸び、攻撃が飛んで来る。
ミラとジェシカだけでなく、精霊様も前に出てそれを受け止めた。
防御しているだけではいずれ負けるのは明白だ。
早く有効な攻撃方法を見つけ出さなくてはならない。
ここからは頭を使っていく戦いになりそうだ……
160話に到達しました、ここまで読んで下さった方に感謝申し上げます。
あと何話かで第二章を終え、そのまま第三章に移行します。




