153 信じがたい爵位
「来てやったぞ……おいそこババァ、ニヤニヤしてんじゃねぇよっ!」
「ほほっ、マリエル王女殿下から話しは聞いているようじゃの」
「ああ、何だか貴族がどうのこうのってな」
「おぉ、ゆうしゃよ、その通りじゃ、今日おぬしに爵位を与える」
「要らねぇよそんなのっ! はいこれで話は聞きましたっと、忙しいからもう帰るぞ」
「ならぬ、取り押さえよっ!」
天井から大量の筋肉達が降って来る、そして俺の上に圧し掛かった。
凄い質量だ、簡単に動けなくなってしまったではないか。
「おう勇者殿、この度はおめでとう!」
「ゴンザレス……あんたも敵だったのか……」
もはや四面楚歌、八方塞がりで万事休すだ。
手も足も出ないとはこのことである。
「どうじゃ勇者よ、もう諦めたかの?」
「わかったからこの筋肉を全部退けてくれ」
「よかろう」
ようやく解放された。
しかし本当に暑苦しい連中だ、見た目だけでなく、実際に体温が40℃ぐらいあるとしか思えんぞ。
「それで、貴族って何だ? 侯爵あたりにでもして広大な領土でもくれるのか?」
「馬鹿なことを言うでない、わしらはただ異世界勇者がこの国の所属だと主張できる何かが欲しいだけなのじゃ」
「どうしてだよ?」
「だって、ここからの戦いでは長期間国を離れることも多くなるじゃろう?」
「うんうん、で?」
「そうなるとその滞在先の国が勇者の帰属を主張しかねんのじゃよ、じゃからこの国で、適当に爵位を与えておくという訳なのじゃ」
……本当に汚らしい考えの連中だ、俺に与えられる爵位は所有権の登記に類似する何かと言っても過言ではない。
「それゆえに、この度はおぬしに男爵の位を授ける」
男爵<子爵<伯爵<侯爵<公爵……一番下っ端じゃねぇか、ふざけやがって!
「おいババァ、ちなみに貴様の爵位を言ってみろ」
「わしは侯爵だと以前申したであろう」
「で、ウォール家とかハッタモット家、あとモニカの家も伯爵だったよな」
「うむ、そうじゃよ」
「で、帝国とはいえもうここと繋がりのあるジェシカの家は子爵と……その全部より下じゃないか俺はっ!」
「そのぐらい我慢せい、今後も活躍したら徐々に昇爵してやるのじゃよ」
イヤに決まっている、どうして異世界勇者様ともあろう者が一番下の男爵にされるんだ。
そんなもんオランウータンにでもくれてやれってんだよ全く。
そこからはゴネまくった。
どうしても俺を貴族にするというのであればせめて伯爵ぐらいの爵位にはして頂きたいところだ。
一方の王宮側も折れない、いきなり伯爵など絶対に認められないとのことだ。
俺の貢献ポイントからすると子爵が限界らしい。
というか何だ貢献ポイントって、勝手に変な評価を付けやがって……
「とにかく、最低でも伯爵だ!」
「いいや、最高でも子爵じゃ!」
「おぉ、ゆうしゃよ、これでは話がまとまらん、ここはわしの案に委ねてみるというのはどうかの?」
「何だ、どうせまた意味不明なことを考えているんだろう?」
「ふむ、実はおぬしのために全く新しい爵位を創設してはどうかと考えておるのじゃ」
駄王の考えとしては、今後もどこかのタイミングで新たに異世界勇者が召喚されて来る場合、それは間違いなくこのペタン王国の領内になるそうだ。
そして、それが他の国に行ってしまうようなことの無いよう、この国で新たに、異世界勇者専用の爵位を創ってしまおうということらしい。
ちなみにその新設爵位、特に王国や国王に対してヘコヘコする必要は無く、メインの拠点を王都に置くこと、戦時は必ず王国軍に味方することなど以外、目立った制約を設けないそうだ。
よくわからんがそれはそれで良いんじゃない?
「ちなみにさ、どんな名前の爵位にするんだ、それは?」
「うむ、まだそこまで考えておらんかったのじゃがな、さてどうしようかの」
「ちょっとさ、勇者らしいカッコイイ呼称にしてくれよな、伝説になるんだぞ」
「おぬしが伝説になりそうな気はせんのじゃが……」
「殺されたいのか?」
とりあえずだが、この駄王や他の大臣達、そして何よりもすぐ調子に乗るジェシカに馬鹿にされない身分であればどんなものでも良い。
だが俺が死んだ後も残る爵位だし、ここでいい加減な呼称になると後世、というか次以降の召喚勇者に悪い。
名称会議を続ける大臣共はあまり期待出来る連中ではないが、可能な限りまともなものにして欲しい……
「おぉ、ゆうしゃよ、おぬしに授ける爵位の名称が決まったぞ」
「よし、では言ってみろ(真剣)」
「先程のせめて伯爵が良い、という点を考慮し、ファック爵という新たな身分を創設することで決定した」
「却下だ、というかそれ放送禁止用語が入っていないか?」
一応この国の法律ではOKのようだが、実に不快であることには変わりない。
そんな肩書き、人前で自信を持って名乗ることなど出来ないのですよ……
「じゃがアレじゃぞ勇者よ、ファック爵は伯爵と同列、普通に領地や領軍も持てるのじゃぞ」
「う~む、領地、領軍……まぁそういうことなら何でも良いや」
「よかろう、ではこれより異世界勇者アタルのファック爵叙任式を執り行う」
「あ、俺そういうの興味無いから、欠席でお願いします」
「では旗と徽章だけ作って明日屋敷に届けようではないか」
「ありがとう、で、領地はどうするんだ?」
「そうじゃな、王都の北側が公領じゃし、そこから一部を切り取って与えようではないか」
どうも俺達の屋敷からすぐ近くに領地を作ってくれるそうだ。
これなら屋敷に住みながら経営をしていくことが可能だし、移動する際も楽である。
実に有り難い話だな。
「それでは領地の方は明日わしが案内するゆえ、屋敷で待機しておるようにな」
「わかった、じゃあマリエルにもそう言っておくよ、というか近いならメンバー全員で見に行こうかな」
何だかよくわからんが、爵位や領地だけでなく、かねてより欲しくて仕方が無かった軍までゲット出来るようだ。
この間の勇者軍創設についてはあの忌々しいヒキタのせいでお流れになったしまったからな、今度こそ俺専属の、後世に最強と語り継がれる軍を創り上げるんだ!
この件を仲間にも報告してやらなければならない。
ということで面倒な手続は全て王宮に一任し、用意された馬車で屋敷へと戻った……
※※※
「ただいま~っ!」
「あ、おかえりなさい勇者様、やはり男爵にされてしまいましたか?」
「いや、ファック爵にされた」
「意味がわかりません……」
ファック爵が新たに創設された異世界勇者専用の爵位であり、伯爵と同列のパワーを持っていることを皆に伝えた。
おそらく男爵にされると踏んでいたパーティーメンバー達、そしてその中で、俺を馬鹿にする準備をしていた帝国子爵家の娘であるジェシカ。
髭メガネをし、『上流階級』と書かれた襷を掛けて待っていたようだ。
すぐにそれらを外して土下座している、下流め。
「で、主殿、伯爵と同列ということはその、アレだ、領地なんかも貰えるのであろう?」
「そうらしいんだ、王都の北側を一部やると言っていたが、どのぐらい貰えるんだろうな……」
「勇者様、おそらくですが領地の配分は総務大臣が決定すると思いますよ」
「つまり、あまり期待するなということを言いたいのだな」
「その通りです、ドケチババァとして世界的に有名な人物ですから」
そんなことで有名になっているとは、ババァも浮かばれないな、いや、まだギリギリで生存していたか……
その後、初めて貴族という身分を得た俺と、平民やその他の仲間達を生徒とし、マリエル先生とジェシカ先生による『貴族入門(2単位)』の講義が行われた。
もちろん誰も聞いていない。
カレンなど勉強アレルギーの発作を起こして昏睡状態に陥ってしまったではないか。
そんな中、真面目に聞いている人物、いや、精霊が1人……
「ハイ先生、領地の条例で領内の犯罪を取り締まっても良いのかしら?」
「ええ、王国の法律に反しない限り、自由に条例を制定して取締りを行うことが出来ますよ」
「じゃあ勇者領では万引きで縛り首、詐欺師や強盗犯は八つ裂きの刑にするわよ」
どうやら適当な罪で領民を処刑したいだけのようだ。
というか最初から領民なんて居るのか? 今は領土も更地だろうに。
「なぁマリエル、領地にはまず畑を作るだろ?」
「ええ、それが一番最初にやるべきことですね、領軍を使ってやれば良いと思いますよ」
「で、そこから一部を国に上納しないとならないのか?」
「う~ん、最初はそれも、納税も免除になると思いますよ、なにしろゼロから領地を作っていくのですから」
「そうか、なら良かったよ、それだけが心配だったんだ」
俺、というか俺達勇者パーティーはただでさえ貧乏なのである。
そこからまだ黒字転換すらしていない領地の税金や上納品など、まともに納められるはずがない。
しばらくしてマリエルとジェシカによる講義が終わる。
カレンだけでなくセラとルビアも居眠りを始めていた。
後ろに座っていたリリィとマーサは既にエスケープしてしまったようだ、どこにも見当たらない。
その後、せっかくの領地ということでそれぞれが担う役割を決めておく。
といってもこれはもう決まっているようなものだ。
マリエルを使う訳にはいかないことを考えると、将軍はジェシカである。
そして司法長官は精霊様、出納長はミラしかありえない。
ついでにマスコットはカレンでリリィが御神体だ。
「ご主人様、私とサリナはアイドルとして観光大使をやりますのよ」
「良いだろう、ちゃんと客の呼び込みと、それから居住者の募集をするんだぞ」
「はいですの」
「で、マーサは産業長官だ、農産物に関しては丸投げするぞ」
「わかったわ」
「私とルビアちゃん、それにアイリスちゃんはどうしようかしら?」
「ビラ配りでもしておくんだな」
「・・・・・・・・・・」
こうして、俺達の新しい目標が決まったのである。
目指すは領地経営で大金持ちだ、大魔将? どうでも良いだろそんなの。
「勇者様、領地も軍も良いですが、大魔将討伐もしっかり考えて下さいね」
マリエルに釘を刺されてしまった、2つ並行してやるのは面倒だし、逃げ出したい気持ちで一杯である。
「それじゃ、明日はこの件で総務大臣が来るそうだから、今日は早めに寝るぞ」
「じゃあアイリスちゃん、もう夕飯の準備をしましょうか」
「はぁ、すぐに行きます」
トンビーオ村で購入してきた干物を食しながら、仕事帰りのシルビアさんにも領地のことを報告する。
これはビジネスチャンスだと大層喜んでおられた。
不安と期待を胸に、翌日の朝を迎える……
※※※
「おはよう諸君、なんじゃ皆してそんな寝ぼけ眼で」
「年寄りと違って日が昇るまでは寝るんだ、俺達若者はな」
「勇者様は昼まで寝ていると思うんですが……」
とにかく領地を見に行こう、空が白み始めた頃に馬車を出し、屋敷を出た。
総務大臣の乗った馬車の後ろに付いて城門へ向かう。
北から王都を出たところですぐに右折、そのまましばらく行った所で停車する。
「どうした? こんな所で停まっても……なんだこの柵は?」
「ここがファック爵領となる土地じゃ」
「マジかよっ! 屋敷のすぐ裏じゃねぇか!?」
草原に柵でぐるっと囲った土地、ちょっと広めの牧場のようだ。
おや、真ん中に何やら建物があるではないか、そちらへ行ってみよう……
「おい、俺の勘違いだと思うんだがな、ここに『勇者城』と書かれているんだよ」
「左様、この建物こそが最初におぬしの城となるモノじゃ」
「プレハブじゃねぇか!」
四角いプレハブ小屋に木の看板で『勇者城』、完全にどこかの個人事務所だ。
村議会議員選挙の選対本部としても使えるか微妙な大きさである。
「では次は領軍を紹介しよう、こちらへ来るのじゃ」
「領軍ってさ、あそこに座っているおっさん達のことか?」
「うむ、その通りじゃ、最初は5人までと決まっておるのでな、特別に限度一杯までこちらで揃えておいたのじゃ」
プレハブ小屋の裏手に設置された木のテーブルセット。
そしてそこで酒盛りをしている5人のおっさん。
これが初期段階のファック爵に与えられる領軍なのである。
どう考えても引退した飲んだくれ兵士を再雇用したものだ。
おや、1人左腕の無い男が居るではないか……立ち上がってこちらに近づくその男は、かつて出会ったスライムに負ける門兵のおっさんであった。
「いやはや、私のような者が再雇用されるとは思わなかったな、勇者殿に感謝致しますぞ」
「あ、どうも」
ちなみにこの連中、既に年金受給者であるためそれほど高い給与は必要無いとのことだ。
ただ暇潰しの仕事と、それから毎日の酒が提供されれば良いと主張している。
まぁ、農作業ぐらいはやってくれるであろう。
「それでババァ、ここから領地を拡張していくにはどうしたら良いんだ?」
「功績を上げることじゃ、そうすれば兵の数も増やせるし、城も立派なものに変わっていくのじゃよ」
どんな町作りゲームだよ、しかも今の段階で城や軍をグレードアップするためには課金が必要だというからタチが悪い。
しかし領地を拡張し、それなりの収益を出そうと思ったらまずは大魔将と戦えということか。
勇者としての本業が手抜きになることのない仕組みになっているようだ。
「ではわしはもう帰るでの、ちゃんと大魔将と戦い、実績を作って領地経営に役立てるのじゃぞ」
「おう、じゃあまた王宮でな」
さて、とりあえずは現時点で出来ることをやっておこう。
この領地は王都の城壁に隣接するものである。
即ち俺達の屋敷から壁を越えればすぐに移動することが出来るのだ。
「マーサ、ちょっと城壁に穴を開けてくれ、ルビアは筋肉団を呼んで来るんだ」
「勝手にそんなことして怒られないかしら?」
「構わんさ、俺は勇者だからな」
良いに決まっている、勇者は他人の家に侵入して樽や壷を粉砕したり、タンスを開けて金品を持ち去っても許される職業なのだ。
城壁に穴を空けて移動をスムーズにするぐらいどうということはないのである。
マーサのパンチ一発で壁が貫通したので、一旦屋敷に戻って倉庫から酒と保存食を取り出し、それから銅貨を10枚持ってプレハブ城へと戻る。
とりあえず兵士連中にそれを渡し、早速開墾作業に移って貰った。
酒とつまみは良いにしよう、とりあえず出費は銅貨10枚だけを費用計上しておく。
しばらくするとゴンザレス達を連れたルビアが戻る。
筋肉団に要請し、屋敷から領地に繋がる道を整備した。
屋敷の裏口から石畳で城壁に繋がる道、そして穴の空いた城壁は形を整え、しっかりした扉が取り付けられたようだ。
これで金貨5枚の出費、初日、それも始まったばかりだが、初期コストはかなり掛かるものだから仕方が無い。
これを回収し終えるのは当分先のことになりそうだな……
「さて、これで今日やっておくべきことは終わりだな、続きは明日以降にしようか」
「しかし、これじゃ領民を集めるのはまだ無理ね、屋敷の延長みたいな感じといって良さそうだわ」
「そうだな、とりあえずは今狙っている大魔将を討伐して、その褒美で領地をグレードアップしないとだな」
そんな話をしながら屋敷へと戻る。
開墾を任せた連中には、夕方になったら適当に帰るよう伝えておいた……
※※※
「あら、帰って来たわね、今日は叙爵記念の宴をするわよ」
「つまりそれはシルビアさんの奢りと……」
「あら、冗談キツいわね、そんなはずないじゃないの」
「ですよね~」
この守銭奴が奢ってくれるのは悪事を働いて不当な利益を手にしたときぐらいだ。
特に大きな儲けが無いときにそのようなことをするはずがない。
まだ昼だが、とりあえずバーベキューの準備を始めよう。
なお、これだけはシルビアさんが奴隷とした6人の元聖国人がやってくれるらしい。
わりと優秀なようで、手際良く作業を進めている。
準備はすぐに終わりそうだな。
「よっしゃ、マーサはデフラや魔族達を呼んで来るんだ、アイリスは倉庫から酒を出しておいてくれ」
屋敷とその周辺に居る全員を集め、ファック爵などという意味不明な爵位を得た記念の宴を始める。
肉や魚、そして畑で取れた野菜を焼き、トンビーを村の地酒とともに堪能した。
「あの勇者さん、ちょっとよろしいですか?」
「どうしたデフラ、こっちの肉が食べたいのか?」
「いえ、王都の外にある領地の開墾なんですが、私達にも少し手伝わせて欲しいなと……」
デフラが言うには、収容所に入っている元商会員の15人だけでなく、元魔将軍の魔族達も畑を手伝い始めたことによって深刻な人余りが生じているそうだ。
そこで、新たに開墾する領地に手を広げることでそれを解消しようということになったらしい。
それはこちらとしても有り難いことである。
是非にとお願いし、明日からはそちらの作業もして貰うこととなった。
「それで勇者様、大魔将の城はいつ頃から攻め始める予定なの?」
「う~む、領地のこともまだ少しやっておきたいし、来週出発ということでどうだ?」
「構わないわよ、それじゃ、準備だけは明日からしておきましょ」
準備といってもルビアが使う魔力回復薬を購入したり、それから携帯食を確保したりするぐらいだ。
領地の方に気を掛けていたとしても十分にやれる内容であろう。
「じゃあ明日はまず魔法薬ショップだな、セラがいつも行っている店に案内してくれ」
「了解よ、じゃあ昼頃から行く感じで良いわね」
領地経営もしなくてはならないのだが、それを繁栄させるための前提として大魔将退治がある。
8つの城が海上に現れてからしばらく経過したが、ここでようやく、最初の敵にチャレンジすることが決まった。
まずは城の手前、洞窟ダンジョンの攻略である。
色々と準備をし、万全の態勢で臨もうではないか……




