149 戦勝記念祭
「はい皆さん、明日からは祭です、わざわざ行くのがダルい人はお土産に期待しましょう」
「ご主人様、初日はちゃんと行きましょうね、あと最終日も」
「ああ、初日に色々と買い込んで1週間保たせようぜ」
「買い込むのは主にお酒ですねっ!」
祭は1週間ぶっ通しなのである。
もうそんなに付き合ってはいられない、適当なところで切上げて屋敷で酒盛りでもしておこう。
「ちなみに勇者様、勇者パーティーの登録メンバーは開会式に強制参加です」
「それって代表者だけだろ?」
「いいえ、今回は違うみたいです」
マリエル曰く、どうやら勇者パーティーは必ず全員で祭の開会式に出席するようにとのことであったそうな。
もしかしたら何か良いものが貰えるのかも知れないな……
期待に胸を膨らませながら当日の朝を迎えた。
開会式まではあと1時間程あるが、念のため、早めに屋敷を出る。
2度目の免停となったジェシカに代わってルビアが御者だ。
結局、パーティーメンバー以外で同行したのはレーコとサワリン、それからアイリスの3人であった。
ちなみにアイリスは迷子にならないよう腰に紐を付けてある、管理者から5m以上離れない仕組みだ。
「そういえばシルビアさんは?」
「朝早くに出て行ったわよ、またお金儲けでも企んでいるんじゃないかしら」
「だろうな、きっと……」
そんな話をしているうちに会場に着く。
王宮前広場にはステージを中心として丸テーブルがいくつも置かれ、料理が並べられている。
既に俺達以外のゲストは皆席に着いて待っているようだ。
まさかの、ここでささやかなパーティーをしようということらしい。
「おぉ、ゆうしゃよ、ようやく来たか」
「おぉ、駄王、おめぇ何考えてんだこんな所にテーブルまで並べて?」
「いや、たまには解放的な感じの宴席も良いかと思っての」
「まさかとは思うがこのために全員で来いって言った訳じゃないよな?」
「え、そうじゃが? だって料理が余ったらもったいないであろう」
一理あるがそれ以上にムカつく。
凄いご褒美があると期待していたのに……そうだ、駄王を張り倒そう!
「あっ、ちと待つのじゃ勇者よ、報酬が無いということでは断じてないぞ、王を殴るのはその中身次第で検討するが良い」
「何だババァ、ろくでもないものだったら貴様も張り倒すぞ」
「やめい、わしのような年寄りは殴られればそれでサヨウナラになってしまうわい」
そう言って報酬用のカタログギフトを持って来させる総務大臣。
俺とセラ、精霊様の分は『松』、ミラとリリィには『竹』、それ以外の奴隷や魔族には『梅』と書かれた冊子が渡された。
この分類は異世界でも通用するんだな……
「ご主人様、『梅』の選択肢はほとんどお母さんのお店に置いてある商品ですよ」
「どれどれ、本当だ……おいババァ、談合した?」
そっぽを向いて口笛を吹く総務大臣。
駄王と財務大臣は既に逃走したようだ。
やってくれるじゃないか。
とりあえず適当に良さげなものを選んでおこう。
……意外と内容がしょぼいな。
どうもこれは以前モニカが貰っていたのと少し違うカタログのようだ。
没落貴族用ページとかも無いし、何よりも薄っぺらい。
というか、周りのテーブルに居る貴族達はモニカが貰っていたのと同じ、銀色のカタログギフトを開いているではないか。
俺達が今見ているものとは違い、松竹梅のランク付けはないようだ……
「お待たせしましたマリエル王女殿下、こちらをお納め下さい」
「ご苦労様です」
そこで、唯一何も貰っていなかったマリエルのところに兵士がやって来る。
なんと金のカタログギフトを手渡したではないか。
確信した、この褒美、身分によってだいぶないように差があるのだ。
おそらく俺達が貰ったのは平民用、周りの席の人々は貴族用なのであろう。
そして、今マリエルが貰った金のカタログ、王族や公爵家に贈られるものに違いない……
「おいマリエル、ちょっとそれの中身を見せてくれないか?」
「あ、はいどうぞ」
「やはりか、俺のは金貨10枚基準、マリエルのは金貨1,000枚基準だぞ、報酬の中身が」
金貨1,000枚と聞き、ミラが盛大にひっくり返る。
恥ずかしいからこういう場でのオーバーリアクションは避けて頂きたい。
ちなみにミラが持っている『竹』は金貨5枚程度、奴隷や魔族の『梅』は金貨1枚かそこらの報酬内容である。
雲泥の差だ。
そもそも同じように戦い、同じように受け取る報酬にここまで差があって良いのであろうか?
あれか、正社員と派遣でほとんど同じ仕事なのに給料がってのと同じか。
「まぁ、こればっかりは諦めるしかないわね、私達はこの国の貴族じゃないのだし」
「お、精霊様が真っ先にそんなこと言うなんて、きっと明日の天気はメテオストライクだぞ」
「……失礼な異世界人ね」
諦めて主食セット1か月10人分を選択しておいた。
他のメンバーも食べられるものを中心に報酬を決定したようだ。
「カレンは何にしたんだ?」
「私は串焼き肉店のゴールドカードです」
「お、リリィが持っているやつだな、2人共あまり行きすぎて店を潰すなよ」
「わかりました」
皆が報酬を選び終えた頃、ようやく開会式が始まった……
『それでは皆さん、王都による王都のための王都による祭を始めます、乾杯!』
ちょっと、どころかかなり意味不明だが、とりあえず乾杯だけしておいた。
周りの客も微妙な顔で酒を飲み始める。
ステージで始まった処刑には目もくれず、ひたすら酒を飲む。
あれを見たら食欲の方がかなり減退してしまう。
「マリエル、このイベントはいつまで続くんだ? さすがに皆そわそわしてきたぞ」
「ええ、結構長いと思いますが、誰かが退席するまで待ちましょうか」
「そうだな、何事も誰かに続く方が良いからな」
この辺りの感覚は異世界でも変わらないようだ。
料理も無くなり、酒だけを飲みながら誰かが立ち上がるのを待つ。
しばらくすると、かなり後ろの席で筋肉団の代表者が立ち上がった。
ゴンザレスが駄王と総務大臣、それからお偉いさん方に挨拶している。
これは帰るようだな、俺達もこのタイミングでお暇しよう……
すっと立ち上がった際に見た光景は、数多くの貴族家が席を立って国の重要人物に挨拶しに行く様子であった。
美奈子のタイミングを待っていたのか、出遅れないようにさっさと行こう。
「おい駄王、ババァ、俺達はもう退席するぞ、庶民らしく普通に祭を楽しむことにするよ」
「うむ、そうするが良い、じゃが最終日は必ず朝からここに来るんじゃぞ」
「へいへい、また何かイベントがあるんだろ、仕方が無いから来てやるよ」
その他の大臣とも一言交わし、広場のパーティー会場を後にした。
既に係りの人間が片付けを始めているようだ。
「さて、ここからはどうしようか?」
「勇者様、馬車に放置されているレーコちゃん達を迎えに行かないとよ」
「おうっ、奴等のことを完全に忘れていたぜ、とりあえず迎えとご機嫌取りが必要だな」
広場の端に停めてあった馬車に向かい、中で不貞腐れていたレーコ達に謝罪する
「もうっ! いつ戻ってくるのかと心配でしたよ、このまま1日潰されるとも思いましたね」
「すまんな3人共、今日は色々奢るから勘弁してくれ」
「そういうことならまぁ……」
レーコとサワリンはぷりぷり怒っていたものの、奢りと聞いて機嫌を直してくれたようだ。
アイリスだけはその間ずっとボーっとしていた。
「レーコとサワリンは私が見ておくわ、アイリスちゃんはどうしようかしら?」
「では私が見ておくことにするわ、逃げようとしたらどうなるかわかっているわね」
「はぁ、どうなるんでしょうか?」
「……わからないのなら良いわ」
アイリスのおっとり性格には精霊様もタジタジである。
普段は何も考えずに生活しているのであろう。
「じゃあ祭会場に出発だ、最初はどこを見ようか?」
「生ハムの展示即売会です、すぐに行かないと良いのがなくなっちゃいます」
「あ、そこでは香味野菜も売っているんだったわね、私もそれに賛成よ」
ということで、皆で生ハムを買いに行くこととなった。
カレンが走っていってしまうのを防ぐため、アイリスと同様にリードを付けておく。
尻尾がパタパタと大きく振れて実に邪魔だ。
広場から通りを入った先にある生ハム展示即売会場には、既に多くの客が沸いていた。
禁酒魔将の一件で酒のつまみになり得るものは値段が上がっていたが、今回は真っ当な価格で販売されているようだ。
「カレン、リリィ、ハムの目利きはお前達に任せた、マーサも良い野菜をゲットしておけよ」
任せろ、という感じの3人はそれぞれ散って行く。
今夜は生ハムサラダにしようとアイリスに提案しておいた。
しばらく待つとカレンとリリィがこちらへ走って来る。
なんだか良いものを見つけたようだ。
「こっちが銀貨2枚の一般的なやつで一番良いのです、こっちは銀貨3枚の高級品、どうしますか?」
「どっちも買っておこうか、日持ちするし、保存食にもちょうど良い」
「わかりました、ではこの2つを買いましょう」
そこへマーサも戻って来る、こちらは既にありったけの野菜を購入し、両手一杯に抱えている。
生ハムの原木2本と屋敷に居る全員の夕食として申し分ない量の野菜。
これで今夜の宴はなかなか豪華なものになりそうだ。
「ご主人様、次はお母さんが出している露店に行きましょう」
「何を扱っているんだ、店と同じ乗馬用品か?」
「いえ、今回は革製品全般を扱っているそうです」
「ほう、皆の新しい鎧が見つかるかもだ、行ってみよう」
購入した品を馬車へ積み込み、広場の端で営業していたシルビアさんの店へと向かう。
「あらいらっしゃい、鞭でも見に来たのかしら?」
「一部の連中はそうだと思いますが、俺はちょっと革の鎧を見たいなと思いまして」
「あ、鎧ならあそこに飾ってあるわよ、軽いのばかりだけどね」
それがちょうど良いのである、ここからは敵との戦いも激化するはずだし、前衛はミラだけでなく、カレンとマーサにもしっかりした鎧を着せておきたい。
ついでにミラの鎧も買い換えようとセラからの提案があり、その選択はカレンに一任した。
「ご主人様、待っている間は暇ですよね、奥のテントで鞭のためし打ちが出来るみたいですよ」
「おいルビア、お前はやはりそれが目的でここへ来ようと言ったんだな?」
「バレていましたか、ではお仕置きも兼ねて鞭で打って下さい」
仕方が無いので付き合ってやろう。
というかテントの中で休憩させて貰うのもアリだな。
テントに入り、正座したルビアと、ついでにセラを鞭で打っておく。
精霊様はマーサを叩いて喜んでいるようだ。
「ほらルビア、満足したか?」
「もうちょっとお願いします」
「どうしようもない奴だなお前は……」
横に並んでいたセラは既にダウンしている。
今は代わりにジェシカを正座させてあるが、そろそろ限界のようだ。
「主殿、免停の件もあるし、私にはこの痛い鞭を買って欲しい」
「良いぞ、帰ったら尻を出してコイツで引っ叩いてやろう」
「……今して欲しいのだが」
「コラ、こんな所でパンツを脱ぐんじゃないよっ!」
変態ジェシカを何とか制止し、買い物を済ませてシルビアさんの露店を後にする。
鎧をいくつも買ったせいで金貨が飛んでしまったではないか……
「今日は夕方までここでお店をやってから帰るわ、片付けは奴隷達に任せるし、夕飯には間に合うはずよ」
「わかりました、今日は生ハムの原木も買いましたんで、それを使って飲み会でもしましょうか」
「あら、それは良いわね」
その後は試飲をして良い酒を買い、ミラやアイリスの希望で料理酒も入手しておいた。
気が付くと夕方である、今日はもう帰ろう……
※※※
屋敷へ戻ると既にシルビアさんも帰宅しており、収容所に入れられていた魔族やデフラ達も屋敷に連れ込まれていた。
「とりあえず風呂に入ろうぜ、その後はミラとアイリスに頼むぞ」
「ええ、今日は良い食材がありますから、なかなかの料理が出来ると思いますよ、ねぇアイリスちゃん」
「はぁ、私も頑張りますね」
全員で風呂に入りながら今後の予定について話す。
次に祭会場に足を運ぶのは最終日、その日はメルシーを送り出すところまで見ることとなった。
「勇者様、私達も戴冠式に出たいわ、そのまま聖都へ行くわよ」
「それは良いな、じゃあ最終日は旅支度をしておいて、夕食後に出発としようか」
「ではまた王宮の方で宿を用意して貰いますね、公務扱いで費用も出るはずですから」
「ああ、国の金で思いっきり飲み食いしてやろうぜ」
ミラとアイリスが、そろそろ夕飯の支度をしたいと言い出したので風呂から上がることにした。
2階の大部屋に戻り、適当にルビアやジェシカを鞭で打って遊んでいると、配膳エレベーターの下から上げてくれとの声。
「おぉっ! 凄い盛り付けじゃないか、これはもうプロの仕事だぞ」
生ハムと野菜、それに少しだけソースのようなものを掛けただけの一皿。
これをここまで美しく仕上げることが出来るとは畏れ入る。
「それは全部アイリスちゃんやったんですよ、ちょっと驚きでした」
「すげぇな、どこかでこういう仕事をしていたのか?」
「はぁ、昔から得意ではあったんですが、本格的に仕込まれたのは奴隷になると決まった後でした」
きっと職業訓練的なものだったのであろうが、そこで類稀な才能を発揮してしまったに違いない。
で、奴隷としての売値が異様に高くなって売れ残ったと……
「じゃあ乾杯しようぜ、ルビアもジェシカも尻をしまえ」
「ご主人様、後でまたお仕置きして下さいね」
「良いだろう、この雌豚めが、覚悟しておけ」
乾杯し、生ハムを中心に様々な料理を口に運ぶ。
高級な白いパンにサンドして食べたらこれがまた絶品であった。
酒も良いものが手に入ったし、今夜は本格的な宴だ……
次々に削り取られる生ハム。
カレンとリリィ用の分厚い1枚を取ると一気にその嵩を減らす。
「2本買っておいて正解だったな」
「ええ、私は王女のはずなのに安い方を美味しく感じます」
「それは俺達の貧乏舌が伝染したんだろうよ」
夜が更け、楽しい宴も終わりを告げた。
リリィは既に寝ているし、マーサも葉っぱを咥えたまま舟を漕いでいる。
「そろそろ寝よう、まちろん明日は休みにしような」
「賛成ね、もうかなり眠たくなってきたわ」
翌日からの5日間、たまに誰かが祭の様子を見に行ったぐらいで、特にやることもなくダラダラと過ごした。
そして、ようやく祭の最終日がやって来た……
※※※
「今日はパーティーメンバー全員参加だからな、聖都へ行く準備も終わっているよな?」
「私達は大丈夫ですが、王宮の方から突然レーコちゃんも連れて来いと言われてしまいました」
「じゃあレーコは俺達が戻るまでに準備をしておけ、あとアイリスも連れて行くからそのつもりで」
この後の予定を確認し、皆で馬車に乗り込んで広場へと向かった……
どうやら、また開会式のときと同じように指定のテーブルが用意されているようだ。
席順は特に指定されていないため、リリィには妹分のメルシーが良く見えそうな位置に座って貰う。
適当に食事をしていると、司会進行役と思しき男が壇上に立った……
『え~、ゲストが全員揃いましたので、これより聖国亡命政権出立の儀を執り行います』
「お、メルシーが出て来たぞ」
「すっごい化粧されているわね」
『王都の皆さん! 妾は新聖女のメルシーであるのじゃ、いまから王都を出て、聖都に凱旋するのじゃ!』
拍手喝采である、聖都に駐留する王国軍、それから移民希望者の代表達は既に隊列を組んで西を向いている。
『では、出立するのじゃ!』
神輿に乗ったメルシー、それをムキムキの聖職者達が担ぎ、西へ向けて歩き出す。
聖都に着いたらそこでのイベントで処刑するカミナシや新生大聖国の幹部連中も牽かれて行く。
『では皆さん、お食事の途中かもしれませんが、起立して西をお向き下さい』
沿道には見送りの群衆がズラリと並ぶ。
皆一様に王国の旗と新たな聖国の旗を振り回している。
「おう、よく見たら各国の代表者も来ているみたいだな」
「ええ、これでメルシーちゃんの正統性アピールはバッチリです、誰も文句は言わないでしょう」
これでようやく、聖都のみを領土とする傀儡政権を樹立させることが出来る。
あとはもう新たな幹部連中に任せておけば戦になる心配は無いであろう。
起立したまま行列が見えなくなるまで待ち、再び着席して残りの料理を頂く。
「食べ終わったら帰ってすぐに追いかけましょう」
「そうだな、聖都での戴冠式に遅れて入るのは恥ずかしいぞ……こらカレン、もう注文するんじゃないよ!」
食い意地の張ったカレンを椅子から引き剥がし、馬車に乗って屋敷へ戻る。
屋敷では既に同行するレーコとアイリスが待機していた。
「じゃあシルビアさん、居残り組の世話、よろしくお願いします」
「わかったわ、ちょっと借りたりするかもだけど良いかしら?」
「ええ、過労で倒れない程度でしたら」
一応釘を刺しておかないとえらいことになりそうだ。
ブラック企業も真っ青になって逃げ出しそうな使い方をされてしまう。
「では、行って来ます!」
誰かさんが免停になってしまったため、御者を出来るのはルビアだけである。
無理をさせると事故を起こしそうだと判断し、いつもより1日多い行程で聖都へと向かう。
「ところでマリエルちゃん、どうして私が呼ばれたのかしら?」
「レーコちゃんは一応旧聖女だし、イベントで禅譲とかするプログラムがあるんじゃないかしら」
「叩かれたりしないことを祈るわ……」
途中で宿に泊まりながら、聖都を目指す。
ようやくその城壁が見えてきたところで、メルシーが乗っている馬車を追い越した。
どうやら余裕で間に合ったようだ。
戴冠式は明後日より、ボコボコになったままの大聖堂で執り行われる予定である……




