1257 反乱の兆し
『ねぇっ、ちょっと見てあのキモいの、何だか知らないけどさっきステージに上がって……何をするつもりなのかしら?』
『てかアレってさ、ハゲのおっさんクリーチャーじゃないわけ? 天使みたいなビジュアルだけど、顔はそうじゃないからさ』
『何なのかしらね本当に……でももう気持ち悪すぎるから見るの止めない? てかこっち見てないアレ?』
『行こ行こっ、きっと呪いの視線を送っているのよこっちに、目を合わせると秒でハゲになるんじゃないかしら?』
『イヤッ、気持ち悪いだけじゃなくてそんな呪いがあるなんてっ、しかも何かし出したわよっ! 早く逃げないとっ!』
『・・・・・・・・・・』
ステージに立ち、そこでフル○ン踊りを披露するなどして注目を集めることになっていた表見イケメン天使(素顔version)であったが、あまりにも気持ち悪い顔面のため、そしてその顔面であるにも拘らずどことなく天使のような雰囲気であることなども相俟って、何もしなくてもかなり目立ってしまっている様子。
だがその『目立っている』というのは良い意味ないし通常の意味ではなく、どう考えても悪い意味での目立ちである。
顔面が気持ち悪い何か、そんな何かがオンステージして辺りを見渡して、それから何かをし出すのではないかというようなムーブを始めたのだから、確かにそれはもうそうなのであろうが。
で、周囲の状況に、自分を見てキモいだの呪いがどうのだのと言い出しながら、スススッとその場を離れていく神界人間の収容者達を見て、やはり自信を失いつつあるらしい表見イケメン天使。
ここですぐにフル○ン踊りを披露して、更なる注目を集めなくてはならないのだが……まぁ、この反応はさすがに予想外であったろうな。
というかこちらからしてもこれは予想していない事態であった、どうせこんなどうしようもない野郎がオンステージしたところで、常にハゲのおっさんクリーチャーからの襲撃を警戒している収容者が、それに何か反応を示したりはしないし、そもそも気付きもしないと思っていたのだ。
だが指示を出してしまった以上、そしてこの馬鹿でアホで間抜けな表見イケメン天使が自分で考えて何か行動を取るということが出来ない以上、このままステージ上でフル○ン踊りを披露して貰うしかない。
こちらの意見を聞きたいかのように、少しスロー気味の動作になりながら俺の目を見てくる表見イケメン天使。
だがそんな野郎と目を合わせてしまえばもう、それこそ先程立ち去って行った収容者達ではないが、呪いの効果によってあっという間にハゲ散らかしてしまうことであろう。
ゆえに馬鹿の方は一瞥したのみですぐに目を、どころか顔全体を逸らし、手だけで合図を出して『もう面倒だからとっとと計画通りに動け』という指令を出すのみに留まった……
『キャァァァァッ! あの変なのっ! やっぱり何かするわよぉぉぉっ!』
『変態よ変態! 変態が出たわぁぁぁっ! 助けてぇぇぇっ!』
『ねぇ、でもアレってもしかして今朝から噂になっていた……その、何というか……』
『どころじゃないわっ! いきなりパンツ脱ぎ出したしっ! 早く逃げないとっ!』
『皆逃げてっ! すぐに逃げてぇぇぇぇぇっ!』
「……思った以上の大パニックになってしまったな、これじゃあアイツのこと、誰も見たりしないぞ絶対に」
「そうかしら? 大丈夫だと思うわよたぶん」
「何で? 皆逃げ惑ってんだぞ、あんな感じに怯えまくってんだぞ、まぁ平和な町にいきなり尋常ならざる規模の変態災害が巻き起こったのと同じだから、この反応に対して文句を言ったりは出来ないけどな」
「でもほら、ちゃんと距離を取って、安全な場所から眺めている子が多いみたいだし、それに団体を管理している天使なんかが規制線を張って安全を確保しているわ」
「……なるほど、表見イケメン天使の発狂と暴走はもう他の雑魚キャラ天使からしたら慣れっこなのか……それで無能ばかりのこの現場でも冷静に対処することが出来ると、そういうことだな」
「神界人間の皆さんはそうではないかも知れませんが、おそらくこの騒ぎはわりと時間を置かずに収束するでしょうね、変なキモい雑魚魔物が入り込んだときの王都民の皆さんと似たような反応ですし」
「なるほど……うむ、かなり落ち着き出したようだな……」
一時はどうなることかと思った『素顔の表見イケメン天使』の登場シーン、さすがにフル○ンで踊るというのはやりすぎであったようだが、それも含めて丸く収まりそうな勢いだ。
まるで狂ったかのように、いやもう最初から普通に狂ってはいるのだが、表見イケメン天使は周囲の状況に目もくれず、光る汗を飛び散らしながらスポーティーな雰囲気でフル○ン踊りを披露し続けている。
その周囲およそ50mの範囲にはもはや誰も居らず、混乱によって倒壊した屋台だけでなく、打ち捨てられたゴミや踏み付けられて破損したハゲのおっさんクリーチャー、それから誰かが忘れて行ったパンツなどが散乱しているのみ。
そのまるで宴の後の空き地のような場所の外側に、円を描くようなかたちで張られた規制線の外側から、雑魚キャラであってこのイベントの運営として労働させられているマゾ狩り団体所属の野郎天使に守られるようにして、今回真実を知るべき神界人間の収容者が不安そうにその様子を見ているのであった。
もちろん、キモ顔の天使がフル○ン踊りをしているところなど直視したいと思うような神界人間は居ないのであって、見てはいるもののその姿を凝視しているわけではないということに注意しなくてはならない。
神界人間の収容者が気になっているのは、あくまでもこれからこの場がどうなるのか、自らの身の安全は保障されるのかといったことなのであって、フル○ンの馬鹿がこれからどうなってしまうのかということに関しては興味の対象外なのである……
『オラオラァァァッ! 見たか俺の真の姿をっ! これが俺だぁぁぁっ!』
『いやだから誰よあんたっ⁉』
『キモいっ! どうして生きているのこんなキモ顔の何かがっ!』
『てか天使なの? ハゲのおっさんクリーチャーなの? それともそのハーフなのこの存在?」
『……貴様等、普段は散々俺のことをイケメンだのクールだのスマートだの、そんな感じで持て囃しておいてっ! 何だというのだその態度はっ! 許されんぞそのような侮辱はぁぁぁっ!』
『えっ? 何イケメンって? あんなのにそんなこと言った覚えなんてないわよね誰も?』
『そうよっ! どう考えてもキモ顔のゴミ野郎じゃないのっ! 3回生まれ変わって出直して来たら?』
『……でもさぁ、今朝から流れているあの噂ってもしかして……ほら』
『あっ、そういえばイケメン天使様がどうのって、もちろん単なるデマで、イケメン天使様に嫉妬した他のパッとしない顔面をした天使様が、みたいに思っていたけど』
『それでもこの状況ってもしかして……』
『・・・・・・・・・・』
徐々にではあるが何かに気付き始めてきた神界人間の収容者達であるが、確信が持てないのか、それとも確信している者も多いながらに、そのことを絶対に認めたくないのか……おそらく後者が優勢であろうな。
もしここであの表見イケメン天使、つまり収容者達がイケメンだと信じて疑わなかった何かが、あのステージ上の激キモフル○ン野郎だということが確定してしまったらどうなるのか。
間違いなくこの中の大半、ほとんどの収容者が一度以上はそれとコンタクトを取り、そのこんな場所に連れて来られるほどの『ドM』を発揮してきたことであろう。
密室でアレに鞭打たれて喜び、それに対して感謝の気持ちまで抱いていたのが一転、全てが詐欺に等しい何かであったということが判明すれば、一時的にであっても精神が保たれない者も出てくるはず。
当然のことながら、今後それらに関してのフォローを必要とする状況になるのだが、まぁこれまでのようにずっと騙され続けるよりはマシだと思うし、そもそもあんな野郎がイケメンとしてチヤホヤされている状況、それを大勇者様であるこの俺様が許して見過ごすことなど出来ないのである。
群衆の中からポツポツと発生した『これまでイケメンだと思われていた天使に関する疑義』は少しずつ、だが確実に広がりを見せてきた様子。
相変わらずフル○ン踊りを続けている表見イケメン天使に対して、そろそろ次の行動に出るべきだとの合図を送って事態の進展を促す。
するとその合図に気付いたのであろうか、叫びながらCHING-CHINGを振り回していた表見イケメン天使は、ピタッと止まってステージの中央に戻った……
『……さて、そろそろ頃合のようだなっ! 収容者の皆には俺の本当の姿を堪能して貰えたことかと思う』
『何が堪能よっ! 気持ち悪いからサッサと死んでっ!』
『いくら天使でもっ、私達のような神界人間より上位の存在でも許せないっ!』
『神様! どこかの神様! 今私はこの不快な存在が神界を去ることのみを欲しておりますっ! どうか神様!』
『えぇいっ! やかましいわこの愚かな人間共! 貴様等俺のことをキモいキモいと言ったな? 今まさにこの場で言ったな? だがこれを見てもそんなことが言えるのかっ? ウォォォッ! 顔面完全詐称モード展開! フルトランスフォームじゃぁぁぁっ!』
『イヤァァァァッ! 何かキモ顔がめっちゃ光って……ってあれ? えっ?』
『ちょっとどういうこと? キモい存在が消えて……イケメン天使様がそこに……』
『やっぱり! やっぱり今朝の噂は本当だったってこと? ねぇ本当? 誰か答えてっ!』
『フハハハッ! どうだ驚いたか人間共! これが俺の仮初の姿、で、さっきまでの姿が俺の法等の姿なのだっ! 顔面完全詐称トランスフォーム解除ぉぉぉっ!』
『まっ、まさかそんな、そんなことがあるなんて……』
『信じていたのに、どうしてそんな顔面で私達のことを……』
『裏切られたっ! この施設に連れて来られたうえにっ! 最後の希望にまで裏切られたっ!』
『……ちなみに、俺のように顔面を完全詐称している天使が、本当は加齢臭盛り盛りなのにデオドラント魔法などでそれを消し去っている天使がっ、そして神が居ないと思ったか?』
『・・・・・・・・・・』
『居るに決まっているだろうっ! この愚かな人間共がっ! 何ならアレだぞ、俺ぐらいの詐称であればぜんっぜんマシな方だからなっ! ほとんどの天使が、そして神が顔面やら何やらを本当のものとは異なるビジュアルにしているということをっ! 俺は知っているのだからなっ! わかったかっ!』
『イヤァァァァッ! 最低! この施設に関与している全ての神様、天使様最低!』
『もう私、何かを信じるのをやめたわ……』
『脱獄よっ! というかそもそもこんな所に放り込まれていること自体違法かつ不当だというのにっ! それでさらにこんな……本当にショッキングな事実が……あっ、もう立っていられない……』
『誰か倒れたっ! あっちでも、こっちでも倒れたっ!』
『フンッ、これで俺の目的は達した、あとはこの姿のまま、皆に受け入れられるように……っと、どうした他の最底辺天使共、俺達はキモくて無能なキャラの仲間で……ちょっ、何すんだこのっ、ギョェェェェッ!』
阿鼻叫喚の地獄、ある程度根回しはしてあったにしても、やはり実際に事が起こればこのようなことになるのは十分に想定していたことだ。
表見イケメン天使の本当の姿を目の当たりにした神界人間の収容者達は叫び、倒れ、頭を抱えて苦悩している者もかなり見受けられる。
一方でその元凶となった馬鹿に関しては、最後に余計なひと言、つまり自分以外の神や天使もこのように顔面を詐称している旨の発言をしてしまったため、それに関して対象となってしまった雑魚キャラ天使から暴行を受けているのが現状。
まぁ、殴られ蹴られ罵られ、全ての責任を負わされることには慣れているのであろう表見イケメン天使は放っておいても構わないであろうな。
どうせこのまま殺害されてしまうようなことはないのだから、多少ボコられて全身を強く打ったり、パーツが千切れたりしてしまったところで単なる怪我にしかならないのだ。
最も大きな問題はパニックになってしまい、それを収めるべき天使共が全員表見イケメン天使へのリンチに参加してしまってその場には居ない、つまりフリーな状態で騒いでしまっている収容者達である。
ここはどうにかして止めてやらないと、このままでは怪我をしてしまったり何だりといった被害が生じかねないのだから……
「……勇者様、この状況はなかなかにヤバいような気がしてきましたけど、どうしましょう?」
「そうだな、セラ、というか他の皆も、しばらくここで待機して、せめて『印』を持つ収容者が散り散りにならないようにだけしておいてくれ」
「勇者様はどうするの?」
「仕方ないから一旦施設内の神々のフロアに行って、どうせそこに居るだろう金髪天使と、あと可能であれば銀髪天使も引っ張って来る、それでどうにか収まるだろうよこの状況は」
「わかった、じゃあ待っているから急いでっ」
ということで俺はその場を離れ、しっかり神々のフロアに居た金髪天使に状況を伝え、面白そうだから行ってみたいという面倒事発生装置のルビアをその場に正座させたうえで、改めて現場へと戻ったのであった……
※※※
『え~っ、全員その場に座りなさいっ! これは管理者からの命令ですっ! ショッキングな事実が公表されたことは知っていますが、とにかく今は従いなさいっ!』
『・・・・・・・・・・』
『ほらそこガヤガヤしないっ! ちゃんと座りなさいっ! 座りなさいっ!』
『・・・・・・・・・・』
『……え~っ、皆さんが静かになるまで380秒も掛かりました、その分だけ罰を与えますので覚悟……いえ期待しておきなさいっ』
金髪天使と、それから応援要請を受けて颯爽と駆け付けた銀髪天使の活躍によって、大混乱であった現場はある程度の落ち着きを見せた。
気を失っている収容者に関しては、すぐに仮設された救護所のテント群に運ばれ、ひとまずは休ませるということになったらしい。
それ以外の収容者に関しては、順番に立ち上がらせてそれぞれ建物の中へと連行されていったのであるが……状況が状況だけに不満を口にしている者が散見される。
もちろん有能であって顔面詐称もしていない女性の天使や女神などの言うことはこれからも聞くのであろう収容者達だが、もはや野郎の天使や神々のことは二度と信頼しないはず。
そうなってくるとやはり、これからこの施設の様々な部分に綻びが生じ、亀裂が入り、そしてマゾ狩り団体という違法極まりない組織が音を立てて崩壊するまで一直線だ。
今はまだそのための芽が出てきた程度にすぎず、具体的には神界人間収容者による無能な野郎の構成員に対する反感があるのみ。
だがこれが天使である収容者、そして神々の収容者にまで広がっていきさえすれば、圧倒的な力を持つ、当然のことながらここの野郎構成員よりも優秀である女性天使の収容者が、さらにはそれよりもさらに上位の存在が『反乱ムーブメント』に参加することになる。
まぁ、どうしようもないドMばかりが集められたこの施設において、そこまで主体的に動くことが出来る気骨ある者はあまり多くはないと思うが……それでも『力』という面においては体制側、つまりマゾ狩り団体構成員側を上回ることは必至。
あとはこちらで施設のヘッドであって、しかも収容者と同じドMであって、さらには結界の元を創り出している女神とやらを押さえてしまえば良い。
そしてそのためにはここからさらに、『印』を持つ収容者を搔き集めて……というだけではなくもうひとつ、収容施設に連行される途中で神界盗賊だか神界山賊だかに攫われてしまったという『印』の神界人間も捜さなくてはならないな……となる次はこの施設の外での活動になるのか……
「よしよし、かなり片付いてきたな、セラ、ミラ、マリエル、ジェシカ、お前等もおかしな行動を取っていると疑われないうちに建物の中へ戻るんだ」
「えぇ、人の流れに後れないようにもう行きますね、では勇者様また後で」
「うむ、たぶんまた夜には行くことになると思うからそのつもりで」
「ちなみに夜の議題なんですが……やっぱりあの『WILD』って書いてあった『印』の人についてですかね?」
「まぁ、それもあるしあとはアレだ、俺が一旦施設の外に行って色々と……みたいな話だな、とにかく後で全体的に話をしようか」
『うぇ~いっ』
ということで神界人間の中に紛れている仲間達は建物内へと戻って行った、残ったのは俺と金髪天使であって、幸いにもお邪魔虫の銀髪天使は『誘導』のためどこかへ行ってしまったようだ。
で、金髪天使と話をして、先程は疎かになっていたことの詳細と、それからこの先どうしていくのかについて小声で話し合いをしておく。
ひとまずは『印』を持つ神界人間の収容者はかなり集まりつつあること、今回のイベントでマゾ狩り団体自体を突き崩すための足掛かりをゲットしたような状況であることなどを伝えて……それに関しては微妙な顔をされてしまったではないか。
そもそも金髪天使はここが崩壊し、それでマゾ狩り団体が崩壊した際には完全なる犯罪者にすぎないのであって、普通に罰を受ける側なのだから仕方がない。
もちろん協力的であった分だけ酷い目に遭わせるべきところをライトなお仕置きで済ませてやるのだが、それでも一応は『困ったこと』になってしまうというのが事実なのだ。
で、そんな金髪天使の思いについてはこれ以上気にしていても仕方がないということで、とりあえず引き続きの協力をせよということで命令のようなものを下しておく。
さて、次はルビア達の所へ戻って少しばかり話し合いをしなくてはならないな。
金髪天使も一緒に、俺が外に出て『捜索』をするための準備をするのだ……




