1249 実は同室の
「……う~む、他には居ないようだな、まぁそう易々と見つかるとは思っていなかったが、ここまでとはな……あと湯気と衝立のせいで良く見えないぞ」
「反響して話し声も聞こえ辛いからな、まぁそのお陰でこの至近距離では基本喋らないハゲのおっさんである主殿とまともに会話出来ているのだが」
「だからハゲじゃねぇって……っと、おいジェシカ、何か知らんが天使らしき野郎が入って来たぞ、ここは女湯だってのにどういう了見だよアイツ? ちょっとブチ殺して……」
「他人のことを言えた義理ではないし、そもそもハゲが天使をブチ殺したら大問題ではないか、というか、あの印がある、『小』の『2番』の神界人間を含むグループに話し掛けるようだぞ」
「ホントだな、フレンドリーな感じで近付いて……何だかキャーキャー言われてねぇか? 痴漢とか覗きに反応してというよりも……アイドルに遭遇したファンみてぇだな……」
シャワールームにはどんどん湯気が立って、さらに声などの音も大きく反響してしまうため詳細はわからないのだが、どうやらやって来た野郎の天使は女性収容者達から歓迎されているらしい。
キャーキャーと騒ぐ声の中に聞き取ることが出来たのは、『イケメン天使様』だとか『大天使様マジカッコイイ』だとか、そういったフレーズぐらいなのだが……まぁ、十中八九湯気の向こうに居るその野郎天使がガチのイケメンでモテていて、殺すべき存在であるということだ。
そしてそのイケメン天使とやら、野郎でありながらこの施設に居るということは、即ち収容者を管理する側の存在ということになる。
どのぐらいの身分の天使なのかはわからないが、少なくともマゾ狩り団体の構成員であるということは確実であって、最終的には無様に、薄汚い死体を晒しながらこの神界を去って貰うことにはなるであろう。
で、そのイケメン天使とやらを取り囲んでいる印付きキャラを含む女性陣は……どうやら素っ裸のままその天使に付いて行ってしまうようだ。
というか、良く考えたらジェシカも濡れ透けのコスチュームをもう一度着用するわけにはいかないので、ここから出る際には素っ裸で、ということになってしまうな。
それはまぁ別に良いとしても、あのイケメン天使とやらはせっかく発見した『印』を持つ収容者をどこへ連れて行くつもりなのであろうか。
ヘタにハゲのおっさんクリーチャーが入れないような場所に行かれてしまうのはアレなので、その前にどうにか……まぁ、ひとまず後を追ってみる他ないか……
「……出て行くな、よし主殿、私達も行くぞ」
「あぁ、ちなみにちょっと濡れているがバスタオルはあるからそれを巻いておけ、あの連中はそんなことも気にせず余裕で裸のまま出て行ったようだがな」
「うむ、あの天使、顔は良く見えなかったがたいした力の持ち主でないように思えるアレの登場にかなり興奮していたようだからな、私には『イケメン天使様に出会えてラッキー』だとか、『この後お仕置きして下さい』などといった言葉が聞こえていたのだが」
「なるほど、となるとどこかの個室に移動するんだろうが、天使エリアに行くようなことはないだろうし、俺達が一緒のルートを付いて行っても大丈夫そうだな」
「そのようだ、ほら、あっちの俯き加減、というかイヤでイヤで仕方ない感じの顔をした収容者が、主殿のような薄汚いハゲに引き摺られて、泣く泣く同じ方向へと移動させられているようだしな」
「あぁ、濡れ透けにされた後は風邪を引かないようにシャワーを、そしてそこで目を付けられると……って感じの日なんだろうな今日は」
「あの喜んで天使に付いて行った連中はそれで、ハゲに目を付けられる前に真っ当なビジュアルというか人気もあってイケメンの天使に出会えてラッキー……ということなのかな」
「まぁ、わからんが見失う前に行こうか、ほら、とっとと歩けこの雌豚がっ!」
「ぶひんっ!」
などというやり取りの後、俺とジェシカはいかにもハゲとそれに連行されている収容者のように振舞いつつ、未だにキャッキャと楽しそうな女達の後を追った。
そのまましばらく歩いたところで、何やら順番待ちをしているような行列があって……それに並んでいたハゲのおっさんをイケメン天使が蹴飛ばし、横入りのようなかたちでどこかに繋がる扉の前に立つ。
そして扉を開けるイケメン天使、その間に俺達も少し近付いたため、薄暗い館内ながらもその顔が比較的見えるようになって……うむ、確かにイケメンのようなのだが、その顔面はかなり加工されたものであるように思えるな。
おそらく化粧と魔法と、それから天使固有の力と神界の凄い加工アプリと、などという感じで本当の自分を隠蔽しまくっているに違いない。
だが収容されている神界人間にとっては見えているその姿が全てで、もちろん天使が使いクラスの魔法だの何だのを見破ることなど出来ていないはず。
そのせいでこんな『作り物の美』に騙されて、キャーキャー言いながらアイドルの追っかけのような態度を取っているというのか……しかもそのうちの1人が探していた『印』を持つ収容者の1人であると……
『キャーッ、キャーッ! さすがイケメン天使様!』
『この部屋の使用権を無理矢理獲得するなんてっ、凄い権力です大天使様!』
『早く、早く中へ入りましょう、そして鍵を掛けて誰も入って来ないようにしましょう!』
「……中に入ってしまったな、しかしあの感じ……主殿、どうも私にはあの天使にそこまでの価値があるように思えないのだが?」
「俺もそう思っていたところだ、中身はイケメンでも何でもねぇし、最悪ズラだろあの頭?」
「つまり化けの皮を剥がしてしまえば、あの『印』を持った神界人間も……」
「俺達の話を聞いてくれるかも知れないってことだよな、というか謎の洗脳的な何かから解放してくれた大勇者様として崇め奉られることになるかもだぞ、困るなそうなったら、誰か個人のための大勇者様じゃないんだよこの俺様は、あー困った困った」
「主殿、わけのわからない妄想はそこまでにしてだな、これからどうするんだ? 並んでいた連行者のハゲを失った神界人間達は余裕で逃げて行ったようだが」
「このままここで聞き耳でも立てておくか? あたかも部屋の空き待ちをしているかのように」
「ではそうしよう、何気に壁も薄いようで中の声が聞こえて……鞭で打たれている音と、それからその音に連動する喜びの声が聞こえるぞ」
「まぁそりゃそうだろうな、ドM認定されて拉致されて、それでこんな所に押し込められている神界人間が、自分よりも遥かに高い位を有していてかつ(表面上は)イケメンの天使にお仕置きして貰えているってことだからな」
「それで、私達はあの『印』を持つ神界人間の部屋というか収容されている房を特定するとともに、イケメン天使の化けの皮を剥いで……ということをしていくべきなんだな、なるほど理解したぞ」
「問題はどうやってそこまでやるのかだがな、ここで待っていても何も解決しないような気がするし……」
「しかし出て来るのを待つ以外にないのではないかと思うぞ、そして部屋が空いたら……そこに入ってしまっても意味がないな……」
「そういうことだ、自然な感じで後を追わないとならないんだが、それをするのは不自然すぎるぞ」
「部屋の空き待ちをしていたのに、いざ空いたらそこへは入らずに付いて来る変な奴等というのもな」
どうやって自然体で追跡し、『印』を持つ神界人間の収容者が最終的に行き着く場所を調べるのか、それを考えるのにはかなり時間を要するであろう。
というか、まず行動の制限がかなりアレで、俺はハゲのおっさんクリーチャーとして振る舞い、ジェシカは収容されている単なるドMの人間として振舞わなくてはならないという点に無理がある。
通常であれば、ここで突撃をかまして一気に部屋を制圧、イケメン天使の野朗は速攻でボコボコにして、化けの皮どころか全身の皮を剥ぎ取って残虐処刑してやるところだ。
しかし先に情報があったように、この神界人間の収容フロアはなぜか厳重に監視されているとのこと。
そこでムチャクチャをすればもう、あっという間に俺の正体がバレて、作戦が破綻してしまうことであろう。
しかしここで待っていて、それにも拘らず部屋には入らず……という行動も怪しすぎるし、何をしているのだこのハゲはと疑問に思われてしまうに違いない。
となると、部屋が空いた際に、イケメン天使とそれにシバかれて大喜びの女達が出て来た際に取るべき行動は……そうだな、空き待ちをし切れずにここでお仕置きを始めて、ちょうど良いタイミングでそれが終わって……というようなノリにしてしまおうか……
「……ジェシカ、すまないがちょっとここで酷い目にあって貰うぞ、部屋がどうこうじゃなくてこの場でだ」
「ここで……というとこの廊下の、いつ誰が通るのかさえわからない場所で痛め付けられるということなのか?」
「まぁ、そういうことになるが、イヤか?」
「イヤだなんてそんな、むしろそんなシチュエーションを体験することなど普通には出来ないし犯罪行為で捕まってしまうからな、すぐにやってくれ、ほら、この尻を叩くんだ」
「お、おう、そこまで乗り気なら問題はなさそうだな、だがしばらくは俺もハゲとして、無言でビシバシいかなくちゃだからな、ギブアップとか言われても受け付けないぞっ、この雌豚がぁぁぁっ!」
「ぶっひぃぃぃっ! こ、これは堪らないな……」
ノリノリで尻を突き出してきたジェシカ、バスタオルこそ巻いてあるがそれだけであって、引っ叩いた尻の感触がなかなかのものであった。
もちろんあの変態ゴミ天使……ではなく外見上のイケメン天使が出て来るまでこれを続けなくてはならないのだから、いきなりハードモードでいくと疲れ切ってしまいそうだ。
なので二発目からは軽くペチペチと叩いて、お仕置きするというよりもむしろその尻の触感を楽しむようなかたちでやっていく。
もちろんジェシカからは俺が遊んでいるということがバレバレなのであろうが、今の俺は物言わぬおっさんクリーチャー、しかもハゲなのである。
何を言っても、どんな抗議をしようとも無駄なことであって、こちらがやることを黙って受け入れていくしかない状況。
ジェシカはそれをしているのが仲間であって伝説の大勇者様であって、実質ご主人様であるこの俺様であるということを知っているのだからまだ良いであろう。
だが他の収容者、ドMと認定されて拉致されて来た神や天使、神界人間にあっては少しばかり、というか大きく事情が異なるのだ。
何だか知らない場所に連れて来られて、何だか知らない、しかも臭くて気持ち悪いハゲのおっさんに罵倒sされ、鞭でシバかれるなどの暴行を受けるという憂き目に遭っているのだからひとたまりもない。
しかもそれで苦しんでいる姿を見て『喜んでいる』という判定を受けて、これだからドMの雌豚はどうのこうのという扱いまでされて……おそらくプライドはズタズタであろうな。
などと考えている間にジェシカの尻を100叩きし終わり……というかまぁ、100叩きで止める必要はないのであるが、何となくそこで一度間を挟みたいということで手を止める……
「いてて……だがそこまで痛くなかったな、主殿……じゃなくてハゲ殿、手加減をするとは何事か?」
「・・・・・・・・・・」
「……少しぐらいは喋っても良いと思うんだが……ほら、今ハゲ呼ばわりしたことに対して、もっと厳しい尻叩きの罰を……主殿?」
「静かに、部屋の中で動きがあるぞ、きっとあのイケメン野郎が出て来るに違いない」
「っと、そういえば本来の目的はそれだったな、あまりにもアレで忘れてしまっていたぞ……ふむ、やはり出て来るようだ」
尻を突き出したまま、あまりにも早くこのお仕置きの時間が終わってしまったことを悔しがるような顔でそういったジェシカには黙るように伝え、その尻をギュッと抓りながらしばらく待つ。
部屋の中でドタドタという音と、それから最後に入って行った収容者全員の者と思しき悲鳴が順番に聞こえると、少し間を空けて扉が開いた。
最初に出て来たのは霊のイケメン天使で、張り付いたような笑顔……なるほど、色々と加工を上塗りしすぎているのか、そして表情を変えるとそれが簡単に崩れて……ということなのだ。
というか、それでは喋ることも出来ないのではないかと思うのだが……そこは何かで音声を作り出して、どうにか誤魔化しているのであろう、或いは口を動かさずに声を出す腹話術的なスキルを有しているか、その程度のことなのであろう。
で、今はそれをチェックしている暇ではなく、そのイケメン天使、ではなく外見上のイケメン天使に続いて出て来たターゲットの方に注目しておくべきだ。
天使の方は俺とジェシカが廊下で何やらしていることには目もくれず、ずっと自分の周りに居る神界人間の方を見ているようだが……全員かなりハードに鞭打ちされた形跡があるな、これで大喜びなのだからどうしようもない奴等だ……
「いてて、本当に厳しい罰を与えて下さってありがとうございますイケメン天使様」
『……なーに、このていどのことなら、いつでも、たのんでくれれば、やってあげる、よ』
「まぁ嬉しい、それではお仕置きありがとうございました、またお願い致します」
『……あぁ、それじゃあ、またこ、んどね、であったらこえをかけて、くれたま、え』
「はぁ~いっ、あら? 次に待っていた、というかハゲにまたされていた方、ここでお仕置きされてしまっているようですね、何だか申し訳ないことをしてしまいました」
「まぁ、密室でハゲとマンツーマンになるよりもここの方がマシなんじゃないかしら、あ、イケメン天使様ごきげんよう」
『……ごき、げんようぅぅぅ』
明らかに不自然な、まるで機械音声のような声を発しながら、手だけはしっかり振ってターゲットを含む神界人間らに挨拶する外見上のイケメン天使。
すれ違いざまに良くその顔を見てみると、どうしてこれで『ニセモノのイケメン』、『表見イケメン野郎』、『中身は超絶ブサイク』ということに気付かないのかという次元の粗雑な作りをしていた。
これはもう、仮面でも被った方がマシなのではないかという、加工技術の限界を迎えたその顔を見送りつつ、すぐに残されたターゲット達に視線を戻す。
ニセモノ、作り物のイケメン天使に鞭で打たれた痕を自慢し合いながら、その天使とは逆方向へ進み出しているターゲット達。
俺とジェシカもお仕置きの姿勢をやめ、すぐに後を付けるようなかたちで歩き出しつつ、その会話の内容を聞いておく。
というか、鞭で打つにしてももう少し上手いやり方があるのではないかと思うのは俺だけ……いやジェシカもそう思っていることであろう。
ターゲットが今仲間に自慢している腰付近の蚯蚓腫れは、間違いなく尻を打とうとして失敗してしまったものなのだが、それには気付かずにあの作り物をベタ褒めしているのが哀れだ。
このかわいそうなターゲットのみならず、あの作り物のイケメン天使に騙されている収容者を早く救ってやり、全員を俺のモノにしてしまいたいのであるが、まぁ、それをするとまたセラがうるさそうなのであまり言わないこととしよう。
で、そのまましばらく歩いて行くと、どうやら収容者を閉じ込めてある牢屋が並ぶエリアへ移動するらしいということがわかった。
いや、仲間の4人が収容されている牢屋に近付いていると言った方が正確であろうな、もしこれが自室? に帰るための移動だとしたら、ターゲットは思いのほか仲間の近くに居たということになる……
「……そこを曲がるか、主殿、やはりあのグループ、私達が入って居る牢に向かっているようだぞ」
「そうだったのか、ということは昨夜もあの中にターゲットが居たと……やはり服を着ていたらわからないものだな」
「うむ、『印』がある神界人間の収容者には何か特徴があるとか、そういったことは一切ないようだからな、本当にランダムに選ばれているとしか思えないぞ」
「まぁ、そういうことなんだろうな……っと、別のハゲが向こうに居るから少し黙るぞ、ジェシカはそのまま自分の牢に戻る感じで……やっぱり奴等もそうだったんだな」
仲間の4人が振り分けられた牢と同じ、そこの前でターゲットを含む神界人間収容者のグループは停止したのであった。
別のハゲとすれ違い、そのため完全なハゲのおっさんクリーチャーを装わなくてはならなかった俺であるが……どうもそのグループが、もちろんターゲットも含めて俺の方を見ているようだ。
何か不自然な部分があって疑われたのかと、そうも思ってしまったのだが、実際にはそのようなことはなかったらしい。
ターゲットを含むグループは単純に、自分達が入るべき牢の扉を開けるハゲがどこかに居ないのかと見渡していたところ、俺を発見しただけのようだ。
その目は『早く来いこの気持ち悪いハゲめが』というような感情が透けて見えるほどに冷たいものであって、ついでにそんなハゲに連れられ、しかも先程廊下で尻を抓られていたジェシカには、本当にかわいそうな者であるというような感情を持つ目線も送っている。
どうしてあのニセモノで作り物のイケメンに向ける視線と、大勇者様であるこの俺様に向ける目線がこうも違うのだと憤るが、今の俺は本当の俺ではない以上、仕方ないこととして諦めるしかないようだ。
そしてそんなターゲットを含むドMの、神界人間のグループに促されるようにして扉の前に立ち、持っていた万能の鍵を使ってそこを開いた俺は、ジェシカも一緒にそこへ残して一旦立ち去る。
次はあの結界増幅装置がある部屋での作業に復帰したであろう仲間達に、、事の顛末を伝えるのが俺の役目ということだ……




