1243 カギとなる者
『……んっ? おいおい、何か物音がしなかったか? 便所の中だぞ、誰か便所に入った……なんてことはないよな?』
『やべぇっ、だとしたら俺達がここでサボっていることがバレてしまうじゃないか、いや、こんな汚ったねぇ便所を使うのはどうせ俺達と同じぐらいのランクの奴等か、大丈夫なんじゃねぇのか?』
『そうだと良いがな、てかよ、誰かが便所に入ったんじゃないかと思ったらよ、俺もションベンしたくなってきたぜ』
『それはあるっ、むしろ俺もだ、ションベンして、ついでにその俺達と同じサボり魔にも挨拶しておこうぜ』
『あぁそうしよう、よっこらせっと……もう立ち上がるのも面倒臭っせぇな』
『違いねぇ、ギャハハハッ』
「・・・・・・・・・・」
予想外の事態が起こってしまった、潜入先でクリーチャーのような見た目を取り、正体バレすることのないようこれまで努力して来た全てが、どうしてもしたかったウ○コのせいで水泡に帰す、便所に流れてしまう可能性が出てきたのだ。
頭が悪いらしく外でサボっていたゴミのような天使共が、なぜか俺が便所に入った音を聞き付け、興味を持って中に入って来たのである。
神界においてはかなり汚らしい、というか見ずぼらしい方であると思しき公衆便所、しかしそれは爽やかな香りを漂わせ、俺達の世界であればかなり美しいと、美化の権化とも呼べるような上等なもの。
個室は広く、荷物置き場もあればその他諸々の設備も整っている、まるで使用された感がない究極の便所であって、いつそうしたのかわからないぐらい前に施されたらしい、三角織りの便所紙が目に入る。
そのような場所でウ○コをしようとしているのに、このときぐらい落ち着いて用を足したいというのに、どうしてあの馬鹿共は余計なムーブを決めるというのだ。
早く出て行けと、ションベンだけ垂れ流してまた元の配置に、誰にも見つからないサボりスポットに戻ってしまえと、そう切に願う俺の心は……容易に裏切られてしまった……
『あれっ、居ないんじゃねぇの? えっ? もしかしてもしかしてっ! これはぁぁぁっ!』
『ウ○コ? ウ○コ? まさかのウ○コなのかっ?』
『マジでウ○コだっ、ウ○コしてやがんぞ誰かっ!』
『やべぇぇぇっ! ウ○コマンが出たぞぉぉぉっ! おぉぉぉいっ! 誰か来てくれっ、ウ○コしてる奴が居るぞぉぉぉっ!』
『ウ○コ! ウ○コ! あっそれウ○コ! ウ○コ!』
「・・・・・・・・・・」
『おい誰だよウ○コしてんのはよっ、早く出て来て顔見せろやおいっ』
『いやいや、顔がウ○コなんじゃねぇのか? こんな所でウ○コするぐらいだ、もう全身ウ○コ塗れでとんでもねぇことになった奴なんだろうよきっと』
『汚ったねぇっ、おいっ! もう諦めて出て来いっ、今日からお前のことウ○コ野郎って皆で呼んでやるからよっ! おいっ!』
「・・・・・・・・・・」
『……チッつまんねぇ野郎だな、ここで待とうぜ、そのうちに痺れを切らして出て来るだろうからよ』
『違いねぇ、覚悟しやがれってんだこの激クサウ○コマンがっ』
これは明らかに持久戦だ、もしここで俺の方がポッキリ折れて個室から出てしまうようなことがあれば、それこそ俺のこの先の人生はウ○コに染まってしまうことであろう。
この小学生のようなノリの馬鹿共が、俺のことを言いふらしてその噂が組織全体に広まって、毎日毎日ウ○コウ○コと言われ続けることは間違いない。
……いや、そもそもそれどころではないような気がしてきたな、まずどうして俺がウ○コをしようとしているのを他者に見られたくなかったのか、その前提条件がかなり特殊なのだ。
俺が化けているハゲのおっさんクリーチャーは、いかにもウ○コばかりしていそうなビジュアルであるにも拘らず、ホンモノであれば何も食さない、そしてウ○コをするという無駄な機能も搭載されていないのである。
このハゲは最初に与えられたエネルギーが続く限り動いて、用済みになるかエネルギー切れになるかすればそれで退場という、キモくも悲しいバケモノでしかないのだから。
そして現状、もしこの場で俺がウ○コバレするに至った場合には、それこそ完全に俺が実はそのクリーチャーではないと、この天使共に対して公言しているのと同じことになってしまうのだ……
『……まだ出て来ないってのかこの野郎、どこの天使なのか知らんが、こっちだって暇じゃ……いやすまん、めっちゃ暇だったわ俺達』
『まぁな、となるとここで終業時間まで暇を潰すしかねぇな、面白い噂話もタップリとあることだしよ』
「・・・・・・・・・・」
ここで更なる状況の変化があった、このまま長期戦に突入することには変わりないのであるが、どうやら俺の目の前で、この連中は『噂話』のようなものをしてくれるらしい。
もちろんそれはこのマゾ狩り団体のことであって、俺どころか通常はこのような下っ端連中が知り得ないような内容のことを、どこかから流れてきた情報から推測するなどして勝手に話を膨らませたものなのであろう。
となるとかなりいい加減で、まるで根拠のない盛り盛りに盛った話ばかりを延々聞かされることとなるのは間違いないが、それでも聞いておく価値はある。
火のないところに何とやらというか、少なくともその『噂話』の元となる情報が何かあって、それが流出していない限りは、このような馬鹿共がその話題を持ち出して、どうこう話しすることはないのであるから。
つまり、この人生最大のピンチ、ウ○コマンにされつつ最悪正体バレしてしまう可能性があるという危機的状況が、一転して情報収集のチャンスになったということだ。
これまで以上に息を殺し、馬鹿共が何を語るのか、その話の内容にどこまで信憑性というものがあるのかを十分に吟味して、この後の活動に繋げていくこととしよう。
もっとも、(社会的に)生きてここを脱出するのが最優先ではあるのだが……まぁ、万が一の場合にはもう、この潜入作戦始まって以来の『殺し』をして切り抜ければ良いのだ……
『それでよっ、それでよっ、実はこんな噂が立っているのを知っているか? まぁ知っているのかもだが、実はこの団体の最高幹部クラスの神様がよ、実はとんでもねぇドMなんだってよっ』
『馬鹿だなお前、そんなこともう誰だって知っているぞ、本当に馬鹿だなお前、この馬鹿!』
『チッ、そこまで言うことないじゃねぇか、しかしどうしてそんな話になって、誰が確認したってんだよそんなこと? めっちゃひた隠しにするはずだろうが上層部とかがよ』
『確かにな、だがそれがよ、この間結構上の方の存在だった、っつっても中間管理職ぐらいであって、俺達みたいに組織図に名前も載らないような居ないのとほぼ同じ存在じゃなくてそこそこの奴なんだがよ、ドMであることが発覚して収監されてしまったんだとよ……で、その神様ってのもどうなのかって、燻っていた話がまた再燃する感じでよ、もうほとんど確定みたいになってんだコレ』
『ケッ、それって誰も確認していないで、結局噂が超絶走ったから事実みたいなことになっただけじゃねぇかよ、風説の流布でとっ捕まって追放されんぞ、俺達みたいなのがそんな話をしていたら』
『それもそうか……って、今のお前が言い出したんじゃねぇかっ!』
『おっとそうだったそうだったやべぇやべぇ、気を付けねぇとな』
別に気を付けて頂く必要などないし、もっとここでくだらない噂話を垂れ流して欲しいとは思うのだが、この件に関してはもう俺も知っていることなのでどうでも良いことだ。
この連中にはぜひ、この後もこれとは無関係のいい加減な噂話をして、俺におぼろげながらも可能性のある、真実らしい情報を提供してくれることを期待する。
で、一瞬だけ『気を付けなくては』という雰囲気になったのも束の間、やはり馬鹿は馬鹿であったらしく、また再び調子に乗り出した様子で会話を始めた天使共。
そういえばこんな話、知っているか? というフレーズから始まる、尾ひれが付いて収拾が付かなくなったような他愛もない話を始めるようなのだが……あまりにもつまらない話が多いな。
今度連れて来られた天使が可愛いとか、神界人間の中にも従順そうで、出来ればそこに付いているハゲのおっさんクリーチャーを排除してでも自分が監視したいとか、本当にどうしようもない話ばかりだ。
これを聞かされるならもう、この連中を始末して仲間達の元へ戻って……と、そういえば仲間達は今どうしているのであろうか。
ここに来てからおよそ10分程度、ウ○コをするには少し長すぎる、いや現代人にとっては適切なのかも知れないが、とにかくそれなりに時の経過があったはずだ。
となると、俺の帰還が遅いことを心配した金髪天使や新しく作戦に参加する4人がこちらへ向かって来ている、向かい始めた頃なのではないかと考えて良さそうなところ。
まぁ、確実にやって来るであろう金髪天使の到来が、このフェーズの実質的な終了ということになるであろうな。
このサボってくだらない噂話を、先程からずっとションベンを垂れ流しながらしているらしい馬鹿な最下層の天使共は、少しばかり上位に位置する天使にそのどうしようもない姿を目撃され、上に報告されて放逐……という末路を迎えるはずだ。
その瞬間まではもうあまり時間がないとは思うが、どうせそうなのであれば今しばらく、この連中の馬鹿話に付き合ってやることとしよう……
『それでよそれでよ、知っているか? これはぜってぇ知らないと思うんだがよ』
『何だよ? またどうでも良いクソみてぇな話か?』
『そうじゃねぇよ、実はな、最近気を付けろって言われているアレ、クリーチャーが襲撃されて、集めて来たドMを変な奴等に奪われるって話があっただろう?』
『あったあった、だが俺達には関係のないことだぜ、なにせハゲのおっさんクリーチャーよりも低脳だという理由で、こういう誰も来なさそうな場所の監視業務を無報酬で受けなくちゃならないぐらいの落ち零れなんだからよ、そもそもこの結界の外に出たのさえ最後はいつだったかって感じだぜ』
『まぁそりゃしょうがねぇよ、もっとも俺達だって本気になればハゲのおっさんクリーチャー程度は……と、それは良いだろう別に、とにかくよ、そこで拉致されちまった神界人間がよ、さっき言っていたほら、その言ってはいけない噂話に出て来る神様、そのお方が居られる場所へ行くためのカギになるはずだったって話だぜっ』
『ギャハハハッ、何だそれ、眉唾どころかどんな妄想だよっ? 馬鹿なんじゃねぇのか? 神界人間がそんな重要なカギに? 頭悪いにもほどがあるぜっ、お前、ちょっとその辺の建物からダイブして頭部を強打しておいた方が良いぜ、ちょっとは賢くなるかもだからなっ!』
『はぁ? 何だとテメェオラァァァッ! 殺んのかボケェェェッ!』
『ちょっ、キレてんじゃねぇっ、ションベンが飛び散って……殺すぞオラァァァッ!』
『上等じゃボケェェェッ!』
何やらどうでも良すぎるところから争いに発展してしまったらしいサボり魔の最下級天使共であったが、そもそもこいつ等はどれだけの長期に渡ってションベンを出し続けていたというのだ。
10分、いやそれ以上、ずっとCHING-CHINGを丸出しにした状態で便器に向かい、汚い汁を垂れ流しながら会話をしていた馬鹿、というのを想像すると吐き気を催す。
で、殴り合いになっていて、どうやら本当に相手を殺害するつもりで戦っている様子の馬鹿共であるが……そのせいでとある気配の接近に全く気付いていない様子。
俺のことを心配してくれた、というわけではなく単に戻って来ないのを不審に思った金髪天使が、銀髪天使が目を覚ます前にということで様子を見に来たのであろうといった感じである。
それがもうすぐそこまで来ているというのに、個室の外で争っている馬鹿共はお互いにボロボロになりながら、最後の最後まで周りのことを一切気にせず戦い続けるつもりらしい……
『オラァァァッ! マジで死ねやこのボケェェェッ!』
『ギョェェェェッ! めっ、目玉が飛び出て……これ自然回復すんの相当時間掛かるだろぉがぁぁぁっ! お前こそ死ねボケェェェッ!』
『ギャァァァッ! 脳漿が飛び散って……馬鹿になったらどうすんだこのハゲェェェッ!』
『ぶっちゅぅぅぅっ! もっ……元々馬鹿じゃねぇかお前……グフッ……』
『ちょっとあなた達! 何をしているのですかそんな所でっ⁉ 何で死にかけながらタイマンをっ?』
『あっ、あげげげっ……う……ウ○コ野郎が……個室に入って……』
『その正体を見ようと……して……』
『……それでそこからどうなってそうなるというのですか? まるで意味不明ですし、あなた達がここでサボっていたのは明白ですね、とっとと持ち場に戻って下さい、は、このままだと死ぬ? 自業自得です……それからこの件は上に報告させて貰いますので、今日の業務時間が終了したら直ちに荷物をまとめておくことをお勧めします! クビになったら時間内に退去して頂かないとなりませんからっ!』
『そ、そんな……ちょっとまっ……』
『誰が待つものですかっ! とっとと戻りなさいこの下等な天使がっ!』
『ひっ、ひぃぃぃっ! げぼはっ……』
『うぅぅぅっ……し……死ぬ……』
『……どうやら行ったようですね、災難でした、もう出て来ても大丈夫だと思いますよ』
「あぁ、だがまだウ○コしている最中だからちょっと待ってくれ」
『どれだけ汚らしいというのですかあなたは? とにかく、早くしないと私の同僚の銀髪天使が目を覚まして、以上に気付いてしまうこともあり得ます、急いで下さいっ』
「へいへいわかったよ、ほれブリブリっと」
ひとまず危難は去ったように思えるのだが、結局ウ○コしているところをこの可愛らしい金髪天使に確認されることになってしまったではないか。
とはいえ、コイツは先程までの馬鹿な連中とは異なり、まるで小学生のように俺をウ○コ野郎呼ばわりしたりなどしないはずだ。
ということで個室から出た俺は、なかなかに凄惨な現場になっているその公衆便所の床の、少なくともションベンや血飛沫が付着している部分を回避して通過し、どうにかこうにかそこから脱出することが出来たのであった。
ただ単に人として、生物としてウ○コをしたかっただけであるというのに、たったそれだけのことでどうしてこのような目に遭わなくてはならないというのか。
その原因となった馬鹿共は、おそらく今日中にこのマゾ狩り団体から除籍され、殴り合いによってボロボロの状態になったまま、その傷が癒えないままに放逐されるはずなので、間接的に復讐を果たすことは出来たと言って良さそうなところだが……やはり納得がいかない。
居なくなってしまう、そしてきっと野垂れ死にしてしまうのであろう奴等の代わりに、この団体に所属している似たような奴を見繕って、後程極めて残虐な方法をもって処刑していく必要がありそうだ。
で、それとは別にもうひとつ、奴等の最後の置き土産というか何というか、俺と新しく潜入した仲間達も目撃したあの人攫い……というか何というかに関することと、そしてドMでありながらマゾ狩り団体の幹部であって、地下深くから接続された亜空間に閉じ籠っている神、その関連についての話を、少なくとも仲間とは共有しなくてはならないことであろう……
「……と、いう感じの話だったんだよ、あながちスルー出来ないような内容だろう?」
「確かにそうですね、私が調査している件でも、一般の神界人間の収容者においてその適合者を選定し、それをカギとして扉の封印を成す……というような情報がありましたから」
「でさ、もしそれが予め選定されていた、捕まった瞬間に、いやもっと前の襲撃および拉致の段階からカギになることが決まっていた者でさ、あのわけのわからない……ってお前は知らないか、とにかく神界の聖なる野盗? みたいなのに連れ去られてしまったとしたら……」
「普通にヤバすぎる事態ですね、このマゾ狩り収監施設の重要な、本当にクリティカルな部分に至るためのカギを、そんなわけのわからない下等生物の群れに奪われてしまったということですから」
「だろう? だがもしそれが本当ならチャンスでもあるぞ、こっちで勝手に動いて、そのカギとなる神界人間をゲットすることも、そのまま味方に引き入れることも可能かも知れないわけだからな」
「えぇ、そうなるはずです、ですが……結界の外での活動、しかも本来業務であるマゾ狩り以外の仕事となると……」
「資格外活動許可でも必要だってのか? 取って来いよそんなもん、或いは馬鹿上司を買収してしまえ」
「わかりました、まだまだクズのダメ上司は沢山居ますし、そういう方に限って無駄に権力を握っていますから、ここは賄賂でどうにかしていきます、それともうひとつ……」
そこからは金髪天使の調査に関する話であった、どうやら俺が居ない間にも、真面目に文書保管庫などに通って情報を集めていてくれたらしいのだ。
で、新たに分かった情報としては、ドMであって幹部でもある神が居る亜空間への扉を開く鍵となるべき者は全部で6名、つまりおっぱい3人と尻が3人、あの祭壇の窪みに適合する者であるということがわかったのだという。
だがそこまではおおよそのことが予想出来ていて、肝心なのはここからということである。
どうやらその『カギ』になる者は時折変更され、まるでパスワードの数字のように選定されていることがわかったらしい。
だとするとその攫われてしまった『カギとなる神界人間』をこちらで押さえても、その者が外されてしまえば無意味になってしまうということであろうか。
そうなると色々策を講じるだけ時間の無駄になるかも知れないが……いや、それが戻って来る、というかこの施設に入れられるようなことがあれば、また話は変わってきそうな予感だ……




