1237 ご新規さんは
「……とりあえず戻って来たが……どうもこのさっきより臭くなっていないかこの場所? 何というかその、おっさんの臭いがより染み付いたというか……気のせいじゃないよな?」
「えぇ、確かに臭いですよ、ご主人様も今の状態だとそこそこ臭いですけど、その臭いが何十にも重なったような臭さが、ちょっと窓を開けてどうこうなる程度じゃなく充満しています」
「俺も臭いのかよ……ってのはしょうがないな、わざとそうしているんだから、しかしそれと同じような臭いだと思うんだが……やっぱり居ない間にここが大量のハゲによって捜索されていたということなのか?」
「それ以外に考えられませんね、あの装置をちょっと破壊したということに気付かずに、この部屋のシステムが、『M』の力を抽出する良くわからないテクノロジーが破綻したんじゃないかと踏んで、ひとまずチェックを掛けたんじゃないかと」
「……なるほど、しかし俺達がこんなことをやっていることにつき、物的証拠になるようなものは残していないからな、捜索しただけ無駄になったということだ」
「こんなにも臭くなるという被害は生じていますけど……とりあえず除菌、消臭、消毒をしておきましょう」
「ルビアお前どっから出したんだそのバ○サンみたいなの……」
例の場所からここまで戻ってくるまでの間に、間違いなく大量のハゲがここに侵入して、そのおっさん臭さを撒き散らしながらそこら中をベタベタと触っていたのであろう状況。
このままこんな場所で生活していてはひとたまりもないし、わかのわからない菌によって汚染されてしまう可能性もあるので、ルビアが隠し持っていた清潔用のアイテムで丸ごと浄化していく。
しかし、どうして美しいはずの神界いおいても、いつもと変わらず不潔極まりないバケモノを相手にしなくてはならないのか、そういった連中に対処しなくてはならないのかが非常に疑問だ。
もっとも、その方が『俺達の活動を阻む敵である』ということを認識し易いし、そうであるというだけで悪認定しても良いものであるから、わかり易いといえばわかり易いのであるが……だからといってやりすぎである。
で、消毒を終えて完全に浄化した室内で、念のため俺はいつもの状態、ハゲのおっさんクリーチャーの雰囲気を醸し出して待機していた。
そのうちに俺達の帰還を察知した奴が、もちろんハゲがここに押し寄せて何らかのアクションを……と思ったのであるが、どうやらそうではなかったらしい。
しばらくしてやって来たのはハゲではなく美しい天使、もちろん女性の、ドS感たっぷりの金髪天使お姉さんであった……
「ようやく帰って来ましたか、もう待ちくたびれて引っ込んでしまっていたのですが、ひとまずおかえりなさい先輩」
「あら、あなたはこのマゾ狩り団体で私の後輩になった天使じゃないですか? どうしたというのですか? この独房はかなり荒らされているようなのですが、何か問題でもありましたか?」
「問題があったどころの騒ぎではありませんよ、先輩ったらいきなりドM堕ちなんかして、それでこのわけのわからない、どういうわけか『M』の力の抽出量がハンパでないハゲの所に……しかも今回の件! どういうことなんですか? 説明して下さいっ!」
「今回の件……というのが何なのか、私にはわかりませんね、少し詳しく説明して頂かないと困ります」
「惚けないで下さいっ! ちょっと先輩、今の立場をもう十分にわかっていることとは思いますが、そういうことなら良いでしょうっ、失礼してっと……これから先輩を拷問しますっ! まずは吊るし上げてこの鞭で痛め付けますからっ、耐えられなくなったら自分が何をしたのか、何が目的であったのかを白状して下さいっ!」
「あ、ちょっと……ひぃぃぃっ! 縄が食い込んで……効くっ……」
「本当にこのようなドMになってしまっているとは、後輩として情けない限りですよっ! このっ、どうですかっ!」
「ひぃぃぃっ! 鞭で打たれて……あぁぁぁっ! もっとぉぉぉっ!」
「……困りましたね、ハードに鞭打ちすれば、すぐにあの装置の破損に関して白状すると思ったのに……しかもイマイチ『M』の力が抽出されていません、やはりこのハゲに任せた方が……いえ、そんなことがあって良いはずは……ないですねっ! このまま鞭打ちを続けますっ! それっ!」
「ひぃぃぃっ! ひぃぃぃっ!」
何やら意味不明な葛藤をしながら、縛って天井から吊るし上げた看破の女神お付きの天使をシバきまくる金髪天使お姉さん。
どちらかというとこちらの天使の方が先輩のようなビジュアルなのだが、立場としては後輩で、しかも先輩のことがそこそこ好き……であったと考えて良さそうな雰囲気だ。
しかしそのマゾ狩り団体における先輩であった天使が、このような情けないことになってしまっていることに怒りというか憤りというか、そういった感情を持っているのもまた非常にわかり易い。
この状態からはもう、元の関係に戻ることが出来ないということをわかっているのも、また『先輩』をハードに鞭打つ原因のひとつなのであろう。
しかしその金髪天使の怒りや憤りの最たる部分は、やはり慕っていた先輩が、どこからどう見ても普通のハゲに、どうしようもない存在であるクリーチャーにしか見えないような俺によって、極めて大量の『M』の力を抽出されているということだ。
この感覚は今鞭打たれている天使が俺に敗北した、そしてドM堕ちした際と似たような感情であろうということは、今この場でその光景を見ている誰にとっても明らかなことで……つまり、この新たに出現した天使もこちら側に引き込むことが出来るのではないかということである……
「このっ! このっ! 先輩はどうしてマゾ狩り団体を裏切るようなことをっ、あの結界増幅装置におかしなことをっ、したんですかっ?」
「あひぃぃぃっ! そ、それはその、何というか……その……」
「答えられませんかっ? 先輩だってわかっていたはずですよね? あの装置によってこの施設の安全が保たれているということを、声だけで私達に指示を出している、幹部クラスの神様があの装置をかなり重要なものと位置付けていることをっ! なのにどうしてそれにあんな適当なことをっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ、悪気はなかった……ように思えます、たぶん、知りませんけど」
「……これはもう明らかに悪戯した感じですね……先輩、怒らないのでちゃんと答えて下さい、主君のためを思ってこの団体に加入した、これからずっとその主君を支えていくために収監するという素晴らしい選択をした先輩が、どうしてこのようなことに……私は本当に先輩の味方でありたいと思っていますからっ!」
「……そうですね、神様方、どう致しましょうかこの状況?」
「……いえ、少し考えさせて下さい、出来ればひと晩とか、そのぐらいの長期に渡って考える時間を下さい」
「舐めないで欲しいですっ! 神様方とはいえ今は私が責める側! 正直に答えないとこうですっ!」
「ひぎぃぃぃっ! 何なのですかこの痛いだけの鞭はっ!? 愛がないですよ愛がっ、ひゃぁぁぁっ! お助けをぉぉぉっ!」
どうやら金髪天使はかなり怒ってしまった様子であって、この状態で何を言っても無駄だし、様々なことを信じることなく俺達の妨害側に所属し続けることであろう。
これを落ち着かせるためにはまず、しばらくの間神々や先輩天使を鞭打つことで満足して貰わなくてはならないのだが……それがいつになるのか全く持って不明だ。
そしてこのままだと神々や天使だけでなく、念のため俺の後ろに隠れて事態の推移を見守っているルビアにも累が及んでしまうこととなる。
いくら究極のドMとはいえ、こんないい加減な、単に怒りに任せて振り回しているだけの鞭に当たりたくないと思っているのは明白で、もしそのルビアにも鞭が飛ぶようであれば、俺が身を呈して守らなくてはならない状況。
となると、やはりこの場でこの金髪天使をストップさせるべきなのであろうか、だがどうやってそうするべきかを考えている間に、その天使の視線が俺の後ろのルビアへと移ったのであった……
「あなたもっ! ここに連れて来られてからずっと『好成績』をキープしていたようですが、ふざけたことをする限り罰を与えなくてはなりませんっ! この神様方のようにここに並んで、鞭を受けて頂きますっ、さぁっ!」
「あっ、ちょっとそんな……あなたのような乱暴な方にそういうことをされたくはありませんね、手を離して下さい」
「なっ……この施設内で監視者に逆らうというのですか? 良いでしょう、では無理矢理にでもっ……なんとっ、凄いパワーで……ふぬぬぬぬっ」
「イヤだと言ったらイヤなのです、というかむしろ、今見ている限りだとお仕置きされるべきはあなたかと、違いますか?」
「そんなっ、私はこのマゾ狩り団体の構成員で、あなた方とは違ってドSキャラで……あるはずなのですっ!」
「・・・・・・・・・・」
「何を見ているのですかそこのハゲ! 言いたいことがあるのなら言いなさいっ! もっともそのような機能は搭載されていない、単なるクリーチャーだとは思いますがねっ! フンッ!」
何か少し、この金髪天使の『本当の中身』が見え隠れしているような気がしてならないのであるが、今の俺が何かを喋って、それを直接指摘してしまうわけにはいかない。
だがもちろん俺以外にも、つい今しがたの発言の不自然さを見抜いた者は居るはずで……どうやらアホで馬鹿でどうしようもない俺達の世界の女神も、何か引っかかるところがあったように感じているらしいな。
そしてその女神が、やはり隠して持ち込んでいた、というか常時使えるようにしている亜空間から取り出したのは、この神界において何度もキーアイテムになってきた、そして強化もしてきた鏡である。
もはやかなり巨大なものになってしまっているのだが、それでも当たり前のようにポケットにINして持ち歩いていたらしく、その出現と同時に仰天する金髪天使。
とはいえそんなことで驚いていたら俺達の相手など出来ない、すぐにその鏡に映し出された、金髪天使の『隠れた本性』が暴き出されたことによって、さらにもう一度ビックリ、どころか気を失うのではないかという程度の驚きを見せる。
俺達もすぐにその鏡の中の金髪天使を確認したのであるが……それが『マゾ狩り団体所属のドS天使様』に見えることはなかった。
その今現在実物がそう装っているものの代わりとして鏡の中にあったのは、部屋着なのであろうか、『先輩LOVE』と書かれた裾の長いピンクのTシャツを着込んで、それ以外には先輩、つまり看破の女神お付きの天使の似顔絵入り靴下、さらにはTシャツと同じ文言を入れた鉢巻のみを身に着けた、あまりにもキモい姿のそれ。
慌てて鏡を破壊しようと試みた金髪天使、だが強化を繰り返し、激しい戦闘にも耐え得るものとなった現在の鏡に対して、貧弱な天使の攻撃などが通用するはずもない。
簡単に弾き返された金髪天使の攻撃に対し、女神はカウンター攻撃なのか何なのか、鏡を操作してその中にあるビジュアルを、金髪天使の現物と置き換えるシステムを使用し……こちらは簡単にヒットしたようだ……
「ひっ……ひぃぃぃっ! 何なんですかこの格好はっ? 今は職務中だというのにっ、どうして『先輩LOVEスタイル』の部屋着がぁぁぁっ!」
「……あの、あなた少しキモすぎるのですが……何なんですかはこちらの台詞ですよ、まぁ、薄々察してはいましたが、そこまでアレな感じに拗らせてしまっているとは思いませんでした」
「いやぁぁぁっ! せ、先輩に見られて……そんなっ、もうこの神界に生きることなど出来なくなりましたっ! 自害します自害!」
「あ、はいではこちらのクスリをどうぞ、一気にいってしまって下さい」
「ありがとうございますどこかの神様、この恩は転生した際にも忘れず、必ずや神様の信徒に……ってこれドM堕ちのクスリじゃないですかっ!?」
「バレてしまいましたか、でも凄く良いモノなのでグイッとどうぞ、私達の仲間になりましょう、いますぐにです」
「こんなやべぇクスリなど使わなくとも、私は先輩に言われさえすればその、すぐにでも自力で……」
「……では私の言うことを聞いて下さい、あなたはもう私達の味方として、しかも私とは違ってマゾ狩り団体の構成員を続けたまま、『計画』に参加していくことになります、良いですか?」
「何だかかわかりませんが承知しました、ひとまず何をすれば良いのですか?」
「・・・・・・・・・・」
「ちょっと! 何見てんですかこのハゲ! あなたには関係がないでしょうにっ! 消えろっ! 窓から飛び降りて消え失せろこのハゲ!」
「いえ、それが関係がないとは言えなくてですね……ここから先はもう、神様方から説明して頂いたほうが良いでしょうね実際のところ……お願いします」
「ではこの件に関しては私から」
そう言って前に出たのは看破の女神、他の神々に対してだと、マゾ狩り団体の関係者という立場から反発する可能性があったのだが、コイツであればそこまではないと判断して、皆それを肯定する。
先輩である天使のことが好きすぎて、もはや気持ち悪い領域に達してしまったことが発覚した金髪天使としては、その先輩の主である神に逆らうようなことは出来かねるということだ。
すぐに今回の件がどういう意図で行われて、どうしてあの装置を悪戯的に、不具合が起こるように仕向けたのかなどが説明されていく。
その間、金髪天使は呆然と話を聞いていた……というかむしろ、もうまともに話を聞くことが出来るような状態ではないなこれは。
まさかマゾ狩り団体が捕まえて来た神々が、そしてその神を、神のために捕らえたと言って、団体に積極的に協力していた先輩天使が、そのようなことを画策しているとは思わなかったのであろう。
寝耳に水ではないが、どうしても理解しようという気持ちよりも驚きの方が勝ってしまうのは仕方のないことで、それはこちらにとってあまり良くないことでもある。
この金髪天使は先輩であって、好きであった相手の意思に従うと宣言したのであるが、その際に想定していた『お話』の内容を、軽く飛び越えてあり得ない次元の説明を受けているのだから……
「……まずはここで話を切っておきましょう、理解に至るまで時間が掛かると思いますので」
「……あの、ということはですね……先輩や先輩が仕えている神様は……このマゾ狩り団体を壊滅させるおつもりと……いうことなのですか?」
「そう……なりますね間違いなく、ですが私としても神様としても、その方が良いという判断をしているわけであって、これは真実に気付いた、というか圧倒的な力の差を直に見せ付けられた私の判断であって、間違っているものではないと思っています」
「しかしっ! 団体はこれから神界上層部のバックアップを受けてっ、もはや『公認サークル』のような存在に成り上がるとっ……そうではありませんか? いえそうだと思いますが、どうなのでしょうか?」
「そうはならないのですよ、きっとそうはなりません、そう信ずるに値するのがそこの……」
「このハゲなのですか? 何か特殊なハゲであるということはこれまでのデータから明らかなのですが……しかしハゲはハゲ、どうしようもない役立たずの、いつ死んでも誰も惜しいと思わないようなゴミクズで、今でもこうやってあり得ない体臭を振り撒く不潔極まりない存在なのですよ、それがどうして?」
「……実はそのハゲ、本当のハゲではないのです」
「本当のハゲではない……どういうことなのですか一体? 説明して下さいっ!」
「そうですね、説明するというよりは実際に見てみた方が早いのではないかと思います、あの、大勇者様」
「……良いだろう、これが俺の本当の姿だ、どうだろうか?」
「なんとっ⁉ このハゲはハゲではなくて……でもメチャクチャ臭いのは変わりませんね、不潔極まりないゴミです」
「いやそれはアレだ、ちょっと効果が消えるまで時間が掛かるし、あとアレだ、この本来の姿を認識していれば臭くないから、そのうち臭くなくなるから」
「本当ですかね? というか、リアルにどういうことなのですかこれは? イマイチ理解出来ませんし、何が起こっているのか全く……いえ、少し疲れてしまいました……」
度重なって受けたショックによってフラフラと、今にも倒れてしまいそうになっている金髪天使であったが、どうにかこの件に関しての詳細を理解しようと努力はしているような感じだ。
ひとまずその辺に座らせて、さらに今回の俺達の計画を詳しく、そしてその方が正解であって勝ち目であるということを伝えていく。
徐々に納得しつつあるのか、それともやはり懐疑的で、むしろマゾ狩り団体から離れてしまった先輩天使を引き戻そうと画策しているのかといったところであるが……どうも前者の可能性が高そうだな。
これまではこの施設のどこかに隠れている、顔さえ見えない何かの神、しかも声だけであってそれが本当に美しい女神なのかもわからない者の指示に従って、様々な活動をしてきた金髪天使。
それを今、目の前で複数の神々、そして尊敬し敬愛していた先輩天使から否定され、心は揺れ動いているに違いない……
「……えっと、何となく事情はわかりました、つまり、あなた方は最近話題のホモだらけの仁平神様の一派であって、そしてこのハゲであったゴミがそこに属する勇者であって……ということなのですね?」
「相変わらずゴミ扱いかよ、いや、まだちょっと臭いかもだけどよ……」
「あなたはお黙り下さい、臭いです、しかし……先輩がそうだと仰るのなら、私の方ではあまり否定したくないというか、それに賛同したいというか……」
揺れ動いているのは確かだが、なかなかこちらには転ばない金髪天使、だがあとひと押しなのはもう言うまでもない……




