1230 施設へ向かう道中で
「よしっ、じゃあ出発して、町を出てしばらくしたところで転移ゲートを出して貰って、そこから敵施設のすぐ近く、マップで言うとこの谷の所まで移動しよう」
「さすがにその位置なら敵の見張りもないでしょうね、えっと、結界の範囲がここで、その結界の出入口がここで……うん、完全に死角になっています、大丈夫でしょう」
「ちなみに結界の出入口って、どんな感じになっているのかしら?」
「見えない壁の中に見えない扉があって、そこを通過しようとする者が居た場合には、見張りの天使が本部に連絡して、問題がないという伝達があったらそこだけチョロッと開いて……みたいな感じでした、私が捕まってしまったときには」
「なるほど、ちなみに連行したのはどんな敵でした? 同じ天使とか、神々が直接引っ張って中へ、みたいな?」
「いいえ、私の場合には、というか昨夜話していてこちらの天使達も同様であると知ったのですが、町に放たれていたハゲのおっさんクリーチャーに捕まって、そのままおっさんに連れられて施設に入りました」
「ふ~ん、捕まえた奴が自分で、自分の手柄として連れて行く感じなんだな、ちなみにそのとき、合言葉みたいなのはなかったか?」
「なかったと思います、そもそもハゲのおっさんクリーチャーは『喰らえっ! 反省しろっ!』とか『この雌豚がっ!』とか、一般的であって日常生活で良く使われる単語以外には発することが出来ないようですから」
「その単語は日常生活上ほぼほぼ出てこないものだと思うんだが……まぁ、そういうことであれば逆に好都合だな、喋り口なんかでバレにくくはなるから」
拠点にしている町から馬車で移動しつつ、そんな話をして追加の情報を、潜入する俺やルビアの正体がバレてしまわないための、施設に関する詳細な情報をゲットしていく。
俺が化けるハゲのおっさんクリーチャーは誰がどのような目的で、何を思って創り出したのかはわからないが、話を聞く限りではそこまで高度なモノでもない、俺達が組み上げた巨大ゴーレム以下のものなのであろう。
もっとも、喋りはしないものの何らかの方法で創造主であり、マゾ狩り団体の中で上位に位置している神と通信している可能性がないわけではない。
そしてもしもそうであった場合には、俺が何やら怪しい、本当はハゲのおっさんクリーチャーではないのにその格好をしているだけの侵入者であることなど、一撃で看破されてしまうのは確実なこと。
これは作戦の破綻を意味し、そこからはもう、どうやって確実にその場から逃走するのかということ以外考えることが出来なくなるわけだが……その状況にあっては女神も、ロボテック女神も救出することは叶わないであろうな。
もしその女神達が収監されている牢屋の前を通過したとしても、逃げながらひと言くれてやるぐらいが関の山であって、牢の扉をこじ開けて一緒に……ということにはならないはず。
しかも俺だけがどうにか逃げることに成功したとしても、鈍臭いルビアは確実に途中で転倒するなどして、本当にそのマゾ狩り収監施設に入れられてしまうことになるのもまた確実なこと。
ルビアが捕まった場合、果たしてその辺の雑魚の神界人間と同等の扱い、人間としての扱いを受けるのか、はたまた神として、特別の扱いを受けるのかは気になるところであるが、それを確認することが可能な状況にだけはならないことを祈るべきだ。
で、俺達が乗り込んだ馬車は拠点の町を出て、しばらく荒野を走ったところで仁平の命令を受けて停止する。
馬車の馬……ではなくおかしな人喰いクリーチャーは仁平のポケットにしまわれて、ついでに客車もポケットに……どういう容量をしているのだそのポケットは……
「さてさてぇ~っ、それじゃあここからは転移ゲートで移動するわよぉ~っ、本当は無闇に使ったり出来ないしぃ~っ、そもそも私ぐらいの力でこんなモノ出しちゃうとぉ~っ、間違いなく敵にも察知されてぇ~っ、みたいなぁ~っ?」
「なかなかよろしくないことのようだが……敵からは俺達がどこに転移したのかまでバッチリわかってしまうのか?」
「そうねぇ~っ、転移先のX座標とY座標がぁ~っ、小数点以下第二位のところまで敵にバレちゃうわよきっとぉ~っ、あとその地点の標高とかもぉ~っ」
「やべぇじゃねぇかそれ、ほぼ測量されてんぞ」
「しかし勇者様、そうしないとその、女神様が囚われている施設までの道程が……1か月以上要するでしょうねそこまで」
「う~む、それは困ったことだな、何かもっと良い方法が……そうだ、これまで俺達、ドM雌豚尻の神の転移ゲートを使っていたんだったよな? どっかのクソみてぇな世界の管理者がゲートの使用権原を停止されたせいで」
「となると……もしかしたらその神を取り込んだルビアちゃんなら、ちゃんとした転移ゲートを出すことが出来るってことじゃ……そうなのかしら?」
「えっと、私の中の神様はどちらもそうだと、絶対に出来ると言っていますけど……自信ないです、失敗したらおかしな所に飛ばされて帰って来られないんじゃないかと」
「なぁに、その際にはもう仁平の力を使ったゲートで、敵に場所バレしながらもどうにかするさ、ひとまずやってみたらどうだ?」
「わかりました、じゃあとりあえずやってみますね……こんな感じでっ」
「おぉっ、上手く出来ているように見えるじゃないかっ、あとはちゃんと目的地に繋がっているのか、通っても大丈夫なものなのかということを……ちょっ、押すんじゃない精霊様っ、ちょマジでっ、なぁぁぁぁぁっ!」
「……どうかしら? 死んだ?」
『……生憎生きてんぞ、というかちゃんと目的地に接続していたようだ』
「あら良かったじゃないの、安全みたいだから私達も行きましょ」
『うぇ~いっ』
俺を勝手に実験台にしてくれた精霊様を許すことは出来ないので、後で忘れた頃に仕返しを、やられたことに気付かない範囲でしておくこととしよう。
で、そんな感じで転移させられた先はかなり山奥の秘境の、渓谷の谷の中というか何というか、とにかくキャンプでもしに来たかのような雰囲気の場所だ。
しかし、どう考えても最上流であると、パッと見ただけでもわかってしまうようなその渓流の先、上流側に見えているのは、その周囲の雰囲気に似つかわしくない明らかな巨大人工物である。
カクカクと四角く灰色で、鉄筋コンクリート造としか思えないようなビジュアルの建造物は、およそ10階建て以上はあるように見えなくもなかった。
どうしてこんなわけのわからない場所に、しかも景観をブチ壊しにするような施設を建てたのであろうか、強力な結界があるのなら、別に隠れなくても良いような気がしなくもないか、などと考えているうちに仲間達が続々到着する。
皆その巨大建造物にはすぐに気が付いたようで、それが本当の目的地であり攻略対象であり、ここから立ち去る際にはもうそれが見えていないか、或いは炎上したり半壊したりという悲惨な状態になっていなくてはならないと、そう確信しているようだ……
「とにかくあそこへ近付いてみましょ、それで、もっと良く見える場所に陣でも張って、あとは潜入作戦の成功を祈るしかないわね、勇者様、ルビアちゃん、ちゃんと頑張ってよね」
「あぁ、とにかく正体バレだけしないように頑張るよ、あとはアレだ、そのベースになる場所と上手く通信をしなくちゃならないんだが……神界の特殊な通信装置ってのを持って来たのか?」
「えぇ、例えばこの鏡、もちろん真実を映すとか喋るとか、そういう特殊なモノではありませんが」
「ほう、どこかの世界のスマートなアレみたいだな形的に……それでどうするってんだ? 通話方法とか」
「通話は出来ませんよ、これを持って窓際とか屋上とかに移動して、こうキラキラッと……そうするとこっちでそのキラキラを見て、何かが起こったんじゃないかとわかってしまうというスグレモノです」
「合図、というか暗号を決めておくことである程度の会話が出来そうですわね、スグレモノですのホントに」
「……ショボくねぇか? そんなことしなくてももっとこう、あるだろう他に?」
「残念ながらぁ~っ、そういった方法は何らかの『力』を使ってしまうことになるのよぉ~っ、だから発見されるリスクも高まるしぃ~っ、この方法の方が無難だと思うわよぉ~っ」
「なるほどな、何の力も使わない、もちろん魔力とかそういうのじゃなくて、電力とか筋力とか想像力とか、そういうものさえも使わないのがこの方法なわけか……やってらんねぇな……」
期待していたにも拘らず、あまりにもショボいアイテムを手渡されてしまった俺は、先程転移ゲートの実験に使われた『お礼』をしておくべく、その手渡された鏡を精霊様のスカートの中に突っ込み、パンツを拝見しておいた。
俺達の世界には鏡があまり多く存在しないので、このような手鏡サイズのものを使用してパンツを覗こうとする変態など稀、どころか皆無である。
それゆえ今回も、いつもは敏感で何かあるとすぐに気付いてキレてくる精霊様も、まるでこちらの行動に気付くことなくやられたい方題、パンツ見られたい方題の状態に陥っているのであった。
で、そんないつでも見られるモノを、わざわざ鏡映しにしてまで拝見しているような暇ではなく、その建造物になるべく近付くべく、移動を開始しなくてはならない。
ほとんど沢登りのような、もう少し夏になってから体験したかった行軍では、上に行くにしたがってさらに大きな岩が、不安定のように見えてそうでもない感時で佇んでいて……時折何らかの生物の気配がするな……
「……熊でも居るのかな? 気配が凄いぞ」
「お魚も居ますよ、ほら、アレとかちょっと美味しそうです……捕まえたっ!」
「リリィちゃんが熊みたいね、そんなポンッて魚捕まえるなんて……しかも生で食べてるし……」
「まぁ、長居しても食料には困らないってことだな、魚も居るし謎の生物も居る、山菜だって探せばあるだろうから」
「でもなるべく早めに終わって帰還したいわね、中の様子次第だとは思うけど」
比較的豊かな自然、ここに住めと言われたらどうかとは思うが、それでもしばらくの間仲間達が滞在するには申し分のない場所だ。
そのまま渓谷を登って行って、かなり進んだ所でもう一度建造物を観測してみる……この先に結界があるはずだが、目に見えないし感じ取ることも出来ない、なかなか高度なものであるらしい。
当然ながらその結界の周りは、万が一にも侵入者等によって破壊されてしまわないように、天使主体の見張りがウヨウヨしているはずだが、それの巡回ルートもまだわからない状況。
そこからは比較的慎重に、何者カの気配があれば確認しながら進んで行ったのであるが……しばらくすると野生動物の類ではない、あきらかに強大な力を持つ何かの気配が感じ取れた。
コソコソと隠れながら、誰もが感じ取ったその何かの正体を探らんと接近し、やがて見えてきたそれを凝視すると……
「……何だあのハゲは? どこにでも居そうな普通のハゲが森の中を歩いているじゃないか……妖精の類か?」
「あんな不快な妖精は居ないわよ絶対に、というか……」
「あのハゲがマゾ狩り収監施設で私達を酷い目に遭わせているハゲです、同じのが万単位で跋扈しているので、潜入したらイヤでもそれを見ることになりますよ」
「なるほど、ちなみに勇者様の変装は……ちょっと体型とかが似ていないわね、もっと猫背で、覇気がない感じで……そう、良い感じよ」
「逆にここまで終わったおっさんの感じを醸し出すのは疲れるんだが……顔の方はどうだ?」
「顔はハゲメガネのチョビ髭ズラでどうにか誤魔化せるはずです、同じハゲでも何となくですが、顔立ちが違ったりとかしますから……時折エラー製品みたいなおかしな顔のも見かけましたし、きっと大丈夫ですどんなのでも」
「案外適当なんだなあのクリーチャーも……それでどうする? アレだけでもブチ殺しておくか?」
「やめときましょ、今ここでそんなことしたら、どこからどう伝わってこっちの動きがバレるかわかったもんじゃないわよ」
「……だな、じゃあもうちょっと後退して、そこを拠点にする感じで行動しよう、あのハゲが接近しそうにない場所でな」
『うぇ~いっ』
遂に敵の巡回範囲内に入ってしまったわけであるが、巡回しているのはその辺の天使ではなく、創り出されたハゲのクリーチャーばかりであるようだ。
それゆえうっかり発見されてしまう可能性は極めて低いであろうと、そう考えても良さそうである。
空も飛べない、簡単な言語のみしか操れない程度のキモいバケモノが、そこまで上手く俺の仲間達を捜し当てるとは思えないのだ。
よってある程度火を使ったり普通に寝たり、適当に風呂を沸かして入ったりしても構わないと、そういう感じでの待機をしていて貰うこととした。
メインになる俺とルビアはそこに参加することは出来ないのだが、とにかくここで待っていて、時がきたらそれを知り、直ちに行動を起こしてくれればそれで構わない。
良い感じの場所で持って来てあったテントを設置し、建物の監視のための少し高くなった、見通しも抜群の場所を用意して、ひとまずこちらの準備は完了である。
あとは俺とルビアの方なのだが……ルビアは特に何もしない、せいせい神のように見えることを目指して、古代の貴族が着ていそうな神の衣装のような白い布の服を……という程度で構わない。
そして俺の方は先程見たハゲのおっさんに服装を合わせていく感じで、ワイシャツにスラックスで、しかも中に綿を詰めて腹が出ている中年を演出。
チョビ髭ハゲメガネを装備して、サリナの魔法で作った『臭っせぇおっさんの香り』をどうにか身に纏って、それで完成となった……
「こんなもんかな? なかなか気持ち悪りぃじゃねぇか我ながら」
「これならどこからどう見ても、正真正銘汚いハゲのおっさんね、この神界では良く見るタイプの汚物よ」
「そういえば何かアレだな、最近の敵ってハゲばっかりだな、何か理由があると……ないか」
「えっと、それでご主人様、ここからはどうやって行動するんですか? とりあえずこの服装のまま縛っておきましたが」
「このままさっきあのハゲが歩いていた辺りに出て、そこから自然な感じで連行するから、その後の動きは……どうしようか?」
「そのまま収監施設の中で、神専用の独房のような場所に向かうはずです、捕まえたハゲのおっさんクリーチャーがそのまま連行することになると思うので、そこまでは問題ないかと、あとは……」
「あとはアレだな、上手くお仕置きとか拷問とかするフリをしながら、施設内の様子を探っていく感じだな」
「その独房を拠点にすれば良いですね、私はずっとそこでドMな普通の神様っぽい感じを醸し出しておきます、頑張って演技して」
「ルビアちゃんは演技しなくて良いと思いますよ、自然体で、いつもの感じでしたらそれで」
「そうですか、じゃあいつもの感じで、いつもの感じ……いつもの感じが何だかわからなくなってきましたね……」
「もうルビアお前何も考えるな、ボーっとしておけばそれで良い」
「わかりました、ぼぉ~っ……」
「でももう行くから、ちゃんと歩くことだけハしような……」
明らかにダメそうであるが、少なくともこのルビアを使わざるを得ないような状況であるということもまた確かなこと。
他に収監されている者を装う女神を募集したり、どこかで捕まえて来るわけにもいかないし、そもそもどんなドMであったとしても、悪名高き? マゾ狩り収監施設へいくのは拒否することであろう。
それをアッサリと受け入れてしまうルビアはなかなか異常なのであるが、これに関しては俺もかなり気掛かり、というか大切なるビアが、クリーチャーとはいえ変なキモいハゲに、知らないおっさんに触れられてしまうというリスクがあるのだ。
可能な限り俺が近くに居て、ルビアに専属したハゲおっさんである感を出さなくてはならないのだが、少し目を離した隙に何とやら、というようなことがないとは限らない。
女神やロボテック女神の救出も良いが、やはりまずはルビアを守ること、そして作戦の失敗が明らかになった場合にも、やはり『後で救出』などということはしないように心掛けなくてはならないであろう。
逃走中にコケたり何だりということがあってルビアが遅れてしまったとしても、それを間違いなく回収して、最悪先に逃がして俺は戦うと、そういった感じのムーブが必要になるかも知れない……
「よいしょっと、ほら、ちょっとこの高い所に引き上げるから大人しくしておけよ、そうすればもうちゃんとした道に出る」
「わかりました、グイッと引き上げて下さい……あぁぅっ、縄が食い込むっ」
「ちょっと静かにしろっ、俺達の他にも誰か居るかも知れないんだし、そもそも巡回しているあのハゲ共に、本当は俺達が仲良しだってバレたらアウトだぞ」
「わ、わかりましたっ、頑張って静かにしておきます……あうっ」
「よしっ、引き上げたから立ち上がって歩け、本当に捕まっているだけの神みたいにな……っと、誰か居るようだが……天使と、それに捕まっている神なのかあれは?」
「何だか私達と同じ感じですね、でも神様の方は本当に捕まっているみたいな……ちょっと近付いて様子を見てみましょう」
「あぁ、もしかしたら何か有力な情報を得られるかも知れないからな、ただし、喋るのはルビアだぞ、俺はそのアレだ、今はハゲのおっさんクリーチャーでしかないんだからな」
「えぇ、じゃあちょっとゆっくり近付いてみましょう……」
いよいよ潜入作戦に突入したのであるが、その前に別の捕まってしまった者に遭遇したようである……まぁ、俺達と違って連行しているのは天使なのだが、捕まっているのは神に違いないから、話は聞けそうな予感である……




