1216 実体化
「……ごちそうさまでしたっと、さて、さっきの話をまとめてみますわよ、とはいってもだいたいまとまっていますけど」
「というか、御珍体を装備したあの魔界の神が、何やら力を使って参拝客をあのような状態にしているってことだよな?」
「それで、その状態からあの人達を回復させるためには、あの神様の本当の姿とやらを見せるのが最も近道である、というか唯一それらしいということがわかっている方法ですね」
「しかもその本当の姿に関する事件が起こったのは30年前、この隣……つまり私達が宿泊している部屋ってことで……となると」
「あの部屋でその本当の姿を見てしまった元被魅了者の観光客が、口封じとしてアレされてしまった可能性があるってことだよな?」
「あ、だから沢山お札が貼ってあったんですね、殺されちゃったってことですねその人達」
「ちょっ、カレンちゃんお札って何ですかっ? え? そんな心霊的なその……ひぃぃぃっ!」
「ほら、カレンが余計なこと言うからミラにバレちゃったじゃないか、このっ」
「あいてっ、だってしょうがないじゃないですかっ、何かそういう感じだって思ったんですものっ」
宿の付随サービスによって、夕食と共にこの村の魔界人間、その中でも知識の深いジジババの話を聞くことが出来た俺達。
未だ仲間達が捕まっている御珍体の山の方では目立った動きがないのであるが、それでも今夜中、いや明日の朝には何かアクションを起こすことであろう。
で、問題となるのがさらなる情報源であり、目の前に居るミラをビビらせてしまっている元凶でもある、かつて魅了状態を脱したという、そして俺達が借りた部屋から消えてしまったという女性の集団。
当然ながら魔界人間の連中なのであろうが、先程のジジババの話しぶりからして、村の中で何らかの力が動き、それによって『抹消』されてしまったのだと考えるのが妥当である。
しかしその女性集団もタダでそのようなことをされ、そのまま黙っているわけではなく、間違いなくそういう系の現象として、宿泊者に何かを伝えようとしているに違いない。
それを封じるために部屋中に札が貼り付けられていたのだとしたら、それを破壊してしまえばおそらく……まぁ、ミラには申し訳ないことになってしまうのであろうが、その女性集団の怨念が自由に動き出すことになるのは確実だ……
「どうしようか、もう暗くなってくることだし、早速部屋に戻ってその……アレだ、かわいそうな女性グループの話を聞いてみたりとか……」
「むむむむっ、無理ですっ、私はここに残って安全かつ確実に助かりたいですっ!」
「そんなこと言っていないで行くぞっ、それとも1人でこの部屋に残って、もしかしたら壁を突き抜けて出現するかも知れない幽霊と単独で対峙するのか?」
「ひぃぃぃっ! それはもっと無理ですっ!」
「じゃあ付いて来い、おもらしとかしたら承知しないからな」
「そんなぁぁぁっ!」
嫌がるミラを引き摺って、隣のヤバそうなお札だらけになっている部屋へと戻る俺達……こういうビビっている奴が一緒の方が悪霊も出現し易いのではないかとも思うし、連れて行くのは正解だな。
ただ、俺には幽霊が出現しても何もわからない、何も感じ取ることが出来ないのであって、それらとのやり取りは誰かに任せざるを得ない状況である。
まぁ、場合によってはカラースプレーで色でも付けて、最低限どこでどんな動きをしているのかぐらいわかるようにしても罰は当たらないに違いない。
ミラはやかましいので縛ってベッドに放り投げ、そこら中にあるお札を次から次へと剥がし……他と思ったらすぐに仲間達が空中を意識し始める。
どうやらそこに幽霊が出現しているらしく、しかもカレンが武器を準備したということは、相当な悪霊の類であるらしい。
ちなみにミラは……既におもらしして気絶しているではないか、後で宿のスタッフに事情を説明して、シーツなどを全て取り換えさせることとしよう。
何か文句を言われるのかも知れないが、そもそも幽霊部屋に大切な顧客を案内している時点で向こうの落ち度であるから、逆にこちらが文句を言っても構わないぐらいだ。
で、その出現した幽霊……の群れらしいが、ユリナが言うには全て女性で、明らかに殺害された者であることがわかるビジュアルを有しているらしい。
背中にナイフのようなものが刺さっていたり、首を絞められた痕があったりと様々なようだが、どうして幽霊というのはそのような状態のまま出現しがちなのであろうか。
もっとこう、綺麗に取り繕ってから人前に姿を現した方が、自分の主張などをより効率良く生者に伝えることが出来るのではないのかとも思うのだが……まぁ、霊感のない俺には全く理解出来ないことだな……
「それで、どんな感じなんだその幽霊の群れってのは?」
「もう異常な感じですわよ、ミラちゃんがおもらしして失神するのもわかるぐらいには怨念が籠ったビジュアルですの……それで、何かを訴えるとかよりもその恨みを、誰でも良いから殺してスッと晴らしたいというような感じの方が強いようですの」
「ふ~ん、それでカレンが戦おうとしているのか?」
「いいえ、狙われているのはご主人様ですのよ、一番霊耐性がなさそうな者を攻撃する感じですわ」
「ふ~ん、まぁまぁやべぇじゃん……てか誰かどうにかしろっ! 殺すなよ、じゃなかった幽霊かもう、とにかく成仏させたりとかそういうことはしないで、ひとまず大人しくさせるんだっ」
「なかなか難しいことを言うわねぇ~っ」
幽霊を消したり成仏させたりといったことをしてしまった場合、有力な情報を得る機会を喪失してしまうことになる。
それゆえ何も出来ない俺からのお願いということで、戦う皆には細心の注意を払うよう、強く要請だけしておいた。
この戦いにおいては仁平も力の制約、というか敵のパワーアップになるのか、そのような現象に悩まされずに戦うことが出来るはず。
幽霊のうち数体は、既にカレンとリリィによって取り押さえられている様子だが……もちろん俺には2人が透明の何かと戦っているようにしか見えない。
だがその場において、2人の下敷きになっている何かがあるということだけはその位置関係からも良くわかり、そこにあるのが幽霊のボディーだということもまた状況から判断することが出来る。
あとはどうにかして俺がその幽霊を見ることが出来るように……と、ここで全ての幽霊を取り押さえることに成功したようだな。
仁平は幽霊のどこか、おそらく足を掴んでぶら下げているようだし、他の仲間は寝技の状態でそれをロックしているらしい。
そしてここで使用すべきは何らかのアイテム……なのだが、普段からそういうものを持ち歩いているルビアと精霊様がこの場には居ないのであった……
「どうするよこれから? おい幽霊、居るなら返事でもしやがれ」
「……取り押さえられているからポルターガイストが起こせなくて無理だそうですわよ」
「薄気味悪い奴等だな……何かこう、着色とかそういうことは出来ないのか?」
「上手く『塗り絵』出来れば良いんですが……とまぁ、とりあえず服を脱がせて刺さっているナイフとかも抜いてっと……この『霊体にも使えるカラースプレー』を使用しましょう、前にルビアちゃんから貰ったものです」
「あいつ、幽霊が怖い癖にどうしてそんなもんを持っているんだ?」
「幽霊に遭遇したときに色を塗って、その辺の誰かに助けを求めるためかと……で、とりあえずシューっと」
『・・・・・・・・・・』
「おっ、色が付いてきたな、真っ赤なのがまた恐ろしさを強調しているが……全員なかなかいい女である……あったようだな」
『・・・・・・・・・・』
着色され、ジタバタと暴れているのが丸わかりの状態になった幽霊であったが、その声は俺には聞こえることがない。
ひとまず大人しくすれば離してやると、そう告げたこちらの声は届いているようだが、イマイチ言うことを聞くような気配がない様子。
仕方ないので顔からして恐ろしい仁平に脅して貰い、どうにかこうにかその場に居た全部で7体の幽霊を、素っ裸で赤く染まった状態のまま正座させることに成功した。
あとはポルターガイストだか何だか知らないが、スケッチブックと筆記用具を与えて筆談が出来るようにして……これで事情聴取の準備は整ったな。
あとはここまでされてなお、まともに情報を提供してくれるかどうかなのだが……幽霊の分際で仁平に怯え、ガタガタと震えている辺り、粋がっていただけでそこまで強情な悪霊ではないようだ……
「……で、お前等が御珍体とかそこの神の真実に触れてしまって、この部屋で『消された』魔界人間の幽霊なんだな?」
『そうです、私達がここで当局の暗殺者に殺されてしまったかわいそうな魔界人間です』
「当局って……まぁ良い、それで、お前達は何を見てしまって、どうして御珍体への信仰が薄れる、というか消失してしまうようなことになったんだ?」
『えっと、これは当局による尋問なのでしょうか?』
「そうじゃない、というか俺達はあの御珍体を装備している神の敵なんだ、今は奴と信者? の集団に仲間を人質に取られていてな、すぐに奴を殺して仲間を助けて、ついでに作戦遂行上必要となっている御珍体を手に入れなくちゃならないんだ……協力してくれるか?」
『そういうことでしたら喜んでご協力致します……それで、何の話でしたっけ?』
「だから、お前達が見てしまったものだよ、一体何があったんだ当時?」
『話すと長くなってしまいますが、私達は元々この村に頻繁に訪れて、毎回毎回御珍体の山へ参拝に行っていた熱心な信者でした』
『御珍体は美しく、何かちょっとデカいアレで、誰もが目を奪われるようなものであって、それを装備した神様もそれはもう素晴らしい、信仰の対象たり得る存在でした……いえ、そうだと思い込んでいました』
『ですがあるとき私達は見てしまったのです、神がついうっかり……なのでしょうが、ポロっとその御珍体を落としてしまいまして……そこで、その下から現れたのは』
『なんと大変に粗末な、粗珍体とも呼べるシロモノだったのです!』
『そんなモノを、あの神の本当のサイズを知ってしまった私達は一気に暗示が解け、もはやこの村には用はないと、御珍体などまやかしであったと気付いて下山したのですが……』
『その夜のことです、急に雪崩れ込んできた当局……いえ当局が魅了し洗脳した参拝客がこの部屋に、私達が帰りの旅路に備えて眠っているところに乱入して参りました』
『当然のことですが、使われていた参拝客は元々手練れの職業暗殺者であったようで、私達は成す術もなくブチ殺されてしまいましたとさ……お終いです』
「うむ、長々とありがとう、つまりは……どうにかしてあのオッサァァァンッの神から御珍体を引っ剥がせば、リピーター参拝客の強い魅了状態というか洗脳状態も解けて……」
「ついでにあの腐った神の方もそこそこ弱体化しそうよねぇ~っ、そうなったらイチコロじゃないのぉ~っ、まっ、私達はたぶん戦えないけどぉ~っ」
「まぁそういうことだな、問題はどうやってあのオッサァァァンッの神から御珍体を剥がして、それを、その下のホンモノを多くの被魅了者に見せ付けるのかってとこだな……」
理屈はわかるがなかなかに難しいことであるのは明らかな今回の『やるべきこと』、リピーター参拝客に、決して攻撃対象としてはならない女共に囲まれたオッサァァァンッの神に近付き、しかも御珍体を剥がすというのは難儀なことだ。
最初の失敗のように神そのものを始末しても、おそらくその下の粗珍体を露出させない限り、リピーター参拝客に対する効果は得られないであろう。
そこをどうにかしてやらないと話は先へは進まないし、仲間達を救出することも、とっととゴーレムのCHING-CHINGをゲットして神界に戻ることも叶わない。
いや、もしかしたら明日の朝、捕まってしまっている仲間達を晒し者にしようとあのオッサァァァンッの神が出現し、目立つ場所に単独で立つようなことがあるかも知れないな。
そのことに期待してこのまま朝を待つのも良いが……バックアップの作戦を少し考えておかなくてはならないであろう。
で、今現在手許にあって使えそうなモノといえば……この7体の着色された幽霊ぐらいしかないではないか……仕方ない、これを用いた作戦を立ててみることとしよう……
「ちなみにお前等、どうにかしてあのオッサァァァンッの神にバレずに近付いて、御珍体をOFFしてしまうことが可能なのか?」
『何か特別な力を借りれば或いは……といったところですが、私達の霊力だけでは到底無理ですね』
「そうか、仁平、どうにか出来そうか?」
「う~ん、まぁ、明日までにならどうにかなりそうねぇ~っ、もちろん、この子達に透明の実体だけ与えてぇ~、生き返っちゃうかも知れないけどぉ~っ」
「良いんじゃね? ちょっとぐらい生き返しても生態系のバランスとかそういうのがどうこうなったりはしないだろう、というか生き返ってあのオッサァァァンッの神に復讐出来た方がこの連中も幸せなんじゃないのか?」
『そんなことが出来るのでしたらぜひそうして欲しいと、私達は全員そう思っています』
『もちろん作戦とやらもお手伝い致します』
「じゃあそういうことでぇ~っ、この子達しばらくお借りするわねぇ~っ、新しいボディーを、しかもスケルトンのやつを与えるってなるとぉ~っ、やっぱりちょっと時間が掛かるのよねぇ~っ」
「うむ、じゃあその件は仁平に一任するから、出来上がり次第報告してくれ」
「わかったわぁ~っ」
こうして御珍体奪取作戦の第二幕および仲間達救出作戦が、事実上のスタートを切ったのであった……
※※※
「ということでだ、俺達は明日に備えてとっとと寝ておこうか」
「その前にご主人様、ミラちゃんをどうにかしないと、このままだと風邪を引いてしまいますよ」
「おっとそうだった、カレン、リリィ、すまないが替えのシーツを持って来るようその辺のスタッフに注文しておいてくれ、部屋に幽霊が出て困っているともな」
『わかりましたーっ!』
「……で、おいミラとっとと起きろ、幽霊は去ったぞ! おいっ!」
「ん? んんんんっ? あっ……ひゃぁぁぁっ! 幽霊はどうしましたかっ? 退治したんですか幽霊? ねぇっ……あっ、ひぃぃぃっ! こんなに濡れてっ、これは心霊現象!」
「落ち着け、お前が気絶して無様におもらししただけだから、ひとまずパンツを洗って来い、話はそれからだからな」
「あのあのあのあのっ! 幽霊は、幽霊はどこへっ?」
「仁平と一緒に隣の部屋に行ったからもう大丈夫だ、こっちに戻って来ることはないし、来たとしてもアレだ、スケルトンの実体ボディーを獲得した後だからもう幽霊とは呼べないぞ」
「一体何があって……とっ、とにかくお風呂を使わせて貰いますね、この心霊現象によって凄くビタビタになってしまったパンツとスカートを洗わないと」
「だからそれはおもらしで……まぁ良い、この後お仕置きでもしてやって、そしたら自分のしたことに気付くだろうからな」
などと話をしている間にカレンとリリィが帰還して、すぐに替えのシーツを持ったスタッフがやって来るとのことであった。
一応女性魔界人間のスタッフが来るということを確認したため、慣れた手つきでおもらしパンツを洗って戻ったミラには、そのまま尻丸出しで壁に向かって立たせておくという罰を与えておく。
ようやく自分が失神して、その間におもらししたことに気が付き反省しているらしいが……まぁ、幽霊にビビりすぎな分も含めてお仕置きはまだまだこれからである。
そしてシーツが交換され、しかも幽霊が出現したことに関しての侘びとして適当な夜食まで提供され、ピカピカになったベッドの上に腰掛けてそれを食していく。
もちろんミラと、隣の部屋で作業をして居る仁平を除いたメンバーでなのだが……立たされているミラは何か気になることがある様子だ……
「どうしたミラ? 腹でも減っているのか? こっちをチラチラ見やがって、そこで大人しく反省していることも出来ないのかこのおもらし女は?」
「すみません、というかお腹が空いたとかじゃなくてその……」
「どうした? 早くお仕置きして欲しいってのか? 尻をペンペン叩いて欲しいのか? おもらしの罰として?」
「それはそれでまたあの、お尻ペンペンだけで許して貰えるんですか? というかそうじゃなくて、あの後結局幽霊が出現して、何が起こってどうなって現在に居たるんですか? そこを聞いておきたいと思いまして」
「よろしい、じゃあ特別に教えてやろう」
「特別とかじゃなくても普通に教えて下さいよそれは……」
ミラに対し、失神中に何が起こってどうなったのかということを説明し、ついでに明日の作戦と、幽霊が実体化してスケルトンでバックアップがどうのこうのなどということも伝えておく。
どうやら納得してくれたらしく、ひとまず幽霊に関しては幽霊ではなくなるということで、恐いのか怖くないのか複雑だなどと言っているミラ。
それと、セラを救出した際には今回のおもらしのことはキチンと報告しておくということも告げると、それだけはどうしても勘弁して欲しいと、妹の威厳がどうのこうのなどとわけのわからないことを言っていた。
なのでひとまず尻をビシバシと叩いて許してやり、そのまま布団に潜り込んで朝を待つ……といっても夜中に仁平に起こされそうであるが。
などと心配していたのだが、気が付くともう朝、というか朝方になった様子で……何やら外の方が騒がしいように感じるな。
既に仲間達は目を覚ましており、いつも寝坊ばかりしている仲間が居ない分俺が最後の起床者になってしまったようだが……皆は一体何を見ているというのだ……




