1213 本殿前
「ひぃっ、ひぃっ……ひ、酷い目に遭ったわ、もう全身ズタボロで立っているのがやっとなぐらいよ」
「そんなのどうでも良いから早く服を着ろ、このままだと周囲の参拝客はおろか、それの護衛をしているおっさん魔界人間共に素っ裸なのを見られるぞ、というかバリバリの公序良俗違反だぞ」
「しょうがないじゃないの、もうこの状態で茨が巻き付けられて、歩くのだけでも精一杯なの、せめて上からバスタオルを掛けるとか、そういう優しさに満ち溢れた行動を取りなさい」
「そうです、勇者よ、あなたに足りないのはそういう優しさであって、それが出来ないようではもはや勇者と呼ぶに相応しくないと、そう指摘せざるを得ないような大切なものなのです」
「そうか、じゃあ女神の衣服を全て剥ぎ取ってセラに掛けてやれば良いんだな、寄越せやオラァァァッ!」
「ひぃぃぃっ! やめなさいそういう悪戯はっ! それよりも勇者よ、またそのほら、魔界の敵が出現していますよっ!」
「またオッサァァァンッ……じゃないのか、何だコイツは?」
「ちょっと大きいしハゲでもないわね、デブだけど……グレートオッサァァァンッてとこかしら?」
『オッサァァァンッ!』
「鳴き声は同じみたいですね、ちょっと強くなったりしているんでしょうか?」
「何でも良いぞ、じゃあ次は女神、お前罰としてこのグレートオッサァァァンッを討伐してみろ、もちろん神の力でな」
「何の罰だというのですか一体……」
ここまでわかったことはたったのふたつ、殺気のないリリィの攻撃と、それから神界の神の力を発揮したドM雌豚尻の神の攻撃が、茨の道の規定? に違反して、罰を受けるようなものではないということだ。
もちろん厳密には違反行為なのであろうが、それが認識されない、違反しているということがバレていないのであれば、それはもう違反をしていないのと同じこと。
それで、リリィと似たようなことをしたセラはズタボロになるまで罰せられ、ルビアの回復魔法を受けたにも拘らず、全身に巻き付いた、いや食い込んだ茨によって地味に継続ダメージを与えられているらしい。
しかしながら本人は変態なので、それが食い込んでいることにつき喜んでいる有様なのだが……とにかく『ノー殺気殺法』が失敗してしまったのは確定したところだ。
そして次なる敵には女神が、今度はもう一度神界の神の力を用いた攻撃でどうこうしてみる感じで前に出る。
なお、ここからは少しばかり敵が違うらしい、オッサァァァンッではなくその上位種、グレートオッサァァァンッに変化したらしい。
気が付けば茨の道も中腹に差し掛かり、こういった『色違いの強雑魚』的なモンスターやクリーチャーの類が出現してもおかしくはない状況。
前後の参拝客、というかその護衛として戦っている連中を見ると、やはり強くなった敵に苦戦して……いや、オッサァァァンッ系統のバケモノと戦わされているのは俺達だけではないか。
他の参拝客パーティーは通常の、それこそ最初に俺達が遭遇したネズミの強化版のような、ありがちな序盤の敵の焼き直しと戦わされている。
その中でどうして俺達だけがこのように気色悪い、おっさんのバケモノと対峙しなくてはならないのであろうか……いや、不正が多いとそういうことになる仕組みなのかも知れないな……
「ハァァァッ! 神罰を受けなさいっ!」
『ギャァァァッ! オッサァァァンッ……ぐれっ……』
「今自分で自分のこと『グレート』って言おうとしていたみたいだな、やっぱりコイツはグレートオッサァァァンッで間違いなかったということか」
「安直でセンスのないネーミングですね、しかも強さの方はまるで……いえ、見ている限りでは倍程度の強さでしたか、これまでに見てきた普通のこの生物と比べてですが」
「そんで、やっぱり罰を受けるようなことはないようだな、女神もドM雌豚尻の神も、やはり神界の力で戦ったからだろうよ」
「戦闘員であると認められない者がそうすれば良いってことねぇ~っ、じゃあ戦えるのはそこと……他の方法を模索しないとぉ~っ、これだけじゃちょっと戦力不足かもぉ~っ」
「そうだな、リリィが最初にやったような攻撃が再現出来ればってとこだな……まぁ、この茨の道の先に居るボスキャラ? みたいなのがどのぐらい強いのかにもよるがな」
「というか、そもそもボスキャラというのが存在するのか? ここは参拝客が祀られているその……何だ、それを崇めに来るだけの場所で、そういうボスキャラとの戦いとかそういうのは存在しないのでは……どうだろうか?」
「元々はそうかも知れないわね、でも私達、ゴーレムのその、アレを強奪して帰るわけだから、何というかそれ、そのブツの管理者というか何というか、それと戦うことにはなってくるはずよ」
「そう、そしてその管理者か何かを便宜上ボスキャラと表記しているわけだが、それと戦うことが出来るのがこっちの女神2匹と、それからリリィの殺気なし戦法だっけ? それだけじゃ足りないってことだ」
「茨ボール投法ですっ」
「その投法な、リリィのは使えるから安心しておいてくれ」
「わかりましたっ! 最終決戦では頑張りますっ!」
「今から気合を入れているのは良いけど、気張りすぎて本番で眠いとか言い出すなよ」
「はいっ!」
「・・・・・・・・・・」
とりあえずリリィはやる気満々の様子で、歩きながらその辺の茨をブチブチと引き千切り、それでボールを作ってポケットにしまっている。
明らかにその容量がおかしいということは女神も気にしているのだが、そのことについてツッコミを入れるとまたややこしい話になってくると理解しているのであろう、特に何も言おうとはしない。
で、その後しばらく敵が出現しなかったのだが、かなり坂道を登ったところでまたオッサァァァンッ、いやグレートオッサァァァンッが出現する。
今度は誰を前に出すべきか……といったところで、ドM堕ちから復帰したばかりの精霊様が先頭に立ってそのグレートオッサァァァンッを迎え撃つ。
リリィと同じように茨ボールを作成し、それを投げ付けるかたちでの戦いなのだが……明らかに殺気が凄いではないか。
もはやグレートオッサァァァンッを始末するために動いていることがバレバレな、振りかぶった強烈な投球をお見舞いしているのであった。
吹き飛ばされ、完全に消滅してしまうグレートオッサァァァンッ、先を歩いていた別の参拝客パーティーも驚いてしまうほどの威力であったのだが、さすがにこれでは……何事も起こらない。
当然にお仕置きされるべきところだと誰もが感じた精霊様の行動が、まさかのセーフ判定を受けてしまったらしいのだ。
しばらく待っても茨は動き出さないし、精霊様が何かをされる気配もなく、ただただ敵が死亡したという事実だけが残った。
これは一体どういうことなのだ、精霊様の行動が最初のリリィと同じ点と言えば……茨ボール、つまりこの茨の道由来の武器を使用して攻撃したという点のみである。
先程、酷い目に遭う結果となったセラは殺気を放つことだけはしなかったものの、自前の短剣という持ち込み武器の類を使用してしまった。
当然武器は封印し、この茨の道の中ではそんなものを取り出したりしてはならなかったのであるから、それではルール違反と判定され、罰を受けるのも致し方ないこと。
その点、リリィと精霊様は明らかに攻撃の意思があったとはいえ、持ち込み武器を使用するのではなく現地調達で、この茨の道の内部において当然に存在すべきものを使用したのだ。
ルール違反になるかならないかの違いは、殺気よりもむしろそこにあったということなのであろうが……この程度のことにはもう少し早く気付くべきであったな。
そうすれば茨の拘束を受けてしまっているセラやルビア、マーサにエリナなども、これからの状況で同じ戦い方をもって戦闘に参加することが出来たのではないかと、そう思ってしまうところだ……
「……おそらくこれで確定ね、皆で茨ボールを作って、それを用いて戦えば楽勝だわ、あとは……武器じゃないけど武器っぽいものを使ったらどうかってことね」
「なるほど、となると次は……」
「はい、この持って来た石ころとこの中で拾った石ころ、どっちも使ってみて良いですよ」
「うむ、じゃあ受取っておこう、最後にこれだけ実験して、それ以降はもう前に進むだけだ」
「では主殿、ここは私が、まずはリリィ殿がこの茨の道の内部で拾った石ころを、それで大丈夫であれば持ち込み品の石ころを使って攻撃してみよう」
「あぁ、後者は相当にヤバい気がしなくもないが……ジェシカならどんな酷い罰でも耐え抜くことが出来るであろうから、ひとまず任せたぞ」
「わかった、では次の敵の出現を待とう」
茨の道ももはや4分の3程度進んだであろうか、ここにきて最初よりも敵のエンカウント率が低くなってきたような気がするのだが、それは敵自体が強くなったことに起因するものなのであろう。
オッサァァァンッよりも遥かに強いらしいグレートオッサァァァンッ、その強さの変化と同等のものを他の参拝客パーティーが経験しているのだとしたら、戦闘の連発があった場合にはどう足掻いてもクリアできないはずだ。
それを調整するためにエンカウント率を下げているのであろうが、攻略法を見つけた俺達にとってそれは単に都合が良いだけのこと。
そのままペースを上げて進み、むしろ石ころの茨の道由来、持ち込み品の比較対象実験をすることなく、一気に山頂の本殿へ……というわけにはいかないらしいな……
「出たぞジェシカ、今度は……また何か違うオッサァァァンッのようだな」
「何だこのオッサァァァンッは……ゴールデンジャイアントオッサァァァンッとか、そういう感じのものなのか……」
『オッサァァァンッ!』
「また鳴き声は同じじゃないか……うむ、もしかしたら倒すと凄く経験値が入ったり、金を大量に落とすタイプのレアなアレかも知れないからな、逃げないうちに殺してしまえ」
「わかった、ではまずはこのっ、茨の道内部の石ころだっ! それっ!」
『ギャァァァッ! オッサァァァンッ……プレミ……アムッ……』
「オッサァァァンップレミアムだったのか……それで、待っていても特に何も起こらないな、これはセーフということか」
「そうらしいわね、ちなみにオッサァァァンップレミアムのドロップは……何か長いものを落としたわよ、これは……剣じゃないかしら? 包装を剥がしてみて」
「確かに剣のようだな、ちょっとデカくて重いが、もしかしたらコレ、この茨の道の中で使っても良いアイテムなんじゃないのか? 持ち込みじゃないわけだからな」
「そうね、本来はほら、勇者様達のような護衛キャラがここまでで武器を失っていた場合に備えて、レアクリーチャーからドロップするようになっていたんだと思うけど、使い方はそれぞれよね」
「もしかしたらジェシカちゃんが使ってもセーフなのかも、といったところですか、残念ながら私にはちょっと長すぎますけど」
「そうだな、片刃の……以前島国で見たポン刀とかいう武器に似ているな、私はあそこではほら、他のハジキだのドスだのパナップルだのよりも、こちらの方が良いなと思っていたものだ、しかし……」
「この後もうひとつの実験をして、それでジェシカも茨で縛られたら使えないよなこのポン刀……よしっ、もうひとつの実験は中止だ、ジェシカはそのまま温存して、そのポン刀を装備して最終決戦へ向かうんだ」
「わかった、実は茨に巻き付かれて仕置きされるのも楽しみにしていたのだが……それについては諦めることとしよう」
「実は、というかそれが目的なのはもう最初から誰もがわかっていたはずだがな」
「そうなのか、それは恥ずかしいことを……いや、この恥ずかしさが逆に良いという説もあるな……」
「とにかくこのまま山頂の本殿を目指そうか、もうすぐご到着みたいだからな」
『うぇ~いっ』
変なことを言っているジェシカはともかく、なかなか良さげな武器も手に入ったということで、おそらく強大な敵が待ち構えている……というか本来は敵としてそこに居るのではないが、俺達にとっては敵になるであろう何かが居る本殿を目指す。
途中で一度だけオッサァァァンッ系クリーチャーの襲撃を受けてしまったのだが、ここは茨ボールの攻撃を用いて、難なくクリアして先を目指した。
そしてそこからまたしばらく、駆け足で進んだ先に待っていたのは……ゴールであり、それと同時に本殿の、御珍体とされているゴーレムのCHING-CHINGが安置されている建物の敷地である広い場所であった……
※※※
「ようやく着いたな……クソッ、観光客共が相当に邪魔だぞ」
「それはしょうがないわね、でもちょっとそっちで腐っている死体の山とかはさすがに……」
「護衛としてここを登って来て、最後の最後で力尽きた連中なんだろうな……お帰りは別出口だからそのまま置いて行くのか」
「そのようですわね、というか、死んで貰った方が後で護衛報酬を払わなくて済むみたいで、だから全滅させるように最後は後ろからサクッと殺ってしまっているケースも多いように思えますの」
「とんでもない参拝客ですね、さすがは魔界というか、そういった悪事に対して抵抗がないというか」
「神界も似たようなものだと思うんだがな……それで、ここがゴールということは、この先の本殿みたいな所に御珍体があるってことだよな、サッサと行ってカタを着けようぜ」
『うぇ~いっ』
ここまで辿り着いた観光客、参拝客と呼ぶべきかはかなり多いようで、参道である茨の道を登った先であるにも拘らず、境内のメインである本殿前はかなり賑わっていた。
祭のような屋台も出ているし、それぞれの屋台には『大蟯虫クリーチャーの発生が報告されています、手洗い消毒要』などと書かれたポスターが貼られていることからも、かなり管理された場所であることが窺える。
で、そんな場所に沸いている観光客でも参拝客でもある連中は良いとして、俺達は本殿の中にある御珍体を、ゴーレムのCHING-CHINGを早くゲットして帰らなくてはならないのだ。
もちろん俺達が目的物を手にした暁には、御珍体を失ったこの観光地である村は完全に崩壊、収入減を失って寂れ果ててしまうことであろう。
だがそんな小さな、しかも俺達の世界とは相容れない魔界の村などがどうなろうと知ったことではない。
可愛い女性キャラの魔界人間が貧困に苦しみ、助けを求めてきたのであれば別だが、それ以外であれば苦しんだところでどうという思いは抱かないのである。
よって速攻で目的物を……とも思ったのだが、ここでも行列に並んで、順番が来るのを待って本殿に入らなくてはならないようだ。
列を成し、まるで動物園にやって来た謎の珍獣を見るために行列を成しているかのような雰囲気の客達。
その場の性質上、全員が参拝客として認められている女性キャラなのであるが……俺や仁平はどうやってそこに潜入すれば良いのだ?
仁平はともかく、俺は完全に野郎の格好をして野郎然とした態度でこの場に居るわけだから、もし『護衛の馬鹿は入ることが出来ないのでとっとと死ね』などという話になれば、そこでストップしなくてはならないことになるのだが……
「勇者様、やっぱりその格好のままじゃ絶対に無理よ、並んで紛れ込んだとしてもよ、、ほら、入り口の前でチェックされて弾かれるような気がするの」
「そうかな、ほぼほぼ素っ裸の状態で、茨で縛られたルール違反者が何人も居る状態で入って行くようなことの方が目立つし問題だと思うんだが……まぁ、そのことも含めて対策をすべきではあろうなこれは」
「じゃあ、女装してみる?」
「何でそんなことになるんだよ……てかまぁ、それしか方法がないのか……にしてもそんな準備はないだろうに」
「大丈夫ですよ勇者様、あそこにほら、女装セットを取り扱っている屋台がありますから」
「……俺と同じような境遇の奴が他にも居るってことだな……あ、護衛っぽいおっさんが買い物して……ゴスロリ衣装を購入したぞ」
「筋肉バッキバキの戦士なのに、アレが入ると思ったんでしょうかね?」
「そもそもセンスの方が問題なんだが……まぁ良い、他にも色々と種類があるわけだし、男装の麗人(野郎)系の何かがないか聞いてみよう、すみませ~んっ」
「へいいらっしゃいませーっ! お兄ちゃん、良い衣装揃ってんぞ、このハイレグTバックレオタードなんかどうだ?」
「いやもっこりすんだろそれ、もっと別の、一見して野郎だとわからないようなものがあればそれで良い」
「となると……こっちの執事だけど実は女なんじゃないか系衣装でどうだ?」
「それだっ! それなら普通に普段着としても使えそうだしな、分解すればだが」
「へいっ、じゃあこれと……やっぱりオマケでハイレグTバックレオタードも付けておくよっ」
「どんだけ放出したいんだよそのレオタード……」
「実は呪われた装備なんだコレ……」
「要らねぇ」
その他余計なモノを押し付けられそうな場面もあったが、ひとまずそれらしい格好と、ついでに少し長めの髪になるようなウィッグもゲットすることが出来た。
物陰、というか護衛キャラの死体の山の裏で着替えて、もうどこからどう見ても女……には見えないのだが、とにかく女だと主張しても差し支えないレベルのビジュアルをゲットしたのである、
すぐに行列に並んで、目的物がある本殿へと向かうための手続きを取り、そのまま順番が回って来るのを待つ。
行列は徐々に進んでいるから、やはり動物園の珍獣を見るのと同じ方式で、列ごと流れながらそのあり難いゴーレムのCHING-CHINGをチラッと拝見するだけということなのであろう。
そうするとチャンスは一瞬だ、ブツが見えたらサッと動いて、一気に強奪するフェーズに移らなくてはならないということである……




