1211 茨の道の強敵達
「ウォォォッ! 何か知らんがコイツはアレかっ! ネズミかこの野朗! 喰らえっ、勇者サンダーストームダイナマイトフルバーストアタァァァック!」
『チューッ』
「ギョェェェッ! ぜんっぜん効かねぇぇぇっ!」
「何やってんのよ勇者様は? そんなネズミみたいなの、一撃でやっつけてしまいなさいよっ」
「いやだから強いんだって、全然攻撃が効かないんだってば、ほら、よく見ると何か凶悪そうな顔してんだろう?」
『チューッ!』
「うわぁぁぁっ!? こっち来んじゃねぇぇぇっ! あべふぉっ!」
「ネズミに体当たりされて吹っ飛びましたねこの勇者、もはや末期かと思われます」
「そ、そうじゃねぇんだマジで……」
目の前に居るのはほぼほぼ単なるネズミであって、まぁ多少は強者のオーラを放っているのだが、それでもサイズはカピバラの子どもぐらい、そして攻撃も今のところ体当たりぐらいしか確認されていないものである。
だがその体当たりが強烈で、また俺の全力をもっての攻撃が、その毛皮というか単なる毛のようにしか思えないのだが、そのドブで薄汚れたとしか思えない灰色の部分を貫通しない。
通常、ねずみというのは白くあるべきだと思うのだが、なぜかイメージ通りの茶色であって、この茨の道においてそこまで汚れてしまう要素がどこにあるのかと疑いたくなる……と、今はそのようなことを気にしている時間ではないな。
どうしてこの最強のネズミが、こんなにも強い状態で俺達の前に立ち塞がるというのか、他の『参拝者』を擁するグループの護衛が戦っているのと比べて強すぎる、つまり不公平になっているのではなかろうか。
参加者の強さに応じて出現する敵やトラップの種類を『多少』変化させて垂直的公平を追及するのは構わない、だがこれは、この強さは明らかにやりすぎの域に達しているのだ。
もちろん雑魚中の雑魚であろうというビジュアルのコイツがこのような状態なのであるから、この先に出現する敵はもっともっと強く、まるで太刀打ち出来ないものになってしまうことであろうという予想が出来る……
『チューッ! チューッ!』
「いかんぞこりゃ、誰か応援に入ってくれ……そうだな、戦っていても不自然じゃなさそうな仁平、頼んだぞ」
「あらぁ~っ、こんな小動物との戦いで苦戦するなんてぇ~っ、この私の口にスッポリと収まる程度の……」
『チューッ!』
「へぶっ……あらぁ~っ、なかなかやるじゃないのぉ~っ」
「仁平がダメージ喰らってんぞ、尋常じゃねぇなこのネズミ」
「恐ろしいですね……いえ、勇者様を小馬鹿にしたのは本当に申し訳なかったと思っています、本当です」
「ミラお前それ惰性で言っているだけだろう、だがとにかく離れておけ、武器を使えない状態じゃこの戦いには参加出来ないからな」
「わかりました、じゃあちょっと頑張ってこの……一見普通のネズミにしか見えない強敵を討伐して下さい」
「あぁ、こんなもんがどうにかなるとは……思うしかないんだがな……」
恐ろしい強敵であって、強力な力を有する肉食の神であって、そのビジュアルも不快ながら、気に食わない敵やその他の存在を喰い殺してしまうことが多いホモだらけの仁平。
今は当初の頭と腕がない、どこかにありそうな戦神の像を彷彿とさせる第一形態ではなく、ゴリゴリマッチョの第二形態であって、その強さはこれまでに出会ってきたどんな神をも凌駕するもの。
まぁ、その後ろに居るドM雌豚尻の神も頑張れば強いのだが……とにかく、そんな仁平に対してダメージを与えた、真面目に血を流させた敵は今回、このわけのわからない強ネズミが初めてなのである。
そんなことがあってたまるかと、ネズミ如きにそんなことが出来てたまるかと、そう思ってみようと努力したのであるが、やはり事実は事実。
このネズミがどういう理屈でここまで強くなっているのか、こんな小さなボディーの中に、俺達とまともに渡り合うだけのエネルギーを詰め込んで、果たして大丈夫なのであろうか。
そういった疑問点も踏まえたうえで、俺の攻撃がまるで通る様子を見せず、さらには一撃喰らっただけで吹っ飛ばされ、そして加勢した仁平がダメージを負っているという状況が、今目の前で現実として作出されたのだ……
「それで仁平、何か作戦とかこう、アレな感じのはないのか? もちろんコイツに勝つためのな」
「そうねぇ~っ、さすがにこのネズミ、本来はここまで強くはない……というか普通の雑魚キャラの、何の変哲もないネズミをこの茨のダンジョン? の力で強化している……ように見せているだけだとおもうのよぉ~っ」
「というと? 具体的には何をするべきなんだ?」
「だからぁ~っ、ほら、持っているはずのアレを使ってぇ~っ、まずは真実の強さをぉ~っ」
「なるほど、おい女神鏡だ鏡! 例の鏡を出してくれっ」
「はい、じゃあこの……どうぞ」
「姿身サイズまでデカくなった分ちょっと不便にもなっているなこういう場所じゃ……まぁ良い、おいネズ公、お前の姿をこの鏡で見てみやがれっ! そのドブで薄汚れた貧相な姿が……あ、そうじゃねぇのか……」
『チュッ、チューッ!?』
「てかネズミの分際で鏡に映った自分を理解しているんですわね、そこまでの知能がどうして……」
「酔っ払って鏡に話し掛けていたご主人様よりはマシですね、というか動物の中でも賢い方です」
「ユリナ、サリナ、お前等覚悟は出来ているんだろうな」
「……耳はご主人様の方が良いようですわ」
何やら遠くから俺のことをディスっているらしい悪魔共、そんな悪魔の囁き? であっても、ディスられるのに対する反応が凄まじい俺の耳には届いてしまう。
で、そんなことを気にして入るよりも、今は鏡に映った自分の姿を見ることになってしまった目の前の強ネズミだ。
鏡の中に映り込んでいるのは、凶悪そうな目をしていない、真っ白でツヤツヤで、まるでどこかの施設で飼われている実験用のマウスのような、そんな美しい姿。
だがドブネズミ様のその強ネズミは、その鏡に映った何かの動きなどから、それが自分の、しかも真実の姿であるということに気が付いている様子。
立ち上がって自らの灰色になってしまったボディーを見渡し、次いで鏡に映り込んだ真実の、白い毛並みの自分を見て……何やらショックを受けたらしい。
途端に戦意を喪失してしまったネズミ、これまではこの茨の道にアタックしてくる魔界人間の護衛キャラと同等に渡り合い、そして今回も俺や仁平を倒してしまうのではないかという勢いで戦い始めたのだ。
だがその戦いの最中、それが本当の自分ではなく、何者かの力によって偽られた自分が、薄汚れた格好でその何者かの期待に応えるべく戦っているに過ぎなかったと……鏡に映った白い自分を見ただけでそこまで悟ったこのネズミこそ何者なのであろうか……
『チューッ……』
「……戦いをやめるようねぇ~っ、もうここまでの強さとかぁ~っ、そういったものは完全に抜け去っているわよぉ~っ」
「ベースとなったネズミと違うのは、これまでの戦いで付着した汚れのせいで灰色になっているということだけか……哀れな奴だな」
『チューッ……』
「ということでだ、俺様に逆らった下等生物がどうなってしまうのかということをだな、身をもって体験して貰う……と、この使いじゃないのか?」
「違うぞ主殿、そのネズミはかなり賢いようだし、そのまま解放して仲間の所へ行かせて、この茨の道の真実を伝えて貰うようにするんだ、ほら行け、ここであったことを仲間に伝えるんだ」
『チューッ!』
「甘い奴だなジェシカは、あんな奴がまともに言うことを聞くなんて……ことは永遠になくなってしまったようだな」
「……まさかこうも早く捕食者の餌食になるとは」
賢さが異常に高いということも手伝って、そのまま解放することに決まった単なる薄汚れたネズミであったが、指示を受けて茨の道の脇へと逸れたところで、すぐに自律型の食虫……いや食チュー植物に喰い殺されてしまったではないか。
俺達はその食チュー植物が明らかに通常の強さではないこと、こちらの強さに合わせてかなり強化されているということを察しているため、迂闊に手を出すことが出来ない。
結局こちらが呆然と見守っている間に、その強かったネズミは完全にその植物に飲み込まれてしまって……しばらくその中でジタバタしていたようだが、そのうちに気配さえも消えてしまった。
で、結局振り出しに戻ったわけだが、俺達がここでこうやって立ち止まっていると、後ろからやって来る次の参拝客パーティーの迷惑になってしまう。
同じペースで進んでいたはずの前のパーティーが、もはやかなり離れた場所に見えることからも、俺達のペースが遅すぎるということは確実。
仕方ない、ネズミに関しては諦めて、そしてこれからも強敵に対してはそれなりの対処をするということを、しなくてはならないということを意識しつつ、このまま先へ進むしかないであろう……
「しっかし、これじゃ本気でゴールする前に力尽きてしまうぞ、どうにかしてこの何だ? こちらの力に合わせた敵の状態を解消して、元の雑魚に戻していく方法を考えないと」
「そうねぇ、鏡の作戦が毎回上手くいくとは思えないし、さっきの食チュー植物みたいなのには当然効かないはずだし……やっぱり私達も武器を出して戦うべきかしら?」
「それがバレた時に何が起こるのかってことを考慮するとな……最終手段として取っておくべきだろうよ全員参加の戦いは」
「となると、戦えるのは勇者とホモだらけの仁平のみということになりますが……ホモだらけの仁平も実際にはグレーですね」
「あぁ、あの係員みたいな奴が言っていたのはこういうことだ、護衛1人よりも敵が強くて、やはりその数を揃えてアタックしないと実質無理……みたいな感じなんだろうよ」
「とはいえ、勇者様だけでどうにかするしかないのよ、ちょっと無理があっても、最悪自爆攻撃とかでも良いから戦っていかないと」
「自爆攻撃まで強いられるのかよ俺は……まぁ、そうしない限り絶対に勝てないんじゃ仕方ないがな」
「ドーンッてやってしまって下さい、ドーンッて」
「簡単に言うのはやめなさいそんなこと……」
とにかく、このまま普通に戦ってもジリ貧、どころか普通に敗北して泣きながら元来た道を帰るような事態になりかねない。
そうなると普通にショックだし、そもそもその帰り道ですれ違うその辺の護衛連中に笑われかねないではないか。
もちろんそんな野朗は普通にブチ殺して、決してこの大勇者様が弱いわけではないということを見せ付けてやるのだが、それをしたからといってこの茨の道のゴールに辿り着くことが出来るわけではないのだ。
ここから諦めることなく、そして敗北してしまうことなく、遥か彼方に見える山頂の本殿? を目指さなくてはならないのである。
そのためにはここから先に出現する敵を……と、どうやらネズミに続くこの茨の道固有の敵キャラが出現したようだ。
周囲のトゲだらけの茨がガサガサと揺れて、その中から出現したのは……これまでに何度となく殺害してきたような、ショボくれたハゲのおっさん、しかもそれの3分の1程度のスケールのものではないか……
『やぁ君達、かなりの大所帯のようだが……護衛が少ないみたいだね、というかそこの男だけのような気もするね、これはチャンスだね小生にとっては、ねぇ?』
「何なんですかこの人気持ち悪い、あの、申し訳ないですけど向こうへ行って成仏とかしてくれませんかね? 毛根だけ先に逝っているようですが、本体の方も早くどうぞ」
『おや、巨乳のお姉さんはなかなか度胸があるね、こんな場所でハゲで臭い小生に、そして長いコート全身を覆っている小生に話し掛けるとは……バババッと!』
「ひぃぃぃっ!? イヤァァァッ! ご主人様助けてっ!」
「おいっこのクソがっ! ルビアにとんでもねぇモノ見せてんじゃねぇよっ、しまえその爪楊枝をっ!」
『爪楊枝とは失礼な、こう見えても小生、変態でかつ見せつける勢いが最高と誉れ高いこの茨の道の雑魚モンスターでね、コンテストで入賞したことはないけどこのスティックもなかなかのものだと、この茨の道の強者の中では話題に……』
「ちょっと、言っていることが支離滅裂よこのおじさん」
「あぁ、これはやべぇクスリをやっているときの反応だな、何か違法なものを……で、見せ付けて満足したのであれば早く退けよ、ルビアに謝って賠償もしてからな」
『イヤイヤイヤイヤ、見せ付けるのはオマケ、ほんの余興だよ、小生の本来の目的は……君のような護衛を始末してっ、参拝客のアタックを失敗に終わらせることなのだっ! キェェェェッ!』
「ちょまっ! ギョェェェェッ! めっちゃ強えぇじゃねぇかぁぁぁっ!」
まさかこんなハゲにブッ飛ばされる日が来るとは、このようなことなど思いもしなかったというのが、飛ばされながら大ダメージを被っている現在の率直な感想である。
ドンッと地面に叩き付けられ、そこでさらにおっさんが接近して来ているのを確認すると、身を捩って今度はハンマーのように振り下ろしてきた一撃をどうにか回避して、少しばかり距離を取った。
その間に動いた仁平が、奇襲攻撃にておっさんを後ろから鷲掴みにしようとしたのだが……それは残像であったようだ。
スカッと空振りするように掌を閉じた瞬間の仁平に、残像ではなくホンモノのおっさんが上から、俺にしたのと同じような腕を振り下ろす攻撃を加える。
脳天に直撃を貰って昏倒する仁平、フラフラと、倒れこそしなかったが相当なダメージを受けているのはその様子からわかってしまう。
このおっさんはメンバーの中で俺のみが戦うキャラで、それ以外は全員『女性参拝客』だと認識していたはず。
その思い込みを裏切るかたちで、後ろからいきなり攻撃を加えてきた仁平に対してこの反応……強いどころの騒ぎではないなこれは……
「大丈夫か仁平? ちょっと退いて立て直そうっ」
「んもぉ~っ、やっと頭のピヨピヨが治ってきたわぁ~っ、どういう攻撃力をしているのかしらこのおっさんはぁ~っ」
「まぁ、こういう攻撃力だろうな、普通にやっていたら確実に負けるぞ、上手くやり過ごす方法を考えないとだ」
『フハハハッ、無理であろうよ君達には、その、戦わないと思っていたキャラが実は……というのはなかなかのアイデアだと思うがね、さすがにそれでは小生を倒すことなど出来ない、雑魚の中では頑張っている方なのだからね小生は』
「ムカつくハゲめが、お前さ、自他ともに認める雑魚なんだろう? おかしいと思わないのかその今の自分の強さが?」
『君達が弱すぎるだけでは? 小生はね、いつもいつも毎日毎日、ここで何度も何度も敗北して、その度に惜しかったな、敵がもう少し少なければ良かったなと思い続けてきたのだよ、だが……今回は遂にそのチャンスが巡ってきたようだね、君達、そんな舐めたパーティー構成でこの稀代の雑魚である小生に立ち向かうとは、少々この茨の道を舐めていたようだね』
「うるせぇハゲ! 死ねやボケがぁぁぁっ! ギョェェェェッ!」
「凄いっ、もう勇者様の攻撃、おじさんの10m手前で弾かれちゃって……実力の差が凄すぎるわっ」
「しかしこれをどうにかしないことには……リリィ殿、危ないし汚いから後ろへ……リリィ殿?」
「ジャーンッ、今ここで採った茨をボールみたいにしてみました、喰らえっ! この汚いおじさんめっ!」
『ん? 参拝客が何を……あっ、ギャァァァッ!』
「おうっ、直撃! しかもズタズタになって……死んじゃったみたいですねこのおじさん」
「……どういうことだ一体? 何でこの強敵が、茨を固めた適当なボールをぶつけられただけでこんなに……あり得ないだろうこんなの?」
「でも勝ったんだから良くないですか? 次もやっつけましょうか?」
「……ひとまずそうしてくれ、念のため、他の仲間は手を出さないように、自前の武器を使うとアレとか、そういうことがないとも限らないからな」
『うぇ~いっ!』
俺でも、そして神であってその中でも特に強大な力を持つ仁平でも全く歯が立たなかった雑魚のショボいおっさんを、ふざけて攻撃したリリィが一撃で仕留めてしまったのであった。
通常の攻撃ではなく、むしろリリィが普段好んで使用する投石攻撃よりも威力が低いはずの茨ボールを受けたおっさんが、こうも簡単に死亡するというのはどうも気掛かりだし、あってはならないことだ。
だがこちらも、ショボい雑魚キャラにしか見えないおっさんや単なるネズミが超強かったのと同様、現実に起こってしまったことなのである。
だからそれを否定するよりかは、どうしてそうなったのか、そしてこの俺達にとって有利な事象を再現するためにはどうしたら良いのかということを考えるべきであろう。
もっとも、リリィが咄嗟に起こしたことゆえ、そのリリィにもう少し同じ行動によるサンプルを集めさせるのが最も有効であるのだが……そのチャンスはあっという間に訪れた……
「出たぞっ、また良くわからないハゲのおっさんだ!」
『オッサァァァンッ!』
「鳴き声もメチャクチャ適当ね、てことはコイツ、単にさっきの攻撃の効果を確認するためだけに登場した……リリィちゃん!」
「はいっ! 喰らえ茨ボールッ! とぉっ!」
『ギャァァァッ! オッサァァァンッ……ぐふっ……』
「やっつけましたっ! また一撃ですよ一撃! ホントは弱いんじゃないですかここの敵の人達?」
「あぁ、どうやら本来非戦闘員であるべき者に対しては、その強さに合わせてどうのこうのというアレではないようだな……よしっ、次はもうちょっと別の実験をしてみようか」
意外なところから強敵の倒し方がわかってしまったということになるのだが、このままもっと効率良く進むため、もうしばらく先へ進みつつ実験の方をしてみることとしよう……




