1205 草塗れ
「え~っと、最後の階段は……あったあった、ご丁寧にレッドカーペットが敷かれていますよ、ここまで辿り着きし豪なる者よなんちゃら……みたいなことが書いてありますが、特に意味はなさそうですね」
「一体誰が辿り着くというのかしらこんな場所まで? 見たところによるとこの辺の雑魚敵キャラ、そこらの天使なんかよりよっぽど強いわよ、てかあのデブでハゲの変な神より強いわ」
「雑魚でそれじゃあ神界人間には無理だろうな、むしろ俺達専用のダンジョンみたいな感じか、或いは……」
「元々神々がアタックするように設計されているダンジョンであるという可能性があるにはありますね、何のつもりでそうしたのかは……まぁ古の神にでも聞いてみないとわかりませんが」
「だがとにかくこれで最下層まで到着だ、あとはえ~っと、何だっけ? マジ草野朗だか何だかっていう草の恐竜を潰してゴーレムの動力炉をゲットするだけってことだな」
「わうっ、ちょっと強くなったとか言っていたけど頑張って戦います!」
などとやる気満々のカレンを戦闘に、レッドカーペットの敷かれた階段を降りてダンジョンの最下層へと向かう俺達。
特に急ぐわけではないが、カレンが駆け足気味であるのでそれに釣られ、皆一斉にダダダッと駆け降りて行くかたちとなった。
階段の下にはまず扉があって、これはボスが居る部屋の前であるという性質上当然のこと。
また、その手前で広がったレッドカーペットも、また妥当な造りになっているといえよう。
扉の大きさはかなりのもので、高さ的には30mから上といったところ、幅もそこそこあり、そのサイズはおそらくボスキャラであるマジ草恐竜ダイナ草のサイズを物語っている。
おそらく最初、古の神々がこのダンジョンを創り出した際には、どこからか運んで来たそのダイナ草をこの入口から搬入したはず。
また、何らかのメンテナンスが必要な際にも、この扉からダイナ草を搬出してオーバーホールに出したり……ということをしていないとも限らない。
とにかく、それが通るサイズで設計されているのがこの扉だと考えれば、ダイナ草自体もそれなりの大きさを有していると考えるべきところ。
だがまぁ、敗北して倒れ、喰われて栄養になるべき冒険者がこれまで一度もここに辿り着かなかったことを考えると、もしかしたら本当に枯れたり、小さくなってしまったりということがあるのかも知れないが……
「鍵とかは掛かっていないです、開けますけど良いですか?」
「良いぞ、ガンガン開けてやれ……だがいちいち壊さなくて良いからな、ゴーレムの動力炉が倒れた扉の下敷きに……なんてことになったら大変だ」
「大丈夫よ勇者様、ほらこれ引き戸だもの」
「何でそんなシステムなんだよ……まぁ良いや、それで中の方は?」
「壁に蔦が張り巡らされていて……真ん中に何かこう、木彫りの恐竜みたいなのが居るわよ、よく床の間に置いてあるやつ」
「クマじゃなくて恐竜を木彫りで作って床の間に置くのか異世界では……まぁ、クマもあったか、恐竜が居る地域では恐竜ってことだな、で……本当に木彫りの恐竜だな……」
壁が蔦だらけのボス部屋、感覚的にはその蔦が今にも襲い掛かってきそうに思ってしまうのだが、それは異世界冒険のしすぎであろう。
で、その中央に位置する蔦のない場所には、何というかその、古臭い木彫りにしか思えないビジュアルの草食系巨大恐竜の姿があった。
首が長く、そして象のような四足で歩行し、もちろん尻尾も長いタイプの草食恐竜……高さは予想していたよりもかなり上だな、首が長い分、キッチリ伸ばして測れば50mぐらいにはなりそうだ。
これは完全に樹上の葉っぱを食しているタイプの大人しい草食恐竜を模したものだが、どういうわけかデータ上、この恐竜ボスが人間を喰らうバケモノということになっているらしい。
何かの間違いであろうと、そう思いながら近付いていくと……カレンが皆より一歩踏み出している分それに反応したのであろうか、突如として足元に魔法陣が現れ、一定範囲の地面がバキバキと割れ始めたではないか……
「カレン! ちょっと下がった方が良いぞこれはっ! 下から突き上げるような、強い力が……あ、もう逃げていたのか」
「勇者様も早くっ! 下から何か出現するわよっ!」
「お、おうっ……てなんか出たぁぁぁっ!」
「口ですっ! 巨大なバケモノの口が……木彫りの恐竜を飲み込んでしまって……メチャクチャデカいですっ!」
「とんでもねぇサイズの敵だな……しかもまた穴の中に戻って行ったぞ、律儀に床のタイルまで元に戻していやがる……器用だなしかし……」
「今の、顔に葉っぱが沢山付いていて見えなかったですけど、肉食恐竜さんみたいな口でした」
「てことはアレか、あの喰われてしまった木彫りの草食恐竜は囮で……」
「プッと吐き出されて元の位置に戻りましたね、大人しくて小さい? 草食恐竜が敵だと思って近付いたら、下から長巨大肉食恐竜が出て来て一気に食べられる……みたいな仕組みですねきっと」
「……あ、管理者権限端末にもようやく情報が出たわ、今まで『???』だった部分が公開されて……ホントにでっかい恐竜ね、ほら見て」
「どれどれ……やっぱりティラノタイプなのか……にしても何で全身草塗れなんだ?」
「知らないの勇者様? 絶滅した古のティラノには草が生えていたかもって、最近の研究ではそうなっているのよ」
「羽毛とかじゃなくて草なのかよ……まぁ良いや異世界だし、もう何でもアリだな……にしてもこんなにデカかったのかよその古のティラノってのは?」
「そんなわけないじゃないの、せいぜい20mぐらいじゃない? あの木彫りの恐竜より小さかったはずよ、間違いなく」
「じゃあ何らかの影響で巨大化して……どうだ精霊様?」
「それも説明があるわ、えっと、神々がその力をもって、長きに渡る品種改良を重ねた結果として、当初普通のティラノであったものから『マジ草恐竜ダイナ草』を創り出すことに成功しました……そのボディーは山よりも高く、そして知能は神界人間よりも高く、全身を覆う草の強度、量共に通常のティラノよりも遥かに高い究極のダイナ草です(全て当社比)……だって、ろくでもないわね」
「それで、今は俺達が不正したせいで、それがもっともっと強くなっているってことだろう?」
「えぇ、ダンジョンが不正行為を検知した場合、最終階層のボスであるマジ草恐竜ダイナ草が、徐々にやべぇクスリを注入されることによって、科学的に強化されていくこととなります、これでダンジョン管理権者も安心ですね……だって」
「死ねって言っておけ……で、結局どうすんだよコレ? 殺れるかカレン?」
「一応作戦はありますっ! とぉぉぉっ……よいしょっ」
「気を付けろよぉ~っ」
マジ草恐竜ダイナ草が反応し、地面から姿を現すのであろう範囲にストンッと着地するカレン、そこで足を踏み鳴らしたうえで、もう一度ジャンプして範囲から出る。
だが一度反応してしまったダイナ草は止まることなく、再び地面を割ってその巨大な口を見せたのであったが……もちろん餌はそこには居ない。
その代わりとして、木彫りの恐竜ごとバクンッと口が閉じた直後に、範囲から出ていたカレンがシュシュシュッと接近して来て……表面に攻撃を加えたではないか。
本当はギョロギョロと輝く巨大な眼球を狙ったのであろうが、口を閉じた瞬間に目も閉じてしまい、さらに周囲の蔓だの葉っぱだのが邪魔でそこへは辿り着きそうもない。
ジャキンッと音を立てて敵にヒットしたカレンの爪武器による攻撃も、ダイナ草の表皮には到底届かず、数枚の葉っぱと何本かの蔓を引き裂いたのみに終わった。
捕食に失敗し、また木彫りの恐竜を吐き出しながら地面の中へと戻って行くダイナ草……最後の最後で目が見開き、ギョロッと攻撃者であるカレンを睨んだようにも思えたが、草に覆われた表情のない爬虫類が何を見て、何を考えているのかなどわからない。
そしてダイナ草が地面の中へと戻って行く衝撃に次いで、カレンが切除した敵の一部が落下して来た。
しかも葉っぱとは思えない速度でだ、地面に落ちた際もフワリとではなくドスンッと、かなりの質量を有しているのがわかる雰囲気の落下を見せたのである……
「メチャクチャ硬かったです、攻撃1回じゃちょっとしか削れないですこれじゃ」
「カレンちゃん、このちょっと大き目の石ころあげます、コレ投げて出て来たところを襲えば、一度に3回か4回ぐらいは攻撃出来るんじゃないですか?」
「わうっ、じゃあ次はコレで……それとこの葉っぱ……革の鎧みたいな硬さですね……」
「どれどれ……本当だな、このまま股間を隠したら普通に防具になりそうな勢いの葉っぱだぞ、蔓の方もロープみたいだ、神々……は無理だが天使ぐらいなら簡単に絞め殺せるんじゃないのかこれで?」
「うむ、あの巨大な口だけではなくて、この蔓が張り巡らされたボディーに絡め取られるのも脅威であるということだな、攻撃も通り辛いし、なかなかの強さだぞあのダイナ草というバケモノは」
「ちなみにジェシカ、その葉っぱ、1枚のまま落ちているのしかないんだが……ちょっと引き裂いてみてくれ」
「わかった、ふんっ、ふぬぬぬぬっ……こうなったら刃物でっ、誰かナイフをっ」
「はいはいナイフナイフ、使い捨ての投げナイフだけどどうぞ」
「助かる、じゃあこのセラ殿のナイフで……全く切れないな、凄くしなやかで刃も通らない、どういう素材なのだこの葉っぱというか草は? 蔓の部分はどうにか切れるようだが……すまんセラ殿、凄い勢いで刃毀れしてしまったぞ」
「まぁ、ワゴンセールのゴミ武器だし、きっとそんなものよね、何か特殊な武器じゃないとこの恐竜の周りの草は切り離せないってことよ」
「しかしアレだろう、これだけのものを全身に纏ってんだ、それを維持するためには、生物として凄まじいエネルギーを使って……みたいなことはないか?」
「じゃあちょっとずつこの葉っぱを切り落としていって……凄く時間が掛かりそうですね……」
「大丈夫よカレンちゃん、飽きたら言ってくれれば、管理者権限でこの戦闘自体『スキップ』しちゃうから」
「味気ないとかの次元じゃねぇなもうそれ……」
確かに、精霊様のダンジョン管理権者としての力を振るえば、こんな所でマジ草恐竜などに構っておらずとも、とっとと目的物をゲットして帰ることが可能だ。
だがカレンがまだやる気なのと、それからあまりにも不正行為の度が過ぎているから、いつかその分が自分達に返ってきそうなので、いきなりそこまでしようという気にはなれない。
だがまぁ、この戦い自体があまり長引いて、カレンももう良いというのであれば、それはそれで『時短』のための方法を考えなくてはならないであろう。
戦闘をスキップしてしまわないまでも、管理者の権限でダイナ草の戦闘力を少し下げてみたり、継続してダメージが入り、5分後には倒れるようにしたりなど、出来そうなことは様々なのだ。
とはいえまぁ、ベストなのはこのままカレンが押し切って、ダイナ草を滅ぼしたうえで安置されている目的物を、ゴーレムの動力炉をゲットするということであろう。
そのためにはまず、一瞬しかない攻撃のタイミングをフルに使って、可能な限り早くダイナ草の草を剥がし、ハゲ恐竜にしていかなくてはならないところだ……
「じゃあもう一度いきますっ! 今度はリリィちゃんから貰ったこのちょっと大き目の石ころで……それっ! ドーンッと」
「カレン、それ石ころじゃなくて岩石だろうよ、リリィもどこに持っていたんだあんなもん? 直径1mぐらいあるじゃないか」
「ポケットに入れていましたよ、ご主人様も欲しいですか石ころ?」
「今はちょっと要らないかな……まぁ、欲しいときがきたらまた言うよ、本当に石ころが欲しくてたまらないときがきたらだけどな」
石ころだの岩石だのがどうのこうのはどうでも良くて、ついでにそのポケットの内部がどうなっているのかに関しても今は言及すべきときではない。
カレンが投げた石ころ、ではなく岩石が、ズシッと音を立てて敵の間合に落ちたうえで、勢い余って転がり出した。
このままだと木彫りの恐竜にぶつかってしまう、そう思ったところで地面からマジ草恐竜ダイナ草が出現。
今度こそ獲ったとでも思ったのであろうか、残念ながらそれは岩石、余裕の無機物である。
そんな無機物を口に放り込んでしまったうえに、狙っていた獲物の方は時間に余裕を持って、最高のタイミングで攻撃を仕掛けてくるという。
まだ目が見開いているタイミングで、そこに向かって強烈な一撃を……周囲の葉っぱが動いて目を守ったではないか。
反射的に瞼が閉じるように、何か危険が迫った際には身に纏った植物が反応するということなのか、だとしたら厄介だな。
しかしここでカレンが落とした葉っぱは複数枚、さらに今回は攻撃を続行するための時間がまだまだ残っている……
「それそれそれそれっ! どんどん千切っていきますよっ……っと、もう戻らないとダメみたいです、最後に一撃! 石ころでも喰らえっ!」
「だからそれもう岩石……っと、何か斬る系の攻撃よりもダメージが入っていないか今の?」
「衝撃の方が効くってことかしら? やっぱり草だし、切れないけど柔らかいから……みたいな?」
「かも知れないな、もしかしたらもしかするぞこの発見は……カレン、一旦戻れっ」
「もう戻っていますよ」
「後ろかっ!?」
ひとまず作戦会議ということで、攻撃者であるカレンも交えてどうしていくべきなのか、どのように攻撃したら効率が良いのかということを考え始めた。
まず、直接攻撃で衝撃ダメージを与えていくという方法が浮上したのであるが、空を切った攻撃の衝撃波などたかが知れている、天使ぐらいは殺せても、このクラスになるとほとんどダメージは入らないであろう。
そして直接、本当に蹴りなどの物理攻撃を食らわせるという方法なのだが、それをやってしまえばもう、小さなカレンはあの強力な蔓に巻き取られ、敵が戻る際に地面の中でガリガリと……これではさすがに怪我をしてしまう。
となると、先程のように石を、というか岩石の類を投げたりして攻撃するべきなのだが、さすがのリリィもそこまで多くの岩石を持ち歩いているようなことはない。
他に何かないのかということで、皆がポケットの中身を出してみたのだが……まぁ、本当に様々なモノが出てきた。
ユリナやサリナは毒を持っているし、ルビアは自分が横着出来るように回復魔法の代わりとなる魔法薬、そして菓子など。
その他の仲間達もそれぞれ、普段から持ち歩いているものをそのまま持って来ていたのだが……マリエルが持っている俺達の世界の金貨2万枚を、溶かしてボール状にして……とんでもなく高級な投擲兵器になってしまいそうだ。
他に投げられそうなものはというと、やはりリリィのポケットから出てきた大小様々な石ころぐらいしかなくて、それを投げ切ってしまえばもう、衝撃による攻撃を与える手段がなくなってしまう。
カレンに残雪DXをそうう日させるということも考えたのだが、そうなるとカレンではなく残雪DXが戦っているようなもの。
そもそも身長が足りないため装備することが出来ないし、唯一の使用者であるエリナから引き剥がすのもまた大変なことであるから、それに関しては諦めることとした……
「う~ん、とりあえず投げても構わないのはこれだけですね、どうでしょうか?」
「待て待て、どうして縛り上げたドM雌豚尻の神が『投げても良いゾーン』に置かれているんだよ? さすがにかわいそうだろうそんなもん」
「大丈夫です、私のような無能の豚は、投げ飛ばされて凄まじい衝撃を受けて、そのまま植物に絡め取られてギッチギチにされながら、地面に潜る際の摩擦でガリガリと削られて大喜びするのが生き甲斐ですから、遠慮なく投げて下さいませ、むしろ最初の、本当に一投目を希望します……お尻を蹴飛ばされて飛んで行くというのも吝かではありませんが……」
「ちょっと、誰かそれ蹴飛ばして横に避けておけ、それでえ~っと、岩石以外には……なんで宝箱がそのままあるんだよ? 何コレ?」
「それ、5階層でわオヤコドンを倒した後にちゃわちゃしていて忘れられた宝箱です、もったいないのでそのまま持って来ました」
「なるほど、そんなのがまだ残っていたのか……で、ちょっと開けてみようぜ、この戦いにおいて使えるようなものが入っていると良いんだが……何だコレ?」
「チェーン付きの……そしてトゲトゲ付きの鉄球ですね、ちょっとした雑魚アイテムのモーニングスター……にしては持つ所がなくて……何なんでしょうね?」
「まぁ、純粋にチェーン付き鉄球だろうよ、ちなみに質量の方はそこそこだ、どういうわけか元々あった宝箱の重さの5倍から10倍程度だからな」
「どういう原理なんですのそれ……でもちょっとは使えそうですわね」
「あぁ、引っ張って繰り返し使えるタイプの投擲兵器だ、むしろこのために手に入ったといっても過言ではないほどにベストマッチだな、まぁすぐに壊れてしまうと思うがこの敵じゃ」
「とにかく使ってみますっ、それとこっち、ちょっと小さめの石にさっきの蔓を結び付けて……コレで敵さんを釣りましょう、それっ……コロコロッと」
そこそこ頭を使った様子のカレンは、比較的小さな石と蔓を用いて振動に敏感なダイナ草を釣り、攻撃のチャンスを作る作戦に出たようだ。
コロコロと転がる石に対し、地面の下がズッと動きを見せて……そのままもう一度くるかと思えば、続いて何かが起こる気配はない。
どころか完全に地面の盛り上がりは収束し、今はただカレンが転がしている石ころが音を立てているのみ、非常にシュールな光景なのだが、どうして釣れないのであろうか……




