⑫ウサギとヒツジと魔王軍のヒミツ
戦争を終えます
「やぁぁーっ!しねぇぇーっ!」
カレンさん、物騒なこと言わないでください。殺さないって言ったよね、俺…
「こ、降伏します!斬らないで!叩かないで!」
「ダメです!」
…ガンッ!
ヒツジさんを剣で殴るミラ。
降伏してきたら乱暴はしないようにと言いましたよね。
何故殴って気絶させるのですか?しかも剣で、痛いでしょうに!
本当にその必要があるのですか?
自分がされたときのことを考えたことがありますか?
「きゃあ!何よ一体あなた達!…あ痛っ!」
「痛い!おい、セラ!危ないだろう!」
セラの風魔法が敵のマーサだけでなく、俺にも掠る、腕から血が出た!
「ルビア、回復をっ!…え、やってる?弱っ!」
ルビアの回復魔法は届いてはいるが、アレだ、電波1本しか立ってないみたいになっている。
遠すぎるのだ。だが彼女は木に挟まってそこから動けない。
あなた、大丈夫って言ってたよね…
「リリィっ!ちょっと待て、森だぞ森!頼むからここで火を噴くな!火事になるから別の攻撃にしろ!」
綿密な攻撃計画を立てたにも拘らず、カオスである。
だがその分…なのかはわからないが敵も混乱している。
「おい、痛い目に遭いたくなかったら降参しろ!今なら命だけは助けてやる。」
まるで悪役のような台詞を吐いてしまった。
「絶対にイヤよっ!現にマトンは投降したのに叩かれたじゃない!」
完全にミラのせいである。
「大丈夫だ!今のうちに大人しくしておけば軽いお仕置きで済ませてやる。」
「なによぉ!お仕置きってぇ!ぜぇぇ~ったいにエッチなことするつもりでしょう!」
どうしてバレたのであろうか?
仕方が無い、攻撃しよう…
と、思ったが全然当たらない。突いても突いても回避されてしまう。
まぁ最初のカレンの攻撃を平気で避けたのだ。当たり前か…
「おい、避けるな!一旦止まれ、このままだと悔しいからちょっとだけ喰らって欲しい。」
「黙りなさい、そう言われて当たりに行くほど馬鹿じゃないわよ!」
少なくともウチのパーティーメンバー達よりは賢いようだ。
全員で攻撃する、でも当たらない。
素早いミラやカレンの斬撃も、セラの魔法も簡単に避けられてしまう。
のろまな俺や大振りなリリィの攻撃などはあってないようなものである。
まともに直撃したのはセラの初撃のみ、俺ごといったのだが。
このままだと埒が明かない。一計を案じよう。
「あっ!ニンジンが編隊を組んで飛行している!しかもかなり高級な品種だ!」
「え?どこどこ?」
「チエェストォォォッ!」
バチンッッ!
「痛たぁぁぁい!」
油断した隙に聖棒で一撃、やはり効果が高いようで、かなりのダメージを負っているようだ。
しかし、この古典的な作戦に引っ掛かるやつが居るとはな…
「よし今だ!ボッコボコにしてやろう!」
全員で袋叩きにする。だがこのウサギ、かなりタフなようで、しばらく耐え抜き、隙を見て後ろに飛びのいた。
「やってくれたわね!まさか私の大好物まで把握しているとは…恐れ入ったわ。」
見たまんまなんですが…
「だが降伏したら腹いっぱいニンジンを食わせてやる。毎日餅を突いてもいいぞ!」
「くっ…かなり魅力的な条件ね!でも、どうせまた引っ掛けでしょう?今度は騙されないわよ!」
強情だな…よし、作戦Bに移行しよう。
「うむ、降伏はしないということだな。ではこっちのヒツジ魔族、マトンちゃんだっけ?この子に2人分の罰を受けてもらうことにしよう。おいっ!連れて行け!」
「待って!ちょっと待って!マトンには手を出さないで!お願い、何でもするから!」
仮にここで、全く状況を知らない誰かと遭遇したとしよう。
通報され、悪者として憲兵に連れて行かれるのは確実に俺である。
「本当に何でもする?武器を捨てて…元から持ってませんね。」
「本当です!本当です!信じてください!…」
「ダメですご主人様!何か仕掛けてきます!あっ…」
カレンの忠告、マーサの微妙な筋肉の動きなどを見切っていたようである。
凄いなお前。
「はぁぁっ!」
刹那、空中に飛び上がるマーサ。
まずは横に高速回転、凄い勢いだ!そこからさらに縦の回転を加え、こちらに飛び掛ってくる。
まずい!捨て身攻撃か!?
「大変申し訳御座いませんでしたー!」
アクロバット土下座であった。
本動作の前に回転を加えることにより芸術点が加算され、謝罪効果が格段に高まる大技である。
思わず、10点の札を挙げる。
セラとルビアも10点、身体能力が高く見る目の厳しいミラとカレンは共に9点の札を挙げた。
9点評価の2人曰く、横回転から縦回転に切り替わる一瞬、わずかだが軸にブレが見られたとのこと。
超見てやがる。
とはいえ、文句なしの合格である。
「よし降伏を受け入れよう。ミラ、アレを出してくれ。」
ミラが取り出してきたのはお洒落感のある金属製の腕輪。
かつてドラゴンライダーがリリィの里で使っていた『魔力をどうこうする力』を込められた腕輪だ。
普通に存在しており、その辺で売っているらしい。
確かに、こういうのが無いと魔法使いの犯罪者はやりたい放題である。
今回は、剣士とかがしかるべき場所で武器を預けるのと同じ感じで魔法使いが装着する、いい感じの品を用意させて頂いた。
「じゃあマーサはこれを着けて、ミラ、そっちのヒツジさんにも一応嵌めておこうか。」
マーサに腕輪を手渡す、ヒツジ系美少女のマトンはミラのせいで気絶しているし、そもそも戦闘力は無いものの、一応捕虜感を出すために装着させておく。
このとき、俺達は気がつかなかったが、腕輪をしたことによってマーサの魔力が消えたため、それを察知した魔物軍はやられたと勘違いして撤退していったそうだ。
「ちょっと!私は良いけどマトンに変なことしないでよね!」
マーサが念を押す。
「はいはい、わかってますよ。さて、とりあえずこの2人を連れて本部に戻ろう。」
気絶しているマトンは俺が抱え、マーサはカレンが爪を突きつけながら歩かせる。
木に挟まったルビアを救出するのは完全に忘れていた。今から戻るのは面倒なので後にしよう。
途中、俺の腕の中でマトンが目を覚ました。
「あれ?私は…あっ!うそ?マーサ様、負けちゃったんですか?」
「ごめんねマトン、あなたは酷い目に遭わされないよう頑張るから…」
とりあえず降ろしてやる、先程ミラが殴ったことを謝罪しておこう。
「起きたか。すまない、降伏したにも拘らず俺の仲間が暴行した。痛くは無いか?」
「いえ、大丈夫です。あと、マーサ様、人間に私達を殺してしまうことは出来ませんから、ご安心ください。」
どういうことだろう…不死身なのか?殺しても復活するとか?
復活ならヤバいなぁ…ドラゴンライダーとかまた始末するの面倒だし、昨日の種牛にもかなり恨まれているであろう。なにせカレンが腕切って持ってきてしまったしな、塩漬けになってるし。童話の鬼みたいに腕を取り返しに来たら凄くイヤだ。
「なぁ、なぜ人間達が2人を殺してしまうことができないってわかるんだ?」
「ふっふふ!それはですね、魔将がやられてしまった場合には、魔王様が1ヶ月程度で次の魔将を選んでしまうからです。だから魔将は殺さず、生かして捕らえておいた方が良いのですよ。」
「元々の魔将が生きていれば、後任者の選定に必要な瘴気が足りませんから、そのポストが新しい魔将に切り替わることはありません。」
「魔王様が人間にやられてしまうことは絶対に無いですから、私達は人間が滅びるまで、牢屋で食っちゃ寝してれば良いということになります。わかりましたか?」
なるほどな魔将は終身雇用で、ガチで死なないと後任は選べないわけか…だがひとつ疑問がある…
「あのさ?魔将であるマーサはそれで良いと思うんだけど…マトンちゃんは?関係ないよな?」
「・・・・・・・・・・」
「…まさかその程度のことがバレないと思った?」
「…許してください…エッチなことしても良いので許してください!」
泣いてしまった…
「うん、ごめん!大丈夫だから、誰も子どもにそんなことしないと思うから、とりあえず落ち着こう!」
「…許してください…私、500歳超えてるけど許してください!」
超高齢者であった…
マズいな、この子おそらく喋れば喋るほど自分を不利にしていくタイプだ。
かわいそうだからこの辺りで話を逸らしておこう。
「500歳を超えているなんて凄い!魔族は長生きなんだな、魔王もそのぐらいなのか?」
「いえ、魔王オーツ・カミナ様は17歳です。」
え?そうなの?どうして魔王なのにそんな若いの?ていうか俺より年下じゃないか!
と、そこへマーサの補足。
「現魔王様は凄いのよ!5年ぐらい前に異世界から召喚されてきたんだけど、そのときも17歳だったの、永遠に17歳のままだそうよ!」
いやいや魔王も異世界から来たのかよ、異世界魔王かよ!しかも永遠の17歳とか、それ、多分詐欺だぞ。
と、今度はマトンが…
「カミナ様の凄いところはそこだけじゃありません。なんと、この世界に転移してくる前は一兵卒に過ぎなかったそうです。」
「そう、確かコウリツコウコウという軍団のニネン=シー=グミという小隊に所属していたとか…」
「もしこの世界に来なかったら翌年にはユーメイ=ダーイガックというエリート軍に入るための試練にチャレンジする予定だったらしいわ。」
「おいちょっと待て!魔王は異世界から来た魔族なんだよな?」
「はぁ?何言ってるの?魔王様は異世界から来た『異世界人』よ!あなたも異世界勇者だし、一緒なんじゃじゃないの?」
いやいやいやいや…どういうことだよ?魔王も俺と同じ異世界人?
あっ…
『魔王オーツ・カミナ⇔日本人オオツカ・ミナ』
最悪だ…なんと!魔王は日本人女子高校生だった。
5年程前に召喚、ということは俺と年が同じの可能性もあるな…
その後もウサギとヒツジの話しは続く。
2人によると、前魔王(老衰で死去・享年93)もやはり異世界人であり、ゴリゴリの体育会系だったそうだ。
80年程前に召喚され、魔王なのに自分のことをグンソウドノと呼ばせていたらしいから、おそらくそういうことなんだろう。
そして彼の施政下では、魔王軍の幹部は皆、昨日の種牛のような力の強い荒くれ者ばかりだったという。
ところが、現魔王オーツ・カミナ、いやオオツカ・ミナが召喚されて状況は一変した。
彼女は召喚後早速『男女共同参画魔界』などというものを提唱し、魔王軍幹部の女性魔族登用制度を確立した。
さらには、それまで無益な殺し合いに過ぎなかった魔将や大魔将等のポスト争い(前任者死亡時)にも、筆記試験と安全な実技試験、それから面接制度を採用したのである。魔将になるためにその地位にある者を殺害することは当然禁止された。
これにより、戦闘ができないマトンのような知能系魔族にも、幹部採用への道が開かれたのである。
その後も魔王は食糧生産の改革をしたり、学校を設立して6歳から300歳までの期間の義務教育を制定したりとやりたい放題。
最近では魔王軍に与しない、外部の魔族を含めた『魔王軍監査役会』なるものも発足したとのこと。
これには皆驚いたようだ。日本ではごく当たり前のことであっても、この異世界には外部者に監査を依頼するなどという発想は無かったらしい。
おのれ魔王め!まさか俺が遊んでいる間に内政チートをしていたとは…
そうこうしていると、城門が見える位置までやってきた。
「お~い!敵将を投降させたぞ~!」
城門前には既に魔物の姿は無かった。
俺達が戻ると、兵士や国の関係者がわらわら集まってくる。
学者共が確認などと称して捕虜の2人にセクハラしようとしていたので、半殺しにした。
「一旦この魔族2人を引き渡す。捕虜だから丁重に扱えよ!あと、仲間が1人木に挟まって動けなくなっている。林業ギルドに頼んで救出してもらってくれ。」
ルビアを拾いに行くのは面倒だったので人に任せた。
マーサとマトンは偉そうな将軍と話をしている。マーサは字が下手なので、代わりにマトンが全権として降伏文書に調印することになったらしい。
※※※
あの後、すぐに城門周辺の避難命令が解除され、翌日には町が落ち着きを取り戻した。
木に挟まったルビアの救出は難航し、暗くなったので一時中断。翌日の朝には木を切って助け出されたが、既におもらししていたという。
あれから3日が経過した。それまでにやったことといえば、初日に戦死したBランク冒険者、それから最終日のAランク冒険者、2人の葬儀に参列したことと、重傷を負ったゴンザレスの見舞いに行ったことぐらいである。
ゴンザレスの見舞いは気持ち悪いので行きたくなかったのだが、Mランク冒険者の大ファンであるルビアがどうしても!と言ったので、嫌々行かされた。
受傷直後は意識不明だったものの、3時間後には筋トレをしていたそうだ。どういう体をしているんだろうか?一度、本当に人間なのかを調査した方が良いと思う。
今日は王宮で論功行賞が何とか言っていたので、そちらに行くことにした。
正直それも行きたいとは思わない。儀式はいいから金だけ送って欲しい。
と、思っていたらカレンとルビアの表彰もあるらしい。MVP獲ってたからな。これはさすがに見に行かないと!
「ご主人様!早く行きましょう!」
「勇者様、この服で大丈夫でしょうか?」
「あの…私は全裸の方が良いんですが、ダメならボディペイントで…」
奴隷身分なのに特別に王宮に入れる3人は大喜びであった。
ルビアは全裸で表彰台に上がりたいらしい。恥ずかしい事だけはしないで欲しい。
「勇者様、案内文によると報奨金はパーティー以外にも、私と勇者様が個別に貰えるらしいわ。私の分はミラを解放するための資金にしても良いわよね?」
「ああ、それは構わんよ。」
金だけは俺と、平民の身分であるセラの2人が個人的に貰う分もあるらしい。
待てよ、それなら早めに金貨100枚を納付し、カレンとルビアを平民にした方が得かもしれない。平民の数が増えても報奨金の総額が変わらなかったら意味は無いが…
「よし、じゃあ行こう。あと、表彰式の後は俺とセラだけでマーサとマトンの裁判に出席することになっている。後のことはシルビアさんに頼んであるから、皆ちゃんと言うことを聞くように!」
そう言って王宮に向かう。
表彰式はかなり盛大に催された。まぁ、今回は税金の無駄遣いだとか言う人間は居ないだろう。
ちなみにルビアは自分では脱ぐことが出来ないタイプのドレスを着せられている。係りの人に、何をし出すかわからない旨を告げてあったため、対応してくれたようだ。
金も貰った。パーティーとして金貨10枚、俺とセラには個人的に金貨5枚であった。
だが、一番嬉しかったのは、リリィのおやつ永久無料の権利であった。有名串焼き肉チェーンのゴールドパスであった!家計の圧迫が解消されていく!
※※※
「ハイハイ静粛に~裁判を始めますよ~!」
アホっぽい顔の裁判官がそう告げる。被告人席にはマーサとマトン。お前らそのフォーマルな服はどこから持ってきたんだ?
俺とセラは証人としての参加ではなく、国王の横のちょっと偉い人ポジションに座っている。もちろん不当な判決が出たら騒ぐつもりだ。国王は既に涎をたらして寝ている…
被告人である2人うち、マトンは必死でメモを取っているが、マーサは落書きしている。
こらこら、女の子がそんなモノを描いちゃいけません。
「え~と、では被告人魔兎よ、そなたは罰としてあの勇者パーティーに参加させられても良いということであるが、あれはおそらく厳しいぞ。さすがに本心とは思えんゆえ、その理由を述べよ。」
ウチのパーティーを地獄のブラック研修みたいに言わないで欲しい。
「え?何でって、ニンジンが食べられるから。」
「は?…うん、まあ良い、被告人・上級魔族の魔兎を、無期限の勇者パーティー参加の刑に処す!」
勇者パーティーは刑罰だった!
「では次に被告人魔羊よ、そなたはどうじゃ?何か希望の罰があるか?」
「あの…私はこれが良いのですが。」
そう言って何かの冊子を取り出すマトン。求人情報誌だ。
付箋の貼ってあったページを開くと、王立研究所の求人広告にマルが付けられている。そこで懲役にして欲しいと言うことか…
確かに知能の高いマトンは研究者として輝くかも知れない。無償で手に入るのであれば最高の人材だ。
「そ、そなた本当にそれで良いというのか?反省しているのはわかるが刑罰の決定には比例原則というものもあってな…少し、いやかなりやりすぎになってしまう!」
「大丈夫です。私はこれが良いと思っています。」
「そうか…わかった、では被告人・上級魔族の魔羊を、王立研究所、実験動物の刑に処す!」
「はい…え?えぇぇぇっ!?」
かわいそうなマトン、裁判官は何やら勘違いしていたようだ。
判決と同時に、偉い人席の中から白衣の女性が危険な笑みを浮かべて飛び出す。
そこの研究者だろう。
「さあ!マトンちゃんと言ったかしら?私と行きましょう!末永くよろしくねっ!」
混乱するマトンを小脇に抱え、退室していった。大丈夫だろうか?
ちょくちょく様子を見に行こう…
マーサは明日引取りに来いとの事だった。帰り道、俺は考える。
魔王も転移者なんだよな~、しかも日本人。それと戦うのか…
魔王を討伐する?同じ人間だよ?攻撃するだけでも犯罪じゃない?
いや、向こうも人間ということは、話せばわかってくれるかも知れない。
そうだ、魔王との戦いは話し合いで決着することにしよう。
そのためにはまず、魔将だとか大魔将だとかをどんどん倒し、有利に交渉を進められるような基礎を作っておかなくてはならない。
よし、明日からは冒険を再開しよう。ようやくマーサも手に入ったしな!
魔王とは話し合いで決着することにしたようです




