1192 立った
「……お、戻って来たみたいだ、お~い、どうなってんだここは? まるで落とし穴じゃないか」
「どうなってんだって、真っ暗でわからなかったわよ、とにかく気が付いたら落ちていて、下へ着く前に上がって来ちゃったけど」
「ダメじゃないか、ちゃんと底まで降りて確かめて来い、やり直しだやり直し、オラ行けっ!」
「ひぎゃんっ……わ、わかりました行って参ります」
「全く使えない雌豚だな、そんなんで精霊騙っているとか笑止千万だぞ、改めて確認して戻って来たら1回目の失敗分、キッチリ罰を受けて貰うからな、覚悟しておけよ」
「は、はい嬉しいです……」
穴からひょっこりと出て来た精霊様の頭を靴を履いたまま踏み付けながら、もう一度その最深部の調査に向かうよう命じる。
いつも調子に乗っている精霊様がドM堕ちして、しかもその期間満了後の復讐も禁じられているという状態。
これはしばらくの間だけ本当に良い気分で過ごすことが出来そうだ、今のうちにやりたい放題やっておくこととしよう。
で、また暗闇の中に消えて行った精霊様は、5分ほどしてもう一度穴から顔を出した……何気に汚れているようだが、何があったのかなど聞くまでもない。
衣服の破け方、それに何者かによって締め上げられた痕が肌の露出部分にあることから、下で何らかのクリーチャーによる襲撃を受けたということだ。
ドM堕ちしているとはいえその強さはまったく落ちていないため、その程度のことでどうこうなってしまうわけではないのであるが、念のため心配しているような素振りだけ見せてやろう……
「災難だったようだな、ほれ手を貸してみろ、抱えて引っ張り出してやる……よいしょっと」
「うぐっ、あのさ、せっかく肩に抱えたんだから、そのままビシバシお仕置きしてちょうだい、お尻をぶたれたい気分なのよ」
「そうかそうか、じゃあこれでも喰らえっ! どうだっ!」
「ひぎぃぃぃっ! な、何でこんなことされなくちゃ……でももっとぉぉぉっ!」
「主殿、精霊様、そんな羨ましい遊びをしている暇ではないぞ、まず何があってそうなったのかということについて報告を貰わなくては」
「そうだったわね、えっと、下まで到達したにはしたんだけど、何というかその、地面は完全に蔦の植物みたいなのに支配されていてこうなったの……雑魚だったから気にせず明かりを灯して周囲を確認したけど」
「それで、結果として何を発見したんだ?」
「壁に案内板が掛けてあって、そこに『順路 ゴーレムのボディーはこちらに安置されています、あとひと息!』みたいなことが書いてあったわ」
「つまり……この穴から進んで行くとかなりのショートカットになるってことかしら?」
「みたいだな、だがかなり深かっただろうに、しかも真っ暗だぞ、どうやって降りるんだ?」
「わからないけど、もしアレなら私がピストン輸送するわよ、労働させられたい気分だし」
「よしそれに決めよう、精霊様には先払いのご褒美として尻叩きだ、それっ」
「あひぃぃぃっ! ご褒美ありがとうございますっ!」
ということで精霊様の力を使って、それから完全なピストン輸送だと遅くなるということを見越して、一部はセラの風魔法に乗って降りて行くこととした。
俺は当然に精霊様の方を選び、手を繋いでぶら下げて貰いながら降りて行くこととしたのだが……もしかすると穴の底に繁殖しているという植物のクリーチャーはそのままなのか?
などと考えて精霊様に聞こうとしたところで、予想外に早く地面に辿り着いてしまって……いや、そうではない、下から蔦のバケモノがお迎えに来たのである。
バケモノは当然ぶら下がっている方の俺に絡み付き、グイグイと引っ張って下に連れて行こうと……これは前にも戦ったことがあるタイプのバケモノだな、面倒だが足をバタバタさせて引き千切っておこう……
「このっ、結構強いな引っ張り強度が、面倒臭せぇバケモノだぜ全く」
「ちょっと前まではこんなのにも苦労していたのにね、ていうかその頃の私達だったらたぶん今頃食べられていたわよコイツに」
「あぁ間違いない、強くなったという実感はあまりないんだが、それでもあり得ないぐらいのペースでパワーアップしているんだな……っと、地面に足が着いたぞ、精霊様、戻る前に明かりだけ置いて行ってくれ」
「はいどうぞ、じゃあ次を迎えに……あら、風魔法組とすれ違うのが大変ね、思ったよりも狭いわ」
「確かに……いや、入り口付近はもっと広かったような気がするんだが……てか微妙に壁が動いていないか? 岩みたいにゴゴゴゴッて感じじゃなくて、その……」
「ウネウネしているわね、風の跳ね返って来くる感じでわかるわよ」
「セラ、それに世界3大悪魔とリリィか降りて来たのは、そうだよな、明らかに動いてというか蠢いてというか……これさ、普通に生物なんじゃねぇの?」
「生物の……口の中に入ってそのまま降りて来たってことかしら? でもそれなら草が生えているのはおかしくない? 私達で言えば胃に芝生が生えてしまったみたいなものよ」
「さぁな、ピロリ菌みたいなものなんじゃねぇのか? といってもわからんか、とにかくバケモノの胃に草が生えることぐらいあるだろうよ、神界なんだから」
「その神界なんでもアリ説には賛同しかねるわね……でもまぁ、危なくはなさそうだし、それに案内看板もちゃんとあるから大丈夫よね?」
「わからんが、もしヤバかったら女神でも生贄にしてトンズラしようぜ」
予想の域を出ないのであるが、どうも俺達はあの穴の入り口、つまり何らかの生物の口から入って胃まで降りて来てしまっているのではないかと疑う。
まぁ、だとするとセラが指摘したように『胃に草が生えている』という状況や、それから案内看板が掲げられていて、目的物であるゴーレムのボディーまでのショートカットになっているというのがおかしい。
通常の生物であれば体内を通ってショートカットするようなことなど出来ないし、そもそもコレが生物だとしたら何を喰らって生きているというのか。
もちろん俺達のような間違えて入り込んだ何かを消化してしまったり、またこの体内の草をどうこうすることによって栄養を得ている何かでないとは限らない。
とはいえ、このダンジョンの訪問者はあまりにも少ないのであって、だから入口の見張りをしていた天使も暇そうにしていたし、それを惨殺しても一向に追手が来る気配がないのだ。
よってこの説は否定までは出来ないもののそこまで信憑性が高くないというか、やはり憶測にすぎないこととなる……
「よいしょっと……仲間は私で最後です、あとはそのホモだらけの仁平様という怖い神様が壁を伝って降りているのですが……」
「そのせいでさっきからウネウネが凄いことになってんのか、上からの振動が伝播しているだけか、それとも……何かさ、ちょっと上が閉塞してね?」
「本当ですね、というかホモだらけの仁平神はどうしたのでしょう……あ、ちょっとアレな感じで『ムリュッ』と出てきました、無事ではあるようです」
「おい女神、お前気持ちの悪い表現ばかりしていると承知しないぞ、次にそんな効果音を口に出したらお前のケツに指をムリュッと突っ込むからな」
「ひぃぃぃっ! なんと恐ろしいことをっ!」
「あらぁ~っ、私の話題で盛り上がっちゃったぁ~っ? しっかし、どうしていきなり壁が閉じちゃったのかしらぁ~っ? もしかして私、この竪穴に拒絶されてるぅ~っ?」
「可能性がないとは言えないのが恐ろしいポイントだな……で、これにて全員揃ったのか、とにかく奥へ進もうぜ、何がどうなっているのかはわからんがな」
『うぇ~いっ』
というわけで道案内の看板に従ってその先を目指す俺達、下の襲ってくる蔦を掻き分けているのだが、斬り払っても斬り払っても終わりが見えない。
なお、道はかなり傾斜が付いて下っていて、もしこれが生物の体内であるとしたら、おそらくは胃から出て腸へ向かって……といった感じの場所だ。
下は蔦で覆われているものの、壁はこれまで通りの質感で、手を触れると少しムニュッとした感覚を覚える。
ヌラヌラしていたり何かが壁面から分泌されていたりという様子はないのだが、もしかしたらこれは生物なのかも知れないと、ここだけの情報でそう思ってしまう壁だ。
そんな通路をしばらく進むと、180度の折り返しに差し掛かって……Uターンした先には謎のバケモノが待ち構えていた。
これまでのような『昆虫タイプ』のクリーチャーではない、どう考えても線虫というか、とにかく人間に寄生して悪さをしそうな、そんな感じのワーム系クリーチャーである、色は真っ白だ。
「出やがったな線虫めが、しかもデカいし」
「これを見ると本当に何かの生物に寄生している寄生虫みたいな……とりあえず斬ってみますか?」
「そうだな、だが完全に分断するなよ、もしそうなってしまいそうなら消滅させるんだ、分裂されたら敵わんからな」
「わかりました、では最高の一撃でこうですっ!」
ズバァァァッという音と供に、ミラが放った斬撃は地表の植物を引き裂き、さらにその上に居た線虫のようなバケモノを飲み込む。
一気に跡形もなく消滅したバケモノであったが、それとはまた別に、通路全体に異常が起こり始めたのであった。
ウネウネと動いていたのが急に大変動を起こし、地面に出来てしまった大きな斬撃の跡を塞ぐようにして密着し出しているではないか。
通路全体も一気に狭まり、俺は横の壁に押されて、そして隣から逆の壁に押されて来たマリエルと密着してしまう。
横だけでなく上からも壁面が迫って……このままだとギュウギュウに詰められて圧し潰されてしまいそうである。
その事態だけは免れようと、必死に壁を押して広げようとするのだが……かなり強い力で押し込まれているではないか。
周りの仲間も一気に固められ、前に居たカレンが圧し潰されて見えなくなったところで向かっていた先から何やらゴゴゴゴッというような音が響き始めた……
「何か来るぞっ、キッツキツだが用心しろっ!」
「そんなこと言っても……あっ、何だか洪水みたいなのが向こうから……流されるわよっ!」
「ぬわぁぁぁっ! てかこれ酸なんじゃねぇのかっ? バリアだバリア! 精霊様!」
「水で押し返すわよっ! でもちょっとここには居られない……私の水で元来た方向に流されるしかないわっ!」
『あ~れ~っ』
などといい加減な絶叫をしつつ流され、最後には穴から降りて来たばかりの場所に……と、そこにも止まらないか。
まるで井戸に水が溢れるようにして、降りて来た穴をどんどんと押し上げていく大量の酸。
俺達が浸かっている部分には精霊様の水があるため溶かされることはないのであるが、それでも押し上げられるのは止められない。
そして鍵を開けた入り口からプッと、いやドバッと排出された俺達は、そこら中の食人植物に喰われながら一斉に起き上がったのであった。
入口から溢れ出した水と酸は徐々に引いていき、しばらくするとまた元の何もない状態に戻ったのであるが、しばらくするとまた酸がこみ上げてきて排出される。
もしかしてこれはゲロでも吐いているのであろうか、ミラの攻撃で内臓を傷付けられ、そのショックで嘔吐してしまったという……それでは完全に生物ではないか……
「生きて……いるみたいねこの穴……」
「そういうことになるな、やはり今のは何らかの巨大生物の体内だったんだ……っと、またゲロ吐きやがったぞ汚ったねぇな」
「あの傷が相当にショックだったんでしょうね、降りた場所にあった看板も外れて出て来てしまっています」
「しかし生物であったのは良いが……まぁ良いとは言い難いけれども、これからどうするんだ主殿? ショートカットを諦めるのか?」
「う~む、何とも言えないな……進めばまた吐き出されるかもだし、もし吐き出されなかったとしても辿り着く先は……ケツ穴ってことだよな?」
「あまりにも不潔極まりない冒険ですね、さすがにやめましょう、汚れてしまいます」
「だな、もう諦めて正規のルートで先を目指すこととしようか……いや、そうも言っていられないみたいだぞ」
「怒らせてしまった……ということでしょうか?」
「わからん、苦しんでいるだけなのかも知れないが、とにかく周りを大破壊しながら起き上がるぞ謎の生物が」
もう一度中に入るのは勘弁して頂きたいと、おそらく不潔など気にも留めない仁平を除く全員がそう思ったところで、鍵を開けた扉がその枠ごと倒壊してしまった。
さらに周囲の壁も崩れ、口であったそうその入り口の上には巨大な鼻が、さらにはまたしても巨大なふたつの眼が、剥がれ落ちた壁材の向こうから現れたのである。
その巨大な眼はこちらをキッと睨んでいるように見えなくもないし、鼻息は荒く、おそらくというか確実にブチギレしているように思えるのだが……一度口であった穴が閉じて、何かを喋り出すようだ……
『……貴様等か、貴様等が我が眠りを覚まし、しかも何かめっちゃ痛い目に遭わせたクズ共か?』
「そうだよ悪かったか? 言っておくが、そんな所で口を開けて眠っている堕落した馬鹿が100%悪いんだからな、死ね」
『ほう、この巨体を前にしてそれだけの口が叩けるとは、もしかして貴様、馬鹿だな?』
「そうだよ悪かったか? 生憎な、そこそこの馬鹿じゃねぇと勇者なんぞやってらいられねぇんだよ、あ、ちなみに俺が勇者な、良く勘違いされるがチンパンジーじゃねぇぞ」
『なんと、チンパンジーではなかったのか、確かに良く見ればもっと別の、ほら、衛生害獣とか呼ばれそうな生物に見えなくもないな』
「そうだよ悪……誰がドブネズミだよっ! てかお前こそ何なの? 頭のとこまだダンジョンの素材乗ったままだけど、もしかしてハゲだから取りたくないのか?」
『……無礼なドブネズミめが、我はハゲでは……むっ? 長らくこの場に留まっている間にそうなってしまったようである、我はハゲだ、そして古の神でもある』
「やっぱり神か……しかも古のときた」
他人様をドブネズミ呼ばわりするのはこの神界において神ぐらいのもの……でもないように思えるが、とにかくコイツが神であるというのは疑いの余地がない。
そのあり得ないサイズ感、そして偉そうな態度、さらにはハゲときているから、そのどの要素を取っても神であると信ずるにつき妥当だ。
問題は何の神であって、こんな所で何をしていて、誰の味方をする神であるのかといったところなのだが、おそらく俺達の味方ではないし、説得に応じて味方になるようなタマでもない。
ならばこの場でブチ殺して先へ進むための礎にしてしまうしかないのであるが、死んだからといってコイツの体内を通って、つまり口から入ってケツ穴から出るのはイヤだ。
となるともう消滅して貰う、或いは死体をどこかに退けてしまって、その開いた場所を通って先へ進む以外にないであろう。
だがその前に話ぐらいは聞いておきたい、もしかすると重要な冒険のヒントを与えるべき存在なのかも知れないし、そうでなかたっとしてもいきなり攻撃するのはマナー違反だ……
「……とにかくさ、お前ちょっと出て来いよ、俺達はそこを通りたいし、あとどのぐらいデカいのかということにも興味があるんだ」
『……良かろう、我がCHING-CHINGの本当のデカさを知って後悔するが良い』
「CHING-CHINGは見せなくて良いです、というか見えたら消滅させますからそのつもりで」
『甘いわっ! 我が立ち上がればそのCHING-CHINGはちょうど貴様等の目の前だっ! ふんぬっ!』
「なぁぁぁっ⁉ そんなに激しく動くんじゃねぇっ! ダンジョンが倒壊すんぞボケェェェッ!」
超巨大、おそらく通常サイズの人間や神界人間の50倍から60倍程度はあるのではないかという巨体で、無理矢理に立ち上がろうと試みるその神。
目の前にあった顔はあっという間にどこか上の方へ、しかもダンジョンの全てを打ち崩しながら消え去って行ったのであった。
その崩れたダンジョンの瓦礫を下で受ける俺達はたまったものではないが、ひとまず被害だけは生じないよう、戦うつもりがないらしいドM雌豚尻の神や、比較的弱い俺達の女神が犠牲になることのないよう、必死になって防御していく。
しばらくすると崩壊は収まり、目の前には積み上げられた瓦礫の山が……空が見えている、ということはダンジョンの入り口付近まで貫通したということか。
幸いにも外で見張りをしていた天使諸君は既に死亡済であるため、誰も被害には遭っていないであろうということが判断出来る。
だがこのままだとすぐにどこかの誰かに見られ、あっという間に関係者が駆け付けて大騒ぎになってしまうことであろう。
その前にコイツを殺して、証拠隠滅までしてから目的物を確保し、次のダンジョンへ向かわなくてはならないのだが……
「……確認しよう、今目の前にあるのは瓦礫の山だが……その向こうには何があるってんだ?」
「それはその……アレですよ、ほら、さっき自慢していたアレですよ」
『その向こうには我がCHING-CHINGが存在しているっ! とくと見るが良いっ!』
「でっかい声でそんなこと言わないで下さいっ! 通報しますよっ!」
『したければするのだっ! もっともその実物を見たらそんな気にはなれないであろうがなっ! ブワハハハハッ!』
「グッ……クソめ、腹に響く声だな……ひとまずアレだ、もうこの瓦礫ごと自慢のアレを破壊してしまおうぜ」
立ち上がった神は高らかに笑い、その声というか大音量の何かは、きっと付近一帯に響き渡っているであろうとの予想が出来る。
元々少し急ぎめの予定ではあったのだが、これはもうかなり急がなくてはならないところであろうな。
とっとと終わらせて、この良くわからない不快な神の下を去らなくてはならないということだ……




