1191 内部にて
「1,2,3……数え切れません、超凄い数の敵ですっ!」
「いや数えようとすんなやあんなもん、もう何十万とかいう単位に決まっているからな、で、タイプとしては……蚊みたいなもんか」
「蚊って、もうガガンボぐらいのサイズじゃないですか、しかもちょっと強化したアーマードガガンボみたいな、簡単に足とか取れて死んだりしませんよきっと」
「吸血するつもりなのは間違いないな、一旦退いて、ダンジョンの入り口付近で炎を使ったらどうだ?」
「それよりもこっちですの、ほら、地面にある食人植物のようなもの、これを上手く使って討伐しろということでないんですこと?」
「……なるほどそれをやらせたかったのか、一応攻略とかそういう感じのアレがあるんだな」
「目的のあるダンジョンですので、おそらく仕掛けた側も色々と考えていることかと思います……すみません、雌豚如きが余計なことを……」
ガガンボと同等のサイズで、しかも明らかに強化された吸血タイプの虫クリーチャー、それが大群で押し寄せて来る光景は鳥肌ものである。
だがユリナが指摘したように、俺達の足元には無数の食人植物が蠢いていて、もちろんそれは形態上食虫植物でもあるものだ。
つまり虫タイプのクリーチャーと、植物タイプのクリーチャーを戦わせて、こちらはノーダメージでその場を切り抜けるのが最高効率の進み方といったところ。
狭い洞窟の中で炎を使うのはNGだから、虫が来たら入口へ戻って始末して……ということを繰り返していくよりも、明らかにその方が先へ進むペースが速いのだ。
ということで早速奥へ向かって走り出した俺達は、足元や壁、天井からぶら下がったりもしている植物のクリーチャーをギリギリで回避しつつスルーしていく。
もちろん俺達から吸血するために追い掛けてくるガガンボサイズの虫の大軍は、次から次へとその植物の餌食となっていった。
適当なところで振り返ると、その数は当初のおよそ半分、さらにしばらくして振り返ると、もう居るのか居ないのかというレベルにまで数を減らしているではないか。
このぐらい少なくなると逆に倒すのが大変、植物に喰わせるにも上手くいくタイミングがそうそうこないし、蚊でも同じだが、空間の中を自在に飛び回るそれをロックオンしてパンッと潰すのはなかなか困難なことなのである……
「止まりましょうっ! ここで惹き付けて一気に叩いた方が良さそうですっ!」
「そうね、一旦止まってマップを確認したいところでもあるし……というかマップは?」
「どこかの宝箱にあったんじゃねぇのか? もしかして虫けらのせいでスルーしたとか?」
「可能性はあるのですが、それどころではありませんよ、この蚊というかガガンボというか、かなり凶悪でエッチなクリーチャーみたいです、ほら図鑑のここにっ!」
「そうなのかっ? えっとコイツか、え~、オオチスイモスキート……普通じゃねぇか」
「違いますもっと良く読んで下さいっ!」
「……オオチ……オオチチスイモスキートかっ⁉ 明らかにとんでもねぇ奴だっ!」
「それはどういう……ひゃっ⁉ ちょっと、んっ、鎧の胸当ての中に入って……吸われるっ!」
「ひゃぁぁぁっ! 私もですっ!」
「ちょっと! 勇者様どうにかして下さいっ! あぁぁぁっ!」
「ダメだ、もうミラとマリエルとジェシカが犠牲に……気を付けろっ! 可能な限りおっぱいを隠して回避するんだっ!」
「イヤイヤ何コイツ? ちょっとこっち来ないでぇぇぇっ!」
「……こっち来ないです」
「私も、こういうのにはガン無視されがちよね……」
「かわいそうな奴等だな……あ、サリナも襲われないのか」
「えぇ、でも私はこちら路線ですから、特にショックを受けるようなこともありません」
「左様ですか……」
チチスイのバケモノであることが発覚したクリーチャーであるが、数あるそういうタイプの敵には絶対に襲われない仲間が居る。
セラとカレンは凹み、サリナはそれで良いものだとして振舞っていることからも、ここはサリナが前に出て敵を討つようにしていきたいと思う。
自ら何かをしようという意思はないように見えるため、掴んで放り出してやると、渋々といった感じでまずはジェシカを救出し始めたサリナ。
鎧を引き剝がし、中でおっぱいに吸い付いていた数匹に魔力を流し込んで狂わせるつもりらしいが……やりすぎているためジェシカにも効いているではないか……
「くぅぅぅっ! そんなっ、吸われたうえに魔力が流し込まれてっ、ひぎぃぃぃっ!」
「ちょっと我慢しなさいジェシカ、ほら、もう1匹剥がしますよ」
「ひゃぁぁぁっ! お許しをぉぉぉっ!」
「何やってんだお前等……」
次いでミラ、マリエルと同じ感じで救出したところで、ようやくあの大群であったチチスイのバケモノが全滅した。
残ったのはいくばくかの死体と、それからかなりのダメージ……といっても精神的な面が大きいのだが、とにかく喰らいまくっておっぱい丸出しのままへたり込んだ被害者3人。
次以降に出現する敵もこんな感じであったとしたら、おそらく最奥にあるゴーレムのボディーに辿り着くまでに皆疲弊してしまうことであろう。
虫除けスプレーのようなものがあれば良いのだが、今はそういったものを所持していないから、可能な限り敵をスルーして、また食人植物のようなバケモノに喰わせて回避していくしかなさそうだ。
もっとも、ここまで走って来た際にも何度か見かけた宝箱の中に、そのような便利アイテム、攻略補助アイテムの類があるようにも思える。
だが、そんなものよりももっと必要なのは、このダンジョン全体がどのような構造になっていて、どう進めばゴールに辿り着くのかという情報が記載されたマップだ……
「勇者よ、とにかくマップを探しましょう、敵は出現するかも知れませんが、宝箱を見つけたらその都度止まって中身を確認するのです」
「宝箱自体がトラップという可能性もあるがな、ほらそこにもひとつ、入り組んだ壁の影に隠れて……おいリリィ、勝手に開けるなよ」
「は~い……開けますっ、それパカッと!」
「断れば良いってもんじゃねぇんだよっ! あぁっ、ほら何か出て来たっ!」
「変なゴミムシみたいなのです、プチッといけば……くっさぁ!」
「言わんこっちゃない、ちゃんと手洗えよな……で、虫以外には何か入っているのか……ってくっさぁ!」
勝手に宝箱を開け、勝手に中に居た無数の虫を一気に潰してしまったリリィ、見た目はゴミムシのようなものであったのだが、中身はカメムシのようなものであったらしい。
宝箱の周囲、というかその虫が一気に叩き潰された付近は凄まじい臭気に包まれ、とてもではないが近寄ることなど出来ない状況。
というかリリィも昏倒し、その周囲に生えていたコケだのその他の植物だのが一気に枯れ果ててしまっていることから、相当な毒を撒き散らしたのではないかと思料するところ。
すぐに息を止めてリリィを救助し、毒消しのようなものを付与してこれ以上のダメージを防止するのだが……宝箱の周りに関しては未だにどうしようもない空間のままである……
「誰か消臭スプレーとか持っていないか? おいルビア、そういうの得意だろうお前」
「そう言われましてもね、今回はおやつを沢山詰め込んで来たので余計なモノは持っていないんですよ」
「おやつが余計なモノだろぉがっ! 後でお尻ペンペンだな……で、どうするよ?」
「宝箱の中に何か見えますね……紙……でしょうか?」
「もしかしてマップなんじゃないですか? 勇者様、ちょっと頑張って回収して下さい、私達はさっきの虫にやられたダメージでもう身動きも出来ませんから」
「しょうがねぇなぁ……クッ、息を吸わなくても目に染みて……よいしょっ!」
「上手くキャッチしたようですね、勇者よ、ちょっとそれ触りたくないので、広げてこちらに見せて下さい」
「勇者使いの荒い女神だな、ほれ……って穴だらけじゃねぇかっ!」
「さっきの虫に食べられたんだわ、しかもご丁寧に分岐とか大部屋とかの重要な部分を狙って」
宝箱の中に残されていた紙のマップは虫食いだらけで、とてもではないがそれだけでダンジョンを踏破することが可能とは言えないものであった。
もちろんそれがあった状況からすれば当然のことであるが、やはりこの件もそうなるように仕組まれていて、なぞ解きを経てどうにかなる類のものなのであろうか。
で、ひとまず現在位置とそれからゴール地点と思しき場所に関してはわかる感じであったため、そのマップを使用して先へ進むこととした。
さすがは神界のアイテムだけあってハイテクで、今自分達が居る場所が赤く光るかたちで表示され、動けばその光も動く仕様になっている。
だがもしこれが虫食いの、穴が空いてしまっている場所に差し掛かったらどうなるのかといったところなのであるが……もうすぐそんな場所に差し掛かる、ひとまず行ってみることとしよう……
「……っと、赤い光が消えてしまったぞ、ここが最初の虫食いポイントってことだな?」
「ねぇっ、壁に何か居るわよ、ほらあそこ、カサカサ動いているみたいでっかいのが」
「う~む……暗くて良く見えないが、このホールみたいになった場所なら何が居てもおかしくはなさそうだな、ちょっと用心するか」
マーサが指摘した『カサカサ動く何か』というのは、どうやらこのマップにない、かなり広くなった空間の天井付近にへばり付いているようだ。
おそらく虫のバケモノなのであろうが、襲ってくる様子はないためこのままスルーしてしまうこととしよう。
耳を澄ませば確かにカサカサと、俺達の動きに連動しているかのように何かが蠢き、その度にカレンやマーサがそれに反応し、耳をピクッとさせて振り向いているのであった。
そのままマップの虫食い部分を出ると、再び赤い光が俺達の居場所を指示してくれたのであるが……何やら後方、今まで居た場所にもうひとつの赤い光が出現しているではないか。
振り返っても見える距離ではないが、その赤い光は俺達が動くのと同じペース、いや止まったり進んだりしながらも付かず離れず追跡しているといった感じ。
間違いなく先程の『カサカサ動く何か』であろう、等間隔で様子を見ながら付いて来て、タイミングを見計らって襲い掛かろうというつもりなのかも知れない……
「ウゥゥゥッ! やっぱり何か狙われているみたいです、やっつけますか?」
「待てカレン、敵の目的が襲撃だとは限らないからな、それ的であるということも確定したわけじゃない、もしかしたら良い虫さんかも知れないぞ」
「勇者様、さすがにそんなのはいないと思うのですが……っと、ちょっと距離を詰めてきましたね、気付かれていないと思っているのでしょうか」
「ねぇ、何かちょっと怖いんだけど、いきなり嚙まれたりしないわよね?」
「ウサギは美味そうだからな、その白い尻尾を狙って喰らい付いてくるかも知れないぞ」
「ひぃぃぃっ! ヤダヤダそんなのっ!」
「ちょっと勇者様、マーサちゃんを脅かすのはやめて下さい、しかしまた距離を詰めて……今振り返ってしまったら見られるでしょうか?」
「どうかしらね、ダンジョンっていっても洞窟みたいなものだし、目が退化してどうのこうのとかそういうアレかも、それと……ムカデみたいなクリーチャーのようね、そんな足音だわ」
「うむ、きっとそうだな、ちょっとずつ近づいて最後は一気にってやつだ、だが単体だし、最初の攻撃を受けて毒が、とかじゃなきゃ何とかなるだろうよ、リリィは一応前へ出るんだ」
「わかりましたっ! とっとっとっと」
「馬鹿激しい動きをするとっ! きやがったデカいぞっ! 全員避けろっ!」
「まだ避けていないのは勇者様だけです」
「なんっ……ぎょぇぇぇっ! 何だこの気持ちの悪い生物はぁぁぁっ!」
「やっぱりムカデでしたわね、超でっかい……」
「でっかいどころじゃねぇっ! アナコンダかよ全く!」
対に襲い掛かってきた謎の追跡者、改め超巨大ムカデ、俺の上に覆い被さり、ムカデ然としたその顎の牙で首を掻っ捌こうとしている様子。
だがそのパワーはあまりにも弱く、雑魚の中の雑魚、単に図体がデカいだけのモブモンスターといった感じである。
そんな奴に襲われたところで気持ち悪い以外のことは何もない、すぐに引き剥がして地面に叩き付け、頭をグシャッと潰して討伐してやった。
だがさすがはムカデ、頭ぐらい潰したところでそれ以外の部分はまだ元気に、何事もなかったかのように蠢いているではないか。
しかも良く見ると大量にあるムカデの節が、それぞれ独立して動いているような気がしなくもない、というか明らかにそうだ。
それぞれに足が生えていて、それがあべこべに動いたり、また隣の節と引き離そうとする動きを見せたり……と、ここでいくつかの節の背中部分がメキメキと割れ始める。
その不死の背中から生えてきたのはどう考えても翼で、ムカデの分際で天使のような、鳥の羽根をふんだんに纏った美しく白いものだ……
「ちょちょっ、ちょぉぉぉっ! マジでとんでもねぇことになってんぞぅt!」
「節が全部分離しますわよっ! それから全部に翼が生えて……」
「千切れた節の両側に牙が付いているわね、とてもじゃないけどキモすぎるわ」
「……空飛ぶカニみたいです、足は沢山ないけど」
「もうどうすんだよコレ? 逃げる? それとも無理を承知で戦う?」
「戦おう、いくら分離したとはいえ数は100程度だ、元々の強さからするにそんなに危険ではないはず」
「じゃあジェシカに任せた、頑張ってくれ」
「まっ、それはないだろうっ!」
「それはないかも知れないけどアレだぞ、後ろから飛んで来てんぞ」
「ひぃぃぃっ! さすがに気持ち悪いっ!」
バラバラになったムカデの節々が空を飛び、そしてうっかり後ろを向いてしまったジェシカに対して集中的に襲い掛かる。
アッという間に集られてしまったジェシカは、どうにかそれに触れられないよう必死になって剣を振るっているのだが……どうやらなかなかに硬いようだ。
頭を潰した際にはそのようなことを感じたりしなかったのであるが、どうやらそのような『処理』をされるということは既定路線で、むしろその後の分離の方が重要であったに違いない。
両手剣でガツンッとやっても一撃では倒せず、攻撃力は俺達の強さからすれば無に等しいものの、そんなモノが徒党を組んで向かって来るということに対するショックは大きいはず。
そんな状況下において、最後に力尽きたジェシカは遂に敵の攻撃を許してしまった……ちなみにこの間、誰も助けに入ろうとはしなかったのが面白いところだ……
「ひぃぃぃっ! 尻に喰い付いたっ! 勘弁してくれぇぇぇっ!」
「ノーダメージなんだから良いじゃねぇか、ほら、溢れ出す強者のオーラに阻まれて服にさえも届いていないぞ敵の攻撃は」
「そういう問題ではないっ! それにほらっ、何だか尻ばかり集中的に狙ってきて……なんて奴等だっ!」
「あ、これも図鑑に載っていますね、え~っと、獲物の尻ばかり追い掛けて齧り付く謎のクリーチャーで、ターゲットが見つからないと仲間の尻に齧り付いてそのうちにムカデを形成する……この状態で見つかるのが大半だが、ムカデ状態で先頭が死亡すると覚醒して、超強化された状態で尻を探し回る……だそうです」
「そういうクリーチャーなのか……で、近くで獲物を見つけて喰らい付こうと必死だと」
「ターゲットの選定を見誤ったわね、こんなに強いお尻が居るなんて思いもしなかったでしょうに」
「良いから助けてくれぇぇぇっ! ひっ、また尻の……間に入って来たじゃないかぁぁぁっ!」
「勇者様、さすがにそろそろ助太刀しないと……私ですか? あぁっ、さっき変なのにやられたせいでおっぱいがっ……わかりました頑張ります」
結局ミラも手伝って、2人で尻を狙われながらも、どうにかこうにか全部を討伐することに成功したようだ。
というかミラの方に行った節は少なかったな、尻は尻でも栄養の高そうな方を狙うということか。
で、全部の節が斬り伏せられて地面に落ちたところで、何やらキラキラと光るものが地面に出現したではないか。
光はやがて宝箱に変形し、そして疲れ果てているミラとジェシカに代わって俺がオープンしてみると……小さな鍵がひとつ手に入った。
これはもしかしてダンジョンの最後の部屋を開けるための鍵か? そうでないとしたら他の高級宝箱の……まぁ良い、ひとまずキープして先へ進むこととしよう。
「鍵見せて下さい鍵! どんな鍵ですかっ?」
「ダメだ、リリィに渡すとろくなことにならないからな、使った後で消えたりしなかったら貸してやる」
「つまんないですね……あ、でもほら、そこに扉がありますよ、使うチャンスじゃないですかっ」
「ホントだ……このルートは正規ルートなのか、つまりここの扉に鍵を……ピッタリだけどどうする?」
「何だか出来すぎていて怪しいわね、ちょっと警戒した方が良いんじゃないかしら?」
「だな、となるとここはアレだ、精霊様の出番だ」
「どうしてこの私がそんなことを……と言ってみたけどやるわ、やらされたい気分になっちゃったもの」
「ドM堕ちってのは便利だな、これもう定期的にやってやろうぜ」
「やめなさいそういうのは、いくら何でも私のキャラが崩壊したら困るでしょ? ドMだらけになって収拾が付かなくなるわよこのパーティー」
「まぁ、確かに仰る通りだ……」
突如として出現した謎の扉、その先に何があるのかを慎重に探るため、ちょっとやそっとのことではどうにもならない精霊様を使う。
鍵穴に鍵をブチ込んで回すと、どうから簡単に解錠したようで……扉を開けて1歩踏み出した精霊様がスッとその場から消えてなくなった。
いや消えたのではない、足を踏み外して落下し、見えなくなってしまったというだけのようだ……そのうちに上がって来るはずだからそこで事情を聞こう……




