128 誰も知らない
「……じゃあその新生大聖国っていうのを知っていた奴は王宮にも居なかったと?」
「そういうことです、そもそも聖国自体がもう我が国の管理下ですから、その中から出て来るのは考えにくいそうです」
コハルが持っていた魔王軍の機関誌に記載のあった、新生大聖国に協力し、このペタン王国との戦争に勝利させよとの命令。
これを受けて俺達はその新生大聖国、という国または組織について王宮に訪ねてみることとした。
だが結果は空振り……
「なぁ、もしかしたらその新生の連中、元々の聖国領ではないところで動いているのかも知れないぞ」
「聖国を名乗っているのにですか?」
「うん、中身だけ聖国人とか、そういう可能性もあるしな」
とにかくよくわからない、これはもう王宮の調査待ちだ、俺達だけで調べるのはちょっと厳しい。
「しかし今回は色々なケースを想定しておく必要がありそうだな……」
「色々なケースとは?」
「例えばさ、この新生大聖国ってのが旧聖国の残党とは限らないだろ?」
「確かに、最初から魔族が仕組んだ何か、とも考えられますね」
「あと全然関係ない王国と敵対する組織が聖国を名乗っているだけとかな」
とにかくどれが正解とか、可能性が高いとか断定は出来ない。
だが、文書として命令が残っていた以上、魔族が、魔王軍が関与しているのは確実だ……
2日後の昼下がり、朝から王宮へ行っていたマリエルがコケそうなぐらい大慌てで帰って来た。
「大変です勇者様!」
「どうしたマリエル、そんなに慌てて、何かわかったのか?」
「いえ、それが何もわからないんです、全て調べ尽くしても何もっ!」
「困ったな……以前大量発生した偽勇者とかも調べたのか?」
「ええ、調べました」
「聖国人の残党は? 助命した奴も含めて」
「残党は1人残らず処刑したそうです、あの時助命した者の居場所もわかっています」
「じゃあ何なんだろうな、新生大聖国って」
「ひとつ可能性があるとしたら……」
「あるとしたら?」
「自治領とした旧聖都が怪しいかと」
魔将だったレーコが拠点にし、俺達と王国軍が攻め込んで破壊した聖都。
そこは現在、元聖国の人間のうちで霊などに憑依されていた者、つまり不問とされた者の自治領になっているそうだ。
しかし自治領といっても、これまでの長い歴史のように他国からお布施を得て贅沢な暮らしが出来るというわけではない。
自力で観光地などとして稼がないとならないのである。
そして元々聖都の高名な聖職者として暮らしてきた人間にはそんなことが出来ようはずもない。
というかそもそもただ偉そうにしていただけの連中だ、何の能力もない、身分が高いだけのゴミに過ぎないのだ。
ゆえに旧聖都自治領は、今ではやたらとプライドが高い物乞いばかりのスラム街に成り果てているという。
「とりあえずさ、そこにまだ可能性が残っているなら調べておくべきじゃないのか?」
「では私達が代表して調査に向かうことにしましょう、明日出発でも良いですか?」
「構わんよ、そしたらマリエルは伝令兵にこのことを、俺は皆に準備をするよう言っておく」
翌朝から馬車で聖都へ向かう、今回は元々のパーティーメンバーとレーコのみの旅である。
馬車が窮屈だと大変だからな。
しかし懐かしい道のりであった、ついこの間来たばかりなのに不思議なことだ……
※※※
「何だこれは、ボロボロのままじゃないか」
「門すらも修理していないようね、よほどお金がないのかしら?」
久々の聖都、前回は敵として攻め込んだのだが、そのときに破壊した痕跡はまだそのまま残っていた。
そして道行く人もまばら、道路脇には無数の物乞い。
もはや聖都ではなく廃都と呼んだ方がしっくりきそうな有様だ。
『我に捧げよ、さすれば女神様のお目こぼしが……』
「いや、もうアイツとか物乞いの態度じゃねぇよ」
顔面に握り拳を捧げてやった、物乞い聖職者は現世を離れ、女神の元に馳せ参じることが出来たようだ。
「あっ! 勇者様、財布をスられるわよっ!」
「マジかこの野郎! 聖職者の格好でスリとか気合入ってんな!」
未遂とはいえ現行犯だ、弁明の機会は一切与えず、その場でタコ殴りにして殺害してやった。
しかし町の中は本当に物乞いしか居ない、物乞いが物乞いから物乞いしている物乞い天国だ。
そこからは何も価値が生じないと思うのだが、誰も気が付かないのであろうか?
「なんかもうここに居ても何も掴めそうにないな、大聖堂の方に行ってみようぜ」
徒歩で大聖堂に向かう、この状況で馬車を確保出来ることなど期待していない。
ちなみに俺達の馬車は町の外、進駐している王国軍の陣に停めてある。
馬車で聖都に入ることはそこで止められたのだが、中に入ってみてようやくその理由がわかった次第だ。
「大聖堂もボロボロね、私とリリィちゃんが攻撃したときのままだわ……」
「というか直す金もないんだろうな、もう不当な寄付は要求出来ないし、そもそも元が豪華すぎるんだよ」
「純金で作った私や女神の像も王国軍が没収してしまったみたいですしね」
「あれか、あのおっぱい詐欺のレーコ像か?」
「いえ、今でこそこのような情けない姿ですが、本来の力を取り戻せばあのぐらいは余裕です」
何が本来の力だ、そんなの一度も見たことないし、体型からしてそうなるとは思えないんだよ……
「あ、そうだった、ちょっと色々調べる前に宝物庫へ行きませんか?」
「宝物庫に何があるんだ?」
「うふふっ! ナイショですっ!」
レーコの案内で宝物庫へと向かう……
「ここの床板を剥がすと……ほらっ! 私のヘソクリです! 金貨20枚分ぐらいはありますよ」
「レーコちゃん、これは王国軍に報告ね、こんな所に財産を隠していたなんて」
「あらマリエルちゃん、ダメだったかしら?」
「ダメに決まっています、本格的な処分は後で決めるとして、とりあえずこの場でお仕置きですね」
「……ごめんなさい」
なぜか荷物に入っていた塩を取り出し、仰向けに固定したレーコの腹にお灸ならぬ盛り塩を据えてやった。
少しは反省したようだ。
「レーコのやらかしは後で始末をつけよう、次はこの大聖堂の執務室的な所に案内してくれ」
「はひぃぃ~、あぁ~っ、くらくらしますぅ~」
ヨレヨレのレーコに案内させ、以前は聖国の高官が仕事をしていたと思われる豪華な部屋に辿り着く。
中には数人の聖職者が居るようだな。
ドアには鍵が掛かっていたものの、そこは正義の勇者パーティー、それを蹴破って侵入することぐらいは余裕で許されるのだ。
室内に居たのは5人、やはり全員聖職者である。
とはいっても服は汚れ放題、髪の毛はボサボサでとても偉いとは思えない風体だが……
とりあえず、聖職者①~⑤としておこう。
名前など覚える必要も無さそうだ。
「おい、お前らはこの聖都自治区の人間だろう? ちょっと聞きたいことがある」
「お前らのような乱暴者が何を言うか、聞きたいことがあるのであれば地面に頭を擦り付け、寄付もしっかりするんだ、あと壊したドアを弁償せい!」
「カレン、1人殺してやれ」
「殺す? 何を言っているのだ? まずわしら聖職者、貴様等パンピー、恋すら実らない程の身分差ながろべぼっ!」
聖職者①はカレンの爪に引き裂かれ、汚いミンチとなった。
これは食用には適さない。
「勇者様、お金の流れを調べれば何かわかるかも知れません、帳簿でも見せてもらいましょう」
「そうだな、おい、死にたくなかったら会計帳簿を出すんだな、そのぐらい作っているんだろう?」
「待て、待つんじゃ、確かに帳簿はここにある、じゃがわしらは自治領、これを見るためには正統な開示手続が……あっ、がぁぁっ!」
マリエルの槍が聖職者②の珍を貫いた。
これが俺達の開示手続だ、大事そうに抱えていた帳簿を奪い取る……
「おい何だこれは? 自治領として認められてからの歳入が鉄貨1枚きりだぞ」
聖職者③を脅し、詳細を聞く。
どうやら自治領として認められたは良いものの、お布施以外の収入を得る術がなく、全く歳入が無いままになってしまったという。
なんと税金という仕組みすらも知らなかったそうだから驚きだ、今まで一体何を考えて生きていたというのだ?
ちなみに唯一の歳入である鉄貨1枚。
これはとある聖職者が溝に落ちていたのを拾ったものだという。
大喜びしていたその男を全員でリンチして殺し、その鉄貨を奪って歳入としたそうだ。
馬鹿じゃないのか?
「こうなったら聖国が滅ぼされる前のものを当たるしかないな、マリエル、聖国の文書なんかはこっちで押収しているのか?」
「それなら王宮の書庫に保存してあるはずですよ、戻ったら確認してみましょう」
「そうだな、ところでお前ら、新生大聖国ってのについて何か知っていたら話せ」
「新生大聖国? はて、わしらはそんなもの知らぬぞ」
「またまた~っ、ホントは知ってるくせに、言わないと惨たらしく殺しちゃうよ?」
「ぎぇぇっ! 待ってくれぇ~っ、名前だけは聞いたことがある、確かここが攻め落とされた直後に逃げ延びた聖職者が云々と……」
「で、そいつらは今どこに居るんだ?」
「そ……そこまでは知らぬ、これは女神様に誓って本当じゃぞ!」
「本当だな? で、この町のトップはお前らなのか?」
「いや、一番奥の部屋に新聖女様が居られる、最も女神様に近いお方じゃぞ!」
「そうか、では死ね」
こいつらが自治区のトップでないのなら殺しても構わないだろう。
聖職者③~⑤をまとめてミンチにしておいた。
このまま帰って王都にある聖国の帳簿を見るのもありだが、せっかく来たのだからその新聖女様とやらにもご挨拶しておかないとだ。
ついでに言うとウザい奴なら殺しておきたい。
先程の聖職者が言っていた『一番奥の部屋』を手掛かりに、レーコの案内で廊下を行く。
どうやらその部屋はレーコも執務室として使っていた豪華な部屋であるとのことだ。
「ここです、ここで間違いないはずですよ、これ以上奥に部屋はありませんから」
「鍵が開いているじゃないか、トップの部屋にしては無用心だな、じゃあ入るぞ!」
部屋に繋がる豪華な扉は鍵が掛かっていない、どころか半開きであった。
罠が無いかを慎重に確かめながら中へ入って行く……
「誰なのじゃ、妾に何か用か?」
「おい、何でこんな所にガキが居るんだ? もしかしてお前が新聖女様とやらか?」
「そうなのじゃ、えっへん!」
部屋の中に居た新聖女様は10歳ぐらいの子どもであった。
茶髪のショートで色白、青い目、レーコが着ていたような聖女風の服。
服はダボダボで袖を半分しか使っていないようだ、カレンよりもチビである。
「ところでお前新生大聖国とか何とかは知っているか?」
「もちろんなのじゃ! 妾こそその大聖国の聖女となり、世界を統べる者なのじゃ!」
「で、ペタン王国との戦争については?」
「う~ん、よくわからんがジジイ共が戦争どうこう言っていたようないないような……とにかく妾はこの部屋に居るだけで良いそうなのじゃ」
コイツは単に祭り上げられているだけのようだ。
子どもだし完全な情報は与えられていないのであろうな。
「勇者様、この子はどうしますか?」
「ひとまず捕縛して王都に連れ帰ろう、菓子でも食わせれば知っていることは喋るだろうしな」
「何じゃ? お菓子が貰えるのならどこへだって行くぞ、聖職者とかいうジジイに見つからぬように出ないとじゃがな」
そのジジイは挽肉になったよ、とは言わないでおこう。
さすがに教育に悪いだろうからな。
「で、お前の名前は?」
「妾は新聖女メルシー、後にこの世を統べる者じゃ! 10歳であるぞ!」
「じゃあメルシー、そこに居るリリィお姉ちゃんに手を繋いで貰おうか、ここから出るんだ」
「わかったのじゃ!」
お菓子が貰えると聞いたメルシーは凄く嬉しそうだ。
そしてお姉ちゃん扱いを受けたリリィはさらに嬉しそうである。
メルシーを連れ、大聖堂、さらに聖都から出た。
馬車を取りに行くついでに、王国進駐軍には大聖堂であったことを伝えておく。
もちろんレーコのヘソクリについてもだ。
「じゃあ王都に帰るぞ、帰りの宿は適当に取ろう」
王都に着いたら早速聖国の帳簿を閲覧し、新生大聖国についてのヒントを探そう。
あとメルシーからも少し話を聞かなくてはならんな……
※※※
「ただいまぁ~っ」
「おかえりなさい、あら、その小さい子はどこで誘拐したのかしら?」
「違うんですよシルビアさん、この子は聖都で新聖女とか呼ばれて利用されていたんです、お菓子をあげると言って連れて来ました」
「……普通に誘拐しているじゃないの」
とんだ冤罪である、これは新生大聖国とやらの手掛かりを得るために仕方なくやったことなんだがな。
「まぁ良い、マリエルは王宮で事情を話して目的物を貸し出して貰ってくれ、その間にこっちはメルシーから話を聞いておく」
「わかりました、ついでにメルシーちゃんが好きそうな甘いものも買って来ましょう」
マリエルが王宮へ行っている間、2階の大部屋でメルシーから色々と話を聞く……
「……じゃあメルシーは突然スカウトされて新聖女になったって訳だな?」
「そうなのじゃ、喋り方も変な風になるように教え込まれてしまったのじゃ!」
物心つく前から浮浪児であったというメルシー、好きなものを食べさせてやるの甘言に釣られて聖都に入ったところ、やらされたのは新生大聖国の樹立を目指し、暗躍する組織のお飾り新聖女。
そして今、お菓子をやるとの甘言に釣られ、その敵である俺達にぺらぺらと情報を吐いている。
子どもだから仕方ないよね……
「それで、その新生大聖国とやらは今どこに本部があるんだ?」
「知らないのじゃ、山奥で邪悪な狼に行く手を阻まれている、勝利のために神聖な戦いをしている、とか何とか言っていたのじゃ、知らないジジイが」
「山奥で狼……カレン、狼だってよ、何か知らないか?」
「さぁ? さっぱりです」
だよな、一瞬でもコイツに期待した俺が馬鹿だったぜ。
ついでに言うとカレンも馬鹿だったぜ。
「ところで勇者アタルとやら、そこに居るレーコちゃんというお姉さんは私の前の聖女様だというのに、どうしてここに居るのじゃ?」
「あぁ、悪さをしたから捕まえたんだ、ちなみに更なる悪事が発覚したからな、今日もこの後お仕置きされるんだ」
「そうなのか、旧聖女様は悪いババアだったのじゃな」
「バ……ババア……」
レーコは白目を剥いて気絶した、貧乳ババアの哀れな末路である。
「ただいまっ、勇者様、聖国の帳簿を持って来ましたよ、はいあとコレ、焼き菓子です」
「でかしたぞマリエル、では早速確認しよう! あとメルシー、焼き菓子を食ってパワーを付けるんだ」
「やったのじゃっ! これは美味しそうなのじゃ!」
子どもは食べ物で黙らせておく。
ここからは大人だけで相談の時間だ、ちゃんとカレンやリリィを黙らせるための串焼き肉を買って来たマリエルは有能である。
「しかし一時期凄まじい勢いで金を使っているな、この月なんか歳出が歳入の10倍だぞ」
「あ、これは私が聖都を支配し始めた月です、これは私の服代、それから食事代、あとエステとスウィーツと……」
「ちなみに勇者様、今王宮でレーコちゃんのヘソクリについても伝えて来ました」
「で、どうしろと?」
「こちらで諸々全部処罰しておいて欲しいとのことです」
「そういうことだ、レーコ、覚悟しておけ!」
「ひぃぃぃっ、誠に申し訳ございませんでしたっ!」
レーコの浪費に関しては見ても仕方がない。
今確認すべきはその前や崩壊の直前直後だ……あった!
「見ろマリエル、この日、俺達が聖都を攻撃した当日に凄まじい額の使途不明金があるぞ!」
「本当ですね、この帳簿が締め切られているのがその3日後、ここからはもう我が国の管理下に入ったはずです、ということは……」
「この資金、金貨3,000枚もの大金がどこへ行ったかだ、それがわかれば新生大聖国についても色々とわかるはず」
これは王宮にも調査してもらう必要がある。
俺達はこの使途不明金を仮に『S資金』と名付け、本格的に追いかけることとした。
その後は念のため、それ以外の高額出費についてもすべて詳細を洗った。
もちろん全てレーコの贅沢生活に浪費されていたのだが、それはS資金ほどの額ではない。
「結局レーコは世界中から不当に集めた金を金貨200枚分も使い込んでいたんだな、たったの半年で」
「……ごめんなさい」
「しかも宝物庫の床下をくり抜いてヘソクリまで」
「……超ごめんなさい」
「そういう奴がどういう目に遭うか、後輩のメルシーに見せてやるんだな」
「へへぇ~っ!」
「何じゃ何じゃ? 悪辣ババアの旧聖女様はどんなお仕置きをされるのじゃ?」
「メルシーは悪い子がどうなるか良く見ておくんだ、精霊様、シルビアさん、やっちゃって下さい!」
「任せなさい、さぁレーコちゃん、脱ぎ脱ぎしましょうか」
「うふふっ! 新作の鞭を実験するいい機会だわ、精霊様はこれを使ってちょうだい、私はこっちを」
「ひぃぃぃっ、ぎぃやぁぁっ! いだぁぁぁっ! やめぇでぇぇっ!」
ボロボロにされたレーコの姿を見て、メルシーは悪い聖女にはならないと約束してくれた。
そもそも聖女などにならないで欲しいのではあるが……
「勇者様、とにかく明日からはS資金の行方を突き止めるべく活動しましょう」
「無論そのつもりだ、だがどうやって手掛かりを掴むかが問題だよな、金額と支出の事実以外に情報がないぞ、あとは狼に……」
使途不明金が金貨3,000枚、聖国の滅亡とほぼ同時に出ていること、それから新生大聖国を名乗る組織は山奥で狼の妨害を受けていること。
今の俺達にある情報はこれだけである。
これから地道に調査し、敵を追い詰めるきっかけとなる何かを掴まなくてはならない。
まずは、使途不明金、『S資金(仮)』の調査からだ……
第二十三章開始です




