1187 神が
『さてっ、さすがは大将戦といったところでしょうかっ! 両者見つめ合ったまま、互いがどのような存在なのかを探り合っている様子! そして白チームの選手はまだ動くことが出来ないっ! どこから、どう責めてやれば良いのか、それの判断が付き辛いのでしょうっ!』
「わかっていませんねあの実況の方、ルビアちゃんは単に優柔不断で指示待ち人間で、これまでの人生において自分で考えて行動するということをしてこなかったゆえのフリーズだというのに」
「ミラ、さすがにかわいそうになってきたからやめろ、てかルビアを変な目で見ていた奴等はちゃんと全員殺したのか?」
「一応目立った動きをしている奴だけは……全員となると、もはやこの町を滅ぼすしか手段がありませんよ」
「まぁ、それもそうだよな……で、お~いルビア! ちゃんとやれちゃんと~っ! とにかく早く何かするんだっ、自分がやられて楽しいことで良いぞこの際!」
「えっ、えぇ~っ?」
「というか、さっきの感じだとルビアちゃんとあの敵の……神? 趣味は合っているように思えますのよ、というかきっとそうですわ」
「は、はぁ……」
監督である精霊様には突き放されてしまったので、外野である俺達の方から最大限のアドバイスを送ってやることとした。
もちろんルールも理解し切っていないようなガチガチの外野勢であるから、そのアドバイスなどスタンドで高校野球を応援し、ピッチャーを交代させろなどと叫んでいるジジィのそれと変わらないであろう。
つまり全く役には立たない何かであるのだが、それでもこのままだと動くことが出来ないルビアに対し、何かをさせるよう促しているという点においてメリットは存在するに違いない。
後は本人が動く気になって、そして実際に動いてくれればそれでOKであって、見ている感じではそろそろ決意したように思えるのだが……
「……わ、わかりました、ではえ~っと……あ、さっき自分は悪い子だと言っていましたよねマリエルちゃんに? ならば……ならば悪い子にはお仕置きですっ!」
「お尻ペンペン……ですか?」
「当たり前です、さぁ、こっちにお尻を向けなさい……そうです、いきますよ……えいやっ、えいっ、どうですかっ?」
「……これじゃあ反省出来ません、もっとキツくして下さい」
「……えいっ! このっ! それっ……ど、どうですか?」
「もっと、もっとお願いします、もっとキツくっ」
『ようやく動き出したステージ上! 白チームの大将が! 黒チームの大将をお仕置きし始めましたっ! そしてお仕置きされて喜んでいるっ、しかももっともっとと要求するっ、とんでもないドM雌豚ですっ!』
「ほら、やっぱりルビアちゃんと同じ趣味ですよ、もしかして他の好みとかも一緒なんじゃないですか? だとしたら勇者様、チャンスだと思いますよ」
「そうですの、あの子が神様の類だとしたら、あのババァの神様の派閥から引き剥がしてこちらに連れて来ることが出来るかもしれませんわよ、もちろん上手く支配することが出来ればですが」
「どうだろうな……まぁ、ルビアと同じような趣向だったら御し易いのかも知れないが、賢さの方はかなり高そうだからどうかな?」
「確かに、でも勇者様は少なくとも自分より遥かに賢い仲間達のリーダーになっているわけですから、神様でも何とかなるんじゃないですか? 主に暴力で」
「暴力ってもな、アイツ強いぞかなり……」
などと、ステージ上で繰り広げられている意味不明なショーにも、それを受けて盛り上がりまくる観客もガン無視してこちらの話を進める。
もしも今ステージに上がっている雌豚が本当に神だとして、果たして支配してやったからといってこちらの陣営に味方するものなのであろうか。
そもそもババァ神云々の前に、今現在奴を操っている豚野郎使い、あの神をどうにかしてやらないと話が先へ進まないのだ。
豚野郎使いがガンコなババァ神の信奉者であったとしたら、自身に仕える雌豚如が、いくら自分も神だからといって離反することなど許そうはずもない。
なぜか力を感じない豚野郎使いが本気を出した際にはどの程度の強さを誇っているのかなど想像が付かない部分もあるが、とにかくここで考えるように簡単にはいかないはずである。
まぁ、それでもルビアが勝利して、豚野郎使いがゲームの規定でドM堕ちしてしまえば、その下に付いているあの雌豚も好きなように出来てしまうのだ。
そして万が一このまま負けてしまうようなことがあっても、やはり諸々の仕掛けが効いて……いや、そういえば毒を仕込んだ菓子を喰らっていないのかあの豚野郎使いは?
控え室に用意してあった遅効性の毒を丹念に練り込み熟成させて最強にした菓子をひとつでも抓んでいたのだとすれば、そろそろ腹でも壊して辛そうな表情になっていてもおかしくはない頃合なのだが……
「……なぁミラ、あの豚野郎使いの奴、やっぱりトラップを見抜いているんじゃないのか? 茶菓子ぐらい食うだろうに普通?」
「もしかしたら神ってそういうものなのかも知れませんよ、毒が効かないとか、そういう完全耐性をひとつぐらい持っていてもおかしくありません」
「そうか、それも一理あるな」
「だから焦って玉座を爆破したりしない方が良いと思います、ここはひとまず決着するまで様子を見ましょう」
「だな、だが本当にルビアが負けたら即トラップで奴を締められるようにしておくんだ」
「えぇ、準備をしておきます」
方針が決まり、そのためにミラが再び離席したことによって隣の話相手が居なくなり、俺はもう一度ステージで行われている試合の方に目を向けた。
敵の攻撃、というかルビアが責めて相手がそれに対してドM雌豚的に良い反応をするターンはまだ継続しているらしい。
四つん這いよりもさらに尻を突き上げた状態で、隣で膝立ちになったルビアにビシバシと尻を叩かれている敵の雌豚大将。
いつもルビアにそうしてやっているときのように喜び、当然観客も、審査員として並んでいる変態共(後で殺す)も、それに対してかなり高い評価をしているようだ。
しかしこのままというのはあまり芳しくないな、当然このターンが終わって交代し、今度はルビアが責めを受けることになった際に困ってしまうではないか。
同じような反応を見せれば当然『二番煎じ』として低評価になってしまうし、もし演技で何か別のことをするにしても、ルビアがそれを上手くやってのけるとは思えない。
つまりこのままだと敵である黒チームの雌豚大将には高徳点が、ルビアには低得点が入って負けになるという、悲しい未来がまっているということだ……
「それっ、ほらっ、そろそろ反省しましたかっ?」
「まだまだ……です、もっとお仕置きして下さいっ」
「え~っ、もう私も限界ですよ~っ、ほら、手がこんなに真っ赤になって、あなたのお尻も凄いですよ」
「手が真っ赤になってしまうのは仕方のないことです、あなた、いつもお仕置きされているときに相手がそうなっているということを理解していますか?」
「あ、確かにそうですね……」
「そうでしょう、だから感謝しなくてはなりません、そしてそのお仕置きしてくれる方々の痛みを少しでも知るために、あなたはここでもう少し『お仕置きする側』をしていなくてはならないのです、わかりますかね?」
「……なるほど、良くわかりました、ではもっとお仕置きしてあげますっ、そいやっ!」
「ひゃいぃぃぃんっ! もっとっ、もっと下さいぃぃぃっ!」
「ルビアの奴、完全に敵の術中に嵌まってんな、あれじゃあ相手の思う壺だぞ」
「このままだと良くないですわね、何か敵のターンを終了させる方法を考えなくてはなりませんのよ」
「ルビアちゃん! そろそろ終わりにしてあげて下さ~いっ……ここから幻術でどうこうすののはさすがに反則だし、どうしましょうか?」
『さぁ~っ、審判員はまだ札を上げないっ! ターンは継続しているということだぁぁぁっ! しかしこのまま進めば満点は確実! もはや審査などする意味はないようにも思えますっ……と、今大会運営事務局から報告が入りました、今大会の審査に関する事項ですが……少々お待ち下さいっ!』
「何だそれ? 運営事務局とかあったのか?」
「アレを見たらわかりますの、ほら、ミラちゃんが勝手にやっていますわよ」
「今いきなり組織したって感じですね、後ろの部下とかカレンちゃんとリリィちゃんなんじゃ……カレンちゃん尻尾隠せてない……」
ミラが何かしているようだが、俺達にはあまり関係のないことのように思えて、実は何やら……なるほど、先んじてこのイベントの方を操作して、こちらの有利に傾けるということか。
実況の奴が言ったように、このままだと敵の雌豚大将には満点が入る勢いであって、少なくとも同じ満点でないとルビアが敗北する可能性が高まってしまう。
ひとつのミスもなく、しかもこの敵のものとは全く異なる『演技』をしろというのはルビアにとって酷なことで、おそらく上手くはいかない。
それを精霊様も悟ったのであろうが、工作をしていたミラを呼び付けて、そこで今回の運営事務局の組織を、さらには今実況に伝えられた審判員に関する何かをさせたということなのであろう。
そしてミラにそのことを託した精霊様は……ルビアを見るのではなく、まっすぐに敵の豚野郎使いを見据えているではないか。
まだまだ負ける気はないということか、いや、あの目はもっと別の意図があってガン見しているときの目だな、何かがあるに違いないが、ルビアの方もその精霊様と、敵の豚野郎使いを交互に、チラチラとわき見しているようだ。
どうやら先程指示も出されずに突き放されたモーションの前に、何かルビアと精霊様の間に認識の共有があったようにも思える。
それはもちろん敵の豚野郎使いのことであって、その秘密を、俺達が気付いていない何かを、近くで関与し続けたルビアと精霊様は発見したのかも知れない。
と、ここで実況がまた動き出した、ミラ率いる運営委員会が手渡した文書につき、精読と理解が終わった様子だ……
『お待たせしましたっ! ここでそんなのあったんだレベルに知られていなかった運営委員会からの通達を発表致しますっ! え~っ、この戦いは既に審査とか評価とか、そういったものの域を越えたハイレベルのものであるからっ、以降は審判員の評価なしにっ、どちらかの雌豚が、或いは雌豚使いがギブアップを宣言するまで戦いを続けよとのことですっ!』
『ウォォォッ! まだしばらくこの戦いが見られるぞぉぉぉっ!』
『良いぞ! やれぇぇぇっ! その方が面白いに決まってんだぁっぁっ!』
『なお、不要になった審判員は全員解任! しかも何か見た目とか中身とか、凄く気持ち悪いのでっ、運営委員会の権限において死刑に処すこととしますっ!』
『ヒャッハァァァッ! 奴等最初から気に食わなかったんだっ!』
『俺と趣味が合わないからなっ、変なところで高得点を出しやがって!』
『ギャハハハッ! ゴミ野朗共は死ねぇぇぇっ!』
あっという間に精霊様配下の雌豚軍団に取り囲まれ、どこかに連行されて行った気持ち悪い審判団の変態ゴミ野朗共。
しばらくその姿は見えなかったのであるが、突如としてどこかから大きな落下音がひとつ……高めの建物から審判員の1匹が叩き落されたようだ。
音に反応してその地面のしたいと、それから死体が落ちてきたのであろう建物の上に目をやると、次の審判員が必死の抵抗を見せて……それも虚しく突き落とされた。
後で殺してしまおうとは思っていたが、これに関してはもう始末されたということで良いし、末路の方もそこそこに悲惨なものであったと思うから、このぐらいで許してやることとしよう。
で、ルールが変更されたステージ上の戦いは未だに続いていて、そろそろ敵の雌豚大将が限界を迎えるのであろうといったところだ……
「ひぃぃぃっ! 痛いっ、もう許して下さいませっ!」
「そうですか、ではそろそろ交代して、今度は相手をこんなにしてしまったいけない私がお仕置きを受ける番ですね……でもその前に」
「その前に……何でしょうか? どうしたのですか?」
「いえ、精霊様、もうそろそろお願いします、やってあげて下さい」
「……わかったわ、じゃあ覚悟しなさい豚野郎使い! いいえ、雌豚が創りしまやかしのドS女王様! それっ!」
「あっ、なんてことっ……そんなっ!?」
『……これは……これは一体どういうことでしょうかっ? 白チームの監督をしていた雌豚使い! まさか、まさかのプレイヤー直接攻撃! 断じて許されるものでは……黒チームの豚野郎使いは水の弾丸をモロに受け! なんと粉々になってしまいましたっ! これはもう絶対に助からないでしょう! たとえ神とはいえですっ!』
「おいおい、殺りやがったぞ精霊様の奴、てか一撃で神殺しとかどうなってんだマジで?」
「いいえ、何かおかしいですの……やっぱり、あの豚野郎使いとかいうのは神ではありませんのよ」
「何が……起こっているのでしょうか?」
現時点でこのことを、今この一瞬で起こった出来事を十分に理解しているのは、おそらくステージ上のルビアと敵の雌豚大将、そしてプレイヤーアタックを放った精霊様ぐらいのものであろう。
それに加えて、外野席でユリナが少しばかりの理解を得た顔をしているような感じであって、遠くに見えるミラは事情をまるで知らないまま動いていたらしく、驚きの表情を隠せないでいる。
というかそろそろこちらにも説明が欲しいところであるのだが、ステージの上で固まってしまった敵の雌豚大将から、この件に関してのコメントが出される気配はない。
間違いなくコイツの口から、このイベントの参加者の中で唯一の神……である可能性が極めて高い者という立場になったこの女が、全てを語らなくてはならないのは明らか。
ショックを受けてボーっとしている暇ではないと、そう叫んでやろうかと思った矢先に、どうやら気を取り直したようで立ち上がった……
「よいしょっ……あたたたっ、なかなか良いお仕置きでした……それで、やはりあなたはこちらの秘密に気付いていましたか、ですがまさか具体的に行動してくるとは思いもしませんでした」
「殺ったのは精霊様ですけどね、でも良かった、攻撃しちゃってからホントはあの人が生きている人とか神様とかでした、みたいなことになったら怒られてしまうのは私でしたから」
「それで、賭けに勝って見事私の女王様……自律型オートマティック女王様を破壊することに成功したと……結構大変なんですよ、アレひとつ造るの」
「そこはほら、壊してしまった罰としてお尻ペンペンの刑をお願いします、神様、いえ伝説のシリアナスタン神様」
「やはりその名前を、そしてあなたの中に眠るもうひとつの力……オパイオス神のものでしょうねおそらく……」
『ど、どういうことでしょうかっ!? 両者の口からいきなりっ、太古の昔に失われたとされる神々、オパイオスとシリアナスタンの名が出ましたぁぁぁっ!』
「何だよシリアナスタンって、汚ったねぇだろ絶対そいつ」
「というか、あの子がその汚ったない名前の神様ってことなんじゃないですの?」
「マジですか姉様それ? ちょっとかわいそうになってきました」
既知の神の名と共に、とんでもない名前の明らかに恥ずかしい神について言及されてしまった。
そしてその神こそ、今ルビアと対峙しているドM雌豚の、黒い前髪で目を半分覆い隠してい存在であるらしい。
会場には衝撃が走り、ひと言だけ叫んだ実況もその後は押し黙ってしまったではないか、まぁ、その反応も仕方ないことではあるが。
これまでは玉座に就いていたあの女王様キャラが主神であって、このドM雌豚はもしかしたら神かも知れない単なる雌豚にすぎなかったのである。
それが本当はその女王様を創造した神であって、逆にその女王様は豚野郎使いでも雌豚使いでもなく、単に創り出されただけの命さえ持たないエネルギーの塊であったということだ。
それで神のオーラなどを感じなかったということか、一杯喰わされたのは俺達だけではないはず……だが、冷静に『壊れてしまったそれ』を片付けている敵の敗退した4雌豚は、どうも最初からそのことを知っていた様子。
おそらくは自分達のチームの雌豚大将が神であるということを伝えられたうえでそれに付き従い、さらにその神が創造した作り物の女王様に従っていたのであろう。
だが雌豚という性質上、自分から何かを話すこともなかったため、これまで特に情報が漏れるとか、そういったことはなかったということか……
「……で、ここからどうするんだ? ルビアにはおっぱいの神が宿っていて、敵は……ケツ穴の神ってのは確か魔界に居たもんな、じゃなかったら何なんだ?」
「わかりませんけど、ひとまずドM雌豚尻の神様ってことで良いんじゃないですか? もう神の定義さえどこがどうなっているのかわかりませんけど」
「だんだん適当になってきましたわねこの世界……いえ、最初からの部分もかなりありますけど……」
などとユリナが指摘したところで、向かい合って話をしていたルビアとその神が動き……どうやら今度はルビアがお仕置きされる番のようだ。
尻を丸出しにすることは予め禁止していたため、そのまま四つん這いになって引っ叩かれる態勢に入ったルビアに対して、ドM雌豚尻の神と目されるそいつはゆっくり近付いた後に平手を振り下ろした……
「ひぎぃぃぃっ! きっ、効くっ、これはぁぁぁっ!」
「どうですか? これが私、ドM雌豚尻の女神が、自分で自分にお仕置きするために編み出した究極のお尻ペンペンです」
「ひゃうぅぅぅっ! ひっ、ひぃぃぃっ!」
「名前合ってたんですねあの神様……」
「異常だろもうこんな世界……」
こうして最初から不毛であった今回の戦いは、まるで意味のわからない方向へと進みつつ、やっとその幕を閉じようとしていた……




