1183 勝負成立
「……見て、もう降りて来ているみたい、豚野郎があんなに……しかも勝手に労働者にしていた隣町のおっさん達をスカウトし始めているの」
「君も豚野郎にならないか? みたいな? メチャクチャキモがられてんじゃねぇか、どうしてスカウトマンがあんなブリーフ一丁の縛られたデブなんだよ? もっとあるだろう他にさ」
「しかしどうする主殿? やはり豚野郎の1匹や2匹、ここから殺してみるか?」
「いや待て、もう精霊様が行っているはずだ、それにいきなり攻撃を仕掛けたりしたら、敵がこっちの誘いに乗ってくる可能性は低くなるからな」
「うむ……あ、精霊様が出て来て……何だか昨日とは少し違う感じに進化? した雌豚軍団が一緒だな……」
「紅白のチーム分けはやめたのか……凄くどうでも良いことだが」
「何するんですかねあのチームで?」
やはり開会式の入場行進のような様相を呈しつつ登場した精霊様とおよそ100匹の雌豚軍団、そしてそれを見て呆気に取られる広場の神界人間やその他の生物。
労働力になりそうな連中を勝手にスカウトして連れ去ろうとしていた豚野郎も、その場で止まってその様子を眺めているのだが、特に攻撃してきたりということではないようだ。
なお、どうもそこら中に居る豚野郎に話し掛けたり、戻って来いなどと叫ぶこの町の人間がちらほら……この豚野郎共はこの町から連れ去られた比較的体力のある神界人間ではなかろうか。
だとすると、それを使ってまたこの町から人材を、といっても隣町から連行した使い捨てのゴミなのだが、それらをさらに引っ張って豚野郎に改造して、という繰り返しをしていくつもりであるように思える。
そんなことを許していたら、本当にこの神界が豚野郎ばかりになってしまうし、さらに今は見えないものの、雌豚の方も同じように募集、増殖されかねない。
そんな神界は困ると、俺だけでなく誰もがそう思うところであるが……俺達の世界を統べる馬鹿な女神の場合、あっさりと迎合して雌豚の神として活動を再開しかねない……そうなったら俺達の世界も終わりだな……
「……それで、精霊様の『軍団』がキチッと並んだみたいだけれど、ここから本当に何をするつもりなのかしらね?」
「わからんが……っと、上空の雲にも動きがあったぞ、まだ何か降ろしてくるようだ……あれは雌豚なんじゃないのか?」
「本当ですね、黒を基調としたレザー系の服装をした雌豚が……白ベースの布の服を装備した精霊様の雌豚と対峙する感じで……これは何らかのバトルに発展しそうですね」
「だな、しばらく様子をみておいても良いだろう、だが豚野郎の方は……動かないな、どうやら雌豚の方が圧倒的に上の身分らしい」
「そりゃそうよね、ビジュアルの問題とかもあるし、そもそも使っているのは女神様なんでしょ? なら豚野郎なんかよりも雌豚の方を優遇すると思うわ」
「で、その豚野郎/雌豚使いの神そのものなんだが……まだ姿を現したりはしないのかな?」
上空の雲からぞろぞろと登場し始め、地上に降り立っては整列する『黒雌豚』の集団であったが、肝心なその親玉の方は一向に姿を現そうとしない。
きっと黒豚野郎と黒雌豚……というか身に着けている革製品の色だけでそう判断しているのだが、それに見合った雰囲気の『女王様』が登場するはず。
まずはそれを待とうというのは精霊様も同じ考えらしく、布製品をメインで装備したこちらの白雌豚軍団にはまだ動くための命令を出していない。
しばらく黒雌豚軍団の登場yが続き、それが途切れると同時にビシッと整列もし終わり……何もせずボーっとしていた周囲の豚野郎共がそれに向かって土下座し始めたではないか。
どうやら豚野郎と雌豚の間にある身分の差は相当なものらしいな、もちろんその偉い方の雌豚よりも、それを使役している女王様キャラの方が一層……と、その女王様が出現するようだ……
『これより豚野郎使いの女神様が降臨なさるっ! 一同! 礼! この町の神界人間共もだっ! 当然に土下座しなさいっ!』
「おいおい、明らかな雌豚の格好で鬼軍曹みたいなこと言ってんぞ、馬鹿なんじゃないのかあの女?」
「まぁ、そういう役回りだから仕方ないんじゃないかしら? 私達はここから見物しているだけだから何もしなくて良いし、精霊様が使役している白雌豚軍団は……」
「全く迷いが生じていないな、豚野郎使いの神が現れるに際しても、精霊様からの命令がなければ微動だにしないし、当然他のモブキャラ共のように土下座したりなんかしないぞ」
「……相手の黒雌豚リーダー? の方はかなりムカついているようですね、まだ必死に叫ぼうと……あっ、それもやめて振り返りましたよ、いよいよご登場みたいです」
白雌豚軍団への呼び掛けを中止し、そのリーダーらしき黒雌豚が振り返り、そして自分達が先程まで居た上空の雲を見る。
次の瞬間には一斉に土下座し、さらにその一部が少しばかり移動、尻を突き上げて何やら上空からやって来るらしい光の玉をそれで受け止める姿勢に入っていた。
雲の切れ目から飛び降りるようなかたちで、そこそこのスピードを保って降りて来た……いや落下して来たその光の玉は、その真下で突き出されていたいくつかの黒雌豚の尻を足蹴にするようなかたちで着地する。
そんな目に遭わされた、町中で土下座したうえで尻を突き出し、足蹴にまでされてしまった雌豚共は大喜びしている様子。
この役回りは大変に名誉なもので、元々は一介の神界人間にすぎなかった単なる雌豚が、神の降臨に際して何らかの役を与えられているというのは凄まじい喜びらしい。
で、その受け止められた光の玉がパァーッとその輝きを強め、真っ白になったかと思うとそのまま消滅してしまう。
中から現れたのはもちろん女王様で、豚野郎共や雌豚共と同じように黒を基調とした革製品を身に着けて……マスクのようなものを装備していて顔は見えないし、何かのオーラを感じることもない……
「……まるでゴーレムですねあの神様は、感情とか、そういったものが全然表に出ていませんよ」
「あの変なマスクのせいじゃないのか? 顔を隠すだけじゃなくて、そういった本来の姿とか中身を隠すみたいな効果もあったりして」
「かも知れませんね……と、何やら喋るみたいです……」
『……聞けっ! この町に巣食う低俗な豚共よっ! そしてそこの……何か知らんが不敬な者共よっ! 私は豚野郎使いにして雌豚使いであるっ! この私の命に従いっ、この町の動くことが出来る者共に対してっ、今後死ぬまでに渡る豚野郎または雌豚労働を命ずるっ! 以上!』
『豚野郎使い様のお言葉を聞いたかっ! 貴様等のような愚民共はサッサとこの豚衣装に着替えてっ、指示に従って軍団入りするのだっ! 特にそこの貴様等! いつまでそうやって偉そうな態度を取っているつもりだっ?』
「フンッ、そんな顔出しもNGな豚野郎使いなんて所詮は雑魚よ、この私、いずれこの神界を統べることになる大精霊様には敵わないわけ、容姿も戦闘力も、そして豚野郎及び雌豚の扱いもねっ!」
『何だと貴様ぁぁぁっ! 神の御前でそのような戯言をっ、あうっ……豚野郎使い様、はい、畏まりました、引っ込んで反省しておきます、はい……』
「あら、神直々に私の前に立とうっていうの? 上等よ、私が速攻で調教した雌豚軍団の舞を見せてあげるわっ! 一同整列! 演舞開始!」
『貴様何をするつもりであるか? そんな急拵えの雌豚軍団を並べて……後ろを向いただとっ?』
「あら? それだけだと思ったのかしら……」
『何だとっ? まさか四つん這いになって、積み上がって……尻が右側だけ真っ赤に腫れているだとっ? まるで紅白の垂れ幕ではないかぁぁぁっ!』
「そう、めでたい感じでしょ?」
『……クッ、何という、何という実力を兼ね備えた雌豚使いだというのだっ』
ちなみに遠くからその様子を眺めている俺達は呆れ返っている、普通に考えて、右側だけ引っ叩いて赤くした尻を並べ、それで紅白の垂れ幕を再現することに何の意味があるのかといったところだ。
だがまぁ、精霊様がそれで良いのであれば良いし、むしろその意味不明な『演舞』で、敵である豚野郎使いがショックを受けているのだから、それもまた良いということではんかろうか。
ガックリと膝を折り、圧倒的な敗北を噛み締めたかに見えた豚野郎使い、このまま絶望の海に沈んで、二度と俺達の前に姿を現さない、ババァ神にも強力しないでいてくれれば……というわけにはもちろんいかないようだ。
すぐに気を取り直して立ち上がり、精霊様の後ろにある謎の生尻紅白垂れ幕をキッと睨み、自分も負けてはいられないというような表情を作る。
ちなみに精霊様所有の雌豚軍団に、直接的な攻撃を加えるというようなことはしないらしい……もしかするとそういうのはマナー違反なのかも知れないな。
だとしたら最初の段階で、いきなり敵所有の豚野郎を始末してしまうようなムーブに出なくて良かった。
そんなことをしていたらその場で全面戦争になったはずだし、せっかく練った計画も完全に無駄なものとなってしまったことであろう……
『……貴様、どこかの下界の精霊、いや大精霊といったか? その雌豚使いの実力は評価する、だが私こそがこの神界を代表する豚野郎/雌豚使いなのであって、貴様に敗北するようなことは決してないわっ! わかったかっ?』
「あっそう、ならば勝負してみる? あんたはいつも無限に豚野郎を繰り出して、自分にまで攻撃が届かないようなバトルをするって話だけど……もちろん私との勝負でそんなビビリみたいなことはさせないわよ」
『どういうつもりだ? この私と何の勝負をしようというのだ? もちろん受けて立つし、貴様のような低俗な者に負けるようなことはないがなっ!』
「はいはい、じゃあこっちが決めたルールで良いのよね? そういうことよね? まさか今になって撤回とかないわよね?」
『う……うむ、撤回などはしないから早くルールを伝達せよ、こちらには大量の戦闘用豚野郎があるゆえ、いつでも戦いに応じることが出来るのでなっ』
「……あんた馬鹿ねぇ、本当に馬鹿ねぇ、あのさ、豚野郎ってその辺に居るほら、そこの汚ったないのと同じようなビジュアルの奴でしょ? そんなモノ戦わせて何になるわけ? それで興行収入とか得られると思っているわけ? 無理よね普通に考えて?」
『まぁそれはそうだが、だとしたらどんな戦いをするというのだ? 雌豚か? 雌豚を戦わせるのか?』
「そうっ、でもあまりダラダラと長くやっていても建設的じゃないわ、だから5対5で、本当に強力な雌豚のみを召喚して、もちろんショーだから大怪我とかしないように、安全かつ優しく戦わせるのよ」
『そういうことか……良かろう、では明日、こちらで選りすぐった究極クラスの雌豚を5匹……どこへ連れて来れば良いのだ? 審判となり得る者はどこに居るのだ?』
「場所はこっちで指定して、今日の夜までにその真上、雲の上まで文書にしたものを届けるわよ、ルール詳細も添えてね」
『うむ、では明日、必ずや私の強さを見せ付けてくれよう……雌豚共! 今日の作業はこれまでにして、豚野郎共にも撤収するように命じておきなさいっ』
「へへーっ! 畏まりましたっ!」
まんまとこちらの作戦に乗った、というかどうしてそんなに上手く事が運んだのか、それさえも疑問に思ってしまうような流れであった。
もちろん俺達にはわからない、雌豚使い同士でのみ通ずる意思疎通などもそこにはあったに違いないが、あまりにも意味不明ゆえ、それにつきこれ以上の考察をすることはしないでおこう。
で、そのショーが執り行われるのはこの町ではなく、もっと観客の多い、そして俺達が本拠地にしている町となる。
すぐに女神と連絡を取り、選手である5人の雌豚と精霊様、そしてギャラリーとしての雌豚軍団も含めて、転移させる準備をしておいて欲しい胸を告げた。
それに関してはすぐにOKが出たため、先に俺達のように無関係な仲間が現地入りして、そこで会場の準備などをしておくことにも決定しておく。
精霊様とその他の参加者にはまだやるべきことがあるし、この町の上空で『雲』を待たせている以上、明日は敵と同時に転移して会場入りするような、不公平のない(ように見える)方法を取るべきであろうから……
「よっしゃ、じゃあすぐに行って会場設営だ、広場にゲートを出して貰って、労働力になりそうな隣町の馬鹿共も一部連行しよう、そうすればこっちは指示を出しているだけで良いからな」
「ついでに観客席も用意して、屋台からもショバ代を取って営業させましょう、そうすればノーリスクで儲かるはずですから」
「リスクを負うのは精霊様なんだけどな……まぁ、自分がノリノリでやっているんだからそれはそれで良いか……」
「屋台は何を出しますかっ? お肉ですかお魚ですかっ?」
「どっちも出して欲しいですっ、この町とか隣の町とか、そういう所で買い食い出来なくてつまらなかったですから」
「そうだよなぁ、普通に考えて重税で食糧危機とか、そんな町同士を行ったり来たりしていたんだもんな、そろそろまともな文明社会に戻りたいところだぜ、この町の復興も気にならないわけじゃないけどな」
「まぁ、全部連れて来た連中にやらせれば良いんですの、それより私達は明日のイベントで、どうにかして精霊様を圧勝させるための卑劣な仕掛けを考えなくてはなりませんことよ」
「だな、最悪相手のアイツ、何かちょっと生物感薄い豚野郎使いを直接攻撃する策を……うむ、現地で考えることとしよう、とにかく出発だっ」
『うぇ~いっ』
ということで女神にゲートを出させ、もちろんその動きを察して雲から降りて来て、事情を問い質してきた雌豚には『会場設営』であるという旨のみ伝えておく。
まさかもし精霊様が敗北した、敗北しそうなときに備えて卑劣な罠を仕掛けておくなどということを白状するわけもなく、またその作戦についてはバレたりしていない様子。
しかし、敵は本当にこちらが正々堂々と勝負してくると思っているのであろうか、普通に考えて、こちらのルールを無理矢理に押し付けている時点でそうではないと予想するところであるはず。
もしかすると精霊様との意思疎通において、やはり豚野郎/雌豚使いのドSキャラにしかわからない何かが遭って、それで真っ向勝負であると確信したとかそういうことが……ないとは言えないがその可能性は高くないであろうな。
となれば、念のため向こうがこちらのトラップに気付いて行動してくるという可能性を考慮した、さらに裏を掻く何かを考えておく必要がありそうだ。
などと考えながら、本拠地である町へと転移した俺達は、早速ゴッド裁判所とやらとして使われていたらしい、今は仁平の旗が立てられた庁舎の前で、連れて来た労働力に対して業務の説明をし始める……
「……ということだっ! わかったかこの豚野郎共がっ! 今日中に、特に形式の指定等はないし材料の提供も何もかもないが、頑強で観客も1万以上入れるスタジアム? コロシアム? 何だか知らんが造れっ! 失敗したら八つ裂きにすんぞっ!」
『……無理だろうそんなのっ』
『その前に飯をくれっ!』
『そうだっ、腹が減ったぞ!』
「……カレン、ちょっと今文句を言った奴を引き摺って来てくれ、直接触れると変な菌が移るからな、この鳶口のようなもので引っ掛けて連行するんだぞ」
「わかりましたっ、えっと、あの人とあの人と……わかんなくなりました……」
「カレンちゃん、ちょっとぐらい違っていても良いんですのよ、反抗的な奴が居て、それが見せしめに処刑されるってことだけをわからせれば……この連中は馬鹿だからまたすぐに忘れるとは思いますけど」
「え~っと、じゃああの人と……まぁ良いやっ、いってきます!」
結局カレンが『当たり』、即ち本当に文句を垂れた大馬鹿者を持って来たのは、その3匹のうち1匹だけという残念な結果に終わった。
だが無関係であった残りの2匹も、その場で抗議するなどして反抗的であったと認められたため、直ちに処刑する事が決定され、後ろから出て来た仁平に引き渡される。
雑魚の神界人間でありながら、そこそこの労働力であると認められた者であるがゆえ、いくら食事をさせていないとはいえそこそこの栄養化だ。
それを頭からバックリと喰らった、手足と頭を有する第二形態の仁平は、続けてもう1匹、さらに最後の1匹と、残虐極まりない光景を作出しながら3匹の豚野郎を貪り食って……どうやら残りの連中は静かになったようだな……
「はいっ、こうなりたくなかったらとっとと作業を始めろっ、随時建材の仕入に行っても良いが、少しでもサボったと思われるような行動を取った場合には……もうわかっているよな?」
『・・・・・・・・・・』
「よしよし、僅かな犠牲だけでわかって貰うことが出来て良かったぞ、きっと俺の説明が丁寧でわかり易かったからだな、じゃ、何か食べにでも行こうぜ~」
「ご主人様! あっちの屋台! 明日もお店出してって言うついでに何かっ!」
「わかったわかった、じゃあそこから回って、他にも宣伝しつつ色々と歩き回ってみるか」
「それより勇者よ、向こうでどのような話になって、どんな対決をすることになったのかを詳しく伝えて下さい」
「っと、そうだったな、じゃあ女神も一緒に来いよ、戦うのは専ら精霊様だけど、それに関して色々と考えなくちゃならないところもあってな、その話をしながら食べ歩きだ、せっかくこういう『まともな町』に戻って来ることが出来たんだからな」
「まぁ、それは良いと思いますが……本当に大丈夫なのですか? 無駄に町が破壊されたりとか、そういったことなどは……」
やたらと無用な心配をしてくる女神に対し、そのあたりは決して問題ないと確信を持った主張をしつつ、しばらく食べ歩きしながら翌日の予定についての説明をした……




