1179 まだ来る
「う~む、本当におかしいな……ひとまずそこに座っている長老顔のジジィにでも話を聞いてみるか、おいクソジジィ、ちょっと良いか?」
「そ……それよりも何か食べ物を……このままだとわしらはドブの水を啜って生きるしかないですのじゃ、どうか食べ物を……」
「うるせぇ、そのドブに居るジャンボタニシでも食っとけってんだ、で、まともに働けそうなクラスの奴等がほとんど見当たらないのはどうしてだ?」
「水を……せめて水を下さいですじゃ、このままでは、このままではわしらはカラッカラのミイラになって死んでしまいますじゃ……」
「雑巾でも絞って汁を飲めば良いじゃないか、何度も拭いた便所の床の出汁が効いてんぞきっと」
「……で、質問に答えないなら今この場で殺してそのお腹空いたとかそういう俗世の悩みを断ち切ってあげるけど、どうするの?」
「ひぃぃぃっ……わかりましたじゃ、本当はあまり言ってはいけないような気もするのじゃが……この町の若い労働者にはもうほとんど就職口が用意されていて、昨日お越しになったどこかの神様が連れて行きましたじゃ、そしてわしももう神々が……」
「神が? どんな神なのか答えろっ、おいっ! 寝てんじゃねぇっ! このっ……死んでやがんぞこのクソジジィ、寿命だったのか」
「主殿がイジメたからショックで死亡しただけのような……」
せっかく話を聞いてやったというのに、この俺様がわざわざ時間を使って、モブでしかないジジィと会話してやったというのに、話の途中で死んでしまうとは何事か。
しかもその様子を見ていた周りの連中が、飢餓のせいでもはや立ち上がることが出来ない状態だというのに、必死に這い蹲って俺達から逃げ出そうとし始めたではないか。
ここでこれ以上誰かに『質問』をしても良いことはなさそうだな、だが最初のジジィからひとつだけ情報を得ることが出来たので、まずはそれについて考えていくこととしよう。
まず、その『就職口が用意された』という話についてなのだが、昨日ということは俺達も帰って来ていない、ちょうどシェルターで鏡の進化に係る儀式をしていた頃であろうか。
そのタイミングで知らない神がやって来て、この町の労働可能な人材の大半をどこかに連れ去ってしまったということ、ここまでは理解することが出来た……問題はその先だ。
「……結局その神様がどの神様なのかはわからないんですよね? もっと別の場所で、今度は死なないタフな神界人間の方に話を聞いてみますか?」
「それもどうかしらね、きっと何も知らないで、もちろんその神様がどの神様なのかも知らないで連れて行かれたんじゃないかしら?」
「あぁ、あのジジィも『どこかの神様』みたいなことを言っていたからな、めっちゃマイナーな奴なんじゃないのかその神?」
「わからないけどさ、そいつ捕まえてやっつけるのよね? ねぇ?」
「それは……まだどうなるかわからんが、その可能性が高いってことだぞ、ちなみにマーサ、何か臭いとかするか?」
「ぜ~んぜん、てか臭いのよねここ普通に、カレンちゃんなら何かわかるかも」
「しまったな、カレンを遊びに行かせてしまったのは失敗だったぞ」
とにかくどこかで遊んでいるはずのカレンを回収し、その神の臭いが残っていたりしないかということを判別させなくてはならない。
まぁ、臭いがわかったところで実際にその姿を見たわけではないし、臭いと神々の肖像画を合わせたところで、その臭いの神がどの肖像画の神なのかを照合することは決して出来ないし、せいぜい臭そうかどうかがわかるのみ。
それゆえあまり意味を成さないのかも知れないが、それでも何か特徴的な臭い、ババァ神のように香水をガンガンに効かせていたりと……まぁ、それならマーサも臭いに反応するはずだな。
仕方ない、それはカレンが戻ってからどうにかすることとして、まずはこの引き回しイベントを終えて、どこの町にもなぜか存在する中央の広場にて、処刑すべき隣町の責任者を処刑していくこととしよう。
俺達の後に続いている男女別の隣町神界人間行列の後ろには、この町の神界人間のうち辛うじて動くことが出来る連中が続いている。
責任者共に暴行を加えて、火を放って酸を掛けて八つ裂きにして石臼で挽いて……という行為は、基本的にこの連中に任せてしまって良いであろう……
「はい到着っと……おっ、カレンは遊び終わって帰って来ていたのか、お~いっ」
「あっ、お~いっ、お~いっ」
「……呼び返すだけでこっちには来ないのかアイツ?」
「ねぇ、何か見つけたんじゃないかしらあの感じ?」
「かな? まぁちょっと行ってみるとするか……」
広場の隅にしゃがみ込んでいて、こちらが声を掛けるとそれに反応したにはしたカレンであるが、どうやらこちらへ来るのではなく、自分の所へ来て欲しいような感じである。
仕方ないので何人かをその場に残してカレンの方へ向かうと、その周囲には明らかに死亡している人間の肉片が散らばっているではないか。
カレンの前にはその『本体』が落ちていて、パーツは捥げて中身も飛び出してしまってるのだが、それが元々は神界人間であるということがわかるようなものであった。
カレンに何かちょっかいを掛けて殺されたのかとも思ったのだが、その死に様とカレンの衣服の綺麗さを見るに、そうではないと考えるのが妥当なところ。
では一体誰がどうやってこの神界人間をこのような姿にしてしまったのか、状況から察するに事故や自殺の類ではないように思えるし、もちろん自然のこうなったとは思えないような惨殺死体ぶりだ。
他に特徴は……何となくこの場に落下してきたかのような死に様だな、地面に叩き付けられ、その弾みでパーツが取れたり中身が飛び出したりといったところか。
しかし、周囲に高い建物があるわけでもなく、どこかから飛ばされて来てこうなったわけでもなさそうだから、もし落下するとしたら空から……ということになってしまうな……
「……で、カレン、これどうしたんだ?」
「わかりません、変な音がしたなと思って戻って来たら、ここにこのおじさん? が落ちていました」
「変な音ってのは……落下した際に生じたような音だな? やっぱり落ちてきてこうなったのかこの……おっさんだな、うむおっさんだ」
「そうですおじさんです……じゃなくて落ちてきた音でした……それで、どうしちゃったんでしょうか本当にこのおじさん? 空を飛んでいて……神界人間の人って飛べるんですか?」
「そういう奴もいるんじゃね? 知らんけどな、しかし空を飛べるにしてもさすがにな……」
「主殿、私はひとまず回りの神界人間から目撃情報を集めて来る、引き続きちょっとそのキモい死骸を漁っていてくれ」
「ジェシカおまっ、そんなっ、他人をハイエナみたいに言ってんじゃねぇよこのっ、お仕置きだお前は」
「ひぃぃぃっ! 取れるっ、尻の肉がこの死体の手足のように取れてしまうではないかっ、とにかくっ、敵の攻撃などでないとは限らないから、早急にこれについて詳しい事情を調べないとだっ」
「……まぁ、そうだよな……それでカレン、他に変わったことはなかったか?」
「変わったこと……ガリガリに痩せたおじさんの前で缶詰を食べていたら凄く反応して、めちゃくちゃ追いかけて来たので逃げました、気持ち悪かったです」
「うむ、それは別に普通だ」
カレンからこれ以上の情報を引き出すことは期待出来そうにない、きっと見たこと、体験したことは全て話し尽くしたはずであるから。
ということでまずは自分の目で現場を確認していく、グッチャグチャになった死体をあまりガン見したいとは思わないから、周囲の状況をチェックしてみよう。
最初に気になるのは何か、やはりこの死体の周囲には元々は本体に付随していたのであろうパーツや破片が飛び散って、かなり凄惨な光景になっているということだ。
もしこれがフリーフォールして地面に激突し、その衝撃でこうなってしまったのだとしたら、それはかなりの高所から落下した以外の可能性を見出すことは出来ないもの。
或いは何らかの理由で下に向かって加速し、その勢いも付加された状態で地面へ……と、いずれにせよ肉片の散らばり方が異常だな……
「ご主人様、何か臭いのでもうやめませんか?」
「臭い? 何が臭いんだ? 死体の臭いか?」
「そうだと思いますけど、普通に死体とかじゃなくて、もっとこう……わかんないけど臭いです、クラクラするような臭いです」
「そうなのか、俺にはわからんが……まぁそれも情報のうちだろうな、そして見かけ上だと……まっすぐ落ちて来た可能性が高いし、周囲に建物もないわけだから空からってのが確定か……」
「うぅ~っ、行きましょうってばもうっ、ほら、皆の所へ戻りましょうっ」
「おうわかったわかった、じゃあちょっとえ~っと……おいそこのジジィ、この死体の周りに規制線でも張っておけ、何もう腹が減って動けないだ? 甘えたこと抜かしてんじゃねぇよゴミが、この死体みたいにされたくなかったらとっととやりやがれハゲ、わかったか?」
その辺に居たジジィに現場の保存を命じて、ひとまず仲間達が居る場所へと戻ったときには、聞きこみに行っていたジェシカも既にその場へ戻って来ていた。
どうやらろくな情報はなかったらしい、凄まじい音が聞こえたと思って振り返ったら、人間がグッチャグチャになって落ちていたというのが、最も近くで見ていた神界人間共の証言らしい。
そしてその死体に近付いて確認作業をした者など誰も居らず、むしろ音に驚いてそちらを見てしまったり、ハッとなって飛び上がってしまったりした分のカロリーがもったいなかったと後悔している奴が多かったそうだ。
まぁ、さすがに町全体がこの状態であるから、そろそろ食糧等を供給してやらないと全滅が近いかも知れないな。
かといっていきなり炊き出しをしたりすると、ガッついた連中が殺到してしまったり、極度の空腹状態から急に大量の飲食をしてショック死したりなどといったことが考えられる。
ここはひとまず、隣町の連中を痛め付けつつ、そちらに目が行っている間にほんの僅かの食糧を、各神界人間に配って多少の回復をさせる策を取るしかないか。
もちろん、それを受け取りに来ることさえ出来なくなってしまったような弱者に関しては無視、完全に斬り捨てる所存だ。
どうせ労働力として復活することが出来ない連中を、どうして俺達が動いてまで救ってやらなくてはならないのかということだし、もしその状態でも『人徳』があれば、回復した町の人間がそれを助けに行くはず。
そうならずに何の救済も受けられない、誰からも無視されてしまうような連中は、それこそこの神界で神によって『堕とされた』状態の、もはや居ないとみなして良い程度のカスなのであろうということだ。
というわけで最初からそれを見ていた俺とカレンとジェシカ、ついでに役立ちそうなマーサを加えた4人は『謎の落下死事件』の追及を、他の8人と女神と仁平とエリナに残雪DXで、町の人間へのケアと隣町のゴミ共の処理を担当するということで、ひとまずチームごとの行動に移行した……
※※※
「さてと……おっ、女神の奴はもう食糧を持って来たのか、俺達も後でテイスティングしておこうぜ、何を持って来たのかは知らんがな」
「お肉が沢山あると良いです、あとお魚の干したのとか」
「私サトウキビとニンジン齧りたい……」
「まぁ、2人共それは後にしようか、で、主殿、落下死事件の捜査というが、具体的に何からやっていくつもりなんだ?」
「そうだな、俺の予想なんだが、というかあのグチャグチャ死体を見て思ったことなんだが、被害者は30代から40代の男性で、飢餓状態に陥る前は相当なマッチョであった可能性が高い」
「……つまり、この町から消えた優良な肉体労働者であったと……それが空から落ちて来たとでも言うのか?」
「そういうことなんだが……まぁ、そうなる理由が見当たらないよな……」
「神様が連れて行ってどうこうってのは? 神様だから空も飛んで、どこかに連れて行く途中で1人だけ落っことしちゃったんじゃないの?」
「う~む、マーサの考えもそこそこ可能性がありそうだな……」
死体のすぐ近くへ行くと、カレンだけでなくマーサも『何か臭い』というようなことを言い出すため、少し遠巻きに、最初にカレンがそれを発見して俺達を呼んだぐらいの位置でそれを観察する。
先程のジジィはまだノロノロと規制線を張る作業をしていたため、もう不要だということで帰らせ、さらに作業が遅かった罰としてこれから始まる食糧の配給には参加させないと宣告しておいた。
絶望した表情で、ほぼ這い蹲りながら去って行くジジィを指差して嘲笑し、最後には真横に石を投げて脅すなどしてさんざん馬鹿にした後、改めて死体の観察と事件の考察をしているのが今現在である。
知らない神が連れて行ったというこの町の労働者と、そして空から落ちて来たその労働者の1人らしいおっさんの死体。
これらが複雑に絡み合う……というほどではないが、おそらく関連してひとつの事件を構成しているのであろうというのが現在の俺達の見解となった。
で、もしそれが真実だとすれば、もちろんこの先に待っているのはその連れ去り事件の神との戦いであって、さらに言えばそいつがババァ神一派に所属している可能性も高い。
「う~ん、ひとまずここでわかることはもうなさそうだな……周りの様子はどうだ?」
「広場の中心ではもう隣町の市長やその部下を殺戮し始めているようだ……市長の娘が嬉々とした表情で自分の父親を処刑しているのが何とも言えないが……」
「それと、ミラちゃんがこっちに向かっているわよ、何か持って……闇のオーラを放つ丼と、それから変な毒々しい汁が入ったお椀ね」
「何をするつもりなんだアイツは……っと、どうやらちょっとした炊き出しのための料理らしいな、お~いっ」
「あ、気付きましたか勇者様、それで、これから本当に少しずつ、優しいものをこの町野神界人間の方々に食べて頂こうと思って、その前に勇者様にはこれの味見を」
「優しいものって、これ明らかに魔の何かじゃねぇか、何なんだよ一体?」
「その辺のドブに居たジャンボタニシの親子丼と、こっちの汁は生活排水を煮詰めてとろみを持たせたものです、熱いので注意して下さい」
「誰が食うかこんなもんっ! ふざけてないで真面目にやれっ!」
「いえ、炊き出しの準備はちゃんと進んでいます、勇者様にわけのわからないものを食べさせようとしているのは単に私の悪戯です」
「・・・・・・・・・・」
「あ、とりあえずコレ、どこかに処分して来ますね」
呆れてものも言えないとはこのことなのだが、単に暇になったのでふざけていただけで、それはつまり仕事の方が順調であるということの証拠でもある。
俺に拒否された禍々しい料理は、結局その辺で死にかけていたハゲに提供され、何やら美味そうに食されていたのであるが……毒が入っていたらしくハゲは直後に絶命していた。
本当にくだらないことをしている余裕があるのだなと感心してしまうところであるが、実はこの炊き出し班、自分達の力だけでそれをこなしているわけではないようだ。
隣町の住民の生存者には、もちろん労働用に引っ張って来たカスゴミ共も多いのであるが、普通に助命対象として、そして今後は身分の低い奴隷以下の何かとして過ごしていかなくてはならない女共も居たのである。
汚らしい労働用マッチョのおっさん共に、俺達も口に入れる可能性がある炊き出しの料理を触らせることは決して出来ない。
それは調理器具や調理前の食材、またそれらの運搬に至るまで、絶対に触らせてはいけないし、近付くことさえも禁止しなくてはならないところだ。
もちろんのこと、ここしばらく風呂に入っていないであろうこの町の住民も、それに関しては同様であって……まぁ、この町にはもうまともに働ける者も少ないのであるが。
で、そうなってくるとやはり比較的綺麗にしている隣町の女共に、炊き出しの作業を手伝わせるのがベストということになるであろう。
それに気付いたのはミラで、すぐに実行に移して炊き出しの方の仕事をかなり軽減して……他のメンバーであったルビア、リリィ、それからマリエルも遊んでいるようだな。
俺達もどうせ行き詰った状況にあるし、これ以上ここで何かを調べても仕方ないことであるため、暇になってしまった炊き出し班と合流することとしよう……
「うぃ~っ、お前等暇そうだな、ちゃんと仕事しろよオラ」
「あら、ご主人様だってサボってフラフラしているじゃないですか、それよりも、私達が丹精込めて作ったアレはどうしましたか?」
「ルビア! お前も関与していたのかっ! てか毒を入れたのはお前だなっ!」
「フフンッ、バレてしまうとは思いませんでした、しかしそういうことであれば仕方ありません、お仕置きして下さい」
「喰らえっ! 秒3,000回転の超速お尻ペンペンだっ!」
「ひぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」
「あっ、ちょっと静かに……静かにってば」
「……ん? どうしたマーサ、カレンも……空かっ?」
「何か来ます……あの敵の神様を回復していたやつですっ!」
「こっちですね……凄いスピードで飛んで……行っちゃいました」
合流した後にルビアとふざけていたところ、マーサと、それからカレンまでもが突然何かの音に反応し始めた。
それは似非エリート神との戦いの際にも何度か出現した、空を飛ぶ何か……いや何かに乗った何者かといったところであろうか。
俺達が鏡の強化儀式をしている際には、魔法で攻撃したりマーサが直接捕まえに行ったりしたようだが、極めて素早く全て回避されてしまったという次元のもの。
奴は一体どういうつもりで、おそらくは上司であったろう似非エリート神討伐後にこんな場所へ現れたのか……




