127 お呼びじゃない
「勇者様、今日もそろそろお開きにしましょう、疲れちゃったわ」
「そうだな、あとはこっちだけの時間だ」
集まっていた近所の住民を帰らせ、ゴミや炭火の片付けをする。
余りものの食材なんかはいつも通りこちらで貰っておこう。
魔将コハルを怒らせるため、俺達の屋敷で毎晩バーベキュー+酒大会を提供し始めて今日で1週間。
全くの無反応ではないものの、未だに姿を現さないコハル。
早く来てくれないとコストが馬鹿にならないんですがね……
「さて、片付け完了っと、ご主人様、今日も飲み直しましょうか」
「ルビア、何が片付け完了だ、どうして食器を地面に埋めているんだ?」
「不思議な力で破損してしまいまして……」
「その力は重力というんだ、で、破損したのはお前が落としたからに他ならない」
「あら、お皿は落としたら割れてしまうんですね、勉強になります」
「あと埋めなくて良い、全然証拠隠滅出来ていないぞ」
「埋めたら土に還るかと」
「そろそろ本当のことを言った方が身の為だぞ」
「お皿を割ってそれを隠そうとしました」
ルビアは一旦正座させ、後片付けを進める……まだ酔っ払いが3人、敷地の隅っこに落ちているようだ。
男が2人、そしてもう1人はジャージのおねぇさんのようである。
おねぇさんは酔っているような感じではない、どちらかというと精根尽き果てて倒れたように見えるな。
変な色の解れたジャージ、束ねた髪の毛、うつ伏せに倒れていたのをひっくり返すと見覚えのある顔。
「おいっ、知らない間に魔将コハルが攻めて来ていたぞ! ここに落ちていた!」
「本当ね、とりあえず後の2人を家に帰してから戦闘開始よっ!」
なんとも間の抜けた話だが、攻めて来た魔将コハルはその辺のベンチに座らせて待たせておき、宴の片付けを続けた。
ようやく庭が綺麗になった頃、改めて対象に話しかける。
「おい、何しに来たんだよ? これはご近所さんの集まりだ、貴様など呼んでいない」
「……ちょっとうるさいから苦情入れに来ただけ、別に参加したくないし」
「えっと、何か文句があるので? 近所の全員が毎晩ここに集まっているんです、苦情を入れるような方が居ようはずもない」
「……わかっていて惚けるのはやめて、嫌がらせも良いとこよ」
「何のことでしょうかね? とにかく呼ばれてないのに来るとか不法侵入ですから、特に用がないならさっさと帰れよこのボケ」
目に涙を一杯に溜め、何かを講義しようとしている魔将コハル。
だが先制攻撃してくる様子はない、もう少し挑発しなくては……
「ご主人様、その方はもしかしてお風呂を貸してほしいんじゃないですかね? 格好とか凄く薄汚いし、肌もくすんでいます」
「そうなのか? まぁ確かに薄汚い、というかもう汚物と言った方が良さそうだな、じゃあルビア、皿を割った罰としてコレを洗うんだ」
「イヤですよそんなの、触ったらヌルヌルしそうですし、最後にお風呂入ったのいつなんでしょうね?」
コハルの方をチラチラと見ながらルビアと2人で演技する。
拳を握り締め、プルプルしながら立ち上がるコハル、そのままこちらに近付いて来た……
お、遂にやる気か?
と思ったが俺の横は完全スルー、狙いは……正座しているルビアのようだ。
「ルビア、逃げるんだ、殴られても知らないぞっ!」
「えっ? でもちょっと足が痺れてっ!」
四つん這いでひょこひょこ逃げるルビアを、歩いているとは思えない程のスピードで追いかけるコハル。
やはり本気になれば1日に2m以上移動することが出来るようだ。
しかも何だあの速さは、手も足も動かさず、ツツツッという感じで平行移動している。
そしてもうルビアに追いついた……
右腕を掴まれ、それを背中側に回されて動きを奪われるルビア。
ジタバタとするが離して貰えそうにはない。
対するコハルは冷静、だが怒りの篭った表情をしている。
「誰の肌がくすんでいるんですか? 誰がヌルヌルしそうなんですか?」
コハルの怒りは先ほど放ったルビアの言葉に向けられていたようだ。
俺はセーフである、セーフッ!
「いててっ! ごめんなさいごめんなさいっ! 謝るんで一旦離して下さい!」
「ダメ、お仕置き」
そこからは見えなかった、速すぎて……
気が付いた時にはボロボロになったルビアがクルクルと回転しながら宙を舞っていた。
というかよく考えたら回復魔法使いが真っ先にやられてしまったではないか。
温泉のど真ん中に落下したルビアを救出する。
うつ伏せに浮かんでいるし、このままだと窒息してしまう。
「おいルビア、大丈夫か? どこか痛い所はあるか?」
「……全身を強く打ちました」
「回復にはどのぐらい時間がかかる?」
「5分ぐらいです」
どうということは無いようだ。
服が破れているせいで見た目はボロボロになっているが、中身はそこまで打たれていない。
ルビアには回復が終わったら着替えて来るようにと伝え、再びコハルと対峙する。
「やいやいっ! よくもルビアをやってくれたな!」
「明らかにそっちが悪い」
「まぁ、それはそうだが……とにかく魔将が勇者パーティーに手を出したんだ、このまま帰れると思うなよ!」
「そっちこそ、ここで全員成敗してあげる」
「よしその気になったようだ、ではカレン、マーサ、やってしまいなさい!」
「……自分で戦わないの?」
残念ながらステータスだけで考えても俺とは互角の勝負になりそうなのだ。
そして先程ルビアを始末したときの技である、ちょっと勝てそうもない。
ここは安定のカレン、そしてマーサの出番だ。
ミラとジェシカ、それから中衛のマリエルは俺と一緒、ちょっと勝てそうもないから待機である。
カレンとマーサは頷き合い、2人同時にコハルの両サイドを攻める……
ガキンッと音がしたのはカレンの武器だろうか?
2人共あっさり、素手で止められてしまった。
その後ラッシュをかけるも、全て、一歩も動かずに指先だけで攻撃を弾き返すコハル。
しかも勇者パーティーで最も早いマーサ、そして第2位のカレンの攻撃である。
それを2人分、余裕で受け切っているのだ、強い。
「おい、お前何か拳法をやっているだろう?」
「よくわからない、でも雑誌で読んだのは全て覚えた」
「そんなので強いわけないだろうが! 他は?」
「通信講座で習った」
「どんなの?」
「一子相伝の拳法、免許皆伝した」
いやいや、おかしいだろ、どうして通信講座で一子相伝の拳法を習うことが出来るというのだ?
しかも齧っただけとかじゃなくて免許皆伝して伝承者になっているのか。
これは強いのも頷けるな……
「勇者様、近接戦じゃちょっと勝ち目がないと思うわ、もう魔法で攻撃するわよ」
「良いけどセラ、絶対に死なせるんじゃないぞ、もし無理そうならハンナにやって貰うんだ」
「大丈夫、私だってこっそり練習したのよ、もう雷の威力も位置も、その他諸々全てをコントロール可能なの」
自信満々のところ悪いが、凄く不安なんですよ……
だがそうこうしている間にも、カレンとマーサに疲れが出始めているようだ。
徐々に手数が減り、ハンナはもう片方の手の小指だけで2人の攻撃を受けている。
ハンナめ、舐め腐ってもう片方の手で雑誌を読んでいるではないか。
「精霊様、ちょっと良いか?」
「どうしたのかしら? 言っておくけどあの2人に加勢しろってのは無理よ、もう入る隙間がないわ」
「そうじゃないんだ、これからセラが雷で攻撃する、その前にコハルを水浸しにしてくれないか?」
「まぁ、それなら大丈夫よ」
「じゃあ頼んだ、セラは精霊様に続いてすぐに魔法を放つんだぞ」
「了解よ!」
カレンとマーサは息が上がってきた。
対するコハルは表情を変えない……いや、エッチな雑誌を読んでニヤニヤしている。
その読んでいる雑誌に狙いを定める精霊様。
カレンがその意図に気づき、マーサに伝える。
2人が示し合わせ、サッと退く。
余裕のあるコハルは動こうとしない。
そして、次の瞬間にはもうずぶ濡れになっていた。
「いくわよっ! 私の極大魔法を喰らいなさいっ!」
雷を落とすセラ、極大らしい。
いや、だから加減しろって……
凄まじい音とフラッシュ、その一瞬、辺りの光景が目に焼きつき、しばらくは何をしてもそれしか見えなかった。
暗闇で急にまぶしいのは良くないですね。
「おうっ、どうなったんだ? 誰か見えているかっ?」
「ダメよ勇者様、私も何も見えないわっ!」
「自分でやっといて視界奪われてるんじゃないよっ! 何がコントロール可能だ全く」
「情けないですね、雷が直撃した私には全て見えているというのに」
コハルの声だ、まだ生きている、というかノーダメージで健在のようだ。
物理最強なだけでなく魔法が効かないなんてチートすぎる……
少し時間が経つと、真っ黒焦げになった雑誌を持ったまま同じ位置に立っているコハルの姿が見え始めた。
服もボロボロだが、傷は一切負っていない。
「お前さ、生まれつき魔法攻撃が無効なのか?」
「違うわ、コレ……雑誌の付録を毎週集めて作ったの、あなた達が生まれる前から集め始めて」
そういって胸元から取り出したのは無数のパーツで組み上げられたゴテゴテのペンダント。
週刊雑誌に付いている付録を2,000週分集め、それを全て組み合わせることで完成する究極の防御アイテムらしい。
というか1年52週間としても40年近く掛かるのかよ。
それを完成させるとは、本当に暇な奴だな……
「どうする? 諦めて謝る、で、明日から私も宴に呼ぶなら許してあげるわ」
「そう言われてもな、お前敵だし、悪い奴だし、居るだけで迷惑なんだよな」
「・・・・・・・・・・」
しかし物理もダメ、魔法もダメ、もうこちら側に打つ手はないように思える。
ここは降参して敵の提案を受け入れておくべきか?
というかそもそもここは俺達の屋敷だ。
その庭でこれ以上暴れられたらひとたまりもない。
今日のところは一旦切上げて……
「勇者様、最後に私に戦わせて下さい!」
「どうしたミラ、遂に気が狂ったのか?」
「遂にって何ですか!? とにかく、少し考えというか予想があります」
自信ありげな感じで向かって行くミラ。
だが当然コハルの方が早い。
ミラの繰り出す斬撃はいとも簡単に止められ、カウンター攻撃を何度も貰っている……
だがこちらもほとんど効いていないようだ。
コハルの攻撃は速いものの異常に軽いため、ミラが装備しているちょっとした革鎧でも貫通出来ないのである。
「でもこのままじゃいずれ負けるぞ、ミラ、まだ何か策があるのか?」
「もちろんですっ!」
ミラの攻撃も早い、剣も片手用の短いものだし、何よりもウラギールからドロップした真っ黒なものだ。
この夜間戦闘でそれの軌道を見切るのはコハルとてかなり難しいであろう。
意外とそのうち当たるんでないか、ミラの攻撃は?
だがそれは不確定な要素だ、あんなに自信ありげな表情になるようなものではない。
そのとき、ずっと指先だけで止められ続けていたミラの剣がコハルの指の腹に当たった……
少し、ほんの少しだけだが血が滲んでいるのがわかる。
コハルは指を切ってしまったようだ。
「いたっ……ちょっと待って、今包帯を巻い、い……あへっ……」
「どうしたんだ?」
「やっぱり、麻痺しました、魔法だと無効でも魔剣の追加効果は効くみたいです」
「……そういうことか」
ミラが今使っているウラギールの黒魔剣。
そのウラギールとの戦いの最中、少し足に触れただけのリリィをあっさり撃墜した実績を持つ。
ミラはその魔剣に付与されている麻痺の追加効果に賭けたのだ。
そして結果はこの通り。
僅かに指を切った魔将コハルは、既に痙攣しながら地面に突っ伏している。
「ミラ、今のうちにその魔法攻撃無効のペンダントを取り上げるんだ」
「ええ、それじゃ、これは預かっておきますよ」
コハルのペンダントを外す際、凄く不安そうな表情をしているのが見えた。
「おい、これは大事なものなんだろう? 壊さないから安心しておけ」
喋ることは出来ないものの、首はかろうじて動くらしい、うんうんと頷いている。
というかコハルのペンダントは魔王軍の備品ではなく私物だ。
ここで破壊してしまうわけにもいかないし、いつまでも返さないのも良くないであろう。
当面はこちらで保管するが、預かり品として丁重に扱わなくてはならない。
「さて、麻痺から復活する前に縛り上げるんだ、ルビア、指の切れた所を治療してやれ」
コハルをロープでぐるぐる巻きにする。
念のため調べたが、それ以外に攻撃・防御を行うようなアイテムは持っていないようだ。
「あら、もう終わったのかしら、出て行っても良いの?」
「ああ、シルビアさん、もう大丈夫です、出てきて構いません」
というかそもそもアンタは強いだろうが……
シルビアさんはボッチーナを連れて出て来た。
せっかくだからコハルもまとめて風呂で洗って貰おう。
それと汗だくになった前衛組も一緒に入らせるんだ。
「じゃあ俺達はここで待ってますよ、もちろん酒盛りの準備をして」
「ねっ……私も入れて……」
「皆さん、コハルが仲間に入れて欲しいそうです、飲み会に誘ってあげますか?」
全員のOKを得ることが出来た。
そして明日まで開催予定の勇者ハウス近隣バーベキュー大会にも参加させる。
「いいか、お前はこの周辺を避難区域にした元凶だからな、明日全員に謝るんだぞ」
「……わかりましたよ、その代わりあまり叱らないでね」
「よろしい、では今日の酒盛りの前に洗って貰うと良い」
その後、今回の事件で新たに捕らえたコハルとボッチーナ、それから畑の労働者組みも参加して飲み会を行う……
「なぁコハル、お前の家にあったものはどうする? ちょっと地下牢には入り切らないぞ」
「大丈夫、あそこは賃貸じゃなくて買い取った、ずっと置いたままでも平気」
「じゃあ明日の昼行ってやるから、大事なものとか普段使いのものだけ持ってくるんだな」
「承知した」
干物女のことだ、服とかアクセサリーとか、そういったものはあまり持っていないだろう。
家にあるのは便利グッズとか良くわからないものばかりのはずだ。
コハルが身に着けるものは何から何までこちらで支給する必要がありそうだな……
「ところでコハルちゃん、さっき読んでいた雑誌とかも通販で買ったんでしょ? どこにそんな便利な通販会社があるのかしら?」
「私のことをくすんでいるとかヌメヌメとか言った人には答えませんよ」
「あれはただの挑発だから許してよね……」
なかなか許して貰えないルビア、今はもう裸踊りを始め、なんとかコハルの許しを得ようと必死だ。
「コハル、口の悪いルビアには後でお仕置きしておくからさ、その通販会社に関して教えてくれないか?」
「教えても魔王軍の構成員専用だし、人族とか異世界人は使えない、ちなみに代表が魔将」
「そうか、使えないのは残念だな……で、代表が魔将?」
魔将って、もう1体しか残っていないのだが?
そういえば最後に残ったのは企業魔将とかいう奴だったな。
それが通販会社の代表も兼ねているということか。
「ちなみにその代表者の住所はわかっているんだよな?」
「知らない、気にしたことが無いし、そもそも会社の住所には住んでいないはず」
確かにそうだよな、だがそいつが最後の魔将だ、ここから十分に対策を立てて戦闘に臨みたい。
今はまだ細かいところまで考えるような時間じゃないな。
「じゃあコハル、その通販会社のことについてはまた聞くことにするよ、で、ルビアにはどんな罰を与える?」
「鞭打ちの刑が良いと思うわ、それで許してあげる、ちなみに私がやりたい」
「うむ、では今から全裸のルビアを貸し与えよう」
「ずるいですよ私ばっかり、ご主人様も一緒になって罵倒していたくせにっ」
「俺の言葉はセーフだったんだ、怒りを買ったのはルビアだけなの」
「ぶぅ~っ、まぁ良いか、ごめんなさいねコハルちゃん」
しばらくするとルビアも許して貰えたらしい。
これであとはコハルが近所の住民の許しを得れば円満解決である。
翌日の朝、セラと、それから仲直りすることが出来たルビアがコハルを自宅まで連れて行く。
途中で戻りリヤカーを牽いてもう一度行ったあたり、かなりの荷物を持って来るつもりのようだ。
お、また戻って来た……今度はセラだけか……
「見て勇者様、コハルちゃんの部屋で面白いものを見つけたわよ」
「何だこれは、雑誌? いや……魔王軍の機関誌かよ……」
『魔王軍広報ジャーナル』と書かれたその冊子というか雑誌というか。
とにかく開いた様子は無い、『重要な命令が記載されています』と赤字で書いてあるにも関わらずだ。
「コハルはこれを見ても構わないと言っていたか?」
「というかよくわからないからあげると言っていたわ、で、貰っちゃった」
そんなんで本当に良いのだろうか?
まぁ良い、とにかく中身を確認してみよう……
「……ねぇ勇者様、これはちょっとヤバくないかしら?」
「そうだな、ちょっとマリエルに……あ、ちょうどいい所に居た、これを見てくれないか」
セラがコハルから貰った魔王軍の機関誌には、重要な命令として人族の戦争に加担し、一方を勝利させろ、という内容の記載があったのである。
しかもその戦争の一方、魔族の協力を得られずに負ける方がこのペタン王国なのである。
そしてもう一方、魔族が戦争において加担すべきとしているのは……
「何だ『新生大聖国』ってのは?」
「私も聞いたことがありませんね、もしかしたら王宮の方では何か掴んでいるかも知れませんが」
「う~む、とにかくこの話はすぐに王宮へ報告すべきだな」
マリエルに当該機関誌をそのまま持たせ、王宮へ向かわせる。
ようやく魔将が残り1体だと思ったら、今度はまた人間同士の戦争ですか。
しかもその兆候も全く無い、相手も耳慣れない名前の連中だ。
とにかくマリエルが王宮で聞いてくる話を待とう。
場合によってはすぐに戦争が始まり、俺達も参加しなくてはならないだろうな……
これで第二十二章は完結です。
次回からは第二十三章となり、新たな敵と戦うことになります。
そろそろ第一部の完結が近づいてきました、ここからもぜひお読み下さい。




