1175 無限ループ
「……何だお前等? ちょと邪魔なんだけど普通に、消えてくれないかな? さもねぇとブチ殺すぞ」
「……いえお客様、そのようなことを仰られましても、我々はお客様方をブチ殺しに来たのでして、その、目的が相反すると言いますか、どうか我々が先にブチ殺すことをご容赦願いたく存じます」
「はぁっ? てか何なのあんた達? どうして私達をブチ殺そうとなんかしているわけ? 教えないならブチ殺すわよ」
「ですから、我々が命令によってお客様方をブチ殺さなくてはならないわけでして、ここだと他のお客様の迷惑になりますので表に出て頂けませんでしょうか?」
「あーっ、もう面倒臭っせぇなこいつ等、精霊様は目的を達成して来てくれ、早くしないと例のブツが競り落とされてしまうからな、で、お前等はちょっと表出ろ」
「いいえお客様、面に出て頂きたいとお願いしたのはこちらでして、むしろお客様方は全員欠けることなく、こちらの要請に従って表に出たうえでブチ殺されて頂かなくてはならないのですよ」
「うっせぇな、わかったから来いよ、裏路地でボッコボコにしてブチ殺してやるからよ」
「お客様、ですからブチ殺すのはこちらでして、お客様方はブチ殺される方で……ちょっと、無視して行くのはやめて頂きたいっ」
ブチ殺すのかブチ殺されるのか、表に連れ出すのか連れ出されるのか、どちらがそれを主張してどちらが受けるのかなどもうどうでも良いことである。
そもそもこの黒服の神界人間共が何の意図で俺達を取り囲んで、そして目立たない場所まで連れて行ってブチ殺そうとしているのかさえわからないのだ。
おそらくはここの運営で、ババァ神の手の者なのではないかといったところだが……元々はその一派に扱き使われていたはずの案内係の天使でさえも、この連中が何なのかについてイマイチわかっていない様子。
とはいえこれから何かされる可能性が高いということ、そしてこちら側からも、精霊様が『何かする』ための行動を取っているということぐらいは理解しているはずだ。
これが大騒ぎに発展し、多くの命が絶たれる激アツイベントになるということをそこから察している案内係の天使は、ガタガタと震えながら青い顔をしつつ立ち上がり、表へ出ようとしている俺達に続いた。
複数居る、どころかかなり遠巻きにもこちらを見ているいくつかのグループが確認出来た黒服のうち、一部は例のブツを回収しに行った精霊様の方へと向かったらしい。
狂った神界人間のオークション参加者がヒートアップし、現在当該アイテムの価格は2,000万通貨単位、つまり金貨2,000万枚という異次元の場所まで到達している。
まぁ、現金をこの場で支払うわけではないようだから、本当はここで勝手に適当な値段で落札して、偽の小切手などを使用するというベースとなっていた作戦の方が有効な気がしなくもないのだが、そうもいかないのだ。
問題となるのはその競りに参加する際のおかしな、本当に腰をカクカクさせるような気持ちの悪い踊りが、俺達にはまるで理解出来ないということと、もし理解出来たとしても決してやりたくはないということのふたつ。
それを平気でやっている神界人間の馬鹿共には感心してしまうのであるが、どうせ焼き鳥に混入していたやべぇクスリの効果でそうなっているだけだし、ついでに言うとどうせ何をしても、これからこの会場ごとがれきに埋まるような連中ばかりなのである……
「……精霊様は上手くブツを回収するようね、黒服が迫っているけど、司会者にバレないようにゲットして……そっくりのハリボテを用意していたみたい」
「相変わらず準備が良い奴だな、で、黒服さんよ、俺達はどこに連れて行かれてどこでブチ殺されるんだ?」
「これから仕掛けるカウンターのためにもぜひ教えて貰いたいところね」
「それをお客様方にお教えするわけには参りません、そもそも、お客様が飼っているその雌豚奴隷、どうして変な悪霊に憑り付かれているのですか? 誰がそんなモノを会場に持ち込んで良いと言ったのですか?」
「入り口の奴が言っていたし、ちなみにもうネタバレするけどコイツは雌豚奴隷でも何でもないぜ、単なる風魔法使いだ」
「やはりですか……それでお客様方の討伐命令が下ったと……下界の精霊に裏切り者の天使、そしてその従者連中……で間違いありませんね?」
「ひぃぃぃっ! そんな裏切り者だなんてっ!」
「はい黙ってちょうだい『協力者さん』、大丈夫、この連中なら今から殺す……というかもう残り1匹よね」
「何だと? お客様方、冗談はやめ……げろぱっ!」
「ほう、こう易々と複数体の我々を殺してしまうとは驚きです、しかも何をしたのかさえわからないうちに……それで、1体だけ残した理由は何なのでしょうか?」
「お前等が何なのか聞くためだよ、どうせババァ神に雇われたゴミなんだろうがな」
「そこまでわかっていながらなぜ聞く……むっ? 内部で暴れていた精霊が出て来たようですね、アレは……やはり商品を強奪していましたか、しかしなぜあんなモノを?」
「俺達がそれに答える義理もないんだよ、お前が自分のことを語らなかったようにな、精霊様急げっ! あと後ろ何か居るぞっ!」
最後まで無言で走り、自らを追跡していた黒服の存在に気付いておらず、指摘によってその存在を認める精霊様。
この黒服は俺達が知らない間に周りを取り囲んでいるほどに存在感がない、暗殺者向きの性質をもった何者かであるようだ。
しかも同じ顔、同じ体型の黒服がかなりの数存在している辺り、また魔界か何かの力を使って神界人間を増殖させたりとか、そういうことに手を染めているに違いない。
特に、『自分』が殺されても何とも思っていないようなムーブをしているのは、これが本当の生物ではなく、何らかの目的のために作り出された何かである可能性が極めて高いことを示唆している。
まぁ、今これに関して考えるのはやめておこう、既に事件が勃発していることに気付き、建物の中から逃げ出し始めている神々や天使がその辺をウロチョロしている中で、他にやっておくべきことはいくつもあるのだ……
「お前は死ねっ……っと、やっぱり脆いな、それで精霊様、目的物はゲットすることが出来たか?」
「出来たけど、そのときにうっかり司会者のおっさんを殺しちゃって、ついでに黒服から声も掛けられちゃって、神とか天使とかが何匹か私の行動に気付いちゃって……」
「で、逃げ出している奴が居るってことか、まぁ、そんなのはどうでも良いさ、俺達が反ババァ神派だと信じていて、かつその派閥に通報するような奴が居るとは限らないからな、それよりも……証拠だけ隠滅しておこう」
「ひとまずこの建物は竜巻で消し去るわ、中にはバグッちゃっている神界人間? の人もまだ…・・・それは別に死んでも良いわよね?」
「あぁ、アレはもうダメだと思うし、どうせ悪いことをして不当な利得をしていた連中だろうから、この場で死ぬのも仕方のないことだろうよ」
ということですぐに攻撃を加え、これまで俺達が参加していたオークションの会場は、セラの竜巻によって瓦礫の山に変わり、精霊様がその瓦礫さえも水で押し流してしまった。
中に残っていた連中のうち、反応が鈍かったり酔っていたりして動かなかった神々や天使は、その場できょとんとしているだけにすぎない。
だが神界人間は脆く、石造りの建物が崩壊したという、たったそれだけの現象でも潰され、そして瓦礫に打たれ、アッサリと皆殺しになってしまったのである。
俺達は少しその現場から距離を取りつつ、ついでに何だ何だと集まり始めた神界人間の群れに聞こえるように、『オークション会場で悲惨な爆発事故が起こった、原因は焼き鳥』という内容の会話をしておく。
これで勝手に事故だと思い込まれればそれで良いし、もしそうならなかったとしても撹乱するだけの効果がないとはいえない。
「さて、やることやったし逃げんぞ、ブツはキッチリ持って来ただろうな?」
「当たり前よ、あのぐらいの攻撃をしたぐらいで落としたりしないわ」
「なら良い、他の出品アイテムはガラクタばっかりだったし、目的の……何だろうコレ? 以外はそんなに必要なものがあるとも思えなかったし……本当に帰ってしまって大丈夫そうだな」
「しかしあの……どうやって戻るのでしょうか? ここまではあの女神様が作り出したゲートでやって来ましたが、もしかするともう閉じてしまっているのではないかと?」
「おいおい、あの女神は極めて無能だがな、そこまで馬鹿じゃないと思うぜ、俺達が帰るための準備ぐらいは言わなくてもしてあるだろうし、もししていないとしたらこっちが戻ったのを察知してからどうのこうのだ」
などという会話をしながら混乱する町を出て、元々俺達がやって来た場所へと到達したのであるが……そこには転移ゲートの類など存在していなかった。
その場でしばらく待機してみるも、待てど暮らせど何とやらといった感じで一向に向こう側の準備が整う気配はない。
念のため女神に通信することを試みてみたのだが、それもなかなか返事がないというか、繋がってはいるものの向こう側が答えないような感じだ。
これはもしかしたら何かトラブルがあったのかも知れない、向こうがその処理に手一杯で、帰還する俺達に構ってなどいられないとか、そういう雰囲気なのではないかと予想する。
だがここから徒歩などで女神や仲間達の居る町へと戻るのにはかなりの時間が必要だし、精霊様が全力で飛んだとしても数時間だ。
もちろん飛べば目立つため、その間に攻撃を受けてどうのこうので、結局目的地へ辿り着くまでの時間は伸びてしまうことであろう。
となると、やはりこの場でコンタクトを試み続けるのが正解なのかといったところであるが……それもなかなか厳しいようだ……
「ちょっと勇者様、さっきの黒服? の集団が町から出て来たわよっ、やっつけないと」
「ホントだ、またすげぇ数だな……精霊様、ちょっと押し流してやってくれ」
「良いけど、ここでやると多分あの町自体にも被害が出るわよ、特に城壁が倒れるなどして付近に居る神界人間に多数の犠牲が出ると思うわ」
「良いじゃねぇかそんな奴等、まとめて殺ってやれよ」
「わぁぁぁっ! ちょっと待って下さいっ! それ以上悪事を働くのはやめて下さいっ、ただでさえ公共の施設をひとつ破壊して、というか町をふたつも攻め落としていますよね? それと一緒に行動させられている私の立場も考えて下さいよっ!」
「案内係如きが口挟んでんじゃないわよ、引っ叩かれたくなかったらそこで大人しくしていなさいっ! それっ!」
「あぁ……町が洪水に飲み込まれて……」
「死者行方不明者が万単位だなありゃ、ババァ神の協力者みたいなのが多く死んでいるとラッキーなんだが……で、ホントにどうするよこの状況? おい案内係、何か帰還する良い策を提案しろ」
「クッ、どうしてこんなことをする方々に私が……いえ、やります、真面目に考えますのでどうか暴力だけはっ!」
「じゃあサッサと考えろ、俺に無能判定される前になっ」
「は、はい……」
至極不満そうな案内係の天使、女の子なので殺害したりはしないが、それでも後に世を統べる俺様に対してのこの態度は看過出来ない。
後でもう一度、どちらの方が圧倒的に上の立場であるのか、それに逆らうとどういった目に遭うのかなど、諸々のことを『再教育』しなくてはならないかも知れないな。
だが今はこの案内係の天使が、俺達の帰還という重大な要素のキッカケになり得る唯一の存在であるため、ひとまずそのやり方を考えること、そして考えた作戦を実行することに専念させてやることとしよう……
※※※
「……これで良し……あの、どうにかなりましたが」
「どうにかって、ゲートを出してから言えよそういうことは、もちろん安全で失敗のない完璧なものをだぞ」
「それでしたら大丈夫です、ほら、徐々にゲートが開いて……本当は許可なくこんなことをしてはならないのですが、このままあのオーバーバー神様やエリート神様のやりたいようにやらせてしまうのも癪ですので、仕方なくあなた方に協力して違法な行為を……」
「言い訳は結構よ、とにかく、ここを通れば……どこに繋がっているのかしら? もしかして神来訪ルームじゃないわよね? 結構な悪戯が仕掛けられているのよあそこは」
「そうではなくあの広場の上空です、私達『お片付け部隊』がやって来たゲートを復元したんですよ、違法かつ不当に」
「なら良いけど……あんたが最初に入りなさいっ、ほらっ!」
「キャッ! そんな乱暴な……」
「体半分入っ大丈夫なら大丈夫そうね、私達も行くわよ」
『うぇ~いっ』
案内係の天使に続いて精霊様、そしてカレンを背負ったままの俺と、奴隷のコスプレをしたままのセラがそれに続いた。
転移したのは元の町の広場上空で、かなりの高さがあったため、俺は頑張って空中泳ぎをして耐えつつ、先に落ちて行ったセラが下で風魔法の膜を作ってキャッチしてくれるのを期待したのだが……結局そのまま落下。
せめて受け止めるだの何だのをしてくれとキレていると……セラも精霊様もこちらを見てさえいないではないか。
その代わり、丸1日以上が経過するというのにほぼほぼそのままで、場合によっては立っている場所さえも変わっていない、その場に残して行ったキャラの状況を見て驚いていた。
膠着状態とはこのことを言うのか、マリエルは完全にそのまま、似非エリート神に槍を突き付けたまま、さすがに少しばかりフラフラした感じで佇んでいる。
その周りにはほんの少しの携帯食が、袋だけになって落ちていることからも、本当にこの姿勢のまま1日以上粘っているということのようだ……
「……勇者よ、どうやって戻ったというのですか?」
「どうやってもこうやっても、お前がまるで反応しないから、この案内係にやらせて出来たゲートを潜ったんだ」
「そうでしたか、それは……やはり外部との通信が途絶しているようですね……実はあの後何者かが、というかおそらくエリート神の配下の神なのでしょうが、とにかく上空を通過したと思ったら、途端に勢いを取り戻してしまって」
「それで、もう一度あの状態まで追い込んでまた槍を突き付けていると……」
「実はあれ、もう5回目のチャレンジが失敗した後なのです」
「・・・・・・・・・・」
「あっ、ねぇまた来ているわよあの回復の奴! こらっ! 当たれっ! 死ねっ! このっ!」
「めっちゃ回避性能すげぇじゃねぇか……で、アイツが何かして、それで似非エリートの奴が……っと、復活したのか」
話をしている間に、超高速で空を飛び去って行った何か乗り物のようなもの、それがまだ、というか一度は寝たのかも知れないが今は起きている皆の攻撃をススッと回避しつつ似非エリート神の上を通過する。
するとどうであろうか、奴はマリエルの前で当たり前のように立ち上がり、どこからともなく剣を取り出して、まるで狂ったように斬り掛かっていったではないか。
いや狂ったようにそうしているというのは語弊があるな、あの目は完全に狂っている、まさかの下等生物に敗北し、その後も何度か敗北してなお立ち上がることを余儀なくされ、完全におかしくなってしまった奴の目だ。
もはや面構えからして違っていて、とても華やかな反省を歩んできたエリートとは思えないその形相で、涎だの何だのを振り撒きながら襲い掛かるその似非エリート。
その突進した先に居たマリエルが小さく溜息を付いて、それからほんの少しだけ動きを見せると、凄まじい勢いをそっくりそのまま反転させた似非エリート神が、今度は変な汁だけでなく臓物や体のパーツまで撒き散らしながら後ろへ吹き飛んだ。
バラバラと地面に落ちた肉塊は、そのまま絶命することもなく動き続け、持ち前の再生能力なのであろうか、とにかく掻き集まって元の姿へと戻ろうとしていた……
「……今のをもう30時間以上繰り広げていたってことか?」
「そういうことです、私は一度寝てしまったんですが、目が覚めたらまだ同じことを繰り返していて……あのフィルターの中に入ることが出来ない以上こちらからは何も出来ないのですが」
「なるほど、ちなみに殺してみたりはしていないわけ? あのまま攻撃を加え続ければ消滅して死ぬわよね?」
「それも無理だったのぉ~っ、もう追及とか良いから殺しちゃおうと思ったのにぃ~っ、まさかのあの似非エリート、絶対に死なないようにどこかへ自分の大事な部分を残して来ちゃっているみたいなのよねぇ~っ」
「大事な部分を……CHING-CHINGとかか?」
「そう……かも知れないしそうじゃないかも知れないわぁ~っ、それが何でどこにあるのかとかも絶対に白状しないしぃ~っ、そもそもこうあんな状態になっちゃってるわけだしぃ~っ、どうしようもない状況よねぇ~っ」
「なるほど、だが鏡の強化がしてあれば……女神、ブツの方はどうなんだ?」
「えぇ、それなら途中でちょっと飽きてきたときに回収しに行きました」
「そうか、じゃあこれを使って鏡の強化を……伝説の鏡の方も一緒になっているのか……」
『気易く話し掛けるな下等生物め、死に晒せゴミが』
「……まぁコイツは無視して、とにかくちょっと移動しよう、このままじゃマリエルが限界を迎えて似非エリート神に逃げられたりしそうだからなそのうち」
「えぇ、早く無限ループを断ち切らなくてはなりませんね」
未だに続いている似非エリート神との戦闘には驚いたが、ここで俺達の持つ真実を映し出すを強化し、新たな機能を追加することが出来れば、それが突破口となってこの無限ループに入りかけの状況を脱することになるかも知れない。
そのためにはまず……鏡の強化には生贄が必要であったな、それを確保するのが、完全に滅び去ったこの町における最も面倒なことなのは明らかだ……




