1171 本当は
「そこですっ、ハァァァッ!」
「ギョェェェッ! クッ、我の超高級燕尾服に傷がっ、貴様どうしてくれるというのだっ? 我はこの後普通に高級な会場で高級な神だけを集めた高級なパーティーに参加しなくてはならぬのだぞっ!」
「残念ながらそのパーティーはキャンセルです、あなたは今からこの場で滅されることになるのですから……覚悟!」
「ぬわっ!? 貴様ぁぁぁっ! 顔面を狙うとはどういう了見だぁぁぁっ! ルールというモノがわかっていないのかぁぁぁっ!」
「それ、あなたが勝手に決めたルールでしょう? 言っておきますが私は私の世界を統べる女神様以外に従うつもりはありませんし、女神様以外の神様がお作りになったルールも守る義理はありません」
「どこぞの世界の人間の分際でっ! エリートである我が決めたルールに従えぬだとっ? そんなことがあってなるものかっ! 神罰を受けよっ!」
「受けませんっ、というかこれが初めての攻撃ですね、少し雷撃のようなモノがピリッときましたが、コレが神罰なのですか? 何の効果も得られていませんが」
「ぐぬぬぬぬっ、なんということだっ、こうなったら仕方あるまいっ、我が聖剣よ来たれっ!」
全く使わなかった、むしろ自分を苦しめただけであった槍を消し、続いて剣を召喚してその手に取ったエリート神。
外野である俺達は攻撃に参加することが出来ないため、『槍で戦うという宣言はどうしたのだ』という内容の野次を飛ばし、エリート神を侮辱することしか出来ない。
もっとも、当初予想していたよりも遥かに粘っているマリエル……いや、むしろマリエルの方が優勢に見えなくもない戦いだ。
敵が調子に乗って使い慣れない武器で戦おうとしたことに起因していたことなのかも知れないが、それでもここまで渡り合えるとは思いもしなかった。
しかし、ここで剣を、しかも俺が女神からもらえなかったのと同じ聖剣を召喚するということは、エリート神は剣技を得意とする神であるということだ……これはさすがに危ないかも知れないな……
「フンッ、この光り輝く聖なる剣を見よ、神界においても稀な、永久に錆びることのない伝説の剣であるぞっ! 貴様如きこの剣の錆びにしてくれるわっ!」
「イヤだ、秒で矛盾しているじゃないですか、エリートなのに頭が悪いとお見受けします」
「黙れこの落ち零れがぁぁぁっ! 死ねぇぇぇっ!」
「遅いっ、その程度なのですか神の剣技というのはっ?」
「うるせぇぇぇっ! このっ、このぉぉぉっ!」
「……ご主人様、あの人……じゃなかった神様、剣もムチャクチャですよ」
「そもそもグリップが逆なんじゃねぇのかアレ? まぁ、誰かさんのせいで聖剣貰えなかったから知らないけどよ俺は……」
ここからエリート神の攻勢が始まると、一転してマリエルが追い込まれるかたちになると、誰もがそう思った仕切り直しであった。
だが聖剣を手にしたエリート神の動きは、素人である俺が見てもメチャクチャであって、とても『技』などとは呼べないシロモノ。
まるでキレたガキが腕をブンブンと振り回すように、暴言を吐きながらマリエルに襲い掛かるその姿からは、先程まであったエリートの貴賓というものがまるで感じられない。
で、その攻撃をヒラヒラと回避するマリエルは、余裕を持って次はどうしようかという作戦立てを行っているらしく、ひとまず攻撃の方は中止している。
しかしそれを『自分が優勢になった』と思い込み始めた様子のエリート神は、ここまでのキレ気味な表情から一転、ヘラヘラと笑いながらそのおかしなスタイルの攻撃を加速させた……
「フハハハハハーッ! どうだっ、さすがに我のスピードには付いて来れまいっ! このまま切り裂いてくれるわぁぁぁっ!」
「いえ結構です、というか……チャック開いてますよ」
「なっ、何だとっ!? なぁぁぁっ! 我の神聖なる窓がフルオープンでっ、クソッ、なぜか知らんがチャックが破損してっ、ぬぅぅぅっ!」
「……もしかしてそれ、今壊れてそうなったなどとお思いですか?」
「やべぇなアイツ、もしかしてマリエルの動き、見えてなかったんじゃねぇのか?」
「さすがにそんなことはないと思いますの、エリートの神だし、そんなことは……ないですわよね?」
「私に聞かれてもね……あ、でももしかしたら本当は剣も得意じゃないとか?」
「しょうがねぇ奴だな、まだ本気にならないってヤバいだろ相当にさ……」
攻撃を回避しつつ、マリエルがスッと槍を出したタイミングがあったのだが、その際に少しだけ穂先が触れ、パンッと弾けたエリート神のズボンのチャック。
それは偶然の事故であったか、それともマリエルが意図してやったのかはわからないが、とにかくエリート神はその瞬間に触れられていることに気付かなかったらしい。
もちろん攻撃ラッシュをしていて興奮していたのもあるとは思うが、敵の武器が僅かにでも触れるようなタイミングで、何も気付かずにそのまま戦い続けるのもおかしい……ましてやチャックが全開になったというのにだ。
しかも槍はともかくこれで決める感を出しながら手に取った剣が、まさかそれさえも本命でない可能性があるとは……もうふざけているとしか思えないなこの神は。
で、そのようなことを思った瞬間、全開のチャックをどうにかしようと格闘していたエリート神に、マリエルの突きが入って……ここはさすがに反応したか、ギリギリで自慢の聖剣を前に出して……
「なっ、なぁぁぁっ!? 我の、我の聖剣が……折れてしまったぁぁぁっ!」
「……普通に折れましたね、本当に聖剣だったんでしょうかアレ?」
「わからん、マジでわからんが……あのショックの受け方を見るにそうなんじゃないのか?」
「何か、騙されて売り付けられただけのそれっぽい鈍のような気がしなくもないんですが……」
「まぁ、どうなんだろうな……っと、今度は何を出すのかな? 杖か? それとも近接戦闘用の武器か?」
「爪武器だったら欲しいです、壊れなかったらですけど……あっ、その爪武器みたいですっ!」
「良かったな、もし壊れても神界の力なら修理とか出来るかもだし、今のうちに見定めておけ」
「わうっ、凄いのだと良い……何か微妙でした……」
「そうなのか? 凄く高級そうに見えなくもないんだが、どこかダメな所でもあるのか? 爪もほら、6本付いてんぞ、構えたらシャキンッて出てきたのも凄くないか?」
「それだと薄くしか切れないんです、3本、せめて4本までにしないとダメだと思います」
「そういう要素もあったということか……でもアイツはアレがいいと思ったみたいだし、ちょっと眺めておこうぜ成行を」
今度は爪武器を取り出したエリート神、コレもゴテゴテと装飾された高級そうなもので、一見手甲に見えるものの、構えた際に爪が飛び出すスグレモノだ。
だがこちらの爪武器使いであるカレンはそれがお気に召さないらしい、まぁ、そうやって戦いや敵の武器などを評価する余裕が出てきたということを印象付けるような会話ではあったが。
で、そんな感じで新たな武器を構えたエリート神は、両手に装備した爪武器をカチャカチャと鳴らしながらマリエルに威嚇している……しかも社会の窓が全開のままだ。
もうそのことについては忘れてしまったのであろうが、やっていることがあまりにもダサいため、より一層その全開の部分に目が行ってしまうのであった。
さて、そんな情けない姿のエリート神は、どうやら自分の方から仕掛けるつもりのようで、構えを取ったと同時に前に突っ込む……考えナシの突撃を批判していたのは誰であったろう……
「シャァァァッ! 今度こそ滅せいっ! この究極の爪でズタズタに引き裂いてくれるわぁぁぁっ!」
「そんなモノ、こうしてしまえば意味がありませんよっ」
「あげっ……あぁぁぁっ!? 我の、我の爪が、究極の爪が全部折れて……貴様ぁぁぁっ!」
「では手甲として使ったら良くないですか? ほら、せっかく拳の部分にもガードが入っているわけですから……あっ、それに気付くことさえ出来なかったのですね、おかわいそうに」
「ぬぅぅぅっ! そ、そのようなはしたないマネが出来るかっ! 手甲などという低俗な武器は使ったこともないわっ!」
「何よっ! 手甲で戦っている私みたいなのも居るのよっ! ムカつくっ!」
「まぁまぁ、怒るなマーサ、奴だってそれを知らずに言ったんだから」
「でもムカつくっ! マリエルちゃんやっつけてっ!」
「……そうですね、マーサちゃんの戦闘スタイルを馬鹿にするような発言、許し難いですね……それで、次は何を出すんでしょうか?」
「……い、出でよ我が最高の杖、我はな、物理的な戦闘ではなく魔法戦闘の方が得意なのだ、それと、貴様等のような下等生物にはない神々の力も、それはそれは強大なものを有しているのだ、よって貴様に勝ち目はないっ!」
「試してみますか? どうぞ、その杖で先に攻撃してみて下さい」
「その油断が命取りだっ! 所詮は底辺といったところかっ、灰になれぇぇぇぃっ!」
そろそろ皆呆れてきたというか、この戦いの本質がわかってきた状況にあるのだが、ここで杖を取り出したエリート神は初めての魔法攻撃をマリエルに対して仕掛ける。
灰になれ、などという発言とは裏腹に、放った攻撃魔法はどう見ても土系統のものであって、特に温度が高いとか、マグマになった岩だとかいうことではない。
普通に地面から飛び出し、普通に尖った形に変形し、普通に飛んだ土というか岩というかの塊は、マリエルの前で一部が弾き落とされ、残りは完全に外れて自慢の学歴フィルターを飛び越え、こちら側に飛んで来た。
それを他所見しながら回避する仲間達と、面倒なので手で弾き落とし、後ろで半分寝ていたサリナに飛びそうなひとつを足で蹴って破壊した俺は、そこで始めてエリート神の攻撃に晒されたことになる。
これは……あまりにも脆弱な岩の塊ではないか、こんなものを『攻撃』として放つようなことは、神々どころかそのへんのカスみたいな天使でさえしないはず。
そんなモノを自信満々で放ち、完全に無効化されて目を丸くしているエリート神と、そんな攻撃にも耐えられずにボロボロと崩れ去ってしまった自慢の、それはもう高級感が漂う逸品であったはずの杖。
これはもう決まりだ、マリエルだけは最初に対峙した瞬間に察していたようだが、この神はエリートというだけでどう見ても弱い。
どころか、通常神として持ち合わせているべき力さえもろくに有していない、まさに雑魚の中の雑魚であるということがわかってしまった。
この馬鹿は強いのではなかったか、エリートで凄まじい力を持ち、俺達が力を合わせても勝てるかどうかという次元の強力無比な神ではなかったのか。
前評判というのがまるで当てにならないことは多々あるのだが、それにしてもこの落差は異常なものであって、もしかすると違う奴が来てしまったのではないか、ここまでが盛大な前フリで、この後本番がくるのではないかと不安になるほどだ。
だがそうであるような雰囲気もなく、見るからにガチで、本当にどうしてこうなっているのかわからないという表情をしているエリート神であった……
「さてと、後ろの仲間達にもバレてしまいましたよ、あなたが本当は凄く弱い神であるということはもう拭うことの出来ない真実として確定しました」
「そ……そんなことがあるはずもないっ、我はエリートなのだぞ、オーバーバー神に認められ、神にして多くの神を従える税庁の支配者で、それから多種多様な武器をまるで自分の腕のように使いこなす究極の戦神でもあるこの我だぞっ!」
「でしたら、そうであるという証拠を提示して頂けますか・ 今のままそんなことを仰っても、まるで説得力がないというか……馬鹿にしか見えませんね」
「ぬぅぅぅっ! どんな卑劣な手を使っているのかは知らぬが、我をそのようにコケにして……許されると思わない方が良い、貴様以外はゴミのような底辺の極みにつきここへ来ることも出来ぬようだが、貴様だけはこの場で葬ってくれようっ! 出でよっ! 我が従えし最強の神界クリーチャーよっ! 遂にお前の出番だっ! さぁっ、我が下へ馳せ参じよっ……おいっ! 馳せ参じよっ! どうしたというのだっ?」
『すみません、自分実は中卒なんでその……が句歴フィルターに阻まれて……ちょっと無理なんで辞めます、あとは退職代行の方と話して下さいな』
「何だとぉぉぉっ!? 貴様! 我の僕となりながら中卒であったのかぁぁぁっ!?」
「神界にもあるんだな中学校って……」
呼び出しに応じず、どこからともなく声だけが聞こえるのみに留まったエリート神の従える神界クリーチャーらしきもの。
すこしばかりの間はその力も感じ取ることが出来たのだが、今はもうどこかへ消えてしまっていて……そもそもそこまで強くないということが断言出来る何かであったが。
そしてここで完全に追い詰められてしまったエリート神、いや、もうコイツをエリートなどと呼ぶことはやめた方が良さそうだ。
完全に化けの皮が剥がれた、取り繕っていた上辺だけのエリートがはがれてしまった単なる雑魚として、這い蹲って無様に後退する姿は実に情けないものだ。
そんな偽エリートの神に対してジリジリと距離を詰めていくマリエルと、もはや形振り構わず、腰が抜けたように立ち上がれないまま逃げる馬鹿の姿。
マリエルが構えた槍の穂先は完全にその姿を捉え、もうあとひと突きで全てが終わるというような状況であるが……
「……あなたのようなゴミを討つのは面白くありませんね、というか大切な槍が汚れます……仲間でも呼んだらどうですか? それとも、このまま自分で死ぬことを選択しますか?」
「ひぃぃぃっ! 待てっ、我はエリートで、しかも神であるぞっ! 敬わぬのかっ、どこかの世界の人間の分際で我を敬わぬというのかっ!」
「そういう系の台詞はもう聞き飽きました……そうですね、誰か、武器になりそうなものをこちらへ入れて下さい、モノだけであれば普通に通過するようなので」
「まぁ、さっきの攻撃を見ている限りはそのようね、良いわ、じゃあこのつい今『大精霊様大学院大学』を卒業したことにした『高学歴のバールのようなもの』を使ったらどうかしら?」
「ありがとうございます……実に高品質なバールのようなものですね、さすが精霊様が勝手に設立した大学院大学を卒業するだけはあります」
「そそそそっ、それで何をするというのだっ? やめろっ、そんなことをしても何も良いことはないぞっ! わかっているのかっ?」
「もう喋らないで下さい、狭い学歴フィルターの中ですから、あなたの吐いた臭い息を私が吸い込むことになってしまいますから」
「やめろっ、やめろぉぉぉっ! やめてくれぇぇぇっ! ギャァァァッ!」
マリエルだけが奴に手を届かせることが出来る、そんな状況の中で、いくら高品質とはいえショボいバールのようなもののみで殴り続けられてもなかなか死ぬことにはならない。
ひしゃげ、血に塗れて滑り、ひたすらに攻撃力の低いその凶器が振り下ろされる度に飛び散るゴミのような雑魚神の汚い汁。
それがブッカケされることのないよう慎重に回避しながら、マリエルはひたすらにその頭部を、そこだけは唯一エリートとしてほかを上回っているのであろう神の脳をグッチャグチャにしていく……
「ハァッ! とおっ! どうですかっ?」
「ギェェェッ! ギョェェェッ! ひょんげぇぇぇっ!」
「もはや語彙力もアレになってしまったようですね、良いでしょう、そろそろトドメを刺して……えっと、何でしょうか?」
もうそろそろ終わりにしようと、バールのようなものを振りかぶって殴り付けようとしたマリエルがピタッと止まる。
気が付くと上空には巨大な、しかしこの馬鹿の似非エリート神が出現したときよりは遥かに小さな魔法陣が浮かび上がっていた。
これはまた何か出て来るのか、いや、それ以外には考えられないと、誰もがそう感じて空を見上げていると……やはり何やら出現するようだ。
しかも1体や2体ではない、無数の汚らしい足がその魔法陣から出現し、また、それが神ばかりではなく天使も含む集団であることが、そのまま出現したキャラの翼の有無で判断出来た。
これは一体どういうことだと、そのまま見上げ続ける俺達を他所に、似非エリート神はそんなものをまるで無視してひたすらに這い蹲り、ションベンを漏らしながら逃げ惑っている。
この集団はコイツが呼び出した何かではないということか、だとするとこの馬鹿を助けるためにババァ神が寄越した新たな敵ということか。
詳細もわからないままに、その軍団が地面に降り立つ瞬間を見届けていた俺達であったが、ここで逃げ惑っていた似非エリート神が何かに気付く……
「や、やっと来やがったかこの愚図共がっ! 早く我を助けよっ! このカス底辺共の卑劣な策で、我がここまで追い詰められているというのにっ! 貴様等は一体今まで何をしていたというのだっ? このゴミ! 底辺! 甲斐性なし共がっ!」
「そう仰いましても、エリート様が我々はこの時間に来るようにと、そして現場の片付けをせよと仰せになったのではないですか?」
「口答えするんじゃないよっ! とっとと戦えっ! 貴様等のような雑魚の底辺を使ってやっているんだっ! 命を賭して我を守らぬかっ!」
「は、はぁ……聞いたか皆の者、だがこの敵共は……あまりにも強大であろう……」
「ゴチャゴチャ言ってないで早くしろっ! 我にも回復魔法などを寄越せっ! このウスノロ共がっ! 死にたいのか貴様等!」
「あら、随分と威勢が良いことですね、もっとも、そんな無様な姿を晒しながら吐く台詞ではないと思いますが」
突如として出現した神や天使の集団、どうやらエリート神に時間を指定され、全て終わった後の片付けをするようにと命じられた連中……もちろん底辺とされる神々、そしてカスみたいな天使の連中らしい……




