126 久々の我が家とはじめましての敵
『ええっと、本当に知りません……』
「何だって? 声が小さくて聞こえないんだよ! もっとハキハキ喋るんだ!」
「知りません……何も知りません」
「よし声は大きくなったようだ、でもお前魔将補佐だろ? 魔将について何も知らないなんてのは通らないぞ」
「……そう言われましても」
温泉施設で戦った日の夜、目を覚ましたボッチーナからひもの魔将コハルの情報を得るベく尋問をしている。
だが最初から何も知らないの一点張り、こちらをまっすぐに見据えてそう言っているところを見ると、本当に知らないようだ。
いやいや、あんたもそれから殺してしまったインキャラーも魔将補佐でしょうに。
肩書きに付いてる『補佐』って何だよ、何も補佐しないで勝手に動いてるだけなのか?
「じゃあ質問を変えよう、魔将の屋敷の周りに出ている負のオーラがもうすぐ晴れるのは確かなんだよな?」
口では答えず、うんうんと頷いてみせるボッチーナ、可愛い……
その後はあの魔眼鏡のことや、どうして温泉施設を狙ったのかなどを聞いておいた。
眼鏡は単なる呪いのアイテムで、掛けると色々出来る代わりに皆から存在を忘れられがちになるものであったらしい。
元々影の薄いボッチーナと非常に相性が良いアイテムとして魔王軍から渡されていたそうだ。
温泉施設を狙ったのは単純に温泉に入りたかっただけだそうな。
しかしせっかく辿り着いたのに従業員には気付かれず、一向に受付を済ませることが出来なかったため、ずっとあんな所に座っていたのだという。
俺達、というかあの施設に居た全員がそのせいで散々迷惑したのだが、本人はただそこに居ただけだし、特に誰かに迷惑を掛けようという意思はなかったそうだ。
何もせずそこに居るだけで攻撃になってしまうとは、ボッチーナは意外と恐ろしい子なのかも知れない……
「勇者様、お風呂が沸いたみたいよ、先に入っておきましょ」
「わかったセラっ、すぐに行くから待っていてくれ! ルビア、ちょっとボッチーナの監視を頼むぞ」
「ええ、じゃあここで見ておきますね」
逃げたりはしそうもないタイプの子ではあるが、一応監視を付けて風呂へ行く。
現在ある情報が正しければ今日でこの狭苦しい風呂ともオサラバ、明日には屋敷に帰れるはずだ。
「何だか部屋の方が騒がしいわね、もう上がって様子を見てこようかしら」
「確かにそうだな、でも待て、カレン、マーサ、お前らには聞こえているだろう、部屋の皆は何してるんだ?」
「えぇ~っと……うん、今はサワリンちゃんが仕返しのカンチョーを喰らわせているみたいです」
「次はレーコの番みたいね、あのボッチーナって子の悲鳴も聞こえるわね、かすかに」
遊んでいるだけじゃないか、心配して損したぞ。
もう少し風呂でゆっくりしておこう……
その後はルビア達と風呂を交替し、転がって痙攣していたボッチーナを退かして布団を敷く。
明日の朝になったら負のオーラが消え去っていますように……
※※※
「……勇者様起きて、朝よ、屋敷に帰れるわよ!」
「ん? 本当か、というかちゃんと確認したのか?」
「精霊様がサリナちゃんを連れて確認しに行ったわ、もうよほど元から堕落した人間でなければ影響は無いそうよ」
「本当か、じゃあすぐに帰ろう!」
……おかしい、どうして俺とルビアだけ凄まじく影響を受けているのだ?
まぁ良いかめんどいし、ちょっと昼寝してから考えよう。
屋敷に付いた途端にパタリと倒れ、そのままうつ伏せで眠ってしまったルビアの柔らかいふくらはぎを枕にし、昼近くまで惰眠を貪っておいた。
「……起きて、勇者様起きてってば! お昼ご飯が出来たわよ!」
「ん……んぁ~っ、ちょっとスッキリしたよ、もう負のオーラは完全に消えたのかな?」
「そんなのとっくに消えているわよ、勇者様とルビアちゃんは元からだらしないクズというだけなの!」
寝起き一発目で人格否定攻撃を喰らっているようだ。
だが腹が減ったので無視しておこう、食べる方が先なのだよ。
ちなみに午後からはいよいよ魔将コハルがアジトにしている屋敷を襲撃することに決まっていたようだ、いつの間にか。
しかし敵の本拠地が目と鼻の先にあるご近所さんとは、作戦決行前にのんびりランチしている辺りも含めて全く緊張感が無い。
「それで、良く考えたらそのコハルって奴は強いのか? どんな攻撃をしてくるんだ?」
「どうかしら、基本的にただ居るだけだったし、何らかの攻撃をしたのは見たことが無いわね」
「というか自力だと1日で2mぐらいしか移動出来なかったはずですわよ」
どんな奴だよ、だが直接的な戦闘の強さには警戒する必要がなさそうだ。
何か搦め手で来るかも知れないからそちらは注意しておかなくてはならないが。
昼食を終え、いよいよコハルのアジトへと襲撃を掛ける。
パーティーメンバーは全員武装し、いつでも戦えるように陣形を組んで進軍した……
「よし、着いたぞ! ミラ、チャイムを鳴らすんだ!」
「勇者様、チャイムがありません」
「なにっ!? 奴め、襲撃対策済みかっ!」
「如何しますか? もういっそ建物ごと……」
「主殿、ミラ殿、何をこんな所でふざけているのだ? ドアノッカーがあるんだからそれを使えば良いだろうに」
前に出て来たジェシカがドアに付いている金属の輪っかをドンドン鳴らす。
驚愕の行為だ、そんなことやって後で怒られても知らないぞ……
「……反応が無いな、主殿、魔将コハルは留守なのでは?」
「いやいや、どうやって1日2mしか移動できない奴が留守になるんだよ、居留守に決まっているだろう」
もう知らない、ドアを思いっきり蹴って……俺の力では蹴破れなかった。
いつも通りカレンとマーサにやって貰う。
ドアを失った部屋の中には、完全最終形態の干物女が転がっていた。
ジャージとかもう解れすぎだろ……
「おいお前っ! 魔将のコハルだろう? ちょっと寝転がってないでこっち見ろやっ!」
「……あん? どちらさん?」
「近所に住んでいる異世界勇者だ、正義の味方としてお前を討伐しに来た」
「正義の味方はドアを壊したりしないはずですよっと」
「それは後で国が修理してやる、で、戦うのか、それとも大人しく投降するのか、どっちにするんだ?」
「……どっちも面倒なんでまた今度で、お引取りくださ~い」
そう言ってまたエッチな本に目線を向ける魔将コハル。
やる気というか、気力というか、そういった類のものは一切感じ取ることが出来ない。
「勇者様、あれは取り付く島がないという状態ですね、一度戻って作戦会議をしませんか?」
「うむ、ミラの意見に賛成だ、さすがにここから一方的に何かしたらこっちが悪い……でもその前に……」
コハルに対し、インキャラーが用意してここに置いて行ったらしい負のオーラを出す石のありかを尋ねた。
特に躊躇することなく答えてくれるコハル、今回の作戦に思いいれは無いようだ。
「うわぁ、汚ったねぇ、どうしてゴミ箱にしまってあるんだよこの石は……」
「ああ、何か知らないキモい奴が持って来たんで、それは余裕のゴミ箱直行でしょ、何か変なオーラ出てたし」
「お前さ、魔将補佐の顔とか覚えてないのか?」
「補佐? ああ、あの暗い感じの眼鏡の子かな」
「もう1人は?」
「2人居たんだ、知らなかった」
あれだけコハルに嫌われているかもと悩んでいた魔将補佐インキャラー。
実際のところ、本人からは存在すら知られていなかったようだ。
冥福を祈ろう……
「それと最後にもうひとつ聞いて良いか?」
「まだ何か?」
「お前さ、戦ったら強いの? ステータスは高いみたいだけど、技とか何とかの意味で」
「う~ん、まぁ上の中ぐらいかしらね」
いや、そもそもそれがどんな基準なのかわからないのだが?
上の中? 上級魔族で中ぐらいの強さってことか?
だとしたら相当に雑魚だぞ、ステータス的にそれはありえない。
コイツの強さについても少し調べてみる必要がありそうだ……
まぁ良いや、一旦屋敷に戻ろう。
すぐに帰還出来るのがこの戦いの良いところだ、家と戦地を往復して1分未満だからな。
※※※
「しかし困ったな、あの調子じゃずっとここで敵と対峙したままになってしまうぞ」
「いっそこちらへ呼びますか? 食事でも提供して」
「それはありかも知れないが、もし豹変して襲撃されたら困るからな、出来れば屈服させてから連れて来たい」
そういうことなのだ、もしかしたらあの魔将コハルとは平和的な解決が望めるかも知れない。
何といっても索敵に一切反応しない程には敵意が無いのだからな。
しかし、そこで和解して勇者ハウスの方にしばらく住んで貰う約束をしたとしよう。
ではそれをいつまで守ってくれるのか? 最終的にはここを滅ぼして帰るつもりではないのか?
などと不安定な要素がいくつも生じてしまう結果になる。
ゆえに、ここは無理矢理にでも相手をその気にさせ、戦って負かし、その結果を受けた捕虜としてここに連れて来る必要があるのだ。
「ところでさ、あの魔将が強いと思うか? そう思う者は挙手!」
なんと、カレンとマーサが自信満々で手を挙げた。
「ご主人様、私はさっきもちょっと戦おうと思っていたんです、でも全然隙が無くて……」
「私も、動きを音で読んでやろうと思ったんだけど、完全に気付かれていたわ、あっさり妨害されちゃった」
一方、後衛組、つまり魔法で戦うグループはまるで強いとは思わなかったらしい。
どうやらコハルは肉弾戦タイプのようだ。
いや、あんなグータラの分際で肉弾戦タイプとは、どこかでキャラ設定を間違えられて生まれてきたんじゃなかろうか?
「ねぇ、何でも良いんだけどさ、とにかくあの薄汚い石を先に捨てないかしら?」
「そうだ、でもちょっと普通のゴミとは一緒に出来ない、危険物の日に持って行って貰おう」
「待って下さい勇者様、そんなの何の日であってもゴミに出さないで下さい、王宮から回収班を出しますから」
魔将コハルの部屋、そのゴミ箱から回収した負のオーラを出す石、見た目は綺麗なエメラルドグリーンであった。
見た目、というか色だけな……
その実、緑色なのは石の表面だけであり、かつ、それは今は亡きインキャラーの手汗がジメジメしたコハルの部屋のゴミ箱でいい感じに発酵したもの。
あまり気持ちの良いものとは言えない、というか普通にキモい。
今は屋敷の敷地外に置き、何か良からぬものが生まれてこないよう、サワリンが祈祷を繰り返している。
「まぁ、じゃああの石は王宮にくれてやるとして、もう一度魔将コハルとの戦いについて話そう」
「やっぱりもうちょっとボッチーナちゃんに聞いてみないかしら、今度は拷問して」
「はい、精霊様の意見に異議がある者……居ないな、ではミラ、早速ボッチーナをここへ連行するんだ」
しばらく待つと、鎖でぐるぐる巻きにされた状態のボッチーナをミラが連れて来た。
ちなみにシルビアさんも一緒に来ている、店は良いんですか?
「あ……あの、これ以上聞かれても答えられることは無さそうなんですが……」
「そうか、でも刺激を与えれば何か思い出すかもしれないぞ、だから質問の前に痛めつけてやるんだ、ありがたく思え」
「ひいゃぁぁぁっ! カンチョーしないで下さいぃぃっ!」
「黙れ、自分は人にカンチョー攻撃ばかりしていたくせに、黙ってこの後白状する内容でも考えておくんだな」
「知りません、本当に何も知らないんですっ! 信じて下さい!」
「ああそう、じゃあコハルの弱点は? 5秒以内に答えないと今度は鞭が飛ぶぞ」
「いやぁぁぁっ! 今の私の話、ちゃんと聞いていましたか!?」
「残念だがお前の言葉はもう自白以外聞こえなくなってしまったんだ、さて、5秒経ったな」
「いたいぃぃっ! 無理無理、死にますってコレッ! きゃぁぁっ!」
結局何の情報も得られなかった、時間を無駄にしてしまったようだな。
ボッチーナはさすがにかわいそうなのでルビアに治療させ、そのまま2階の部屋に縛って転がしてある。
どうせ風呂に入れてやらないとだし、いちいち地下牢に入れておくのは面倒だからな。
あとせめて髪の毛を切り揃えてやりたい、今のままだとちょっと不潔だし、切った方が絶対に可愛い。
というかコイツも改造すればかなりの美人さんとしてやっていけると思うが、魔将コハルの方も今日見た感じではなかなかだったんだよな。
この戦いが終わったら2人共改造してスーパー美人コンビ(元イモ女)として活動させよう。
改造にかかる費用を取り戻すべく収益化してやるのだ。
「勇者様、久しぶりの我が家ですし、夕飯はバーベキューにしませんか?」
「おう、ミラが良いと思うならそれで構わないぞ……いや、むしろやるんだ、ちょっと考えがあるからな」
「考え?_またろくでもないことをしようと企んでいるんですか?」
「まぁそんなところだ」
帰って来たばかりだし、今日は準備が楽でしかも楽しめるテラスでのバーベキューとした。
しかしただやるだけではない、同じように帰ってきたばかりの近所の連中も集まって騒げる仕組みにするのだ。
早速準備、いやその前にボッチーナをケアしておこう。
何かちょっと泣きそうだからな……
「ボッチーナ、もう平気か? で、お前は何を食べる? 酒は大丈夫か?」
「えっと、まず平気です、そして食べ物は何でも、出来れば野菜多めで、あとお酒は飲めないこともないですね」
「わかった、じゃあ今日はここで飯を食っていくんだな、その代わり知っていることは全部俺達に教えるんだぞ!」
「え、ええ、わかりました……」
さて、バーベキューの前に前に久しぶりの温泉である。
「はぁぁ~っ、誰かさんのせいで屋敷は追い出されるし、誰かさんのせいで温泉はどうにかなるし、やっとこうやって落ち着くことが出来るわね」
「……本当に申し訳ございませんでした」
シルビアさんの目が怖い、それに対するボッチーナはタジタジである。
とはいえ今回は悪気があって温泉施設をあそこまで追いやった訳ではない。
出来ることならば許してやって欲しいところだ。
「まぁでもこうして久しぶりに足を伸ばしてお風呂に入れたんだし、今日のところは勘弁してあげるわ」
ボッチーナも馬鹿ではないはずだ、この次に何かやらかした場合には故意も重過失も用件とはせず、ただひたすらに痛い目に遭うということは理解したはずである。
その後は皆でバーベキューを楽しむ。
バーベキューには畑の方の収容所に居るデフラ達も呼んである。
今は下で風呂に入っているのだが、もうすぐ上がってこちらに来るであろう。
そうなれば総勢30名を越えるちょっとしたお祭り騒ぎとなるのだ。
当然近所の人もそれに気が付き、さもそれが当たり前のように参加してくる。
ついには食材持込のバーベキュー大会となり、屋敷の庭まで全て解放して近所の連中を収容することになってしまった。
皆ここに帰って来たばかりなのだが、酒が入ってしまえば思いのほか元気になったようだ。
そのままジジババも含めて全員が、夜遅くまで飲めや歌えやの大騒ぎをしていたのである。
近所迷惑? いや、近所の人がここに集合して騒いでいる状態でその言葉は当てはまらない。
ただ、ここに居る近所の人というのはもちろん全てではない、たった1人だけ呼ばれていない者が居るのだ、そう、ひもの魔将のコハルのことだ。
『え~、お集まりの皆さん、今日はもうちょっと遅くなってしまいました、明日も同じぐらいの時間に宴を開催しようと思っております、奮ってご参加下さい!』
集まっていた皆を帰す、さすがに俺達勇者パーティだけの時間も取っておきたいからな。
「マリエル、思ったよりも酒が足りないみたいだ、普通の家にはまだ無いだろうから、ちょっと王宮から融通して貰おうか」
「では明日、昼のうちに確保しておきますね、あとお肉もちょっと足りないかもですね」
そうか、人数が増えればその分野菜よりも肉の消費量が増えてしまうからな。
しかも野菜と違って畑で栽培することが出来ないのも肉のデメリットだ。
「わかった、セラ、明日は市場に行って出来るだけ肉を買って来るんだ、マーサ、畑で収穫したものも供出してくれると助かる」
2人共了解してくれた、さて、あとは本命の調査である……
「精霊様は明日の夕方、バーベキューが始まる前ぐらいにコハルの家を覗き込んでくれ、どういう反応をしているか確認したい」
「わかったわ、他人が迷惑そうにしているのを見るのは本当に楽しいわ、だから特別にタダで引きうけてあげるわよ」
「じゃあそういうことで、今日は解散としま~っす! おつかれっした~っ!」
その後、角部屋に行っていつものメンバーでダラダラと深酒する……
「でも勇者様、本当に毎晩遊んでいるだけで魔将コハルがやって来るのかしら?」
「そうだな、本気出すとどのぐらいのスピードで動くのかわからないけど、とにかく今日みたいにやっていれば必ず反応するはずだ」
「ご主人様、それは近所で仲間外れにされたのが気に食わなくて怒るということですか?」
「そうかも知れないし、逆に全く興味はないがうるさくて寝られないことに腹を立てるかも知れない」
そう、魔将コハルの怒りのツボは全くわからない。
だが基本的には何の理由もなくハブられること、それから深夜まで続く騒音のどちらかに反応してくれるはずだ。
翌日からも、未だに貴重である酒を惜しむことなく振舞い、夜遅くまで大騒ぎを続けた。
精霊様によるコハルのアジト偵察によると、4日目からは夕方頃に窓の外、つまり俺達の屋敷の方を気にする素振りを見せ始めたという。
全く無視することが出来なくなったようだな。
そのまま毎日宴を続け、ちょうど1週間となる日の夜、ようやくコハルに動きがあった……




