1162 陥落
「オラァァァッ! お前だよこのクソがぁぁぁっ! どうしてお前みてぇなのがパンなんぞ持ってんだボケェェェッ!」
「なっ、何だ貴様等はっ、これは重税で長らくなにも食えなかったことで病気になった家族に……もしかして貴様等! 町の入り口で騒ぎを起こし、一間で殺したという奴等かっ⁉」
「だとしたらどうする? 言っておくが俺達からは逃げられねぇぜ、オラッ、そのパン寄越せ、お前の命もなっ!」
「あ、それよりももっともっと面白いやり方があるわよ、最初の見せしめとしては最高だと思うの……ということであんた、自宅にご招待しなさい」
「くっ、クソッ、こんな悪辣な連中に捕まってたまるかっ!」
「逃げた……逃げたけどさ、アイツきっと自分の家の方に向かってんだろうな、馬鹿そうだし」
「このまま追跡するわよ、まだ騒ぎは大きくないみたいだし、今のうちに1匹を追い詰めて殺す快感を味わっておくの、ほら行くわよっ」
ノリノリの精霊様に続く俺とエリナ、門番的な野朗共を数匹アレしたところであるが、そもそも最初にエリナが放った非殺傷製の攻撃によって、この町の指導者の大半が行動不能になったことの方が、騒ぎとしては大きいらしい。
よって今逃げていった知らないおっさんも、なにやら侵入者がいて町を荒らし始めているということぐらいしか知らなかったようで、同時に他の連中も、何やら騒がしいようだがどうしたのであろうかという顔をしているのみ。
自分達がこのあと悲惨な目に遭い、殺されたり一生をゴミのような労働力として扱われるのみで終える運命に突入するとは思ってもいない。
そしてこの神々による物資提供の前には、その同じ神々によって俺達の町と同じような、いやそれよりももっと酷い状態に追い込まれていたことさえも忘れかけているようだ。
俺達が逃げて行ったおっさんを追いかけている最中にも、通りには人々があふれ、活気付いた商店街のような場所では盛んに配給された食料の交換等が行われていた。
このまま何もしなければ、俺達の町を攻めて領土を、などと考えてしまわなければ……まぁ、その場合には未だに異常な税率による地獄の最中にあったのであろうが、少なくとも残虐な方法で殺害されることはなかったはず。
おそらくはあと1時間か2時間程度、この幸せな時間はそこまでで終わり、以降は本当の地獄が、耐え難いほどの苦痛が待っているのだ。
それまではこの平穏で、何もかも存在する満たされた時間を味わって、いきなり恐怖のどん底に叩き落されるその落差を味わって貰いたいところである……
「……曲がった……建物の中に逃げ込んだわよ、やっぱり帰宅していたんだわ普通に」
「馬鹿な奴だな、最後のキョロキョロして追跡がないか確認したところは評価してやるが、追跡されていないはずはないし、俺達がお前のような雑魚にバレるような追い方をすると思ったかこの馬鹿、ってところだな」
「家の中でまだバタバタしていますね……どうやら荷物をまとめて逃げるようです、結構な数の人間が居ますね」
「親戚一同で住んでんだろ、このボロ小屋に……すみませ~ん、ちょっと良いですか~っ、開けて下さ~い、緊急の用件で~す」
『……今はそれどころじゃないんだよっ! 後にしろ後にっ、最も俺達はもう食糧だけ持ってこの町を出るがなっ!』
「それは困りますね、じゃ、遠慮なく入らせて頂きまーすっ! オラァッ!」
「……げぇぇぇっ! お前等はさっきの賊……どうしてこの家がわかったんだぁぁぁっ!?」
「あの感じでわからない方がどうかしてんだろ……てかダメだなこの家、ジジィババァばっかりで労働力として使えそうな奴はまるで居ないぞ」
「そこに若いのが……あら、良く見たらガチニートのクズね、これは皆殺ししかないわ」
「まっ、待てっ! どうしてそんなことをするんだっ? 意味がないことだろうこんなっ、食糧だけを奪いたいなら配給所に行けばっ、こんな単なる一般家庭から奪わなくてもっ」
「そっ、そうじゃっ、何じゃか知らんがウチは配給があってもカツカツなんじゃっ、わし等は重税の折に食うものがなくて病気になってしまったし、今でもそこに居る穀潰しニートの分は配給がないんじゃっ、他所へ行ってくれっ!」
「……何か勘違いしているんじゃないかしらこの連中は?」
「だな、別に俺達はお前等から食糧を奪いたいんじゃなくて、この町の連中が税庁のゴミ、じゃなかった神と組んで悪さをしようとしているから、それを成敗しに来たんだ、よって今必要なのはここにある食糧じゃなくて、お前等みたいなクズ共の悲惨な末路なんだよ、わかる?」
「じゃあこのゴミニートだけ処理してくれっ、コイツは本当は軍に行くはずだったところ、あまりにも無能で邪魔だってことで拒否られたんだっ! だから実質軍に行って隣町を攻めているのと同じで……」
「やかましいわボケ、エリナ、油は撒き終わったか?」
「えぇ、すっごく良く燃えるものを家の周りにグルッと撒いて、ついでに壁とかにもブッカケしておきました」
「なぁぁぁっ! 何をするつもりじゃぁぁぁっ!」
「ん? ここを、この家を起点にして大火事になると良いわねってところよ、じゃあね、あんた達は利用価値がないから中で燃え尽きなさい……ちなみに脱出することが出来ないように結界を張っておいたわ」
「ほい火種、それっ……ふむ、本当に勢いのある燃え方だな、もう隣の家に延焼してんぞ」
「やめろぉぉぉっ! やめてくれぇぇぇっ!」
もう事後だというのに、炎は燃え広がり始めているというのに、今更燃やすのをやめて現状復帰をしろなどということを言われても困る。
この辺りは貧乏人共の小さな家屋が密集しているようで、油から建物の木材部分へ、そしてその他の建物へとどんどん燃え広がる火が、付近一帯にパニックを引き起こした。
最初に襲撃した家の連中は、精霊様の結界の聖で外へ出ることが出来ず、中でそのまま蒸し焼きになって行くところを確認したが、その他の家々はそうでもない様子。
大騒ぎしながら逃げていく神界人間共は、俺達がこの大火事の原因であるということを認識していないらしく、歩いている横をスルーして走り去って……と、慌てていた1匹がエリナにドンッとぶつかったではないか……
「おいテメェェェッ! 状況わかってんのかボケェェェッ! そんな所でモタモタして……手がっ、俺の手がぁぁぁっ! うわぁぁぁっ!」
「やかましい神界人間の方ですね、ほら、早く逃げないと火が追ってきますよ、もっとも、あなたの背中にももう放火しておいたので逃げても無駄ですけど」
「あっ、あっあっ……あぁぁぁぁっ! どうしてこんなことをっ、あぁぁぁっ!」
「おいおい転げ回るなよ、通行の邪魔だし、余計に火事が広がるだけだぞ」
エリナによって火を掛けられ、燃えながら、そして大騒ぎしながら転げ回るおっさんの神界人間は非常に邪魔で、それを見て走りながら回避しようとした連中がグチャグチャになり、かなりの数が転倒してしまったようだ。
その転倒してもがいている集団に対して、精霊様が『水を掛けてやる』という名目で凄まじい勢いを持つ水の弾丸を……これで10匹程度が弾け飛んで死亡した。
そして、ここでようやく俺達が何をしているのか、どうしてこんな火事が起こり、それをやったのが誰であるのかということが、ろくな情報も持たない一般の神界人間にもわかり始める。
立ち止まったまま、後ろから迫り来る炎よりも精霊様に対して恐怖するような視線を送っている神界人間の集団。
これに対して前に出た俺が、徐に一番前の変なジジィを薙ぎ倒し、その頭を踏み付けてグチャッと、極めて人道的とも取れる方法で処刑してやると……今度は反対側に逃げ始める群衆。
だがそちらには燃え盛る炎が、そしてもちろんこちら側でも、新たに適当な家を見繕って油をブッカケし、そこに火を掛けていく……
『ダメだぁぁぁっ! 炎に囲まれたぞっ!』
『建物の上に登って……あいつ等が居る、建物の上は無理だっ!』
『助けてくれぇぇぇっ!』
『やっぱり登るしかねぇっ、このままじゃ焼かれちまうっ』
「ん? 登ってきた奴が居るな……助かりたいか? だがお前はダメだ気持ち悪りぃ、その代わり……精霊様、そこの女とそっちの美少女、あとあの子も価値があるな、それから……とにかく救出してくれ」
「良いけど、どこに集めておくのその生かしておいたのを?」
「配給をしていた広場があるだろう? 生かしておいた奴はそこに集積しておこう、ちなみに労働力として狩った野朗の方は……喋ったり動いたりするときめぇから、残雪DXの麻痺弾で撃って積んでおこうぜ、ゴミ山みたいにな」
「わかったわ、じゃあえっと……」
「これも私がやれますっ、ネット弾みたいなのもいつの間にか発射出来るようになっていたんで、いけますよね?」
『当たり前じゃないですか、私、魔界最強の武器なんで、こんな神界の下等生物ぐらいアリ以下の対応で余裕ですから』
「あ、はいじゃあもう一度ガムテ貼りますね~」
『もがっ……もごもご……』
使えるがやかましい残雪DXの活躍によって、ネバネバベタベタとしたネットのようなもので個別に絡め取ることとなった『生かしておくべき連中』であったが、これはなかなか精度が高いな。
ピンポイントで、近くに居る別の要らない奴w間違えて捕まえるようなこともなく、美女や美少女のみを確実にネットに収め、そして最後は一気にそれを引き抜いてしまう。
当然その際に、捕まえた美女や美少女の関係者らしき連中がしがみ付いたりして一緒に釣られそうになったのであるが、これに対する防御策も完璧であった。
最後、一本釣りされた空中において、どういうわけかネットの外側のみがシャキンッと、まるで刃物のように鋭くなり、取り付いていた無関係の連中は切り刻まれて落下して行ったのである。
それを見て大人しくなった群集は、その直後に襲い掛かった火事の炎に焼かれて一気に全滅、惜しくも一瞬で燃えて死ぬという楽な方法を与えてしまった。
だが、この大火事の発生をもって、また俺達の行動を目撃しつつ、火事に巻き込まれなかった連中によって、この町で今何が起こっているのかが一気に広まり、町全体を巻き込んだパニックが発生。
その中を駆け回った俺達は、最初と同じように殺戮をし、同じように助けるべきを助け、そして労働力としての確保が必要と考えられる者に対しては麻痺の毒をブチ込むなどして倒していく。
しばらく経って、何度か町の中央にある広場に『戦利品』を運んだところで辺りを見渡すと、どうやら生きているにも拘らず、逃げ出そうとせず自主的にやって来たらしい神界人間の群れ。
降伏するから殺さないでくれというのはその代表者らしい、きっと金持ちなのであろうジジィの言葉なのであるが……まぁ、もちろんそういうわけにもいかない。
ただこの場で悉く処刑する旨を宣言して、せっかく勝手に集まってきたのがまた散り散りになってしまっても損だから、今のところは『暖かく迎え入れる』という方法を取ることとしよう……
「じゃあ、降伏して下さった皆さんはこちらへどうぞ、それから……何ですかその縛られている女の人は?」
「へっ、へぇっ、実はこの女、どこへ行ったのかわからない市長の娘でして、コイツを献上するんでどうか俺達は助けて下さい」
「食糧も全部持って行って良いし、これを下さった神の肖像画を踏みつけろと言われればもうそんなもん土足でいきます、だから勘弁して下さいっ」
「そうかそうか、じゃあその女は……あっちの集積所、後で話をしたいから目立つ場所に置いておけ、猿轡は外すなよ、どうせ罵ってくるに決まってんだ、自分達のしたことは棚に上げて、今あるこの状況は何なんだとな」
「へへーっ、畏まりましたっ」
「それと、同じような『価値ある人間』、もちろん労働力としての価値も含むけど、そういうのが残っていないか、手分けして町の中を探して来なさい、さもないと殺すわよこの場で」
「へへーっ、畏まりましたっ、おい皆、この方々の言う通りにするぞっ、そうすれば俺達の命は助かるんだ」
『ウォォォッ!』
別に助けてやるなどとはひと言もいっていなくて、単に処刑する旨の告知がまだであるというだけなのを知らないのは本当に哀れだ。
だがこの先非常に面倒だと思っていた、まだまだ居るはずの生かしておくべき連中の確保というミッションを、全て肩代わりしてくれるというのだから使わない手はない。
本当に命が助かると思って意気揚々と町へ戻っていくその連中を見送りつつ、俺達はその連中が捕まえて来た市長の娘とやらを……いや、それだけでなく他の女共にも色々と聞いたり、むしろこちらから教え込んだりしてやることとしよう……
※※※
「オラァァァッ! 鞭打ちを喰らえこのクズ共がぁぁぁっ!」
「ちょっとそこっ、頭上げちゃダメでしょ、顔とかに当たっても知らないわよこの鞭がっ」
「あの……そこの方はちょっと喋りたいんじゃないですか? 猿轡を外してあげたらどうかと」
「……市長の娘とやらか、それ以外はもう捕まった際のことがショックすぎて何も出来ない感じだからな……おいっ、何か言いたいことがあるなら言ってみろ、ただ内容次第では鞭打ちがグレードアップするがなっ」
「ぷはっ、そのような内容の話をするつもりはありません、むしろ私はあなた方の味方で……むぐっ」
「自分だけ実は味方のようなことを言って助かろうとするタイプのクズだったわね、覚悟しなさいっ!」
「んんーっ! んっ、むぅぅぅっ!」
掻き集めた連中を長い鞭で一斉にシバき倒していたところ、先程あの降伏したクズ共が連れて来た市長の娘とやらが何かを言いたそうにしていたため、発言を許したところでさっそくこれである。
もちろん、現在この町は神々と天使と、それからそれらがやって来る前にやべぇクスリでバグらされていた徴税官が支配しており、市長など実質お飾りであったろう。
だがそれでもこのような態度で自分だけ助かろうとするこの市長関係者は、さすがにこのまま許してやることなど出来ない、たとえコイツが美少女であるということを考慮に入れてもだ。
ということで一斉処罰からその市長の娘とやらを外して引き摺り出し、集団の方は精霊様に任せたうえで俺が直々にお仕置きしてやることとする。
グイグイと引っ張り、エリナがどこかから略奪してきたテントの中に放り込んで、外からは何をしているのか見えない状態を、もちろん助けを求めても誰も来ないことが視覚的にわかるような場所を作り出す。
ここでビビッておもらしでもするかと思ったのだが、市長の娘とやらはそのテントの中で、俺が足蹴にしている状態であるにも拘らず、未だに何かを伝えようとモゴモゴしているではないか。
そんなに命乞いがしたいのか、いや、逆に他の生きている連中と引き剥がされて、ここでなら全身全霊、全てを賭けた最高の命乞いが出来る、まさにチャンスだと感じているのかも知れない。
だとしたら相当なクズであって、殺さないまでもかなりボコボコにして現実をわからせないとならないのであるが……ひとまず、面白そうなのは確かなのでもう一度猿轡を外してみることとしよう……
「おいっ、さっき言いかけていたことの続きを言わせてやるぞ、感謝しやがれこのクズが」
「ぷっはっ……ですから、私はこの町が、この町の人間がやっていることに元々反対であって、ですからその、隣町の方が逆に攻撃してくるのは仕方のないことだと思って……どう考えてもこちらに関与している神々がその……アレなのですから」
「何だお前? じゃああのわけのわからない連中に捕まったのもわざとだったって言いたいのか?」
「そこまでではありませんし、私も町から逃げ出すことが出来ればそうしていたでしょうが……とにかく、もしここから逃げ出したとしても、この町の大人がやっていることに賛同して協力して、また他者にこの町こそ正義であることを伝えたりなどは出来なかったでしょう」
「結局逃げるつもりだったのか……ひとまずお仕置きを喰らえっ!」
「いたぁぁぁっ! ひぃぃぃっ、お尻が割れる……叩く前に聞いて下さい、この町には実は地下通路があって、最初に父上とかその他の指導者がなぜか麻痺した際に……ひぎぃぃぃっ! たっ、叩くのは後にして下さいっ」
「ふむ、で、その地下通路がどうしたんだって? 答えろオラッ!」
「ひゃぁぁぁっ! そ、その地下通路から、天使の方々がかなり大勢逃げ出しています、どうやら税庁に戻ってこの件を報告しつつ、超エリートだというそこの強き神を呼んで来るとか何とかで」
「そうか……そいつ等、どのぐらいで戻ってくると思う?」
「おそらくこちらの町の、あの5,000の軍勢による攻撃次第かと、それが成功していれば、余裕を持ってあなた方を殺しに来るでしょうし、失敗するようなことがあれば、間違いなくそれを知った後すぐにっ」
「……なるほど、となると……この3人だけでそれの相手はやべぇな、よしっ、なるべく早くここを制圧するから、お前もちょっと手伝え」
「何をでしょうか?」
「お前みたいに美しかったり、あと労働者としての能力が認められる奴等は生かしておいてやるから、ぜひすぐに投降するようにって呼び掛けるんだ、正直あのクズ共がそこまで効率良くそういう連中を集めて来るとは思えないからな」
「わ、わかりました、ではすぐに……ひぃっ、いたぁぁぁっ! た、叩くのは本当に後でっ! ひぎぃぃぃっ!」
どうやら俺は少し勘違いしていたようで、この女は本当に敵に関する重要な情報を俺達に伝えたかっただけであったようだ。
まぁ、だからといってそのまま許してやったり、仲間として迎え入れるようなことはしないのであるが、それでも少しばかり利用してやって、その後のことも多少便宜を図ってやることとしよう……




