1160 情勢
「え~っと、それじゃあスパイ、というか偵察部隊の皆さんには、敵地での情報収集とその持ち帰り、主に敵がどのような感じでこの町を攻めようとしているのかについて調べて来て貰います、良いですね?」
『ウォォォッ! 情報を持って、生きて帰って来たらあんパンが貰えるなんてっ!』
『あぁっ、最近はもう味と匂い付きの釣り用ルアーで飢えを凌いでいたんだっ、それがあんパンなんてっ!』
『必ず情報を持ち帰るぞっ、それが出来なきゃどうせ死ぬんだ俺達はっ、攻められるか、このまま飢えるかしてなっ』
「はいはい、気合が入っているのは良いけど、結果の方もちゃんと残して来てちょうだいね、もちろん上手くいかない、失敗するようなことがあるかも知れないけど、そういう場合には別に帰って来なくても良いから、その辺で野垂れ死にでもしておきなさい」
『ウォォォッ!』
「どうして今の発言に対して明らかな歓喜の叫びをするんでしょうかこの人達は……」
「知らんが、切羽詰まっているどころの騒ぎじゃないんだよきっと、生きる可能性がゼロじゃなくなっただけで本当にあり難いことなんだ、扱い易さは抜群だな」
ほぼほぼ決死隊なのではないかと、どう頑張れば生きて帰って来られるのか普通に不明なのではないかと、そうも思ってしまうような苛烈なミッション。
それが明らかに栄養失調を起こしているこの連中に達成出来るかどうかといえば、答えは必然的に『否』となってくることであろう。
ただ、本当に数を撃っていれば当たるものだし、敵もいずれ討ち漏らしをすることであろうから、本格的な戦いが始まる前に1匹でも生還して、向こうの町の動向を伝えてくれれば御の字だ。
あとはもうひとつの作戦部隊なのであるが、こちらに関しても別に期待はしておらず、敵のスパイ捕まえるというよりはむしろ、その存在に関する情報を俺達に伝えることがメインの役割になってきそうな気がしている。
当然その場合には『スパイ撃破報酬』としてのクッキーだかビスケットだかはくれてやらないのであるが、まぁ、それは自分で討伐することが出来なかったのが悪いということで我慢して貰う他ないであろう。
ということで、どのみち俺達が必死になって動いて、それで忍び込んでいる敵の町の連中を炙り出し、とっ捕まえて拷問して、少しでも敵の動向について吐かせることをしなくてはならない。
2人1組になって町へ繰り出し、敵性神界人間の捜索を開始したのであるが……もちろん俺とペアを組んだのはルビアであって、女神とエリナのチームも含めた全6組の中で最も期待値の低いチームであることに異論はないところである……
「……う~ん、何も面白そうなモノがありませんね、というかお店も締まっていますし、面白みがないのでどこかに座って行き交う人でも眺めませんか?」
「それをやっているところを誰かに目撃されたらお終いな気がするんだが、『そういう感じのスパイ探し』という言い訳は通用しないぞきっと」
「じゃあ道じゃなくてあの建物の屋上とかに陣取って、みたいなのはどうですか?」
「ボロッボロでもう倒壊寸前の廃墟じゃねぇか、崩れるぞあんなもんすぐに……っと、中に誰か居るな、あんな場所にどうして?」
「お昼寝でもしているんじゃないですか? この町の人はあまり動く元気がないみたいですし、少しでも体力を取っておこうみたいな……」
「どうかな、もしかしたらもしかするかも知れないぞあれは、さすがに怪しすぎる」
「じゃあ、ちょっと近付いて様子を見てみましょう」
「あぁ、もし違ったとしても、スパイとか全然関係なかったとしても『やった感』は出るからな」
ルビアが見つけた廃墟の中に、どういうわけか複数人で入り込んでいる神界人間の一団。
かなり、どころかモロに怪しいのであるが、ひとまず発見されないように近付いて様子を窺うこととしよう。
まずは建物の外から、何気ない感じで壁に寄り添って……少し体重を掛けるだけでも崩れてしまいそうなボロボロの、ベニヤのように薄い壁板である、これなら中の様子をバッチリ把握することが出来そうだ。
念のため怪しまれないような行動を、ルビアと俺とは白昼堂々町中でイチャつく頭の悪いカップルのような演技をしつつ、中に居る連中の会話を盗み聞きする。
……何か話をしているようだが、とぎれとぎれで言っていることが良くわからないな、敵のスパイの暗号なのか、それとも普通に何でもない話をしているだけなのか。
このままだと何の判断も付かないな、もうこうなったら中へ入って……と、その前に先程見たような顔、どうやら俺達がスパイ狩りとして雇い入れたらしい顔ぶれの数名が、いきなりやって来て建物の中へ突入してしまったではないか……
『見つけたぞぉぉぉっ! こいつ等この町の人間じゃねぇぞぉぉぉっ!』
『このっ、逃げんじゃねぇっ、ダメだっ、腹が減って上手く走れねぇっ』
『このっ、反撃するとは卑怯な、ギョェェェェッ!』
「……何か負けてません今の人達?」
「まぁ、これがちゃんと食っている奴とそうじゃない奴の違いってとこだろ」
「どうしましょう、私達も行きますか?」
「いや、突入して行った奴等が全員殺されるまで待とう、そしたら『人を殺しまくったやべぇ奴等』っていう理由で堂々と拘束出来るからな」
「それだと1人、今の感じで確実に殺されているだけでも十分なんじゃ……」
「そこをアレだよ、ほら、大量に殺したからっていう強い理由でだな、それにほら、もしこのまま突入して敵を取り押さえて、生き残ったこっちの味方が『敵さん発見および紹介料』みたいな名目で報酬を請求してきたら面倒だ」
「なるほど、死んでしまえばそれは関係なくなると……あ、また1人殺されたみたいです」
「うむ、しばらくは敵の活躍に期待しておこう」
どうせこういうことになるのであろうとは思っていたが、敵とこちらが利用しているガリガリ雑魚神界人間との差は歴然のようで、圧倒的に敗北してブチ殺されている様子。
ノリノリで突入して行ったわりには情けない連中だな、もう少し頑張ってくれても、敵がいちいち抵抗してこない程度にまではダメージを与えても良かったものを、それさえも出来ない無能であるようだ。
声を聞いているだけでもガンガン殺され、もはや敵のスパイらしき連中がヘラヘラと笑いながら、あまりにも弱いこちらのキャラを虐殺しているのがわかる。
さすがに死体を外に放り出したりなど、スパイの行動がバレてしまうようなことはしないのであるが、それでも明らかに中で事件が起こっているということはわかってしまう程度の騒ぎだ。
こう見ると敵のスパイも素人で、その辺に居る普通の残虐性が高いクズ神界人間であるということがわかるのだが……と、ここでこちらのキャラが全員死んだらしい。
急に静かになった建物の中からは、敵のスパイ連中がまだヘラヘラと笑いながら、普通に死体を損壊しているような音が聞こえてくる。
そろそろ突入のときか、ルビアと顔を見合わせ、ボロボロで内部が丸見えの入り口に向かって歩き出す……
「……んっ? 何だぁテメェ等は? このクソ野郎共の仲間かぁ?」
「どっちでも関係ねぇ、見たところ女の方はかなり可愛いじゃねぇか、戦利品にしちまおうぜっ」
「そりゃあ良い、おいお嬢ちゃん、そんなチンパンジーは棄ててこっちに来いよ、可愛がってやるぜぇ~っ」
「え~っと、失礼ですけどその、雑魚の方に可愛がって貰うのはちょっと趣味じゃなくて……ごめんなさいね」
「んだとオラァァァッ! ちょっと可愛いからって調子乗ってっとアレだぞオラァァァッ!」
「あの、ちょっと気持ち悪い顔しているからって叫んでばっかりいるとアレですよ、ほら、後ろとか」
「後ろだぁ? 俺様の後ろに何が……ってギョェェェェッ!」
「おっと、あんまりにもやかましいんでちょっと強く殴りすぎたぜ、危うく殺すところだった、ルビア、ちょっとコイツのパーツを回復魔法で繋げてくれ」
「はみ出した臓物はどうしますか?」
「汚いから中に収納させるんだ、で、残りのお前等も……これは殺人事件だな」
『ひっ、ひぃぃぃっ! バケモノだぁぁぁっ!』
「バケモノみたいな顔した連中に言われたくねぇな、とりあえず来いお前等っ!」
微妙に抵抗しようとしたため見せしめに数匹を極めて残虐な方法で殺害して、グループのトップらしき連中を含む3匹を拘束した。
もちろんそんな汚らしい連中に手を触れることは出来ないため、その辺に落ちていた鳶口のようなもので引っ掛けて、その辺に落ちていたボロボロのリヤカーに乗せて運び出す。
その作業が終わった途端に、まるでそれを待っていたかのように建物が崩壊、付近でやる気をなくしてへたり込んでいた神界人間を数人巻き込んでそこは瓦礫の山となった。
まぁ、こんな建物のひとつやふたつどうということない、今はこの『成果物』をとっとと拠点に運んで拷問を始めるのだ……
※※※
「おい起きろオラァァァッ! いつまで寝てんだこのボケがぁぁぁっ!」
「……あっ、ひぃぃぃっ! おっ、俺の腸が、腸がぁぁぁっ!」
「そんな汚いモノはとっくに元のゴミ袋に戻したぞ、で、お前等隣町の神界人間だろう? そのスパイなんだろう? んっ?」
「どどどどっ、どうしてそれをっ⁉」
「フンッ、俺達は何でもお見通しなのさ、畏れ入ったか!」
「じゃあ、別に俺達に聞くべきこととかなくないか?」
「・・・・・・・・・・」
「何でこんな人に言い負かされているんですかご主人様は……」
俺とルビアしか居ない状態で色々と始めてしまったものの、この感じだとどうやらこいつ等の方が一枚も二枚も上手である。
だがそれは頭脳的な面の話であって、殴る蹴るの暴行を加えるという最高の手段を有している俺には何の関係もないこと。
ということですぐに、とても口に出しては言えないような残虐行為を開始し、スパイであるとこちらが勝手に断定し、そしてそれを否定しないこの連中の口を割らせていくこととした。
まず敵である隣町がどのような方法でこの町を侵攻しようと考えているのか、それについて聞き出してみたのだが、結局『大軍勢で蹂躙』ということ以外はわからない。
もちろんこんな連中は下っ端で、敵も俺達のように雀の涙ほどの報酬で雇って命懸けの作戦に参加させているのであろうから、あまり詳しいことを知っているというわけではないはず。
だがそれにしても『大軍勢で蹂躙』という内容だけではアバウトすぎる、攻めてその詳細な規模や、どういう奴が式を取ってそうするのかなどを聞き出さなくてはならないところ。
さらに暴行を加え、その都度ルビアに治療させて長時間痛め付けてみても、それ以上は一向に喋る気配がないスパイ共。
やはり本当に何も知らない、単にスパイとしてこちらの町の情勢を知るために送られて来ただけの雑魚であったか。
そんなスパイ野朗度もであっても、調べてみたところそれなりの携帯食は持ち合わせていたため、敵の町がそれこそ普通に食糧を持っているというところまでは聞かずとも推し量ることが出来るのだが……
「ギョェェェッ! やっ、やめてくれぇぇぇっ! もう殺してくれぇぇぇっ!」
「……チッ、マジでろくな情報を持っていないようだな、さすがにこれ以上は……っと、誰か帰って来たな」
「精霊様です、リリィちゃんは後ろで眠そうにしています」
「そうか、お~いっ、こっちだこっち」
「あら、あんたとルビアちゃんの班が一番最初に戻っているなんて思わなかったわね、敵機路どこかでサボって屋台フードでも……あ、この町だとそれが出来なかったから真面目にやったのね珍しく」
「おうよっ、で、そっちの成果は……ちょっと高級そうな神界人間を引っ張って来たじゃねぇか」
「そうなのよ、どうもコイツがスパイ軍団の統括みたいで、リリィちゃんが上空からアジトを見つけて、今は他の仲間達が襲撃して一網打尽にしているわ、そこに居ない奴も多いみたいだけど」
「……で、フラフラ出歩いていてアジとに居なかったのがこいつ等ってことか……おうお前等、良かったじゃねぇか、尊敬する親玉様と一緒に火炙りにして貰えるってことだぞ」
『ひっ、ひぃぃぃっ!』
その後、他の仲間達も帰還した所で改めて拷問ラッシュを執り行い、どうやら敵の軍勢刃神界人間が5,000程度、それを敵の神に使える天使が指揮するかたちで押し寄せて来るということが判明した。
そしてそのための作戦はもう開始されていて、あとは揃った5,000の軍勢が隣町を出発、まっすぐこの町に押し寄せるのみであるという。
この連中はその際に、内部から手引きをしてそれらを町の中に引き入れる役目も担っていたそうで、そのまま放っておいたらスパイどころではない被害が出ていたに違いない。
だがその作戦も露と消え、この町を攻める軍勢とやらは、上手く取り計らって貰って効率よく攻めるということも出来ず、町の入口付近で俺達の『大歓迎』を受けて消滅することになる。
まぁ、今のところその軍勢の中に神が居ないという確証もないから、最初からあまり舐めプでいくというわけにもいかないのだが……それに関してはこちら側のスパイが、もしかしたら持ち帰ってくれるかもしれない情報で判断することとしよう……
「じゃあ、今日はもうこれで終わりで良いな、この連中は……まぁ、後でまとめて処刑するリストに入れておこう」
「食事をさせる必要がないから便利よね今回の捕虜は、まぁ、いつもそんなことしていないような気がしなくもないけど」
「まぁな、ということでこいつ等は協力者の徴税官とかに任せてしまって、俺達はもう引っ込むこととしよう」
『うぇ~いっ』
こうしてその日の活動を終え、女神に持って来させたことであり余る食事をジックリと、時間を掛けて堪能し、酒まで飲んで就寝する態勢に入った。
夜中になって明かりを消したところで、どういうわけか建物内に人の気配が生じた……敵対勢力の何かではないな、普通に味方の神界人間か。
なにか報告すべきことがあって入って来たのであろうが、どうでも良い内容でこんな夜分に訪れるような奴は非常識だ。
もしその報告がくだらない、取るに足らないものであったとしたら、その協力者には命をもって償って貰うこととなるのだが、果たして……
『すみません、緊急の用件をお伝えしたく参りました』
「……女徴税官か、入って良いぞ、野朗だったら処刑していたところだが、さすがに話が変わった、で、何の用だ?」
「失礼致します、はい、実は今日の昼に放ったスパイが1名、もう帰還しておりまして……情報を持ち帰ったようです」
「さすがに早すぎるだろう、その辺で時間を潰して帰って来て、それで適当なことを言っているんじゃないのか?」
「えぇ、そう思ったのですが、雰囲気的にガチかもと思ってご報告に……」
「わかった、一応話を聞くこととしよう、えっと、カレンとルビアじゃねぇなここは……起きろジェシカ、ちょっと来てくれ」
「すみませんこんな夜分に」
「あぁ、もしガセだったらそいつはブチ殺しておくから安心しろ」
放ってあったのは野朗の、非常に残念な感じのスパイ野朗であるから、そいつ単体での報告であればもうガセであると判断して処理していたところである。
だが比較的優秀な神界人間である徴税官の女性がそう言っている以上、それに取り合わないというわけにもいかない。
すぐにそのスパイ野郎が居るという建物の前に案内され、敷地の前でそれ以上入ることさえも許されずにヘコヘコしている、ガリガリのおっさんの前に立った俺と眠そうなジェシカ。
おれはまだ良いが、ジェシカはそのおっさんの神界人間をすぐに殺処分することが出来るように武器を手に持っている。
その様子をみて少しビビッたのか、ドキッとしたような表情を見せたおっさんの神界人間であるが……それでも逃げ出そうとしないということはホンモノか……
「……それで、貴殿はどうしてこんなにも早く敵地の偵察に行って、そして帰還することが出来たのだ? 普通に往復するだけの時間分しかなかったように思えるのだが?」
「へ、へぇ、実はもう行ってすぐに敵の大軍団とぶつかりやして、その様子を遠くから見ていたんすけど……使い走りのフリをしてこいつを、指揮官らしい天使様のテントからパクッて来たんす」
「これは……隣町侵攻計画の概要と神界人間軍団の移動ルートに関する文書(町外秘)だと……なるほど、ジェシカ、ちょっとそれを見ておいてくれ」
「わかった、じゃあお前には約束通り、まぁコレがガチであると判断してあんパンをひとつやろう、だがもし実際にそのことが実際にあったにしても、この計画書みたいなのが役立たずのゴミ文書だったとしたらお前を殺すからな」
「へへーっ! 畏まりましたぁぁぁっ!」
「ちなみに主殿、この文書は所々私達にはわからない文字で記載されている部分がある、読み込むには女神様か天使の方をお呼びする他ないぞ」
「そうか、そりゃしょうがねぇな、とにかく持ち帰ろう」
一応、おっさんの神界人間スパイ野朗には激安の、しかもパッケージに4個入りの小さいあんパンをひとつ、消費期限が切れそうなものを選択してくれてやった。
残りのアンパンは俺とジェシカと、それから報告をくれた女徴税官で分けて食べつつ、おっさんは臭いということでとっとと帰らせ、文書の精査を……まぁこれに関しては明日で良いか。
俺達もとっとと解散して、明日以降の行動に備えるためもう一度歯を磨いて寝ることとしよう。
文書の中には、俺達にも読める文字で作戦の期日が書かれ、それが明後日の日付であったこともそうさせた要因のひとつだ。
敵の作戦開始が明後日だとすれば、明日中にはどう対応するかを決めてこちらも行動に出なくてはならないし、それは早ければ早いほど効果のあるカウンターとなっていくことであろう……




