124 干物女の手駒
俺達の屋敷のすぐ傍にいることがわかったひもの魔将 コハル、それに対抗するために、避難先の温泉施設で作戦会議を始めた。
「じゃあさ、精霊様が単騎で乗り込んで引き摺りだせば良いんじゃないか?」
「イヤよあんな陰気臭い所に入っていくのは! 何とかしておびき出しましょ」
「そうか……マーサ、そのコハルとやらの好物とか、とりわけ好反応を示すものは何だ?」
「特に無いわね、日がな一日寝転がってエッチな本を読んでいるわよあの子は、金貨が落ちていても拾わない程よ」
ガチクズじゃねぇか!
そういえばひもの魔将はおしゃれもしないし通販でしか買い物しないとか言っていたな。
いや待て、負のオーラの影響を受けているだけなのかも知れないからな、あまり悪く思うのはやめておこう。
「ちなみに魔将補佐はどんな奴等だ?」
「話したことないけど、女の方はボッチーナ、男はインキャラーとかいう名前よ、2人共ずっと下を向いて歩いていたわね」
大将が干物女で部下は名前からしてぼっち女と陰キャ野郎か。
とんでもない軍だな、上手く回るのかそれで?
ちなみに魔将補佐はその家にはおらず、どこにいるか見当も付かないという。
そしておそらく負のオーラを出しているか出してアイテムに込めたのはその補佐のいずれかだろうな、だってそういう名前だし。
「勇者様、とにかく周辺の住民を避難させることから始めませんか? このままだといずれ腐ってしまいますよ、あの一画は」
「そうだな、ついでに物資も行き届かないように規制するんだ、干物女をリアルに干上がらせるぞ」
翌日、早速マリエルが王宮へ行ってその件を伝える。
勇者ハウス付近の住民には魔将の侵攻については告げず、仮設の避難所へ入る義務を課すこととした。
もちろん従わない場合は強制執行、負のオーラにやられてやる気の出ない住民を何とか移動させ、動こうとしない者は精霊様が連れ出した。
俺達には城門の横に特別の待機所が用意され、畑に居たデフラ達15人の囚人と、それから一緒に収容していたカポネもそこに連れて来る。
畑は1日1回、精霊様が水をやるということで何とか維持する作戦だ。
「何だか私ばっかり動いていて気に食わないわね、何か見返りをよこしなさい」
「わかった、ではこの事件が解決するまで皆から敬われ、世話をして貰える権を進呈しよう」
「よろしい、では早速誰か肩を揉みなさい、あとお酌もなさい」
ちなみに、事件解決後にはきっちり復讐されます。
「しかし仮設というだけあって風呂が狭いぞ、全員では入れそうにないな」
風呂は4人1組、屋敷がすぐ近くだというのに何たる無様、しかも温泉ですらなく、久しぶりに風呂を沸かすという仕事が復活してしまったではないか。
「勇者様、私はここで唯一苦手だった風呂焚きのリベンジをしようと思います!」
「わかった、ただしミラ、また失敗したらどうなるかわかっているな」
「ええ、自信があります!」
しばらくして聞こえる爆発音、沸騰させるどころか壊滅させてしまったようだ。
ミラが戻って来る……
「で、どうなったんだ?」
「ちょっとシックな感じの黒いバスタブになりました」
「風呂焚きは成功なのか?」
「……失敗です」
風呂焚きはユリナがやってくれた、ミラは後でお仕置きである。
その前に夕飯の準備をさせておこう。
最初に風呂へ入るのは俺とセラ、それからカレンとマーサということに決まった。
ルビアはシルビアさんと精霊様、そしてマリエルが一緒に入るし、リリィはいつもミラが洗っているからな、必然的にこのメンバーとなる。
「全く、黒焦げじゃにこのお風呂、ミラは後でお尻ペンペンね!」
「うんそうしよう、何がシックな感じだ、暗黒の風呂だぞこれは」
「ところで私達はいつまでここでこうしていればいいのかしら?」
「それは魔将のコハルとやらが音を上げて出てくるまでさ、食べ物が無くなればすぐに折れるだろうよ」
「無理ね……そもそもあの子はその辺の葉っぱとか、あと苔とかしか食べないわ、1週間ぐらいなら何も口にしなくても平気なの」
ナマケモノかよ、でも通販で買い物が出来ないとなるとストレスが溜まるはずだ、食べ物云々は関係なくとも、そう長くは我慢しないであろう。
アジトから出て来たらすぐに身柄を押さえられるようにしておかないとだな。
その後は順番に風呂へ入り、デフラ達やカポネも含めた全員で食事を取った。
人数が多いから食事の片付けが面倒だな……そうだ、ここに居る間の家事は全てデフラをはじめとする15人に任せてしまおう。
早速食器の片付けと、使い終わった後の風呂掃除をやらせる。
うん、良い感じだ、俺達は明日から何もしなくて良さそうだぞ。
「風呂焚きリベンジに失敗してしまったのはかなり残念ですが、これは明日から楽が出来そうですね」
お尻丸出しで待たされているミラが何やら言っている。
すぐにデフラ達の仕事を監視していたセラが戻り、刑を執行されていた。
「どうだったミラ、私の強烈なお仕置きは効いたかしら?」
「お姉ちゃん、それが全然効かなかったのよ、ちょっと今から精霊様にやり直して貰うわ」
「あ、これは処刑に失敗したセラも同罪だな」
セラにもお尻ペンペンしてやった、喜んでいやがる……
※※※
その日から、結局そのまま何も起こらずに3日が経過したのである。
ひもの魔将ではなくこちらの方が我慢の限界だ、風呂は狭いし酒を飲むわけにもいかない。
ストレスが限界マックスに達しようとしていた頃、魔将とはまた別の動きがあった。
「勇者様、王都の冒険者ギルド会館がどうも微妙な空気に包まれてしまったようで、人が寄り付かなくなっているとのことです」
「あそこでずっと飲んでいる馬鹿共にはいい薬だろう、あんな所に居ないで仕事でも請けるべきなんだよ本来は」
「それはそうなんですが……どうやらずっと1人で座ってブツブツ言っている変な男が原因らしいんですよ」
それは魔将補佐のインキャラーとかいう奴じゃないのか?
魔将と一緒に居ないと思ったら冒険者ギルドを攻めていたのかよ。
早速そいつの姿を拝見しに行こう。
馬車に乗り、冒険者ギルドへと向かった……
「居ましたね、確実にアイツですよ」
「確かに上級魔族で魔将補佐だが、何ともキモい奴だな、ヒキタみたいだぞ」
本当に何かを呟いているようだ、1人で、下を向いて立ったまま、しかも無駄に隅っこで。
気持ち悪い、そしてそのせいかギルドの中にはほとんど人が居ないのであるが、職員は休むわけにもいかない、凄く嫌そうな顔をしながら仕事をしている。
ちょっと近付いて何をブツブツ言っているのか確認してみよう……
『コハル様の部屋に負のオーラを放つ石を届けたのにお礼も言われないなんて、もしかして僕はコハル様にも嫌われているのか? いいや違う、あのときはたまたま機嫌が悪かっただけのはずだ、でもコハル様と最後に話をしたのはいつだ? というかそもそも話したことなどあったのかも覚えていない、もしかして僕はコハル様に……』
ヤバい奴だ、自分の中だけで同じ考えが無限ループしてやがる。
あ、どうやらまた最初に戻ったようだ。
誰かが繰り返し再生の機能を停止してやらないと、アイツはあのままずっと薄気味悪い独り言を続けるぞ。
……ギルドの巨乳受付嬢が手招きをしている、俺達が来ていることに気付き、奴を何とかさせようという考えなのだろう。
「ちょっと異世界勇者さん、あれって魔族なんですよね?」
「うん、魔族だし魔王軍の上位者だ、で、いつからあそこにいるんだ?」
「5日前から、閉館後も動かずに呟いているみたいですよ、本当に口以外は微動だにしていません、とりあえずやっつけてくださいよ」
今は筋肉団が遠征に出掛けていて居ないらしい、そうなると頼れるのは俺達だけ、戦闘力が高いSランクやAランクの冒険者もキモさに負けて逃げ出したらしいからな。
では、まずは普通に声を掛けてみよう……
「おいそこの陰キャ野郎! てめぇだよ! 何ブツブツ言ってやがるんだこんな所で、迷惑だから失せろや!」
『……いや、待てよ、僕だって上級魔族だし魔将補佐なんだ、それをコハル様が無視しているなんてことはないはず、ではどうしてあの時目も合わせてくれなかったのだ? もしかして僕はコハル様に……』
至って普通にスルーされてしまった。
というか自分の中を巡り続ける思考のせいで俺の声掛けに気が付いていないようだ。
では、次は聖棒で殴ってみよう……
「死ねやおらぁぁっ!」
『ぐぎえぁぁぁっ! ごぶぉふぉっ……それでもあの石は今回の作戦に欠かせないものなんだ、それを作り出して持っていった僕をコハル様が蔑ろにする訳がない、それでも会う度にすこし嫌そうな顔をしているのが気がかりだ、もしかして僕はコハル様に……』
一瞬死にかけたというのに、数秒後には何事もなかったかのように復活した。
そしてまた延々と独り言である。
というかさっきからかなり重要な情報を吐き続けているようだな。
もしかしたらこのまま放っておいた方が有用なんじゃないのか?
「ねぇ、もしかしてあんた今このままコイツの話を聞こうとか思っているんじゃないの?」
「おう、よくわかったなマーサ、その通りだ」
「やっぱりね、でもさ、殴って聞き出した方が早くないかしら?」
「さっき殴って反応しなかったんだぞ、話し掛けてもダメだし、どうするってんだ?」
「私に考えがあるわ」
そう言ったマーサ、すぐにユリナとサリナを呼んで何やらコソコソと話し出す。
どうやら作戦が決まったようだ。
その後ほかの魔族達にも作戦を伝え、すぐにそれを実行に移すらしい。
一体何をするというのだろうか?
とりあえず先頭にマーサ、その後ろをユリナとサリナ、そしてさらに後ろをその他の魔族達が付いてゆく。
後ろの魔族達はそのままインキャラーを囲みこんだ……
「ねぇ、ちょっとあんたさ、マジでキモいんだけど、さっさと死ぬかどっか行くかしてくれない? 出来れば死んで欲しいわ」
「まずあなたのような奴がコハルに話し掛けることが間違いなのですわ、彼女、相当気味悪がっていましたわよ」
「そうです、コハル様に謝るべきですよ、もちろんあなたのような汚いのが見えると目に毒ですから、凄く遠くからですが」
『ん? 君達は何を……ひげぇぇっ! マーサ様、ユリナ様! それからそれから……ぎへぇぇっ!』
そこから先は、魔族達によるインキャラーを取り囲んでの消えろコール連発大会である。
これは痛いぞインキャラー、もしこれが学校だったら3年の一番可愛い先輩グループに死ねだのどっか行けだのと言われているようなものだからな。
もうこんなの絶対に耐えられまい……あ、キレたようだ。
『あぎゃぁぁ! ひぐいぇぇあぁぁ!』
インキャラーの腕を振り回す攻撃、どうやらかなり強いらしい。
うん、ステータスもかなり高いぞ、もちろんギルド会館はあっという間にボコボコになってしまった。
「ねぇ勇者様、どうするのよコレ?」
「こういう奴はしばらく手が付けられないからな、落ち着くまで待ってから殴ろう」
今接近すると壁とか床とかの破片が飛んで来て顔に当たったりしそうだからな。
そういう痛いのは避けて、危険が無くなった後でゆっくり始末すれば……
「ウォォォッ! ここは俺に任せるんだぁぁっ!」
突如、もちろん何の前触れもなく、この状況でも中で酒を飲んでいたタフな冒険者が破壊活動を止めに入ってくる。
敵はこういう感じの奴だからな、肉弾戦であれば余裕で勝てると踏んだのであろう、あとかなり酔っているのも飛び出した原因でしょうね。
だが甘いぞ冒険者、というかコイツ俺達と同じB級冒険者か、何でも良いがとにかく甘い。
こんなんでもインキャラーは上級魔族なんですよ、しかも魔将補佐。
中級魔族ですら一般的な人間にはまず勝てないのだ、いくらメンタルが強いとはいえ、昼間からこんな所で飲んだくれている冒険者ごときが勝てる相手ではない。
相手の実力を見誤った飲んだくれ雑魚冒険者のおっさん。
その攻撃がインキャラーに届く瞬間を見ることなく、振り回された腕で頭を叩き潰され、その後の連続ヒットでグロテスクな肉塊に転生した。
全く馬鹿な奴だったな。
しかしこのままだと次の馬鹿が命を捨てに行くのも時間の問題だ。
仕方が無い、そろそろ対処することとしよう。
「もうやるぞマーサ、ちなみにこいつには聞きたいこともある、死なない程度に殺してしまおう」
「難しいことを言わないで、とにかくギリギリまで痛めつけておくわ」
マーサの限界まで軽く打ったパンチを次々に貰うインキャラー。
鼻は折れ、頬骨も折れてしまったようだ。
ついでに右腕をへし折っておく、あと耳も引きちぎっておこう。
髪の毛は引き千切り、左腕には赤熱状態にしたユリナの尻尾で根性焼きを入れておいた。
いくらインキャラーが上級魔族で強いといっても、それは普通に暮らして普通に修行している人族と比べての話。
しょっちゅう変な連中と戦ってばかりいる俺達にとって、こんな奴は取るに足らないただの弱虫である。
「そろそろ良いだろう、ヤメだ、おうインキャラー、魔将の家にある負のオーラを出す石とやらについて5秒以内に吐け」
『あが……が、そうすれば、殺さないのか?』
「うむ、殺さないと約束しよう」
『あの石は……2週間使いきりタイプ……で……そろそろ新しいものに……』
「つまり待っていれば効果が消えるんだな? 負のオーラは出なくなるんだな?」
『そう……だ……』
「他に魔将の家付近に仕掛けは?」
『……無い』
つまり、コイツを始末した今、魔将コハルの家を取り巻く負のオーラはもう3日もすれば消えてなくなる。
それまで待てば特に問題なく奴に接近することが出来るのだ。
そうだ、その前にもう1体、女の方の魔将補佐も討伐してしまいたいところだ。
と思ってインキャラーに居場所を聞いてみるものの、全く知らないとの答えが返ってきた。
というかそもそもコイツ、自分の上司である魔将の引越し先すら教えて貰えず、魔王軍の本部に情報開示請求をしてようやくたどり着いたのだという。
なんと哀れな奴なのだ、もう1体のぼっち女もそういう感じなのであろうか?
「それで勇者様、コイツは殺さないって約束しちゃったけど、どうするつもりなの?」
「ああ、俺達は殺したり出来ないよな、約束だし、でも他の人がどうするかは知ったことじゃないぞ」
一般の人間にも殺し易くするため、インキャラーの左腕も折り、目は左右とも完全に潰し、ついでに両足はもぎ取っておいた。
珍もスライスにしたし、あとは10人ぐらいで一斉に攻撃すればその辺の飲んだくれ雑魚冒険者でも殺せるであろう。
周囲でその様子を見ていた居残り冒険者、そしてギルドのスタッフが武器を持って集まり始めた。
これから迷惑魔族の処刑を開始するのだ……
俺達が退いた後のインキャラーの周りには無数の人だかりが出来ている。
そして既に剣や槍が肉に突き刺さる音のみで、悲鳴は既に聞こえなくなってしまった。
「今日は魔将補佐を1体倒したし、負のオーラがしばらくすれば消えることがわかったんだ、そろそろ帰って休もうか」
全員が賛成したため、その日のうちにもう1体の魔将補佐を探し始めるのは止め、仮設待機所へと戻った。
※※※
「ただいまぁ~っ」
「あらおかえりなさい、何か情報は掴めたのかしら?」
シルビアさんには今日冒険者ギルド会館で起こったことを細かく話しておく。
もちろん若干カッコイイ感じに脚色しておいたが、それは見抜かれているようだ。
「それならあと3日も辛抱すればここを出られるのね、ようやくお店を開けられるわ」
シルビアさんはここ1週間程閉めたままになっている店が心配で仕方が無いようだ。
俺達も屋敷に埃が溜まっていそうなのが心配だし、畑も水をやっているだけで雑草は抜いていない。
あと温泉の排水口にも葉っぱが詰まっているであろうな……
とにかく、ここで生じた損害の分はひもの魔将のコハルを捕縛してきっちり責任を取らせてやらないとだ。
出来れば今回は賠償金も払わせたい。
「勇者さん、ご飯の支度が出来ましたよ、それとも先にお風呂へ入りますか?」
「いや、先に夕飯にしよう、風呂ならデフラ達が先に入っていて良いぞ」
「そうですか、ではカポネちゃんも一緒に、4組に分かれて頂いちゃいますね」
カポネたちが風呂に入っている間、俺達は食事をしながらどうでも良い会議をしていた。
「もう限界よ、あんな狭いお風呂に4人1組ではいるなんて正気じゃないわ!」
「でもなセラ、そうしないと何度も沸かし直さなきゃならなくて面倒なんだ、後半組とか朝になってしまうぞ」
「ではご主人様、もう少しでここも終わりですが、明日は1日だけ温泉施設の方に行ってみてはどうでしょう?」
「そうだな、どうせあと3日間は魔将の所に行けないんだし、明日には筋肉団も帰って来るらしいからな、温泉で酒でも飲んでしまおう」
この待機所に関してはデフラ達に管理を任せれば良いし、戦闘要員もよほどのことがない限りカポネだけで十分であろう。
よって翌日は朝から温泉施設へ行き、日の高いうちから酒盛りをすることと決まった。
翌朝、日が昇ってすぐ、デフラに待機所の鍵を渡した俺達は馬車に乗って温泉施設へと向かった。
別にそんなに遠くはないのだが、歩いて行くとなると話は別だ。
「お、今日も大部屋が空いているじゃないか、相変わらず団体客の呼び込みに苦労しているみたいだな」
「それにしても今日はお客さんが少ないような気がしますが、何かあったのでしょうかね?」
「まさか、そんなの気のせいだろうよ、というかいつもそこそこ少ないしな」
「それもそうですね、たぶん私の見間違いです」
だが、施設の中に入るとそれが気のせいなどではないことがわかった。
今日は客が少ないため一部の食事メニューを提供していない、という趣旨の看板が立てられていたのである。
どうもこれは何かがあったな……俺の面倒事探知レーダーがビンビンに反応しているぜ……




