123 やる気が無い
「あぁ~、だりぃ~、オラもうやる気出ねぇぞ」
「何を言っているんですか勇者様、もう出ないとか以前に元々あまりやる気が無でしょうに」
「黙れ、というかミラ、腹減ったぞ」
「あら、もうお昼過ぎでしたね、面倒なのでその辺の草でも食べていて下さい」
ミラもやる気が無いようだ。
王都酒祭から1週間後、俺達は完全に堕落していた。
その理由は全くもって不明である。
「おはようございますご主人様、朝ごはんはまだですか?」
「ルビア、もう昼らしいんだ、ちなみに朝食も昼食も無いらしい、その辺の草でも食っておくと良い」
「いえ、もう口を動かすのも面倒です」
ルビアはこのまま衰弱していきそうな気がする、そういえばシルビアさんも3日程店を開けていないようだし、大丈夫なのか?
とりあえずダラダラしていても仕方が無い、ちょっと動こう……ダルいけどな。
庭に出てみる、いつもは忙しなく動き回っているカレンとリリィが寝転がって日向ぼっこをしていた。
セラやマリエル、精霊様は風呂に入っている、マーサは畑で居眠りしているようだ。
他のメンバーも同様にやる気が無い感じの動きをしてるようだな、全くしょうもない連中だ。
俺もだけど……
「あ、勇者様もお風呂に入らないかしら? ちょっと精霊様から相談したいことがあるらしいわよ」
「わかった、すぐに行くよ」
すぐに行くといいながら、風呂に入る準備をするのに10分以上も費やしてしまった。
本当に動く気力が無いのだ。
「それで精霊様、何かトラブルでも生じているのか? そうでないのなら面倒だからまた今度ということで」
「それよ! それがおかしいの、どうしてここのところ皆して堕落しているのかしら?」
「まぁ春だし、暖かいし、そういうこともあるんじゃないのか?」
「とてもその次元の話とは思えないのだけどね……」
精霊様は何やら心配しているようだ。
大丈夫さ、しばらく経てば元に戻るんだよ、こんなのは。
呆れてものも言えないといった表情の精霊様。
無気力に排水溝から流れ出してしまったマリエルを回収し、社に戻って行った。
「そういえば勇者様、王宮に禁酒魔将の件のご褒美を取りに行かないとよ」
「めんどくせぇ、セラが行って来てくれよ」
「イヤよ面倒臭い、あ~あ、そのぐらい向こうから持って来てくれれば良いのに」
結局、公平性の確保のために2人で取りに行くこととなった。
リリィは飛ぶのがダルいとのことだったので、安全のため馬車で行こう。
途中で墜落されても敵わないからな。
そう思ってジェシカに馬車を出させたところ、屋敷の敷地から出る前に事故を起こす。
乗って2秒で居眠り運転しやがった、これじゃ危なっかしくて任せられないぞ。
かといってルビアはさらに危ないであろう、良く見ると先程から呼吸をすることすらサボりがちになっているからな。
これは王宮の方から馬車を出して貰うしかない。
伝令兵に頼み、馬車を用意してくれと伝える。
コイツは普通にやる気があったようだが、俺達の屋敷の前に来ると徐々に眠そうな顔に変わっていった。
ここの空気に飲まれてしまったのであろうか?
まぁ良い、とりあえず馬車の到着を待とう。
しばらく待つと迎えの馬車がやって来たため、報酬を受け取るためだけに仕方なく王宮へと向かう……
※※※
「うぃっす、金出せコラ」
「おぉ、ゆうしゃよ、おぬし遂に盗賊に成り下がったのか?」
「ちげぇよ、ダルいから早く金を貰って帰りたいんだ」
「なんと情けない……」
「そういえば勇者よ、ここのところマリエル王女殿下も王宮へ来ぬし、そもそも勇者パーティーは活動すらしておらんじゃろ、どうしたというのじゃ急に?」
「わからん、だが春が暖かいからだろうよ、きっとそのせいだ、春が悪い」
かといって春を討伐してしまうわけにもいかんからな。
ここは季節が移り変わるまで黙って過ごすしかなかろう。
「しかし勇者よ、そうは言ってもまだ魔将が2体残っておるのじゃぞ、休むならそれを討伐してからにせんか」
「あ……おう、そうだったな、もうちょっとだから頑張らないと、何だかやる気が出てきたぞ!」
「勇者様、私もちょっと活力が漲ってきたわ! 帰ったら早速皆で作戦会議をするわよ」
「うむ、ちょっと不自然じゃが元気を取り戻したようで何よりじゃ」
突然に湧き出す力、充電期間は完了だ。
勇者パーティーは今日から活動を再開するぞ!
報酬を受け取り、馬車に乗って王宮を後にした。
帰り道、セラと2人でなぜ皆のやる気がでないのかについて話し合う。
「やっぱり屋敷が快適すぎるのよ、あそこにいる限り全員が堕落していく一方よ」
「そうだな、一旦全員北の森にでも篭って修行しよう、そうすれば次第に元通りになるはずだ」
もうすぐ屋敷に着く、というところでなぜか2人共寝てしまったようだ。
気が付いたら門の前に到着していた。
「ふぅあぁぁ~っ、着きましたよお客さん、わしもねみぃから早く降りてくんな」
眠いという点についてのみ同意したい。
なかなか目を覚まさないセラを抱えて何とか馬車を降りた。
「ただいまぁ~、精霊様、ちょっと話しがあるんだが」
「あらおかえり、で、話って何なの?」
「う~ん……やっぱり面倒だから今度で良いや、おやすみ」
「ちょっと待ちなさい! もしかして、王宮へ行っていたときにはやる気満々じゃなかったかしら?」
「おう、そんな気がするな、だがそれは遠い過去の話だ、おやすみ」
ため息をついてどこかへ行ってしまった精霊様。
そんなことをしている暇があるのなら寝れば良いのに、惰眠を貪ることこそ至高なのですよ。
大部屋に戻り、帰ってすぐに寝ていたセラと、もうそれ以前からとっくに寝ていたルビアの間に体を捻じ込む。
右にはハードタイプ、左にはソフトタイプの抱き枕。
実に寝心地が良い、このまま永遠にでも眠れそうだ。
「……ねぇ、ねぇ起きてよ勇者様、日が陰って寒くなってきたわ、あったか布団を出してちょうだい」
「う……何だ面倒だな、それよりももう全員ここで寝ているのか? 精霊様以外は」
精霊様だけでなくサリナも居ないようだ。
ユリナ曰く、俺達が帰って来てすぐに精霊様と一緒にお出掛けしたそうな。
よくお出掛けなんてするよな、起き上がるのすらこんな面倒臭いのに。
そこへ戻って来た精霊様、サリナを小脇に抱えている……
「ただいまっ! やっぱりこれは屋敷のせいだったわ、ここから離れれば皆普通に活動出来るわよ」
そうなんだな、予想通り、この屋敷が快適すぎるからこんな風になってしまうんだ。
まぁ、夏になって暑苦しくなったらこの状態も終わるということだな。
「それと、サリナちゃんから面白い話が聞けたわよ、サリナちゃん、もう一度行ってごらんなさい!」
「いえ、別にもう良いです、早く寝たいので降ろして下さい」
「やっぱりここじゃダメみたいね、一旦王都の外に出るわよ、付いて来なさい」
抵抗してみるものの、誰も来ないのなら屋敷を滅ぼすと脅されて渋々従う。
危険運転の極み、運転というよりもはや攻撃とも取れる動きのジェシカ、何とか怪我人を出さずに馬車道まで出ることが出来た。
「ん? 主殿、ちょっと運転感覚が戻ってきたぞ! このまま城門まで全速力で飛ばしてやるっ!」
「やめてくれ、また免停にでもなったらどうするつもりだ? それより何だ、全員起きたのか?」
不思議なことに、馬車道に出るか出ないか、つまり屋敷から500m程離れたところまで来た途端、皆の顔に生気が戻り始める。
居眠りしていた者は次々と目を覚ます、ボーっとしていた者は徐々に元気を取り戻し、お喋りを始めた。
精霊様は何かを確信したような顔だ。
しかしそういえばこの付近の人は、いや、今日出会った王宮の人達もそうだが、誰もが普通に生活している。
俺達の屋敷の周りでは、どこの住民もグダグダと堕落した生活をしていたはずだ、いつも散歩をしているような近所のじいさんばあさんも一切見かけなかったというのに……
「ジェシカちゃん、このまま王都の外まで馬車を進めなさい、で、屋敷と城壁を挟んで反対側まで行くのよ」
「わかったぞ精霊様、それでは全速力で……」
「ゆっくり走りなさい!」
「そうだぞジェシカ、次に違反で捕まったらお前に馬車を牽かせるからな」
「主殿、そんなことをさせられたら私は筋肉ムキムキになってしまうぞ」
「イヤならゆっくり走るんだな」
城門から出た馬車は右に曲がり、俺達の屋敷がある地点の裏側を目指した。
やがてそのポイントの壁から500~600メートル程度離れた地点に停車する。
「なぁ精霊様、俺達をこんな所に連れて来てどうするつもりなんだ?」
「それはサリナちゃんから説明するわ、ところで皆、今は元気があるんじゃないかしら?」
全員が肯定の意思表示をする。
確かに今は俺も元気一杯だ、何ならもうここから夜間訓練に移行しても良いぐらいだぞ。
「やはりそうみたいね、じゃあサリナちゃん、さっき私に話してくれた内容をもう一度お願い」
「はい、おそらくなんですが、あの屋敷の周辺は何らかの負のオーラに包まれ、その影響下にあるはずです」
「負のオーラ?」
「ええ、なんとも形容し難いんですが、人をダメにするオーラというか……」
つまりそのせいで俺達、いやあの付近に住むすべての住民が堕落していたということか。
そうなると王宮へ行っていたときの俺やセラ、そして今屋敷を離れてここに居るメンバーがシャキッとしているのも頷ける。
精霊様は元々そういうのの影響は受けないんだろうな。
「それでサリナ、その負のオーラとやらの発生源はどこのどいつなんだ?」
「う~ん、それはちょっとわかりませんね」
「調べてみたのか?」
「いえ、調べるには近付く必要がありますし、近付いたら堕落して調査どころではありませんし、どうしようもないんですよ」
「……確かにそうだな」
この負のオーラを感じ取っていたのはサリナ、そしてレーコやサワリン、カテニャなどの精神系の攻撃を主に扱っている魔族のみのようだ。
そしてその連中も近付けばそのオーラにやられてしまう。
唯一平気な精霊様は全く影響を受けないため、発生源を探ることが出来ない。
八方塞ですね……
「とにかくそのことを確認しておきたいわ、誰か1人、歩いて城壁に近付いてちょうだい」
動けなくなっても運び易いカレンが代表となり、城壁、つまりその反対側にある屋敷へと近付いてゆく。
しかしある程度まで進んだところで急に立ち止まったではないか。
「カレン、どうしたんだ? もっと近付いてみろ」
「ご主人様、もう面倒だからやめにしましょうよ、というかここで寝ます、おやすみなさい」
地べたに寝転がってしまった、しばらくは横向きで尻尾をパタパタとさせていたが、やがてそれすらも面倒になったのか、仰向け大の字で寝息を立て始めた。
完全に堕落し切っている様子だ。
「全くどうしようもない奴だな、カレン、帰ったらお仕置きだぞ!」
「というか帰ったら皆ああなってしまうのよ、ちょっと回収してくるわ」
精霊様が小脇に抱えて来たカレンは、しばらくすると元通り、元気一杯のカレンに戻った。
屋敷から一定の距離に近付くと負のオーラの影響下に入り、離れればそれほど時間を置かずにに元に戻るということが確認出来た。
効果の解除はすぐだったり、しばらく時間が掛かったりとまちまちであるものの、とにかく屋敷に近付かなければ良いのだ、そうすればオーラの影響を受けることは無い。
しかしこれでは帰ることが出来ないな、さてどうしたものか……
「とりあえず今日はこのまま温泉施設にでも行きましょう、全員分の着替えは私が持って来てあげるわ」
「そうしよう、では頼んだぞ、変なものは持って来なくて良いからな、あとついでにシルビアさんも抱えて来てくれ」
畑で労働させている連中は別に良いだろう、ただ堕落しているだけだし、餓死する前にはニンジンでも食べて腹を満たすはずだからな。
回収するのは店も開けずに転がっていたシルビアさんだけとした。
精霊様が戻るのを待ち、馬車で温泉施設へと向かう……
※※※
「大部屋が空いていて助かったな」
「ご主人様、お酒メニューも限定復活していますよ、早く飲みましょう!」
「慌てるなルビア、もう酒は俺達の前から逃げたりなどしないのだ」
とりあえず、部屋に併設された風呂に入っておく、今回はマリエルも流されてしまったりしないようだ。
ここで改めて今回の出来事について確認し、対策会議を行う……
「……やはり屋敷に近づくことが出来る精霊様が調査して原因を探るしかないようだな」
「でもその原因が全く検討付かずじゃどうしようもないわ、せめてヒントだけでも貰わないと」
「ヒントですか……こんな風になったのは1週間程前からですよね、そのぐらいに屋敷やその周りであった変化を探ればあるいは……」
1週間前といえば王都酒祭があった頃だ。
確かにそのときぐらいから徐々にだらけ始め、3日前には勇者パーティーの機能が完全に停止した。
1週間前からは……
・近所のジジイの犬が逃げて全員で探した
・それから屋敷の横にある畑を拡張し、収容施設を作った
・道と荒地を挟んだ反対側の空き家に綺麗なおねえさんが引っ越して来たらしい
・ジジイの犬がダルそうな感じで戻って来た
・そこから誰も外に出なかった
皆で思い出せる限り出してみたここ1週間の現象はこのぐらいである。
その越して来たというおねえさんもかわいそうに、まだ誰も会ったことが無いが、この調子だと負のオーラにやられてずっと引き篭もり生活を送っているのであろう。
「ねぇ勇者様、おじいさんの犬が何か原因になりそうなものを拾って来ちゃったんじゃないかしら?」
「それもあり得るな、あと畑の拡張工事で古代のヤバい何かが地表に出てしまったとかな」
考えられるのはその辺りだ、念のためおねえさんの家も調べさせて貰うことに決まったが、そちらについては可能性が低いであろう。
本命はジジイの犬、そして畑の拡張部分と収容施設だ。
「ま、調べるのは明日にして、今日はお酒でも飲んでゆっくりしましょう、何だか私だけ動き回って疲れたわ」
「おう、精霊様も遂に堕落したか?」
「違うわよ、水の大精霊様をあんた達みたいな下等生物と一緒にしないでちょうだい」
馬鹿にされてムカついたので、全員で精霊様をくすぐり倒しておいた。
ダウンする精霊様、下等生物の意地を見せつけることが出来たのである。
「さて、そろそろ上がって何日かぶりのまともな食事にしよう、酒もあるみたいだしな」
「主殿、ここのも帝国から送られた酒だぞ、私を敬いながら飲むことだな」
「ああそう、で、今日馬車を傷だらけにしたのはどなたですか?」
「もちろん私だ、讃えるが良い」
「誰が讃えるかそんな失態をっ!」
ジェシカも全員でくすぐり倒した、今は精霊様の横で力なく浮遊している。
風呂から上がって酒を飲み、その日はそのまま温泉施設に泊まった……
※※※
「じゃあちょっと様子を見てくるわ、ついでに着替えももう一日分持ってくるわね」
「頼んだよ、あと収容施設の様子も見ておいてくれ、ヤバそうならデフラ辺りに何か食事を渡しておくんだ」
「了解よ!」
調査員の精霊様が飛び去ってゆく、きっと帰りは夕方になるであろう。
それまではここで堕落して待機しておくしかなさそうだな。
「勇者様、馬車の様子を見て来たわよ、修理費用は銀貨3枚といったところかしらね」
「ありがとうございますシルビアさん、じゃあこの件が終わったら修理に出します」
「主殿、銀貨3枚など私には負担出来んぞ、どうしたら良い? 畑で強制労働でもさせられるのか私は?」
「うむ、とはいえ負のオーラとやらの影響下でやったことだからな、修理代金を負担しろとまでは言わないぞ」
「じゃあジェシカちゃん、エッチな格好で勇者様にお酌でもしたらどうかしら?」
「それで良いだろう、ジェシカ、どうせバニーちゃんを下に着込んでいるんだろう」
「ああ、精霊様が持って来てくれたのがそれだったからな、では早速酒を頼もう」
今にも零れそうなジェシカのおっぱい、そしてなぜかルビアもバニーガールになってお酌を始めた。
2人が屈んだ隙に尻を引っ叩く、あっさりとポロリしやがったぜ!
最高の光景、誠に眼福である。
「ご主人様、私は一旦ポロリを直しますよ、気が向いたらもう一度お尻を叩いて下さい」
「では私もそうしよう」
間髪入れずにもう一度叩く、そして弾けるように飛び出すおっぱい。
最高の光景、誠に眼福である。
プルンプルン揺れる2人のおっぱいを堪能した後は、そのまま食事をしたり昼間から酒を飲んだりしながら精霊様の帰りを待つ。
何だかどこに居ても変わらずダメな奴になってしまったようだ。
きっと負のオーラの後遺症だろう、俺は悪くない。
「ただいまぁ~っ! 原因がわかったわよ」
「おう、おかえり精霊様、で、何が原因だったんだ?」
「ジジイの犬でも畑でもなくて、越して来た女の子の家から負のオーラが出ていたわ、近付いたら濃すぎて目に見えたのよ」
「そうか、それで本人の姿は見たのか?」
「もちろん見たし……上級魔族だったわ、あとジャージ着てて背中に『ひもの魔将軍』て書いてあったわね」
まさかの、新たに引っ越して来たご近所さんが敵だった。
「ねぇ精霊様、その子、ジャージはダサい赤茶色で、髪の毛は上で束ねていなかった?」
「それよマーサちゃんっ! その堕落し切った格好、まさにあの子だわ!」
「あら~、それひもの魔将のコハル本人ね、でも負のオーラなんて出していないはずなんだけど……」
「きっと何かアイテムを使っているのですわ、家の中にオーラを出す何かを隠しているはずですの」
「とにかくそのコハルとやらが今回の件の元凶みたいだな、何とかして排除する方法を考えよう」
ひもの魔将コハル、というか干物女はすぐ近くに居た。
索敵に反応しないため、明確な敵意は持っていないのであろう、いや、単にやる気が無いだけかも知れない。
とにかく作戦会議を開き、近付くことすら困難なその敵を倒すための策を練らなくてはならない……
ここから第二十二章とします




