1132 鏡よ
「キィィィィッ! どこに逃げやがったザマスかぁぁぁっ! 私の手駒を情報源にしやがって、許さないザマス! キィィィィッ!」
「やっかましいのが来やがったな……てかどうしてドストレートに地下に来るんだよ? そんなにわかり易いのかこの場所?」
「まぁ、あんなこと言いながらも何かの魔道デバイスや神界の特殊装備でこちらの位置をほぼ割り出しているのでしょう、それよりも……あの攻撃はもう受けたくありませんね」
「どぉ~こぉ~だぁ~っ! どこに隠れているザマスかぁぁぁっ!」
「……細かい場所まではわからないみたいですわね、どうしますのここから?」
「そうだな……しばらくはここに隠れて敵をイラつかせて、いよいよ見つかるかもって段階になったら逃げながらおちょくってやろうぜ、攻撃だけは受けないようにな」
ハゲ天使の自爆装置のようなものが発動してすぐ、本当にすぐ乗り込んで来たババァの神であるが、俺達が地下に居ることはわかっても、そのどこに居るのかは判断が付かないらしい。
ミラの予想では何らかの魔導デバイスを用いて、俺達ではなく爆珍して意識朦朧の状態にあるこのハゲの居場所を探知しているのではないかということなのだが、果たしてどうであろうか。
このババァは気持ちの悪いビジュアルながらも神であるから、もしかしたら入って来た瞬間に、ホテルのフロント係がそれに協力したのかも知れない。
俺達が地下の一室を占拠してそこでハゲを拷問していることを教え、ババァがあっという間に近くまでやって来る、その手助けをしたという可能性だ。
もしその仮説が真であるとしたら、ホテルのフロント係は絶対に生かしてはおけないのだが……と、ババァが遠くの方から、ひと部屋ずつ扉を破壊して回り始めたらしい音が聞こえる。
同時にバリバリと、食料この中身や先程のワイン蔵の樽や瓶が破壊され、中身が地面に零れてしまう音も響き渡った。
なんともったいないことをするのであろうか、そんなこと、神がやって良いことなどではないと主張したいのであるが……まぁ、これだけデタラメな神界なのだから、神が何をしようとももう驚きはしない。
だがその食べ物や酒などを粗末にする行為は許すことが出来ず、このクスババァは間違いなく、ホテルのフロント係を着火剤にして焚いた火で炙り殺してやろうと、そう誓ったのであった……
「キィィィッ! チッ、ここでもないザマスか……次、キィィィッ! また違うっ!」
「そろそろ俺達の部屋の順番が回ってくるみたいだな……何を仕掛けるべきなのか具体的に考えていなかったぜ」
「それはもちろんこのハゲを使って……私達は上の排気ダクトから逃げましょ、それと、こんな所で簡単に死なれると面白くないから、聖バイター共も一緒に逃がすのよ、ほら行きなさいゴミ共」
「で、このハゲはここに固定しておきますの、あの神が扉に一撃喰らわせたら、このハゲのボディーがズタズタになって……みたいな、怒りますわよきっと」
「じゃあそれでいこう、そろそろホントに来やがるから、とっとと準備をして、あと女神と仁平は気配を消すのを忘れずにな、さすがにそのままだと神々しすぎてバレるわ居場所が」
まるでパニックホラーのように、破壊を繰り返しながらどんどんこちらへ近付いて来るババァの影。
だが俺達にとってホラーなのはもうその顔面だけだ、仁平が臨時加入している今、アレに負けるなどということは考えられない。
また、さすがに神界だけあって建物やその他人工物の強度も凄まじく、おそらくこのホテルも俺達が少し暴れた程度では倒壊してしまったりなどしないであろう。
よって気兼ねなく、というほどではないものの、もしババァとの全面的な戦闘になれば、ここでそこそこの力を発揮して戦うことも可能ということ。
もちろんのこと、小馬鹿にしたような作戦だけでババァを嵌め落とし、そのまま死なせつつ悪事の証拠もばら撒かせることが出来ればそれに越したことはない。
だがそれに関してはなかなか難しいことであろうから、地道に追い詰めて、ボロがボロボロと出ることや、その他芋づるの先端にこのババァが、などという展開になるのを期待しておくこととしよう。
で、そうこうしている間にババァは隣の部屋へ、そしてそこを破壊し尽くし、遂に俺達の部屋の前に立つ……かなりイライラしているようだな……
「ムキィィィィィッ! ここはどうだザマス!」
「ぎぇぇぇっ! お……オーバーバー神様……げふっ……」
「……何やってんだこのハゲェェェッ! ハゲェェェッ! ふざけるなザマス! 神の屁の採取とその改良と、大量生産のうえでの散布はどうしたザマスかぁぁぁっ!」
「そもそも……そんなの、私だけでは……無理に……決まって……」
「口答えすんな死ねハゲェェェッ!」
「ギョェェェェッ!」
排気ダクトから逃げている俺達にはハゲとババァの姿が見えておらず、一体その部屋で何が起こっているのかを確認することは出来ない。
だが漏れ聞こえてくる声とその他の音から、ババァがキレてハゲの頭を足蹴にし、吹っ飛んだ首から上がまるで跳弾のように部屋の中を跳ね回ったと、おそらくそんな感じなのであろう。
当然首がブッチして部屋の中を……という程度のことで死ぬようなハゲではなく、瞬間接着剤でそれをくっつけて、ズタボロになっているのであろうボディーもパテで修復すれば元に戻るに違いない。
そうなるとあのババァはもう一度、再生したハゲを良いように使おうとすることであろうから……爆弾でも仕掛けておけば良かったか……
「はぁ~いっ、付いて来ちゃったけどぉ~っ、これからどこへ行くわけぇ~っ?」
「とりあえずこのまま上の階へ行って、そこで仲間達と合流しようと思う、下で何かあったのはわかっているだろうが、残っている全員で様子を見に行くことはないからな俺達勇者パーティーの場合」
「勇者よ、それはなかなか怠慢なことで……まぁ、それで上手くいっているなら良いですが」
「まぁだいたい適当だからな俺達は……っと、ここらしいぞ、『梅の間 勇者パーティー御一行様』って看板が掲げられているからな」
「どうして排気ダクトにまでその看板が必要なのでしょうか……」
「うん、まぁ知らんけど、とにかく入ろうぜ、お~いっ」
「わっ⁉ 不審者が天井裏に侵入していると思ったら、まさか勇者さんだったんですか、お風呂ですよここ」
「だからどうした、おっぱい隠してねぇでちゃんと見せろやこの悪魔め」
「やめて下さいよっ、それで、下の方で何か凄いことが起こっているんじゃないかって、さっき何人かで見に行ったみたいですけど、どうかしたんですか?」
「うむ、あのババァの神が攻めて来やがったんだ、今はまだ地下で暴れているみたいだが、そのうちにここへもやって来るだろうよ……っと、戻って来たのか偵察部隊は……」
排気ダクトから部屋に入る、というか繋がっていたのは俺達が狩りている部屋の風呂で、素っ裸のエリナが今まさに入ろうとしていたところであった。
で、そのエリナと話をしているところに、ドタバタと足音が聞こえて部屋のドアが開いたのがわかる。
足音の主はカレンとリリィと、それからマーサのようだな、足が速い2人とオマケのリリィということだ。
そしてその3人にはもう、俺達がダクトから姿を現し、部屋の中に入っていることぐらい音でわかっていたようで、特に驚かれることもなく『偵察結果』を聞かされることに。
まず、怒り狂ったまま地下から出て来たババァが、ズタボロのままのハゲ天使を引き摺って階段から上へ、途中で遭遇した神界人間のスタッフを威圧しながら向かっているらしいということが伝えられる。
奴が探しているのは当然俺達であって、間違いなくあのハゲは俺達が排気ダクトから逃げて、そして上の自室へ向かったことをババァに言ったはず。
ついでにまだ排気ダクトの中に居るのだが、聖バイター共も俺達に連れ去られているということをババァは知っているに違いないな。
奴等の処理も含めて、諸々の証拠隠滅も兼ね備えた攻撃を、このホテルの客と従業員全体に仕掛けてこないとも限らない状況だ。
そうなると厄介なので、その前に直接対決に持ち込んで、逆にこちらが始末してやることとしようか……
「……ふむ、メンバーは全員揃っているな、じゃあ奴を迎え撃つ、というか打って出ると言う方が正解かな? とにかく正面からぶつかりに行こうぜ」
『うぇ~いっ』
「敵は……あっちの階段から上がっているみたい、どうする? 一番上で登場するか、それともこっちから突撃するかだけど」
「まぁ、そこは上で待っておこうか、ひな壇芸人みたいに並んでな、もちろん女神と仁平を最上段のセンターに据えて、俺は前のセンターに座るから」
いくつかあるホテルの階段のうち、マーサが指摘したババァが上がって来ているというものの、今俺達が居る5階の踊り場へと向かう。
ここは最上階であるため、一応上はあるもののそれは陸屋根になっている屋上であって、きっと布団のシーツなどが干してあるだけの風情なき空間だ。
ならばこの場所で奴を出迎えて……そう思ったところで下にて凄まじい爆発が、ここまで衝撃波が届くようなかたちで発生した。
ババァが何かを爆破したのだ、相当に苛立っていてもはや見境ないのであろうが、それでも呻き声が聞こえてくる辺り、ハゲ天使に関してはまだ引き摺っているままのようである……
「よぉ~し、じゃあ並んで待とうぜ、あと30秒もすればクソババァのお出ましだからよ」
「でも勇者様、顔を合わせた瞬間には何をするの?」
「あ、そうだな……精霊様、何か爆発物とか持っていないか?」
「さっき下の売店で買った異世界の手榴弾ならあるわよ、不思議な薬剤を使って爆発させるやつ、凄く低威力だけど」
「魔導じゃないパイナップルじゃねぇか、ホテルの売店でそんなもん売ってんじゃねぇよ、ちなみにこうやってピンを抜いてだな……まだ投げちゃダメだぞ、まだ持ったままだ、そう、そのまま待って……」
「ムキィィィィッ! 見つけたザマスよこのクソ共がぁぁぁっ!」
「それ投げろっ!」
「あでっ、何をこの……ギョェェェェッ! ザマス!」
「ヒャハッハッハーッ! ざまぁ見やがれってんだこのクソババァがっ、おい、せっかく繋げた荷物の首がまた落ちてんぞっ」
「貴様等ぁぁぁっ! 何をするザマスかぁぁぁっ!」
「何って、攻撃に決まってんじゃん、精霊様、他に何か投げ付けるようなものはないか?」
「そうねぇ……あ、前に買った火炎瓶があったわ、そろそろ消費期限切れになるから使っておかないと」
「よっしゃ、じゃあこれでも喰らえクソババァがっ!」
「ちょっ、ギョェェェェッ! 次から次へと卑劣なマネをしやがってザマス!」
「オーバーバー神よっ卑劣なのはあなただわよんっ! 情報操作したり配下を送り込んだりして神界の管理側を操って、それで悪いことをしていたなんて許せないわよぉ~っ!」
「それに、その犯罪行為について指摘したり、気が付いて調べ始めた神々や天使を陥れ、悉くダメにしてしまうなど言語道断! それと、私の家の合鍵を勝手に作るのはやめなさいっ!」
「あんた達! ホモだらけの仁平と雑魚女神! フンッ、あんたの家なんか狭くてショボくて、天使如きに使わせるにはちょうど良いと思ったのザマス、それにこの神界においてこの私がすることはすべて正義になるザマス、もしそれに逆らうというのなら、貴様のような雑魚女神如きあっという間に犯罪者に仕立て上げることが可能ザマス!」
「本当に卑怯で卑劣でゴミのようなババァだな……まずはその口を塞ぐ必要がありそうだ、行けカレン! マーサ! クソババァの顔面をボッコボコにして、二度と言葉を発することが叶わないようにしてやれっ!」
「わうっ、攻撃開始ですっ!」
「任せなさいっ、こんな変な神様なんてやっつけるんだからっ!」
「このっ、鬱陶しい動物系キャラ共ザマス! じゃあこっちは大ババァ式超音波ザマス! キィィィィィッ!」
「ぎゃんっ!」
「イヤァァァッ!」
「……しまった、余裕の人選ミスだったみたいだ……ミラ、ジェシカ、2人を回収してやってくれ」
本格的に始まる戦闘、それに際してこちらはスピード重視で素早さの高い2人を、速攻でぶつけて緒戦を制するつもりであった。
だがこのババァの甲高い声、それが大ババァ式何とやらという必殺技となって、非常に敏感なカレンとマーサの耳に襲い掛かったのである。
ここはまずミラとジェシカを出しておくべきであったか、これでひっくり返ってしまった2人と、その2人を介抱するために2人、合計4人の戦力を喪失してしまったではないか……
「勇者様、ここは私達が前衛の代わりになって戦いましょう、リリィちゃんも、それから精霊様も前へっ」
「仕方ないわねぇ、ほら行くわよリリィちゃん……何それ? ここで見つけたのかしら?」
「そうです、階段のここの壁に飾ってありました、見て下さいほら、私、人間じゃなくてドラゴンで映るんですよこの鏡!」
「凄いわねぇ、でもつまりこれって……真実を映し出す鏡ってことなのかしら?」
「どうでも良いから早く加勢してくれっ、このババァ、良いモノばっかり喰っているからか知らんがすげぇパワーだぞっ」
「キィィィィィッ! あんたなんかとは格が違うだけザマス! 超音波を喰らって死ぬが良いザマス!」
「げっ、うるせぇな、大丈夫かマリエル……はパンツ食い込み攻撃を喰らってんのか、嬉しそうだなお前ちょっと」
「そ、そんなことはありません、とにかくリリィちゃん、精霊様も早くヘルプをっ」
「待って待って、ちょっと面白いモノ見つけたから、ほらリリィちゃん、その鏡にあのババァ神を映して差し上げるのよっ」
「はいはいっ、こっち見て下さーいっ!」
「ちょっと、何ザマスかその薄汚い鏡……は? ギョェェェェッ! どうしてすっぴんで映り込んでいるザマスかぁぁぁっ!」
「これは真実を映す鏡、つまりあんたのその分厚い化粧の下にある素顔を曝け出す、本当に強力な神界アイテム……だと思うわ知らないけど」
「やめろっ、やめるザマス! そんな無様な顔面を晒して……」
「ちなみにここに何かボタンみたいなのがあります、ポチッと……あ、精霊様、プリントされましたよこの神様の顔画像!」
「あら、コレを大量に印刷して神界中にバラ撒きましょ」
「やっ、やめて欲しいザマスゥゥゥゥッ!」
戦闘が繰り広げられているとあるホテルの階段の踊り場、その壁に掛けられていた装飾品のような鏡を手に取ったリリィであったが、それは本当に凄い神界アイテムであったようだ。
全ての真実を映し出す、もちろんリリィはドラゴンに見えるし、仁平は普通にマッチョのおっさんが映って……コイツは女神ではなかったのであろうか……
とにかく、そんな鏡でババァの神を映してやると、やはりというか何というか、厚さ1㎝を超えるのではないかという次元の厚化粧の下にある、ホンモノのババァの素顔が写し込まれたのだ。
そしてなんとこの鏡、プリント機能付きということではないか……しかもワンタッチで何枚でもプリント可能な豪華仕様、あとなぜか画像は被写体の名前入りである。
そんな強力なアイテムをゲットしたリリィの手によって、瞬く間にババァ神の恥ずかしい画像が量産されて……勝手に窓を開けたルビアのせいで、風に乗って1,000枚程度がどこかへ舞って行ってしまったではないか。
怒りに震えるババァ、その間にもガンガン印刷され、まるで号外でも配られるかのように窓から捌けていくすっぴんババァ画像。
外では既にその一部が地面まで辿り着いているようで、ここからでもかなりの騒ぎが起こっていることがわかる状況。
ババァ神は壁に頭を打ち付け、さらに金切声を上げながらこちらに突進して来て……マリエルの槍に弾かれて、目的としていたのであろう鏡の破壊は成らなかった……
「ムキィィィィッ! 許さないっ! 許さない許さない許さない許さない! ザマス!」
「別にお前に許して貰おうなんて思ってねぇよ誰も、なぁ女神?」
「私に振るのですかそこで……しかしこの鏡を用いれば、これまでこの化粧クリーチャーがやってきたことを、その悪事を全て白日の下に晒すことが出来るのではないかと、私はそう思います」
「どうかしらねぇ~っ、見たところこのアイテム、事象じゃなくて存在に係る真実を映すものみたいよぉ~っ、このままだと『悪事』を映し出すのは無理かもねぇ~っ」
「そうだとしたら……やはり強化するしかありませんね、素材を集めて、そして生贄なども捧げて」
「……やっぱそうなんのかよ、面倒臭せぇなぁマジで」
鏡の効果に不足がある、それがわかった時点でもう誰かがそれを言い出すのであろうと予想していたが、鏡の利用に関して最初に言及し始めた女神がそのままそれを口にした。
強化すると言っても、鏡を如何にしてこれ以上の状態に持って行くのであろうかといったところ。
鏡以外の存在に昇華するというのもかなり無理がありそうだし……まぁ、流れ的にどうにかなりそうでもあるのだが……
「キィィィィィッ! その鏡は私にとってとんでもない脅威ザマス! 絶対に強化させて、真実の鏡の上位形態である『真実のスクリーン』だとか、『VR真実』とかにはさせないザマス!」
「……あるんだやっぱりそういうの、意味わからんけどあるんだ」
「しまったザマス! まさかその程度のことも知らない雑魚とは思わず、余計なことを言ってしまったザマスよっ! ここはひとまず退散するザマス!」
「ご主人様、これって……退散してどうにかなることなんですかねここで?」
「そうじゃねぇと思うんだがな、まぁ、消えてくれたことには変わりないから良しとしようぜ」
ボロッボロになったハゲの天使は放置して、窓から飛び出して逃げて行ったババァの神……奴を追い詰める作戦は、これからこの鏡を使って本格化していくことであろう……




