1131 向かうまでもなく
「ちょっと勇者よっ、誰なのですかあの知らないハゲはっ? 今確かに私のスウィートホームから……出て来ましたよねっ?」
「いや俺に聞かれても知らねぇよ、間違って入ったとかじゃないだろうけどな、とにかく行ってみようぜ」
「もう引っ越すことさえも考えなくてはなりませんねこれでは……っと、やっぱりあの連中と接触するようです」
女神の家、その空間に繋がる扉から出現したのは知らないハゲのおっさん、どうやら天使のようだが、あんなのをこの女神が雇い入れているなどということは考えられないし、当の女神もその存在を知らないらしい。
ということはつまり、あのハゲのおっさん天使は勝手に女神の自宅に侵入し、そこで何かをしていたということになるのだが、どう考えてもまともなことをしていたはずがないのである。
そしてさらに、そのハゲが接触したのは俺達が追っていた聖バイターの連中であって、これは『おそらく接触するであろう』と考えていた敵の上位者が、女神の自宅に侵入した犯人と同一であったということを意味するものだ。
何がどう繋がってそうなったのかはまるでわからないのだが、とにかく今は声を掛けたり、いきなり殺してしまったりすることなく、様子を見るところから始めなくてはならないであろう。
聖バイターの連中とハゲ天使は路上で、特に人目を憚ることなく何か話し始めたらしいから、その内容を盗み聞きするのがまずやるべきことか……
『それで、やっぱりいきなりガスが消えてしまったと……困ったことだ、どうしたら良いのか』
『ヤバいっす……マジでヤバいっす……それとは別にもうヤバいっすよこれ……』
『それとは別にヤバい? まぁ、君達はもう殺されるだろうね、元々そのつもりで、使い終わったら切るつもりで集めたんだろうし、残念だけど諦めてくれ、私には何とも出来ないんだよハゲだから』
『いやもうそれどころじゃないっす、ヤバいっすマジで』
『処刑されるのが恐いのはわかるが、そこまで何かアレな感じになってもね……しかしどうしようか、このままでは私も殺されてしまいかねないな、クソッ、そもそもどうして神の悪事に加担などしなくてはならないのだっ』
『ヤバいっす、マジでヤバいっす……』
聖バイターの連中とハゲとの話はまるで噛み合っていないのであるが、とにかくあのハゲも上役に無理矢理動員され、犯罪の片棒を担がされているということが良くわかる会話内容であった。
まぁ、聖バイター連中はここでもう用済みとして、その辺に居るのであろうまともな仕事をしているまともな天使にでも引き渡して、神界人間の中で残虐処刑させるのが手っ取り早い処理方法か。
あとはこのハゲ天使の方なのだが……このまま泳がせて上位者、おそらくはあのババァの神と接触するのを待ち、決定的な証拠を押さえるか、それともこの場で『お声掛け』をするかなのだが……
「どうしようか、おい女神、今のところ奴の犯罪行為の具体的な被害に遭っているのはお前だけだからな、この場で奴をどうするのかに関して決めさせてやるから深く感謝しろ」
「もちろんすぐに捕らえますっ、このまま泳がせるなどもう不安すぎて、というか私の自宅に何をされているのかが気掛かりで」
「そうよね、もしかしたら覗き系の魔道アイテムとか仕掛けられているかもだし、このまま置いておくのはさすがに女神様かわいそうよ」
「わかった、じゃあそういうことでだ……おいそこのハゲ、お前だよお前、ハゲ天使のお前、ちょっとお話良いですか~っ?」
「何だね君は? 見たところ神界人間……どころの騒ぎではない下等生物ではないか、私はね、ハゲだけど天使なの、身分とか他界の君より、わかる?」
「うっせぇハゲ、ところでお前、そこが誰の家だかわかってんのか?」
「失礼なサルだね君はっ、あ、この家は誰の家なのか知らないね、オーバーバー神様から鍵を預かって、事務所として使うようにとのお達しがあった場所だ……何だか生活感が凄かったけどね、まぁ、女物らしい使用済み歯ブラシもあったからペロペロしておいたよ、実に美味であった」
「……だってよ、おい……立ったまま気絶してんのかこの女神は……ちょっと、女神を支えておくから代わりに誰かコイツひっ捕らえてくれ」
「はっ? 女神様がどうしてこのような場所に……えっ?」
「だから、ここコイツの家なの、お前がペロペロしてた歯ブラシ、この女神の持ち物なの、わかった?」
「そんなはずはっ……ないとは言えないが、あのオーバーバー神様のことだし、何をさせたのか……いやはや、歯ブラシの件は忘れてくれ、そしたら君、来世はもうちょっと高等な生物に生まれ変わらせてあげるから」
「もう遅いわよこのタコ、ブチ殺してあげるけど、その前にあの不快極まりない神の情報を洗いざらい吐きなさいっ」
「こっ、これはどこかの下界の精霊……あげっぽっ……」
騒がれて注目を集めてしまうと厄介であるため、ひとまず精霊様の一撃で気絶させておく。
もちろん汚いおっさんであるため手を触れず、清潔が保たれる方法での一撃だ。
で、同じく汚いという理由で触るようなことはせず、どうして良いのかわからないといった顔で、当然のことながらもう生きることは諦めた表情でボーっとしていた聖バイター共に、このハゲを運べと命令を出す。
このまま用済みとして処理してしまうつもりであったところ、もう少しの間だけ有用な何かとして使って貰えることに感謝して欲しい。
ハゲはズタ袋に放り込んでそれが天使であるとはわからない状態にしてから、荷物として運ばせる予定なのだが……一体どこでコイツを処理するべきだというのか。
まず、女神はまだ気絶したままであるから意見を聞くことが出来ない、そして女神の自宅は目の前の扉から入った先の空間なのだが、そこへもう一度コレを運び込むのも少しかわいそうである。
というかむしろ、こんなハゲが勝手に上がりこんで使用していた部屋など、もはや業者を呼んで徹底的に除菌消毒等しなければ使えたものではない。
間違いなくこのハゲが吐き出した雑菌塗れの空気がそこに篭っているわけであるから、それこそガスマスクの高級なものを幾重にも装備してでない限り、中へ入ることにさえ危険が伴ってしまうであろう……
「う~ん、どこか部屋でも借りるか? 外でコイツを拷問するのはさすがにアレだし、かといって適当な場所は他にないからな」
「そうねぇ……あっ、この聖バイターの中から一番近くに家を持っている人を……全員住所不定なのね……」
「ご主人様、向こうに朝食バイキング付きのホテルがありますよ、ちょうど良いのでそこへ泊まりつつ、みたいな感じで良いんじゃないでしょうか?」
「まぁ、じゃあそうするか……」
ルビアの案はみなから受け入れられ、そして気絶している女神に代わってステルスモードの仁平が、そのホテルにタダで入れるように交渉してくれるのだという。
すぐに移動して、その間には女神も若干意識を取り戻し始めて……だがハゲの話を耳にした瞬間にまた倒れてしまった。
相当にショックを受けているらしいので、しばらくはそっとしておいてやらないととも思うのだが、一応、気を確かに持って貰って、ハゲの拷問に参加して欲しいところだ。
で、ルビアが見つけたホテルのフロントにて、俺達が12人にエリナを加えた13人であって、さらに女神と仁平というダブル神を擁しているということを説明し、無事無料で宿泊することに成功した。
俺達の部屋は最高級のスウィートルーム……を仁平に取られてしまったため、次点の……は女神に使わせるらしい、結局たいしたことのない、ただただ広いだけの部屋が割り当てられてしまったではないか。
とはいえ、宿泊するのが本来の目的ではなく、ホテルの地下倉庫辺りを借りてハゲを締め上げるというミッションのため、それの許可を取って実行するところまでがやるべきことだ。
部屋で荷物を置くとすぐにフロントへ行き、預かって貰っていた『何やら動く荷物』の中身がハゲ天使であって、神の名の下に断罪すべき存在であるということを告げ、フロント係にドン引きされる。
その勢いでゴリ押しして、地下倉庫の空いている部屋をひとつゲットするとともに、そこで天使の1匹程度は死亡しても構わないという言葉も出させた……
「よっしゃ、これで気兼ねなくこのクズを痛め付けることが出来るぜ、おいハゲ、動いているってことはもう気が付いているんだろう? これからボコボコにしてやるからよ、楽しみに待っておけよなっ」
『こっ、このようなことをしてどうするつもりだね君はっ? こんなことをしていて報告等の業務に遅れが出たら、それこそオーバーバー神様の怒りを買ってしまうのだよ、わかっているのかあの神の恐さが? ハゲには厳しいんだよハゲにはっ!』
「ババァ神が恐いのはわかるけどよ、その前にさ、もう俺達に殺されるんだから心配しなくて良くないかお前?」
『やめてくれぇぇぇっ、頼むから殺すのだけはやめてくれぇぇぇっ! 私はただ神の命に従って動いていただけでっ、自らの意思であのようなことをしていたわけではないのだっ』
「お黙りなさいっ! 私の部屋に侵入して、そして歯ブラシをペロペロしていたなどっ! 言語道断の行いですっ、万死に値するので死ねやこのハゲェェェッ!」
『ぐぇぇぇっ!』
「女神、お前気を取り直して……どころかいつになくキレッキレだな……」
「勇者よ、早くこのゴミを痛め付けましょう、これまでにも世界の管理においてこのような悪事は何件も確認してきました、ですが……ですが自分が被害者となって初めてその恐ろしさと不快さを知りました、このハゲェェェッ!」
『ぐぇぇぇっ!』
「……まぁ良いや、じゃあ拷問に参加する他の仲間達と、それから仁平にも声を掛けてきてくれよ、地下の空き倉庫で準備しているからよ……っと、おい聖バイター共、また『最後の仕事』が増えたぞ、このハゲの拷問を手伝え、そんな所でボーっと処刑のときが来るのを待っているぐらいならな」
『・・・・・・・・・・』
「聞いてんのかこのカス共がっ、とっとと来やがれさもねぇとこの場で焼き殺すぞオラッ」
それだけはやめてくれと、そんな感じの顔でこちらを見ているホテルのフロント係に、文句を言うようであればお前も殺すしホテルも全焼させるという意思をもった視線を送り返しておく。
ビビッたフロント係りはションベンを漏らし、そのままカウンターの奥に逃げ去ろうとしたのであるが、その前に俺達が使う場所の鍵を渡せというと、失礼にも投げ渡して逃げて行った。
で、聖バイター共にハゲ入りのズタ袋を運ばせて地下室へ、指定された部屋の隣がワイン倉庫になっているようなので、そちらは鍵を破壊して侵入、適当に高そうな1本を手に貸し与えられた部屋へと向かう。
その部屋にて床に転がした袋からハゲの天使を取り出す作業を、もちろん聖バイター共にやらせてワインを飲みながら待っていると、女神に引き連れられた拷問参加部隊が登場する。
興味本位でやって来たセラとミラと、それからユリナに精霊様なのだが……それよりも何よりも、ステルスモードでなくなった仁平の存在感が強い。
その姿を見てハゲの天使は先程のフロント係と同程度にビビリ……ションベンは漏らさなかったのであるが、とにかくもう抵抗する気力など残されていないような感じだ……
「そんで、まず女神の部屋に侵入した理由はわかってんだが、その合鍵とやらはどうした?」
「こっ、ここにある、ここにあるぞそれはっ、返すから助けてくれっ!」
「返すのは当然です、そして返したからといって助けて貰えるなどとは思わないことですねこの犯罪者がっ」
「まぁまぁ、ちょっと落ち着けって……どうだユリナ?」
「う~ん、不正に作られた合鍵のようですわね、安っぽい、すぐに溶けるような金属で……あなた、受け取ったとき本当にコレがまともな鍵だと思いましたの?」
「……いや、何かちょっとバリとか凄いし、たぶんヤバいモノなんだろうなと……しかしそのようなことを悪魔如きに言われたくはないぞっ! 神界から出て行けこの不浄なる者がっ!」
「調子乗ってんじゃねぇよオラァァァッ! ユリナに謝れボケ!」
「ぐふっ……だ、誰が悪魔如きに……」
「……ひとまず指の爪を1枚ずつ剥がしていきますの」
「ひぃぃぃっ! やめてくれっ、ホントすみませんっしたマジで! だからやめるのだっ、ギョェェェッ!」
「情けないハゲですわね……」
明らかに不正に作られた鍵を受け取って、明らかに誰かが住んでいる部屋に侵入したハゲの天使。
たとえそれが神の命でも、そこまでいっていれば拒否する権利ぐらいはあったはずである。
だがそれをしなかったのはこのハゲが馬鹿であると同時に、恐ろしいババァによって酷い目に遭わされることを恐れたためだ。
爪を剥がされながら、その痛みに絶叫しながらも、ハゲがこんな鍵で部屋に侵入したことの言い訳として口にしているのはやはりそのこと。
あのババァの怒りをほんの少しでも買うと、神界人間であれば『堕ちた』状態にされるし、天使であればあることないこと、全てでっち上げの犯罪行為や、その他卑劣な行為をしていたものとして広められ、証拠もないのにそれが真実であるかのような印象操作がされて……もうそうなってしまえば死ぬ以外に批難を免れる道はない……
「あぎゃぁぁぁっ! だっ、だから仕方なかったんだっ! 私の同期の天使でも、あのオーバーバー神様の明らかに違法な命令に難色を示して、次の日にはもう痴漢で覗き魔で露出狂のロリコンであるとの話が回っていて……」
「だからといって私の部屋に入ったことは許されません、あと歯ブラシをペロペロして使えない状態にしたことは、その恐怖による支配とは関係のないことでしょう、よって死になさいこのハゲェェェッ!」
「ギョェェェッ! だ、だって生きていても良いことなんて……なかったし……」
「そんなもんは理由にはならんな、で、このままだとこの女神がお前を殺してしまうだろうから、その前にひとつ肝心なことを聞いておく……あのババァ今どこで何してんだ?」
「し、知らない、知らない……」
「ウソですねこれは、目が魚になって泳いでどこかに行きましたよ、知っているのなら答えなさい、さもないと……」
「ひぎぃぃぃっ! やめてくれっ、腹を割いて中身を取り出すとかそういう拷問は……でも言ってしまうと……」
どうやらコイツはあのババァの居場所を知っているらしい、というかこの後報告に行くつもりであったのだから当然のことか。
あの仁平の城から見えた拠点に居るのか、それとも別の場所で待機しているのか、後者であればコンタクトを取る、というか突撃するのは楽勝だな、その前に犯罪の証拠として突きつけるものをもう少し用意しなくてはならないが。
で、そういうことであったとしても、このハゲはどうやらそのババァの居場所を口に出来ない、何らかの理由を抱えているようだ。
どうせ言ってしまうとコイツ自身に掛けられた呪いの類が発動して、精霊様が聖バイター共にやっている『賃粉切りの呪い』のような感じになるだけだと思うのだが……まぁ、それを上回る恐怖を与えれば良いだけであろう。
というかもうミラの脅しによって、このまま黙っている方がろくな目に遭わないのではないかというのを感じ取っているようだし、あと一押しということだなこれは……
「おいハゲ、何か理由があるのかわからんがな、早めに白状しておいた方が無難だぞ」
「どっ……どういう意味だね?」
「あぁ、そろそろこのホテルも夕食の準備を始める時間だろうからな、お前、食材と一緒にちょっとフランベして貰うことにするよ、ギリギリ、いや最終的には死ぬが、苦しむ時間が相当長くなるようにう悪調整してな」
「シェフの腕の見せ所ね、まぁ、シェフって言っても実際にやるのはそこの聖バイターの人達だけど」
「そそそそっ、そんなっ! 神界人間のような下等生物にそのようなことをされるなど、ハゲとはいえ天使であるこの私どれだけの屈辱かっ!」
「じゃあ、とっとと吐けよオラッ、これで何も言わないならアレだぞ、オプションサービスとしてホモだらけの仁平のアツいキッスも付けんぞ」
「うっふぅ~んっ、こんな臭っさそうなオヤジはイヤだけどっ、まぁそういうことならしょうがないわねぇ~ん」
「ひぃぃぃぃっ! 言うっ、言うからそれだけはナシにしてくれっ、そんなことされたらもう来世もその次もやって来なくなるっ!」
「そうかそうか、で、どこに居るんだあのクソババァは?」
「それは……それはこの町の外れのあり得ないぐらいに高級な邸宅をアジトに……ぐっはぁぁぁっ!」
「わわわっ、何か爆発したわね……珍が……」
「なるほど、そこまで強力な呪いが掛けられていたのかコイツには……いや、このクラスだと今の呪いの発動で俺達がコイツを拷問していることがバレて……」
「その可能性は極めて高いわね、まさか『爆珍の呪い』なんて大掛かりなものを、こんなハゲの雑魚に浸かっているなんて思いもしなかったわ」
敵のババァの居場所を喋ったと同時に珍が大膨張して破裂し、とんでもない姿になってしまったハゲの天使であった。
そしてこの状況になってしまうことはハゲ天使自身も予想していたらしく、どうにか耐えて意識を保って……どうしてそのようなことが可能なのかはわからないが。
で、こうなってしまった以上はもう、待っていればそのうちにストーリーが進む展開となるのであろうが……ここで早くも地上、おそらくはホテルの入口付近で爆発音がしたではないか。
同時に聞こえる悲鳴と、それから襲撃者側なのであろう者の特徴的な金切り声……まぁ、まず間違いなくあのババァが、オーバーバー神が乗り込んで来て、ハゲを痛め付けて情報をゲットした俺達を探しているのだ……




