1130 聖バイト
「……じゃあ何よ、そのマッチョのバケモノは神界の神で、その中でもかなり強力な力を持つ者だっていうのね?」
「あらやだわこの子、神じゃなくて女神と、そう言いなさいってばもぉ~っ、捻り潰されたいのかしらぁ~っ?」
「ひぃぃぃっ! なんと恐ろしいっ、ホントにコレ神……女神なのっ? 魔界でもかなり上位に位置するキャラなんだけどこの強さと気持ち悪さならっ!」
「まぁ、間違いなく神界のアレだし、ちなみにこっちのはほら、俺達の世界を管轄している神界のアレだ、女神だ」
「そんなものまで連れてっ……しかし一体どうやって入って来たって言うのよこの魔界に? 神界の存在なんか……そういえばこの間来ていたかしら? 交渉がどうのこうのって、変なババァだったわよ」
「おっと、良いことを聞いたぜ、そのババァが俺達の次の殺すべきターゲットなんだよ、で、何の話をして行ったんだ?」
「知らないわよ、私ホネスケルトン派閥じゃないもんっ」
「使えねぇ奴だなお前もホントに……と、まぁ良いや、これでここでの用も済んだことだし、神界へ戻って殺るべきことを殺ろうぜ」
バッタリと遭遇した死神、というかここまで派手な動きをしていれば当然見に来るものなのだが、とにかくコイツが来たということは、この場所が死神エリアなのであろうということが言える。
まぁ、超越した神の屁自体が発生したのもこのエリアだし、おそらくあの茶色の雲が、神の屁の本体が浮かんでいた場所が、例のエリア境界沿いの町なのであろうと、そう予想だけしておく。
だが今この時点であまり魔界に用があるわけではないのだ、俺達は神界で、ホモだらけの仁平を地獄に堕とした悪辣なババァと、そしてそのババァが進めている魔界との協力計画の息の根を止めなくてはならない。
死神には申し訳ないが、何が起こってこの場所がこんな状態になってしまったのかなど、諸々の説明は後回しにさせて貰うこととしよう。
それに、出来ることであればこの仁平と、同じく神界の存在であり、俺達の世界にのみくっついている魔界からしてみれば宿敵である俺達の世界の女神には、早々にお引き取り願いたいところであろうから……
「じゃ、そういうことで俺達は帰るから、そっちでも情報を集めておいてくれよ、この件に関してのな」
「この件に関してって何よ? どうして神界なんかに協力しなくちゃならないの? そんなことしたら真神界幇助罪で1週間の奉仕活動が科されるの、ヤバいでしょ?」
「ヤバいようには思えないんだがそれ……まぁ、とにかく今回のこれはアレだからな、神界だけじゃなくて魔界も巻き込んでアレだからな、アレする前に魔界でもアレしておいた方が良いぞってことで」
「アレアレって、そんなオレオレ詐欺みたいなこと言っていても何だかわからないっての、でもホネスケルトン派閥が神界の悪い神とつるんで何か企んでいるということだけは理解してあげたんだから、感謝しなさいよね……ひぃっ、何でもありませんっ! お願い早く帰ってーっ!」
仁平の動きにはかなり注意を払っている様子であった死神は、失礼なことや調子に乗ったことを言う度に、怒って罰を与えてくるのではないかと警戒していたらしい。
そして遂に仁平が僅かばかり、ピクッと動いて死神を睨んだところで、そのビビッている状態を曝け出して俺達に帰るよう言ってきた。
まぁ、本当に情報収集もこのぐらいで、あとは魔界の方で何か動きがあったら教えてくれということで、ここは一旦神界へ戻って……と、何か違和感があるな。
先程まで淀みに淀んでいた魔界の荒野、屁のガスが晴れた今は美しく、寒いながらも太陽が降り注ぐ明るい世界になっている。
そしてその明るい場所で、俺の影だけが他の仲間達と違う……というかふたつあるではないか。
俺が動くと影も動くし、フェイントを掛けると付いて来られず、焦って後追いをする始末。
この影は間違いなくアレ、というかあの存在なのであろう、どうせ神界に戻る俺達を追跡させて、そちら側で何が起こっているのかを探ろうとして、最初の段階で死神が放っていたのであろう……
「おい死神、お前さ、守護堕天使を神界なんかに放ってしまって良いのか? 向こうで捕まるとか思わないのか? 普通にバレんぞこれじゃ……なぁモブB美さん?」
『……どうして……あっ、影の向きが違いましたっ』
「何やってんのよもう、せっかく神界の偵察をするチャンスだったのに、で、あわよくばそのまま神界の神の1匹や2匹殺して……あっ、ウソウソ、ウッソで~っす……ダメなの?」
「ダメに決まっているじゃなぁ~い、そんな発言をするような悪の神には……神罰! あなた、これから1ヶ月間だけかなり酷い金属アレルギーになったから、気を付けることねぇ~っ」
「ひぃぃぃっ! トレードマークの鎌を持っているだけで手がかぶれて……イヤァァァッ!」
「地味にイヤな神罰を科しますねホモだらけの仁平神は、私も見習わなくてはなりません」
「こうやってわけのわからん神罰だらけになっていくってんだな……ということでだ、おい金属アレルギーの死神さん、マジでちゃんと色々調べておけよ、重大事件どころの騒ぎじゃないし、最悪神界と魔界の全面戦争だかんな」
「わかったわよっ、やれば良いんでしょやれば、ほら、もう行くわよ、ちょっと私の鎌持って」
「あ、待って下さいよ死神様~」
呑気に帰って行った死神とモブB美さんであったが、本当にこの事件がどの程度ヤバいものだとか、ホネスケルトンとか言う奴の野望がどれほどのものなのかを理解しているのであろうか。
どうもサッサと神界勢から離れたいという意思と、頭を悩ませていた超越神の屁がどうにかなったことで、他のことを考えるつもりなどもうなかったように思えてしまう。
まぁ、全ての神の屁が一瞬で消滅したことで、こちらの動きに気付いたホネスケルトンや神界のババァなど、色々な連中が本格的に動き出したところで、死神もそれに巻き込まれるかたちで動かざるを得ないであろうが。
そして気になっていたホネスケルトンの強さも、現時点でのこの仁平のあり得ない強さ、それの100倍程度であるということがわかった以上、俺達の力だけでどうこう出来てしまうことはまずない。
少なくとも最終形態に変異したこの仁平と、その他諸々の協力者達と、それから本当にどこかに封印されているのであろう伝説の武器防具などもゲットしないと太刀打ち出来ないはずだ……
「たぁ~てとっ、私達も帰るわよぉ~っ、また井戸に潜るから、今度はわちゃわちゃしないように気を付けなさいよねぇ~っ」
「そうよ勇者様、ちゃんとしなさいちゃんと」
「おいセラ、お前が最初に乗っかってきたのがわちゃわちゃしてしまった元凶だろっ、この尻! この尻だっ! お仕置き! お仕置き!」
「ひぃぃぃぃっ! そんなに叩かれたらもう座れなくなっちゃうっ!」
「大丈夫だ、この尻は硬すぎるから誰かと替えようと思っていたところだからな、えっと、俺の真上はジェシカにしよう、パンツは見えないが柔らかさは最高だからな」
「うむ、ではそこに座らせて貰おう、セラ殿は……」
「なぁに、軽いから俺が背負って行けば良いのさ、ほら、もう仁平が行こうとしてんぞ、今度は腕があるからさらに速いだろうな進むのが……」
井戸に入り、ジェシカの重さから続いて13人、もちろんエリナと女神を含めた数字だが、その重さがズシッと頭の上にきたのを確認して出発する。
やはりズイズイと進んで行ってしまう仁平を必死で追いながら、上がバランスを崩さないよう気を付けながら、俺は井戸の中を下へ下へと移動していく。
というかこの井戸、どういう原理で神界へ通じているのであろうか、途中で上下が逆になって上り始めるというのはわかっているのだが、それでもその瞬間に何かないものなのかと、そう疑問に思ってしまう。
もっとも、先行している仁平が何かしているのであろうことだけは確実であって、俺達であれば苦戦するような結界も、この強大な力を持つ神の前ではゴミ同然、食品に掛かったラップにでも穴を空けるようなものだというのか……
「……ふむ……あっ、ここからは登りになるわよぉ~っ、でもちょっとね、何なのかしら……井戸の周りに誰か……あら、単なる神界人間だったわぁ~っ、キンチョーして損しちゃったかもっ」
「神界人間が井戸の周りに? 神の屁でダメになった村の連中が戻って来たのかな? にしちゃ早すぎるような気がしなくもないが」
「勇者様さすがにガスが晴れてすぐに戻って来るような方は居られないと思いますよ、普通は少し警戒して時間を空けるものです、王都民ならきっとそうします」
「いやマリエル、奴等もたいがいだからどうだかわからんぞ、しかしその言っていることは間違いないよな、やっぱ村人が戻るには早すぎる」
「まっ、行けばわかるんだし、どうせ神界人間なんて雑魚じゃない、害がなければ放っておくし、襲ってきそうであればやっつけるし、それでいきましょ」
「だな、気にしすぎてもしょうがないことだ、ということでそのまま押し上げてくれ、一番上の精霊様が対応するから」
「わかったわよぉ~っ、あそれそれっ、それそれそれそれっ!」
野太い声で掛け声しつつ、仁平は俺達をまっすぐに押し上げて井戸の中を上昇していく。
明かりが見え始め、次第にそれが大きく、近くなっていくと……確かにそれらしき集団の気配が感じられるようになった……
※※※
「よいしょっと、はい到着……って結構な数が居るわね、何してんのかしら?」
『おいっ、井戸から人が出て来たぞっ』
『しかも1人や2人じゃねぇっ、上に報告した方が良くねぇか?』
『てかあれ女神様じゃね? あ、最後に出て来たマッチョも神様だ』
『なぁ、やべぇんじゃねぇか俺達?』
「あなた達、こんな場所で何をしているというのですか一体?」
『えっと、その……やべっしょこれ、女神様ちょっとキレ気味じゃん』
「早く答えなさい、それとも答えられないようなことをしていたのですか?」
「死体から金品を抜いたような跡がありますね、それから……そんなガスマスク、どこで手に入れたんですか?」
『・・・・・・・・・・』
怪しい神界人間の集団、俺達はもう外してしまったのであるが、この連中はまだガスマスクをして活動している。
しかし、そのような装備など通常は神界人間如きに用意出来るものではないらしく、つまりもっと上位の者が、何らかの目的でこの連中を派遣したということだ。
何をしていたのかという女神の問に答えることが出来ないというのも怪しさ満点だし、ひとまず逃がさないように周囲を囲って……いや、それに関してはもう十分であろうな。
というか、女神からは逃げられないということぐらいこの馬鹿そうな神界人間共でもわかっているはずだし、ここで逃げるようならそれはもう、犯罪行為をしていたということが確定してしまうのだ。
もっとも、この状況で『何も悪いことはしていない』というのにもかなり無理があるという感じ。
神の屁を吸って死んだ村人の死体から、あまりにも汚いということでミラでさえ諦めた財布を奪っているのだから……
「……さてと、おい女神、こいつ等にはもう何を聞いても無駄だ、知っていることを吐かせるためには有形力を行使していくしかない」
「そうですね、では捕らえて拷問をして、それからここの村の神界人間が戻った際に、この者共をリンチ処刑する権利でも与えることとしましょう、それで良いですねあなた方も?」
『ひっ、ひぃぃぃっ! 待ってくれ、じゃなかったお待ち下さい女神様! 我々は本当にただ命令されてここに来ているだけなんですっ!』
『そうなんですよっ、ちょっと村の井戸から出ているガスを取ってきてくれって言われて、ついでに村で略奪もしろって、でも来たらいきなりガスが吸い込まれていって』
『どうしようか迷っているところに女神様方がおいでになって、それだけなんですマジでっ』
「そうでしたか、それで、あなた方の雇い主は誰なのですか? あの危険で薄汚いアレを利用したり、無人になった村での略奪を命じるなど言語道断です」
『しっ、知らないんすよ俺等、誰に雇われたとか、もっと言えばこうやって一緒に居るお互いの素性も知らないんす』
『そうなのです女神様、我々はちょっとお金欲しくて聖バイトに応募しただけの単なるクズでして』
「聖バイトなど、そんなものに手を付けていたというのですかっ?」
『ひっ、ひぃぃぃっ! すみませんでしたぁぁぁっ!』
「ねぇご主人様、聖バイトって何ですか?」
「たぶん闇バイトの神界バージョンだ、気軽に応募してとんでもないことさせられて、真っ先に捕まるという馬鹿御用達のバイトな」
「へぇ~っ、うっかり引っ掛からないように気を付けます」
「たぶんカレンは大丈夫だと思うぞ、どうも働ける年齢には見えんからな」
「・・・・・・・・・・」
聖バイトに応募し、誰からの指示なのかもわからないままに神の屁を採取しようとしていた馬鹿神界人間共。
当然ガスマスクを誰かから受け取ったのであるが、その渡してきた者は天使であったと、それぞれが一斉に口にしたのでそれは確かなのであろう。
その天使も何者かに使われてガスマスクの配布をさせられていたと考えて……そうなると元締めは間違いなく神だな。
そして神であってこの近辺で悪事を働いている者となると、もうあのババァ、オーバーバー神以外に該当する者がないではないか。
良からぬ企みをしている中で、さらにまだ何かやろうとしていたに違いないのだが、早く奴を止めなくてはならない、そうしないとトラブルのタネがどんどん数を増やして、それが一斉に発芽するときがきてしまう……
「で、結局こいつ等はどうするわけ? まさか帰って良いよなんてことにはならないと思うんだけど」
「あぁ、さすがに生かしちゃおけねぇよな、聖バイトだか何だか知らんが、ひとまず掴んだ芋づるの先端として使って、使用後は処分してしまうこととしよう、もちろん神界人間に殺らせる方式でな」
『ひっ、ひぃぃぃっ! お助けぇぇぇっ!』
「誰が助けるかお前等なんぞ、で、神の屁集めに失敗したことを上に報告しに行くんだな、もちろん平静を装ってだ」
「そこに現れるのはその天使でしょうけどね、あ、ちなみにあんた達、逃げ出したらその瞬間『賃粉切り』になる呪いを掛けておいたから、気を付けなさいよ」
『そんなぁ~っ!』
とんでもない呪いを掛けられたうえに、もうこのミッションが終了したら処分されることが確定してしまっている残念な神界人間共。
怪しいバイトになど手を出すからそのようなことになるのだと、そう言い聞かせるにはもう遅すぎたらしいな。
で、そのままその集団を『失敗報告』に行かせ、俺達は付かず離れず、良い感じのポジションでそれを追跡することに……したのであったが、困ったことになった。
明らかにホモだらけの仁平が目立ちすぎるのだ、どこに居ても存在感を放ってしまう、そして隠そうにも隠し切れないその強大な力。
おそらく世界の反対側に居たとしても、感じ取れる奴には感じ取れてしまうであろうその力が邪魔して、隠密行動には向かないようなきがするのだが……当の仁平はやる気満々だから困る。
無下に扱うわけにも行かないし、このままだと聖バイター追跡作戦は余裕の失敗で幕を閉じてしまうことになるな……
「……あの仁平神よ、その力、もう少し絞ることが出来ませんか? そのままだとその……弱い分際で感覚が鋭い神界人間などが居た際に困りますよ」
「あらぁ~っ、そう言われて見れば確かにそうねぇ……じゃあステルスモード!」
「げぇぇぇっ! 色が変化して、カメレオンじゃねぇんだよ気持ち悪りぃなっ!」
「ノンノンノンノン、色だけじゃなくて力も変化している、というか変化しているように見えているのよんっ、試しに調べてみたらどうかしら?」
「……ホントだ、『神LV999』ぐらいから『変質者LV1』ぐらいまで落ちてんぞ、すげぇ偽装だなおい」
「そして、別に弱くなっているわけじゃないってのがミソなのよぉ~っ、あっ、ほら早くしないとあの犯罪者達行っちゃうわよ、まってぇ~っ」
「こんなのに追いかけられていると思うと早く死にたくなるだろうなあいつ等も……」
「処刑の前に死んだりしたらつまらないわね、死のうとしたらまた何かとんでもないことになる呪いを追加しなくちゃ」
もう何となく哀れに感じ、マジで早めに処分してやった方が当人達のためだとも思えるようになってきた聖バイター共。
それが村を出て、停まっていた馬車に乗り込んでどこかへ行くのに合わせて、俺達も自前の馬車に乗り込んで……結局御者が居ないままではないか。
ひとまず仁平がどうにかするらしいが、チコン野朗が使えない分どこかで補充しておかないと……まぁ、それもどこかの町で、おそらくこの連中が今から向かうのであろう場所で調達すれば良い。
今はとにかく追跡を続けて、芋づるの次に地中から姿を現す何かを、間違いなくババァに使われている天使を捕獲するなどして、捜査を前に進めることとしよう……
「この方角だと……私の家がある町へ向かいますね、ここを曲がったということは間違いありません」
「むしろお前ん家敵のアジトに使われてんじゃね?」
「だとしたら最悪ですが……まぁ、損害賠償を請求して少しリッチにでもなることにしましょう」
などと適当な話をしている間にも馬車は進み続け、やはり連中は女神が拠点としている町へと入って行った。
そこで誰かとコンタクトを取るはずなのだが、馬車を降りたようなので俺達も同じようにして追跡を続ける。
そして連中が歩いて行った先では……本当に女神の家がある場所のすぐ傍まで来てしまったではないか、というか女神の家のドアが勝手に開いて……中から知らないおっさんが出て来た……




