1129 変換
「ちょっと、とりあえず勇者様が最初に行ってよね、何があるのかさえわからないんだからっ」
「へいへい、だいたいこういう役回りは俺なんだよな、いつも一番乗りを是としているリリィは……そうか、臭そうだからイヤか、ですよね~っ」
『ほらぁ~っ、文句言ってないで早く来てよねぇ~っ、私達は臨時とはいえパーティーメンバーなんだからぁ~っ、ねぇってばぁ~っ』
「……何か言ってるけどさ、キモすぎるんだよなさすがにアレは……まぁ仕方ない、俺が最初に続いてやるが、逃げんじゃねぇぞ特にルビア!」
「あ、は~い、なるべく逃げないようにしますね、なるべく……保証はしませんけど」
「おい、ダンジョン脱出用のアイテムを握り締めて何言ってんだ、精霊様、ちょっとルビアの荷物を没収しておけ……ということで俺はもう行くぞ……」
先に行っているホモだらけの仁平に急かされ、俺も水汲み用のロープを伝って井戸の中へ、その茶色く濃厚なガスが噴出しているヤバそうな竪穴へと潜り始めた。
ガスのせいで下の様子は全く見えないのだが、辛うじてすぐ下で待っていてくれた、派手な衣装を身にまとっている仁平の姿が見える。
腕がなくてどうやってロープを使い、当たり前のように降りているのかは気になるのだが、ひとまず見失わないように進むこととしよう。
慎重にかつそれでいて可能な限り早くロープを辿り、下を目指していると……頭にドンッという衝撃が走ったではないか。
何事かと上を向こうにも、そのぶつかった比較的硬い何かが頭の上に乗っていて邪魔で仕方がない。
これは一体何なのだと……いや、この感覚はアレだ、落ちて来たのはセラのケツであることが判明した……
「おいセラ、もうちょっとゆっくり降りろよ、てかそのまま乗って楽をしようとするなっ、俺の頭は椅子じゃねぇっ」
「だって勇者様、このロープ、あの仁平って神様が足で掴んでズルズル降りて行ったものなのよ、なるべく触らないように魔法で摩擦を出して降りないと……どうして勇者様はそれを素手で掴んでいるのかしら?」
「……げぇぇぇっ! そういえばそうじゃねぇかっ! セラ、今すぐに俺にもその摩擦のやつをくれっ!」
「だから、それが上手くいかなかったからこうして落ちて来て、勇者様の頭に座っているのよ、残念だけどちょっと頑張って……キャッ……ほら、皆来るからちゃんと支えてちょうだい」
「ぐぬぬぬっ、どうして俺がこんな目に……ってそんなことしている間に仁平の奴行ってしまうじゃないかっ、お~いっ、ちょっと待ってくれ~っ」
『はいはぁ~い、ちょっと待つわよぉ~ん』
こんな所でモタモタしていたら仁平に置いて行かれる、もしそうなればこのどういう形になって俺達を守っているのかわからない結界も、普通に効果範囲外になってしまいかねない。
そうなれば臭っさい屁の中に取り残され、ガスマスクなど秒で貫通されて酷い目に遭うのは俺達である。
ここは定期的に仁平を待たせて、ワチャワチャしている俺達を待っていて貰う必要がありそうだ。
で、そんな感じで再びセラの尻を頭で支えつつ、ついでに他の仲間の体重も受け止めつつ下へ下へと進んでいく。
するとムギュッという感覚が足の裏に伝わって……待っていてくれた仁平の肩の部分を踏んづけてしまったらしい、まるで激カタのウ○コにでも触れたかのような、本当に気持ちの悪い感覚だ。
そして踏まれている仁平は、俺が追いついたことに気付いているはずであって、そろそろ出発してもおかしくないところなのだが……なかなか動こうとしない……
「おい、ちょっと、もう全員来ているから進んで良いんだぞ、てか足の感覚がキモいから早くしてくれマジで」
『いんやぁ~っ、これ、もう境界線を越えたわねぇ、さぁ、ここからは登ることになるわよぉ~っ』
「え? は? えっと、どういうことなのかちょっと説明を……うわっ」
『あそれそれっ、それそれそれそれっ、あよいしょっ!』
「何でこんなにグイグイ押して……大丈夫かセラ?」
「ひぃぃぃっ! た、縦に潰れる……」
「すまんがもうちょっとゆっくり頼むぞ、時速500㎞以内で進んで欲しい、押されている方がひとたまりもないからなこれじゃ」
『あらそうなのぉ~っ? じゃあ、ちょっとゆっくり……てなるとバランスが難しいわねぇ~』
「ちょっと~っ、上の方がグラグラしてるわよ~っ、ちゃんと支えてよね~っ」
「チッ、マーサめ、呑気なもんだな上の奴等は……」
ここからは上昇である、そう宣言して降りるのを止め、今度は逆にグイグイと押して上に向かい始めた仁平であった。
どうして反転しなくてはならないのかは良くわからないのであるが、とにかく単に上から来る仲間を支えているよりも、下から押されてさらにその圧を受ける方が大変であるということに気が付く。
結局上昇ペースを緩めて貰ったもの、今度は長く連なった仲間達が上のほうでグラグラと、狭い井戸の壁にぶつかったりもしているようだ。
それでこちらの苦労も知らずに文句を言ってくるのであるが、マーサはともかく、その上にはさらに精霊様や、女神の奴までも座っているらしい。
お前等は飛べるのだから飛べと、というかむしろセラの魔法で全員浮いて重さを無くせと、そう主張したいのであるが……まぁ、俺も仁平のパワーに任せ切りなので他人のことなど言えた義理ではないが。
スピードを落とし、グラグラしながらではあるが徐々に上昇していく俺達……この先がどうなっているのかは茶色いガスのせいで全く見えない、だがだいたいは想像が付く。
しばらくして上に乗っかっていた女神や精霊様が、スッとその重さを消したのを感じると、次から次へとなかまたちの重さが感じられなくなってきた。
最後にセラの尻までも頭上から消えたと思ったところで、下から一気に加速した仁平によって俺が……射出されてしまったではないか……
「のわぁぁぁぁっ!? って誰かまだ飛んでるっ、おいっ……ってコチンコチンのチコンじゃねぇかっ!」
「お~い、放り投げられたのは勇者様だけよ~っ、早く降りて来てちょうだ~いっ」
「んなこと言ってもな……てかここどこだよ、全く何も見えないんだが……何かちょっと薄っすらではあるが塊のようなものが……」
と、空中でそこまで確認したところで、そろそろ着陸する態勢に入らなくてはならないということで観測を諦め、ドンッと地面に足を付けた。
改めて周囲を見渡してみるものの、やはり茶色いガスだらけで何が何やらわからないではないか。
神界の村の井戸から降りて、ある程度行った所から今度は登って……元の場所へ戻って来たというわけではないようだな。
地面の感じも明らかに違うし、そもそも茶色いガスが明らかに濃くなっているのがその証拠だ。
そして何よりも、茶色いガスが井戸から噴出しているのではなく、吸い込まれているのが先程と違う光景である。
つまりここは井戸の反対側、神界へと送り込まれていた神の屁の発生源たる場所であって……もしかして魔界に来ているのではなかろうか……
『成功よぉ~っ、井戸を通れば間違いなく、と思ったんだけどぉ~っ、やっぱりちょっとガードを突き破るだけでこれじゃなぁ~い』
「えっと、ホモだらけの仁平神……でしたっけ? つまりここは魔界に来ているということで良いんですの?」
『そうよぉ、悪魔のお嬢ちゃんは賢いわねぇ~、ここはちょうどあの井戸があった村の反対側、どうにかして向こうから接続されていた魔界側ってことなのよぉ~』
「やべぇな、ホントに魔界に移動しちまったぞ、ダイレクトで……それで、来たは良いけどどうすんだよ?」
『かぁ~んたんなこと……ではないかも知れないわねぇ~、ちょっとある程度力を解放して……第二形態ぐらいあればちょっとオーバーキル気味かしらねぇ~?』
「第二形態って、もしかして顔と腕が生えるっていうアレか?」
『よぉ~く知っているわねぇ、そうよっ、この私の第二形態を見ることが出来るなんて、ここに居る者と、それから殺される敵は光栄よねぇ……ふんっ! ふごごごごごっ……ぬぅぅぅぅっ! ハァァァッ!』
「げぇぇぇっ! めっちゃメコメコしてきやがったじゃねぇかっ!」
「腕が生えますね、凄く不味そうな筋っぽい腕です……」
「いや食材じゃないんだよ、しかし……うわ顔も生えてきたっ、気持ち悪っ!」
『ぬぅぅぅぅっ……ハァッ、ハァッ……これが私の第二形態よんっ、力の方は……まぁ、第一形態とは比べ物にならないとかその程度かしらん?』
「比べ物どころじゃないわよ、何なのこのとんでもない力は?」
「クラクラ……します……」
「大丈夫ですかリリィちゃん? しかしこんな、こんな力がこの世界に……いえ、ここは私達のような人族の地とは異なる、神聖なる神々の住まう場所でしたね、しかし……」
驚きを隠せない理由は人それぞれなのであるが、仲間の多くはこのバケモノ、髭で鉄でも削れそうなほどにジョリジョリした顔と、ゴリマッチョどころの騒ぎではない腕とが生えた第二形態の力、それに驚愕しているらしい。
だが俺はその変身に係るシーンのキモさがより一層衝撃的であったと思っているのだが、そう感じた者は他に居なかったのであろうか。
まぁ、これまでに体感したことのない力の波動の前に、皮膚がメコメコと波打ってそこから頭だの腕だのが生えてくるということ自体、ほんの些事に過ぎなかったのかも知れないが。
で、そのような力を発揮したこの強大な神はこれから何をするつもりなのであろうかと、そのままその姿を見守っておく。
新しく獲得した頭部にある通常の目……なのかどうかは微妙なところであるが、とにかくふたつの感覚器で周囲を見渡した後、クルッとこちらを向いた……仕草が実に気持ち悪い……
「ねぇ~っ、ちょっとちょっと、このガスの元凶を討伐して全てを清浄なものにすれば良いのぉ~っ?」
「そうだが、このガスは本体が神の屁でな、凄まじい勢いで拡散しているから……」
「大丈夫大丈夫、いくわよんっ……ひょぉぉぉぉぉっ!」
「吸い込み始めたわね……全部こうやって吸収しちゃうつもりなのかしら?」
「いやいやいやいや、まずさ、あの何だっけ? 亜天使? とやらもさ、ちょっと神の屁のカスが口に入っただけであの体たらくだったんだぞ、それをこんなに、しかもダイレクトに吸い込んだりしたら……」
「でもご主人様、全然平気みたいですよこのマッチョの人……」
「ひょぉぉぉぉっ! ひょぉぉぉぉぉっ! ひょぉぉぉぉぉぉぉっ!」
何のダメージもなく、物凄い勢いで『神の屁』のガスを吸い込んでいく第二形態の仁平。
通常であればもう毒だとかその激臭にやられて倒れているはずのところ、本当にタフというか、まるで何ともないようだ。
で、どんどん吸い込まれる神の屁であるが、相当に広い範囲に渡っているらしく、まだ『雲の切れ目』のようなものが見えてくる気配はない。
だがかなり離れた場所の空が、他とは異なるとんでもない勢いで茶色に、もう屁というかウ○コがまるごと浮遊しているのではないかと思えるほどの雲を形成している。
それが仁平の吸い込みに応じて、どんどんこちらへ近付いて来ているのだが……あの中に神の屁の本体が居る可能性は極めて高いな。
最初は小さく、俺達を監視していただけのケツ穴の神より生み出されし存在であったものが、大蟯虫クリーチャーキングによるケツ穴の神の捕食を経て、リニューアルして途轍もない存在へと進化した神の屁。
その本体なのであろう茶色の雲がここに来れば、それはもう間違いなく第二形態の仁平とそれの激戦となるであろう。
もちろん仁平も異常な強さを誇っているのだが、肥大化して力を蓄えた超越者をさらに超越した者が、それにどこまで渡り合えるのか、そしてその周りに居る俺達は大丈夫なのであろうかといったところだ。
などと考えている間にも、仁平の吸い込み技は延々と続き、心なしか周囲の空気が澄み渡り始めたような気がしなくもない。
そして雲のように集まった濃厚すぎる神の屁、その巨大な姿が、もうスコールの直前の雲であるかのように俺達の上空へ……今差し掛かった……
『……屁である、そして神を超越せし者をさらに超越せし屁である……貴様か、我が屁を吸い込み、この地を浄化しているのは』
「ひょぉぉぉぉっ! ひょぉぉぉぉっ!」
『え? ちょっと待って話聞いて、屁であるから、我は屁であるからっ、このままじゃ吸い込まれっ……ダメだっ、ぶぅぅぅぅっ』
「すげぇっ! 一気に吸い込みやがった! もうあっという間に神の屁の本体がなくなったぞっ!」
「ひょぉぉぉぉぉっ! あとは残りカスを吸い込むだけよんっ! ひょぉぉぉぉぉっ!」
本体を失った直後から、その蔓延しているガスの消滅ペースをさらに早めていく神の屁であったが、それは『発生源』が失われているため当然のことである。
もはや除湿機が湯気を吹き出している光景を逆再生で眺めているような、そんな良い吸い込みっぷりでガスを消し去っていく仁平。
ボディーの状態は多少膨らんだかどうか程度で、おそらくこの中でかなりの質量の神の屁が、超絶圧縮された状態で存在しているのであろう。
そんな仁平の腹を、何か面白いことでも思い付いたかのような顔をして、その辺に落ちていた千枚通しでブチ抜こうとした精霊様は女神にとっ捕まってジタバタしている。
こんなモノを破裂させてしまったら何が起こるかわかったものではない、魔界が吹き飛ぶ程度ならばいざ知らず、俺達までどこかわけのわからない亜空間に飛ばされてしまったら大事だ。
よって可能な限り刺激等しないよう仁平を見守り、そして付近一帯の、もちろん井戸を抜けた先の神界にあるガスをも全て吸い込んでしまうのを待つこととなった……
「ひょぉぉぉぉぉっ! ひょぉぉぉぉっ! ひょぉぉぉ……」
「……完全に綺麗になったわね、凄く澄んだ空気よっ」
「あぁ、確実に神界よりは大気汚染が進んでいない状態だな、魔界の方が美しいとかどういうことだよこの神々がっ……で、どうなんだ?」
「うっ、うぅぅぅっ……さすがにこれは……」
「どうしたのですかホモだらけの仁平(第二形態)よ、苦しいのですか?」
「これは、これは……出るっ、ぶふぉぉぉぉぉぉっ!」
『ギャァァァァァッ!』
世界に存在する全ての神の屁をその体内に溜め込んでいた仁平であったが、全てを吸い尽くした後、遂にその容量に限界が訪れてしまったようだ。
仁平がこいたのは超特大の屁であって、その音と衝撃波は魔界全体に広がったのではないかと思えるほどに巨大で、そして撒き散らされた神の屁と同質量のガスは……極めて清浄なモノであった。
同じ神の屁であっても、邪悪なる魔界の神が、しかもケツ穴の神とかいうわけのわからない野郎がこいたものと、神界の、それも相当な力を持った聖なる神がこいたものでは、その内容というか性質というか、とにかく全く異なっているらしい。
ガスマスクをしているので臭いは感じることがないし決して感じたくなどないのだが、未だに放出され続けている屁が吹き掛けられた地面には次々に草花が芽生え、既に一部はフローラルな香りのしそうな花畑となっている。
これが本当の神の屁、生命の息吹を感じさせる究極の屁、そしてこの魔界にも、魔界の邪悪な者共に対しても、分け隔てなく祝福を与えるのが真なる神の屁なのだ……
「ぶっふぅぅぅぅぅっ……あっよいしょぉぉぉっ!」
「わぁっ、最後に大きい音がしましたっ、ちょっと怖いですよご主人様」
「怖いのは俺も一緒だ、顔とか筋肉とか、屁をこくときの効果音とか、全部が全部恐ろしい存在だよこの仁平という神は」
「ノンノンノンノン、私、神というよりかは女神なのよんっ……っと、まだ残ってた、ブフォッと……あらヤダ恥ずかしいわねんっ」
『・・・・・・・・・・』
屁をこき続け、結局吸収した『元祖神の屁』と同程度の質量を持つ『真神の屁』をケツから放出したホモだらけの仁平であった。
その影響で辺り一面が草花に囲まれたこの場所は、とても魔界の光景とは思えない何かを俺達に提供してくれている。
そしてそんな清浄極まりないお花畑に……何やら邪悪な気配と共に、真っ黒な転移ゲートが現れて……その中からひょっこり顔を出した大きな鎌が、ギョッとなったかのような動きを見せた後に引っ込んで行った。
だがその瞬間を逃す俺達ではない、すぐにすっ飛んだミラがその鎌の柄をガッチリと掴んで、綱引きの要領で姿勢を低く、そしてこちらに引き摺り出す。
スポンッと、閉じ掛けていた転移ゲートからすっぽ抜けたのはやはり死神であったか……どうやら『神の屁』の消失を知って、その原因を探りに来たようだ。
そしてその場で感じ取った俺達の存在と、行動を共にしているとんでもない力を持つ謎の生物、というか神界の神。
これは恐ろしいことが起こっているのだと、そう直感してすぐに逃げ出した死神であったのだが、それも叶わず捕まってしまったということである……
「いてててっ、ちょっと、もう逃げないから離しなさいよねっ」
「本当に逃げませんか? 逃げたらもう一度捕まえて、所持金の半分を貰いますよ、良いですか?」
「はいはいわかってますわかってますって、それで、こんなの所持金の半分どころの騒ぎじゃないじゃないの……ホネスケルトン神の100分の1近い力を持つマッチョのバケモノ、それどうしたわけ? てかそれが神の屁を消し去ったの? それに何よここ? 荒野の枯れ井戸だったところが魔界に似つかわしくない一面のお花畑になっているじゃないの? ねぇ、どういうことこれ?」
「あらぁ~っ、やかましい小娘ねぇ、ちょっと良いかしらぁ~?」
「ひっ、ひぃぃぃっ! すみませんっしたーっ!」
神の屁を清浄なるものへと変換し尽くし、さらに少し口を開いただけで死神を完全に制圧した仁平(第二形態)であったが、この現時点における力の100倍、それが最終ターゲットのホネスケルトンか……強すぎやしないか……




