121 突如始まる強敵との戦い
『はい皆さん集合してくださ~い! これから案内役をして頂く猟師の方から説明がありま~す』
まだ日の出前だが、王都北門周辺には100名を越える兵士、15名程度の猟師、そして俺達勇者パーティーの選抜メンバー6人が集合している。
これから猟師のおっさん達による案内の元、北の森で魔物や小動物を狩ることになる仲間達だ。
お、どうやら先行して安全確認に行っていた筋肉団も戻って来たようだな。
「おう勇者殿、今日はなかなか少人数じゃないか」
「うん、そんなにぞろぞろ居ても仕方が無いしな、ちなみにルビアとリリィは救護班だ、で、筋肉団は何人だ?」
「俺達は10人で来たんだ、他は祭りの準備で忙しいからな」
「そっか、お互い頑張ろうぜ」
『え~、それではチームごと、怪我ぐらいはまぁ良いですが、死人とか出ないように注意して頑張って下さ~い』
今日の狩りではオークや牙ウサギをはじめとした食べられる魔物、それから普通の小動物など、森に居る生き物なら何でもターゲットになる、ゴリラでも良い。
とにかく肉を集めて加工し、来週予定されている王都酒祭で振舞うことが出来るようにするのだ。
ちなみに最も活躍したチームには干し肉5kg、そしてその案内係には金一封が授与される。
見たところライバルになりそうなのは筋肉団だけだ、これはMVPを狙えるかも知れない……
「ブヲッフォ、うぃ~、わしがお前らを案内する猟師のジジタスじゃ、よろしくの」
やっぱりダメかも知れない、案内役ガチャは大ハズレだ、90歳ぐらいのジジイを引き当ててしまった。
「ジジタスさん、早速案内をよろしくお願いします」
「はて、何のことじゃったか? 孫に聞いてみんとわからんわい、あやつ、最近いつもオレオレなどと言ってきて金をせびるんじゃよ」
おいジジイ、それ詐欺だぞ間違いなく!
「もう良いですから、早く森へ入りましょう」
よくわからんジジイを引っ張って森に入る。
わかったぞ、これはこのか弱い生物を守りながら森を抜けるレンジャーとかの訓練なんだな。
と思ったらジジタス、超強いではないか……
弓を使って牙ウサギを次々と仕留め、ついでにオークを短剣で倒している。
はっきりしないのは頭だけのようだ。
「勇者様、あの感じなら大丈夫そうよ、こっちはこっちで狩りをしましょう」
「そうだな、だがあのジジイをロストしたら失格だからな、ご褒美が貰えるように注意深く見守りながら頑張ろう」
森を進み、魔物や小動物を狩っていく、さすがにオークを獲ったときには一度本部に届けるものの、ウサギとかその辺りであれば持ったまま次の獲物を狙って移動する。
「おう勇者殿、ここで会うとはな、どうだ調子は?」
「ぼちぼちだよ、ところで筋肉団には案内役が付いていないのか?」
「うむ、俺達は全員狩猟免許を持っているからな、案内など不要なのだよ、オークも1人5体までなら持ち運べるし、効率も良い」
これには絶対に勝てない、というかどうやって100kg以上もあるオークを5体も担ぐのだ?
「ああ、ちなみに向こうの方で大怪我をした奴が何人も居るらしいぞ、勇者殿も気をつけると良い」
「わかった、こっちも何かあったら伝えるよ」
MVPは諦め、せめて優良賞ぐらいは頂くことを目標に頑張る。
日が高くなってきた頃、一度獲物を届けるために本部に行くと、そこには怪我人が大行列を作っていた。
リリィに運ばれて来る重傷者も後を絶たないようだ……
「ルビア、何があったんだ一体?」
「変なのに襲われた人が大半ですね、コケただけの人も居ますが」
「何だよ変なのって……」
ルビア曰く、皆一様に襲撃者の姿が見えなかったと報告しているとのこと。
またわけのわからん奴が沸いているようだな。
とりあえず狩りをしながらソイツを探そう。
森に戻り、負傷者が多く出ているエリアへと向かう。
その間にも上空に怪我人を乗せたリリィの姿を見受けた。
「あ、ご主人様、あっちで悲鳴が聞こえましたよ……しかも嗅いだことがある臭いがします」
悲鳴を上げたのが会ったことのある人間なのか? それとも襲撃者が知っている敵なのか?
その辺りはわからないが、とにかく近くまで行ってみよう。
誰かが負傷して倒れている……
「大丈夫ですか? 怪我は無いですか」
「この状況で無いとでも思ったのかね君は?」
そう言って、倒れていた兵士は気を失ってしまった。
もう少し有力な情報を出してからにして欲しかったな。
「ご主人様、何か来ますよ!」
叫んだカレンが視界から消える。
いや、俺が消えたんだ、何者かに弾き飛ばされて。
木に叩き付けられたようだ、痛い。
そして何かが飛び交っているのがわかる。
「あなた方、やはり来ていましたか、集団で自然破壊とは嘆かわしい」
アンドリューの声じゃないか、多くの負傷者を出しているのはコイツだったのか。
というかどこ行ったんだよ?
「こっちですよ、全く、私を目で追えていたのは狼さんだけでしたね」
野郎、木の上にいやがった。
と思ったら次は目の前に居る、また弾き飛ばされた……
「勇者様大丈夫? 今ミラがルビアちゃんを呼びに行ったわ! 痛いかもだけど我慢して!」
痛いとか以前に息が出来ない、アンドリューの奴、でたらめな強さだ。
良く見たらステータスが精霊様レベルじゃないか!
「おい……お前今本体だろ? 攻撃できているもんな」
「あ、バレましたか、そうです、人族が団体様で環境破壊活動をしていると聞いて馳せ参じました」
「で、どうしてそんなに強いんだ? やべぇクスリでもやったのか?」
「なわけないでしょ、これが私本来の力です」
「じゃあちょっと仲間とか呼んで来るから待っててくれると助かる」
「それは無理です」
アンドリューが消えたと同時に額に強い衝撃。
体が宙に浮き、後ろの木に後頭部をぶつけた。
今のはただのデコピンのようだ……
「仕方が無い、カレン、本気で戦うんだ、殺しても構わんぞ」
「……1人じゃ勝てません」
まさかの発言、カレンが敵を前にして勝てないというのは初めてだ。
カレンは既に本気モード、髪も銀髪に変わり、光の爪も最大限に伸ばしている。
その状態で勝てないと、アンドリューめ、なんと恐ろしい奴だ。
ミラがルビアを、そしてそこに一緒に居るリリィが屋敷から仲間を連れて来るまで何とか持ち堪えよう。
まずは気を逸らすことからだな……
「おいお前、それだけ強いならどうして魔将補佐なんかやっているんだ? もっと上を狙えただろうに」
「ああ、あのヘビが私の理想を達成するための踏み台としてちょうど良かったんですよ、ちなみに以前は大魔将になろうと思っていましたが、実務経験不足で受験すら出来ませんでした」
何の実務経験だよ……
「では質問タイムは終わりですね、さぁ死になさいっ!」
「ちょまっ! え?」
絶体絶命の危機、しかしその瞬間、今度はアンドリューが吹き飛んだ。
やったのは突如横から飛んで来た水の塊。
たまたま様子を見に来ていた精霊様の攻撃を貰ったのだ。
「ちょっとあんた、どうして魔族ごときがそんな力を持っているわけ? それじゃあまるで変異種じゃないの」
「精霊様、助けてくれたついでに教えてくれ、変異種って何だ?」
「ああ、上級魔族の突然変異のひとつよ、元々強い一族の中から出てくる特に強い奴のこと、大魔将以上なんか大体それじゃないのかしら?」
そういえばマーサも自分は突然変異だと言っていたことがある。
だがマーサの場合、周りの親戚はそんなに強くはなく、その中で唯一強靭な肉体を持って生まれたとの話であった。
それが元々強い家系であった場合、ああいうのが出てくるということか……
「いてて、ふむ、どうやら今の攻撃は精霊のようですね、あなた、水の精霊ですか?」
「大精霊様と呼ぶことね」
「では大精霊様、あなたも殺します……ふんっ!」
アンドリューが筋肉モリモリになった。
すかさず精霊様が水鉄砲を撃つも、それを難なく回避する。
次も、その次もだ、余裕で避けているな。
「速いわね、じゃあこれならどうかしら?」
精霊様の水鉄砲が全方位に飛ぶ。
さすがに喰らうアンドリュー、その衝撃に仰け反る。
ちなみに俺にも当たった、3mは飛ばされたぞ、超痛い。
カレンはどうにか避けたがセラにも当たったようだ。
なお、体重の軽いセラはどこかへ飛んで行ってしまった。
あ、木に引っかかっている。
「凄い強さだ、さすが精霊、ではそろそろお互いに本気を出しましょうか」
まだ本気ではなかったのか。
精霊様も笑っている、本当に恐ろしい連中だ。
直後、俺に見えたのは素手で打ち合う2人。
いつ動き出したのか全く見えませんでしたよ。
しかもちょいちょい視界から消えている。
アンドリューが打ち込む、精霊様は腕でガードした。
精霊様が打ち込む、アンドリューはそれを避ける。
徐々にダメージが蓄積してゆく精霊様。
避ける動作で体力を奪われるアンドリュー。
一進一退の攻防である、この隙にセラを木から降ろそう。
「おいセラ、大丈夫か?」
「平気よ、それよりも精霊様をあいつから離して、雷で始末するわ」
「おそらくそれぐらいじゃ死なないぞ、目を付けられるだけだ」
「それはイヤね、諦めましょう」
何事も諦めが肝心である、今の俺達にはもはや精霊様の勝利を信じて見守ることしか出来ない。
カレンもそう思っているはずだ、固唾を呑んで戦いを見守っている。
そこへ、ミラとルビアを乗せたリリィが登場する。
ようやく回復魔法を受けられるようだ。
「お待たせしました、一番怪我が酷いのはセラさんですね」
回復魔法を発動した瞬間、ルビアの横をカレンが飛んで行った。
攻撃された? いや、カレンはルビアを庇って攻撃を貰いに行ったのだ。
狙われたのはもちろんルビア。
アンドリューの奴、あの状況で回復魔法使いの登場を見ていやがったのか……
「拙いぞ、ルビアを退かせるんだ、岩の陰に隠れよう」
土魔法の弾丸を受けたカレンを回収し岩陰に隠れる。
順番にルビアの治療を受け、俺達は一応全回復した。
ここから出ればまたすぐにやられるんだろうがな。
「ミラ、そういえばリリィは?」
「次はマーサちゃんとユリナちゃんを連れて来るそうです、屋敷組の最大戦力はその2人ですから」
「そうか、あの2人が来たら俺達も加勢しよう、精霊様だけで倒せるようには見えないからな、アイツは」
しばらくそこで待つ、だがどうやら精霊様が押され始めたようだ。
徐々に、受け切れなくなる攻撃が増えてきたように感じる。
一方の敵はまだ2発か3発分しか痣がない、一見して劣勢だとわかるな。
そこへようやく、マーサとユリナを乗せたリリィの姿が見えた。
撃墜されないように低空を飛び、俺達の近くに着陸する。
『ご主人様、次は誰を連れて来ますか?』
「いや、マリエル、ジェシカ、サリナの3人は残そう、屋敷の守備だ」
もしかしたら敵にも伏兵が居るかも知れない。
普通の上級魔族ぐらいならマリエルとジェシカが戦えば勝てるだろうし、人間ならサリナが幻術で騙して自害でもさせれば良い。
屋敷には他にも魔族を飼っているからな、そのメンバーだけで十分に守り抜けるであろう。
問題はこのアンドリューという名のイレギュラーだ……
「マーサ、今精霊様が戦っているスピードに付いて行けそうか?」
「まぁ、あれなら余裕じゃないかしら、スローすぎてオナラが出るわ」
「汚いからやめてくれ、そしてすぐに加勢するんだ!」
「わかったわ、じゃあ行くわね!」
速い……いつもはカレンのスピードに驚かされているのだが、マーサの全力はそんなもんじゃない。
今まで話していたというのに、既にアンドリューの下に到達し、数十発のパンチも撃ち込んでいる。
これでかなり優勢になったであろう。
「ぐぅぅっ、異世界勇者に寝返ったマーサ様ですか、本当に情けないお方だ」
「あら、その情けないお方のパンチを喰らって痛そうにしているじゃないの、本当に情けないわね」
マーサの撃ち出すパンチは一発がかなり強力、そして手数も多いという最高の逸品だ。
すぐにメインがマーサ、精霊様はサポートに回る作戦で安定した。
ここからはもうダメージを気にしなくて良い精霊様。
敵の攻撃を全身で受け、可能な限りマーサに攻撃が届かないように防御する。
その間マーサは一方的にパンチを撃ち込み続けた。
アンドリューの顔が変形してきたな、もうボコボコだ。
「ご主人様、かなりスピードが落ちてきましたよ!」
「そうか、カレンは追い付けそうか?」
「はい、ミラちゃんもいけるはずです!」
ミラとカレンも飛び掛かる。
それによりさらに速度を落とされたアンドリュー。
これなら俺も参加出来そうだ。
「セラ、雷を落とす準備をしておくんだ、明らかにそれっぽいタイミングで使うんだぞ」
「ええ、というかとっくに準備済みよ」
「じゃあ、ラスト前のアタックは任せたぞ」
「ユリナ、俺達が退いた瞬間に奴を炎で囲むんだ」
「わかりましたわ、その場から動けないようにすれば良いのですわね」
「その通りだ、偉いぞユリナ」
2人に指示を出し、俺も岩陰から飛び出して戦いに参加する。
皆の隙間を縫って聖棒を差し込む。
この聖棒と、カレンの爪は魔族に対する効果が大きい。
アンドリューは次第に力を失い、やがて攻撃を繰り出せない程にまで弱ってきた。
「今だ、全員退け!」
さっと、その場で戦っていた全員が距離を取る。
1人取り残されたアンドリュー、その周りをユリナの炎が囲む……
その刹那の雷鳴、セラの魔法が直撃したのである。
既に狙いを定めてあったその雷はアンドリューの体を突き抜け、地面へと消えてゆく。
突然の電撃に固まったその体を、急降下して来たリリィの足が踏み潰す。
骨が折れる嫌な音、内臓もほとんど潰れたようだ。
「あ……かっ……私の意思を告ぐ者はまだ居ます……これで素晴らしき理想が潰えたなどとは思わないことですね……」
「おい、あいつまだ生きているぞ、精霊様、最後の一撃は頼んだぞ」
「やっても良いけど、その場合は金貨1枚を貰い受けるわよ」
「おう、そのぐらい国がくれるだろう」
ボロボロの姿になりながらもニコニコ顔になった精霊様。
一撃でアンドリューの顔面を陥没させる。
どうやらいつものように楽しんで殺す余裕が無いようだな……
「うむ、完全に死んだようだ、ルビア、精霊様に回復魔法を!」
1回や2回の魔法では完治しない無数の傷、精霊様がここまでやられるのは初めてのことである。
大魔将とやらは大体こんな感じなのか、ちょっと修行しておかないとヤバイな。
「そういえば勇者様、狩りの方はどうなったのかしらね?」
「……忘れていたな、一旦本部に戻ろう、コイツの死体を持ってな」
これが今日一番の大物であることは間違いない。
帰って特別なご褒美を請求しよう。
城門横の本部に戻ると、既に他の参加者は帰還しており、俺達待ちの状態であった。
「おう勇者殿、その引き摺っているのが今回の襲撃者のようだな、やはり強かったか?」
「強いとかそういう次元じゃなかったさ、もう負ける寸前だったね」
「ハハッ、そいつは恐ろしい奴だったな」
笑ってはいるが、ゴンザレスも俺達が束になってようやく倒したということの意味はわかっているはずだ。
うむ、目が笑っていない……
『え~、最後に残っていた勇者パーティーが帰還しました、これで狩りは終了となります』
お、頑張った俺達には何か特別な報酬があるに違いない!
『ちなみに勇者パーティーは失格となります、MVP選考の対象外です』
「おいちょっと待て! どうしてだよ?」
『だって猟師のじいさんを忘れてどっかに行ってしまいましたからね、あなた達は』
忘れていた、あのジジイをロストしたら失格だったんだ。
そういえばアンドリューとの戦いに行く前、ここに置いて行ってしまったではないか。
ジジイは本部のテントで呑気に茶を飲んでいた。
追いかけて来るとかそういう発想は無かったらしい。
まぁそれはもう良い、強敵を倒したから国から金が出るだろうし、何よりも今回の狩りは大成功に終わったのだ。
既に精肉業者が城門付近に集まり、みなが狩って来た肉の加工を始めていた。
ちなみに精霊様がアンドリューを剥製にして貰おうとして拒否されている。
そんな薄気味悪い剥製をどこに飾るつもりだったのであろうか?
「勇者様、わたしはちょっと精肉の方を手伝って来ますね」
「わかった、じゃあ俺達はここで待っているよ、終わったら帰ろうか」
業者の仕事を手伝いに行ったミラ。
その後ろには骨に残った肉を狙うカレンとリリィが追随している。
俺達はテントに入って少しだけ休憩しよう。
「しかしアンドリューめ、とんでもない強さだったな」
「まさかアイツが変異種だったなんて、魔王様だって知らなかったはずよ」
「何だ、マーサも似たようなものだろうに、そんなに珍しいのか変異種っていうのは?」
「そりゃそうよ、良く考えて、魔将クラスがそこからさらに突然変異で超強化したみたいなものよ」
確かに、それはちょっと考えたくないな。
だがそれが大魔将として8体、その上は四天王、そして副魔王としても2体居る訳だ。
もちろん上に行けば行く程に強いのであろう。
残る魔将は2体、それを始末したらすぐに大魔将と戦うことになるはずである。
それまでに全員がその変異種と互角、いやそれ以上に渡り合える程度の実力を備えておきたいものだ。
まぁそれは後で考えよう、今は王都酒祭の開催に関してが最も力を入れて考えるべき事項だな。
これを無くして王都経済の復活はありえない、たぶんだけど。
ミラ達を待って屋敷へと戻る、疲れた、風呂に入りたい。
「あ、おかえりなさい勇者様、この間の魔将補佐を討伐したんですってね」
「ああ、あとは祭の開催だけだ、派手にやるぞ!」
今回の黒幕と思われるアンドリューを無事に討伐し、あとは酒祭を開催して飲酒習慣を復権させるだけだ。
祭の開催は帝国から酒が届く明後日からと決まった。
今は急ピッチでその準備が進められている。
もう今から楽しみだ、これはいてもたってもいられないというやつだな……




