1217 ペースト状
「……精霊様が戻って来ましたよ、浮かんでいたあの軽い大蟯虫クリーチャーを、まるで何か汚いモノのように袋で何重にも包んで」
「いや普通に汚ったねぇだろ、ウジ虫が沸いたゴミ袋なんかの方がよっぽどマシだぜ、生活していて日常遭遇することのないような汚らしさだあのゴミは」
「中で破裂するだけでもかなりヤバそうね、慎重に扱わないと……」
上空からゆっくりと高度を下げてきた精霊様、その手にはまたもやどこから出したのかさえわからない袋のようなものが……機密性はバッチリのようだ。
で、ひたすらに攻撃してくる大蟯虫クリーチャーゾンビを適当にいなしつつ、俺達が立ち向かうのはそのボス、大蟯虫クリーチャーのキング的な存在の方である。
キングは精霊様を妨害し、どうにかしてその何重にも包んである袋を破壊しようと、そしてもちろんその中にある大蟯虫クリーチャーライトも破裂させようとするのだが、そうはさせない。
精霊様自体が回避行動を取るだけでなく、地上からセラとユリナが魔法で、キングが放っている衝撃はのようなものを撃って相殺している。
そのキングの体力と言うか何というか、最大値から死ぬまでに削るべき力の方は残り8割程度……まぁ、そのぐらいであろう。
最初の連続攻撃で削った1割程度と、それから2体のお供を召喚した際に、勝手に削れた1割程度が減ってしまった状態となっている……
『グヌヌヌッ、であるっ、貴様等には我の崇高なる大蟯虫クリーチャー蔓延計画を邪魔する権利などないのであるっ』
「おいおい、言っていることがお前の喰らった神とはまた別になってんぞ、それはお前とそっくりな、疫病を何とかみたいな気色悪い神のやりそうなことだ、間違えてんじゃねぇぞ自分の存在を」
『黙れである、我はそういう系の攻撃をする全ての者の代弁者である、よってその死した神とも似てくるのはしかたないことなのである』
「面倒臭いうえに鬱陶しい奴なのね、これまでに魔界で戦ったキモいのが全部ここに凝縮された感じだわ、早く始末しましょ、こんな風にしてっ!」
『あぎゃぁぁぁっ! であるぅぅぅっ! 貴様卑劣であっ、ギョェェェッ! であるっ!』
トークを継続するかと思わせておいて、いきなり顔面を狙った精霊様の攻撃がクリーンヒット。
次いで反応したエリナによる、残雪DXを用いたピンポイント攻撃も、そのダメージを受けたのと全く同じ場所にヒットした。
通常であればこれでかなりのダメージが入るところなのだが……いや、ダメージが入ったには入ったのだ。
だがその回復力が凄まじく、どこからそんなエネルギーが出てくるのかと思いきや、ついこの間倒したあの神と似たようなものであった。
なんとこの大蟯虫クリーチャーのキング的な輩、自ら召喚した大蟯虫クリーチャーゾンビの一部を吸収し、それをもってダメージ部分を修復しているではないか。
もちろんその分ゾンビの方は小さくなってしまうのだが、そのゾンビも、今度は分裂し、その辺の土壌から栄養を集めていたらしいゾンビ分体を吸収し、元のサイズに戻っている。
あの疫病の大流行を何とやらの神は、付近どころかかなりの範囲の雑菌やウイルス、寄生虫などを取り込んでそのボディーを維持していた。
だがその取り込むべき雑菌等が少なくなると、やはり維持にも限界が訪れて……というような感じであったのだが、今回は違うらしい。
この召喚された大蟯虫クリーチャーゾンビが、そしてそれが攻撃を受けたことによって飛び散った一部がさらに小さなゾンビとなって活動し、そこら中から回収した栄養やエネルギーなどが続く限り回復が可能ということ。
おそらく持続可能性の面においてはこちらの方が遥かに高いであろう、なぜならばもう、大蟯虫クリーチャーゾンビの破片はかなりの範囲で活動を始めているからだ。
もしかすると既に、まだこの周囲で生きている魔界人間などにも寄生してしまったかも知れないゾンビ。
それがさらに他の魔界人間に……という感じでループすれば、それこそ寄生虫が大流行したのと同じ状態だ。
さらにこのほんの小さな破片がしているように、ゾンビは土壌からも栄養やエネルギーを回収することが可能であることを考えると……最終的にはこのエリア全体の物質が、目の前のバケモノの構成要素の予備となる可能性まであるではないか……
「……本当に最悪な相手ね、これじゃこのエリアごと、いいえ、魔界ごと消し飛ばさないとどうにもならないわよ」
「そんなのやっちまったらもう……待てよ、まぁ魔界全部は無理だと思うが、エリア全体を破壊するんじゃなくて浄化したらどうだ? さっきみたいに」
「……それならいけるかも知れないわね、回復魔法が効くタイプの不浄だし、ルビアちゃん、ちょっと良いかしら?」
「は~い、どうしました~?」
「ルビアの奴、良い感じの瓦礫に腰掛けて休憩していやがったな……」
「というか、そろそろ飽きてきたから帰りたい系の顔もしていたわよ……」
最初、本当に戦闘の序盤で少しばかりの活躍を見せたルビアであったが、もうその戦闘自体への興味が失われつつあり、後ろでサボっていたところを呼ばれたかたちだ。
手に持っているのは戦闘用の杖ではなく、次に元の世界へ、王都へ帰還したときに注文しようと思っている酒のカタログ。
もはや完全にやる気がないのだが、その分だけ、ここまでぶっサボッて休憩していた分だけ、力の方はあり余っていると考えて良さそうである。
ノロノロとやって来たルビアにまずはチョップを喰らわせ、ついでにスカートをまくり挙げて尻を思い切り抓ってやると……全く反省などせずただ喜んだだけであった。
で、そこで事情を説明して、このエリア全体、もちろん地表面だけでなく上空の広い範囲までを、回復魔法の癒しで覆い尽くすことが出来るのかということを質問してみる……
「う~ん、そこまでとなるともうほとんどの力を解放するというか……暴走させるぐらいじゃないと無理だと思いますよ、超疲れるから普通にイヤですね」
「そんなこと言っている暇じゃないんだよ今は、あの大蟯虫クリーチャーゾンビの小さい破片とかが空中を漂ってしまっているからな」
「上空の風は強かったし、きっともうかなり広い範囲に拡散しているわね、で、アレが地上に降り注ぐと……」
「目の前の敵との戦闘が長引く要因を作り出すようになるってことだ、このままだとしばらく帰れないし休憩も食事も、おやつの時間もナシになるぞ、それでも良いのか?」
「ひぇぇぇっ、それは困りますっ、せめてお風呂に入ってスウィーツを……あとお酒もないと困りますよ夜は」
「そもそも、大蟯虫クリーチャーゾンビみたいなのが拡散したとしたら風呂なんか入れないけどなこのエリアじゃ、さすがに恐すぎるぞ」
「そっ、それも困りますっ、今すぐ回復魔法を全力で放って、そのゾンビとかいうのを一気に浄化すれば良いんですねっ?」
「まぁまぁ、早まらないで、もうちょっと色々詰めてから実行しないと効率が悪くなるわよ」
俺と精霊様で適当なことを言ってルビアをやる気にさせ、そしてその話をしている間は、後衛よりもさらに後ろに隠れて集中出来るようにしておく。
本来は中衛である俺の前で、セラやユリナ、サリナなどが必死になって戦っているのを見るのは少し忍びないが、今回の敵は強敵であるということで少し頑張っていて貰うしかない。
この作戦が成功すれば、確実に敵の回復に係る供給源を断つことが出来るため、俺達の方はなんとしてでもそれを成功させる、その気持ちで準備を進めなくてはならないのだ。
で、まずこの町のエリアにおける位置なのだが……かなり端の方であるということが言えるため、まずは攻撃の指向性について少し考えなくてはならない感じである……これは気絶している死神を起こした方が良い案件だな……
「おいっ、起きろ死神、お前の出番がきたぞ……おーいっ! 寝てんじゃねぇっ!」
「ちょっと、私の本体を乱暴に扱わないでくれる? 今はこっちに居るんだから」
「モブB美さん……じゃなくて中身は死神なのか?」
「そうよ、誰かさんのせいでちょっと本体の方のショックが大きいから、今目が覚めて、とりあえずこっちを使ってんの、で、何の用かしら?」
「おう、このエリアの全地図とか何とか、そういうのを出せ、それからどういう感じで回復魔法を流したら効率が良いのかも頼む」
「難しいことを言わないでよねいきなり……ちなみにそんなこと簡単には出来ないって正直に答えたら……」
「永遠に続くのかと思って絶望するほどの回数、神をも殺す凄く痛い鞭で打つわよ」
「ですよね……仕方ないわね、これは私のエリアを守るためでもあるんだから、邪悪な玉をここに取り寄せて……ハァッ!」
「おぉ、あの各町の様子を窺うことが出来る玉を使うのか、それで……どうするんだ?」
「簡単よ、本来こんなことしたらダメなんだけど、この玉に直接……使うのは回復魔法? だったかしら? それを流し込んで、そうしたら上空からジワジワと拡散されるはずよ、色んな場所からね」
「なるほど……これなら町の数だけ『起点』が出来るわ、この作戦でいきましょ」
「ただしあまり強くやりすぎないことよ、前にも言ったと思うけど、この玉が破壊されたら町も消滅しちゃんだからね」
「うるせぇ知ったことかそんなもん、おいルビア、どうでも良いから全力でやれ、魔界人間の町など少しぐらい消滅しても構わないからな」
「わかりました、じゃあその玉を1ヵ所に集めて下さい、あ、ここの町をアレしちゃうとアレなんで、それだけはどっかに除けておいて下さいね」
「私のエリア……結局助かりそうにないわねこれ……」
死神にはほんの少しだけ申し訳ないとも思わなくはないのであるが、このまま放置してエリア中が大蟯虫クリーチャー、しかもより性質が悪い大蟯虫クリーチャーゾンビだらけになるよりもマシだ。
しかも今回はそこに、大蟯虫クリーチャーのキング的なモノまで君臨してしまうことになるという最悪の流れであるから、それを阻止するためにはもう多少なりともムチャクチャをするしかない。
酒のカタログをその辺に放置して、瓦礫に立てかけてあった杖を手に持ったルビアは、すぐに魔力を解放してその固まっている禍々しい玉に向けて放出する。
最初の段階でもうピキピキと、玉からヤバそうな音が聞こえてきているが、これを完全に無視して力の放出を続けるルビア。
ひとつが崩壊し掛かるも、その玉の向こうにはまだ力が届いている様子で……同時に唯一玉を経由していないこの町にも、回復魔法の癒しの力が広がり始めた……
『グェェェッ! であるっ! これは、これは何であるかっ? 地獄に堕ちて10億年苦しめ続けられたような苦痛が……苦痛が感じられるのであるっ!』
「すげぇ、本体にも効いてんぞ、ゾンビの方は……めっちゃ浄化され始めてんな、だんだんと腐った部分が正常化しているみたいだ」
「……クッ、でもかなり力を使わないとこれは……キツいです」
「頑張れ頑張れ、ほれっ、尻を引っ叩いてやろうっ!」
「ひゃいんっ! ありがとうございますっ、もっとお願いしますっ!」
「オラァァァッ! これでどうだっ!」
「ひぎぃぃぃぃっ! さ……最高です、力が漲って……ハァァァッ!」
「あ~あ、町のコアがふたつもダメになっちゃったじゃないの、てか私もクラクラするわねこれは……」
邪悪なる玉として存在しているこのエリアの町のコア、それに回復魔法の癒しパワーが、元々のそれと相反するような力の作用が加わったため、当然壊れ始めるものも出てくる。
このふたつの玉の崩壊だけで、どれだけの数の魔界人間が非業の死を遂げたのかは不明であるが、まぁ、それはもう仕方のないことだとして諦めるしかない。
基本的には死んでも構わないような奴が無様に死亡し、生き残るべき奴はどういうわけか奇跡的に何を逃れるなど、都合の良い状況になっているであろうということもあるのだから。
で、そんな感じで玉経由の浄化を見ているよりも、すぐ目の前で浄化されている大蟯虫クリーチャーのキング的な奴と、それから効果の方が著しく現れているゾンビの方を見ている方が早い。
キングはともかく、ゾンビの方はもう腐った部分がほとんどなくなって……なんと、『大蟯虫クリーチャークリーン』という、極めて清浄な新しい種に生まれ変わっているではないか。
これがどういう結果をもたらすのかはわからないが、とにかくクリーンになった大蟯虫クリーチャーは攻撃行動を止め、無駄にゴミ拾いなどの慈善活動を始めている様子。
つまり危険で不浄な存在ではなくなったということであって、もしこれをキング的な奴が取り込んでしまったとしたらどうなるのか……ということはすぐにでもわかりそうだ……
『クソッ、である! 我が不浄なるボディーがかなり溶けて……回復をしなくてはならないのである、幸いにも周囲には大量の大蟯虫クリーチャーゾンビが生き残っているのであるから、これを……ギョェェェッ! であるぅぅぅっ!』
「おいおい、何も考えずに大蟯虫クリーチャークリーンを吸収しようとしやがったぞコイツ、馬鹿なんじゃないのか?」
「より一層ダメージが入ったわね、顔面なんかもうグッチャグチャよ」
「ルビア、このまま力の発出を続けろ、キツくなったら……セラ、ユリナ、あとサリナも、ちょっとルビアに魔力を融通してやってくれ」
『うぇ~いっ』
「くぅぅぅっ! もうちょっと、もうちょっと頑張りますからっ!」
『ギョェェェッ! であるっ! さらに溶けるのであるぅぅぅっ!』
ここ最近でルビアがここまで本気になって何かをしたことがあったであろうか、いやなかったに違いない。
とにかく自信の膨大な魔力を凄まじい勢いで使い果たしつつ、さらに『おかわり』した仲間の魔力までもを放出していく。
敵である大蟯虫クリーチャーのキング的な何かはもうドロッドロに溶け、それでもなおこちらに攻撃を仕掛けようとしてくる。
そろそろ諦めて死んでくれと、物理攻撃をする仲間達も衝撃はを送るなどしてそのダメージの蓄積を手伝っているのだが……どうも最後まで戦い抜くつもりらしいな。
この期に及んでまだお供キャラを、体内の不浄なものを使って生成した大蟯虫クリーチャーの何かを吐き出そうと躍起になっているではないか。
しかしその吐き出した新たなお供も、あっという間に浄化されてしまい、その効力を失っている。
それを取り込んだところで、また自分がより一層溶けさせられるのは明白であり、その部分はもう捨て去るしかないのだ……
「よっしゃ、これならもうあともうちょっとだ、ルビア、もう少し頑張れるか?」
「も……もう無理です……ふぅっ……」
『ぐぎゃぁぁぁっっ、である……おうっ、おろろろろっ、である……どうにか止まったかである、だが我が、この我がこんな姿に、大蟯虫クリーチャーペーストになってしまったのである』
「いやお前そのペースト状のまま何するつもりだよ?」
「もう面倒だから早く死になさいよね、もうあんたの負け、浄化され尽くさなかっただけマシだと思って、そのまま無様に朽ち果てるのよ」
『そうはさせないのである、したくないのであるっ! 我は大蟯虫クリーチャーのキングである、たとえ大蟯虫クリーチャーペーストに成り下がろうとも、命ある限り生きる道を模索するものであるっ!』
「ご主人様、何であんなドロドロなのに喋っているんですかあの人?」
「わからんが、もうお終いだってことも理解出来ないんだろうよ、ペーストだからな、あと決してヒトじゃねぇよあんなバケモノ」
「そうですね、お肉に乗せるバターとかの方がまだ硬そうです」
ドロッドロ、というかペースト状になってしまった大蟯虫クリーチャーのキング的な何か。
浄化されすぎて、もはや元の形態を保つことさえ困難な状況に追い込まれてしまったということなのであろう。
見た目としては真っ白の、泡立ち切っていない生クリームを少し硬くしたような、そんな雰囲気なのであるが、絶対に口に入れてはならないものであるということは現時点でも言える。
浄化されたとはいえ大蟯虫クリーチャーは大蟯虫クリーチャーなのだ、完全に消滅するまで迂闊なことはせずに、このままガンガン攻めていくこととしよう。
力を使い果たしたルビアには、もう少しの時間だけ魔力を供給し続けなくてはならないし、ここは物理攻撃主体で戦闘を継続していくべきところか……
「いくぞっ、まずはこの俺様の攻撃を喰らえっ! 勇者スラァァァッシュ!」
『ギョェェェェッ! であるっ! ぺ、ペースト状の我がボディーが飛び散って一部どこかに……行ってしまったようなのであるぅぅぅっ! どこだ? どこであるかっ?』
「ざまぁ見やがれっ! 久しぶりにこの俺様の必殺技が敵に効果を発揮したぜっ!」
「勇者様、言っていて情けなくないですかその台詞?」
『そうであるぞっ! 弱体化した敵にだけ調子に乗る雑魚キャラである貴様の本性が透けて見えているのであるっ! あといつまでフルチ○なのである?』
「うるせぇよ黙れタコが、いやタコじゃねぇな……何だろうえっと……」
「主殿、頼むから食べ物に例えるのだけはやめてくれ、絶対にその食べ物が嫌いになるからな」
「そうか、じゃあしょうがねぇな、何だか知らんがとにかく死ねやこのクソボケがぁぁぁっ!」
そこからはもう一方的な展開であった、直接触れることは一切しなかったのであるが、それでも武器を用いた遠距離攻撃、さらには残雪DXによるGUN攻撃、そして少しばかりの魔力を取り戻したルビアの魔法でフィニッシュだ。
ペースト状になっていた敵のキング的な何かは完全に消え去り、残ったのは慈善活動を続けている元ゾンビ、今は『綺麗な大蟯虫クリーチャー』となった馬鹿共のみ。
もちろんこいつ等も始末して、あとは勝利宣言を……と思ったところで何か臭いような気がしなくもないのだが……




