1214 うっかり燃えて
「ちょっ、貴様フルチ○ではないかぁぁぁっ!」
「そうだよ、そこに何か問題でもあるのか? ないよなそんなもん……なぁ死神?」
「えっ? あっ、その……私に振られても……あとあっち向いてくれないかな……」
「……!? 貴様、どうしてそのお方が我が神であるということを知って……知っているのだ?」
「別に、お前には関係ないことだろうよ、なぁ死神?」
「話しかけないで欲しいのよね、変質者には……あ、いやウソですっ、ごめんなさいっ、ひぃぃぃっ!」
「・・・・・・・・・・」
完全に言葉を発することが出来なくなってしまった裏切り者の守護堕天使野朗、本当に馬鹿なのだが、どうやら俺達と死神との繋がりと、そしてそこから予想される最悪の事態であって、現状起こっている事実であるそれを認識してしまったらしい。
死神は単にコイツを足止めしていただけで、もちろん俺達だけでなくその死神自身も、この馬鹿の裏切りどころか裏切りに気付いていたことさえ気付いていたと、それをようやくここで知ったのだ。
だがもう周りは囲まれてしまっている、窓から逃げようとも外には精霊様の張った『網』が、そしてそれ以外の脱出口は、最初に来ていた仲間と、それからフル○ン勇者様たるこの俺様、さらには立ち上がり、馬鹿に制裁を加える姿勢に入った死神によって固められている。
さて、ここでこの馬鹿はどのような態度を取るのか、というかどのような醜態を晒すのかが見ものなのだが、注意すべきポイントについてはキッチリ監視しておこう。
せっかく俺達が創り上げた後情報を、コイツは先程俺達の敵であり、そしてコイツが新たに協力する道を選んだケツ穴の神に送ってくれたというのに、ここで余計なムーブをされたらそれが台無しになる。
それゆえ、自分のことはもう諦めて、外部に何か情報を伝えるようなアクションを少しでも起こせば、それはコイツを直ちに行動不能にすべきであるという合図にもなるのだ。
もちろんその場で殺してしまうなどというつまらないことはしないし、死ぬ前には『守護堕天使から降ろされて、全ての権限を奪われる』という屈辱を味わわせなくてはならないところ。
であるから、可能であればこの場でおかしな動きはせず、普通にテンパッて無様な姿を晒していて欲しいのだが……まず、そもそもそのようなことを心配する必要はなかったらしい。
こういう馬鹿というのは自分のことしか頭にない、自分が助かれば周りなどどうなっても良いと考えているのが通常であって、コイツもその通常の中に含まれているのだ。
そのような奴が、自分の身を犠牲にしてまで身内の、味方サイドの有利に働くようなことをするはずもなく、ただただどうすればこの危機的状況を脱することが出来るのか、それだけを考えている様子。
こんな奴、社会性の面ではどこかのやべぇクリーチャーにも劣るのではないかと思えるほどだが……まぁ、このぐらいの方が痛め付け甲斐があってちょうど良いというものだ……
「それで、お前何か知らんが汗が凄いぞ、風邪でも引いたんじゃないのか? いや、馬鹿だから風邪はないか、となると……何かヤバいことをしていて、それが発覚したかも知れないということで焦っているのか? 違うか? ん?」
「そそそそそっ、そのようなことがあるかこのクソめがっ! 貴様と違って色々と職務とか忙しくて、それで体調の方をだな……」
「あら、じゃあ氷の玉を持ち出してどこかへ『遊びに』行っている暇じゃなかったんじゃないかしら? それともそれ自体が『職務』だったのかしら?」
「そうね、私もこのエリアを統括する神として、№2であるあんたが何をしていたのか把握しておく必要があるわ、ここまでの行動を事細かに教えなさい」
「我が神、そのような記録は残していないし、多忙すぎてもう何をしたのかさえ覚えていないのです、わかりますかこの忙しさがっ」
「あっそう、でもそれってあんたが無能だからタスクを終えられないだけであって、そういう堕天使には守護堕天使としての素質がないと思うの、違う?」
「違うっ! 本当に激務で激務で、もう風呂に入っている暇もないほどに忙しいのですっ、これは単にこの職務がブラックであるというだけですっ!」
「ふ~ん、ちなみに私、お風呂にさえ入っていないような不潔な堕天使を№2にしておきたいとは思わないのよね、ねぇ、ちょっとだけ辞職してみない?」
「ついでに死んでみたらどうかしら? 最後に笑いを提供してこの世を去るのもなかなかインパクトがあって良いと思うわよ」
「そうねぇ、この下界の精霊が言う通りね、もちろん死神様である私の命令には絶対服従で、それを裏切るなんてことはないと信じているけど、どうかしら? ねぇ、早く死んでよ、じゃないと殺すわよ……この裏切り者!」
「ひぎぃぃぃっ! もっ、もはやこれまでのようだ、サラバであるぅぅぅっ!」
「あっ、逃げたじゃねぇか、自ら犯行を認めたみたいなかたちになったな」
「その前にあんたも犯罪状態を脱しなさい、新しいズボン穿くとか」
「おっと、そういえばフルチ○のままだったぜ、まぁ、新しいズボンぐらい俺ぐらいになれば……替えとか用意してないんだけどよ」
「最低な異世界人だな主殿は……」
ちなみに、窓から逃げ出すという選択肢をチョイスしたクソ馬鹿ゴミ裏切り者野朗は今、精霊様が張った『網』に引っ掛かり、まるで魚のようにジタバタしている。
動けば動くほどに、その水で出来てはいるものの妙に鋭い『網』が絡み付き、さらに肉を切断して……あまりにも凄惨な光景であるのだが、まだまだこんなものでは済ませられない。
ひとまずその『網』ごと馬鹿を回収して部屋の中へと引き戻し、今度は窓側も塞いで、周囲をグルッと囲んだど真ん中に正座させた。
まだ諦めてはいないらしく、どうにか逃げる方法がないかとキョロキョロしている馬鹿であるが、そのような隙があるはずもない。
で、その状況でスッと前にでた死神が、ビクッとなった馬鹿に向かってひと睨み、ついでに指を差して宣言を始める……
「あんたみたいなゴミの裏切り者はもう要らないわっ! てかね、最近まで私、あんたの代わりになる堕天使を探していたんだからっ、出なさいッ、新守護堕天使!」
「あ、はいすぐに……どうも、新しく守護堕天使になるモブB美です、さっきからずっとここに居ましたが……気付きませんよね、スミマセン……」
「……わっ……我が神、これは一体どういうことで……現状、特に守護堕天使を交代するような話というのはなく、もしあったとしても我が天下り先がまだ用意されていなく……どうしてでしょうか?」
「天下り先なんか必要ないわよ、そもそもあんた裏切り者でしょ? 何だかわからない、汚い名前の神に付いたりして、このエリアをどうするつもりだったのかしらね? ねぇっ?」
「そそそそっ、それはぁぁぁっ! それはホントにすみませんっしたぁぁぁっ! 我が神がちょっと不在だったもので、ついその……金銭的なメリットに……それが理由になりますよね普通?」
「なるわけないでしょっ! あんたもうホントに殺す! 殺すったら殺すからっ! しかも守護堕天使の、いいえ、堕天使の地位を剥奪したうえでよっ!」
「そっ、そんなぁぁぁっ! クソッ! どこか逃げるための……ここだぁぁぁっ!」
周囲を見渡した後、遂に脱出するためのルートを発見することに成功したゴミクズ守護堕天使、それは床であった。
本来、堕天使程度の力をもっているのであれば、それはもう魔界人間が造り上げた建物の床ぐらい、当たり前のようにブチ抜いてそこから脱出することが可能だ。
それに気付いて、凄まじい勢いでその床に対して拳を叩き付けるのだが……ダンッという音が響くのみで、特に穴が空くとか、振動で建物が崩壊するなどといった現象は起こらなかった。
これは一体どういうことかと、汗ダラダラで目を見開き、固まったまま考え込んでいる守護堕天使……ではなくなってしまったのであろう。
先程の死神による宣言の瞬間に、この馬鹿野郎は守護堕天使の馬鹿野郎ではなく単なる馬鹿野郎に、全ての権限を失った何でもない存在に変わったのだ。
背中の黒い翼は徐々に縮小し、ついには消えてなくなった……なぜか堕天使らしい衣装も消えて、俺と同じ、いや素っ裸である分なお悪いフル○ン状態になってしまったではないか。
今のコイツはもう、その辺の魔界人間と同等か、最悪それ以下のゴミクズ、モブ野朗に成り下がってしまったのである……
「……クソッ! クソッ! クソッ! クソォォォォッ! 守護堕天使の力でこの床をブチ抜けばっ、ケツ穴の神に助けを求めればっ! ぬぉぉぉぉっ!」
「だっせぇの、ちなみに今のお前じゃそのケツ穴の神も助けてくれないだろうな、だって、単にフルチ○なだけの薄汚い、風呂にも入っていないんだっけ? とにかく臭っせぇおっさんだもん、諦めてこの場で命乞いでもしたらどうだ?」
「そうだっ、まだ命乞いという手段が残っているではないかっ! 我が神! どうかこの守護堕天使めにもう一度、いや5,6回のチャンスをっ!」
「贅沢言ってんじゃないわよ5回も6回も……まぁ、守護堕天使にならそのぐらいのチャンスを与えてやっても良いかも知れないとは思うのよね」
「ほっ、本当にございますかっ!?」
「守護堕天使にならねっ! 今のあんた、単なる全裸なだけのモブだから、そこんとこ勘違いしないでとっとと死んでよねっ!」
「そうだぞ、今のお前の弱さならなんとっ、首を切断したぐらいでもアッサリ死ぬことが出来るぞ、今がチャンスだっ、命乞いが無駄だったんなら、惨殺される前にサックリ死ぬんだよ、さぁっ、さぁっ!」
「ぐぬぬぬっ、貴様のようなサルにそのようなことを言われるとは……代わりに貴様が死ねこの雑魚がぁぁぁっ!」
「おっと、暴力的な堕……天使じゃなくてクソモブだな、おう死神、ちょっとコイツに油掛けてやれよ、良く燃えるやつをなっ」
「くそぉぉぉぉっ! 許さんぞ貴様ぁぁぁっ!」
「ちょっとあんたうるさいわよっ、はい油、あまり燃えないけど火は点くと思うの、ジックリ焼いてあげて」
「馬鹿が、俺が殺るんじゃねぇよ、こういうのはやっぱり後任の堕天使が始末を着けるもんだろ? なぁモブB美さん」
「あ、えっとその……はぁ……」
「チクショォォォッ! どうしてそんな存在感のないキャラが守護堕天使にぃぃぃっ! あっ、ちょっと火種を近づけるとっ、あっ、あっ……あぎゃぁぁぁっ!」
明るいため微妙に見辛いのではあるが、どうやらアルコールランプを燃やした程度のとろ火に焼かれているらしい元守護堕天使の馬鹿。
今のコイツの力だと、やはりこの程度の炎でもダメージが入り、そしてそのうちに死んでしまうことであろう。
もちろん転げ回って火を消そうと必死になっているのだが、油はベッタリとへばり付き、むしろ床のカーペットや木製の机、書類などに延焼して……かなり火が大きくなってきてしまったではないか。
最初はのたうち回る馬鹿を眺めて笑っていたのだが、だんだんと煙たくなってきたため俺達は外へ出る。
最後までその様子を見て、指を差して笑っていた死神も、衣服が焦げ臭くなることを恐れて退室してきた。
火事はどんどんと広がり、やがてやって来た魔界人間の職員にもどうすることも出来ないような状態へと移行する。
なお、魔界人間も守護堕天使の力を完全に失い、炎の中で転げ回っている馬鹿を見て驚いていたが、冷静になり、それが本当に失脚して雑魚に転落したということを確認すると、態度が一変して攻撃的になった。
火を消してくれと必死で懇願する元守護堕天使の馬鹿に唾を吐きかけたり、ションベンをひっかけたりして笑いながら、その要請に応えてやる奴が多数。
もちろん不潔だということで、後のその連中には死神名義の死刑執行通知が届くことになるのだが、やはりこの町では、いや魔界では身分を失った者がどのような目に遭うのか、そのことが確認出来たのはデカい。
この先この町にて対峙することになるケツ穴の神も、どうにかして神の座から引き摺り下ろすことが出来れば面白いのに。
そう考えつつ庁舎の建物を出て、ひとまずこの火事がもうどうにもならないことを確認すると、一度中へ戻り、魔界人間の職員のうち、可愛い女子のみを避難させるようにと命じて、また外へ出て様子を見守る。
燃え盛る炎の中で、出口に殺到して来る魔界人間共、だが精霊様と死神が協力して作った『大変に都合の良い結界』によって、俺が指定した可愛い女子という条件に合致しない者は出口を通過することが出来ない。
だんだんと燃え広がった炎は、やがてその出口付近にもやってきて……最後は一気にその場を包み込み、阿鼻叫喚の地獄を俺達に見せつけながら、残った魔界人間全てを焼き殺す。
なかなか面白いショーであったが、この程度の雑魚キャラが死ぬのを見て満足するようなことはもうなく、もっと調子に乗ったクソ野朗が、必死で命乞いをしながら命を落とす瞬間を俺達は見たいのだ。
まぁ、この火事によって得られたのは、ケツ穴の神がこの地へやって来た際に、協力者であるあのもと守護堕天使が居ないことへの説明が付くということ。
死神に留守を任されていたというのに、裏切ってどこかへ行っていて、町の庁舎をひとつ火事にしてしまった責任を取らされ、殺されてしまったということに出来るのだ。
ちなみにこの場における真実を目撃した敵側のキャラは……そういえば『神の屁』が入った氷の玉はどうしたのであろうか。
火事を眺めて燃えろ燃えろと囃し立てている仲間達の中に、氷の玉らしきものを持った者は居ない。
エリナが持っているのは残雪DXだけだし、死神に至っては完全に手ぶらであるのだ。
となると例のブツはまだこの燃え盛る庁舎の中、そのどこかにあるということではなかろうか……
「なぁ、ひとつ思ったんだがな、俺達重要なものを……何だっ!?」
「わかんないっ、これは凄い力が……爆発するわよっ、全員伏せてっ、その前にせっかく助けた魔界人間の職員を誰か守って!」
「俺に任せろっ! この聖棒をグルグル回す謎の技で、全ての爆風と衝撃波を受け流すっ! ウォォォッ!」
『イヤァァァッ! フル○ンの変態が居るぅぅぅっ!』
「黙れっ、その変態に守って貰っているんだぞお前等はっ!」
「こんな奴に恩着せがましくされるなら死んだ方がマシなんじゃないかしら……」
『イヤァァァッ! 堕天使様どころか死神様が居るぅぅぅっ!』
「……そういう危険物を見たときと同じような反応はやめてよね」
突如として燃え盛る建物の方から発せられた凄まじい力、それは誰かが生き残っていて魔力を、というものの類ではないように思えた。
そしてその直前から気になっていた『神の屁』のこと……間違いなくそれだ、それが熱で溶けた氷の玉と、その中で極限まで圧縮されていた空気から解き放たれたのだ。
気付くと同時に巻き起こる大爆発、避難させた魔界人間の女子職員達はどうにか守ることが出来たし、周囲でもそういう『生きる価値がある者』の犠牲は出ていないようだが、それ以外はもう大惨事である。
付近の建物は完全に倒壊し、多くの魔界人間……もちろん死んでも構わないようなおっさんなどばかりではあるが、爆風によって吹き飛ばされたり、飛び散った建物の破片に引き裂かれたり、とにかくバラエティに富んだ方法で非業の死を遂げたのだ。
これは圧縮空気の玉が、一気に解放された程度のことではないな……その中、封じ込めてあった『神の屁』に引火し、まるごと、その強大なエネルギーごと吹き飛んだに違いない。
でなければこのような爆発が……いや、まだ粉砕された建物の跡地から、その地下辺りから強烈な力の波動を感じるではないか。
となると神の屁がまだ生き残っていて、隙を見てここを脱出しようとしているのであろうと予想出来る。
これを阻止しなくては、せっかく敵に流した偽情報が台無しになってしまうのだから……
「ちょっと、俺は神の屁を始末しに行って来る」
「待って勇者様、さすがにちょっと変だわ、だって……強すぎると思うのよねこの力……」
「この死神って人と同じぐらいです、すっごく強いですよこの下に居る人は」
「そこの狼獣人! 私は人じゃなくて神だから、死神様だから、そこんとこ間違えないでよねっ」
「わぅぅ、すぐ怒るからイヤですこの人……」
「おいコラ死神、カレンをいじめるんじゃないよ、本当に困った人だなお前は」
「だから人じゃないって! それから……この下に居るのも間違いなく人じゃないわね……神よ」
「……もしかしてだけどさ、ケツ穴の神来ちゃった? 何の準備もしてねぇうちによ」
「その可能性は……極めて高いと言わざるを得ないわねこれは」
「鬱陶しい野朗だな、しかしどうする? このまま戦うべきかどうするべきか……と、戦うしかなさそうな感じだな」
「出て来ますよっ、魔界人間とかは後ろに下げて、それから例のブツをっ」
「おうっ、中身が漏れ出したりしないよう、慎重にセットしてくれよな」
『あのすみません、私に何を発射させようというのですか? マジで何なんですかそれ?』
「うるせぇちょっと黙っとけ」
『・・・・・・・・・・』
うっかり建物と一緒に燃えてしまったらしい神の屁、それが爆発したかと思いきや、いつの間にかそこに神が、ケツ穴の神本体が出現していたらしい。
屁は神によってこかれ、そしてその屁が神を呼び寄せたのか、それとも屁が神そのものであったのか、それは今のところわからないし、わかりたいとも思わないことだ。
とにかく建物の跡地の地下から、ケツ穴の神らしき何かが地上に出て来るということだけはもう間違いないこと。
その姿が見えるまではこの場で構えを取って待機し、最初に一撃を加えることが可能であれば、いきなり例のブツを喰らわせてやろうといったところだ……




