1209 ひとつに
「……みなさん、こんな朝っぱらからお集まり頂き、誠にありがとうございます……さて、そろそろこの温泉宿も外の世界と繋がってしまう時間がくるわけですが、ここで、事件に関して皆さんにお知らせしたいことがあります」
「えっと、もう犯人が捕まっている以上何もわからないんじゃ……」
「お知らせしたいことがありますっ! なんと犯人がわかったのです!」
「だからもうわかって……いえ、何でもないです……」
「やらせといてあげて、極端に頭が悪いだけだから、ちゃんと最後までやれば満足するのよ勇者様は」
「そうでしたか……ところであの隅っこで蠢いているズタ袋は……真犯人じゃないですよね?」
「真犯人ではありません、昨日森で捕まえたチンパンジーです」
『チンパンジーはお前だっ! 出しなさいぅt、ここから出しなさいってば!』
「誰か、ちょっとあのうっせぇの黙らせてくれ、話はそれからにしよう」
犯人が誰なのかハッキリしたから、それが捕まったからもうこの事件は終わりであると、そのように考える奴が多いというのは非常に残念なことである。
事件の完全な解決のためには、最後の最後で生き残っているキャラが一同に会し、そこで衝撃の真犯人発表をしなくてはならないのだ。
そのようなことを一切意識せずにツッコミを入れたり、興味を失って帰り支度を始めたりといったことをしている連中は、次の温泉旅行で連続殺人事件に巻き込まれて死ねば良いのにとも思う。
それで、俺だけが1人、ノリノリで真犯人の発表をしつつ、予め良い感じの場所に立たせてあったモブB美さんをビシッと指差して犯人確定の宣言をすると、ロビーに残ってくれていた数名が、申し訳程度の拍手を捧げてくれた。
だが、その数名が気になっているのは真犯人のモブB美さんではなく、ズタ袋に入れた状態で転がしてある、共犯者の死神のことである。
これについては昨夜、最後に殺されたアーマードエリート君の事件の際にポッと、何の前触れもなく登場した『もう1人の真犯人』であるから、気になる人間に対しては説明をしておかなくてはならないものなのだ……
「はい、先程からやかましかった……軽く蹴飛ばしたら静かになった山のチンパンジーですが、お察しの通り、昨夜エリート君の死体が投げ込まれた際に見えていた、もう1人の犯人はコイツです」
「あの、袋を開けて中を見てみても良いですか?」
「構いませんが、大変凶暴ですのでお気をつけ下さい、何かあっても当方は一切責任を負いませんので」
「あ~、はいはい、よいしょっと……女の子? 死神みたいな格好ね、コスプレして連続殺人とかウケる」
「コスプレなんかじゃないからっ! 私は正真正銘魔界から来たしにっ……もごごごっ」
「そうっ、この女の子は死神のコスプレをしたちょっとかわいそうな変質者なんです、そしてそれと偶然にも出会ってしまったモブB美さんは、かねてより温めていた計画を死神の仕業とか、そういう系のアレということにしつつ実行に移したのですっ! その女の子に罪を擦り付けるためにっ!」
「いえ違いますけど……」
「……まぁ、そういうことにしておいてくれ頼むから」
こうして最後の真犯人発表イベントは幕を閉じ、残っていてくれた数人も自分の部屋へ、帰りの荷物をまとめるために戻って行った。
残されたのは俺達勇者パーティーのうち、探偵ごっこをしていて帰りの支度をしていないメンバーと、真犯人のモブB美さん、それからとっ捕まった死神さんである。
なお、殺害された連中の死体に関しては、裏の焼却炉で燃やしていない分につき、定期的に廻って来る憲兵がチェックし、適当に処分しているのだという。
さすがは『殺人事件』を売りにしている温泉宿なのだが……毎週末に道路が寸断され、陸の孤島となったこの場所で殺人事件が起きているというのは非常にアレなことだ。
少なくともこの宿の大半の場所で、惨殺された死体が発見された経歴があると思うと……恐がりな仲間にそれを言うのはやめておくこととしよう……
「それで、モブB美さんと死神の奴はひとまず逮捕して、それからどうするわけ? 結局どっちも魔界にってことにはなると思うんだけど、モブB美さんの方はそのままで良いのかしら?」
「そのままというと? 何か別のプロセスが必要なのか?」
「いやそりゃ連続殺人事件の犯人としてせっかく捕まえたんだし、この手柄を他の人族にアピールするために公表とか……しない感じ?」
「しても良いんだけどな、モブB美さん、この影の薄さだぜ、今だって女性グループの連中も、本当は従業員として雇っていたはずのベンチャーグループの2人も、誰も本人のことを意識していない感じだったからな」
「確かに、批難するわけでもなく『ただそこに犯人として名指しされた人物が居る』ってだけの感じだったわよね、もう知り合いでさえない勢いで」
「そういうことだ、だからこのモブB美さんを憲兵に突き出しても、すぐに忘れられてしまうだろうし、公開処刑するにしても観客が集まらないかも知れないぞ、誰一人としてな」
「う~ん、最悪の場合だと連行している途中にどこかに忘れてしまいそうね……」
などという話をしつつも、この段階で既に放置され、ずっと立たされたままにされてしまっているモブB美さんであった。
とにかくどうするべきなのか、その結論は出ないままなのであるが、このまま『契約に基づいて』というかたちで死神に引き渡してしまうのはアレだ。
少なくともこちらで捕まえた事件の犯人なりの扱いをしてからでないと、俺達人族側に立つ者としては納得がいかないというか何というかなのである。
まぁ、死神の方も現在は拘束され、ズタ袋に詰め込まれた状態であるし、もしそこから脱しても俺達に勝つことなど出来ないということは百も承知であるはず。
よって余計なことをされる心配はないため、ゆっくり考えて結論を出して……と、出掛けていた宿のジジィが帰還したではないか、これは道路等の寸断が解消されたということに違いない……
「やれやれ、ようやっと道が開通しましたじゃ、それから開通を見越して先に待機していた王都の憲兵が、犯人をふん捕まえに来るそうですじゃ、間もなく」
「チッ、説明が面倒臭そうな奴等がまた増えるな、おいジジィ、やっぱお前アレだ、実は自分が真犯人でしたとか適当なこと抜かして殺されて来いっ」
「それは出来ませんじゃ、というかやっても無理なことですじゃ」
「どうしてだよ? もっとこう、血糊とかベッタリにしてから行けばリアリティとかもアレだろ」
「一度会話して、すぐに戻って来たら血糊ベッタリの殺人鬼になってるって……軽くホラーじゃないそれ……」
「まぁこの世界ならそういうことがあってもおかしくはないだろうよ、何もかもいい加減の極みなんだから、で、どうして無理なんだよこのクソジジィ!」
「我々温泉宿の人間は皆、数多の事件現場に遭遇した、というか居るところ居るところで事件が起こるという何とも言えない存在ですじゃ、そして……いつの間にかですじゃ、我々のような者が『犯人かも知れない』と疑われることなどなく、もし証拠があって、自白まであったとしてもそれはスルーされて……」
「何だか悲しい奴だな、でも話が長いからもう黙れ……で、しょうがないから憲兵を説得して、モブB美さんはこっちで処分するってことで……本人はどうなんだ?」
「……えぇ、私はもうどちらにせよ堕天使? という存在に堕とされることが確定していますし、目的は十分に果たしたのでどうでも良いです」
「そうか……普通に可愛いから死刑にするのはナシだな、となると……おい死神、ちょっと良いかっ?」
死神に問いたかったのはモブB美さんが堕天使になる際、別に生きたままでも大丈夫なのか、或いは一度死ななくてはならないのかということ。
もし死ななくてはならないのであれば、余裕の感じで帰路に就こうとしている事件の生き残り連中に、その処刑を任せようと思ったのであるが……そうでもなかったらしい。
生きていても死んでいても、とにかく重要なのは肉体が綺麗な状態で残っていることなのだと死神は言う。
もちろん壊れていても大丈夫なのだが、その使用の際には元の肉体をそのまま使うことになるため、修復をしなくてはならないのが面倒だとのこと。
その程度であれば自分でどうにかしろと言いたいところであるが、まぁ、殺害しなくても堕天使として使えるのであれば、状況を鑑みて死刑にはしない、させないようにする、それがベストな選択肢なのであろう。
そこまで考えたところで、モブB美さんのことなどもうすっかり忘れた様子で宿を出て行った生き残り連中と入れ違いで、王都の憲兵らがロビーに突入して来たのであった……
「おぉっ、これは異世界勇者殿ではございませんか、事件を解決したのですな? でしたら早速犯人を」
「犯人はコイツだが……こっちで使うから任せて貰えないか? ちょっとまだ用があってな」
「左様ですか、しかし今回の件は王都でもそこそこ報道されておりまして……何しろ『予定されていた殺人事件で探偵が居ない』とかいう前代未聞の状況でして……どうにか、その犯人や責任者を始末しなくてはならないのですよ」
「じゃあ、このジジィを持って行け、コイツの発注ミスで少年探偵じゃなくてキモオタ童貞が来たんだ、しかも200匹も、あと全部このジジィが殺した」
「いえ、宿のジジィはちょっと……また次の事件でも必要になるかと思いますので……どうかその犯人をこちらへ」
「こんなくだらない事件の顛末がそんなに気になるのか王都民は……」
しつこく食い下がってくる憲兵の代表者、死体なき殺人、とかならまだしも、探偵なき殺人で、しかも魔界の神が関与していたクソ事件である。
こんなもの、適当な結論を勝手に付して終わりにしてしまえば、そのうちに忘れ去られることであろうといったところなのだが、そうはいかないものなのであろうか。
その後も交渉を続けるものの、このままでは埒が明かない、ずっと平行線の状態のまま話が進まない時間が続く。
もう諦めてモブB美さんを渡してしまおうかと、そして後を追って、その存在が忘れ去られたところで再び回収しようかとも思った。
だがそこで、これこそ完全に忘れていた要素のひとつが、今になってようやく現われた、というかこの世界に顕現したのである。
神々しい光と共に、宿のロビーの天井付近から出現したその姿は、まさしくこの世界を統べる神、魔界ではなく神界の、正統性を持った女神だ……
「……ふぅっ、ようやくこのエリアに入り込むことが出来ました、少し遅れてしまったなと思っていたら、何か超封鎖されて突破することも出来ずに……勇者よ、温泉はどこですか?」
「今更何なんだよお前は? もう温泉も入り終わったし、それに殺人事件の方も解決してしまったぞ」
「あら、では私だけ、これから2泊3日ぐらいでここに滞在することとします、勇者よ、あなた方はそのまま冒険に戻りなさい、新年を祝う気分などもうとっくに抜けたでしょうから……ところでこのむさ苦しいスタイルの人族は? どうしてここで土下座しているのでしょうか?」
「へへーっ! まさかいきなり女神様がご降臨あそばされるとは存じ上げませんでぇぇぇっ! このような格好で申し訳ございませんでしたぁぁぁっ!」
「ちょっ、お前等マジでうるさい……で、今回の事件の犯人なんだがな、かくかくしかじかでアレでコレで……魔界の死神がそこでボーンッと……」
「なんとっ!? そういうことでしたら早く言って下されば良かったのに……まずそこの人族よ、あなた方にはコレを与えます、逮捕して、人族の町へ戻って処刑すると良いでしょう」
「へのへのもへじの案山子じゃねぇか、どこの畑からパクッてきたんだよこんなもんを……しかも動くっ!」
「こっ、これはそこの犯人にそっくりなっ! あり難き幸せっ! ではホンモノの代わりにこちらを持ち帰らせて頂きますっ!」
この連中にはモブB美さんがどのように見えているのであろうか、甚だ疑問ではあるが、とにかくこれで解決したということだけは間違いない。
へのへのもへじ顔の案山子を抱えて帰って行く憲兵達、その顔には達成感というか何というか、これで仕事が終わった感があったのだが……『馬鹿な憲兵が案山子を殺人犯として処刑した』という内容の記事が王都に出回るのは、そう遠くない未来のことであろう。
で、邪魔者が去ったということでこちらも事件解決、死神が入った袋を開けてその中身を女神に見せてやり、確かに邪悪なオーラを放つ魔界の神であるということを認めさせる。
女神も、そして死神の方も、突然の遭遇に大変驚いた顔を見せたのであるが、良く考えた後、立場というモノを理解してそれなりの態度へと変化していった。
女神の奴は何もしていない分際で偉そうに、そして死神は床に正座して、その後ろにはこれから部下にするモブB美さんを同じく正座させて……かなりビビッている様子だが、先程までの威勢はどこへ行ってしまったのであろうか……
「……なるほど、この世界に干渉するのはおろか、悪の心を持った殺人犯キャラをスカウトして、堕天使として傍に置こうと、そういうことを企んでいたということですねあなたは?」
「えぇ、まぁ、その……だってしょうがないじゃないの、使えそうだったんだものこの人族……」
「言い訳は無用ですっ! あなたには、そして後ろの、これから堕天使として魔界の第一線で活躍する予定の、しかし今現在は単なる人族の罪人にすぎない者よっ、あなた方には神罰が必要ですっ! これを受けなさいっ!」
『ひっ、ひぃぃぃっ! かゆいっ! 何かかゆいっ、かゆいぃぃぃっ!』
「これは悪の心、邪悪なオーラなどに反応して、対象者の全身が何かめっちゃ痒くなる神罰です、1時間程度効果が継続しますので、その間にこれまでの罪を悔い改めなさい」
「ひぎぃぃぃぃっ!」
「いやぁぁぁぁっ!」
「……これさ、痒くて痒くて反省するとか悔い改めるとか、そういう感じにはならないんじゃないかと私は思うの、どうかしら?」
「水の精霊よ、そういうツッコミをしているようではまだまだ神への道は遠いですよ」
「何であんたにそんなこと言われなくちゃならないの、ゴミの分際で言葉を慎みなさい」
「……私、この世界の女神なんですけど」
良くわからないのだが、とにかく神罰を執行された死神とモブB美さんは、全身が相当に痒いらしく床をのた打ち回っている。
もちろん着ているものは徐々に脱げてきて、モブB美さんに至ってはもう、ほとんど衣服を着用していないのと同じ状態だ。
死神の方も、性格は生意気極まりないのだが、見た目は非常に良いものであるため、その明らかに死神を表現したコスチュームがはだけないかと期待してしまう。
ゴロゴロと転がりながら痒がるモブB美さんと死神、ダブル全裸、いや全裸よりももっとエッチな格好で絡み合う瞬間が来るのはもう今しばらく。
ランダムに動き回っていた両者が、部屋の中央に引き寄せられるようにして接近し、そしてぶつかった拍子に衣服が……死神の方だけどうにかなってしまったではないか。
いや、死神が着用していた死神コスチュームがどうにかなってしまったわけでは決してない、そちらではなく、死神の現物の方が……消えてしまったのである。
慌てて周囲を見渡しているのは俺だけでなく他の仲間達も、そして女神に至ってもその行方を見失ったらしく、必死になって目線を動かす。
「……どこだっ? もしかして逃げ出しやがったのかアイツ?」
「そんなはずはありません、ここから、女神である私の領域から脱出することなど……」
「それは容易でしょうよ、でもおかしいわね、モブB美さんとぶつかったところで……あ、もしかしてこれ、融合していないかしら?」
『……どうやらバレてしまったようね、そう、私はこの人族、いえもう堕天使に内定してんだけど、その中に隠れているのよ、肉体を顕現させるのをやめて、よって痒くないわけ、どうかしら?』
「神罰を不当に回避しておいて調子に乗ってんじゃねぇよ、おい女神、もっとこう、アレだ、ハードなやつをお見舞いしてやれ」
「わかりました、では……はいっ、これでどうでしょうか?」
『あら? 特に何も……家の鍵が消えたぁぁぁっ!?』
「あなたの大切なものをひとつ、没収させて頂きました、これが神の罰です」
『そんなぁぁぁっ! ちょっとっ、イヤよ鍵壊して中に入るのっ! 返してよ私の家の鍵ぃぃぃっ!』
「うるさい奴だな、どうせ俺達が攻め上った際に、鍵どころか邸宅ごと吹っ飛ばされていたんだぞ、そうならなかっただけあり難いと思え」
「それと、モブB美さんとバラバラに、違う理由で悲鳴上げるのやめて欲しいですね、何か不協和音でどうにかなりそうです、特にカレンちゃんが」
「わうわうわうわう~っ、わう~っ」
「ホントだえらいことになってんぞ! おいカレン! しっかりしろカレン!」
「わうわうわう……わうぅぅぅっ!」
「ギャァァァッ! 俺が大丈夫じゃなくなったぁぁぁっ!」
「ほらほらカレンちゃん、勇者様が千切れちゃうから、もうその辺で正気を取り戻してあげてっ」
しばらくの後、『不味い』という顔で人の二の腕をその牙から解放したカレンであったが、俺の方のダメージは甚大につきしばらくの回復機関が必要である。
その間に女神によるモブB美さんへのお仕置きは完全に終わり、まるで上等な軟膏でも塗ったかのように痒みが収まったのだという。
だがその体はもう、モブB美さんのものではなく、死神によって新たに任命された、最上級の打点氏のものであって、もちろん死神の側近として、これから何万年も使用しなくてはならないものだ。
それを本当にわかっているのか、モブB美さんは当たり前のような顔でその状況を、そして中に入り込んでいる死神を受け入れているのであった……




