1203 第二の事件は
「おいっ、血だぞこれ血! 部長! 大丈夫なのか部長? そこに居るのか? おい開けるぞ部長!」
「ちょっ、ちょっと待て、状況が状況だからな、もしかしたら殺人鬼がまだこの中にいるかも知れない、或いはバケモノがその部長とやらを喰らってだな、そのままこの温泉宿に居る人間を全部……みたいな状況でないとは言い難いからな、ちょっと下がっていろ全員」
「ひぃぃぃっ! そっ、そんなことが現実に起こるわけがっ」
「そんなことが現実に起こり得なかったら勇者パーティーは要らないんだ、起こり得るから俺が異世界から召喚されて、そして戦ったんだよ、お前等のためになっ!」
「この状況でなんと恩着せがましい、さすがは異世界勇者だ、性格のクズさが段違いだぜっ!」
「お前、次の犠牲者にならないように気を付けた方が良いぜ、で、じゃあちょっと部屋を開けてみるか……」
ドンッと衝撃を与えると、簡単に壊れた部屋の扉とその鍵、中にはチェーンロックまでされていたようであるが、単なる金属のチェーンであるため、勇者である俺のパワーをもってすれば細糸も同然。
ブチッとそれを引き千切りつつ、後ろで知らないおっさんが灯していた明かりを受け取ると……床に広がっている血の発生源がそこに落ちていた。
全身500ヶ所以上を刺され、もはや刺されたというよりもミンチに近い状態と成り果てていた『部長』であった何か。
とんでもない光景であるが、とにかくこれで第一の殺人事件の方が発生した、つまりここから起こる様々な事象のトリガー引き完了したということ。
死体などそこら中に落ちていて、自分でそれを作ることも多い俺はこの程度のことで驚いたりしないのであるが、どうやら王都にさえも慣れていない、田舎出身、在住らしいおっさんが……まるでこの世の終わりのような絶叫を発する。
やかましいと同時に、これであれば母屋でうぇ~いしている仲間達にも、この離れで起こっている何かがあるということが伝わるであろうと、そうも思った絶叫。
ひとまず隣に居たおっさんがその叫んでいるおっさんを殴って気絶させ、叫んでいたおっさんは部長のおっさんから流れ出た血の中にダイブして真っ赤なおっさんとなって……おっさんばかりで話にならないな……と、そうこうしている間にセラと精霊様がやって来たではないか……
「お~いっ、どうしたのかしら……って、殺人事件が起こっているじゃないの、しかもそこで倒れているの、さっき一緒に行ったおっさんよね? それが殺されちゃったわけ?」
「いいや、コイツはやかましかったから気絶させてあるだけだ、死体はここ、この『解凍した挽肉からめっちゃドリップ出ちゃいました』みたいなのがさっき『部長』って呼ばれていた奴の成れの果てだ」
「まぁ気持ち悪い、よっぽど犯人から恨まれていたのね……ひとまずロビーの人達にも伝えて、探偵が名乗り出てくるようにしないとだわ」
「そうだな、ということでうぇ~いの時間は終わりだ、これからは真面目な謎解きのフェーズだから、ふざけずに、あと酔いを醒ましておくように」
『うぇ~い……』
おっさんの群れと共に一旦ロビーへと戻ると、先に戻っていたセラが状況を伝えてあったらしく、初めて見る顔である宿の従業員らしき連中まで、一堂に会して探偵の登場を待っているような状態であった。
だがそんな中、温泉宿の経営者であるババァだけが何か困ったような表情で……後ろに控えるジジィも同じか、まさか何かトラブルが起こったのかも知れない。
そしてそのトラブルとして最も困るのが、実はこの場所には探偵など居ない、単に客と、その中に紛れ込んでいた殺人鬼が居るだけであって、誰も推理が出来ない以上事件は解決しないという結末だ。
うむ……どうやらそうであるらしい、先程から俺の仲間達が、しきりに『お客様の中に名探偵は居られますか?』という内容の発言をしているにも拘らず、一向に名乗り出る者がないのだから……
「おい女将にオマケのジジィ、お前等探偵の方はどうなってんだ? 殺人事件が起こってんだぞ、探偵ナシじゃどうしようもない状況だ」
「う~む、実はですな、今週もきっと殺人事件が起こるであろうと予想して、いつものように『少年探偵』の派遣を要請しておいたのですが、何分わしらも歳でして……」
「注文出来ていなかったのか? まさか『カートに入れる』をして、そのまま注文を確定せずに放置したとでも言うのか?」
「いいえ、そこまで馬鹿ではありませぬが、ジジィがちょっとやらかして……」
「ヒッヒッヒ、『少年探偵』と間違えて『キモオタ童貞』を注文してしまいましたですじゃ、昨日になって届いた荷物を開けたら、何かわけのわからんキモいデブが入っていて……やらかしたかもなと思った次第ですじゃ」
「そんなもん『てい』しか合ってねぇし字も違うだろ馬鹿がっ!」
「で、使い物にならないかもだけど、そのキモオタ童貞とやらはどこに居るわけ?」
「キモかったのでそこの物置に放り込んでおいたら死にましたですじゃ、臭そうなので開けずにそのままにしていますじゃ」
「もう最初から殺人事件起こってんじゃねぇか……まぁ、キモオタ童貞が1匹死んだところで、人の命が失われたことにはならんからセーフか……」
「いいえ、それがジジィは数の方も誤発注していましてな、なんとほら、キモオタ童貞が200匹!」
「ゲェェェッ! 死屍累々じゃねぇかっ、良いからそこ閉じろよもうっ!」
ババァが倉庫の戸を開けると、どうやってその狭い空間に収納されていたのであろうかというほどの、大量のキモオタ童貞が雪崩を起こす。
全て死んでいるようだ、まぁ、暑苦しいデブを明らかに足りない空間に詰め込んだのであるから、そこで圧死するなり何なりというのは仕方のないこと。
しかしこれでもう『探偵』の方に期待することは出来なくなってしまった、もちろんキモオタ童貞が生きていたとしても役には立たなかったのであろうが、それでも何か特別なキャラが居ないというよりはマシであったかも知れない。
だがここでとやかく言っていても埒が明かないという事実がある、2泊3日を経過しない限り、外界との交通は断絶されているわけであって、今ここに居る人間だけで、そのなかから真犯人を見つけ出さなくてはならないのだ。
まぁ、普通に考えて無理なことなのであるが、最悪の場合には最も犯人らしい顔をしたおっさんやその他野朗の中から、抽選で真犯人を決めてそいつを憲兵に突き出せば良い。
あとはもう、速攻で処刑させてしまえば死人に口なしであって、それで事件が解決したことになるのはもう言うまでもないことだ。
また、先程の『部長』の殺され方からして、今回の事件は怨恨によるものである可能性が極めて高い。
となると、真犯人もターゲットを殺り尽くした際には、もうそれ以上誰かを犠牲にすることもないであろうというのがポイントである……
「え~っと、それじゃあどうしますか? ひとまず今日は探偵が居ないのでお開きということで、それぞれの部屋に戻って朝を待つということで……」
「王女様の意見に賛成です、なぜならば王女様の発言だからです」
「ありがとうございます、この温泉宿の常連の方々……と、実はですね、あなた方の中から探偵が出てくるのではないかと、私達はそう予想していたのですが、違いましたね……」
「そんな探偵なんて、私達は一般の、この温泉宿を頻繁に利用するというだけで、あ、そういえばこっちのこの子、去年ここで起こった事件の犯人だったんですが、そのぐらいです」
「マジかよ犯人出ちゃったよ、何で逮捕されてねぇんだよ犯人……」
「それが、忘年会でトリックを駆使してパワハラとセクハラの権化だった係長をブチ殺したんですね、ステージ上で……でもそのトリックを暴いた探偵さんも交通が回復した後に来た憲兵の人も、その係長があまりにもクズだったんでセーフだと……」
「そんでお咎めナシと、すげぇなこの異世界は」
「どころかセクハラの賠償として、係長の財産のおよそ99%が私にきましたから、そのお金で今こうやって遊んで暮らしています」
「・・・・・・・・・・」
とんでもない話を聞いてしまったような気がするのだが、この世界においては殺人程度、キモい奴から発せられるセクハラムーブと比べれば、あってないような、取るに足らない『違反』であるということだ。
で、常連グループでかつその中にかつての事件の犯人も居るというこちらの女性だけの集団にも、そして現に『部長』が殺害されているもうひとつの集団にも、それぞれ注意を払ったうえで、事件の解決を目指すことになりそうだ。
だがまぁ、実際に犯人を見つけたところでどうということはないし、もう事件が起こってしまっている以上、『殺人事件』というイベントだけは回収することが出来ているため、あとは2泊3日、温泉を堪能するついでに、ゲーム感覚で殺人事件の方に手を掛けることとしよう……
※※※
「あ~あ、最初の事件をあんな感じで見落としちゃうなんて、もっとこう、黒い真犯人にザクッと殺られるとことか見たかったのに」
「なかなか難しいし、そもそも最初の事件で目撃者が出ちゃうとつまらんだろうが、次以降はどうなるのか知らんがな」
「それよりも、今回の件は誰が殺ったんでしょうか? 私もちょっと見に行きましたが、あれだけメッタ刺しにされていたということはもうかなりの恨みが……」
「その線でいくとあっちの『ベンチャーグループ』の誰かが犯人なんだろうな、俺がノリノリで『部長』の部屋を見に行こうって誘ったときにはもう犯行は『済』だたってことだよな?」
「まぁ、そう考えるのだが妥当かしらね、もうひとつの『女子グループ』の方にも、かつての犯人で、しかも状況からして許して貰えた子が居るってのもアレだけど」
「う~む、考えても考えても、絶対にわかりそうにないよな……まぁ、ひとまず酒でも飲みながら第二の事件が勃発するのを待とうぜ、今度はどいつが殺されるかだな」
年明け早々に、いや『部長』は旧年中に始末されていたのかも知れないが、とにかく明けまして大事件といった感じの状態になってしまったこのボロい温泉宿。
元々事件が起こるのはわかっていたというのに、探偵が存在しないというあり得ないイレギュラーのせいで、これから先の見通しが立たない状況が続いている。
そしてそれは規定の2泊3日でスッキリと、謎が解けて犯人が逮捕されるのを見届けてから帰りたい俺達にも、そして本来は殺されずにすむはずのキャラが、ついでということで殺されてしまうかも知れない他のグループにも影響していることだ。
まぁ、現時点では犯人としてでっち上げる候補の最有力があのジジィ、少年探偵を頼むつもりがキモオタ童貞を、しかも200匹も誤発注してしまった使えない馬鹿である。
あとは『ベンチャーグループ』の中で、そこそこに気持ち悪い顔面を持った、あまり存在していて気分の良いモノではないような野朗キャラもサブ候補として……と、ここで酒が尽きてしまったではないか……
「はわわっ、お酒、貰いに行って来ます~っ」
「いや、アイリスはそこで待っていてくれ、戦うことが出来ないんだし、この温泉宿にはまだ殺人鬼がウロ付いているわけだからな、うっかり第二の犯行を目撃してしまったなんてことになれば大事だぞ」
「逆に私はその目撃者になりたいわね、ということで一緒に行ってあげるわ」
「うむ、じゃあ俺と精霊様で行って来る、ジジィに頼むとまたわけのわからんもんを間違えて寄越したりしそうだからな、ババァの方を探そうぜ」
「そうね、出来れば朝までの分……樽をいくつか用意して貰いましょ」
せっかく1階で、しかもその宴会場という性質上、厨房に近い部屋に宿泊している俺達。
精霊様と2人で連れ立って外へ出たは良いのだが、一瞬で目的の場所に着いてしまった。
これでは第二の事件の目撃もクソもないのだが……と、厨房の奥で居眠りをしているスタッフが居るようだな、しかも赤ワインを大量に溢して、自ら挽肉になってそれに漬かって……いや、そうではないらしい……
「……死んでる……わね?」
「間違いねぇな、しかもさっきの『部長』と同じような殺され方だ、コイツ、温泉宿のスタッフなんだよな? どうして……と、ひとまず誰か呼ぼうぜ……おぉぉぉぃっ! 誰か死んでんぞぉぉぉっ! おぉぉぉぉぃっ!」
「あんたもまたやかましいわねぇ……あ、ほら『ベンチャーグループ』の連中が先に集まって来たわよ」
「鬱陶しい感じでな、お~い、こっちだこっち、何でかは知らんが宿の従業員がブチ殺されてんぞ~っ」
ワラワラと集まって来たのは女性でも何でもない、気持ちの悪い顔面のおっさんばかりであった。
おそらく声が届く範囲の部屋に居たのがこの連中であったということだが、こんな奴等が来ても何の解決にもならない。
ひとまず従業員の死体を見て驚き、またしても事件が起こってしまったのかなどとわかりきったことを口々に……と、冷静になって何か手懸かりがないのかを探し始めている奴もいるようだな。
とはいえ先程初登場して、そして台詞も何もなかった宿の従業員が殺害される理由などあるはずもなく、手懸かりなど発見することは出来ないであろう。
そうも思ったのだが、死体を調査し始めていた、ベンチャーグループの若手だというエリート君が何か、そこにあることにつき理由がありそうなものを見つけた。
グッチャグチャであるが、指先に自らの血液を付け、それを使って壁に文字を書いたようなもので……これはダイイングメッセージではなかろうか……
「間違いありませんね、これはこの被害者が死にながら書いた、事件を解決すべき者に向けてのメッセージですっ」
「とはいえ読めないな、何かの暗号なんじゃないのか? どうだ精霊様?」
「う~ん、普通に字が汚いだけだと思うのよね……ちょっと読めないわこれじゃ」
「あ、私であれば読むことが出来るでしょう、王都の学院の大学部では『汚い字判読学』を専攻していましたから」
「その学問、何の役に立つのかしら……まぁ、今のために準備されていたってことにしておきましょう……」
「ではえ~っと……この角度から見た方が読み易いですね、なになに……『霜降りの、我が身散りける、雪の宿』だそうです」
「それダイイングメッセージじゃなくて辞世の句だろ、要らねぇんだよそういうの……」
「まぁ、確かに霜降りっぽい体型の人族よね、犯人に繋がる情報を何ひとつ遺さずにくだらない句なんか詠んでた馬鹿だけど」
犯人によってメッタ刺しにされ、死にながら必死に考えたのであろう辞世の句、こんなグッチャグチャの状態でどうしてそれだけ書くことが出来たのかという疑問もあるにはあるが、何のヒントにもならないただのヘタクソな俳句なので気にしないでおこう。
しかしこれで犯人の予想がさらに難しくなってしまったな、このままベンチャーグループの中からまた死人が出て、その生き残りが疑わしいということになれば話は早かったというのに。
そもそも先程の『部長殺し』とまるで無関係な宿の従業員が第二の被害者であるということについても、何の脈略もない、意味不明な続き方ではないか。
これで次は女性グループの方から被害者が出るなどということになれば、どんどん混乱が進んで最終的には犯人などどうでも良くなってしまいそうだ。
もちろんでっち上げでも良いので最後の最後、誰かを崖にでも追い詰めて『自白』させないとならないのであるが……まぁ、それは暴行して殺害を仄めかし、強制的に自分が犯人であると言わせれば良いので問題ないか。
で、ようやく宿の経営者のうちババァの方がやって来たため、事情を説明して従業員の死体を、一緒にやって来た他の従業員に片付けさせる。
もちろんその際にはアリバイを、この第二の犠牲者が出た瞬間、その付近の時間帯で何をしていたのか、どこに居たのかということを聞いておく。
さらに女性グループや、ベンチャーグループのうちの女性陣も、騒ぎに気付いて2階の部屋から降りて来たため、念のため話を聞いておくこととした。
この段階で怪しい、というかアリバイがない奴は居ない、第一の事件では酒を飲んでいたという性質上、誰もが一時的には便所などで抜けているはずであるから、逆にアリバイがある奴の方が少ないのであるが……
「え~っと、これでさっきまで誰が何をしていたのか、全部出揃ったわね、どうかしら?」
「さぁな? てかこういうのってさ、一番怪しくない奴が犯人ってオチになるんじゃないの普通?」
「となると……このベンチャーグループの、ほら辞世の句を発見したエリートと、それから女性グループの一部、あとは宿の従業員全員、この辺りが第一の事件と第二の事件、どっちもアリバイを有しているわ」
「なるほど……いや、他はわかるがエリート君はおかしいだろうよ、だってさっきはロビーで他の奴等と一緒に酒ばかり飲んで……もしかして便所行ってないとかか?」
「そうなの、お酒を飲むとすぐに赤くなるから一滴も飲まなくて、それでも素面のままパーリィには参加して……みたいな感じだったみたい」
「ふむ、それは怪しいな、実に怪しい奴だぞ、きっと犯人に違いない」
「適当に決めすぎな気がするんだけど……まぁ良いわ、じゃあエリート君が犯人ということで、一旦皆の所に戻って話をしましょ」
「あとアレだぜ、本来の目的である酒の獲得も忘れたらいけねぇぜ」
「おっと、そんなのもあったわね」
こうして第二の事件現場を離れた俺と精霊様、今はもう真夜中で、そろそろ日の出のことも考えなくてはならない時間帯である。
このまま朝まで酒でも飲みつつ、皆で適当に推理合戦でもしておこう、もちろん正解に辿り着くことが出来るなどとは思わないが……




