1201 旅行へ
『はいは~いっ! 福引剣を持っている人はこちらで~っす! 早くしないと特賞が出ちゃいますよ~っ! お早めにどうぞ~っ!』
「凄い数の人が並んでいるみたいですね……あ、でも皆どんどん進んで……でっかい抽選機が共用なんですね……」
「何かガラガラしてます、それと……どうしてガラガラを回す係りの人は殺されているんですか? その『福引剣』ってので刺されてますよ」
「もう意味がわからんぞ、商店街のスタッフの人は……あ、いつも行く肉屋のおっさんじゃないか、どうも~っ」
「おぉ、勇者パーティーが帰還していたとは、買い物して福引剣で抽選ですかな?」
「そうなんだけど……何コレ?」
「これは今年の……後半ぐらいかな? その辺りから商店街で万引きとかして捕まった奴を、殺さずに冒険者ギルドの地下牢にストックしておいたものを、福引の係員として使っているわけで……ほら、ああやって福引剣を突き刺すと……」
「なるほど、刺されてもがき苦しむと、その動きでがらがらの抽選機から何やかんやで玉が……みたいな感じなのね、実に悪趣味だわ」
「まぁ、万引き犯の重罪人とはいえせっかくの命だから、こうやってイベントなんかで活用しておかないと」
「益々意味がわからなくなってきたのは俺だけか……」
楽しそうな家族連れ、その子ども達によって『福引剣』を腹や胸、首などに突き刺され、それが続くとさすがに死亡していく犯罪者共。
自業自得であって、もちろんイベントの一環として刺し殺されるだけの犯罪は犯しているのだが、どこまで教育に悪いのかという思いは拭えない。
まぁ、今のところは子どもなどの一撃で死亡したような、そんな場面は見受けられないことからも、これは『悪いことをするとこうなる』という教訓として、ひとまず強烈に記憶させるためのものと理解しておくこととしよう。
で、抽選のラインは10以上もあるため、そしてさすがはイベント慣れしている商店街の連中だけあって、客の流れを上手く捌くための導線も確保されていることから、順調に俺達の順番が回ってきた。
剣はたくさんあるため、ひとまず全員が1回ずつ引くこととしようと話をしながら前へ出たのだが……まず、抽選をする係の罪人が新鮮ではない。
これまでに何度も福引剣を突き刺され、そのせいで大量の出血をし、地面に転がってピクピクと痙攣している変なおっさん。
腹付近には『商店街の露出魔』とマジックで書かれていたようだが、血塗れになっているためイマイチ判読が難しい。
というか、こんな奴ではまともな抽選が受けられないし、色々と縁起も悪そうだな……新年を迎えるに当たって、今年ラストの処刑がコイツになりそうだというのもまたあまり芳しくない事実である……
「すみませーんっ、ちょっと良いですかスタッフの人居ますかーっ?」
「あ~はいはい、おっ、勇者パーティーじゃないか……本日はどうしました? 『係員』が何か粗相でも?」
「粗相っていうかよ、このもう鮮度が落ちた『係員』をチェンジしてくれよ、俺達だけで結構な回数の福引をするわけだからさ、『卸したての新品』が良いんだけど?」
「畏まりました、じゃあ誰か、このゴミを焼却処分場へご案内しておいてくれ、ちょっと生きてる? あぁ、生きたまま燃やして構わないよ、どうせ灰になるんだから、新しいのを適当に頼んだ、うむ、活きの良いやつで」
商店街の理事クラスのジジィが対応してくれて、どうにか俺達の抽選を行う『係員』は新しいものにチェンジして貰うことが出来た。
連れて来られたのは当然またおっさんであるが、今度は気持ちの悪いハゲで、ボディーの部分には汚らしい刺青が目立つ、ヤ○ザのような野朗だ。
その刺青だらけの腹部分に書かれた説明書きを読むと、どうやら反社の分際で商店街に足を踏み入れたらしい。
もちろんこういった公の場は、もう場所自体暴排の結界が張られていて、そういう連中は近付くだけで全身が砕け散って死亡するようになっていることが多いのだという。
だが今回係員として連れて来られた雑魚は、あまりにも雑魚ゆえにその結界が発動せず、一般人という認識を受けたまま商店街のエリア内に1歩踏み込んでしまったのだ。
で、その瞬間をどこかの店の従業員に見咎められ、ボッコボコにされたうえで引きずり回され、死刑を宣告された状態で牢屋にブチ込まれていたと……なんと哀れな奴なのであろうか……
「ひぃぃぃっ! 勘弁してくれっ、商店街のエリアに入ろうなんて思っていなかったんだっ、偶然の事故で殺すことないだろっ! なぁ頼むよっ」
「いや俺達に頼まれてもな……てかさ、そもそもお前、反社の時点でアウトだよねこのご時勢に?」
「じゃあ、早速ザクッといきまーっす! それぇぇぇっ!」
「ギョェェェッ!」
無駄な命乞いを完全に無視して、後ろから出てきたマーサがいきなり『福引剣』をその右肩辺りに突き刺した。
当然そんな粗末な剣を突き刺された程度で致命傷にはならないのであるが、それでも鮮血が噴出し、反社の死刑囚は地面に転がってのた打ち回り始めた。
その振動で乗っている台のようなもの自体が大きく揺れ始める……なるほど、この振動が奥に鎮座している巨大なガラガラに伝達されて……何やかんやで玉が出てくる仕組みなのはもうわかっているのだが、未だにそこまでしかわからない。
で、振動はしっかりと抽選のガラガラに伝わってくれたようで、カランッという音と共に何かが、というか抽選の玉が転がって来る気配を見せた。
見せたのではあるが、その通り道は完全に木の蓋のようなもので塞がれていて、直前まで玉の色を見ることが出来ない仕様になっているらしい。
カラカラカラカラと、音を立てながら徐々に近付いて来る抽選の玉……待ちかねてその排出口を覗き込んだマーサの顔に、パチッと小さな玉がぶつかって……地味に面白かった……
「え~っと、青玉は5等です! 串焼き肉、野菜スティック(アボカドディップソース)、五平餅のなかからおひとつどうぞっ!」
「やった! 野菜スティックゲットよ!」
「五平餅はどっから出てきたんだよ、いつもの二択じゃないんだなイベントだから……」
「わうっ! 次は私の番ですっ! それぇぇぇっ!」
『ギャァァァッ! もう、もうやめてくれぇぇぇっ!』
「……さっきよりも動きが悪くなってますね、もうちょっと頑張って下さい」
「ひぎぃぃぃっ……」
再び剣を突き刺された死刑囚、極めて残虐な光景なので、食事前にあまり見ようとも思わないのであるが、マーサはそれを見て、指を差して笑いながら野菜スティックをポリポリしている。
そしてカレンも見事に5等を引当て、絶叫しながらのた打ち回る死刑囚の反社野朗を跨ぐかたちで商品の串焼き肉を受け取り、普通に食べだしたのだからメンタルが強い……というか食い意地が張っているというのか……
で、ここで改めて賞品の方を確認してみることとしよう、まず青玉の5等は、今マーサにカレンに、連続で引き当てたもので、賞品の方はもうわかっているので良い。
一応その下に白玉の残念賞があって、これは完全ハズレではなくポケットティッシュが貰えるという、なんと良心的な福引なのであろうか。
で、上を見ると4等、黄玉が出た際には高級おせちセットが、赤玉の3等ではおせちに加えて最高級の酒とふぐ鍋セットが貰えるとのことだ。
そして2等は『決勝進出』、これはもう面倒なことにしかならないのが確定しているため、対応している銀玉が出てしまった際には、速攻で塗料を剥がして白玉にしてしまいたい、ポケットティッシュを貰った方がマシなのである。
それから1等賞は……4Kプラズマハイビジョン洗濯板とかいうわけのわからないアイテムのようだ。
何がどうプラズマでハイビジョンなのだ、4Kであることに意味はあるのかなど、謎の多い洗濯板である。
ミラもきっとそれは要らないと、最新の賞品というだけで持て囃されているゴミ賞品であると判断しているようなので、これも特に期待してはいけない。
肝心なのはその上、レインボーの玉が出た際に貰える『???』というものなのだが……これが温泉旅行か南の島か、はたまたもっと凄い旅行なのか、気になってしまって仕方がないところ。
まぁ、この特賞的なのは最後に精霊様が引き当てるとして、まず俺とセラとミラ、3人で狙うのは3等賞、或いは4等賞ということになるであろう。
くだらないアイテムよりも、わけのわからないイベントの継続よりも、確実に食べられるものを浮け取った方が良いに決まっているのだから。
そんな思いで次の俺のターン、赤玉の3等賞を祈りつつ、だんだんと力が失われてきた様子の反社死刑囚野朗の腹部目掛けて福引剣を突き立ててやる……
「ひょげぇぇぇっ!」
「よっしゃこいっ! オラ赤玉こいっ! どうだぁぁぁっ!」
「……はい出でました、白玉以下の最悪の玉! 透明玉ですっ! コレを引いた馬鹿にはポケットティッシュさえも贈呈するに値しないということでっ! なんとなんと賞品ナシですっ! おめでとうございますっ!」
「ブチ殺されてぇのかオラァァァッ!」
「はいはい、そんなことでいちいちキレないの、だいたいわかっていたようなことじゃないの勇者様の運なんて」
「だけどよぉ、せっかくの抽選がよぉ……まぁ、どうでも良いかこんなもん、あとは任せたぜ」
結局のところ、最後に控えている精霊様が豪運の持ち主であるということには変わりがないのだ、確実に特賞を引き当ててくれることもわかっている。
何せ、かつての麻雀対決でいきなり大喜四・四暗刻・字一色を天和でアガった、そんな運勢の持ち主なのだ。
その分俺がなぜか色々と吸い取られて不幸になっているような気がしなくもないが、とにかくその程度のことを気にする次元のそれではない。
よってこのまま抽選を、まだいくつか余剰がある福引剣は俺を避けて使っていくかたちを取って……と、セラもミラも最初は白玉、むしろ青玉を出したカレンとマーサの運が良かったのかも知れないな……
「もう1回いくわよっ! それっ……あ、また白玉……遠隔操作されているかも知れないわ……これは陰謀よきっと」
「何で商店街の福引きで陰謀論に走るのお姉ちゃんは? そんなのマグレで……あっ、私も白玉なんて、そんな……不正の臭いがしますね……」
「どっちもどっちねこの姉妹は、じゃ、そろそろ私が本気を出すこととしましょうか」
「おっ、良いぞ精霊様、こんな不正塗れの福引きなんぞブチ壊してしまえっ!」
「ちょっと、勇者パーティーさん変なこと言わないでっ、ちゃんとしてるからコレ、遠隔とかもしてないからっ!」
「はいはい、それは私が証明してあげるわよっ! 死になさいこの反社野朗!」
「ギャァァァッ! クリティカル……ダメージ……べろぴょっ!」
「フンッ、汚らしい汁を撒き散らして逝ったわね、さて、そろそろ抽選結果の方が……レインボーの玉が出たわね」
「ウォォォッ! 当たり前のように特賞引きやがったぁぁぁっ!」
「凄いわよ精霊様! 特賞! 何が貰えるのかしらっ?」
「……おっ、おめでとうございますっ! おめでとうございますっ! なんと特賞が出ましたっ! 『???』になっていた特賞はこちらですっ! ジャジャンッ!」
「何かしら……っと『雪宿温泉郷殺人事件2泊3日の旅』って、温泉だったってことね!」
「いやこれもう殺人事件起こること前提なんじゃねぇか……」
圧倒的豪運でレインボーの玉を引き当てた精霊様、ちなみに福引剣でザックリと、真っ二つに斬られた死刑囚の馬鹿野郎は死亡した。
で、その玉の色を確認し、同時に大騒ぎすると共に貼られていた『???』のシールを剥がす福引所のスタッフ。
下に書かれていたのは精霊様が口にした通り、温泉旅行が当たったのではあるが、オマケとして余計なイベントが確定的に発生する様子。
まぁ、内容的に2泊3日の中で解決してしまうような事件なのであろうし、自力でどうにかするまでは街道が寸断されて温泉郷の外との連絡も途絶え……などということにはならないはず。
当たり前のように賞品の豪華な封筒を受け取り、参加人数を『20人程度』だと水増しして答える精霊様。
何人参加しても良いというのは少々欠陥があると思うところだが、まぁ異世界のいい加減な福引きなので仕方がない。
とにかく当たってしまったもの、そして受け取ってしまったものはもう辞退するわけにもいかないため、一旦屋敷へ戻り、皆に状況を伝えて出発の準備をしておくこととしよう……
※※※
「……ということなの、買って来た食材は今日のうちにパァーッと使ってしまって、明日にはもうその雪宿温泉郷とやらに向けて出発するわよ、半日で移動を済ませて新年はそこで迎えるの」
「で、そのまま年明け早々の殺人事件が……みたいなことになるということか?」
「まぁ、概ねその通りね、ちなみに2泊3日だから大丈夫、敵のほら、汚い感じの神があのエリアに出現する頃には魔界へ再突入していられるわよ」
「年末年始の休暇で殺人事件に巻き込まれるとは……凄い体験ですね」
「でも殺人というか人殺しぐらいいつもやっていることだし、むしろさっきもしてきたところだし、あまり気にしなくて良いんじゃないかしらね」
「それはそうですの、でも……うん、純粋に温泉旅行を楽しんで、殺人事件に関しては傍から見ていれば良いんですのね、きっと有能な探偵とかがたまたま居合わせて解決するんですわ」
「だと良いがな、と、そういうことで今日はアレだ、明日用に買っていた食材でかにしゃぶパーティーをしてしまおう、ひと晩前倒しになるがな」
『うぇ~いっ!』
こうして1日早い年末大感謝祭を、王都の屋敷のいつもの部屋で執り行った俺達勇者パーティー。
この年末年始が終われば、再び魔界での戦闘生活に移行するのだから、今のうちに栄養があるものを摂取しておきたいところ。
カニだのフグだの高級な牛肉だのを貪り食い、こたつも暖かい状態でガンガンに熱燗を消費していくアツい夜。
気が付くともう真夜中になっていて、ほとんどの仲間達は食事に満足してそのまま眠ってしまっていた。
片付けはそのうちやるとして、雪宿温泉郷とやらに向けて出発する準備の最終チェックなどもしておかなくてはならないな。
寒さに耐えつつこたつから出て、既に荷物を積んである馬車の方へ行ってみると……ジェシカが1人で何かしていた、どうやら俺と同じ考えであったようだ……
「うぃ~っ、俺もチェックしに来たぜ~っ」
「おう主殿か、残念だが全ての作業は終わったぞ、あとは出発の時間を待つのみだ」
「ほう、道順とかも覚えたのか? 迷ったりすると最悪馬車の中で年を越すことになるし、俺は前に居た世界でそういうの散々やってるからな、ちょっと警戒しているんだ」
「それに関しても大丈夫だ、馬車にカーナビ(魔導)を設置したからな」
「何でそんなもんがあるんだよこの異世界に……」
知らないうちにどんどんわけのわからない方向に進んでいた俺達の馬車、確かデコイも搭載していたはずだし、座席ごとパージして脱出するような機能もあったように思える。
で、巨大な分荷物を入れてもかなりの人数を乗せることが出来るため、勇者パーティーの12人とアイリス、それからエリナも連れて行ってやるとして……他に参加者は居ないものであろうか。
まず、魔界への侵攻状況を報告しておくために女神の奴を呼び出すとして……まぁ、アイツは乗せてやる必要などなく、自分で来させた方が良いであろうな。
あと連れて行くとしたら、野朗はナシなのでいつもの魔界の神とか、あと駄王だの筋肉団の連中だのはNGであるから……魔王と副魔王でも引き摺って行くこととしよう。
そうと決めたらすぐに行動に移し、地下牢の最奥に居る魔王を、真夜中だというのに叩き起こして事情を説明し、副魔王と共に縛り上げて2階へ移動しておく。
このまま忘れて行ってしまうと、寒さなどで副魔王はともかく、体の強くない魔王はそこそこ危険であるため、絶対に忘れないよう、出るときに邪魔になりそうな場所に置いておこう。
寒いだの何だのと文句を言っている魔王であったが、これから温泉郷に連れて行ってやるというのにその態度は何だと、ごく厳しく説教して黙らせておいた。
そんなことをしているうちに朝日が昇り始め、キンキンに冷えた外の空気が隙間を抜けて室内にまで入り込みそうな、そんな感じの風が吹き始める。
これは今日も寒いであろうなと、こたつ用に購入してあった火の魔石をいくつか、馬車での移動中に暖を取るためのものとして取り分けておく。
皆続々と起きて来た、というか冷たい風の吹き込みによって強制的に起床させられたというのが正解か。
とにかく寒い寒いと言いながらも着替えを済ませ、自分の着替えなどのチェックを済ませてから馬車に向かって移動し始める。
おそらく午後一番にはその雪宿温泉郷とやらに辿り着くことであろうと、無駄に魔法生命が込められている謎の魔導カーナビがそのようなことを言っている。
目的地は北だ、そんな場所があるなどという話はこれまで聞いたことがなかったのであるが、それこそ山奥の秘湯というか、いかにも密室殺人事件が起こりそうな感じの場所なのであろう……
「よしっ、全員乗ったようなので出発するっ、大丈夫だな?」
『うぇ~いっ!』
「では行こう、ジェシカ、馬車を出してくれ」
「承知した! 北門を出て、一旦朝食になり得るものを調達した後に、そのまま北の森を抜けて街道を進むっ!」
『うぇ~いっ!』
こうして旅立った俺達、最初に立ち寄った王都北のドライブスルー専門店では、旅行に行くのなら何か土産を、などと要求されたが、そもそも名物などがあるのかはわからない。
そしてもちろん事件は起こるのであるから、ゆっくりと土産など選んでいる暇ではないかも知れないな……というか、マジで何をしに行くのだそんな所へ俺達は……




