119 すぐに酒は体に悪いなどと言い出す奴
「よっしゃ、風呂から上がったら早速宴の準備だ、その間に誰か囚人達を風呂に入れてやってくれ、あとカポネもな」
「では私とドレドがやっておきます、ここに来たのは一番最後ですから、そういうのは新入りの仕事ですものね」
ハンナとドレドにその作業を任せ、俺達は風呂から上がった。
シルビアさんは既に店の営業を終え、本店の方のモニカを誘いに行っている。
もちろん居酒屋はまだ休業中だ。
この王都において、今酒を飲もうとしているリッチマンなど俺達だけだろうからな。
「主殿、今回私はアイツにベタベタ触られながら頑張ったんだ、もちろんご褒美があるんだよな?」
「当たり前だ、今回のMVPとして表彰されるぞ、あ、でもその前に俺がダメージを喰らっているのを馬鹿にしたじゃないか、差し引きゼロだな」
「そんなっ! ならばそっちは別で罰を受けるからご褒美はくれないか?」
「よかろう、では既にお仕置き待ちしているルビアの横に並ぶんだな」
ウワバミとの戦闘後、ちょっと褒めてやったら調子に乗ったルビアはお仕置きが確定し、今は正座している。
シルビアさんが帰って来たら悪事を報告し、2人で痛めつけてやる予定だ。
そしてジェシカもその横に正座させた。
「それでジェシカ、ご褒美は何が欲しいんだ?」
「では主殿と姉弟ごっこがしたい!」
「変態か!」
ちょっとヤバそうな香りも漂っているが、今回は特に活躍したのだから付き合ってやることとしよう。
ジェシカの頑張りが無かったら今頃まだ戦っている最中だったかも知れないからな。
「ただいまぁ~っ、モニカちゃんも連れて来たわよ」
「あ、おかえりなさいシルビアさん、モニカもいらっしゃい」
「すみません勇者さん、今では貴重になってしまったお酒を振舞って頂けるなんて」
「大丈夫だ、そのうち王都にもちゃんと酒が入ってくるようになるから」
貴族反乱事件に加担していた元運輸大臣の息子、その姪であるモニカ、そして自動的に家を継いだモニカの母親は、賠償金だのなんだので凄惨な暮らしを強いられている。
モニカがシルビアさんの店で雇われ店長として働きながら家にお金を入れ、ようやく破滅を回避出来ている状態なのだ。
たまには少しだけ余裕のある俺達の世話になっておくべきであろう、王都情報担当としても頑張って頂きたいところだしな。
「さぁ勇者様、早速久々の宴を始めましょうか!」
「ちょっと待って下さいシルビアさん、その前にお伝えしておきたいことがありまして、実はルビアが……」
「あらあら、この子はまた調子に乗ったのね、覚悟は良いかしら?」
「いやぁぁっ! ぎゃぁぁ~っ!」
ルビアの関節が四の字にキまる、最近はこのお仕置きが多いようだ、効果があるということがわかってきたのであろう。
「早くっ! 勇者様も反対側の腕を三の字に固めるのよ!」
いや三の字はヤバいぞ、アラビア数字だとしても相当な形状だが、漢数字だと3つに千切れてしまうことになる。
いくらなんでもルビアに対してそこまですることは出来ない……
というか変だな、異世界なのにどうして見慣れた数字について触れる機会があるのだ? まぁどうでも良いか。
「主殿、もしかして次は私がああなる番なのか?」
「うん、さすがにしない、でも何が良いかまだ決めていないぞ」
「何だ、それは困ったな……」
困ったな、とか言いながらも尻を突き出してくるジェシカ、ペチペチと100回叩いてやる。
ついでに関節技の刑が終わったルビアの尻も100回ペチペチする……何ら反応が無い、生きているのであろうか?
「ちょっと、遊んでないで始めるわよ、先に飲んでいても良いのかしら?」
気が付くと全員着席していた、シルビアさんも、ジェシカもだ。
横で余計なことをしてみなに迷惑を掛けているのは俺とルビアだけであった。
瀕死のルビアを叩き起こし、俺達も着席した……
※※※
「はいそれでは皆グラスを持ちなさい、乾杯!」
「うぇ~い!」
生物としての位が一番高い精霊様が乾杯の音頭を取り、久々の飲み会が始まった。
宴などしょっちゅうやっていたことではある。
だが一時その権利を奪われたことにより、ここで有難みを再確認することが出来たのだ。
何だかこの世界に来て初めての酒を思い出す。
「早く王都で普通に酒が飲めるようにならないかな……なぁ、マリエル」
「ええ、今他国に依頼して色々と分けて貰おうとしているみたいなんですが、意外にも禁酒魔将の被害を受けている国が多くて苦労しているみたいですよ」
「そっか、そもそも一般的な食糧から何とかしないとだもんな、それが済んだらようやく酒が手に入り始めるのか」
「ええ、そうですね、ですから今ある分を大切に飲まないといけません」
「しかし禁酒魔将の及ぼした影響は甚大だな、これはカポネにもしっかり反省して頂かないとだな」
そっぽを向いてわざとらしく聞こえていない振りをするカポネ。
なんだかんだ言って結局酒を飲んでいるではないか、それは人族が作った人族の酒ですよ。
「ところでジェシカちゃん、どうしてジェシカちゃんの実家にはお酒が残っていたのかしら?」
「そうだな、どこもかしこも持って行かれてしまったのに、大量に送って寄越したのはどうしてだ?」
「ああ、帝国の新皇帝陛下はなかなか有能なお方でな、奴らの手が伸びるとすぐに取引禁止令を出したそうだ、それで被害は最小限に留められたようだな」
「へぇ~、この間決めていた奴がか、じゃあそいつを駄王と交換しようぜ」
マリエルがそれを全力で引き止めた。
もし駄王がトレードされて帝国を治めることになったとしよう。
それは今だ不安定なあの地に混沌をもたらす結果となり得るためだ。
しかしとにかく帝国に行けばまだ酒のストックがありそうだと言うことはわかった。
これはマリエルが王宮に報告しておくとのことである。
その後、ミラとリリィが寝てしまったこともあり、いつものメンバーで角部屋へと移動し、他は寝ることとなった。
久々の宴は一旦お開きである、これからは二次会の時間だ。
「さて主殿、そろそろ私との姉弟ごっこを始めて頂こうか」
「もうやるのかよ、で、いつまでだ?」
「ずっとだ」
「やべぇ奴だな、お前ガチもんの変態かよ」
「おっと、これからはジェシカお姉ちゃんと呼ぶんだぞ」
「人の布団に潜り込んでオネショするようなお姉ちゃんは不要だ」
「ふんっ、またやってやるから覚悟しておくと良い」
結局その日は俺が角部屋にある二段ベッドの下、ジェシカがその上に寝るということだけで勘弁してもらった。
いつもは横に居るセラがもうひとつのベッドの上、その下はルビアとシルビアさんが2人で寝ている。
朝起きると……手元がほんのり暖かい、そしてジェシカが横に居るではないか!
そして以前にもあったこの感触、やりやがったな……
「おいジェシカ、起きるんだ! お前またしてもこのような不埒を!」
「おはよう主殿、とっくに起きているぞ、昨日は生意気な態度を取ってくれたからな、これは仕返しだ!」
これはちょっと度が過ぎているのと思うのだが?
というかセラとルビア、それから精霊様までも横でニヤニヤしているではないか、こいつらも共犯か。
……シルビアさんも楽しそうに笑っている、共犯ですか、そうですか。
とりあえずジェシカを連れて風呂に行く以外の選択肢が見つからない。
汚した布団はなぜか俺が持たされている。
「全く、どうしようもないジェシカお姉ちゃんだな、こうしてやるっ!」
「あいたっ! いや、酔いが醒めたらちょっと恥ずかしいことをしてしまったと後悔している、許してくれ」
「誰が許すかっ!」
「いでっ! 申し訳なかった、とりあえず拳骨はやめて欲しい」
パンツを洗っているジェシカに拳骨を食らわせた後、俺は先に湯船へ入っておいた。
遅れてジェシカもやって来る。
「どうも最近酒を飲むと調子に乗りがちになってしまうんだ、どうしたのであろうか?」
「それはもうアレだ、歳なんじゃないの?」
「年齢のことは言わないでくれ!」
「すまんすまん、でも良いじゃないか、ここにいる人族の中では一番お姉ちゃんなんだぞ」
「おおっ! 確かにそうだ!」
何だか納得したようだ、しかし本当に怒りそうだから今後ジェシカを年齢でいじるのはよそう。
そもそも俺と2つか3つしか違わないわけだしな。
「ところでジェシカお姉ちゃんさん、人の布団でオネショしやがって、ただで済むと思うなよ!」
「主殿、一体どうなるのだ私は?」
2人で風呂から上がり、まずは全員を集合させる。
ジェシカはその中央にお尻丸出しで待機だ。
「ではシルビアさん、罰を与えてやって下さい」
「ええ、じゃあ勇者様はちょっとあっちを向いていてね」
言われたとおり反対を見て待つ。
しばらくゴソゴソしていたりジェシカの悲鳴が聞こえたりもしたが、振り返ることは決して許されなかった。
「はい出来たわよ、勇者様、もうこっちを向いて良いのよ」
振り返るとそこには……オムツを装備させられたジェシカお姉ちゃん(25)が居た!
もうそのビジュアルだけで笑い転げてしまった、しかもド変態たる本人が少し嬉しそうにしているのがまた面白い。
「いい格好だな、今日はその上にスカートを履いてちょっとお出掛けしようか」
「うむ、そうしよう、付けられるときは恥ずかしかったが何だかしっくり来るぞ、これは防御力も高そうだしな」
もう一度爆笑しておいた、何に対する防御力が高いんだよ!
「じゃあジェシカの望みどおりお出掛けしてくるから、昼には戻ると思うよ、ついでに市場で酒が復活していないか見てくるよ」
情報通の商人が帝国に酒が残っていることを嗅ぎ付けて仕入れているかも知れないからな、市場は絶対に確認しておくべきであろう。
ジェシカと2人、徐々に食料品が元に戻りつつある商店街を歩いて行く。
風がある、スカートが捲れたりすると大変だな……
いや待てよ、良く考えたらスカートの下にわざわざオムツを履いた大人、そしてそれを連れて歩いている俺が最も恥ずかしい奴なのではないか?
「なぁ主殿、これを人混みでチラッと見せたらなかなか目線を集めることが出来そうではないか?」
「やめろ、余計なことはするんじゃないぞ! 良いか、絶対だ!」
「何をそんなに真剣になっているのだ?」
とりあえず急いで帰ろう、そうしないとこの女は何をしでかすかわからないからな。
このままでは俺の勇者としての名声が地に落ちる、いや、もうそれはとっくだが色々とヤバい。
だが、そこで簡単に帰してくれる程異世界は甘くないのであった……
「主殿、変な奴が演説しているぞ、酒に関する話しらしいから見に行ってみようか」
「ジェシカ、ちなみにあいつ魔族だぞ、上級魔族」
「では行方をくらましている……」
「もう1体の魔将補佐だな」
最終的には討伐する必要があるのだが、ちょっと何を喋っているのか気になる。
今は黙って話を聞いてみよう……
『……ということで皆さん! お酒なんか害の塊なのです! 今この町ではお酒がほとんど無いそうですが、それが健全な状態と言えるのです! ぜひこのまま酒断ちして、平和で明るい未来を築き上げるのです、ではこの演説をいいね、と思った方は禁酒法の成立に向けた署名を!』
酒飲みの天敵みたいな奴だった。
しかも結構支持を得ているようで、署名の順番待ちにはかなりの人数が並んでいる。
ここで手を出したら俺達がどうにかされかねない、一旦家に帰って相談だ。
「主殿、戦わないのか?」
「うん、今度にしよう」
喧嘩する気満々だったジェシカの手を引っ張り、そそくさとその場を後にした……
※※※
「ただいま、ミラ、ちょっとカポネを連れて来るんだ、町でもう1体の補佐を見つけた」
「おかえりなさい、それで、そいつは退治しなかったんですか?」
「ああ、ちょっと支持率が高そうだったからな、一旦そのままにして来たんだ」
ミラが地下牢に居たカポネを連れ出し、そのまま2階の大部屋へ行って話を聞く……
「……じゃあアンドリューがこの町に来ていたんですね、ウワバミ様を救出しないあたりもうどうでも良くなったんでしょうが」
もう1体の魔将補佐、ボルステッドはガチの飲酒撲滅派であり、魔族領域でも今日見たような演説をしていたことがあるという。
もちろん、そんなのがいきなり一般大衆に受ける訳がない。
しかし意外にもインテリ層の支持を得、あの人が正しいと言うのなら、などと追随する者もかなり出てきたという。
大変危険な活動家だ、このままでは王都どころか人族の世論が禁酒の方に傾いてしまうではないか…・・・
「そういえばアイツは以前この町であったという事件のことをかなり気にしていましたね」
「この町の事件とは?」
「えぇ~っと、たしか井戸水がお酒に変えられたとか? 犯人は絶対に許さない、この手で捕まえてやると意気込んでいました」
皆が一斉にその犯人とやらを指し示した。
その事件は全てマリエルがやりました、真犯人はコイツです。
「ではマリエルを引き渡して穏便に済ませてもらおうか」
「待って下さい勇者様、その件はそろそろ許して頂けませんか、リアルに鎖を付けて連行しようとしないで欲しいです」
「あの、真犯人を引き渡してもアイツが帰っていくとは思えませんよ、住民がお酒を飲めないような法が出来るまで何やらするはずです」
「じゃあむしろマリエルが名乗り出て、向こうから暴力の戦いを仕掛けてくるように誘導すれば良いんじゃないかな?」
「それなら激昂して襲ってくる可能性もありますね」
魔将補佐アンドリューの強さはカポネより少しだけ上であるという。
カポネはミラ1人で何とか倒すことが出来たんだ、大人数で掛かれば戦闘の方は余裕に違いない。
問題はどこで、どうやってマリエルが粉末手事件の犯人だと名乗り出て、戦闘に持ち込むのか? という点である。
まさか王都の商店街で始めるわけにもいかないし、そもそもマリエルの犯罪は平民達に公表されていない。
注意深く場所を選ぶ必要がありそうだ。
「カポネちゃん、そのアンドリューとやらは王都の中に住んでいそうですか? それとも外にアジトを作って……」
「おそらく後者かと、確かアイツは人が多いところではあまり落ち着かないといっていたはずです、夜はどこか山奥にでも隠れていると思いますよ」
「山奥か、これは探すのが大変そうだな」
「だが主殿、先程のように昼間は商店街で演説をしているのだろう、その後を付けて行けばその味とに辿り着くのではないか?」
確かに、普通なら尾行してしまえば良い、だが相手はそれなりにデキる奴だ。
気付かれて上手いこと巻かれるかも知れないし、そうなったら今後は相当に警戒されてしまうであろう。
だがそれ以外に山奥のアジトを探す有効な手立ては無さそうだな。
とりあえずジェシカの案を採用し、上手くいかなかったらそのときにまた考えることとした。
作戦決行は翌日である……
※※※
「では行くぞ、まずは俺達が昨日奴を発見した商店街からだ、きっと今日もそこに居るだろうからな」
またしてもオムツを装備しようとしたジェシカを全力で止め、カポネを除いたメンバーで屋敷を出る。
かなり大人数だが、アンドリューが演説をしている横には結構人だかりが出来ている、そうそう目立つものでもないはずだ。
「やっぱり居たぞ、アイツが魔将補佐だ、今日も偉そうに語っていやがるぜ」
『……ということで皆さん、酒を飲むと馬鹿になるんですよ! 皆さんの周りにいる馬鹿な奴を思い出してみて下さい、ほら酒飲みでしょう! 酒飲みは馬鹿なんです、どうして馬鹿か? 酒を飲んでいるからなんです!』
何と説得力のある演説だ! 思わず聞き入ってしまった。
「ちょっと、ご主人様が低レベルな誘導に引っ掛かっていますわよ」
『勇者さん、あれに騙されているようでは酒飲みが本当に馬鹿だと証明しているようなものですよ、目を覚まして下さい』
なぜかユリナとビーチャに叱られてしまった、どうしてだろうな?
しばらくアンドリューの演説を聞く、集まった群衆はくだらないとして帰り出す者、責められているように感じたのか、ばつが悪そうに退散する者、そしてそのまま聞き入る者に分かれた。
ふむ、やはり残って聞いているのは意識高そうな奴ばかりだ。
こういう人間性はどんな世界でも変わらないのであろうな。
「あ、ご主人様、お話が終わりますよ! 見失う前に追いかけましょう!」
「いや、一旦帰る振りをするんだ、カレンはアイツの匂いをしっかり覚えておけ、自然な感じで戻って来て尾行するんだ」
「わかりました……スンスン……あの人は草しか食べていませんね、そういう臭いがしますよ」
放っておくと禁酒だけでなく菜食主義まで強要してきそうな危険な奴だ。
仲間を増やして精肉店に嫌がらせしたりするんじゃないだろうな……
しばらく物陰に隠れ、アンドリューがその場を立ち去るまで待つ。
一旦姿が見えなくなった後、少し時間を空けて尾行を開始する。
匂いを辿るのはカレン、そのバックアップ用にマーサも用意してある。
もうアジトまで付いて行けることは確定であろう、問題はそれに気付かれたときだな。
「あ、ここで一回止まっていますね、一箇所だけ臭いが濃くなっています」
何であろうか、と思ったら野良猫の一家が居た、そこを巣にしているようだ。
おそらくアンドリューは野良猫がかわいそうだと思い、立ち止まって施しをしたのであろう。
だがそこは菜食主義者、変な緑黄色野菜を巣に入れられた野良猫は迷惑そうにしている。
「次はここで止まったみたいですよ」
カラスが撒き散らしたと思しき生ゴミが片付けられていた……
その後もドブネズミがピカピカに洗われていたり、王都の外に出てからも道の小石が退けられていたりしたが、どうやらそれもアンドリューの仕業らしい。
なんだかデスジャンヌ達と共通している部分があるなと思ったのだが、どうやらアイツ、もう1人行方がわからなくなっている魔将補佐、ボランティーヤの幼馴染だそうな。
意識高い仲間としていつもつるんでいたそうだ。
「この先で完全に止まったみたいですね、マーサちゃんにもわかりますか?」
「ええ、カレンちゃん程じゃないけど、あと音も聞こえてくるわね……でもあの場所って」
「デフラの家だよな、どう考えても」
魔将補佐アンドリューは、空き家となったデフラの家をアジトにしていたようだ。
汚かった外観は綺麗に磨かれ、中にあったゴミなども外にまとめられている。
奴はまだその中にいるはず、早速突入してみよう……




