⑪魔族侵攻3日目の攻防
親玉と戦います
「おいこらカレン!なんて物を持ってきやがった!」
上級魔族を討ち果たし、攻防2日目のMVPとして表彰されたカレン。本当によくやったと思う。
だがな、それは無いぞ、それは家に持って入ってはいけないものだ。
やけにデカいリュックを背負っていると思ったら、とんでもないものが入っていたようだ。
「ごめんなさい…首は兵士さんが持って行っちゃたので、なら腕でもと思いました。」
うんわかる、わかるよ。釣った魚の魚拓とか取っときたいよね。それと同じだよね。
でもね、何で魔族の腕切り取って家に持って帰るかなぁ?
どこの蛮族だよ!気持ち悪くないの?呪いとかあったらどうするの?
「これ、宅配で実家に送って自慢しようと思って…」
どういうことだ?宅配の業者さん困っちゃうから!何?ダンボールに詰めてプチプチ入れて送るの?
送り状に『討ち果たした魔族の腕』って書くの?
それに家族もどう反応したらいいかわからないからね。
いきなり娘から送られてきた荷物開封したら腐った腕入ってたとか、お母さん卒倒しちゃうから!
悲しい目でこちらを見つめるカレン。今にも泣きそうだ。捨てて来いと言うのは酷かもしれない…
「わかった。ちゃんと塩漬けにして、腐りにくくしておくんだよ!」
思わず認めてしまった。
「そうだ、家族に手紙を書くんだろう?手伝うけどその前にちょっと参考にしたいから、以前ミラに手伝ってもらって書いたものの写しを見せてくれ。」
「あ、ドラゴンライダーのときのやつですね。わかりました、持ってきます!」
カレンは、この間ドラゴンライダーの大将を討ったときにも、家族に宛てた報告書を作成していた。
ミラに手伝ってもらって書いたそれを持ってくるカレン。そこに書かれていたのは以下のような文章であった。
『今日私は、下級魔族のドラゴンライダーという強いやつと戦って殺しました。みんなと一緒に頑張って、いっぱいたくさんの魔族を殺しました。…当該下級魔族につきましては、私の所属している異世界勇者様を筆頭とするパーティーの同僚である、ライトドラゴン種・リリィの故郷を違法かつ不当に制圧しておりました。さらには、ペタン王国の王都襲撃を画策するなど、許容し難い敵対行為を…』
途中からミラの手が加わったのがバレバレである!
もう少し何とかならなかったのだろうか?
手伝ってやって、今度はしっかりしたお手紙を作成する。カレンらしい、可愛い表現で出来事を報告できるはずだ。
その後は2人で風呂、カレンと一緒に入るのも初めてのことだ。
頭と尻尾を良く洗ってやる。魔物や魔族の薄汚い血が残っていたりすると大変だ。カピカピになったら目も当てられない。
「カレンはいつもルビアとお風呂に入っているよな。2人でどんな話をしているんだ?」
こっそり、女子だけの秘密を聞いてしまおう。カレンはお馬鹿だから正直に答えてしまうだろう。
面白い話が聞けたらネタにしてルビアをいじってやろう。
「私は武器とか戦いの話をしたいんですが…ルビアちゃんはいっつも鞭とか縄とかお仕置きの話をしてきます。盛り上がってくると勝手にくねくねし出して面白いんですよ!」
あいつ…カレンに変なことを教えやがって、ただじゃ済まさんぞ!
「まぁ…馬鹿は無視しておいた方が良いよ。関わらないのが一番だぞ。」
「よし、じゃあそろそろ上がろう。尻尾を乾かさないといけないからな。」
その後、ようやく乾燥した尻尾をもふりながらベッドに入る。
カレンは丸くなり、幸せな寝息を立てている。
いつの間にやら寝てしまった…
※※※
昨日とほぼ同じ朝だった。リリィの寝床の前に設置した賽銭箱には、鉄貨3枚が入っていた。シケてやがる…
昨日と違ったのは駄王が来ていることだ。
奴の人望のなさが窺える。なぜって?国王が前線を視察しているのに茶すら出されていないのだ。
今は汚いパイプ椅子みたいなのに座り、ワインをボトルからラッパ飲みしている。日の高さからして朝8時頃の出来事である。クズめ!
しかもこちらに気がついたようだ。よろよろと近づいてくる。こっち来んな!
「おぉゆうしゃよ!頑張っておるかの?この前はすまぬな、宴の途中で帰ってしもうた。」
「おう、それは構わんぜ!で、今日は何しに来たんだ?」
「何と言われてもな…魔族が攻めてきておるのであろう?それで皆忙しく動き回っておるではないか。市中もな。」
「仕方が無いので、『球戯機械の館』で賭け事でも、と思ったのだがそこも臨時休業での、散歩がてらここの様子を見に来たというわけである。」
つまりコイツは国王にもかかわらず、そして戦時にも関わらず朝からパチンコ屋に行こうとして、当然営業してなかったので暇潰しに前線に来たと…
とんでもない奴だ、ピンチになったらコイツの首を土産に投降しよう!
王との謁見で時間を浪費していると、戦闘が始まったようだ。
「じゃあ行ってくる。おい、駄王!逃げるなよ!」
王は本部に置いてきた。単純にここが落ちたら奴も終わる仕組みだ。別に新しい王を選べば良いだろう。
「なあミラ、今日の魔物、昨日よりも強くないか?」
「いいえ、単体では昨日と変わっていません。ですが、今日は統率が取れているというか何というか…」
戦闘中はミラ以外と話すのをやめた。他のメンバーはどうしようもない。
「カレンちゃん!どう、どう!」
セラはカレンのリードを引っ張って何とか落ち着かせようと努力している。
こうしないとまたどっかに行ってしまう。
「勇者殿!大丈夫か?ここは俺達の筋肉が引き受けよう!少し下がってリリィ殿を援護して欲しい。」
Mランク冒険者とその仲間がやってきた。近い、もう少し離れてくれないか?
状況を筋肉で引き受けてくれるらしい。意味がわからない。
筋肉達は、Mランク冒険者、ゴンザレスの水魔法で水分補給をし、敵に向かっていった。
なるほど、水魔法はそういう使い方だったのか…
少し話を聞いて、一旦戻ることにする。
この魔物の強さ、というか統率の取れ方は、昨日も一部、というか俺達が対応していない位置でそうだったのと同じらしい。
俺達の戦っていたところ、つまりあの種牛が率いていたところの魔物はバラバラで、勝手気ままな動きをしていた。
反対側はその逆だったらしい。Bランク冒険者を誘い込んで殺したのもそちらだとのことだ。
「これはもう1体の魔将補佐が関与していそうですね…」
ミラの分析だ。魔将1体に対して魔将補佐は2体、そして昨日、カレンがその片割れを討ったのだ。
ということは、今日の強い魔物軍を率いているのは、もう1体の魔将補佐、ということなのかも知れない。
まずい…頭脳タイプか?
「ちょっとやべぇな…どうしようか?」
城門前ではリリィが戦っている。王都内に入り込もうとする魔物を焼き払うためだ。
ちなみに門の扉なんぞとっくに粉々になってその辺に散らばっている。初日、俺達が到着する前の出来事である。どうして城門の扉などという重要な物をベニヤ板で造ったんだ!
昨日まではリリィが踏ん張り、城門をくぐることが出来た魔物はそこまで多くなかったが、今日は違う。
右から来た一団を焼き払っていると、その間に左から接近、右を焼き終わって左を焼いていると、今度はさっき灰になった魔物の後ろに隠れていた魔物が接近…
というような具合である。
頭使ってきやがった…
ちゃんと頑張っているのに上手くいかないリリィは半べそである。
基本的にあまり賢くない、だからこういう搦め手に翻弄されると凄く弱いのであった。
リリィの少し後ろ、城門の中に居る兵士や冒険者はかなり大変そうだ。
何度も入って来る魔物を追いかけ、倒し、またもとの位置に戻る、ということを繰り返している。
というか、その連中はゴールキーパーが取りこぼし、ネットに突き刺さったボールを拾いに行く役回りである。ボールボーイではなく選手なのにだ。俺なら絶対にやる気が出ない。
『うぇぇ~っ!ご主人様ぁ~!何にも出来ませんよぉ、私、凄く弱いです…』
リリィが自分を卑下している。泣いてしまった。誰だリリィを泣かせたのは!
あ、あいつか!小隊長ぽいのが居る、おそらく魔族の下っ端だ。
殺す。
「これはっ!リリィの涙一粒目の分っ!これはっ!リリィの涙二粒目の分っ!…」
下級魔族の死体を聖棒で突き続ける。元々コイツがどういう形をしていたのかは既に思い出せない。
その惨殺死体を見た魔物達は我先にと逃げ出す。
昼時になると魔物たちは一斉に下がっていく。昼休憩ということか…舐めやがって!
昨日のウサギ、敵の総大将であるマーサは、わざわざこちらから見える位置で食事をしている。
自分で突いたと思しき餅を咥え、びよ~んと伸ばしながら、ニヤニヤとこちらを見てくる。
クソっ!殺す…いや、殺さない、捕まえたらお尻ペンペンだ!
うざいマーサ、そしてその横には、カレンと同年代と思しき少女が座っている。
悪魔の角?…いや羊か。
不安そうにこちらを見ているその少女を鑑定すると、やはり上級魔族、魔羊という名前らしい。
全体的なステータスはルビアと同程度、だが、賢さだけが異常に高く、それ以外が低い、攻撃力はたったの5である。今夜が山のおじいさん・おばあさん以下だ。
食べている餅を喉に詰まらせたりしないか心配である。
おそらくこの子が参謀だな…
午後の戦いも熾烈を極めた。本当に計画的な攻撃を仕掛けてくる魔物の軍団。
リリィを休ませることができないのは少し苦しい。なるべくサポートを継続したい。
とはいっても、他のパーティーメンバーは体力に限界がある。ドラゴンとは違うのですよ、ドラゴンとは。
リリィ以外のメンバーは、交代で作戦本部に戻って休む。
俺が休憩していると、兵士が駆け込んできた…
「はぁっはぁっ…申し上げます!Aランク冒険者、王都筋肉団副団長マゾッスル殿、討ち死にに御座います!」
「Mランク冒険者、ゴンザレス殿も重傷!王都筋肉団は壊滅!」
本部に戦慄が走る!人間側の最大戦力は2つ、一方は俺達勇者パーティー、そしてもう一方の王都筋肉団が壊滅してしまったのだ。
一騎当千のAランク冒険者が戦死、一人で勝手に戦争できる強さであり、最強と名高いMランク冒険者が重傷…ただ事ではない。
敵は昨日までバラバラに動き、パーティーやチームごとに遊撃して簡単に撃破していた魔物と同一人物、いや同一魔物。
これほどまでに差が出るのは、やはりさっきのヒツジさんの統率力によるものであろう。
「おぉ、ゴンザレスよ、死んでしまうとはなさけなふごべるばおっ!」
よくわからないテンプレワードを口にしていた国王を半殺しにする。これ以上やると人間側の大将が死ぬ、つまり負けてしまうので、このあたりで良いにしておこう。
「おい、駄王!Mランク冒険者は死んでないぞ!話を聞いていたのか貴様は?」
「仕方ない…こうなったら王都決死隊を前へ…」
何か偉いであろうピカピカの鎧を着た知らないおっさんが、決死隊について触れる。
周りに居た者達も、それしかない、といった表情だ。
だが待って欲しい、王都決死隊には昨日、ふざけてセラを入隊させてしまったのである。
これはかなりマズい…
ちなみに王都決死隊は、給料はイマイチではあるものの、退職金がかなりの額になるらしい。自分では使えないけどな…
「ちょっと待ってくれ!俺としては無駄な死人を出したくは無い!」
「俺は敵将と、その補佐役の参謀がどいつだかわかっている。決死隊を出す前に、俺達勇者パーティーにに少し時間をくれないだろうか?」
「よかろう、だがもしそなたが戦死した際には、墓前への報告を省略して決死隊を使わせていただくが、構わないだろうか?」
戦死者の墓前への報告とか、そういったカッコイイ儀式には慣れていないので好きにしてください…
「わかった、ちょっと行ってくる!」
颯爽と出て来たものの、どうしよう?
まあセラが決死隊送りにされるのだけは回避した。ひとまず安心だ。
あ、そうだ城門を他の奴に任せてリリィを連れて行こう!
城門から長いロープを垂らし、そこに兵士や冒険者を1本当たり5人を目途にぶら下げていく。
簾みたいになった。
これでどの位置から魔物が来たとしても誰かが剣の一振りで打ち払うことができる。
昔から思っていたのだが、サッカーの試合でどちらかが自陣でパス回しをし、時間を稼ぐことがある。もちろん俺はルールをよく知らないが、そんなことをするぐらいなら11人全員をゴールに詰め込んで、隙間を無くしておけば良いのである。そうすれば絶対にボールは入らないからな。
同じように、城門にも兵士や冒険者を詰めておこう。
見た感じ隙間は無い。これで魔物が入ってくる余地は無くなったと言えよう。
とはいえ心配なので、ぶら下がる冒険者等の壁を3枚にしておく。
完璧である。ついでに4枚目として国王を単体で吊るしておいた。
「よし、これで城門の守りは完全だ!行くぞ!狙いは魔将、及び魔将補佐だ!」
どうぶつ魔将マーサ率いる魔族軍の拠点は、森のかなり奥の方にあるようだ。すっかり忘れていた俺のチートスキル『索敵』がそう告げている。
こそこそと、森に入っていく。無駄な戦闘や大きな音を立てるのは避けたい。
どうして勇者なのにこんなことをしなくてはならないのであろうか?
まるで暗殺者である。
「勇者様、私はここを通れません。胸がつかえてしまいます。」
「ご主人様!私もです!」
狭い所はミラとルビアの胸が通らない。カレンとリリィは先に行ってしまった。身軽で…細身である。
「セラ、この2人の胸が小さくなる魔法は無いか?もちろん後で元に戻せるもので。」
「あら、それは大変ね!死にたいならそう言ってちょうだい!」
危うく仲間割れで刃傷沙汰になるところであった。異世界勇者はこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。
徐々に…しかし確実にターゲットの上級魔族2体の所に近づいていく。
奴等の姿がギリギリで見えるか見えないかのところまで来て、そこに停止する。
ここからでも、カレンのハイパー狼さんイヤーであれば、魔族達がどのような会話をしているのか聞き取ることが出来るらしい。
よしよし、と頭を撫でようとすると、今集中しているから触らないで欲しい、と怒られてしまった。
すみませんでした。
カレンの同時通訳で、奴等の話を聞く…
『よゆーですよ、よゆー!あんな矮小な人間共が束になってかかってきたところで、このどうぶつ将マーサ様の軍は打ち破れないわ!』
『マーサ様、油断はいけません。昨日まで無策だった結果、ターネギューさんを死なせてしまったのですよ。』
『軍が弱かったのも、自分が死んだのも全部あいつのせいじゃない!見たでしょう、あいつのお股にぶら下がっていたモノ、私の顔より大きかったのよ!そこにばっかり栄養が行ってたから馬鹿だったのね!』
『あの…亡くなった方を悪く言うのはちょっと…、あと、人間の軍は卑劣な手段を使ってきます。先程からも城門に人間を吊るして壁にしているとかしていないとか、恐ろしい連中です。最前線の小隊を任せていた下級魔族の方も惨殺されたとのことですし…』
『城門?いいじゃない?その代わりずっとそこを守っていたドラゴンがどっかいっちゃったのよ!きっと私達に恐れをなして逃げ出したのね。ドラゴンを撃退したのよ!私達、もう準ドラゴンスレイヤーと名乗っても良いと思うわ!』
『はぁ…あの、えっと…』
大変に知能の低いウサギの大将を、賢く慎重なヒツジの副官が諌めているようであるが、全然聴いていない。
どちらも獣人のような感じ、可愛らしい女の子である。しかし敵のトップであり上級魔族である。見た目で判断して油断するようなことは絶対にしない、絶対に…ヒツジの子、デカいおっぱいだな…
とにかく、こっちはこっちでこそこそと作戦を立てることにする。
「いいか、あの2体のうち戦えるのはウサギの方だけだ。ミラは昨日接触したからわかってると思うが、かなり強い。俺がメインで戦うから、カレンとリリィで援護してくれ。リリィは戦闘開始とともにドラゴン形態に、ファーストアタックはいつも通りカレンで!」
「はい!頑張ります!」
「わかりました!」
「セラは俺達がウサギの方を攻撃している間、ところどころ魔法で援護してくれ。ヒツジに当てるなよ!弱いし、死んでしまうかもしれないからな!」
「勇者様、殺しちゃダメなの?」
「ダメだ、奴等は捕縛してお仕置きする。おっぱいもデカいしな!」
またセラに殺害されるところであった…
異世界勇者だって生き物なんだから大切にして欲しい。
「ミラは単独であっちのヒツジの方を押さえて欲しい。先に一旦警告して、降伏したら乱暴はするなよ。」
「わかりました。善処します。」
善処ではなく確実に遂行して頂きたい…
「ルビア、そこからでも回復魔法は飛ばせるな?」
「はい、大丈夫です。私のせいで負けたらお仕置きを…」
ルビアは今居るところの直前で木の隙間を通れず、つっかえてしまった。今はごく自然な感じで挟まっている。
もし敵に見つかったとしても、昔からそこに居たと言えば疑われないであろう。
「よし、じゃあ全員作戦通りしっかり動くこと!ヤバいと思ったらすぐ逃げるからな。準備しておけよ。」
遠距離からサポートするセラと、挟まって動けないルビアを残して敵に近づく。
規定の位置で、こそこそと話す。
『いいか、カレン!3カウントしたら飛びかかるんだぞ!』
『わかりました!』
『行くぞ!3…2…』
「やぁぁーっ!」
2カウントで行ってしまった。帰ったらもう一度算数を教えよう。
慌てて俺も続く、リリィもドラゴンの姿を取る。ミラはヒツジさんの方に向かった。魔法の2人も準備はできている。
一世一代の大勝負である…
次で決着します




