1194 監視員は居るのか
「……で、どうするカレン? こいつ等の始末なんだが、まず最初にいじめられた張本人であるお前が意見して構わないぞ」
「うぅ~っ……じゃあこの串焼き肉の人は、これから全部タダで私のために色々焼いてくれるなら許してあげます、それで……」
「それで、こっちの無駄な大量注文をして嫌がらせ的に今日の営業を終了させ、早くから並んで待っている者を絶望させることだけを楽しみにしていたハゲはどうする?」
「その人は別に要りません……」
「だそうだ、残念だったな上級市民? さんとやら、お前は死刑だってよ、もっとも、カレンがそう言わなくてもお前みたいな奴は俺が許さんがな、こっち来いっ」
「ひぃぃぃっ! ちょっ、ちょっと待つのだっ、確かに我は専らここに集まった虫けら共を困らせるだけの目的で大量注文をしたし、それに対する対価を支払うつもりもなく、閉店してこの店主が去ったら、嫌がらせ目的でこの屋台を完膚なきまでに破壊した後でその罪をここに集まっている連中に擦り付けるとともに、受け取った各種串焼き肉を不法投棄して排水溝を詰まらせ、このことを当局に告発して二度とこの店主がこの町で営業出来ないようにしてやろうとはしていたっ! だがそれが何だっ? 我はひとつでも何か悪いことをしているのかっ?」
「ひとつふたつどころか数え役満じゃねぇか、32,000回死ねよこのクズ野郎」
「もうアレよね、感覚がバグっているのよねきっとここの住人は……」
「はいはい、お集まりの皆さん、この上級市民? でしたっけ? この方はもう全ての権限を剥奪されて、その辺の乞食の方と同等の身分になりました、捌いて串焼き肉にしてしまって良いですよ……我欲とかいう猛毒に汚染されていて食べられませんが……」
『ウォォォッ! 殺せぇぇぇっ!』
『今までよくも調子に乗ってくれたなぁぁぁっ!』
『マジで焼き殺してやるっ! 覚悟しろっ!』
「そっ、そんなっ……ひょげぇぇぇっ!」
ゴミ野朗ではあるが、ここにきて書状を発行するというかたちで初めての活躍を見せたのはこのエリアの守護堕天使。
きっと今頃は噂されてクシャミでもしているのであろうが、とにかくスカッと爽快、偉そうに振る舞い、下の身分の者に迷惑を掛けることを生き甲斐としていたデブでハゲの馬鹿が目の前で生きたまま切り刻まれ、『串焼き肉』にされていく。
もちろんそんな気持ちの悪い光景を眺めていても仕方がないため、すっかり注目を失ってしまった屋台の方に向き直り、まずは先程カレンに対して横柄な態度を取ったその店主の胸ぐらを掴んでやる。
ビビリ倒してはいるのだが、どうにかその大人気串焼き肉の製造者という『一芸』のお陰で命を取りとめ、絶望して発狂することだけは免れた様子の店主。
もちろんこれから先は永遠にタダ働きで、食い詰めて廃業することさえ許されず、また俺達が求めれば休憩などすることもなく、ひたすらに無償の労働をしなくてはならないということは確定である。
だが今は命が助かった、いや俺達の慈悲で助けて頂いたというラッキーと、それに対する感謝の心で胸一杯にしておいて頂くこととしよう。
以降は俺達下界の勇者パーティーのことを神と崇め、全てに対してYESで返答して、完全なる従属を表明しなければならないことぐらいは理解しているであろうから……
「そんで、早くカレンの分の串焼き肉を焼けよ、それがお前のようなクソ野朗の命を助けてやった条件なんだからな」
「へっ、へい畏まりましたっ! すぐに取り掛からせて頂きますので、まずはこの冷めた作り置きでも……」
「ざっけんじゃねぇぞオラッ! どうして目上の者に対してそんなもんを出すことが出来るってんだ?」
「そうですよ、その作り置きはお土産用として包んでおいて下さい、後で温めて食べますから」
「へへーっ、申し訳ございませんでしたっ! すぐに新しいものをお作り致しますっ!」
「よろしい、じゃあカレン、ちょっとだけ待とうな、このおっさんが新しく……おいコラ、食中毒が心配だから、キッチリ手を洗ってから作業に取り掛かれ、そのぐらい常識だろう?」
「もっ、もちろんですが、改めてのご指導、誠にありがとうございますです、はい……」
余計なことは極力言わないように注意しつつ、串焼き肉の製造に取り掛かった屋台の店主。
周囲では『処分』された元上級市民を惨殺し終えた魔界人間共が、改めて屋台の方に目線を向けている。
だがその連中の中から、ちらほらとではあるが『下界のクズ』だの『低俗な下等生物』だの、あとは『どうしてあのような生き物が人語を操っているのか?』などというワードが飛んでいるようだ。
この期に及んでわかっていない奴が居るようで、それはそれで対応を考えなくてはならないのだが、今は出来立ての串焼き肉を食してその味に評価を下してやることとしよう。
すぐに出来上がってきた最初の1本をカレンが食べると、もう1本、いや10本は焼けとすぐに騒ぎ出していたため、この串焼き肉が本当に美味なるものであるということがわかる。
もちろんカレンの趣味というか趣向で、かなり脂の多い部位を……おそらく魔界の巨大人喰い鶏の『ぼんぢり』の部分なのであろうと、それがセラの見解であるが、実に胃もたれしそうな逸品ではあった……
「もぐもぐ……うんうん、このスパイスが効いたのが凄く美味しいです、もう毎日でも食べておきたいぐらいで」
「毎日だとさすがに飽きるだろうよ、てかおいおっさん! 俺達の分をサッサと焼きやがれっ!」
「それから勇者様……あそこの連中、あまり私達のことを良い目で見ていませんね、どちらかというと恨んでいるような気が……しかも魔界人間とは少し異なる生物のようですよ」
「どれだ? あぁ、あそこの……目が合った瞬間に逃げやがったぞ、何だあいつ等は? もしかしてホネスケルトンとかが放った密偵とかか?」
「或いは、このエリアを支配している死神の配下で、各自治体に散りばめられて監視活動をしているとかそういう……だとしたらあの守護堕天使が気付いていないなんてことはないですし、それについての説明があるべきですよね……」
「う~む、もしかしたら奴にも知らされていない、本当に死神直属の連中なのかも……って考えると結構アレだな、俺達の行動とか余裕の筒抜けでこれまでの計画は水の泡で……しばらくすると面倒なことになりそうだぜ」
「勇者様、ひとまず戻って皆に報告しましょ、それっぽい奴が居たってことだけでも、ユリナちゃん達も似たようなのを目撃しているかもだし」
「だな、じゃあちょっと……オラァァァッ! 焼くのが遅っせぇんだよゴラァァァッ! ブチ殺されたくなけりゃ100倍速で動けやこのカスがぁぁぁっ!」
「ひぃぃぃっ! ホントにすみません、ホントにすぐ焼きますんでっ!」
「おうよ、ちなみに今日はもう帰るがな、明日以降もこの場所で、俺様達だけのために営業、というか無償での利益供与をしてくれよな」
「へへーっ!」
なかなかムチャクチャな要求をしているように思えるのではあるが、それでも本来は惨殺すべきところを救ってやったことへの恩返しであるから、この程度の扱いも妥当ということになる。
あとはコイツがどれだけの頑張りを見せるか、自分の命の重さが、果たしてどれだけの労働力と同等であると感じているのかによって扱いの方も変化するであろう。
もっとも、カレンがこの串焼き肉など飽きてしまって、もう別のが良いと言い出した際には、こんなゴミ野朗など直ちに始末して死体もドブに流してやるのだが……
で、今はそんなことよりもあちらの、どう考えても普通でない目線をこちらに送っていた連中についてのことだ。
いつの間にやら姿が見えなくなっていたその連中は、見た目もさることながら気配的に通常の魔界人間ではなく、かといって堕天使かといえばそうでもないという不思議な存在。
もしかすると神が呼び出したトクベツなクリーチャーとかそういうものなのかも知れないが、具体的なその正体がすぐに見えてくるようなことはないであろう。
ひとまずこの場はスルーしておいて、後からしっかりとした調査を経てそれが何であるのか、どの程度の脅威となり得るのかを検討していかなくてはならない。
で、催促に催促を重ねてようやく『今日の分の串焼き肉』が完成してきたため、あまりにも遅かったということで、おおよそ1日で回復する程度のダメージを店主に与え、鼻血を出してのた打ち回るのを嘲笑いつつその場を立ち去る。
庁舎へと戻る途中、俺達が神のような存在、いやもう神そのものを遥かに上回るような頂に位置するものということを知らない、低級な魔界人間の襲撃を受けたのだが、これを3日間苦しみ抜いて死ぬ程度のライトな処罰で勘弁してやりつつ、既に戻っていたユリナチームを含む仲間達と合流したのであった……
※※※
「確かに美味しいですねこの串焼き肉は、贅沢を言えばアッツアツのを食べたかったですが」
「贅沢を言うなルビアめ、アッツアツを欲するのであれば寒いのを我慢して外出して、現地でブツを調達することだな」
「それはさすがに……あ、こっちのお野菜も美味しいです~」
「やれやれ、あ、それでだ、ユリナ達の方はその、何というか変な奴等に見られているようなことはなかったか? 人でも堕天使でもない、何かこう、ちょっと異質な存在にだ」
「そうですわね、私にはちょっと……サリナはどうでしたの?」
「んだな、そういうのはサリナの方が鋭いかも知れないな、どうだ?」
「う~ん、そもそも『見られている』ということ自体がいつものことですし、怪しい視線なんかそこら中から浴びせ掛けられ続けていますし……そういうの以外のおかしな感覚は特になかったですね今回は」
「すか、変質者だとかストーカーだとか、そういうのの目に晒され続けるとそうなるのか……」
あの時見られていたのは確かに特殊な感じの連中で、その視線もかなり異常なものであったため目立ったのであるが、常にそういう目線に晒されているサリナにとっては、そんなもの日常の一幕にしかすぎないのであった。
確かに王都では建物の影から、排水溝の中から、そして謎の亜空間からなど、様々な角度から変態ロリコン野朗がサリナを監視し続けていたのだ。
それは魔界のこの大都市に来てから、そして今回の外出をしてからもそうであったろうし、そのいくつ物視線の中から任意に『あの連中』を捜し当てるのは困難なこと。
もしそういうのが居そうだということを意識していれば、もちろんその場で看破してしまうことも可能であったに違いないのだが、今回は少し状況が悪かったようだな。
ということで、その『怪しい奴等』に関しては俺達のチームの目撃報告を、他の仲間達に対して一方的に伝えることとなったのであった……
「えぇ、それはそれはもう悪意のある目線で、もしあの状況で向こうの方の力が上回っていたとしたら、確実に襲撃を受けていたでしょうね今頃は」
「しかも一瞬目を離した隙にサッと消えやがったからな、複数居たのに全部だ、ちょっと考えにくいだろうこの雑魚ばかりの町でそれは」
「私なんかずっとガン見していたのに見失ったわよ、あ、居ないっ! みたいな感じで」
「それ、セラは何を見ていたんだ一体……」
少しおかしなところもあるのだが、これだけの情報では何が何やらということとなったため、ひとまず自分達だけでどうにかしようなどとはせず、あの『ホントに使える守護堕天使様』にお話を伺ってみることとした。
もう立ち上がるのも面倒なので、その辺をチョチョロしていたマーサに呼びに行かせ、すぐに俺達のところへ来い、10秒で来ないのであれば直ちに殺害するとの脅迫文を届けさせる。
ちなみに文書の到達時から10秒ではなく、文書の発行時から10秒という制約があるため、そのみちマーサが鼻歌を歌いながらタラタラと歩いていた間に、タイムリミットは到達して過ぎ去ってしまった。
そして文書発行からおよそ5分後、冷や汗ダラダラかつ全力疾走で、周囲の建物をソニックブームで破壊しながらやって来たゴミ雑魚守護堕天使。
やかましいのでもう少し静かに歩けという精霊様の要請に対して、青い顔をして善処するとだけ答え、そのまま押し黙ってしまった……
「……で、ちょっとお話しがあるんだけど、今良いかしら?」
「うむ、上位者である俺には特にすることもないからな、新しく用意させたオフィスでゴルフの練習をしていたところだ」
「どんだけ暇なわけよ、てかそんなことしててホントに大丈夫なわけ? その、死神の目とかが行き届いていたり……今回はその話でもあるんだけどね」
「我が神の目が届く? まぁ税金注ぎ込んだ超高級オフィスで地を這うゴミ共を眺めて悦に入るのは俺達堕天使の当然の権利なのだが……それを我が神が見ているという話は聞いたことがないな、ちょっと詳しく聞かせてくれないか?」
「ねぇ、もしかしてこの堕天使の人、すっごく馬鹿なんじゃないかしら? そう思っちゃうのよね私!」
「その可能性がにわかに浮上してきたわね、もしかして神の目が届いていない、こんな小さな都市など見えてはいないなんて思っていたところ、実は見られていることに気付いていないだけとか……」
「え? 何? 何なわけちょっと? 俺が見られているとかそんなホラーみたいな話やめてくれよ、おいマジでっ!」
「コレ、、もうダメなんじゃないでしょうかこの方……」
死神の目は行き届いていない、こんな小規模な、とはいっても100万程度の人口を有する都市なのではあるが、そのようなどうでも良い場所を見ていることなどあり得ない。
その前提が脆くも崩れ去ろうとしているのだが、正直なところどうしてそのように思ってしまっていたのであろうかこのゴミ堕天使野朗は?
通常、いくら上に登り切ったからといっても、それよりも絶対的に植えである存在がある以上、少なからず監視というものがあるはずなのだ。
それをいつから全くないものだと、自分は完全にフリーで独立した行政機関だと思い込んでしまっていたのか、その時期や思い込みの範囲次第で状況はまた異なってきそうである。
まぁ、ボス部屋がまともに復活していることを意識するなど、重要な部分についてのカバーはやっていたことからも、全く見られていないという意識ではなかったように思えるところ。
それでもこの町における細かい行動が筒抜けになっているのだとしたら、それはこれまで取り繕ってきた見える部分、大きい部分でのやらかしというか反逆が、モロに明るみに出てしまうようなことなのであるが……
「じゃあさ、その魔界人間じゃない、私達を見ていたようなあの連中は何だったわけ? この町で何かをしているのはわかるんだけど、守護堕天使とか名乗っているのにそれもわかんないのかしら?」
「すまんがリアルに知らん、我が神はそんな諜報部隊だとか秘密警察だとか、そういうのを使っているとかなんてひと言も言わなかったからな、むしろまだそんなの見間違いだったんじゃないかとさえ思っているところだ」
「楽観的すぎですねその考えは、ほら、ここでボーっとしているウチの勇者様居るじゃないですか、もう思考のレベルがコレと同次元ですよ」
「そんなのと一緒にするんじゃないっ! とにかく俺は知らんぞっ、我が神がそのようなかたちで監視行動を取っていたなどということはっ! 忙しいので失礼するっ!」
「暇だから部屋でゴルフの練習してたんじゃねぇのかよ……」
「うっせぇボケがっ! 喋ってんじゃねぇぞこの低能キャラの見本みてぇなクズがっ! じゃあそういうことでさらばだっ!」
「……これはこちらで調査を掛ける必要がありそうな感じですね、ちょっと、どうにかしないと色々狂ってきてしまうかもです」
微妙にキレながら去って行った馬鹿の守護堕天使、奴がこの件に関して『単なる勘違いでしかない』と言い張るのであれば、こちらで独自の調査を進めなくてはならない。
もちろん、調査の結果次第ではあの死神と、直接的にぶつかるようなことになるのは明らかなのであるが……勝てるのかどうか、現時点では実に不安である。
かつて俺達の世界で出会ったときには、今のこちら側の本気であればどうとでもなるような、そんな気がしなくもなかったかも知れない、というかイマイチ覚えていないのであるが、『どうあっても絶対に勝つことが出来ない』とまでは思わなかったと記憶している。
とはいえそれはかなり前のことであって死神と貧乏神の2柱に平伏していた頃の俺達とも違えば、またその強さに関しても別次元の、当時では想像することさえ敵わなかった力を有しているのだ……
「……てことだ、まぁ死神さん? 奴がどの程度強いのかはさておき、今現在俺達の行動が奴に筒抜けなのか否かについて調査しなくちゃならん」
「そうね、もしかしてその変なのを放ったのがこのエリアのボスである死神じゃなくて、私達の敵のホネスケルトンとかいう神なのかも知れないから」
「あ、そういえば死神とホネスケルトンは同じチーム? じゃなくてちょっとアレな感じみたいな、だとすると……さっき私達が見たのはむしろホネスケルトンの方のアレなのかも、という考え方も出来なくはないですね」
「いずれにせよだ、今、この場でさえも監視されている、例えばそこでリリィが寒すぎて最初から戦闘不能に陥っているとか、そういうところを見られているのかも知れないと考えて行動するべきところだよなっ!」
『うぇ~いっ』
「わかってなさそうな奴も多いんだがそれはまぁ……」
もしかすると死神、ないしホネスケルトンとかいう敵の神の監視を受けているかも知れない、そんなことがわかってしまい、これから対策を立てざるを得ないような、そんな魔界の夕刻であった……




