1191 守護堕天使
「さてと……俺達はいつまでブレイクダンスをしていれば良いんだ? ちょっと疲れてきたんだが……」
『あ、それではもう大丈夫です、ただしここまでの冒険で最も活躍が少なかった1名のみ、このまま余興というか何というかで続けて下さい、はいっ』
「そんなことしたら加入が遅かったメンバーの方が不利に……おいっ、どうして俺だけ止まんねぇんだゴラァァァッ!」
「まぁ、妥当な線よねこれは」
「というか勇者様、一番最初から『勇者パーティー』として冒険してんのに、どうして一番活躍していないのよホントに……」
「知るかボケェェェッ! 良いから早く次の行動に移んぞっ!」
「わわわっ、ブレイクダンスのまま変な動きでシャカシャカ移動しないでよねっ!」
「そんなこと言ってもしょうがないぞ、止まんねぇんだからな」
まるで流れ作業の仕事をしていたら手が止まらなくなってしまった、などというような感じでブレイクダンスが止まらない。
だがそんなものはもう関係なく、今はそのままであったとしても、ひとまず敵のティーチャーとプロフェッサーが死んだ場所を調べてみるべきだ。
きっと何か良いモノをドロップしているに違いないし、もちろんこの森を抜けて別のエリアへ行くための何か重要なものがそこにあるはず。
よってシャカシャカと移動した俺は、まず脳筋で鬱陶しくて、かつ馬鹿であったため洗脳されて盾役をしていた、そしてようやくその苦痛から解放された、いや俺達がしてやったのだが、とにかくティーチャーの死体を調べる。
落ちているのはいくつかの肉片と、それから装備していた木刀ぐらいか……まぁ、今後神界クリーチャーを召喚する際に使うかも知れないから、『肉』だけは回収しておこう、きっとそこそこ使える『素材』になるはずだ。
で、木刀などこれまで散々この気持ち悪い馬鹿が握り締めていたものであるから、手を触れないに越したことはないのだが……本当に落ちていたのはこれだけなのであろうか……
「おいおい、せっかく倒したボスキャラなのにこれだけとは、ちょっと報酬の内容を検討し直したほうが良いんじゃないのか魔界は? どうなんだよオラ残雪DXさんよっ?」
『それを私に言われても困るんですが……まぁ、こんなに何もないのは心外ですね、こっちの私が倒した方も、アイテムどころかガンメタルさえドロップしませんから、もうケチとしか言いようがありません』
「そっちもか、となるとちょっとさすがに……」
「さすがにおかしいような気がするわね、もう少し探してみましょ、別のところに何かあったりするかも知れないし」
「それに後になってここに何かあるのが発覚したら面倒臭いからな、もう一度こんな場所に戻って来るのはダルいし、そもそもこいつ等が当たり前のように復活……みたいなことがないとは言えない、ちょっと根を詰めて探してみることとしようか」
『うぇ~い』
そこからはボス部屋の中の見えている場所だけではなく、もっと細かい部分にまで捜索の範囲を広げて、何か隣のエリアへの移動に関する手懸かりだとか、貴重なアイテムだとかのドロップがないかを探していく。
天井は残雪DXを使って狭い範囲でブチ抜き、そこから入って裏側を探したし、床も剥がして壁にも穴を開けて……と、もうこのボス部屋自体を解体してしまった方が早そうだなむしろ。
で、そういうことを仲間達に話してみると、あっという間に壁や天井を破壊し始めて、おそらく亜空間に造られていたらしいボス部屋は、あっという間に床の一部だけとなってしまった。
床が残っているのは汚らしい死体がふたつ、グッチャグチャの状態で転がっているからであって、そんなモノに触れるのはあまり良いことではないと判断したためである。
しかしボス部屋が廃材に変わり、それが構成されていた亜空間についても霧散してしまった、そしてただただ森の中に死体が転がっているだけという状況となってしまった今においては……もう無視しているわけにはいかないような気がしなくもないな。
特に脳味噌野朗、プロフェッサーの方の死体は残雪DXのピンポイント攻撃を受けてそうなったのであって、脳筋馬鹿野朗、つまりティーチャーの方の無残な死体とはかなり状況が異なるのだ……
「ちょっと、とりあえずそのでっかい脳味噌が入った魔導装置? それ退かしてみてくれよ誰か」
「勇者様がやりなさいよ、ほr、何か知らないけど脳味噌が漬かっていた液体が零れてビッチョビチョになって……あそこに何かあっても拾いたくないわねマジで……」
「俺もそうは思うんだが……ぶっちゃけもうあそこしかないんだよ可能性があるのは……あ、ちょっとそこに落ちている『長い丸太』を取ってくれ、もうこれで死体を突いて排除するしかあるまい」
「そうですわね、もし死体に何か残っているのだとしたらまた厄介なことになりますけど、それ以外でしたらそちらの方がよろしくてよ」
「だろう? よし、じゃあやんぞ、色々と飛び散るかもだからちょっと下がっていろ……それっ!」
魔導装置の中からブチ抜かれた脳味噌がはみ出し、もちろんガラスの『脳味噌ケース』も破壊されて大変なことになっているプロフェッサーの死体。
目視では確認済みであって、その際には『何もない』という判断が下されたものであるが……なんと、それを退かした下に何かがあるではないか。
何か、といってもそれは床面であることも確実であり、どちらかというと『この場所の床下に何かある』という表現の方が正しいであろう。
死体を退かしたちょうどその場所には正方形の切込みが入っていて、間違いなくここを開ければ油化した収納か、或いは階段で地下室に続いているといった感じの場所。
だがもちろん脳味噌野朗の脳汁によってベッチョベチョであるその場所に触れるようなことは出来ないため、ひとまずは残雪DXに命じてその切り込みの部分を丹念に、決して他の場所に影響を与えないように破壊させてみる……
『……っと、これでどうでしょうか? 跡はその丸太でゴツンッとやれば、枠から外れて下に落ちると思いますよ』
「そうか、下に何もなきゃ良いんだがな重要極まりないモノが……で、伊を決してゴツンッと……落ちたぞ……階段があるみたいだっ!」
「良かったわねそのままダイレクトにお宝が収納されているとかじゃなくて、このサイズの蓋を落としたら、きっと水晶球とかだったら割れしまってていたものね」
「まぁ、こんなわけのわからない連中がそんな美しいお宝を守っているとは思えないんだがな……ひとまずユリナ、このビチョビチョの汚い汁を消毒してくれ」
「はいですの、じゃあちょっと控え目に……こんなもんですことっ?」
「ちょっ、さすがに燃やしすぎだっ! ストップストップ!」
そのまま地下室までも焼き払ってしまうのではないかと思うほどの『消毒』を見せ付けてくれたユリナ。
お陰さまで地下へ続く階段付近の脳汁は全て蒸発し、床も一部焼け焦げて良い感じに綺麗になった。
ということで早速俺が先頭に立ち、その後ろに残雪DXを構えたエリナ、さらに仲間達という順番で地下室に突入して行く。
俺とエリナの順番が逆なのではないかとも思うところであるが、まぁ、もしかしたらキモい変質者系の敵が突如として襲いかかってくるかも知れないため、念のため俺を前にしておいたかたちだ。
で、そのような心配は杞憂に終わり、どころか地下室にさえも辿り着くことなく、どういうわけかもう一度、今度は上りの階段を迎えてしまったではないか。
そこを上がればもちろん地上であって、その蓋などがない先に見えている場所の雰囲気からして、依然森の中のどこかである、というような感じなのだが……
「……おいおい、外に出てしまったぞ、結局何だったんだこの地下通路は?」
「周りには何もないのかしら? 普通に森で……見てっ、あそこに小さいお家があるじゃないのっ」
「おっ、でかしたぞマーサ、間違いなくこの通路の目的はあのボス部屋と誰かのハウスとの接続だ、そしてあのハウスは間違いなくティーチャーかプロフェッサーのどちらか……まぁ、どっちもってことはないだろうがな……」
プロフェッサーの方は脳味噌メインの状態であって、家屋敷に住んでいそうなのはティーチャーの方であるが、この通路を覆い隠していた死体はこれとは逆であった。
まぁ、どこで死ぬのかなど特に考えたわけではないであろうから、おそらくは偶然倒れた場所が階段質への入口を隠してあったというような、実に迷惑極まりない感じであったに違いない。
で、地下通路を抜けた俺達はまっすぐその小さな家へと向かって……良く見れば家ではなく倉庫ではないか、中には人の気配などないが、念のため用心して扉を開ける……
「まぁ埃っぽい、しばらく使っていないわねこの倉庫は……一体何が置いてあるってのかしら?」
「わからんが……見ろっ、ティーチャーの竹刀だ、あとプロフェッサーのパーツらしきものもあるぞっ」
「見て下さいご主人様、コレ、もしかして『脳味噌の素』じゃないんですかね? 梅干の種ぐらいの大きさですが」
「脳味噌まで交換出来るってのかよあの野朗は……」
「う~ん、それもそうかも知れませんわね、むしろ私達があのボスを討伐したら、次以降にエリアの異動をしたい人が困ってしまいますわ、だから何度でも復活して……アレを討伐するのは普通の魔界人間とかには無理だと思いますが……」
「なるほど、しかしそれだとすると、誰があの死体を新しいのに入れ替えているのかしら? 自分達でここから、ってのはもう出来ないはずだし、どうなのかしら?」
「そこはどうなんだろうなマジで……」
この倉庫は確かにあの2体のボスクリーチャーのもの、というか新しくあの2体を用意するためのものであるということだけは確か。
もちろん新しくなっても記憶を引き継いだり、そもそも敗北して死んだことを忘れ去るようにしているのかも知れないし、そうするのが妥当だとは思う。
で、問題はそこではなく、誰がいつどうやってあの2体を新しいものにしているのかということだ。
今俺達が殺したばかりであるから、きっとこのまま戻ってもあのボス部屋はまだ無人のまま。
いつどのタイミングで復帰するのか、もう一度ボス部屋が使用可能になるのかなど、これはもしかしたら探っておくべきところなのかも知れない。
なぜならばその『ボス部屋の更新』をするのは、どう考えても魔界人間やその辺のクリーチャーなどではなく、もうっと上位者、おそらくは魔界のトップクラス堕天使や神であるからだ……
「……これ、最悪向こうのエリア、移動する先の上層部とここでぶつかることになる可能性もないとは言えないわね、用心しておきましょ」
「うむ、いきなりエリアの神が……ってとこまではいかないのかも知れないがな、そこそこのランクの堕天使が、みたいなところまでは想定しておくこととしよう」
「それから主殿、あのボス部屋ではなく、おそらくその何者かはこの倉庫に来るだろう、パーツを取りにな」
「まぁそうだろうな、ひとまずどこかに隠れて……っていうのはもう遅いみたいだな、何かの気配を感じたと思ったら、一気にスピードを上げやがった」
「向こうも気付いたということなのででしょうね、迎え撃ちますか?」
「もうそれしかあるまい、どうせそこまで強くはないだろうからな」
上空の遥か彼方に感じる巨大な気配、それがスピードアップしたかと思えば、ふと気が付いたかのようにそのオーラを隠し、こちらからは感じ取れないようにってしまった。
だがもちろん接近しているということだけは確かであって、こちらはこの場所に居るということが無効からわかってしまっている以上、今更隠れるのも無駄であろう。
ならば通常通り武器を構えて待機するのだが……ここでカレンが上空に目を向け始めた。
どうやら敵は気配を消しつつ旋回し、攻撃を入れるチャンスを窺っているらしい。
カレンは音で場所を探り、そこから場所の確認を取ろうとしているようだが、森の木々が邪魔で正確な位置を目視することは出来ないため、おおよその居場所ぐらいしか言い当てられないのは確実。
そのカレンが斜め上を向いたままグルグルと回るペースが徐々に上がってきていて……これは敵がスピードを上げたということではなく、単に距離を詰めてきている分そうなっているのであろう……
「わぅ~っ、そろそろ目が回って……あっ、向こうから突っ込んで来ますっ! 多分だけど堕天使の人ですっ!」
「そっちかっ! 見えたぞ確かに堕天使だ……が、野郎の堕天使だ、誰か殺しておいてくれ」
「面倒臭いわねぇ、ほら、狙われているのはどうもルビアちゃんみたいよ」
「私ですか~っ? あ、ホントだ……どうでも良いですねもう……」
「貴様等ぁぁぁっ! 俺がせっかく奇襲攻撃を仕掛けてんのに何だその態度はぁぁぁっ!」
「ひょいっと」
「だぁぁぁっ! 避けんじゃねぇぇぇっ!」
「……地面に突き刺さりやがったぞ、何がしたかったんだコイツは?」
「わかんないけど、このまま放っておいて良い感じのアレじゃないわね、コイツ、堕天使の中ではかなり強い方みたいだし」
「ホントです、堕天使さんとか堕天使ちゃんよりもちょっと強そうです……弱っちいけど……」
『貴様等っ! 喋ってないで俺を助けろっ! このっ、どっちが上なのかもうわからんし土臭いしっ! てか貴様等は何者だっ?』
「それは最初に聞いておくべきだと思うんですよ……登場からやり直して、もっとこう『貴様等ここで何をしているっ?』ぐらいのノリから始めますか?」
『そんなことよりも俺を地面から……と、仕方ない、このまま掘り進んで普通に抜けよう……』
「リリィちゃんの土竜クリーチャーみたいねまるで……リリィちゃんはもう動かないから使えないけど」
「寒いからな……あほら、向こうの方から馬鹿堕天使が出て来やがったぞ、次からはコイツを土竜クリーチャーの代わりにしても良さそうだなマジで……」
空中から仕掛けたダイブ攻撃はルビアによってアッサリと回避され、そのまま地面に突き刺さって足先だけが見えていた変な堕天使。
逆に掘り進む方式でようやく地上に抜け出たのだが、その泥塗れの全身を晒しながら、翼を使って空に浮いたところで特にカッコイイ感じは出せていない。
で、様子としては俺達と敵対し、再び攻撃を仕掛けてこようとしているらしいが……なかなかそのタイミングを得られないでいるという感じだな。
雑魚だが、この魔界の堕天使の中では最上級の力を有しているとみて間違いない目の前の敵キャラ。
俺達の方が強いのではないかということに気付き始めているようで、このままやり方を修正してくるかも知れない……
「……うむ、貴様等は本当に何者なのだ? そこの頭悪そうな野郎以外は全員まるで隙がないし、この俺でさえも攻撃するのを躊躇してしまうぞ、そこの野郎以外はな」
「おいお前、どうして俺だけディスッてんだよ? 殺すよ?」
「今は貴様と話をしているのではない、おそらくリーダーはその後ろの……精霊なのかもしかして? だとすれば間違いなく貴様がこのパーティーのリーダーだな?」
「いいえ、残念ながらコイツ、コレがリーダーなのよ」
「えっウソでしょっ? マジで言ってんのそんなこと?」
「ホントにそうなのよこれが、ビックリでしょ?」
「このようなことがこの魔界、いや世界全てを合わせた中で起こり得るとは……はっ、そうか、あえて低能でゴミクズでカスで、しかも粋がっているという最底辺の馬鹿をリーダーにすることによって、組織の力を見誤らせるのが作戦ということかっ、騙されないぞ俺はっ!」
「……ねぇ、マジで殺して良いコイツ? 超ムカつくんですけど」
「ちょっと待ちなさいってば、この堕天使、おそらく次の、というかこの隣のエリアから来ている奴なのよね、頭は悪そうだし、ここでちょっとでも情報を引き出しておくのが得策だと思うわよきっと」
「だからってよ、このゴミみてぇな野朗を長生きさせて……まぁ、後で殺す……」
止められてしまったためここは一旦この大変にムカつく堕天使を始末してしまうのは諦め、仲間達がそうしたいように情報収集に走ることとなった。
ひとまず降りて来いと、そう告げたところ敵の堕天使はしばらく考えた後、渋々といった感じでそれに従う。
どうやらこの時点でもう、自分に勝ち目がないということだけは察していたような感じだな。
どこのタイミングでそれを確信したのかについてはわからないが、ひとまずいきなり攻撃を仕掛けてくるということは、こちら側がよほど大きな隙を見せてやらない限りないことであろう。
で、降りて来たそのムカつく堕天使は……これまた渋々と、装備していた剣のようなものから手を離し、対話の姿勢に移行したのであった。
コイツから何を聞き出すというのであろうか、それは前に出た、実質リーダーだと思い込まれている精霊様次第である……
「え~っと、まずだけど……あんたさ、隣のエリアっていうのかしら? そこの守護か何かしているキャラなわけ?」
「いかにも、俺はこの森を抜けた先のエリアの守護堕天使を任されている」
「あっそう、で、そのエリアに入るための試練? のためのボスキャラが死んだから、新しいのに取り替えようとしてここに来たと、それもそうよね?」
「そうだ、毒々しいこのエリアから、豊かな我々のエリアへの侵入を拒むための強ボスが何者かに殺されてな……ってまさかっ!?」
「そのまさか以外に何があるって言うのよ……」
強さは持ち合わせているものの、やはりどこか抜けている、というか頭の中は空洞の部分の方が多いのであろうこの堕天使。
もうどうでも良いので早く攻撃して、苦しませて絶望させて、そして無様に命乞いをしているところを嘲笑いながらブチ殺してやりたいところだ……




