118 すぐに酒を勧めてくる奴
「あれが禁酒魔将の居る泉か?」
「そうです、最近はあの中でずっと過ごしているんですよ」
「引き篭もりなのか?」
「いえ、断酒の禁断症状に耐えているそうです」
どうやら禁酒魔将本人も禁酒したくて仕方が無いらしい。
だが今日は可愛い子15人による誘惑、これを耐えることはまず出来ないであろう。
俺達は今居る場所、泉が一望できる大きな岩の上で待機することに決まった。
ここから先はデフラをはじめとする元訪問員の女性だけでの行軍である……
「はぁ~いっ! 1920商会の代表様はいらっしゃいますかぁ~? 一緒にお酒を飲みましょ~っ!」
ザバ~ッと、水の中から人影が現れる、精霊様が登場したときと似ているな。
いや、これは似ても似つかないというやつだ、泉の中から小汚いおっさんが出て来た!
『うぬぅ、何だね君たちは、私は今酒断ちをしている最中なのだよ、帰りたまえ』
そのビール腹で何を言うか!
しかし見れば見る程に一般的なおっさんだな、あんなのがヘビに変身するのか?
「まぁまぁ、そんなこと言わずにっ! たまになら良いんですよ、たまになら、私達と飲みましょうよ、おさわりOKなんですよっ!」
『ならん、ならんぞっ! ここで飲んでしまえば明日も、そのまた次の日も酒に手が付いてしまう、君達、もう帰りたまえ』
「でもこれっ、帝国領から仕入れたすっごく良いお酒なんですよ、ちょっとだけなら大丈夫です、さぁっ、お酌しますねぇ~っ!」
『う……うむ、ではちょっとだけだぞ、本当にちょっとだけだからな! そしたらすぐに帰りたまえよ!』
デフラの乳寄せ攻撃に心が折れ、完全に誘惑に負けてしまった魔将ウワバミ、もう『禁酒』の称号は剥奪だな、あいつは何の変哲も無いただの魔将だ。
3つの樽から次々に注がれる酒、杯もかなり大きいものにしておいたからな、1回のお酌で5合は飲むことになるであろう。
「勇者様、アイツもう顔が赤くなってきたわよ、実は弱いんじゃないかしら?」
「待てセラ、落ち着くんだ、もう3升ぐらいは飲んでいるはずだぞ、実際」
「まぁ……悪いこと言わないからそろそろやめた方が良いわね」
だが今回はそういう訳にもいかない、可能な限り飲ませてヘビに変身させ、そこからさらに飲ませて眠らせないとならないのだ。
あんな奴に貴重になってしまった酒を浴びるように飲まれるのは癪だが、ここはじっと我慢のときである。
禁酒魔将を倒さないことには王都、というか王都の酒は救われない。
「あ、見て下さいご主人様、おじさんの脚がヘビに変わってきていますよ、凄く栄養がありそうです!」
「本当だ、でもリリィ、あれはばっちいから食べちゃだめなんだぞ」
「は~いっ!」
徐々にヘビの体に変わってゆく魔将ウワバミ。
今は何か顔だけおっさんであとは全部ヘビみたいな薄気味悪いモンスターの様相を呈している。
「なぁ、かなり酔っ払っているみたいだけどさ、今全員で襲い掛かったら余裕で勝てそうじゃないか?」
「ダメですよ勇者さん、ウワバミ様はピンチになると自切して逃げようとするんです」
「いやいや、俺達は知的生命体だぞ、切れた尻尾なんかに騙されるわけないだろう」
「あの方は酔っていると首の方を自切して死亡してしまうおそれがあります」
「……止めておこう、眠るまで待つんだ」
魔将ウワバミ、逃げるための自切で誤って自殺してしまうかも知れないとは……
とんでもなく残念なおじさんである。
その後も延々と飲み続けるウワバミ、作戦部隊の動きから、たるのかなりそこの方にある酒を掬っているのが確認出来る。
これは3樽分あった酒が底をつきそうである、ということに他ならない、
「ねぇ勇者様、もしお酒が無くなっても寝なったらどうするのよ?」
「……そこまでは想定していなかったな、仕方が無い、そうなったら普通に戦おう」
ウワバミは眠るどころかどんどん元気になってゆく、次第に酒が少なくなり、もうこれで最後の一杯となったようだ……
「代表様、残念ですがもうお酒が無くなってしまいました、またすぐに次のものをお持ちします、このままお待ち頂けませんか?」
デフラがそう告げると、ウワバミは一瞬頷きかけた。
……だが突然に豹変し、キレて暴れ出す。
ちなみに何が気に食わないのかはわからない。
さすがは酔っ払い、行動が意味不明だ。
『うぉぉぉっ! もうこうなったら君達を食べてしまうぞ! 食べてしまうぞぉぉっ!』
「いかん、デフラ達があのバケモノに喰われてしまう、もう出て戦うしかない!」
メンバー全員で一斉に飛び出す。
さすがにここに居て俺達に協力していると知られると拙いため、カポネだけは置いて出た。
「おいこの酔っ払いヘビ野郎、てめぇ人間様を喰おうとしやがって、この場で成敗してくれるわ!」
『うぃぃ~っ! 何だね君達は? ここは私の住処、これは私の酒……おぃぃっ! もう空っぽじゃないかぁぁっ!』
よくわからんが向こうから襲って来た。
長い尻尾で薙ぎ払う攻撃、噛み付き攻撃、そして口から酒臭い息を吐く攻撃がメインのようだ。
それはそれはもう単調で、簡単に回避することが出来……なかったのである。
「ご主人様、あいつの攻撃が全然読めません、どうしたら良いですか?」
「カレンが読めない時点で俺なんかもうお手上げだ、あの攻撃はどこからどう来るかわからいってぇぇっ!」
ウワバミの攻撃は本当に読めない、そして喰らうとまぁまぁ痛い。
すでにべろんべろんに酔っているため、ふらふらとあっちへ行ったりこっちへ行ったり、その途中で唐突に攻撃を放ってくる。
それを察知して、反応して、回避するなんてこと出来たもんじゃありませんよ。
魔将ウワバミ、酔えば酔う程に強くなるあの拳法の使い手だったようだ。
「しかしこのままじゃデフラ達が巻き添えになるな、喰われないにしても一般人があの攻撃を受けたらただじゃ済まないだろうよ……」
「主殿、私が彼女達を一旦後ろに退かせる、その間空いた穴を埋めておいてくれないか?」
「わかった、でも俺はいたいのが嫌いだからな、また攻撃を受ける前に戻って来てくれよな」
「ならば可能な限り急ぐ、では行って来る!」
俺達勇者パーティーの中で唯一、頑丈な鎧を装備しているジェシカが敵の攻撃を掻い潜り、デフラ達15人の実働部隊を救出し、後方に退がらせた。
そしてその間、俺はボコられていた。
避けられないうえに鎧なんか着ていないからな、鼻血とか出ている。
次々と襲い来る尻尾攻撃、幸い中衛の俺は噛み付き攻撃を喰らっていないが、それでも振り回される図太い尻尾が直撃することを避けられないでいる。
一切の防具が俺にとってこれは耐えがたい苦痛だ。
鎖帷子ぐらい着ておくべきであったな。
「戻ったぞ主殿、というかどうしてそんなにやられているんだ?」
「……素早さと防御力が低いからだ」
「プッ、本当に哀れな異世界人だな」
ジェシカめ、今装備している強力な鎧を買ってやったのは俺だというのに酷い言い草だ。
帰ったら絶対に痛い目に遭わせてやる、今の俺以上にな!
とはいえ、まずはこの酔っ払い大蛇を片付けないことには屋敷に帰ることも出来ない。
奴の攻撃は読めないし、こちらの攻撃も千鳥足、いや足は無いがとにかくフラフラと移動しながら回避してしまう。
徐々に、俺だけでなく仲間達の傷も増えてきた。
もちろん回復役のルビアは大忙しだ、今は盾で防ぎ切れなかった尻尾攻撃を貰ったミラの治療をしている。
「ルビアちゃん、こっちもお願い! 耳を噛まれちゃったわ!」
「は~いっ! ちょっと待ってねマーサちゃん、ミラちゃんの腕が全快したらそっちに向かうから」
「ルビアちゃん、私もです、首のところを尻尾で叩かれて蚯蚓腫れになってしまいました!」
「はいはいっ! じゃあ次がマーサちゃんでその次がカレンちゃんね、マリエルちゃんも結構血が出ているわね……」
前衛・中衛のメンバーはもうボロボロである。
回復魔法を使えるのはルビアだけだし、痛いだろうが少し我慢して貰うしかないな。
ちなみに俺だけは全く治療して貰えない、どうせ治してもすぐにまたやられるからだ、悲しい。
『ぐおぉぉぉっ! 何度打ち倒しても起き上がってくるとは! うるさいハエ共だ、君達こんな所に居ないで早く酒を持って来なさいよぉぉっ!』
酒をやれば落ち着くんだろうか? 否、あの状態からはもう何をやってもダメだろうな。
どれだけ飲ませれば昏睡状態になるかもわからないし、もうこのまま戦い続けるしかない。
「カレン、どうだ、敵の動きは少しは鈍ってきているのか?」
「ええ、少しづつですが力が弱ってきています、眠そうだし、ところでご主人様、凄い怪我じゃないですか!?」
「うん、ちょっとやられすぎた、あいたっ! また血が出た……」
「大丈夫ですか!? ルビアちゃん! ご主人様を先に治してあげて下さい!」
「え? ああ、ご主人様はその都度やっているとキリがないから後でまとめて治すのよ」
「・・・・・・・・・・」
ルビアは酷い奴だ、もちろん俺が死にはしないのだけは確認してくれたが、カレンのフォローも空しく、結局俺は後回しにされてしまった。
そんなことをしている間にも、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと移動するウワバミ。
本当に攻撃してくるタイミングが掴めない。
かといって魔法で一気にやると殺してしまいそうだし、なかなか有効な対処方法が見つからないな。
何か打開策を見つけないと、このままじゃいつまで経っても勝利を収めることが出来ない。
「あ、そういえばルビア、ジェシカはここまで何回治療した?」
「ジェシカちゃんですか? それなら……まだ一度も回復していませんね」
「でもジェシカだって攻撃は喰らっているはずだよな? おいジェシカ! 大丈夫なのかお前?」
「主殿、確かに私も怪我はしているが、どれもこれも浅い、この鎧のおかげでかなり助かっているぞ!」
「そうなのか、もしかしてお前さ、ウワバミに組み付いて押さえつけることが出来たりしないか?」
「う~ん、わからんがやってみる!」
そう言って敵に飛び掛るジェシカ。
間合いに入るまでは攻撃を受けっ放しであるが、鎧が完全に守っている面積も多く、そこで受けさえすれば僅かなダメージしか入らない。
「捕まえたぞっ! ほらっ、動くんじゃないっ!」
『ぐぬぅぅっ! その手を退けなさいっ! 今日はまだまだ帰りませんよ、3次会も行くんです私はぁっ!』
鬱陶しいおっさんだ、タクシーに押し込んで無理矢理にでも帰らせたい……
「くそっ、動くなと言っているだろう! しかしなんて酒臭いヘビなんだ! 主殿、これからどうしたら良い?」
「ジェシカ、それじゃまだ締め込みが甘いぞ、もっと顔におっぱいを押し付けてやるんだ!」
「わかった、こうか? こんな感じで良いのか?」
ヘビ顔にジェシカの巨大おっぱいがグイグイ押し付けられる。
その事実に気が付いたもてない男選手権魔将部門上位のウワバミ、顔がユルユルに綻んだ。
『うほぉっ! これは良いですね、最高の質感ですよ! 君、私の秘書として1920商会に入らないか?』
「えっ? いやそんなことを言われてもだな」
『良いではないか、良いではないか、ホレホレッ!』
「ちょっとっ! 尻尾で尻を撫でるのはやめるんだ、訴えるぞっ!」
『おぉっと、これは失礼、では示談金代わりに私の秘書として雇ってやりましょうか、でへへへっ!』
「今だっ、油断している隙に全員で近付いて叩きのめすんだ! というかジェシカを救出しないと何かヤバいぞ!」
『ん? 何だね君達は? 一体どこから……ぎゃあぁぁぁっ!』
最初から居たし、先程までお前に散々やられていたんだが?
もはやアルコールの力で短期記憶すら揮発してどこかに行ってしまったようだ。
ともあれこれでウワバミを袋叩きにすることが出来る。
俺の攻撃も始めて当たった、やはり聖棒はかなり効くようだな。
5分以上もの間死なない程度に殴り続けると、ようやく大人しくなった。
細い尻尾の先から魔力を奪う腕輪を捻じ込んでやったところ、力を失ってがっくりと項垂れるウワバミ。
魔力が無いとその巨体を支えることすら難しいようだな。
『ぐぬぬっ! また酒で失敗してしまったようですね、これだからもう飲むのはイヤだと……』
「おい、うるさいぞ、酒癖が悪いおっさんはちょっと黙っておけ、死にたくなければな」
『やれやれ、よりにもよって君のような能力の低そうな者に嵌められるとは、私もヤキが回ったようだ』
「本当に殺すぞ、事実でも名誉毀損なんだからな!」
捕らえられ、魔力を完全に奪われたウワバミ。
だが少し酔いが醒めて冷静になったせいか、口だけはやたらと達者なようだ。
あと酒臭い、コイツは明日二日酔い確定だな……
「とりあえずウワバミを運ぼう、酒樽を乗せて来た神輿を3連結して乗せるんだ、魔力を奪う腕輪が抜けないように気をつけるんだぞ」
ウワバミを慎重に神輿に乗せ、酒樽を巻いてあったロープでぐるぐる巻きにする。
そういえば魔力を奪ってもヘビのままなんだな。
ということはあのおっさん型が仮初の姿なのか。
いや、人に化けるならもうちょっとマシなビジュアルの奴にしろよ……
とにかく、ようやく戦いは終わった。
「ご主人様、後回しなんかにして申し訳ありません、すぐに傷を癒しますね」
「ああ、それなら良いさ、ルビアがその方が良いと判断したなら別に怒らないぞ、珍しく自分で考えて動くことが出来たんだからな」
「褒められるとは思いませんでした、次からは何があってもご主人様は後回しにしようかしら」
「調子に乗るのはやめなさい……」
「あら、今度は叱られてしまいました、後でお仕置きですか?」
「お仕置きです」
「まぁ嬉しい!」
「あとシルビアさんにもきっちり報告するからな」
「ひいぃぃぃっ! おゆるしをぉ~っ!」
ルビアとどうでも良いやり取りをしているところに、ミラとリリィがやって来た。
2人共かなり眠そうな目をしている、緊張の糸が切れて急に睡魔が襲ってきたようだ。
「勇者様、朝になってしまいましたよ、私はもう眠たいです」
『私もですぅ~』
「おっと、ミラやリリィに徹夜は厳しかったようだな、じゃさっさと引き揚げて一旦寝ることとしよう」
捕らえた魔将ウワバミを連れ、西の山を後にした……
※※※
「じゃあコイツはずっとここに置いておくの?」
「うん、そうらしい、デカくて王宮には入らないし、かといって王都の中に置いておくのもアレだからな、西門の横以外に保管場所は考えられないそうだ」
「何だかここにこんな巨大な檻があるのも邪魔そうだけど……」
「うん、魔将を全部倒したらすぐにリリースしよう、こんなのはウチじゃ飼えないしな、そもそも中身はおっさんだし、それともセラが食べるか?」
「食べないわよこんな気色悪いのはっ!」
王都西門の外に設置された檻、もちろん魔力を奪うご都合金属で出来ている。
その中に魔将ウワバミ(状態異常:二日酔い)を放り込み、その場を後にした。
「ここから屋敷まで歩くのは面倒ね、どこかに良い馬車が無いかしら」
「今マリエルが王宮へ報告に行っている、さすがに馬車も出してくれるだろうよ」
その通り、すぐに超大型の馬車、そして牢付きの馬車が3台やって来た。
大型の馬車には俺達パーティーメンバーが、そして牢付きのものにはデフラ達囚人と、それからカポネを放り込んで屋敷へと戻った。
「今回は皆良く頑張った、デフラやその他の訪問員達も恩赦とまではいかないが軽い罰で済ませてやることになったそうだ、安心しておけ」
「ちなみにその軽い罰というのは何なんですか? 具体的にお願いします」
「知らない、どうなんだマリエル?」
「う~ん、せいぜい公開鞭打ち1,000回ぐらいだと思いますよ、たいしたことありませんね」
それはなかなかの厳罰だと思うのだが。
デフラも、その他の週人達も顔が青くなっているではないか。
中には喜んでいる奴も何人か居るようだが、きっとそいつらはルビアの同類であろう。
「あの勇者さん、ちなみに魔将補佐の私はどうなるのでしょうか?」
「うむ、もう1人の補佐も逃亡中だし、そいつに関する情報も教えてもらうことになるかも知れない、ただ殺したりはしないから大丈夫だ」
「わかりました、ご飯がちゃんと貰えるなら我慢します」
カポネと、それから魔将のウワバミは身柄を押さえたものの、もう一方、男の方の魔将補佐の行方がわからない。
カポネ曰く、そちらの補佐は1920商会が買い付ける畑や果樹園の下見を担当していたそうで、今は王都どころかどこの国に居るのかすらもわかっていないという。
もしかしたら今後、どこかでそいつと戦うことになるのかも知れないな……
「じゃあパーティーメンバーは風呂に入って一旦寝るぞ、起きたら反省会をしながら飲み会だ!」
「ご主人様、いつも思うんですが本当に反省会をする気があるんですか? いつも適当じゃないですか」
「わかっていないなカレンは、反省会という建前の飲み会なんだよ、そう言っておけば経費で落ちるんだ」
「へぇ~っ!」
「ちょっと勇者様、純粋なカレンちゃんに汚いことを教えないで下さい」
マリエルなんかに怒られてしまった……
さて、怒られようと何だろうと今日の飲み会は実施確定である。
王都の経済は未だにガタガタのままであるが、とりあえずその原因となっていた商会および魔将を排除することが出来た。
しかも今、俺達は十分な量の酒をストックしている。
ジェシカの実家から送られて来て、ウワバミに飲ませた分とは別に取り分けられていたものだ。
今夜はこれを使って久しぶりの酒盛り大会としよう。
俺達が寝て起きる頃にはシルビアさんの店も終わっているはずだからな、まさか参加しないとは言うまい。
実に楽しみだ、胸が高鳴るぜ……




