1186 進化の儀式
「あぁ~っ、串焼き肉の屋台も消えちゃいました、ドーンッて凄くて面白かったですけど」
「カレン、お前まだあんな食えもしないもんに未練があったのか、次に魔界から戻ったらたらふく食わせてやるから今は我慢しろ、大蟯虫クリーチャーにやられても知らんぞ」
「それは絶対にイヤです、あんな気持ち悪いの、居なくなっちゃえば良いのに」
「まぁ、それをやっているのが私達なんだがな……と、休憩所の消滅を確認したぞ」
「うむ、これだけ綺麗サッパリ消し飛んでいれば大丈夫だろ、水も全部蒸発して、地面も高熱でガラス化していやがるからな」
ここまでやっておけば間違いなくこの場所は大丈夫であろうと、もうほとんど隕石でも落ちてきたのかと思えるような状態になった休憩所を眺めつつ、町へ帰還するためのルートを選ぶ。
来たときのように原野を突っ切っても良いのであるが、それだとまたクリーチャーワームの襲撃を幾度となく受けることになってしまう。
まぁ、リリィの土竜クリーチャーが居ればそこまで時間を要することもないのだが、それよりも道なりに行った方が楽なのかも知れない。
そう思ってルートに関する提案をしようとしたところ……なんと、残雪DXが最短ルートで町へ戻らなくてはならないと、そうしないと自分のパワーアップが遅れてしまためどうのこうのとわがままを言い出す。
武器の分際で本当に生意気な奴なのだが、やはりこのままだと町へ着くまで終始やかましいことであろう。
仕方がないので残雪DXの言う通り、来たルートを戻って町へ帰ることとなったのだが、早速にしてクリーチャーワームが出現する……
「はい土竜さん、行って下さ~い……土竜さ~ん? えっと、何か行きたくないらしいです」
「どうしたんだよ? もしかしてアレか? さっきみたいなガンメタクリーチャーワームが居るってのか……だとしたら逆にチャンスなんだが」
『うっせぇよボケ、野朗の癖に喋ってんじゃねぇこのタコが、そんなもんにビビッてんじゃなくてよ、もうスタミナ切れなんだよ今日は、あ~あ、ホントは戦いたいんだがよ、この野朗の薄汚い面見てっと余計に消耗してきたわ、じゃ、そういうことで戻りますんで自分!』
「……帰っちゃいました、どうしますか?」
「そのクソ土竜は後で成敗しておけ、で、残雪DXでしか戦いようがないだろうもう、いけるか?」
『もちろんですともっ、じゃあパワーアップ前の景気付けに、強烈な一撃でこのバケモノ共を一掃してやりましょうっ!』
「えっと、その、反動とか大丈夫なんでしょうか……ちょっと心配なんですけどホントに」
『大丈夫に決まってますからっ! はいドーンッといきますよドーンッと! それぇぇぇっ!』
「ひゃぁぁぁっ! は、反動どころじゃなくてぇぇぇっ!」
かなり後ろに居た俺達でさえも吹き飛ばされそうになるような、そんな膨大なエネルギーを放ってしまった残雪DX。
装備者であるエリナはそれをモロに受けてしまったため、服など消し飛んでしまって素っ裸で、髪の毛も実験に失敗した博士より酷いことになっている。
そしてもちろん攻撃を喰らったクリーチャーワームの群れに関しては、それはもう綺麗サッパリと消滅して……どころか、かなり先まで地面が抉られて大変なことになっているではないか。
まるで乾いた用水路でもあったかのような、そんな感じでまっすぐに続く攻撃の跡。
それはおそらく目的地の町まで続いていて、そしてその一部を破壊してしまったことであろう。
何にせよ、これでこの先のクリーチャーワームに関する心配はしなくて良くなったのだが、それでもさすがにこれはやりすぎだ。
残雪DXにはキッチリ反省して貰わないとならないのだが……良く考えたら武器であるコイツに反省を促す方法など何があるのか思い付かない。
下手にパーツを没収したりすると元に戻らなくなりそうだし、製作者である武器職人のD造じいさんガ死亡してしまっている以上、余計なことをすれば致命的な結果を招くのは明らか。
せめて人間の姿をしていさえすれば、尻を引っ叩くなどして罰を与えることが出来たのだが……まぁ、これに関しては後で考えることとしよう。
既に行き先の安全を確認し、再出発し始めた仲間達に続くようにして、俺はその溝のように掘られた攻撃跡に足を踏み入れる。
まだ見えてはいないのであるが、方角的にこの先が町であることは確実であって、そこがどうなってしまっているのか、実に不安ではあるのだが……まぁ、消滅していなければそれで良しとしておこう……
「それで、残雪DXはパワーアップするとどうなるんだ? 新機能の追加とかはわからんでもないが、他にもっとこう、見た目的な変動とかもあるのか?」
『ふっふっふ、それはまだまだナイショです、実際に見て感じて体験してのお楽しみとかそういう感じですから』
「鬱陶しい奴だな、そのぐらい教えてくれても良いような気がするんだが?」
相変わらず調子に乗っている残雪DXであるが、まぁ、どうせ変化といってもフォルムが少しゴツくなるとか、きっとそういう程度の変化しか起こらないに違いない。
なぜならばいくらパワーアップするとはいえ、その形状が『GUN』からかけ離れてしまえば、もうそれは使い辛いだけの単なる粗大ゴミになってしまうためだ。
よって、今回の件で多少の変化はするにしても、それは現状の範疇から大きく乖離しない、本当に『どこか変わった?』程度のものであろうと予想しておく。
もしそうでなかった場合には、そしてその変化によってエリナが残雪DXを快適に使用することにつき支障が出るようであれば、もう投入したガンメタルを回収して元に戻してしまえば良いのである……
「……町……だと思いますけど、ちょっとだけ見えてきましたよ」
「町なのはわかるが、リリィ、その『だと思う』とかいう曖昧な表現は何なんだ? 町以外に何かあるわけもあるまいし」
「でも凄く形が変わって……前は高い城壁とかあったじゃないですか、グルっと町を1周するみたいに……それが前だけブッ壊れてウェルカム状態になってます」
「……やっぱ壊したってことだな、おい残雪DX、万が一があったらお前アレだぞ、パーツ取りして城壁の再生作業に充てるからなお前の部品をっ」
『そんなっ! あんな魔界人間なんかの町ひとつよりも、どう考えてもこの私、伝説で最強で他を寄せ付けない美しさを誇るこの残雪DXの方が大切ですよっ! わかってますかそこのとこ?』
「だんだんと称号が増えてきているわね、最初は魔界最強ってだけだったのに」
「しかも全部『自称』ってんだから恐ろしいよな、誰からも認められないわりに自己肯定意識だけは強い喋る武器とか、あのクソジジィもとんでもねぇモノを造ってしまったようだな」
『酷いっ! 抵抗出来ない武器をディスりすぎですっ!』
「残雪DXさん、抵抗は出来なくてもそれだけ抗弁出来ていれば同じだと思いますけど……」
『・・・・・・・・・・』
使用者であるエリナにまで色々と言われ、そこからしばらくの間残雪DXは静かに、まるで物言わぬ通常のGUNのようになっていた。
もしずっとこのままであればまだ使いようがあったと思うのだが、もちろんキッカケさえ作ってやればあっという間に復活を遂げる。
今回は魔界に存在するクリーチャーワームや大蟯虫クリーチャー以外の敵キャラ、などという余計な話題をマリエルとジェシカが始めてしまったことが、鬱陶しい馬鹿GUNの復活の原因となった。
嬉しそうに話に割り込んでは、何の役にも立ちそうにないいい加減な話を延々と続ける残雪DX、その相手をしている間に、その馬鹿が破壊した魔界の町の城壁が、ようやく俺の目にも見えるようになってくる。
無残な、という表現が非常にしっくりくるような破壊のされ方をした魔界の町の城壁。
周囲には瓦礫の山が出来ていて、そして瓦礫の山とはまた別に死体の山らしきものも存在しているようだ。
周辺ではまだ救助活動のようなものが行われているようだが、今生き埋めになっているような奴はもう、そのまま死に埋めになったとして処理して構わないであろう。
その阿鼻叫喚の地獄のど真ん中で、何やら指示を出しているらしき堕天使は……堕天使(最下級)のようだな。
状況が状況であるため、砦の堕天使ちゃんに頼んで召喚させ、こちらに派遣したということに違いない。
もちろんそれらが最下級の雑魚とはいえ堕天使という存在であるため、その辺の魔界人間に対してはかなり強い態度で臨んでいるようだ。
もしかするとあの死体の山らしきものの大半は、魔界人間が堕天使(最下級)の指示に従わなかったり、何かムカついたため『処理』された結果として形成された、そんなモノなのかも知れない。
で、俺達が近付いて行くと、その作業をしていた堕天使(最下級)のいくらかがこちらに気付き、失礼にもほどがあるのだが指を差して仲間にその存在を伝えている。
どうやら俺達がこの惨状を招いた敵であって、最初の攻撃に引き続いて乗り込んで来たなどと、勝手な勘違いをしてしまっているようだ。
今回の件に俺達勇者パーティーはまるで関係がないし、城壁が破壊されて町の魔界人間に多くの死傷者が出たことも、当然残雪DXが単独で招いた事態なのである。
まずはこの連中にそれをわからせてやる必要が……なさそうな感じだな、問答無用で攻撃を仕掛けてくるつもりのようだし、特に説明することなく殺してしまおう……
「オラァァァッ! 来やがったなこの犯罪者共がぁぁぁっ! 何晒しとんじゃワレ等ぁぁぁっ!」
「凄くうるさいですね、ちょっと、雑魚の方々は黙っていて下さい、それっ」
「何だこのガキ……剣を薙いだ際の衝撃波が……ギョェェェェッ!」
「クソッ、一気に100体も殺られちまったじゃねぇかっ!」
「下がれ下がれっ! どうやらやべぇ連中だぞっ!」
雑魚キャラに相応しく、技の解説的な台詞を遺してこの世を去った堕天使(最下級)と、その仲間であって同一種族の、最後まで台詞さえ与えられなかったモブ共。
ミラの軽い一撃でこのようなことになってしまうのだから、先程残雪DXがこの破壊をやってのけた際の攻撃をもう一度喰らわせたらどうなることであろうか。
もちろん、そんなことをしても何の得にもならないどころか、かえってやることが増えたり死体が増えたりと、プラスの作用はまるで発揮されないのでやめておく。
で、ビビッて逃げて行った残りの堕天使(最下級)共が、その飛んだ先の町の中でザックザクと殺戮されている様子なのだが、どうも奥から別の強キャラが出て来たらしい。
で、もちろん町の中から出て来る強キャラといえば、堕天使さんか疫病をレジストする魔界の女神ぐらいで……やはり魔界の女神は出張って来ないか、やって来たのは堕天使さんのようだ……
「全く、この非常事態に何を逃げ出しているというのですかこの使えないハゲの堕天使(最下級)共は……と、皆さん帰還していたんですね、今ちょっと町がほら、ご覧の有様でして……もしかすると何か新勢力による襲撃なのかも知れません」
「大丈夫よ、全部この魔界武器のせいだから、クリーチャーワームと一緒に町の城壁まで吹っ飛ばしちゃったの、ホントに馬鹿よねぇ」
『それが私の実力ですからっ、そしてこの後すぐ、その高かった実力がさらにさらにパワーアップしてですね』
「……あの、威張っているところを申し訳ありませんが……そういうことでしたら城壁、弁償して頂けないでしょうかね?」
『……私は武器なのでどうすることも出来ません、使われないと何もし得ない、主体性のない存在ですから』
「急に『物』に成り下がって逃げようとするんじゃねぇよ……それで堕天使さん、この町の被害の方はどうなんだ?」
「城壁と建物の被害が大きいですね、人命ぐらいはまた生産すれば良いのですが、そんなモノよりも遥かに希少な資源が失われてしまいました」
「なるほど、この異世界ではやはり、たとえ魔界であってもそういう扱いなのか人命が……」
人間ぐらいどれだけ死んでしまっても構わない、俺達の世界でもその傾向はあったのであるが、魔界においてはそれがかなり顕著である様子。
まぁ、特に堕天使さんのようなある程度の高位者にとって、その辺を這い蹲っている下等生物など、死のうが生きようが特に気にもならない存在なのであろうということも、またこういう扱いに繋がっているはずだ。
で、そんな感じで町を破壊し、貴重なリソースを台無しにしてしまった残雪DXはまるで反省する様子を見せず、むしろ自らのその絶大な威力を誇らしげに語っているという始末である。
本来であれば許してやる必要はないのだが、やはり武器であるという性質上罰を与えるのが難しいのが問題だ。
だがいずれはどうにかしてやらないとこのまま調子に乗って、何か突拍子もないことを始めそうな気がして怖い。
と、こんな場所に居ても寒いばかりで仕方ないため、ひとまず仮設庁舎へ戻ろうという話になり、俺もそれが良いと感じたため移動した……
※※※
「で、この後何をどうやって残雪DXをパワーアップさせるってんだ? やっぱこのガンメタを溶かしてブッカケするのが一番早いんじゃねぇのか?」
『ですから、どうしてそんな野蛮な方法を選択しようとするんですか、普通にやって下さい普通に、そのぐらいサルでもわかることだと思っていましたが……そういえばサル以下の下等生物のようですね、私の勘違いでした、これからはイモムシでもそこそこ理解することが出来るように説明していくこととします』
「もうすげぇムカつくんだけどコイツ、叩いて良い? ねぇ、バチーンッってやっちゃって良い?」
「まぁまぁ、勇者様がサル以下の知能しか持っていないのは事実なんだからちょっとそんなに抓らないでっ! ひぃぃぃっ!」
「全く、で、冗談はさておきマジでどうしろっていうんだ?」
『えぇ、ではまずそこの高級な台座の方に私を移動させて下さい、台座だけで良いですよ、下の飾りとかはパワーアップした後かえって邪魔になりそうなんで』
「そうなんですね、じゃあこの高品質でテカテカした布の上に直接置かせて貰います」
残雪DXの指示に従い、指定された通りにそれを置いてやるエリナだが、どうせ後で細かいことをグチグチ言ってきそうなので、それはそれで受け止めてやって欲しいところ。
で、さらに指示が飛んで、今度はルビアに持たせてあったガンメタルを全て、そのままの状態でその真横に並べて置いた。
まるで残雪DXの方ではなく、むしろガンメタルをメインの『宝』として飾っているように見えなくもないのだが、本当にこれで良いのかという問い掛けに対し、残雪DXはこれで良いと返答をする。
ここから何らかの儀式をするのか、それともこの後俺達は見ているだけで、残雪DXが勝手に琴を進めるのか、それはまた聞いてみないとわからなさそうな感じだ……
「それで、こうなったらどうしろっていうの? 次の行程とか教えてくれると助かるのよね」
『いえ、もうこのまま何もしなくても大丈夫です、あとは徐々にこのガンメタルが、私の中に取り込まれていくのを待つだけですから』
「そうなんだ、ちなみに……完全に取り込まれてパワーアップが完了するまでにどのぐらい時間が掛かるのかしら?」
『そうですね、ジックリ無駄なく染み込ませるスロー抽出モードだと100年、一般的なノーマル抽出モードで1年ってとこでしょうか?』
「……ちなみにもっと早いの、というか一番早いのは?」
『結構雑になってしまいますが、ゴールデンスピード抽出モードだと明日の朝には完成していますね、ですがその分私の姿がちょっと変わってしまったりとかしますよ、もちろん戦闘に支障はない、というか戦闘時には元に戻ったりとか出来ますけど、どうなさいますか?』
「馬鹿が問答無用でその一番早いモードだ、さらに集中力を高めるなどして少しでも早く終わらせるように心掛けろ、わかったな?」
『この私に対して命令口調なのがどことなくムカつくのですが、まぁ良いでしょう、では最低でも明日の朝、いえ今日の深夜辺りまで待っていて下さい、そうすれば私の一段階上がった力をご覧に入れますよ』
「マジで大丈夫なのかよコイツは……と、そんなことを言っていても仕方ないし、こちらはこちらでやるべき事をやっておくこととしようか」
ということでパワーアップにそこそこの時間が掛かるらしい残雪DXはそのまま放置して、俺達は安全な水を使った安全な風呂に入ったり、安全な食事を摂ったりしてその日を終えた。
気になってしまって翌朝まで見ていたいと言っていたカレンやマーサなども、いつの間にか布団に潜り込んで寝てしまっていたため、俺も無駄なことはせず、普通に寝て待つ姿勢に入る。
かなり寝たのが早かったのだが、それでも昼間の行動のせいで疲れ切っていたため、あっという間に眠りに落ちてしまった。
だがその影響であったか、それとも別の要因があったのか俺は深夜、まだくらいうちに目を覚ましてしまったらしく、仕方なくそのままムクッと起き上がる。
真冬の澄んだ空気に、綺麗な月と星空が浮かぶのはどこの異世界でも、そしてこの魔界であっても共通らしい。
そして眠っている仲間達と、それから残雪DXのパワーアップの儀が執り行われている台座の上に居る全裸の知らない美少女。
どこにでもあって当たり前の光景が、もう寝付くことも出来ないであろう俺を出迎えたのだが……少しだけ待って欲しい、どう考えても全裸の美少女に関してはやり過ぎである。
月明かりの中にあってもそれとわかるガンメタの髪の毛は長く、そして眠っているのか俺がガン見していることに対しても何ら反応しない美少女、コイツは一体何者なのか、いや、それを考える必要などもはやないのかも知れないな……




