1178 召喚ラッシュ
「よぉ~しっ、じゃあダブルでいくわよダブルでっ! どんなのが出るのかは知らないけど、少なくともこれまでよりは高級なのが出現するってことよね」
「お姉ちゃん、出来れば『クリスタル棒人間クリーチャー』とか、それの金とか銀とかプラチナとか、そういう高級なのをっ!」
「結局棒人間なんじゃないのそれ、私はね、きっと凄い神獣みたいなのが出ると思うの、龍とか朱雀とか、あとカメのでっかいのとか虎とか」
「龍だと私が被ってしまうのでやめて下さいっ、でも頑張って!」
「任せておきなさいっ! まずはお祈りして……いくわよぉぉぉっ!」
青の玉ふたつを手に持ち、ナムナムと軽く祈りを捧げてから投げる態勢に入ったセラであった。
もちろん祈ろうが気合を入れようが、それで抽選の確率が変動するわけではないということを指摘してやりたい。
結局のところ、これはもう生まれながらの才能によって決まってしまうのであろうし、『持っている』人間はそれなりの、そして『持っていない』人間はまたそれなりの結果を導き出すのだ。
まぁ、かなりビッグな変質者のおっさんクリーチャーに、パーソナルスペースガン無視で接近されている俺が言えたことではないのだが。
と、ここで大きく振りかぶったセラが、その投球スタイルでは玉をひとつしか投げられないということにようやく気付いたらしく、一旦リセットして元の位置へと戻る。
どうして助走を付けていたのかもわからないし、どうしてダブルで玉を投げると豪語していたのに、それが出来ないようなムーブを見せたのかは謎であるが、きっと頭が悪いだけなので気にしない。
で、仕切り直してもう一度玉を投げる姿勢に入ったセラは、右手の人差し指、中指、薬指の3本を使って、それぞれの間にふたつの青い玉を挟むようなかたちで持ち、得意げに笑みを浮かべている。
後ろではミラが、その程度のことに今気付いて、しかもそのやり方が凄く画期的なものだと思っていることにつき、かなり辛辣なツッコミを入れようとしていたのだが、状況を察したユリナが静かに制止していた。
これによってショックを受けることなく、また馬鹿であることが妹にバレてしまっていることにも気付くことなく、セラは気合十分でそのふたつの青い玉を……投げたのであるが、指がタイミング良く外れなかったらしい。
片方の玉は壁に直撃して大爆発を起こしたものの、もうひとつの玉はふんわりと浮いて壁を越えて行ってしまったではないか……
「しまったわ、リリースポイントがちょっとアレだったみたい……どうなったのかしら私の青い玉は?」
「リリースポイントがどうこうの話じゃねぇぞ、爆発してないみたいだから取って……ぬわっ!? 時間差でいったのか……」
「ビックリするわねもう、でもそれじゃあ塀の手前のがヒットしたので、塀の向こう側に出現するのが飛び越えて行ったのってことね」
「塀っていうか塀の残骸だがな、まぁ煙が出ているのは一緒だしそれが見えているんだから、そのうちに何か見えるようになって……きたなそろそろ……」
「う~ん、うっすらと見えるのが……ねぇ、3匹居て1匹は倒れているような気がするんだけど……違うかしら?」
「俺もそんな気がしてならんぞ、おい女神、何か3匹出てきたぞ、またさっきの奴みたいな巻き込まれ召喚の普通のおっさんとかか?」
「いえ、倒れているのは神界の者ではないですね、というか良く見て下さい、アレ、エリナさんじゃないでしょうか……」
「……マジだっ! エリナが爆発に巻き込まれて倒れていやがるぞっ、しかもそれに召喚された神界クリーチャーが……喰われんじゃねぇのかアイツ?」
「まぁ、きっと大丈夫ですの、というかサイズ的にそういうのじゃなくて……残り2体の神界クリーチャーも人間タイプですわね」
「残り2体もって何だよ『も』って、エリナはクリーチャーじゃなくてお前の従姉妹だかんな」
「あ、そうでしたの」
どうやら屋敷の塀を飛び越えていった玉が爆発した際、いやその前に最初の一撃で塀そのものが破壊された際か、とにかくいずれかのタイミングで大爆発に巻き込まれたエリナ。
それが召喚されてこの世界へとやって来た人間タイプの神界クリーチャーに集られて……何をされているのか、もう少し煙が晴れれば見えそうなものだ。
そう思いながら事態の推移を見守っていると、どういうわけか倒れていたエリナがムクッと起き上がったではないか。
エリナが巻き込まれたのはかなりの爆発であって、咄嗟であるからガード出来ず、それをモロに喰らってしまっていたはず。
もちろん最強の勇者パーティーである俺とその仲間達であればかすり傷ひとつ負わないところだが、普段から戦闘には参加せず、そして普段からボサッとしているエリナであるから、そのダメージは大きいに違いない。
それがこんな短時間で、もちろん不死の悪魔である以上、どのような状態になったとしてもすぐに元通りになるのだが……いくら何でもそれが早すぎるように思えるのだ。
となると、その素早い回復の理由として挙げられるのが……やはり、煙が完全に晴れて、足元だけでなく顔も見えた神界クリーチャーの頭には、いかにも回復魔法使いが身に着けていそうな頭巾のようなものが見えた……
「あら、どっちも回復系のキャラじゃないのこれ? 同じ……ではなくてちょっと違うわね、どっちもおっさんだけど」
「良くやりました、これは一応どちらも同じ種類の神界クリーチャーで、顔が違うのは個体差です、かなりの回復力で女性のみを癒す、そしてその治療の最中に触りまくる変質者タイプのキャラ、『癒しおじ』ですね」
「てか変態しか出ねぇのかよ神界クリーチャーガチャって……」
「それはそうと、私とキャラ被りしてしまいそうで凄く困るんですがこのキャラ……ポジション奪われたりしませんよね、回復役の……」
「それは大丈夫だルビア、こんなキモいのが2匹出現したところでたいしたことはない、というか勇者パーティーはもうゲストメンバーを迎え入れない限り固定だかんな、安心して良いぞ」
「良かった~っ、それじゃ、この変なおじさん達はもう片付けてしまって構いませんか? 何かこんなんでも役回りというかポジションというか、被りの人が居るのはちょっとイヤなので」
「そうねぇ、コレは後々『勇者軍』とかを作ったときに、その部隊の回復専用として使いましょ、そうすればルビアちゃんが居ない戦場とかでもそこそこの戦いが出来そうだし」
「だな、何といっても失って惜しくないモノだからガンガン前に出すことが可能ってのが良いよな、下手に美少女キャラとかだと大事にしたくなってしまうが、このおっさん共ならどうなっても構わんし、召喚した以上命令を……と、ここで素朴な疑問なんだが、こいつ等人間の言葉は理解しているのか? おいおっさん共!」
「何だね君は? おっさんとは失礼な、レア神界クリーチャー様と呼べ」
「てか呼ぶな野朗の分際で、目が腐るから姿を見せるな、耳が腐るから声を聞かせるな、我々は女の子にしか興味がないっ!」
「チッ、やっぱ殺そうぜこいつ等、どうあっても俺のような野朗キャラには優しくないって感じだしよ、死にたくなきゃもうどっか行けやハゲ共が」
「君が死ぬと良い、或いはどっか行くと良い」
「むしろそうするのが合理的だと思うな、野朗の分際でこんな女性だらけの場所に居るなど許されることではないっ!」
「うっせぇよここ俺の家だよハゲェェェッ!」
「はいはい、つまらないことで喧嘩しないの、で、おじさん達はちょっと顔が気持ち悪いから、こっちが必要とするまでインビジブルな状態になっておいてちょうだい、ホントのホントに気持ち悪いから」
『御意!』
「……消えた……どこへ行ったんだ?」
「神界に格納されただけですよ、以降、召喚した者の命令があれば任意に呼び出すことが可能です、役に立つと良いですね」
「役に立てばな、あと俺とか精霊様の怒りを買って殺されなければな……」
とにかく、今回のガチャにおいて初めての成功例であったらしい今の2匹のおっさんクリーチャー。
倒れていて、そして治療を受けていたエリナは……何やら凄まじい寒気を感じているらしく、座り込んだままガタガタと震えている。
きっと治療と称して触られまくったのであろう、ひとまず風呂に入っておいた方が良いということだけ伝えて、あのセクハラおっさんクリーチャーの中身についてはなるべく言及しないでおく。
で、次はさらに期待度が高い黄色の玉、状況から察するに中間程度の期待値を有していて、もちろんセラが放った青い玉よりは良いキャラが出るものだ。
それがひとつだけ、今はミラの手の中にあるのだが、女神の足元で必死に祈りを捧げるそのミラは、どう考えてもクリーチャーではなく金銭の類を要求しているではないか。
正直そんなものが出られても処理に困ってしまうし、神界でいう金銭が果たしてこの世界で通用するのかといった疑問もあるのだが、それを今考えていても仕方がない。
とにかく所定の位置に着いたミラは、大きく振りかぶって第一球……まぁ次以降はないのだが、とにかく黄色の玉を、ある程度の力を込めて塀に放った。
ぶつかり、大爆発を起こす黄色の玉、もちろん屋敷の塀は大きく破壊されたのだが、どういうわけか今回はこれまでのものと少し異なっている。
なぜか爆発が大きく塀だけでなくその向こうの道路や、それからかなり離れている向かいの建物の外壁も一部損傷してしまったようだ。
いつもはゆっくり動いているアイリスが玄関から出て来て、素早い動きで菓子折りを届けにその建物まで行っていたことを考えると、そこの現在の所有者はそこそこ良い奴なのであろう。
で、爆発が大きかったのもさることながら、撒き散らされた煙の量も凄まじく、いくらなんでもコレは火事と間違われるのではないかといった規模だ。
まぁ、もちろんここは俺達勇者yパーティーの屋敷であって拠点であるため、多少のことでは近所も騒がないし、またいつもの爆発事故か何かだと思ってスルーしてくれるはず。
そしてその大量の煙もやがて上空に散っていって、徐々に召喚されたクリーチャーの全貌が明らかになってくる……
「……何か居ますね、良かった、もしかしたら強く投げすぎてしまったかと思いましたよ、もう木に吊るされて下からカンチョーされる準備を始めていたところでした」
「何だ、して欲しいならしてやるぞ?」
「いえ今度にして下さい、昼間はちょっとアレですし、何度も爆発してご近所の方がこちらを見ている可能性が高いので……」
「まぁそうするか、じゃあひとまずクリーチャーの確認だな」
「それで、どんなのが出たのかしら、また人間みたいなビジュアルだけど……ん? でも足が4本あるわね、馬みたいなのが……」
「ケンタウロスじゃねぇのか? ほら弓持って佇んでんぞ、間違いないっ」
「正解です、これはかなりレアで、かつキモくもない素晴らしいキャラですよ、大当たりと言っても過言ではありませんね」
「しかも弓を取り上げてGUNにすれば最強じゃねぇか、ということでおいっ、それ寄越せ、もっと良いモノやるからよっ」
『触れるでないこのゴミ虫めがっ! しかも誰だ貴様は? 野朗の分際でこの激レア神界クリーチャーである我に話し掛けようとは、身の程知らずも大概にしておけっ!』
「えぇ……もしかして神界クリーチャーって全部このスタンスなのか?」
「まぁ、一概には言えませんが、おっさんキャラがほとんどですので、男性に対してはそのような態度になるのかも知れませんね」
「ふざけやがって、いつか神界ごと滅ぼしてやるから覚悟しておけっ、て、どんな奴か知らんが神界の主神にそう言っておけ」
「もの凄い身の程知らずですね……」
ということで、この最も使えそうなケンタウロスについても、先程の回復おじさんクリーチャーと共にどこかへ収納しておく。
もちろんこのクリーチャーはかなり使えそうであるため、魔界で召喚したら真っ先に残雪DXを装備、使用させてみることとしよう。
俺が言っても何も聞かないであろうが、召喚した張本人であるミラが命令すれば、或いは俺ではなく他のメンバー、つまり女性キャラからの命令であれば素直に従うのかも知れないが、とにかく命じさせてみるのだ。
で、この黄色い玉の結果によってひと安心、しかもさらに期待度が高い玉が赤、黒、金と残っていることからも、もう魔界で残雪DXをどいつに使わせるのかということを悩む必要はなくなった。
だがさらなる高みを目指すため、次はリリィが所持しているふたつ、赤と黒の玉を……どういうわけかリリィは玉をひとつしか持っていない、しかもそれは黒でも赤でもないのだが……
「……えっと、リリィちゃん、赤と黒の玉はどうしたわけ? その持っているのは明らかに……銀色よね?」
「そうなんです、暇だったんでふたつ合わせて捏ねて丸めたら何か銀色になりました」
「いやいや、そういうのアリなのかよ? じゃあ白い玉tか青い玉でもいくつか固めて捏ねてしまえば……」
「勇者よ、残念ながらそのようなことは出来ない仕様です、出来ない……はずなのですが、これは一体どういうことなのでしょうか?」
「知らねぇよ、てか女神であって神界の存在であるお前が知らないなら誰も知らんぞそんなの、むしろ安全なんだよなこれ? サイズも変わってないってことは何か圧縮されてえらいことになってるってことでもありそうだし、どうなんだよ?」
「え~っと、その……わかりません、わかりませんが、もし何かあったとしてもこの人族の町が消滅する程度の爆発力にしかならないはずです、犠牲者も10万から15万程度と微々たるものですから」
「全然微々たるものじゃねぇよっ! ちょっ、精霊様、周囲に何重にもバリアとか張っておけ、何が起こるかわからんから、せめてこの付近一帯だけで被害を食い止めんぞ」
「まぁ、そうするしかなさそうね、じゃあリリィちゃん、ちょっと待っててね」
「はーいっ……と見せかけてそりゃぁぁぁっ!」
『あっ……あぁぁぁぁぁぁっ!』
フェイントを使ってまで、突然玉を放って俺達を驚かせたかったらしいリリィは、してやったりという顔でこちらを振り向き……同時に爆風に煽られ、どこかへ飛んで行ってしまった。
その直後には精霊様の結界のようなものが完成し、それによって被害は最小限に抑えられたのだが、まぁ、遥か彼方へ飛び去ったリリィは自業自得ということで諦めよう。
どうせそのうちに戻って来るのであろうし、そもそもその戻って来るまでの間に、召喚されたクリーチャーが見えるようにはならないのではないかと思えるほどの煙の量。
爆発が収まったため、結界を解除した精霊様のせいで、もはや火薬倉庫で爆発事故が起こったかのような、とんでもない量の煙が辺りに撒き散らされる。
このままでは王都ごとスモークされて香ばしくなってしまいそうだな……もっとも、そんな良い香りのする煙などでは断じてないのだが……
「よいしょっ! はい、戻って来ました、しかも変身しないで空を泳いで来ました、着地も満点ですっ! どやっ」
「どやってんじゃねぇよ危なっかしいなっ! とんでもねぇことしやがってからに、このっ! 拳骨を喰らえっ!」
「あいたっ! しょうがないじゃないですか、いきなりやった方が面白いんだし」
「面白いかどうかじゃなくてだな……あ、そうだリリィ、ちょっとこの煙、全部吸い込んでくれないか? そしたら処理が早いだろうに」
「……何か臭いからイヤです」
「ですよね……まぁ、しょうがないからしばらく待つか」
そのまま5分以上待機したであろうか、煙はだんだんと高くまで昇って行き、地上付近はかなり見晴らしが良くなってきたのであるが……クリーチャーらしきものがそこにいるようには思えない。
いや、巨大なオーラのようなものは感じるのだが、その姿が見えないというか何というか……と、ここでリリィがスタスタと前に出始めたではないか……
「居ました、この子が召喚されたクリーチャーです、可愛いじゃないですかっ」
「いやそれビックリして地面から出て来てしまったモグラだろうが、絶対に違……強いじゃねぇか……」
なんと、召喚されたのは謎のモグラであって、一見して普通のモグラのように見えなくはないのだが、実はかなりの実力の持ち主であった。
モグラというか『土竜』と表現してやった方が良いのではないかというほどのステータスと、そして何よりも賢さが通常の人間と同等程度もある、むしろリリィより数段賢いキャラである。
しかも土竜である以上、魔界で俺達が苦労させられているクリーチャーワームのような、地中は這いずるミミズのような敵を捕食するような存在であって……まぁ、サイズ的にどうなのかはわからないが、少なくとも強さ的にはこちらの方が上だ。
「よし、じゃあリリィはそいつを使って戦う感じで、そっちの土竜もわかったな?」
『黙れクズが、貴様のような男と話す趣味はない、消え失せろっ!』
「……またこういう奴なのか……よぉ~し、切り替えていこうかっ」
「むしろ男というよりも勇者様が嫌われているだけのような……で、最後に残ったのは精霊様のやつね、金の玉かしら?」
「そうよ、じゃあバリアを張って、流れるような動作でほいっ!」
「最後の最後でアッサリいきやがった……そんでもってすげぇ爆発じゃねぇかぁぁぁっ!」
銀の玉を遥かに超える巨大な爆発が周囲を襲う、もしバリアなど張っていなければ、おそらくは王都どころか付近の町や村にまで被害を及ぼしていたほどのものだ。
せっかちな精霊様はセラに頼み、わざわざ大量の煙を南へ、つまり俺達の屋敷から見て王都の中心に向かって押し流させる。
そしてどこかへ行ってしまった煙がなくなった場所に現れたのは……どう考えてもみたことのある顔であった……




