1171 再生の秘密
「ウォォォッ! どこじゃボケェェェッ! 疫病をレジストする女神どこじゃぁぁぁっ! ケツから大蟯虫クリーチャーブチ込んでやるから出て来やがれぇぇぇっ! ウォォォッ!」
「凄い勢いで走って来るわね、カレンちゃん、あまり前に出ないで、やっつけたいかもだけど直接触ったらばっちいわよあんなの」
「わうっ、どうにかこうにか衝撃波? とかで戦いますっ、それって何だか知りませんけど」
「知らなくても使えれば良い、ドーンッとやったれドーンッと」
「わうわうっ、じゃあいきますよぉぉぉっ! それぇぇぇっ!」
「んっ? 何か正面から波動が……ってギョェェェッ!」
「……上半身、というか人間見みたいな形の部分が吹き飛んだわね、死んではいないみたいだけど」
「今の攻撃で完全に消滅しないか、さすがは神ってところだな、大蟯虫クリーチャーみたいな見た目だが、強さというかタフさというか、その部分はそれなりってことだ」
先程通過して行った町の城門に向かってもう一度、今度は内側から突っ込んで来る疫病の大流行をプロデュースする魔界の神。
こちらの先頭に立ったカレンが両手に装備した爪武器を激しく振り回すと、それによって生じた凄まじい波動がその前方を襲う。
もちろん興奮していて、ズルズルとヘビのように下半身を使って這いずっている敵の神にはそれを回避する術がない。
攻撃を受けたことに気付いたのか気付かなかったのか、しかしとにかく何かが迫っていることには反応した様子であった敵の神は、そのまま波動をモロに喰らって後ろへ吹っ飛び、ついでにその上半身が消し飛んだ。
通常の敵、というかこれまでに出会った魔界の神の中で言うと毒剣の奴程度か、或いはいつも絡んでいるイマイチパッとしない奴であれば、今の攻撃で完全に崩壊、分子レベルで跡形もなくなっていたことであろう。
それが上半身の喪失のみで済んでいるうえに……まぁ、やはりというか何というか、すぐにその部分も再生を始めるようで、ズバッと切断されたように見える部分の肉が盛り上がり始めている。
ここ最近ではどれだけダメージを与えても再生し、致命的に見える状態から当たり前のように復帰してしまう敵がもはや普通なのだが、その再生の方法には色々とあって……どうやらコイツはかなり厄介なタイプであるようだ……
「見て下さい、あの上半身を失った部分、元々のボディーの中でもかなりの部分を占めていたはずなのに……」
「あぁ、残った部分が小さくなったりすることなく、当たり前にどこかから質量を補填して再生するようだな、主殿、あの敵はなかなかに厄介だぞ」
「全くどうなってんだよこういう敵は、普通さ、その再生した分だけ小さくなったりとかさ、あとはサイズが変わらなくても全体的に魔力とかそういうのが減少したりとかさ、何かあるよな普通は?」
「普通はそうですが……しかし勇者様、やはりああなっている以上どこかから何かを集めているはずですから、その根本を断つことが出来れば……といった風ではないでしょうか?」
「まぁ、そういうことにはなるだろうな、まさか『魔界ニウム』みたいなそこら中にあるエネルギーをどうこう、ってわけじゃないだろうし……ひとまずユリナ、サリナ、精霊様辺りはその謎に迫ってみてくれ」
『うぇ~いっ』
「……っと、再生しましたよ、しかもちょっと落ち着いちゃったみたいです」
「……ふぅっ、どうやら興奮しすぎたようだな、あの正反対の効用を持つ女神めが、どこへ隠れやがってあんちくしょう! 必ずケツから大蟯虫クリーチャーを入れて奥歯までガッタガタにしてやるからなっ、クソめがっ……で、何お前等? じゃまだから退けよ、さもないと腐って死ぬぞ我が力で、あんっ?」
「またまた鬱陶しそうな性格の奴だな、俺、こういう粋がったキャラは大嫌いなんだ、見たくもねぇぜ目が腐るから」
「でしたら勇者様、鏡とかはあまり見ない方が良くてててててっ! ちょっと、冗談ですから耳を引っ張るのは止めっ、ひぃぃぃっ!」
隣で余計なことを言っていたマリエルの耳を引っ張って伸ばしつつ、対峙した敵の神を睨み付ける。
気持ち悪い顔、気持ち悪いボディー、そして性格までが気持ち悪いということがわかった以上、もはや対話の余地などないものだ。
もっとも、こちらには最初から対話するつもりなどなく、汚らしくはあるが、ひとまず殺害して『処理』し、『神の肉』を『素材』として持ち帰るのが目的である。
そしてそれを俺達の世界の女神のところへ持って行って、これまでには手を付けることさえ出来なかった神界クリーチャーのレアガチャを引くのだ。
そうすれば新たな神界クリーチャー、しかもこの間ゲットした棒人間のようなコモンクラスの雑魚キャラではなく、もっとレアで強力で、しかも獲得してある魔界のGUN、残雪DXを装備することが可能なものを仲間、というか配下に加えることが出来るのだから……
「やいお前、俺達がそう簡単に退くと思うなよっ、今からお前を殺すから、せめて最後の懺悔でもしておけ、大好きなホネスケルトンだか何だかって神、じゃなくてゴミに祈るとかなっ!」
「……貴様、もしかしてホネスケルトン神をディスっているというのか? はっ? マジの正気でそんな……いやそれはあり得ぬ、そんなことをする奴などこの魔界には居ないはずなのだ……ということは貴様何奴だっ?」
「そんなのわかりきったことだろう? お前を絶対殺す奴だ、だから死ね」
「ほう、我が力を目の当たりにしておいて、それでそんなことが言えるとは……もしかして貴様……馬鹿なんじゃないのかっ!?」
「馬鹿はお前だ、良いから早く死ねよ、見ているだけで不快なんだよこの大蟯虫クリーチャーモドキが」
「なんということを言うのだ、鬱陶しい奴だな貴様は……で、貴様が我を殺したい理由は何だ? 我もこの地に居るらしいクズをぶち殺したいゆえ、地味に同じようなことを考えている理由がどんなもんなのか知りたいのだが?」
「いや色々あるけどよ……まぁ何だ、え~っと、とにかく死ねやボケェェェッ!」
「ギャァァァッ! また上の部分がぁぁぁっ!」
神界クリーチャーやその抽選を受けるための素材について、これから死ぬような奴にイチから説明するのは面倒である。
そのためもう一度攻撃を加え、今度は一撃ではなく、俺の攻撃に呼応した仲間達の力も合わせて敵の神にダメージを与えた。
先程のカレン単体による攻撃よりも遥かに威力が高く、そして範囲も大きい今回の一斉攻撃。
敵の神の後ろでは、魔界の頑強な建物が当たり前のように崩れ、かなりの数の魔界人間が……まぁ、それは元々死ぬような目に遭っていた連中だ。
所々、吹っ飛んでグチャッた死体の中から大蟯虫クリーチャーやステルス大蟯虫クリーチャーらしきものが逃げ出しているのを見かけるが……自然の状態でいきなりそんなに蔓延したとも思えないな。
そこそこの勢いで増殖しそうなステルス大蟯虫クリーチャーならまだしも、しっかりと検査をして、取り逃したのは馬車の客と御者の2匹程度であった通常の大蟯虫クリーチャー。
これに関してはもう見つけるのも大変な領域に達していた、そこまで拡大を抑え込んでいたはずなのだが……見えている限りでもう10匹以上は死体の口から出て、そのままどこかへ逃げて行ったではないか。
もしかしてこの疫病の大流行をプロデュースする神の仕業か、コイツが町中を走り回った際に、近くに居て腐り果てたような連中以外には大蟯虫クリーチャーの卵を吸わせたり、飲み込ませたりしていたのかも知れない。
そしてその後の戦闘において、この敵の神が何か力を発したことによって、植え付けられたそれらが急激に成長して……などということも可能性としては考えられるな。
なお、俺達はこれまで通り、全員がマスクを着用し、手などもルビアが持ち込んでいた除菌シートで頻繁に拭いているため、大蟯虫クリーチャーに寄生されるリスクは極めて低い。
しかし町の中に居るその辺のモブ魔界人間はそうではないのだから……これはもしかすると、せっかく隅に追いやった寄生虫共がまた天下を獲らんと動き出し、大攻勢を仕掛けてくることになるか……
「また元に戻りましたね……うん、今どこかからエネルギーを吸収したりとか、そういったものは感じ取れませんでしたね、姉様も、精霊様もそうですよね?」
「間違いなく何もありませんでしたの、このバケモノ……一応は神様でしたわね、無からボディーを再生しているようにしか思えませんことよ」
「でも何かあるはず、2人共、もうちょっと別の力も感じてみてちょうだい、私が思うにはやっぱり魔力とかそういうのじゃなくて……うん、やっぱり『物』が持っているエネルギーとか質量だと思うの、リリィちゃん」
「はいはいっ、何ですか? 石ころならさっきから投げてますけど、変身して燃やしますか?」
「いいえ、目が良いんだからもっとこう、敵が再生するところをガン見してみてちょうだい、何かわかるかもだから」
「はーいっ、じゃあむむむむっ……って今回はもう元に戻っちゃってるじゃないですか……」
再生時には魔力他、特殊なパワーを周囲から集めているわけではないらしい敵の神であるが、それでも何もナシで再生することが可能なほど世界は甘くないのである。
その秘密となるものが何なのかを探るうえでは、やはり魔力を感じる能力が高いだけでは不足していて、目で見て何かの変化を察知することが可能でないとならない。
で、それが出来そうなのは普段からあまりしっかりしたタイプではないが、そもそもの能力が全体的に高く(知能はこれを除く)、もちろん視力も異常なレベルにあるリリィが適任なのだ。
そんな感じで精霊様から指名され、次に敵の神が上半身を失うなどする瞬間をジッと待つリリィであった……集中しているところ大変申し訳ないと思うところではあるが、攻撃の方も疎かにはしないで欲しいと切に願うばかりである。
と、ここで完全に元の状態に戻っていた敵の神が、再生した上半身の首をゴキゴキと鳴らして調子を整え終わったようだ。
バケモノじみた、というかもう完全にバケモノの分際で背骨まで有しているとは、こんな奴、軟体動物かせいぜい外骨格で十分だというのに……
「……貴様、いや貴様等許さんぞ、我はな、疫病をレジストするという女神を、あの馬鹿を大蟯虫クリーチャー漬けにしてやるためにここへ来たのだ、それをあのクソ女、全然見当たらねぇし、貴様等みたいなのに襲われるし、マジで何なんだよっ?」
「ねぇ、その魔界の女神様ならさっきあんたスルーしてたじゃないの、気付かなかったわけオーラとかで? あっ、もしかしてコイツ、私より馬鹿かもっ、ねぇそうでしょ? コイツ馬鹿だよねすっごく!」
「貴様ぁぁぁっ! てか何だお前? 魔族? 魔族だよね下界の? 何でこんな所に居るってんだお前みたいな下等生物がっ……と、そういえばホネスケルトン様が何か言っていたような……下界の異世界勇者……反社だっけか? とにかくそんなのが何とかって……」
「いや反社じゃねぇよボケが、慈愛に満ち溢れた正義の異世界勇者様だよ、そこんとこ勘違いしてっと殺すぞマジで」
「……あそうだっ! 勇者だ勇者、その勇者とかいう疫病みたいな奴等が魔界に侵略しているとかいないとかだったな、そうだそういう話しだった!」
「疫病はお前だボケェェェッ!」
よほど頭が悪いらしい疫病の大流行をプロデュースする魔界の神、まぁ、見た目が大蟯虫クリーチャーなので、中身もそれ相応のものなのではあろうと思っていたのだが、まさかここまで馬鹿だとは思いもしなかった。
このまま戦っていても、お互いのターンとターンの合間に入ってくる会話などで色々と話が逸れたり、本来は不要なツッコミを余儀なくされたりと、かなり話が長くなってしまいかねない。
そうなる前にリリィが再生の秘密を見つけて、それを排除したうえで複数の段階に分けて仕留めてしまうべきところなのだが、果たして……
「もう面倒臭いわねっ! 今度はさっきよりも強烈にいくわよっ! 皆、一気に殺りなさいっ!」
『うぇ~いっ!』
「そうはさせるかっ! 我は我の目的を達するために貴様等を、えっと、反社だっけか、何だか知らんが排除するっ! ウォォォッ! ギャァァァァァッ!」
「弱いには弱いわよね……っと、リリィちゃん、どうせまた再生するから良く見ておきなさいっ」
「あっ、はーいっ……うむむ……うん、なるほど……」
「どうしたリリィ、何かわかったのか?」
「いえわかりません、ちょっとそれっぽいことを言ってみただけです」
「……そうか、引き続き頼んだぞ」
「はーい……ふむふむ、う~ん……」
「ねぇ、ちゃんと見てる?」
あまり集中していないように見えるリリィ、敵の再生しているその場所ではなく、どちらかというと周囲をキョロキョロと眺めているような気がしてならない。
とはいえ何も見えていない、感じ取ることさえ出来ない俺が文句を言う資格もなく、とうぜんアドバイスなどする甲斐性もなく、どうしようもなくただ眺めているだけしか出来ないのであった。
ひとまず俺も敵の方を見て……再生しようとしている部分が徐々に盛り上がり、そこにエネルギーが集中しているのはわかるのだが、やはりそれ以上のことはまるで理解出来ないではないか。
ひとまずビジュアルが気持ち悪いということだけは、おそらく俺だけでなく他の仲間達もそう思っているであろうことだから、これについても今は特に言及する必要がなさそうだな。
あとは……うむ、もう何もわからないし、ここはひとまず魔力の流れなどを監視している3人と、それから物理的にどうなのかを見ている……見ているらしいリリィに任せてしまうこととしよう……
「……勇者様、次にあの敵が再生し切ったら、そこで追撃を加えてやりましょう、そしたらまた上半分だけ吹っ飛んで……みたいなことになって、繰り返せばちょっと焦らせることが出来るかも」
「そうだな、だがどうして毎回上半分なんだろうな、一度ぐらい下半分が吹き飛んでも良いような気がしないか?」
「まぁ、それは確かに……私、次は下を狙ってみるわ、今やるともしあの残った部分が頑丈で……みたいだったときに何か凄いことになりそうだし」
「うむ、誰もやろうとはしないが、もし今のあのミミズみたいな部分だけが残った状態でさらに圧を掛けたら……飛び出してブッチュブチュになるかも知れんな、中身が……」
どうにも恐ろしい光景を想像してしまったのだが、そのようなことになってしまう可能性は、下半身だけとなっている敵の神に追撃を加えようとする仲間が居ない時点でなさそうである。
もちろんカレン辺りは少し危ういため、ミラとジェシカが前に出て抑えている感じであるが、それ以外はまぁ……敵がキモいためそのようなことをする可能性も低いであろう。
で、またまた再生を終え、何事もなかったかのように戻った上半身で首をゴキゴキさせる敵の神に対して、それを見ていたリリィが指差して……かなり的外れな方向を指し示しているのだが……
「あっちですっ、あっちの方からザーッと何かが集まって来て、それがあのほら、ブッ千切れた部分にザーッと、そんでもって元々の形がバーッと……みたいな風に見えました」
「あ、いや、うん、もう何言ってんのかわかんねぇぞ」
「フハハハハッ! なんとそれに気付く奴が出てくるとはなっ! だがわかったところでどうしようもあるまいっ!」
「しかも正解なのかよ……」
結局何が何だかわからないままになってしまったのではあるが、リリィが観察し、意味不明な説明を付した内容はこの魔界の神の再生能力のキモであるらしいということだけがわかった。
とはいえそれがわかったところで何だという敵の言葉はその通りであって、もう少し理解可能な状況説明をして頂かないとならないのだが……リリィの能力では無理そうだ。
本人はいたって真面目に状況報告をしていて、特にふざけているとかそういうわけではないというのがまた性質が悪く、これ以上求めるのにキツく叱るわけにもいかないし、困ったものである。
まぁ、どうにかこうにかニュアンスだけでも伝わるように、せっかくリリィの隣にいて賢さも高い精霊様に、どういうことなのかを引き続き聞いて内容の読解を進めて貰うこととしよう。
それがわかってしまいさえすれば、原因となるそのダーッとかドーッとか、何だかわからないモノを排除して、敵の神の再生能力を奪うことは容易……なのか?
もしかすると敵の神の余裕ぶり、そして当たり前のようにリリィが正解に辿り着いていることを教えてくれた辺り、無限再生の原因となっている物質等を俺達が排除出来ないことにつき自信を有しているとか……そのようなことである可能性もゼロではないようだ……
「困ったな……まぁ、精霊様は引き続きリリィから色々と聞き出しておいてくれ、何かわかったら頼む」
「で、私達はこっちね、せっかく元に戻ったところで止まっちゃったけど、今度は下を狙うわよっ!」
「フハハハッ! 何度やっても無駄なものはむだげろぺぽっ! ぬわぁぁぁっ!」
「あら~っ、また上半身だけ吹っ飛んじゃったわね」
「どうなってんだよ一体? 確実に下のミミズみたいな部分を捉えていただろうに今の攻撃は、頭おかしいんじゃねぇのかコイツ?」
どう考えても下半身、というかミミズのような部分が消えるはずであった攻撃、だがこれまで通り、魔界の神は上半身のみを喪失し、そしてそのまま回復する態勢に入った。
下半身が固いのか何なのか、とにかくコイツには再生のためのエネルギーや何やらの収集という項目の他にも、強さ……まぁ強くはないのだが、タフさの秘訣があるように思えてならないのだが、果たして……




