1167 武器職人
「よし、もうしょうがねぇな、このまま武器職人を迎え入れて、それをこの町から出さないし協力しなければ殺されるという脅迫状態に陥らせることとしよう、使者と大蟯虫クリーチャーについてはまた後にしてな」
「まぁ、もうどうしようもないわよね、本来であればそっちの方がよっぽど優先すべきことなのに、変なバケモノのせいで余計な時間と労力を費やしてしまったもの、それでも武器職人とやらの方はキッチリ『お出迎え』しないと」
「それで、どんな感じで迎え入れるんですか? というかまずどの人が武器職人なのか知らないと、見つけようがありませんよね?」
「そこもキッチリしておかないとだ……おい駄天使さん、武器職人の似顔絵を描いてくれ、それを元にして町の中から捜し当てるから」
「えっと、そのようなことはしなくても良いのではないかと思いますが?」
「は? どうしてだよ?」
「だって、武器職人はこの庁舎……はなくなってしまいましたが、仮説庁舎の前の馬車停ですね、ちゃんとそこまでやって来るはずですから」
「そうなのか……となるとその前で張り込んでいれば良いってことだな、来た奴を片っ端から始末……じゃなかった、声を掛けていこう」
『うぇ~いっ!』
もうすぐこの町にやって来るはずの武器職人、顔も名前もわからないのだが、来る場所さえわかっていれば特に問題は生じないであろう。
武器職人は確かじいさんだと言っていたから、それなりの奴がやって来たところを襲撃して、言うことを聞かなければ云々の脅しを掛けてしまえば良い。
本来であれば善良な一般市民、武器職人とはいえ敵対者ではないはずのじいさんにそのようなことをして良い理由などないのだが、今回に関しては若干状況が異なっている。
ここは魔界、つまり神界寄りの俺達とは敵対する巨大組織の中であって、その構成員は基本的に敵対者、敵対グループのメンバーであると考えるべきなのだ。
当然捕虜にしたうえで良いように使っている堕天使さんも、疫病をレジストするだの何だの言って出現したわりには、イマイチ役に立っていない魔界の女神なども、本来は敵であって、縛り上げて牢屋にでもブチ込んでおくべき存在ということ。
それをしていないのは当然、大勇者様たるこの俺様が大変に慈悲深く、ヤバいぐらいの優しさに満ち溢れているからであって、通常はこのような甘い待遇は受けることが出来ないということを、ここの連中にはキッチリ理解して頂きたいところである。
で、仮説庁舎の外に出た俺達は、釘バットやバールのようなものを装備し、チェーンを無駄に振り回しつつ、ヒャッハーな感じで武器職人の到来を待つ。
殺したりは決してしないのだが、逆らえばどういう目に遭うのかということを、予め認識させておくのは良いことであるからこのようなことになったのだ……
「ヒャッハーッ、これじゃ誰も近付いてこないんじゃねぇのかもしかしてーっ」
「ヒャッハーッ、そうかも知れないですね、もうちょっと控え目にした方が良いかもですーっ」
「間違いなくそうだと思うぞ、というか周囲の魔界人間達が明らかにドン引きしているのだが……」
「ヒャッハーッ、ジェシカ、お前頭に『ヒャッハーッ』を付けないとダメじゃないかっ、何だと思ってんだ全く!」
「ひゃ、ヒャッハーッ……何だと思っているのだ皆はこの状況を……」
ひとまずではあるが、チェーンを振り回すのをやめて静かにしておいてやることとした。
どうやらこれが正解らしく、ドン引きしていたその辺の魔界人間共は通常の行動へと戻っていく。
いや、観光ガイドであっても旗を振ったりして自分の居場所を客に教えるというのに、どうして俺達がチェーンを振り回すのはドン引きなのだ。
どうかんがえてもそれはおかしいし、全てにおいて間違っているとしか思えないのだが……まぁ、ここは俺達の世界ではなく魔界の町なのだから仕方ないのかも知れない。
魔界と俺達の世界とでは『通常の感覚』というのがかなり異なっていて、俺達が通常するような、まず威嚇しつつ、しかも目立つことによって敵に自分達の居場所を伝えるという行為は、魔界においては通常でない可能性もないとは言えないのだ。
で、静かになった俺達の前に、まずは馬車が1台やって来て……その場に停まった、どうやら乗合馬車のようで、中からは商人らしきおっさんと、それからなんとジジィが1人、これはもしかするともしかするぞ……
「おいジジィ、ちょっと待てやオラァァァッ!」
「……はい? え? わしでしょうか?」
「お前以外にジジィが居るかってんだよここに? アレか、見えちゃいけない霊的なモノでも見えてんのかお前? あんっ?」
「そ、それでわしに何の用で……てかあんた方魔界の者ではないじゃろうに、どうしてそんな存在がここに……」
「それは今関係ねぇってわかんねぇのかボケェェェッ! てかジジィお前武器職人なのか? そうだよな今日この町にやって来るジジィだもんな、ちょっと来いやオラァァァッ!」
「ギャァァァッ! なっ、何なんじゃマジでっ、ちょっ、わし武器職人とかじゃないからっ! 完全に人違いだからあんた方のっ!」
「……違うのか……紛らわしいんだよ死ねクソジジィ、ほれ、もうどっか行ってその辺でドブにでも嵌まっておけ、生きる価値がねぇんだよもうお前には」
「なんと失礼な奴なのじゃ……」
いきなり出現したかと思いきや、ジジィはジジィでも武器職人などではない、単なるモブのクソジジィであった。
まぁ、そう簡単には事が運ばないのはわかっているのだが、期待させておいて人違いであったとか、武器職人でもないのにジジィとしてこの町へやって来るとか、もはや営業妨害も良いところである。
このクソジジィには損害を、もちろん期待してしまったうえで裏切られた分の精神的苦痛に対する分も含めて賠償させたいのであるが、イマイチみずぼらしい感じなので勘弁しておく。
こんなクソジジィを相手にしている暇があれば、その辺の汚らしそうな奴でも殺害して、この町から1匹でも大蟯虫クリーチャー、ないしそのキャリアとなり得る者を始末していた方が、まだ世のため人のため俺達のためとなるであろう。
ということでムカつきながらスタスタと去って行く一般のジジィを見送って……と、精霊様が後ろから、ニヤニヤしながら水の弾丸を2発放ち、ジジィの両足を撃ち抜いたではないか。
倒れ込むジジィ、その様子を見てゲラゲラと笑っていた俺達であったが……なんと、歩けなくなったジジィが突然、その傷の痛みとは別の要素を原因としている感じで苦しみ出したのである。
押さえているのは腹、これまでは足がどうのこうのと言って悶絶していたところ、急遽腹痛に襲われた幹事でのた打ち回り始めたのだ。
もしかしたら突然ウ○コがしたくなったのかも知れないのだが、だとすればもうあの足では便所まで間に合うことはないし、それ以前に出血多量で絶命してしまうであろう。
ジジィの命が尽きるのが先になるか、ケツ穴げ決壊して無様を晒しながら死んでいくことになるか、或いはそれが同時に訪れるのかはわからない。
「ちょっと、何しているのかしらあのおじいさん、早くトイレに行かないと悲惨な最期を迎えることになるわよきっと」
「待て、ちょっと様子がおかしい、あれは……大蟯虫クリーチャーに寄生されてんじゃねぇのかもしかして?」
「えっ? でもあのおじいさん、今さっき馬車から降りて来て……一体どこで寄生されるっていうのよ?」
「どこでって……町の外だろうな、それ以外に考えられないぞこれは……」
苦しんでいたジジィはしばらくして動きを止めて静かになった、そしてその口から出てきたのはやはり大蟯虫クリーチャー。
これまでに退治してきたそれよりも幾分か小さく、まだまだ成長の途上のような雰囲気なのだが、やはり『素体』が破損してしまったため外に出たということであろう。
ニュルニュルと口から這い出しつつあるそれは、良く見れば人間の上半身らしき形状をした部分がほとんど形成されておらず、むしろ蛹のような状態。
それがより一層気色悪さを増幅させているのだが、この状態ではまだ上手く這うことも出来ず、そして喋ることさえも出来ないらしい。
とはいえまぁ、こんなバケモノが人語を解し、さらに素体を棄てて地面を這い、そして新たな餌食を探しているというのがもうアレなのだが……
「……で、どうしますのアレは? 放っておいても乾いて死にそうですけど、一応焼き払っておいた方が良さそうですわよ」
「そうね、それと馬車にはもう1人客が乗っていた気がするわよね? あのおっさんはどこへ行ったのかしら?」
「わからんが……奴ももう寄生されていたと考えた方が良さそうだな、それからもう行ってしまった馬車の御者をしていた奴もだ」
「これ、やはり町の外のどこかで、水場なんかで寄生されたってことになるんでしょうか? 町から流れ出した水で……みたいな?」
「ミラ、それは違うと思うわよ、きっと町より上流よ、じゃないと町から流れ出した悪水なんてちょっと汚くて飲んだり料理に使ったりは出来ないもの」
「そう……なのかしら、でもお姉ちゃんの癖にそんな指摘をするなんて生意気ですね……」
おそらくセラの予想、つまりこの町よりも上流に位置する場所にある水場で、馬車単位で休憩などを取った際に寄生されたのがあのジジィと、それからもうどこかへ行ってしまった御者と知らないおっさんなのであろう。
そしてもちろんその場所では、他の馬車や徒歩の旅人なども休憩をして……そのままこの町へ大蟯虫クリーチャーを持ち込んでいるのではなかろうか。
俺達はこの町の中で大蟯虫クリーチャーが発生し、それが町の外へ拡散してしまうのではないかと危惧していたのだが、その源流はもしかすると町の外にあるのかも知れないな。
だとすれば町の外からやって来る連中、旅人や商人やその他諸々の奴を入り口でストップして……いや、それだと武器職人も同じ、ということになってしまうではないか……
「おいどうする? このままだと武器職人もまたアレだぞ、普通に大蟯虫クリーチャーの餌食になってしまっている感じだぞ」
「まさかっ、ご主人様、こういうのは『モブはすぐにやられるけど主要キャラはだいたいセーフ』というのが常識ですよ、だからたぶん大丈夫です」
「ルビアちゃん、その自信は一体どこからくるのかしら……」
「自信ですか? それならお腹の底からこみ上げてきますね、ふふんっ」
「ルビアお前それ大蟯虫クリーチャーじゃねぇのか腹の底からって……」
少し怪しい動きをしたルビアであったが、後ろから不意打ちで大蟯虫クリーチャー検査をしてみたところ、寄生はされていないという結果が出た。
どうやら単に頭が悪かっただけであって、大蟯虫クリーチャーに寄生されて、まるでハリガネムシにやられたカマキリの如く行動がおかしくなっていたというわけではないらしい。
そんなルビアに対してはそのまま、大蟯虫クリーチャー検査をした際に丸出しにしてやった尻を鞭でビシバシ打ってやって、それで満足させておく。
で、本題に戻って武器職人に迫る危機の方なのだが……これはもう、俺達の方から出向いてやるしかないのではなかろうか。
これまでは使者を送ったりもしたし、そしてこちらからの『絶対に町へ立ち寄るように』という命令も伝わっているはずなのだが、それでも不安要素の方が大きすぎる。
そもそも途中のチェックポイントをかなり遅れて通過したということと、それが何万年も起こっていなかったような事象であるという時点で、これがかなりヤバい状態であるということがわかるのだ……
「よしっ、ちょっと堕天使さんを引っ張って来てくれ、やっぱり俺達で武器職人を襲撃しに行くぞ」
「そうね、もうここで待っているのも馬鹿みたいだわ、かなり近くに居るはずだし、さすがに行った方が早いし安全でしょうね」
「あぁ、馬車が通るべき道を辿っていけばそれで良いはずだ、すぐに行くべきだと思うぞ私は」
ほぼほぼ全会一致で、賛成しない者は反対しているのではなく馬鹿すぎて話に付いてきていないだけといような状態。
速攻で堕天使さんを連行して、事情を説明して、ついでに死んだジジィと焼き払った大蟯虫クリーチャーの死体も見せ付けて、町だけではなく外もかなりヤバいということを伝えておく。
それを見た堕天使さんも、どうやら動いた方が良いという考えに至ったようだ……というか武器職人は魔界の管理側、神や堕天使にとってもそこそこ重要な存在らしいな……
「馬車を回しましたっ、これで武器職人の部隊が通るルートを辿りますっ」
「武器職人の……部隊? 武器職人ってジジィ1人で旅してんじゃないのか?」
「それはさすがにありませんね、もしかしたら人数が少ないときもあるかもですが、基本的には武器を鍛造する窯とかハンマーとか、あと大商談会のブースセットなんかも持ち歩いているようですから」
「何だその営業的な奴は、だがまぁ良い、とにかくそいつを探しに行くぞ」
用意された馬車に乗り込んで町を出た俺達は、すぐに武器職人の巡回ルートに乗り、奴等の馬車がやって来た際に鉢合わせになるよう、そのルートをまっすぐに進んだ……
※※※
「……むっ、むむむむっ、向こうに何か見えましたよっ、サーカス旅団みたいな人達ですっ」
「おっ、そうかリリィ、サーカス旅団なんてのを良く知っていたなと褒めてやりたいところだが、今は御者台のルビアとジェシカにそのことを伝えてやってくれ」
「わかりましたーっ、おーいっ」
窓から顔を出して外を、というか進行方向を眺めていたリリィが、遥か遠くにある集団の影を発見したらしい。
もちろん俺達にはまだ見えて……米粒のような何かが動いているようにも思えるのだが、それが何であるのかはいまいちわからない程度の距離である。
だが視力が100とかその勢いであるリリィにはその姿が良く見えていたようで、『サーカス旅団のような』というイメージについて伝えてくれた。
情報によると武器職人はそういう装備、商談会に使うようなテントなども持ち合わせているとのことだから、それがそうであるに違いない。
馬車の速度をアップさせ、まっすぐにそのサーカス旅団のような何かに接近して行くと……ようやく他の仲間達にも、目の悪い俺にもその詳細が見えるようになってきた。
人間、いや魔界人間という種族か、それが20人程集まった隊列で、やたらと多くの荷物を持った集団が、こちらに向かって進んでいるのが見える。
手を振ってみる……特に反応がないな、向こうからも確実にこちらが見えているのだが、それでも何の反応も得られないとは。
伝説の武器職人とその仲間達ということで調子に乗っているのか、一般人からの呼び掛けと思しきものには返答をしないし、求められてもサインすらしないようなサービス精神皆無の野朗なのかはわからない。
だがこのまま行けばやがて接近し、すれ違うところまで来るのだから、その際に脅しを掛けてしまえばそれでどうにかなるのは間違いないのだ。
そしてようやくこちらの声が届くような場所まで、武器職人を中心としていると思しき集団が近付いて来た……
「お~いっ! そこの集団、少し待ってくれ~っ!」
『・・・・・・・・・・』
「……おい、ガン無視されたぞ主殿、何の反応もせずに普通に馬車を走らせているんだが」
「おかしいな、ジェシカほどの魅力ある女……特におっぱいが巨大な女の呼びかけに応えないとは」
「奴等、相当に調子に乗っているわね、普通ジェシカちゃんに話し掛けられて、しかも御者台の隣にはルビアちゃんが……もう確実に鼻の下を伸ばしてデレデレと寄って来るはずじゃないの」
「馬鹿なんじゃないですの? それか職人気質すぎてアレとか、そもそも女性には興味がなくてアレとか、色々と可能性は考えられますわ」
「まぁ、それもあり得るな、えっと……武器職人は真ん中のマッチョジジィか、すげぇ筋肉だが身長が150㎝ぐらいしかねぇぞ」
「その辺の本に書いてあるドワーフみたいな感じでしょうか? 昔王宮の図書室て無理矢理勉強させられて何もわからず苦労していた頃、サボって読んだ『まんがで(サルでも)わかる人類の歴史』という本に書いてあった気がしますね、中身は意味不明でしたが」
「マリエル、サルでもわかるマンガなのにお前にはわからんのかそれが……」
「マリエルの馬鹿はさておき、武器職人ってのは伝説にあるというドワーフだったんだな、どうして魔界にそんなのが居るんだ?」
「わからないけど、まぁ、本人に聞くのが一番早いんじゃないの? お~いっ……」
「・・・・・・・・・・」
ドワーフのような物だという魔界の武器職人、それとその部下だか何だか知らないが、連れられている魔界のサーカス旅団のような連中。
それらはまっすぐに進み、ようやく俺達と邂逅するかと思ったのだが……ここにきてなおガン無視するらしい、誰の呼びかけに対しても何の反応もせずに、ただただスルーして通過しようと試みている。
当然俺達はその行く手を阻み、絶対に通過させないようにするのだが、まるで角に引っ掛かったRPGの主人公キャラのように、全く意に介さずそのまま進もうと試みて、単に足だけ進もう進もうと動いて……そのままコケてしまったではないか。
これは明らかにおかしい、武器職人らしきジジィからも、そして周りのモブキャラからも、まるで生気というモノが感じられないのが気掛かりである。
そしてこちらが怒鳴ったり、止まらないと殺すぞと脅したりすることに対しても何も反応しないという状況が……これはどういうことなのであろうか。
とにかく無理矢理にでもこの集団を停止させ、そしてどうにかして会話を成立させなくてはならないのだが、果たして上手くいくのかどうかが疑問だ……




